「道路元標」タグアーカイブ

残り1回

 残り1回分の「青春18きっぷ」、9日から休みを取ってあったので、信州へ行って松本~諏訪~飯田と回り一昨年も走った三州街道を走って豊田辺りから名鉄近鉄と乗り継いで帰って来ようかと企んでいたのですが、天気も悪いし、飯田線の災害復旧もまだで豊橋側へ逃げられないし、10月には辰野へ行く機会があるかも知れないので、今回は諦める事に。今の予報では10日は北近畿の方は天気が良さそうなんで、日帰り往復輪行で道路元標を拾いがてら福知山あたりから丹後由良あたりまでのんびり走ろうかと思っていたのですが…
 ところが予報は次第に悪くなって、どちらへ向かっても降られる様な按配に。結局は自転車は置いておいて、身一つ乗り鉄の旅で香川県まで往復する事にし、桜井0552発に乗車します。

 兵庫県に入る頃には降りだしてきて相生で岡山行きに乗り継ぐ頃には土砂降りに。
 幸い岡山県に入る頃には青空が、瀬戸大橋を渡って2018年3月以来の四国へ。坂出駅での乗り継ぎ56分の間に坂出市立郷土資料館に保存されている綾歌郡の林田村道路元標まで往復、ここには以前から同じく王越村道路元標が保存されていますが、林田村のそれは地上部で切断されており、再建保存もままならない状態です。
 せっかくの四国香川ですから、と云ってもマニアックな有名店に行く時間はありませんので、駅下のお店で、でも香川は何処へ入っても水準以上なのが嬉しいです、釜玉大と大好きな茄子の天ぷらがあったので…
 次の目的地は観音寺市に残る三豊郡豊浜村道路元標、折り返しの列車までので43分で1キロ程先の観音寺市豊浜支所(元豊浜町役場)まで往復しなくてはなりません。
 支所の隣に「大平記念館」と云うのがありますが、ここはあの「ア~ ウ~」の大平正芳元首相の出身地なんですね。汗だくになって豊浜駅へ戻ります。

 多度津駅にて、もうキハ32やキハ54の姿は見られません、JR四国になってから作られた1000型。

 乗り鉄の旅を愉しみながら帰途へ、輪行袋ないと楽っす。
 神戸三ノ宮で途中下車、DさんとTさんを呼び出してベトナム料理へ。
 「コロナ」後にはまた一緒に走ったりキャンプができる事を願って「18きっぷ」のまま帰れる時間にはお開きにしたのですが、さすがに1時間も余分に掛かるので鶴橋から近鉄のお世話になりました。
桜井0552→0624王寺0627→0705新大阪0710→0825姫路0840→0901相生0932→1038岡山1053→1154坂出1230→1345豊浜 所要7時間54分 5,950円
豊浜1428→1433観音寺1438→1523坂出1524→1603岡山1613→1718相生1719→1738姫路1741→1820三ノ宮2054→2122大阪2130→2146鶴橋  4,740円 計10,690円分乗車

【1107】 2020/9/10 香川県 綾歌郡 林田村(現 坂出市)
【1108】 2020/9/10 香川県 三豊郡 豊浜村(現 観音寺市)

 

 

 

リベンジ能登半島(3日目)

 おはようございます。今日のお天気朝から快晴、珠洲市の日の出は0522、大浴場(露天は男女日替わり)も5時からあいてますが、あわよくば写真も撮りたいので1階ロビーのデッキへ。一昨年でしたか四国は東洋町ではだるまにならず残念でしたが、文句なし感動の朝日です。しかし今日は暑くなりそうです、宇出津、穴水から七尾北湾を巡る様に和倉温泉まで約85キロの行程です。
 ただ昨日はスマホアプリのRide with GPSのナビ機能を試しに使ってみた処、案の定バッテリーの消費が大きく、モバイルバッテリー(13,000mAh)の残用量がピンチ、USB電源を持ってきていないのです。今時はモバイルバッテリーもUSB電源もコンビニで売っている時代ですが、インテリジェントでないシロモノが結構高い、応急なら100均ので十分、しかし奥能登にダイソーは無いだろうと探してみるとあっても七尾、ただこの先の宇出津のスーパー内にCanDoが、慌ててコンビニへ走らずに宇出津で立ち寄る事にします。
 7時過ぎには「のとじ荘」を後にし見附島に少し立ち寄ってから飯田湾沿いの旧R249を南下、現在のR249は山よりをバイパスしていますので、こちらは交通量も少なく快適です。

 途中に宗玄酒造と云うのがあって、能登線の廃トンネルを貯蔵所にしたり、軌道自転車を走らせたりしているそうです。まだ営業時間前ですし、買っても持って帰れないので、今回は通過。

 恋路海岸から能登町へ、松波から宇出津にかけてR249は内陸側を走りますが、海よりを県道35号能都内浦線を走っていますが、この辺りはアップダウンが多くて走り難いしルートも採りづらいのが。九十九湾の奥まった処にこの春できた道の駅ならぬ「イカの駅つくモール」、新たに「いしかわ里山里海サイクリングルート」のポイントに加わった様です。
 県道35号は高倉漁港を過ぎるとアップダウンもなくなり海岸べりの穏やかな道を経て宇出津の街へ。駅があった市街の方へ行くと少々走り難いので海岸沿いに宇出津新港の方へ抜けます。
 少し早く着き過ぎた様ですが、100均の入っているスーパーが開くまでのんびり休憩。無事にUSB電源を330円でゲット。ついでここで遅めの朝になるのか早めのお昼をする事に。
 宇出津からR249に戻り海岸沿いを三波(さんなみ)村道路元標へ。以前(2007年)は中村酒店の前にあった様なのですが、その場所には見つかりません。お店の人と来ていた人に親切に教えて貰い100m程離れた公民館跡に見付ける事ができました。
 鵜川で内陸側を越えるR249と別れ石川県道34号能都穴水線へ、通う車も少なくなり2001年も2018年にも走ったお勧めのルートです。
 お正午近くなり陽射しがきつくなってきたので、時間もある事ですしバス停で休憩したりしながらのんびりと行きます。このR249に戻る手前が少々キツくなるので、前波から内陸側を越えますが、木陰を多い以外はお勧めとは。

 R249に戻り 1343 ぼら待ちやぐらのある「中居ポケットパーク」に到着、大きな四阿やトイレ、自販機があります。穴水まであと一息なんですが、ここで大休止、車の音がうるさいでしょうがゲリキャンプポイント。
 トンネルを3つ抜けて穴水の町へ、穴水は深い入り江の奥まった処にあるので、どちらから来ても小さな峠を越える必要があります。(写真左)明日渡る予定の中能登農道橋が見えてきました。七尾北湾の西側を走り西岸駅と能登鹿島駅の間で峠を越えます、交通量を考えて迂回してみましたが距離と標高を考えると素直に国道を走った方が良かったかと。(写真右)平成橋で湾をショートカット。鹿島郡の赤蔵村道路元標に立ち寄ってから、今夜の宿のある和倉温泉へ、本日の走行91キロ。

【1103】 2020/9/2 石川県鳳至郡三波村(現 能登町)
【1104】 2020/9/2 石川県鹿島郡赤蔵村(現 七尾市)

 1日目 2日目 3日目 4日目

リベンジ能登半島(2日目)


石川県輪島市 白米千枚田にて

 昨夜は七尾駅近くのホテル「ルートイン七尾駅東」泊、輪行袋を担いだままの移動なので駅からたとえ一歩でも近い処が良いのですが、朝食前に矢田郷村道路元標まで散歩がてら往復したいのと、少々割高ですが。
 ホテルから歩いて10分も掛からない県の中能登土木事務所の玄関前に道路元標は保存されています。ただこの場所は元の矢田郷村の村域ではない様です。

 さて奥能登へは今回が3度目ですが、2001年(緑線)と2018年(茶線)はほぼ海沿いに走っていますが、今回は穴水駅をスタート、時計周りに1日目に輪島市~珠洲市、2日目は穴水へ戻り和倉温泉まで南下し、3日目は能登島を半時計周りする約200キロ(赤線)のコースの予定です。

 0630からの朝食バイキングを頂いてから輪行袋を担いで七尾駅へ、0712発の穴水行き始発に乗車します。
 1988年に三セクとして再スタートした「のと鉄道」ですが、2001年に穴水~輪島間が廃止、2005年に穴水~蛸島間が廃止され、現在は七尾~穴水間の33.1キロとなっています。
 輪行支度を解いて、穴水駅を0830にスタート、穴水町道路元標に立ち寄ります。街並みが小奇麗なのは2007年の能登半島地震の復興によるものでしょうか。
 穴水から輪島へは県道1号七尾輪島線がメインルートなのですが、峠を越えるまでは七尾線(のと鉄道輪島線)の廃線跡を縫うように行きます、意外に道路へ転用されている部分は少なく、廃線後20年になろうとする今では橋台や駅跡に面影を残す位です。
 穴水町と輪島市の境界、峠と云っても標高200mに満たない無名の峠なのです。

 輪島駅跡は道の駅とバスターミナルに、2001年に来た折に泊まった輪島ステーションホテルは今もステーションホテルとして健在。
 昨年一昨年と賞品を頂いた「いしかわ里山里海サイクリングルート」ですが、今年も賑やかし程度にポイントをゲットしておきます。
 (写真左) 輪島町道路元標、(写真右) 有名な「輪島の朝市」もコロナ禍の影響か些か寂しいです。
 輪島からは曽々木海岸の手前まで日本海沿いのR249を行きます、朝から曇り空だったのですが、時折陽射しが入る天気に。輪島市街を出ると珠洲市中心部の飯田までコンビニの類はありませんので、食料を調達しておきます。
 なかなか良さげなロケーションですが、今回は「自撮り」の準備をしてきませんでしたので、ロケハンで我慢。
 日本の棚田百選の代表格とも云える「白米千枚田」、三回目ですが、今までで一番空いてます。時間の余裕もあったし「自撮り」の準備はして来るんだったと後悔。
  暫くR249を行きますが、今回は未収の道路元標巡りがメインですので、海岸沿いに禄剛崎方面へは向かわず、県道40号珠洲里線他で内陸部を越えて珠洲市へ向かいます。
 途中の南志見村道路元標、これが1,100基となります、2007年に始めた道路元標フリーク、2014年に1,000基達成したものの、近場に残っていない事もありますが、それからの100基までに6年掛かるとは。
 海岸沿いのR249を走るとなにもない奥能登ですが、内陸に入り輪島市の東の端にあたる町野地区、中学校や銀行の出張所や生鮮類も扱うスーパーもあります、観光客が来る様な処ではありませんが、少し再発見。
 のとの里山風景の中を行き、八太郎峠(220m)で珠洲市へ。
 若山村、飯田町の道路元標を巡り今夜の宿の「珠洲温泉のとじ荘」へ、日暮れまでまだ少し時間もありますので見附島へ、何度か立ち寄ってますが、夕刻の静かな時間も良いものです。隣接する「見附島シーサイドキャンプ場」も利用者はソロが2人だけ、ちょっと羨ましい。
 「珠洲温泉のとじ荘」は国民宿舎なのですが、内部は今風な和モダンにリニューアルされていて、海の見えない部屋ですが「Gotoトラベル」のお陰で3,475円(入湯税別)と格安、自転車も玄関に入れて貰えました。部屋からは海こそ見えませんが大浴場からは海も朝日も見えますし、ただ不便なのは食事のできる店やコンビニから少々離れている事、とにかく宿には大満足ですが、次にここへはキャンピングで来たいのものです。本日の走行85.5キロ。

【1097】 2020/9/1 石川県鹿島郡矢田郷村(現 七尾市)
【1098】 2020/9/1 石川県鳳至郡穴水町
【1099】 2020/9/1 石川県鳳至郡輪島町(現 輪島市)
【1100】 2020/9/1 石川県鳳至郡南志見村(現 輪島市)
【1101】 2020/9/1 石川県珠洲郡若山村(現 珠洲市)
【1102】 2020/9/1 石川県珠洲郡飯田町(現 珠洲市)

 1日目 2日目 3日目 4日目

夏はやっぱり信州だよね(1日目)

 先週と同じく畝傍駅0932発でスタート、奈良、加茂、亀山、名古屋経由で信州へ向かいますが、18きっぷ故に中津川での接続が非常に悪く、なんと1時間53分待ちなのです。最寄りに岐阜県郡の苗木町道路元標が未修で残っていて、中津川駅からの距離は5.5キロ程、普通なら走っている時間より輪行支度の方が時間がかかる位なのですが、その苗木町と云うのは木曽川を挟んだ対岸なのです。土地勘のある方ならお判りでしょうが、この辺りは木曽川を挟んで河岸段丘が発達した地形、中津川駅から玉蔵橋を渡り城山大橋で戻ってくる周回コースをRide with GPSで描いたらなんと距離10.8キロに獲得標高282m(この値はRide with GPSの特性で過大になっているかとは思いますが)、このクソ暑い最中に熱中症になりかねないので、今日は移動日と一旦諦めたのですが、長野着が遅くなるものの、1本遅らせて3時間なら十分回れる計算に。
 畝傍0932→1008奈良1016→1033加茂1041→1205亀山1224→1336名古屋1346→と順調に乗り継いで行きます、この時間帯になると関西本線加茂~亀山間は1両での運行なんですね(写真左)、名古屋までは接続が順調過ぎてきしめんを頂く時間が。
 1507 中津川到着、先週でしたか日本の最高気温のタイ記録41.1℃が出ていましたが、お隣の多治見市は2007年8月に当時の最高気温記録40.9℃がでて、マスコットキャラクター「うながっぱ」が登場した土地、中津川も似たり寄ったりの気候。まだまだ暑い時間帯ですが、3時間の余裕で輪行支度を解き、ヒップバッグとか余計な荷物をコインロッカーに、久しぶりにコインロッカーのお世話になりましたが、今は一番小さいものでも300円とるんですね、さて出発。
 駅から木曽川に向かって坂を下ると玉蔵橋、案の定対岸には登り坂が待ち構えています。その玉蔵橋から下流側に望む事ができるのが…
 
 1975年に廃止された北恵那鉄道の木曽川橋梁、前後にガーター橋を従えたダブルワーレントラス橋、なんたら遺産になっている訳でもなく、50何年放置されています。

 玉蔵橋から標高で100mばかり登らされた後にアップダウンがあって苗木の街へ。岐阜県で現存が確認されている道路元標は4基、土岐郡駄知町、可児郡池田町、恵那郡坂下町とここ苗木町のみ。道路元標の根拠法である旧道路法の施行時には360程あった岐阜県の市町村、実際に設置されたのか、根拠のなくなった1952年以後に引っこ抜かれたのか判りませんが、もう少し見つからないかなぁ。
 北恵那鉄道苗木駅跡、特に何かがある訳でもなく、住宅街の中のただの空き地です。
 帰りはR257の城山大橋で木曽川を渡りますが、木曽川を見下ろす様に建っていただろう苗木城跡を望む事ができます、まるでライン川を見下ろすドイツの古城みたい、行った事ないけど。
 結局は2時間少々で中津川駅に戻ってきた訳ですが、走行距離は12キロ、GPSログでの獲得標高は190m前後でした。本日の走行、畝傍駅まで移動を含めて15.3キロ。余裕で今日2度目の輪行支度を済ませ、駅構内の立ち食い蕎麦を食って長野へ移動です。中津川1802→2030松本2105→長野2215、6,930円分乗車。

 

 

 

まずは北陸へ(1日目)

 2週間ぶりの丸1日のお休み、既に18きっぷのシーズンがスタートしていますし、くよくよしていても仕方がないので、まずはロードを担いで北陸へ道路元標蒐集の旅に向かう事に。勤務明けそのまま最寄りの桜井線畝傍(うねび)駅へ直行します。ところで畝傍駅は現在は無人駅ですが、かつては天皇陛下橿原神宮や神武陵行幸の際にお召し列車が発着した駅で、現在も専用通路や貴賓室などの面影が残っています。
 今日は畝傍0932→1008奈良1023→1112京都1145→1315敦賀1340→1432福井1512→1605能美根上と移動日みたいものですが、所要時間6時間33分、4回の乗継待ち時間は1時間53分。写真はJR京都駅、コロナ騒ぎが始まってから大阪や京都のターミナルと云われる処へ行くのは初めてなのですが、さすがにお盆位は多少混んでいるだろうと思っていたのですが、ご覧の通り。
 能美根上駅って鉄な人でも馴染みがない人がいるかも知れませんが2015年までは寺井駅の名称でした、カシミールで使っている地理院地形図もまで寺井駅のまま。駅前の通りが「ホームラン通り」松井秀喜所縁の地なんですね。

 数キロ走って能美郡の吉田村道路元標へ、2010年頃には民家の裏庭にあったのですが、2013年頃から現在の場所に再建されました。説明版の「旧街道の一町村に一箇所」と云う説明が些かなんですが、まぁエエでしょう。これで1,091基目なります。
 3月以来の久しぶりの輪行旅、なにやら忘れ物が多くて、ホームセンターやスーパーを探しながら、今夜の宿の松任へ向かいます。
 いつもは込々4,000円以内で極力安い宿を探すのですが、今は「Gotoトラベル」絡みで幾らでもあります、まだ今月は事後申請で戻ってくるパターンが多いのですが、予約サイトでは色々とキャンペーンをやっている様で、松任で一番の「グランドホテル白山」、別館とは云え楽天トラベルで税込2,925円也、暫くはasuka号でのキャンプツーリングがままなりませんので、ここは政府の政策に協力させて貰わなくては。
 本日の走行、畝傍駅までの回送を含めても22.2キロ也、明日はちゃんと走りますんで。

 

 

 

「風の森」へ

 御所市鴨神 風の森にて

 今日はお昼過ぎまで快晴との予報、asuka号の試運転もかねてのんびりと走る事に。大和高田からR24に沿った旧街道下街道を南下します。南葛城郡忍海(おしみ)村道路元標にて。


 少し寄り道して、最近になって現存が確認された南葛城郡御所町道路元標。解体された前の御所市民会館跡に放置されていますが、フェンスに囲まれていて敷地内に入る事ができません。


 西に水越峠の鞍部を見上げながら南下します。小殿のセブイレの裏からは旧道の雰囲気の残る道が峠まで残っています。
 峠の鞍部でR24と合流、現在「風の森峠」と呼ばれる場所は風の森神社の裏手で、信号を西へ急坂を登ると金剛山を見上げる開けた場所に出ます。(写真は2009年8月23日、南側から)

 近くにある三角点で標高272.4m、大和川水系と紀の川水系の分水嶺になります。葛城古道の南端にあたり、下街道以前の奈良と和歌山を結ぶ主要なルートだったのでしょうね。賀茂氏ルーツの地とか稲作発祥の地とも云われています。
 五條へ下ってオークワでお昼を補給、吉野川沿いに戻るつもりだったのですが、せっかくですので県境を越えてWAKAYAMA800のポイントになっているJR隅田駅経由で一昨日10時に供用されたばかりの恋野橋へ。

 2018年11月に橋台が傾き通行止となり撤去された恋野橋、1年あまりで新しい橋に架け替えが行われましたが、右折レーンに広い歩道とはオーバースペックでは。和歌山県のサイクリングルートにもなっているのでブルーラインも引かれています。
  以前の恋野橋、趣のあるトラス橋がまた一つ姿を消しました、1952年製だったとか。(撮影 2006年11月17日)

 

 恋野橋で紀の川(吉野川)を左岸に渡り県道55号で五條へ。市街をパスして栄山寺橋へ。まもなくここに栄山寺トンネルの坑口がぽっかりと口を開けるのかと。


 県道39号に入って、芝崎河川公園の四阿でお昼にします、予報通り少し曇ってきましたね。ところでクランクアームを170から172.5mmに交換したasuka号、やはり少々違和感が、サドルを少し後ろに動かしてみました。
 千石橋南詰を経て椿橋から壺阪峠の定番ルートで帰ってきました。本日の走行84.5キロ。

 

 

西の海へ 2020

浪早ビーチ(和歌山市田野)

 昨年11月からの毎月の走行距離は500キロ前後、パソコンのWindows10への移行とか、恒例のカレンダー作りとか、突然やってきたデモンタを弄ったりと、部屋の中でぬくぬくとしている事が続きましたからね。ただ今日走らんかったら何時走るねんと云った予報、暗い内からスタートして和歌山方面へ向かう予定が、昨夜フォトブックの編集で夜更かししてしまったせいで少し寝るつもり目が醒めたら7時45分、モチベーションも下がってしまったのですが、走らんかったら絶対後悔するととりあえず走り出す事に。
 8時半に桜井をスタート、明日香村を抜けて近鉄吉野線の飛鳥駅前から吉野口駅へ、しかし最高のお天気ですね。
 県道120号五條高取線で重阪(へいざか)峠を越える、五條方面への定番コースです。
 古い街並みの残る五條新町へ、一昨年の暮れに廃業した「餅商一ツ橋」ですが、暖簾が掛かっていて饅頭が並んでいます、再び営業を始めたのかな、それに以前は休日は休みだったし。
 いつもは新町通りを西へ抜けるのですが、お天気も良いので吉野川べりに出ます。五新線の遺構もこちらから見るとこんな感じに見えますよ。
 JR和歌山線の隅田(すだ)駅から架け替え工事中の恋野橋の仮設橋を渡って紀の川左岸の県道へ出ますが、その先の紀の川自転車道線の橋本橋と学文路(かむろ)の間の区間が工事で3月末まで通行止で通れません。九度山で9さんを呼び出してカレンダーをお渡しして、今日の一つ目のミッション完了、既に12時ですがこのまま和歌山市方面へと進む事にします。
 九度山町以西のお紀の川自転車道は三谷橋から麻生津(おうづ)橋の間と井阪橋より紀の川河口までは右岸を走りますが、三谷橋から麻生津橋までは右岸に渡って自転車道を走るよりそのまま左岸の県道とかを継いで走った方が2キロ余り距離が短くなり、和歌山市方面へ急ぐ時はそのまま走った方が早いかと、写真はかつらぎ橋を過ぎた辺りの左岸の堤防路。
 左岸を走ると紀の川に浮かぶ島、船岡山へ吊橋で渡ることができます、島を一周できる遊歩道も整備されています。
 麻生津橋南詰で再びブルーラインの引かれた紀の川自転車道(なおこの区間は専用道ではありません)となり井阪橋へ。上流側から来ると案内が不十分なのですが、紀の川河口へはこの井阪橋を右岸に渡ります、このまま左岸を進むと県道804号貴志川自転車線となり、紀の川左岸から支流の貴志川右岸に回りこむ事になりますので注意。今日は貴志駅へ向かいますのでこのまま真っ直ぐ行きます。
 桃山橋北詰から貴志川右岸に入り6キロ程で自転車道は終わります。なお3月3日まで舗装工事中で迂回する必要があります。
 諸井橋の架替工事も終わり、曲弦プラットトラスの古い鉄橋も姿を消すかと、既に通行止となっています。
 お馴染みタマ駅長の和歌山電鐵貴志駅は休日とあって観光客で賑わってます。
 貴志川線の撮影ポイントと云えば大池、フロントバッグに押し込んできたカレーパンをかじりながら10分程待つ事に、今朝お茶漬けをかきこんでからお昼抜きでここまでやってきましたから。
 既に2007年3月に履修済みですが海草郡西山東村道路元標の生存確認、紀伊国の一宮は三つもあってその一つ伊太祁曽神社の鳥居の前に道路元標はあります。
 今日二つ目のミッションは和歌山県道157号山東停車線のヘキサ、和歌山県で後存在するだろうヘキサはあと二つ。県道はこの三叉路は伊太祈曽駅までの数10m、路線延長の短さでは県道114号九度山停車場線とエエ勝負です。なお山東駅は隣の駅なのですが、前身の山東鉄道開業時の山東駅が延伸時に伊太祈曽駅と改称した名残です。
 伊太祈曽駅には和歌山電鐵本社があり駅長は「ニタマ」が貴志駅長に栄転したので一昨年から「ヨンタマ」が、和歌山電鐵の猫駅長は何れもふてぶてしいのが。初代貴志駅長「たま」(2007年3月)、二代目貴志駅長「ニタマ」(2015年10月)。
 今日三っ目のミッションは「WAKAYAMA800モバイルスタンプラリー」のチェックポイント海南市の「うるわし館」、正直云って昨年度と変わり映えしないポイントを巡るのも面白くないのですがネェ。
 次のポイントは和歌浦ですので土木遺産になっているトンネル「鵬雲洞」(昭和42年に廃止された南海電鉄和歌山軌道線の廃線跡)を抜けて紀三井寺へ。
 以前の場所にチェックポイントがなかったので少々焦りましたが、無事に23ヶ所目をゲット、今年も昨年以上にパーフェクトは無理かな、まぁパーフェクト賞のTREKのロードバイクなんか当たっても要らないんで、再び30ポイント賞を狙います。

 四つ目のミッション「東西南北の海へ」の内「西の海」到着、和歌浦と雑賀崎の間の「浪早ビーチ」にて。
 和歌山市の臨海部を和歌山港駅まで北上し、青岸橋と紀の川河口大橋(写真:現在は無料)を渡り紀の川右岸へ、新しくできた土入(どにゅう)川大橋(写真右上)を渡ると紀の川自転車道の起点に出ます。南海フェリーで四国へ渡る時に使えるかと思ったのですが、このルートを取ると桁高のある橋を三つも渡らなければならないのと、乗船前に補給をするにもコンビニ等がないので、やはり紀の川大橋から和歌山市街を経由した方が良さそうです。
 紀の川自転車道起点付近から見た紀の川河口大橋(写真左)と自転車道から見た南海本線の鉄橋(写真右)。人口35万人の県庁所在地にあるとは思えない素晴らしい自転車道です、京奈和自転車道の一角を成すのですが、京都府や和歌山県と比べると奈良県下の整備状況のお粗末さにはね。
 元より自走で帰るつもりはないのですが、とにかく陽が暮れるまで走ろうと自転車道をひた走りますが、風向きが変わって帰りも向かい風に。井阪橋で左岸に入りますが、竜門橋で右岸に戻り、粉河のオークワで補給と一息入れて、一駅進んでJR和歌山線の名手駅から輪行で帰途に就く事にしました。盛り沢山の本日の走行143.1キロ。高田乗換でJRのまま桜井まで帰れるのですが、近鉄の吉野口、橿原神宮前、大和八木乗換の方が安くて早いのでそちらで(発駅の関係で一概には云えないかも)、乗り換え3回は大変ですがasuka号に比べると軽いロードなんもんで。

 

今シーズン最後の「18きっぷ」輪行旅

石川県道161号大杉長谷線 小松市赤瀬町

 今シーズンの「18きっぷ」も残り1回分、4,5,6日と連休を取っていて往路自走、復路輪行で南紀へキャンプツーリングも考えていたのですが、天気も今一つはっきりしない上に、疲れと雑事が溜まっていてモチベーションがあがりません、結局は日帰りで北陸へ昨年取りこぼした道路元標を拾いに行く事に。
 余りを自走、奈良0522発京都行きに乗車します。輪行袋はオーストリッチのL-100、昨年10月復路輪行予定の紀伊半島ツーリングで輪行袋を忘れると云う失態で田辺で急遽調達したものですが、中仕切りなし巾着タイプのシンプルでコンパクトな輪行袋、なかなか重宝していて、ファスナーの縫い付け部分が次々と解れてくるE-10(emu)の出番はもうありませんね、なお肩掛けベルトは重量級のasuka号を担ぐために別途50mm幅のものを用意しています。
 京都、近江今津、福井と乗り継ぎますが、近江今津までは117系、福井までは512系2両編成、このスジは敦賀駅を跨いで運行されている唯一の普通列車なんです、18きっぷのシーズンとあってか満員、福井からは512系4両編成の金沢行きに、粟津駅1104着。

 駅をでるなり、熱気と強い陽射しに面食らいます、涼しい未明に走って冷房の効いた車中にずっといたものですからね、駅舎の裏に日陰をみつけて輪行支度を解きますが、それでも汗だくに。

 暑さに些かめげながら石川県道161号大杉長谷線と石川県道43号丸山加賀線を継いで牛ヶ首峠(420m)を目指します、大杉谷川に沿ったこのルートを走るのは2009年6月、昨年(2018月8月)に続いて3度目、交通量が少なく緑の中を緩やかな勾配が続く走っていて気持ちの良い道です、粟津駅を出た時の暑さも木陰の多い渓流沿いとなれば心持ち涼やかに。昨年雨宿りした四阿で暫し休憩、ミンミンゼミとツクツクボウシの鳴き声が夏の終わりを感じさせてくれます。

 赤瀬ダム湖畔を行きます、梯(かけはし)川の上流大杉谷川に作られた防災ダム、自由の広場とかゲリキャンできそうなポイントがあるなぁと思っていたら無料のキャンプ適地とされている様です。
 建家もまばらとなり、ゲートのある処から牛ヶ首峠への本格的な登りとなります。
 大杉谷川の狭い谷を詰めるだけ詰めて右岸の斜面に取りついてつづら折れで峠へ、石川県には歴史的に有名な富山県境の倶利伽羅峠はあるものの大した峠はないのですが、牛ヶ首峠へのこの道筋はサイクリストにとって魅力的なコースかと。
 展望が開けてくると峠まであと僅か。
 牛ヶ首峠到着、切通を抜けると稜線近くを走るR416との三叉路になっていて些か峠らしくないのですが。R416は県道小松勝山福井線が1982年に昇格したもので、県境の大日峠部分が未開通の分断国道でしたが昨年9月に開通しています。最初福井県側へ越えて帰途に就く事も考えたのですが、お隣のR157谷峠の様にトンネルで抜けているのではなくて峠まで更に500m程登らされるので今回は諦めました。
 新丸村道路元標、昨年に続いて再訪する事になったのは、雨の中ちゃんと撮影できていない事を確認せず、不覚にもスマホでも押さえてなかったのです。元標は何の目印もない道端に半ば放置された様に建っています。新丸村は小松市新丸町となっていますが、現在は冬季無住地区となっているそうです。
 元標から大日川の渓流に沿って少し下ると三叉路に、右へ下ると大日川ダムを経て白山市へ、直進すると五百峠(540m)へ緩やかに登り返します。

 

 どこが峠なのか良く判らない五百峠を越えると尾小屋までダウンヒル、時折加賀平野を望む事ができます。
 今回、元標とともに立ち寄りたかったのは1977年に廃止された尾小屋鉄道の保存施設「小松市立ポッポ汽車展示館」。R416から少し脇道を登り返さなくてはなりませんか、762mm軌間の軽便鉄道の小さなSLと客車が保存されています。
 尾小屋を後にして白江村道路元標を回って本日のミッションは終了、小松駅から帰途に就く事にします。
 小松1722発の敦賀行きに乗車、車窓には2022年度開業の北陸新幹線敦賀延伸工事を至るところで見る事ができます、3年先とは云え「18きっぷ」フリークには在来線の3セク化で「18きっぷ」が使えなくなる事が気がかりです。敦賀、京都、奈良と乗り継ぎ、奈良では桜井線の最終まで50分待ち、さすがにお腹もすいてきているので輪行袋を担いで改札をでて駅近くの「松の家」まで、asuka号なら乗り換えるのが精一杯ですが、軽いロードなら楽なもんです。桜井2323着、乗車時間11時間44分(乗換時間含む)、現地滞在時間6時間17分、実走行時間4時間35分、走行距離74.1キロ(桜井→奈良20.1キロ含む)、「18きっぷ」にて8,430円分乗車。

【1089】 石川県 能美郡 新丸村(現 小松市)
【1090】 石川県 能美郡 白江村(現 小松市)

 

 

信州キャンプツーリング(3日目)

「あずみ野やまびこ自転車道」

 さて当初の予定では昨日の内に安曇野市の「かじかの里キャンプ場」まで足を進め、今日早いうちに木崎湖キャンプ場まで移動、設営後身軽になって2008年に走った小熊黒沢林道に11年ぶりに行ってみようかと考えていたのですが、この天気では展望も期待できないだろうし。予報では今日も一日降ったり止んだり、秋雨前線に沿って次々と西から雨雲が流れ込んで来る按配。松本市街にいる事ですし、早朝からコインランドリーとスーパー銭湯へ行って、その後「あずみ野やまびこ自転車道」を経由して木崎湖まで北上する事にしました。
 ネットカフェのナイトパックの料金設定もあるので5時にはチェックアウト、シニア割引のお陰で1,160円と安上がりに、年寄りには冷房の効きすぎが堪えるのですが、寝袋を持ち込んで大正解、思ったより快適に休む事ができました、松本駅前の「すき屋」で朝飯を食って、北松本駅近くのコインランドリーに移動、この頃から本降りの雨が、開店時刻の6時になっても自動扉が開かない、電話をしても留守電には閉口しましたが、15分後には開錠、2日間の汚れ物を片付ける事ができました。スーパー銭湯の「湯の華銭湯 瑞祥 松本館」までは10分とかからないので、雨雲レーダーを睨みながら開店までに移動します。入泉料680円で必要充分な施設、土日祝日は朝6時から営業している様です。
 1045には「瑞祥」を後にし「あずみ野やまびこ自転車道」へ向かいます、幸い雨は暫く収まってくれそうです、自転車道へのアプローチが少々判り難いのですがR19を奈良井川に架かる新橋まで北上し左岸へ渡り堤防上を再び北上してR147を跨いだ辺りが自転車道の入り口(終点)になります。
 自転車道は概ね拾ヶ堰(じっかせき)と呼ばれる疎水沿いを穂高川沿いまでの約15キロが整備されていて、県道441号穂高松本塩尻自転車道線の一部となっていますが、奈良井宿から松本までの区間は殆ど未整備の様です。アルプスを背景に安曇野の田園風景の中を行きます、交通量の多い道路との交差部分はアンダーパスが整備されていますが、千曲川沿いの自転車道同様、どうも長野県の自転車道は舗装の継ぎ目が酷くて、ロード向きとは云えない様です。
 生憎の天気で雨雲に覆われたアルプスですが、春に走ると素晴らしい風景でしょうね、自転車道は大糸線をくぐってR147の穂高橋で終わり(起点)となりますが、ここで雨が降り出しきて、有明駅近くのコンビニまで急ぐ事になります。
 コンビニの店頭で40分程雨宿り、社村道路元標に立ち寄るために高瀬川左岸の県道51号大町明科線を北上します、多少アップダウンはありますが、大町までR147を走るよりも快適かも知れません。そのまま北上すると北大町を過ぎた辺りでR148に入る事ができます。
 途中で2度の雨宿りとコンビニでの買い物がありましたが16時には木崎湖キャンプ場に無事到着です、ここまで走行50.4キロ。 設営後、対岸のYショップニシまで園原さんの自転車柄手拭いを取り置きして貰っているのを引き取りに向かいます、ついでに木崎湖を反時計回りに一周、10キロ弱でしょうかね、東岸はR148でなく湖岸を走ればほぼ平坦ですが、西岸は多少の登りがあります。
 こちらへ来れば色を見て選べるかなと思っていたのですが、これが最後の1枚になってしまっていました、「かじかの里」で再会できずに木曽へ戻ったあびさんは園原さんご本人から直接頒けて頂けた様で、残念、ともあれ今回のミッションの1つは完了、本日の走行61.3キロ。 

 1日目 2日目 3日目 4日目

【1086】 長野県 北安曇郡 社村(現 大町市)