「青春18きっぷ」の発売は春夏冬の3シーズンで秋にはないのが残念ですが、探すと色々とあるもので… 「鉄道の日記念 JR全線乗り放題きっぷ」、利用期間は10/4~19と短かくて3回分で\9,180_ 18きっぷより割高ですが。 JR西日本限定版もあって、こちらは1回分のみで\3,000_ と少しだけ安くて使い安くなってます。 面白いのはえちごワンデーパスとえちごツーデーパス、新潟県下のJR東日本がほぼ乗り放題、ワンデーとツーデーでは利用可能区間と利用可能日が異なっていますが、ツーデーで\2,500は割安で、18きっぷと違って新幹線や特急乗車でも乗車券の分が有効な事です。 JR東日本では他に「信州北回廊パス」(2日分)、長野周辺と長野電鉄と上田以西のしなの鉄道のフリー乗車券が\2,500_。 JR四国には全ての四国内私鉄にも乗れる「四国鉄道まるごとパス」(3日分)が\6.000_ JR九州にも全ての九州内私鉄にも乗れる「旅名人の九州満喫きっぷ」(3日分)が\10.000_が… 現地でないと買いにくいのもありますが、時刻表を睨みながら色々と企んでいます。
「※ 画像ロスト」カテゴリーアーカイブ
飯田線完乗
「岩尾池紅葉ポタ」
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久しぶりに伊賀上野「伊賀路」で「麦飯とろろ牛タン定食」を頂きました。
走行95.8キロ
客先でガラクタ掃除
3.5吋FDドライブ。 上に乗っているのは悪名高きIntelのNetPort(プリントサーバー)。
日立の2400bpsのモデムフォン、当時20万はしていた様な…
道路元標蒐集サイク
信州長野県とは云っても名古屋から中央本線に乗って木曾なのですが、「青春18きっぷ」で無くとも奈良からはなかなかアクセスが大変な処です。 たまたまT御大が早朝に名古屋まで車で移動するとの事で輪行状態にして便乗させて貰いました、
名古屋7時25分発の中央線中津川行きに乗車できましたが、如何せん中津川以遠は本線と云えどもローカル路線、なかなか思い通りの時間の列車がなく、中津川駅から走り出す事にしましたが、自転車で中津川は初めてで土地勘もありません、とにかくR19を走るのは嫌なので木曾川右岸の県道に見当を付けて走りだす事にしました。

木曾川を渡る玉蔵大橋、下流に3連と1連のガーター橋を従えたダブルワーレントラス橋が見えます、小ぶりですが鉄道橋の様でもう使われていない様子です、こんな処に廃線があったっけ...
後で調べると1978年に廃止された北恵那鉄道の遺物の様で、電化されていた地方私鉄にはあまり興味がなかったので記憶に無かった様です。

岐阜県道<6>中津川山口線jは木曾川の見える区間は少しですが、ほぼ木曾川右岸に沿って北上し、現在のルートでは対岸の元山口村は通らずに南木曽町まで行きます。 アップダウンはそれなりにありますが交通量が少なくR19を走る事を思えば自転車天国で、時間的には中津川で次の列車を待って南木曽から反対に走り出すのと変わらなくなりましたが、さすが’栗きんとん’の中津川だけあって、大きな実の付き始めた栗林の中、のんびりと’つくつぼうし’と’みんみんぜみ’の混声合唱の響くこの道を走った価値はありました。

<6>中津川山口線を離れ激坂の乙姫大橋を渡ると元の長野県木曽郡山口村、平成17年に越県合併として話題になりましたが岐阜県中津川市となりました。
’山口村道路元標‘の後、岐阜県恵那郡の’坂下町道路元標‘を巡って再び<6>中津川山口線を走ります。
※ 長野県西筑摩郡は昭和43年に木曾郡と改称されています。

道路元標蒐集サイク(つづき)
坂下町から先の<8>中津川山口線は以前に走った事があるルートとなりR19を少し走れば中山道妻籠宿です、ここにも道路元標が現存しています。
’吾妻村道路元標‘の後、大急ぎで’読書村道路元標‘を廻り南木曽駅1207発に乗車し木曽平沢駅に向かいます、途中の宮越駅近くには’日義村道路元標’が現存する様ですが、今回は鳥居峠の向こうの’楢川村道路元標‘と’宗賀村道路元標‘を巡る事にします。

塩尻の一つ手前の中央線洗馬駅、ここから帰途に就く予定でしたが、’洗馬村道路元標‘も回って塩尻の向こうの広丘駅から帰途に就く事に。
既に時間的には’青春18きっぷ’を利用してJRのままで桜井に帰り着く事は無理で、広丘1600→中津川1750/1808→名古屋1921/2006→亀山2108/2113→伊賀上野2156までJRで行き近鉄伊賀線と大阪線で帰るとんでもないルートを選んだのです。 名古屋でのんびりと立ち食いの’きしめん’を食らっていたまでは良かったのですが、新幹線の遅れが新宮行き特急「南紀」の発車を遅らせてしまった辺りから雲行きが怪しくなってきました、車内放送では四日市花火大会の影響とか云って、亀山へは10分以上の遅れで加茂行きに接続しますが上り列車との交換を待って出発するので遅れは吸収できず、伊賀上野で近鉄に接続できなければ、加茂から奈良行きに乗り継いで奈良から20キロを自走して走って行く覚悟を決めていた頃、伊賀上野駅で近鉄が待ってくれるとの事、近鉄にさえ乗れれば上野市での16分待ちで遅れは吸収されて、伊賀神戸からの最終五位堂行きに乗車できます。
とにかく桜井に定刻2339に帰着、「青春18きっぷ」でしっかり7,020円分乗車してきました、走行58.5キロ。

本日の収穫
【212】 長野県 西筑摩郡 山口村 (現 岐阜県中津川市)
【213】 岐阜県 恵那郡 坂下町 (現 中津川市)
【214】 長野県 西筑摩郡 吾妻村 (現 木曾郡南木曾町)
【215】 長野県 西筑摩郡 読書村 (現 木曾郡南木曾町)
【216】 長野県 西筑摩郡 楢川村 (現 塩尻市)
【217】 長野県 東筑摩郡 宗賀村 (現 塩尻市)
【218】 長野県 東筑摩郡 洗馬村 (現 塩尻市)

道路元標蒐集サイク
そろそろ梅雨入りしてしまいそうなので、予定していた兵庫県多紀郡から京都府船井郡に残るらしい道路元標を巡るプランを実行しました、三田市まで輪行するのですが平日ダイヤで接続があまり良くないので大和八木駅からの始発に乗るために約6キロを走る事にします。
道路元標は予定では10基、内5基は正確な場所まで特定できているのですが...
↑ 三田市の千丈寺湖青野ダム湖畔にて、そんな大した処でもありませんが先月に続いて2度目です。

青野ダム湖畔を巡って後川(しっかわ)村道路元標を目指します、この羽束川沿いのルートは2004年9月にS翁企画の篠山ミステリー峠?ツアーで通っていますが、篠山盆地と峠で遮られた後川へ入るには一番楽なコースです。
↑某R氏が大転倒を起こした後にポテチなホイールで走った’痛い思ひ出’の道でしょう。

多紀郡で後川村、日置村、村雲村とほぼ順調に道路元標をGETしましたが、残る’草山村’がどうにも見つかりません。 資料によると’大字本郷小字口ノ坪91’となっていますが’基幹集落センター’に集まってくるおばさん達に尋ねると、’くちのつぼ’では無く’ろのつぼ’の様で、うちは’ワの坪’やとか’ヌの坪’やとか現れますが、’口ノ坪’は見つかりません。 土建屋でも尋ねてみましたが前に駐在所のあった場所にらしきものが..と云う情報を仕入れましたが見つからず。 1時間余り探索しますがまだ先があるので深追いは禁物と多紀郡を後にする事にします。 しかし場所を特定できないものも中にある藤原勝永著「兵庫県の道路元標」には参りますわ。

三郡(みくに)峠を越え京都府船井郡に入り’梅田村’と’檜山村’をGET、しかし’高原村’が見つからずどうも現存情報は’ガセ’と云うより’竹原村’と混同している様です。 次の’須知町’は’旧R9?沿い(現町役場南方)’との情報、間違いでは無いのですが500mも南方で役場周辺をウロウロした挙げ句危う見落とす処でした。
↑ 竹原村道路元標、農家の庭先にさりげなく建っています(^_^)

走行距離が100キロ近くなりつつも中山峠へ、山陰道観音峠の別街道の様なルートですが大型車がバンバン走り歩道のないR9の観音峠トンネルの事を思うとここは天国です、まして北側からアプローチすると楽勝、平日の午後1台の軽トラとすれ違っただけです。 陽が長くなったとは云えまだ’東本梅村’が残ってますので少し写真を撮って峠を下る事に。
← ‘ひぐらし‘の鳴き声の聞こえる頃にももう一度越えてみたい峠でした、同じ角度で日差しは入らないだろうけど。
本日の収穫
【257】 兵庫県 多紀郡 後川村 (現 篠山市)
【258】 兵庫県 多紀郡 日置村 (現 篠山市)
【259】 兵庫県 多紀郡 村雲村 (現 篠山市)
【260】 京都府 船井郡 梅田村 (現 京丹波町)
【261】 京都府 船井郡 檜山村 (現 京丹波町)
【262】 京都府 船井郡 須知町 (現 京丹波町)
【263】 京都府 船井郡 竹野村 (現 京丹波町)
【264】 京都府 船井郡 東本梅村 (現 亀岡市)
しかし梅雨入り前とは云え暑くなってくると’道路元標探索’はなかなかつらいものがあります。 本日の走行120.4キロ(桜井→大和八木駅約6キロを含む)、さすがにAVSは15.4キロでした。

花いっぱいR166旧道脇道裏道ツーリング
櫛田川に残る沈下橋を渡る、ってヤラセです、ここへ降りて貰う為に薮漕ぎして頂く事に。
天気がもっと良くて、櫛田川の水量が豊富なら。

R166を対岸に見下ろす疎水脇でのんびり休憩

今日の最終目的地はここ、天五さんに教えて貰った松阪ホルモン「一升びん本店」

\(^o^)/ \(^o^)/ \(^o^)/ \(^o^)/
松阪牛そのものは高くて手が出ませんが、結構リーズナブルで美味しい松阪では有名な焼肉店です。

締めは(^_^;) 以前は三交百貨店の中にあったお店、本業は製餡工場がやっているお店だそうです。 ここでお昼の地震が震度5だった事を知ります。 お陰で近鉄は10?30分の遅れが...
桜井?西峠?榛原駅?佐倉峠?新木津T?高見峠?波瀬?珍布峠?粥見?小片野?松阪駅 112.4キロ、久しぶりに’道路元標’抜きのサイクリングでした(^_^)

道路元標蒐集サイク 播但線に沿って
何もない和田山に泊まるより、せっかくここまできたのだから城崎温泉にでも泊まれば良いのですが、現在の但馬地方の中心都市だし近くに企業団地があったりして安いビジホや宿が幾つかありますからネ(^_^;) まあ一泊したお陰で随分ゆっくりできて、他にする事もないので、いつもより良く寝ていた様な...
朝7時には出発、今日はJR播但線に沿って姫路を目指します。 まずは朝来郡与布土(ようど)村道路元標、場所は特定できていなかったのですが与布土小学校正門脇に保存されていてすぐに見付ける事ができました。
↑ 円山川沿いはどこも桜が満開です、但馬竹田にて。
和田山から姫路へはR312が通じていますが播但道があるものの大型車が多いので、旧道を継いで走って行く事にします。
← 田和坂、1200年もの歴史のある生野鉱山のあった生野町も現在は朝来市となっていますが、ここが分水界となる峠で生野の町の中と云って良い場所にあります。 現在のR312の生野峠(真弓峠)の標識のある峠は朝来郡と神崎郡の境界で市川と市川の支流猪篠川との間の峠になります。 市川沿いは急峻な渓谷となってるために、この峠を越える事が生野へのルートとなっている訳で、古戦場とかもあった位ですから分水でもない生野峠が戦略上も重要な峠だった様です。 なお氷上郡との境にも生野峠と呼ばれる青垣峠があります。
生野町を後にし生野峠を越えるとR312に沿って下り基調のコースです、現在旧道に沿う様に’銀の馬車道’と云う名の案内が整備されています。 神崎郡大山村、粟賀村、鶴居村、田原村と回り柳田国男生家も保存されている神崎郡歴史民族資料館へ、ここは元の田原村域ですが、隣の八千種村道路元標が保存されています。
↑ 神崎郡歴史民族資料館となっている元神崎郡郡役所の建物、なお丸ポストは蓋がしてあって投函はできません。
姫路市域に入り、神崎郡船津村、豊富村、飾磨郡水上村と回り姫路城を東から南にまわりこんで高岡村へ、しかしここまで来るととても5万図では歯が立ちません、携帯に登録しておいた地図情報が頼りです。
結局姫路市域で日没までに10基をGETし、山陽電鉄的形駅からするっとKANSAI3Dayチケットと利用して帰途に就く事に、山陽?阪神?地下鉄?近鉄と\2060を\5000/3で帰ってきましたが、山陽?阪神は直通なものの、自動改札を何度か通らなければならないので大変です、やはり「18きっぷ」が良いですわ。
走行 105.2キロ
↑まるで墓石の様(^_^;) 10日4基、11日17基、内10基をGETした姫路市域は道路元標の宝庫なのですが車も多いし、正直云ってあまり愉しくもありません、それに詳細な市街地図を持っていないと効率よく回るのはなかなか大変です。
【164】兵庫県 朝来郡 与布土村 (現 朝来市)
【165】兵庫県 朝来郡 生野町 (現 朝来市)
【166】兵庫県 神崎郡 大山村 (現 神崎郡神河町)
【167】兵庫県 神崎郡 粟賀村 (現 神崎郡神河町)
【168】兵庫県 神崎郡 鶴居村 (現 神崎郡市川町)
【169】兵庫県 神崎郡 田原村 (現 神崎郡福崎町)
【170】兵庫県 神崎郡 八千種村 (現 神崎郡福崎町)
【171】兵庫県 神崎郡 船津村 (現 姫路市)
【172】兵庫県 神崎郡 豊富村 (現 姫路市)
【173】兵庫県 飾磨郡 水上村 (現 姫路市)
【174】兵庫県 飾磨郡 高岡村 (現 姫路市)
【175】兵庫県 飾磨郡 荒川村 (現 姫路市)
【176】兵庫県 飾磨郡 津田村 (現 姫路市)
【177】兵庫県 飾磨郡 高浜村 (現 姫路市)
【178】兵庫県 飾磨郡 妻鹿村 (現 姫路市)
【179】兵庫県 飾磨郡 糸引村 (現 姫路市)
【180】兵庫県 印南郡 的形村 (現 姫路市)
青春18きっぷサイク「道路元標を求めて」
‘青春18きっぷ’もいよいよ今日が使用期限、悩んだあげく雨で途中で切り上げて取りこぼしてしまって気になって仕方がない’餘部村’へ行く事に、もちろん餘部鉄橋もネ(^_^) でもそれだけでも勿体ないので和田山駅で途中下車し養父郡の3基をGETしてから八鹿(ようか)駅から再び輪行で餘部へ移動と云う計画です。
前回は春休みとあってそれと覚しきマニアの姿も多かったし、さすがに’青春18きっぷ’も最終日となれば利用者も少なく列車の混雑具合も平常に戻った様です。
和田山1041着、’糸井村’、’大蔵村’、’八鹿町’の3基をGETして約12キロ2駅先の八鹿1400発に乗車しなければなりませんが、いずれも場所を特定できていないのが...
’糸井村’は資料に拠ると山陰線より3?4キロ山間部に入った辺りと類推できるので県道10号を旧道沿いに遡り訪ねてみたのですが一向に見当たらず、交番で郷土歴史館を教えて貰い訪ねますが手掛かりは得られず、農協、小学校と見て回りますが見当たりません、そろそろタイムリミットなので諦めて’大蔵村’を目指し走り出し、なんとなく気配のある辻で振り返ると\(^o^)/
↑写真の右側の植え込みの中です、影の方から走ってきましたから良く見付けられたものです、しかし今回も古い大字名に惑わされてしまいました、実際の所在は山陰線から1キロ程の処でした。 既に時間は12時半です。
幸い’大蔵村’は先の郷土歴史館で場所を教えて貰っていたのですぐに判り、’八鹿町’もほぼ見当を付けていた位置に建っていて八鹿駅には余裕で到着。
真っ直ぐ餘部駅まで輪行するのも何なので、一つ手前の鎧(よろい)駅で下車、前回リタイヤした香住から走る事を思えば楽ですが、それでも100m程登らないと餘部へは越えられません。
↑片面にホームがあるだけの停留所の様な餘部駅と違って鎧駅は日本海を見下ろす雰囲気の良い駅です。
頑張って山越えしてR178を突っ走り餘部鉄橋を渡る上り普通列車を写す事ができました。
しかしKHSって本当に日本の風景に似合わない自転車ですわ(^_^;)
海側から下り普通列車を(^_^)
ところで餘部駅はこの鉄橋の横にあるので、駅へは急斜面の歩道を押し上げなければなりません。
桜井へ帰り着く事が出来る時間の列車に乗る事ができますが、慌てて戻らなければならない用件もできていないし、明日の天気もまずまず、適当な宿も取れたので、今日は和田山で一泊する事にしました。
走行 34.6キロ
【160】兵庫県 養父郡 糸井村 (現 朝来市)
【161】兵庫県 養父郡 大蔵村 (現 朝来市)
【162】兵庫県 養父郡 八鹿町 (現 養父市)
【163】兵庫県 城崎郡 餘部村 (現 香美町)
?つづく?




