まぁ結論としてはまだまだこれからと云う感じですね、昨年の11月27日でこんな感じでしたから。 それと鹿と一緒に「自撮り」できないかとロケハンもしていたのですが(^_^) やはりこちらは餌持って行かなアキマヘン。
寄り道しておいて何なんですが、今日は9時に入りたいのでいつもの「流れ橋」は帰りに寄る事にしました、往路で山城大橋を渡り右岸へ、帰路に木津川大橋まで北上して左岸の自転車道を戻ってきます、逆回りすると見慣れた自転車道も新鮮に映ります。 今年34回目の「流れ橋」です。
まぁ結論としてはまだまだこれからと云う感じですね、昨年の11月27日でこんな感じでしたから。 それと鹿と一緒に「自撮り」できないかとロケハンもしていたのですが(^_^) やはりこちらは餌持って行かなアキマヘン。
寄り道しておいて何なんですが、今日は9時に入りたいのでいつもの「流れ橋」は帰りに寄る事にしました、往路で山城大橋を渡り右岸へ、帰路に木津川大橋まで北上して左岸の自転車道を戻ってきます、逆回りすると見慣れた自転車道も新鮮に映ります。 今年34回目の「流れ橋」です。
昨日は最高のお天気だったのですが、緊急の出動要請があったので大和高田まで往復しただけでマトモに走れず。 週末は色々と走るプランがあるのですが、どうもお天気は思わしくありません。 それにややこしい仕事が出来てしまって、暫く好き勝手に走れない様な風向きになってしまい、今日走っておかないと、って感じなので、「自撮り」とお茶の準備をして出掛ける事にしたのですが…
「めんどや」の前を通過して栢森方面へ、そろそろ「あすか鍋」の事も考えなくちゃ。 稲渕の棚田の上の銀杏の木が色づき始めました、近くで見るとこんな感じです。
男綱の処で顔馴染みのローディに補足されます、世間話をしながら栢森を通過、さすがに簡易水道の辺りからは着いて行けなくなりますので、お別れして先に行って貰います。 結局は芋峠へ、そう云えばGPSが新しくなってから芋は初めて、ログが愉しみです。
吉野町へ下ってきましたが、まだ目的地は決まりません。 もう少し天気が悪ければ吉野山へ登って「静亭」でお昼を食って帰ろうかとも思ったのですが、晴れてきたので東に向きを取ります。
今日は平日ですので「よしの庵」もお休みですから、この先食事ができる場所のあてもありませんので、ローソンで買出しをして結局は東吉野へ入ります。 毎月の様に走っている東吉野ですが、調べてみると今年は3月が抜けていました。
高見診療所のまわりの紅葉は毎年色づきが良いですね。 一応「自撮り」もしてみたのですが、そろそろ雲が厚くなってきて、これ以上陽射しが期待できなくなってきました。 平野から染谷峠を越えて室生方面、あわよくば昨日SORAさんが行った宮城(みやしろ)高原なんて考えてもみたのですが、すっかり時間が押してしまったので、谷尻(たんじり)から一谷峠を越えて帰途に就きました。 本日の走行88.0キロ。
11月と云え暖かい夜でした、用意はしてきたので着込んでいたら暑くなってきて、薄着で寝袋を被っただけの格好で休んでしまいました。 夜中に少し雨が降ってきたのですが、気にする程でもなさそうなのでそのまま寝ていましたが、閉口したのは対岸のR163を走る車の音、以前来た時は気にならなかったのですが。
私は昨日同様山越えルートで帰途に就きますが、白砂川沿いに県道<80>奈良名張線の須山あたりまで南下して奈良市街へ下り、お昼にローディ御用達の「まんま亭」でカレーでも食って、上街道で帰ろうと云う段取りです。 食材が減ったお陰でテントはサイドバッグに収まり、少しは身軽な格好になって10時前には出発する事に。
前回は奈良市へ帰るらんぐざぁむさんと一緒だったので西狭川から安郷川沿いに走るかなりディープなコースでR369に入ったのですが、そのルートで奈良市街に下ってしまうと「まんま亭」へは登り返す事になるので、<184>須山西狭川線と<183>日笠東金坊線を継いで<80>奈良名張線に入ります、大慈仙から柳生街道に少し入る(写真左下)のですが、これが結構登らされます。
隣に座っていた方に「〇〇さんですか?」と声を掛けられます、宇陀のいまやんさんのお知り合いの方で、「まんま亭」に私がチェックインしたのを見て知らせて貰ったそうです、世の中悪い事できません。 岐阜からカレーを食べに走って来られたそうで、大概な人です、人の事は云えませんが。 まんまさんに並んで写真を撮って貰いましたので、後日。
と云う訳で「まんま亭」の後、上街道を走って1349無事に帰投しましたが。 シャワーを浴びて着替え、こんどは「延陽伯」号を駆って長谷寺へ向います。
実は富山サイクリングクラブのご一行が2泊3日で奈良へ来られていて今日は長谷寺を回られて桜井泊の予定、長谷寺参道の宝国堂の前でエスコート役のなべちゃんとばったり、代表のitsuhashiさんにご挨拶し、一行11名を桜井の宿まで道案内して任務終了、明日明後日とお天気は思わしくないですが、晩秋の奈良をお愉しみ下さい。
笠置キャンプ場へは2008年にも行っていますが、桜井からだと普通に考えると奈良~木津経由となるのですが、否が応でも加茂から大型車の多いR163を走らなければなりません、それでいつも大和高原を越えて柳生から下る山越えルートで行く事にしています。
笠置へは針からR369経由が一番楽なのですが、交通量も少なくもないですし、大平尾で「自撮り」をしたかったので山田から田原へ抜ける事にしました、「大和高原早朝ラン」とかで何度も走っているコースですが、ここの無名の峠やはりキツいですわ、ちなみに本日の最高標高。
県道<47>天理加茂木津線に入りえっちらおっちらアップダウンをこなして大平尾分校跡へ、ちょっと場所をお借りしてお昼にします、今日は日なたにいると暑い位の陽気です。 そして食後は「自撮り」、先月にも来ていますが狙い通り向かい側の山が色づいています。 コース取りを確認しながら2テイクばかり、こうやってメイキングショットを見て貰うと大したロケーションでもないのですがね、雪が降ったらまた来てみようかな。
柳生から下りの途中で京都府となり笠置町の古い街並みに下りてきました「かさぎ」ではなく「かさおき 2Fビリヤード」と書かれた看板がレトロですね。 写真には写っていませんが、この辻に京都府相楽郡の笠置村道路元標があります。
予定では15時だったのですが、14時過ぎにはキャンプ場に到着、関西本線笠置駅の真下です、ここのキャンプ場は車であろうと自転車であろうと、大型のファミリーテントにタープを張ろうと一律1人300円/日、1泊だと600円と単純明快リーズナブルなキャンプ場です、サイトは木津川の何にもない河川敷で土手の上に炊事設備とトイレがあるだけです。 1日目 2日目
今日は快晴との予報、格段何処へ行こうとも予定はしていなかったですし、昨夜夜更かししたので、起きるのが少々遅くなってしまいました。 とにかく初瀬ダムから都祁山の道へ上がって室生ダム方面へ向おうと飛び出したのは既に9時を回っていました。
いつもの様に初瀬ダムに続いて笛吹奥宮の水場で小休止、菓子パンをかじりながら休んでいると、女子ローディが4名登ってきました、1人は「ねぎジャージ」を着ているのでまんざら知らない方たちでもないのですが、「女子会ライド」なんて珍しくない時代なんですね。
今日は「晩秋の里山」をテーマに「自撮り」を画策してみたのですが、なかなか難しいものです。
三陵墓古墳までやってきましたが、快晴の予報にしては雲行きがよろしくありません、標高が高い事もあるのですがちょっと寒いかな。 その後は元の室生村域に入り多田でほぼ狙い通りの写真を(トップ画像)、10分程待って雲の切れ間に。
2泊3日のキャンプツーリングから帰ってきて、前後に城陽市までの往復があったので5日間で500キロ走った計算に、さすがに疲れが溜まってましたので2日間の休足を。
今日は良いお天気に誘われのんびりと明日香村をポタってきました、先に眼を付けておいたポイントでの「自撮り」が目的だったのですが、「月うさぎ」とか「しまなみ」とか走り回っているうちにすっかり稲刈りは終わってしまいました。 カメラ位置からかなり離れているので5分のタイマーを設定して2分間の連続撮影です。 「自撮り」もついにここまでと云われそうですね。「案山子コンテスト」たけなわの頃の写真はこちら。
設営した時は月明かりの下だったのですが、夜中に少し雨が降ってきました、雨雲レーダーを見ると大阪府南部からこちらにかけて降っている様で暫くすると止んだものの風が強くなってきました。 四阿の下とは云え標高1,000mのほぼ稜線上なのでいささか心配、それにこの風では雲海も期待できないでしょうね。 雨がおさまると途端に寒くなってきた様で、テントの中にいる分には大丈夫ですが、外は風が吹くとかなり寒い。 それでも暗い内に起き出す事に、7時半には集合場所の野川弁天まで下らなくてはなりません、朝食はペヤングと昨日に続いてレトルトのぜんざい。
しかしこうも寒くなると朝の7時に標高差350mのダウンヒルは堪えます、さすがに指抜きのグローブでは耐えられないので軍手を流用、少し早めに待ち合わせ場所に着きましたが、既に大方のメンバーが揃っています、私を入れて都合9名、はるばる滋賀、京都からも。 滋賀からのniwa-chanさんは昨夜からここで車中泊だったそうで、なにやら差し入れもあったそうで、雲海にかすかな期待を持たずにこちらに来ても良かったかな。
檜股集落、ここにはまるで映画のセットの様なかわいい小学校跡があります。 外で写真を撮っているとピアノの音が、心得のあるniwa-chanさんが何やら聞き覚えのある曲を弾いています。 こんな山奥の廃校跡のピアノですがある程度調律してあったそうです。 ふと思い出したのは加藤ローサとチュートリアルの徳井義実が主演した映画「天国はまだ遠く」のワンシーン、映画では河原さぶ演じるおじいさんが元調律師だったのですが。
檜股から標高差300m程の登りをこなして高野龍神スカイラインに取り付きます、好天の休日とあって行きかう車や単車の多い事、のどかな野迫川村でもここは俗世間と云う感じです。 峠には「棒峠」と云う標識が出ていますが、以前は方(法)峠と呼ばれていて、野迫川村史にも「棒峠」と云う記述はなかったと記憶していますが、出典はどこからなんでしょうね。 峠と云って概ね稜線上を走る高野龍神スカイラインの事ですから古来「峠」となっているところは鞍部であったりします。
スカイラインを北にとり、野迫川村役場のある北俣上垣内へ下り今朝下ってきた道を登って高野辻へ。 私はここで一周してきた計算になります、UG兄さんが積んできてくれたジェットボイル一式でお湯を沸かしてでコーヒータイム、午後の陽射しにあたっていると暖かいです。 後は野川弁天へ下ると今日のサイクは終了です。
テント泊の朝はゆっくりとテントを乾かしてから出発したい処なんですが、今日は少なくとも120キロは走らないといけませんので、4時過ぎには起き出して食事を済ませて撤収、6時出発です。 実はキャンピングでの連続100キロ超えは記憶にないのですけど。
小松トンネルから先はいわゆる奥瀞道路と呼ばれる平成になってから供用され始めた区間で、それまでは国道指定されながら旧道どころか車の通れる道がなく、北山村から新宮市に抜けるには三重県紀和町経由で行かなければなりませんでした。 小松(734m)、有蔵(306m)、東野(1,389m)の3本のトンネルの開通で車道としてのR169が全通し、瀞峡トンネル(2,049m)に加えて、今夏から玉置口(138m)、竹筒(968m)、峰(367m)、葛山(699m)の4つのトンネルが供用されています。 これで蟻越峠は旧道となってしまったのですが、これだけの高規格道路が本当にいるのでしょうかね、奥瀞道路の開通で緊急車両の新宮市への所要時間が30分短縮されると謳っていますが、ここまでの高規格にしなくとも緊急車両の優先的通行はシステム的に構築できる様な気がしないでもないのですが、「ならくる」同様に恩恵を受けているのは当事者ではなく業者だったりして。 それにもし北山村が和歌山県でなかったら奥瀞道路はなかったかも。
かなり遠回りですが東敷屋(1,380m)と二ツ石(798m)の2つのトンネルも川沿いの旧道を走って元の本宮町(現田辺市)へ。 本宮村道路元標の建つ熊野本宮大社旧社地前で小休止の後、近くのヤマザキストアで今日の分の補給です。 R168もR169と変わらず、五條病院前のサークルKを最後に新宮市街まで大手コンビニの類はありません、旧本宮町内には2軒のヤマザキストアがありますが、営業時間は日中だけです。
熊野本宮大社の前を過ぎ、ここも川沿いの旧道、九鬼(624m)と切畑(927m)の2つトンネルの供用で旧々道となった大居経由の道を行きます、結構な登り下りがあるのですが。 基本的に旧道の通行が可能であれば旧道を行く事にしています、概ね遠回りですし楽でもありませんが、雰囲気も良いですし交通量も少なく安全だからです。 土河屋経由の旧道を行くと、目の前に十津川道路(七色高架橋)が見渡せ十津川村に入ります。 この先果無山脈が熊野川(新宮川)に落ち込んでいる急峻な場所で、斜面にへばり付くようにつけられた旧道の外側に高架橋が架かっていて、旧道を走っていると何となく妙な風景です。 十二滝でバイパスと合流し桑畑隧道までが踏ん張りどころですが、本宮側の殆どでバイパスができてしまって車を気にせず走れる今となっては十津川村側からの方が辛いかもしれませんね。
十津川温泉を過ぎ折立橋を渡り、今戸トンネル(1,858m)を避けて旧道に入りますが、1キロ程走ると「通行止」の案内が、通れそうな感じなのでさらに先に進むと、今度は完全に塞がれていて先の方で工事が行われている様です。 仕方なく折立まで引き返すと、新旧道の分岐点には通行止の案内等は出ていません(写真左上)。 仕方なく今戸トンネル、形ばかりの歩道は付いていますが自転車の走れる幅はありません、その上車道の路肩には砂利が溜まっています。 今戸トンネルを抜けると大津呂トンネル(1,617m)がありますが、その間にR425に下る道がありますので、下ってみるとこちらの旧道は通る事ができました。 今戸トンネル、大津呂トンネルともに北側にも今戸トンネルの旧道が通れない旨の案内は分岐点にはありませんでした。
道の駅「十津川郷」に到着、23ヶ所目のポイント、後一つです。 丁度お昼どき、もちろん道の駅でも食事ができるのですが、足湯の横の出店「にこにこ農園」で弁当を売っていて、めはり寿司と赤飯のおにぎりにおかずが色々盛りだくさんで400円、早速頂きます。 お味もよろしくてこれには大満足。
道の駅を出ると湯之原(489m)、小井(987m)、池穴(103m)、山崎(195m)とトンネルが続き、いずれも旧道があるのですが、古くて狭いトンネルで車もあまり飛ばさないので、トンネルを抜ける事にします。 但し湯之原トンネルの路面はかなり悪いです。
しかし十津川村は広いです、何と云っても面積日本一(北方領土を除いて)の村ですからね。 暫くは風屋ダム湖畔の比較的平坦な道が続きます、短いトンネルが幾つかあるので、折角ですから休憩がてら「自撮り」を、結構車が通るので2テイクばかり。
しかし再び難儀な事も、田長瀬トンネル(610m)と岩原トンネル(370m)を避けて旧道に入りここも1キロ程進むと通行止、それも40mばかり登らされた挙句に、分岐まで戻ってみるとやはり何の案内もありません。 仕方なく田長瀬トンネルと岩原トンネルを抜けますが、旧道はご覧の様な大崩落、紀伊半島を襲った災害の復旧工事があちこちで行われていて通行止の区間が少なくないのは承知の上ですが、昨日今日の話でもなく通行止の案内位的確に出せないものですかね、まして「ならサイクルスタンプラリー」のチェックポイントへのルート上、こう云った側面からも「なるクル」そのものが実際に自転車で走って検討を加えたものではなく、机上ででっちあげたシロモノだと云う事が良く判ります。
1535、ようやく十津川村を抜け出し旧大塔村(現五條市)へ。 ここから野迫川村へですが、小代下まで北上し<53>高野天川線へ入るか、ここから<734>高野辻堂線を行くかなのですが。 斜度や標高差を考えると微妙な処です。
野迫川温泉とキャンプ場のある北今西まで向うとすれば<734>から川原樋川林道が最短なのですが、川原樋川林道は2011年から通行止のまま、仮に通れたとしてもこの季節に熊の出没情報のあるダート林道を夕刻に4サイドで走る度胸はありませんが、とにかく<734>で北股上垣内へ向う事にしました。 <734>は先年の崩落で工事が続いていて通行止ではないものの、100m程のダート区間があります。 1624、川原樋川林道への鉄橋まで来ました、ここから<734>は結構な登りになります、立里分岐から中津川分岐までの間でついに推しが入ってしまいました。
22日に京都府城陽市までの往復100キロを走る事になったのにはまいったのですが、天気予報も後押ししてくれているので23日朝まだ暗い5時に桜井を出発、県道<37>桜井吉野線の新鹿路トンネル(2.466m)へ向います。 トンネル口まで来れば後は吉野側に向って下りなのですが、早朝でも結構車が通るので、今回の様に先を急ぐ事でもない限りはあまり通りたくないのです。 それに3月に通った折には飯盛塚の集落を過ぎた辺りの資材置き場に番犬役でしょうか、放し飼いの犬がいて、それが飛び出してきて対向車と接触、鈍い音と鳴き声がして、犬も車も逃げ去っていたのですが、一歩間違えるとこちらが巻き添えを食らってた訳です。 走り去ったもののその後その犬がどうなったのか知る由もありません(後日談あり)。
無事に新鹿路トンネルを抜け吉野川河畔まで下る事も考えたのですが、五社トンネルは迂回したかったので、<28>吉野室生寺針線に入り小島峠を越えてR370の入野(しおの)峠を下り(写真)、R169旧道の<262>国栖大滝線を経由してR169へ入ります。 R169に入ってからは新伯母峰トンネルまで淡々と登りをこなして行くだけです。
大滝ダムへ少し入ってコーヒーブレイク、しかしポットに入れてきたコーヒーがすっかり冷めています、4月に金沢にそれまで使ってきた象印のものを、忘れてきてしまってコーナンのプライベートブランド「LIFELEX」のものが安かったので買ったのですが、注ぎ口の構造からしずく漏れが多い上に、1年も経たないうちに保温機能が失われてしまった様です。 「LIFELEX」のブランドのものはロクなものがない様で、うちでまともに使えているのは自転車パーツの洗浄用に買った車のオイル受け用のバットだけだったりして。 とにかく道の駅「杉の湯川上」で「スタンプラリー」のポイントゲットです。
僅かの距離ですが川上村柏木で旧道へ入ります、郵便局や旅館があって東熊野街道や大峯登山の宿場として賑わった風情が残っています、老舗旅館の「朝日館」は今も営業しています、いつもここで軒先のベンチをお借りして一息入れる事にしています。
標高があがるにつれて鮮やかな紅葉が眼に入ってきます、写真を撮ったりしながら大迫ダムで再び一息入れていよいよ伯母峰ループへ。 ループ橋を挟んで伯母谷(445m)、栗の木(1,297m)、滝の脇(207m)、一ヶ山(440m)、大獄(1,030m)の5つのトンネルが連続しています、左カーブなので死角になりやすい路肩寄りを走る自転車にとって気持ちの良いものではありません、持っている灯火類総動員しているのですが。 悪名高き新伯母峰トンネルや新天辻隧道は直線ですし幅員もないので車も無茶苦茶には飛ばせませんが、伯母峰ループのトンネルの様に新しくて広いトンネルは結構なスピードで車が走ってきます。 旧道も廃道にはなっていない様ですが、しょっちゅう通行止の看板がでている様です。 「ならクル」などで県南部へのコース設定をするなら自転車の旧道利用の可能性を検討すべきだと思うのですがね、誰か犠牲にならないと動かないのかな。
上北山村に入ります、路肩に目新しい標識が「ならクル上北山ルート…」とあります、これについては今の処公式な発表や案内はない様ですが、標識もすぐには全部建てられないでしょうからね。 しかしも最初に看板ありきみたいな、どれ程の費用がかかるのでしょうか、それに対して「ならクル」の恩恵を受けているサイクリストはどれ程いるのでしょうか。
相変わらず上北山村に入るとどこかで工事のために交互通行が行われているのですが、交互通行の信号の直前で強引に割り込んで来る乗用車、4サイドの場合は目立つだけに車もかなり遠慮はしてくれるのですが、強引な幅寄せが頭に来て、怒鳴りつけるとこれが中高年ドライバー、こちらも中高年のお仲間には違いないのですが、エエ歳してガキみたいな運転をするのが信じられません、もしかして見えていないの、センターラインを割ってくるもの結構中高年だったりします。 自転車からって結構ドライバーの顔が見えているのですよ、ってか運転手の視線や動作ってのはとっさの判断に繋がる事が多いのです。 ともあれ2つ目のチェックポイント「道の駅吉野路上北山」ゲット。
上北山村から下北山村にかけては概ね池原ダム湖畔なので平坦そうなのですが、細かなアップダウンがるのです、ここまでそれなりのコースを走ってきた疲れもあるのでしょうが、結構だるいと云うのが大方の意見ですね。 池原にはJAのやってるコンビニ風の店がありますのでここで少々補給。 ちなみR169は吉野町河原屋のローソン吉野リバーサイド店を過ぎるといわゆる大手コンビニの類は皆無です。 R309を熊野市方面に行くとサークルKがありますが、そこは既に三重県熊野市です、従ってここは貴重な補給ポイントなのです。
少しR425を走って不動トンネル(2,038m)を抜けると和歌山県東牟婁郡北山村です。 時間的には14時、実は大台を端折ったのはここで「自撮り」をしたかった事もあるのですが、しかしこの季節になると山峡の風景が影になるのが早いです。
15時には道の駅「おくとろ」に到着、キャンプ場のある「おくとろ公園」は隣です。 実はここでキャンプをするのは20年ぶり位、温泉ができる前後に何度か利用しました。 テントサイト周辺は昔と変わっていなくて懐かしく、この季節の平日とあって利用者は私一人、利用料は600円相当の温泉入浴券がついて1,512円でした。 思い通りに炊事場横のベンチテーブルとテントサイトを独占、私一人のためにトイレとかの照明もつけて貰って申し訳ないです。 トイレの建物は昔のままですが、内部はリニューアルされて全体に清潔に整備されたキャンプ場です、いかんせん車でもここは遠いですね。
テントサイトから温泉までは歩いて数分かかりますが、のんびりと歩いて行く事にします、こちらも入れ替わりで貸切状態、早めに着いてゆっくりできて大正解です。 一人ですし食事はおくとろ温泉「やまのやど」内にあるレストランで済ませる事にします。 HPによると昨日まではメニューにバイキングがあったのですが、今日からは春まで定食メニューのみとの事です、まぁオフシーズンに入ってお客が少なくなってからのバイキングも種類もたかが知れているでしょうが、しかしふつうミックスフライ定食にいわしフライは入ってないでしょうに。 ドリンクバー込みで1,566円、しまったボトルを持ってくるんだった、北山村特産の「じゃばらジュース」もあります。
「やまのやど」内にはここもコンビニ風の店があってそれなりの食料品も調達できます、但し営業時間は1830まで。 レストランの定食だけではあまりに芸がないので、ここの売店でレトルトのおでんと発泡酒とおつまみ類を買ってテントサイトへ引き上げますが、もう真っ暗でランプなしではちょっと難儀しました。 他の利用者もいない事ですし、iPodを持参の小型スピーカーに繋いで、月明かりの下、秋の夜長を愉しみます。 本日の走行110.0キロ。
3日目、未明に起きだすと雲もとれて満天の星空です、明るくなってくると思い思いに起きだして片付けやら朝食の準備やらを始めます。 今回の「月うさぎキャンプ」は思わしくないお天気でのスタートでしたが、3日目はちょっと寒いですが最高のお天気になってくれました、朝の清清しい空気の中のんびりと撤収作業が進みます。 帰路は概ね下り基調と云う事もあって、自走組は幾つかのグループで自転車を連ねて帰る事になります。 (写真右上 : skuramさん)
今回はのべ人数での参加者こそ多くはなかったですが、11台のキャンピング支度(4サイド6台、2サイド5台)の自転車が奈良県下はもとより大阪、和歌山、滋賀から自走で走ってきてくれました、8回目にしてようやく望む形に近づいてきた様です。
さて1030本隊も帰途に就きます。 谷尻の三叉路まで一緒に走り、再会を約束して宇陀方面、吉野方面へと別れ、その日の内には皆さんの帰投の報告を受けて2泊3日の「月うさぎキャンプ」を無事に終えました、参加の皆さん有難うございました。 (写真上、右下 : skuramさん)