国道169号 奈良県吉野郡川上村大迫にて
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西の海へ ~ゆる風サイク~
31日から2日とせっかく休みにしておいたのに台風襲来で淡路島キャンプツーリングは中止に、部屋に籠もってパソコンいじりをしていたものの、今日1日は良いお天気との事、こんな日に走らずにいたら昼頃になってから後悔する事に決まっているので、意を決して出掛ける事に、特に何処へと予定はなかったので、「WAKAYAM800」モバイルスタンプラリー」で一番面白くなさそうな和歌山市周辺へ向う事にして、明日香村から重阪峠で五條へと、いつもの道を行きます。
五條のオークワでおにぎりを仕入れてR24を西へ、左岸に渡らずそのまま走ると真土峠の面白くもない坂を登らなければならないのでJR和歌山線沿いの小径へ入ります、線路と川岸に挟まれた小特しか通れない道が隅田(すだ)駅の手前まで続いています、途中ダートと云うか田圃の畦の様な部分もありますので、ロードにはお勧めではありませんが。
隅田駅は「WAKAYAMA800」のポイントですが既に履修済、ただリピータ賞なるのがありますので、一応チェックはしておきます。この先和歌山街道が少し残っていますのでそのまま橋本の町へ。
すいぶんご無沙汰ですので橋本町道路元標へ、調べてみると12年ぶり、隣に真新しい案内板が、昨年3月に設置された様ですが、説明もなかなか良くできています。
橋本橋で左岸に渡り、九度山町の道の駅「柿の郷くどやま」に立ち寄り、三谷橋で右岸に渡ります、5連の曲弦トラスが美しいです、幅員のない道路橋は気が付くと架け替えられて姿を消して行くので気を付けておかないと。ところで紀の川沿いのサイクリングロードは左岸と右岸を交互に2度づつ経由する様になっていて、三谷橋から右岸を走り麻生津橋で再び左岸に戻ります。ただこの間の右岸路は支流が流れ込む部分で3度ばかり上流側へ迂回していて決して走り易いとは云えません、和歌山市方面へ急ぐなら左岸の県道等を走る事をお奨めします。しかし紀の川河畔に出てから些か向かい風が…
ただ右岸には道の駅「紀の川万葉の里」があって、スタンプラリーのチェックポイントになっています、13個目をゲット。R24をサイクリングロードに挟まれた道の駅、ロケーションは悪くないのですが、西端には四阿もあります(写真は下流側から見ています)。
あと麻生津橋までの部分でサイクリングロードが非常に判り難くて、毎回道を間違えてしまいます、今日は試しに麻生津橋からサイクリングロードを引き返してみますと、なる程JR西笠田駅からR24に戻った処で信号を渡り新旧の妹背橋で新しい橋に入ってしまうのが間違いの元なんです。正しくは道の駅からのサイクリングロードがR24に合流した処で信号を渡りJR西笠田駅の紀の川側を走り駅西の踏切を渡って道なりに再びR24に下り、そこで信号を渡らずに古い方の妹背橋を渡り堤防沿いの道に入るのが正解なのです。
麻生津橋で左岸に渡りますが、上流側から来ると判り難いポイントが幾つか、藤崎頭首工の見える旧道区間、竹房橋南詰を過ぎて百合で堤防上へ分岐する部分、下流側からだとそうでもないのですが、上流側からだと判り難いし入り難いのですよね。
なんだあれは。非常時でもないし訓練なのかな、幅員もなくてどうしようもないので仕方なく県道に出るまでお供をする事に。
井阪橋南詰、サイクリングロードを紀の川河口へ向うにはここで橋を渡って再度右岸に渡らなければならないのですが、そのまま左岸を真っ直ぐ行くブルーラインが、こちらは紀の川左岸かっら支流の貴志川右岸の堤防路に繋がっている貴志に向う別ルートなのです。今日は貴志駅へ向うのでこのまま直進すれば良いのですが。
貴志川右岸のサイクリングロードを遡ります、路面状況は紀の川沿いに比べて良くはありません。
ようやくタマ駅長の待つ貴志駅へ到着、今は2代目のニタマ駅長なんですが、初めてお目に掛かります、身体もデカいが態度もデカい。ちょっとグッズも買ってみたり。しかし立派な駅舎ですね、先代のタマ駅長が人気になった時に、何が流行るか判らんなんて揶揄した人も多かったのですが、遊び心がローカル私鉄を救ったと云うか、そう云うニーズがあったのですよね、以前の貴志駅(2007年3月)。
貴志駅を後にし、旧野上町(現紀美野町)へ、沖野ゝから1994年に廃止された野上電鉄跡のサイリングロードもとい遊歩道(健康ロードと呼ばれています)へ、自転車の走行は可能ですが、荒いカラー舗装が快適ではありません。昔駅のあった処にベンチとかがありますが、休憩するなら重根(しこね)駅跡(写真右)が良いでしょう。
途中途絶えている区間がありますが野上電鉄跡を辿って行くとJR紀勢線の海南駅へ、チェックポイントになっている黒江の「うるわし館」と和歌浦の「和歌浦漁港おっとっと広場」へ、途中「スハネフ14-1」と云うお店に寄って食事でもしたかったのですが、念の為に定休日を確認すると、なんと定休日ではないものの今日は昼から臨時休業との事、坂を登ってからお休みだったなんて事にならずに良かったですが、途端にお腹が空いてきたのでローソンでパン一個を買い食いして虫養い、時間的に少々厳しいですが加太経由で「ゆる風」に向う事にします。
旧R26の紀の川大橋で紀の川を渡ります。
15時過ぎに加太港へ到着、「加太海水浴場管理事務所」で17個目ゲット。

大川トンネルの前まで来て、時間もないのに気が向いたので旧道の大川峠へ、車は入れない様にゲートがしてあり、自動車、自動二輪、原付の進入は不可とありますが、自転車はダメとはありません、走行も殆ど支障はありませんが、今は植生に阻まれて展望も殆どないので、わざわざ踏み込む程の処でもありません。
16時半に「ゆる風」に到着、海側からの道に自身がないので旧R26側から下ってきました。
当初は「道の駅 ねごろ歴史の丘」までまわってJR和歌山線で帰途に就きたかったのですが、正直「ゆる風」ではなく結構向かい風がキツくて草臥れました、..閉店時間を過ぎるまでまったりした後、リコさんに南海淡輪駅まで送って頂き、輪行で帰途に就きました、本日の走行141.7キロ。
と淡輪駅から真っ直ぐ帰れば良いのですが、近鉄は丁度混雑する時間帯、どうせなら上本町から乗りたいので日本橋で乗り換えるならばと、南森町まで乗って「アリオリドス」で食って帰る事に。
道路元標蒐集サイク(石川篇)
「18きっぷ」はまだ残っているのですが、まとまった休みがないので日帰りの予定で北陸へ、石川県南部の道路元標を巡ります。桜井から「18きっぷ」だけで日帰りしようしても、現地での滞在時間が5時間程しか取れないのです、少しでも早く着こうとJR奈良駅まで20キロ余りを自走する事に、奈良05:46→0647京都07:00→0807近江今津0814→0946 福井10:15→1056加賀温泉のスジで、桜井始発より1時間早く着きます。未明の上街道を走るのですが、そこは走り馴れたる道、その上最近奈良市域に入ると街灯が滅茶苦茶明るいのです。
加賀温泉駅からスタートする事にしたのは「いしかわ里山里海サイクリングルート」のモバイルスタンプラリーのポイントが駅前にあると云う理由からなのですが、北陸新幹線延伸で新駅となる加賀温泉駅は現在仮駅舎で、ホームから改札まで結構歩かされます。バスの降車場のベンチがお誂え向きだったので早速輪行支度を解きます、先日の事があるのでペダルの取り付けは慎重に。

まずは江沼郡の庄村道路元標と分校(ぶんぎょう)村道路元標を、それぞれ住吉神社と菅原神社の前にあります、明日はその住吉神社の秋祭り、準備が始まっています。今日は曇りの予報を頼りにして出掛けてきたのですが、なんとカンカン照り、でも季節はもう秋なんですね。
「いしかわ里山里海~」のポイントの自動車博物館を経て山あいへと入って行くとお天気が曇り模様に、粟津温泉近くのローソンで補給の後、県道163号瀬領粟津線、県道161号大杉長谷線と継いで県道43号丸山加賀線へ、2009年6月20日に大杉谷村道路元標まで往復しているのですが記憶に残っていません。大杉谷川に沿って緩やかに登って行く走り易い気持ちの良い道が続きます、連日の猛暑に辟易としていただけに曇り模様が過ごしやすく、蝉時雨の道を快走していたのですが、些か雲行きが怪しくなってきました、時折パラパラと。帰りの輪行に万が一泊まりになった場合に着替えを一式は持って来ているのですが、雨具の用意はしていません。

ただ雨雲レーダーの予報は心配なさそうなので、二度ばかり雨宿りをしつつ先へ進みます、牛ヶ首峠から国道416号線経由で新丸村道路元標を経て、五百峠を小松市街へ下るつもりでいるのですが。
道が峠道らしくなってくると雨足も強くなってきて本降りに、幸いバッグ類のレインカバーはあるので、荷物は濡らさずに済んでいるのですが、今回はロード故にお尻はビチョビチョ、替えのない靴を濡らしたくないので足を付けずに頑張って登ったのですがドボドボに、結局は無駄な抵抗だった様です。

1419 標高420mの牛ヶ首峠に到着、峠は国道416号との三叉路になっていますが、右折しても現在は行き止まりです(福井県側へは長年R416の未開通区間だったのですが、今年9月9日に開通するそうです)。残念ながら雨宿りの出来そうな場所もなく、左折して新丸村道路元標へ下る事に。新丸村は1956年に小松市に合併編入され、現在ではかつての村域は廃村同様の状態に、その道路元標ですが、目標物も何もない道端に建っていて、予備知識が無ければ通りすぎてしまう様な場所なのです、幸い見落とす事はなかったのものの、帰宅後写真を確認すると真っ暗で何も見えません、どうやら撮影モードを選ぶダイアルが間違った位置に動いていた様です、いつもならモニターで確認をしたり、スマホのカメラで1枚位は押さえておくのですが、今回は雨の中で何れもしなかったのが。
道路元標から更に下ると分岐があり左への国道は五百峠へと登り返し、右は大日川に沿って下ります。牛ヶ首峠へ入った辺りから流石のdocomoも圏外で、五百峠の標高とか情報が得られません、スマホ以外にGARMINがありますので、現在位置や標高は把握していますが、この雨の中幾ら登り返さなくてはならないかが読めません、右へ行けば大日川ダムを経て下り基調のまま北陸鉄道石川線の終点である鶴来駅まで行く事ができます。あと「いしかわ里山里海~」の5つのエリアの内残る「白山手取川ルート」を一つだけでもゲットするには鶴来へ下る方が確実なのです。五百峠を越えて尾小屋鉄道の跡を見てみたかったのですが、この雨と残り時間を考えると右へ下るのが最善の選択かと。
大日川ダム湖畔、雨も収まりと云うか路面は乾いています、雨は峠前後だけだったのかも。ただ湖畔でもまだ圏外、それな湖岸道路にしては結構アップダウンがあって些か参ります。ダムの堰堤まで来てようやくネットに繋がる様になり、鶴来駅までの正確な距離と帰途に就ける最終時間を調べる事ができます。新西金沢駅でJRに乗り換える為、小松へ下るのに比べると遠回りになるので、鶴来駅1651発が最終、それも桜井線の最終が早いために「18きっぷ」のままで帰れるのは奈良まで、結果的に京都から940円払って近鉄で帰る事になりそうです。
大日川ダムから約30分旧鳥越村へ、行きがかりとは云え鳥越村道路元標を、ここから2001年10月以来のR157へ、実はこれより南R157沿いに未収の道路元標が2基残っているのが… 鶴来駅までは後12キロ。
鶴来駅まで後少し、「おはぎ屋」の暖簾が気になり覗いてみたい気持ちを押さえて、鶴来駅へ急ぎます。
「能登半島ツーリング」の折の分に加えて今日4ヶ所、時間があれば後3つ位は回れたのですが、計20ヶ所、全68ヶ所の1/3にも届きませんが、パーフェクト賞以外の抽選権は手にしました。

結局、手取川流域に入ると再び雨が、それでも時間的には余裕で鶴来駅に到着、輪行支度を整えて予定の1651発に乗車、→1717新西金沢/西金沢1721→1853福井1859→1949敦賀1952→2044米原2054→2148京都/近鉄京都2201→2300大和八木2304→桜井2311と日付の変わる前には無事に帰投しました。本日の走行、奈良駅までの自走20.3キロを含めて88.6キロ也。
能登半島ツーリング(4日目)
当初の予定の5泊6日が4泊5日になってしまった皺寄せが今日4日目にきていて、珠洲でサイドバッグ4つ分の荷物を宅急便にして身軽になるに予定にせよ、七尾までの約140キロを走らなくてはなりません。普通なら無理な話でもないのですが、この猛暑続きの毎日で日中はマトモに走れない事は、2日目と3日目で身にしみています。七尾での宿は未だ確保していないので、どうせ5日目は七尾駅0500の始発に乗って輪行で帰途に就くだけ、ならば暑い昼間はどこかで休んでおいて、ナイトランで七尾までの突っ走ると云う手もあるかなと考えながら休みについたのですが。
朝暗いうちに輪島方面が向う車が何台も走って行く音で起こされたのですが、それまでは道路脇にしては静かに過ごす事ができました。まぁこんな場所であまりのんびりともしていられないので、6時までには撤収を済ませ、まずは木ノ浦へ向かう事に。
木ノ浦へは堂ヶ埼のこの坂を登らなくてなりません、手前には「登坂距離 2000m 標高差 100m」と案内標識が立っていて、ご丁寧に「平均勾配5% 最大勾配11%」とまで記されていますが、実際11%の処は左カーブですから、イン側はそれ以上の激坂、4サイドには些か大変です。
野営場のある方にはもう用がないのですが、せっかく登ってきたので浜の方へ下る事に、下った坂を再び登らなくてはならないのですが。 実はここは2015年の永作博美主演の映画「さいはてにて」のロケ地なのです。ロケで使われた小屋は残っていませんが、傍に「Cafe Cove」が営業しています。残念ながら開店の10時までは待ってられませんでしたが、写真を撮ったりしながら少しの時間を過ごしました。なお一昨日の皆月も1999年の映画「皆月」(主演 奥田瑛二 吉本多香美)のロケ地だったのですが。
しかし今回はせっかく重いカメラと三脚を積んで走っていながら「自撮り」は羽咋界隈で2回トライしただけ、なかなか良いポイントもなくはなかったのですが、強烈な陽射しの中、三脚を立ててタイマーをセットして行ったり来たりする気力は起こりませんでした、この場所も立ち止まりはしたものの、ガードレールがもう少し低く見えるか、無ければねネェ…
海岸沿いに禄剛崎へは回らず、県道52号で小さな峠を越えて珠洲市街へショートカット、蛸島村道路元標の後、旧珠洲駅跡の道の駅「すずなり」へ、日陰で涼みながら今後の計画と荷物の整理を、不要になる荷物と輪行で必要なものや着替えをはっきりさせておきます。なおここには能登線時代のホームと上屋が保存されています。
さてヤマト運輸の石川珠洲宅急便センターを訪れ、まずは羽咋から送っておいた輪行袋他を受けとりますが、肝心のクロネコボックス14は在庫がないとの事、12相当の箱ならあるのですが2個口になり、当然運送料金も高くなります。こんな事なら羽咋で処分した14の箱を輪行袋と一緒におくべきだったと。14ならすんなり入ったサイドバッグがすんなり入らず汗だくになって格闘する事に。
とにかく重量で20キロ余り身軽になって近くの見付島を望む公園へ。内浦側もここ見付島とか恋路海岸といった景勝地はあるのですが、やはり外浦海岸に比べるとね。春なら富山湾を挟んだ対岸の立山の冠雪が望める日もあるかとは思うのですが。基本的に海岸寄りを走ってきたのですが、九十九湾前後はパスしてR249で宇出津(うしづ)へ越えます。17時前には宇出津駅跡の観光・地域交流センター「コンセールのと」へ、スタンプラリーのポイントにもなっています。2001年にはここで2泊目の宿を取ったのですが、古い街並みが小綺麗に整備されてしまった様です。
ここ宇出津からのと鉄道の穴水駅までR249経由で約32キロ、海岸沿いの県道34号経由で約10キロ長くなるのですが、七尾行きの2051発最終乗車する事も可能です、七尾での今夜の宿を確保して穴水駅へ急ぐ事に。
実際遠回りにはなるのですが、鵜川 から県道34号能登穴水線へ、2001年にも走っているのですが、旅自転車にお勧めのルートです。途中諸橋村道路元標と兜村道路元標(写真左)を履修、写真右は当初ゲリキャン用に目を付けておいた「寄り道パーキングかなみ(鹿波)」、間近に能登島が見えます。
陽もすっかり暮れた頃に県道34号から再びR249に戻りますが、土地勘がない上には暗いと道も判りにくくて、道を間違えたかと錯覚したり、穴水の街中も結構判り難くて焦ったりしましたが。どうにか20時過ぎには穴水駅に到着、早速輪行支度を、最終の七尾行きには余裕で乗れそうです。本日の走行99.1キロ。
能登半島ツーリング(3日目)
少し空が白み始めた頃に自然に目が覚めます、風が通って涼しいし、虫も少ないし、静かだし、最高のロケーション、皆月湾に輝く月明かりの美しかった事。ただ夜明け前に釣り客だかダイバーだかが駐車スペースとトイレのあるキャンプ場の入り口まで来てドアを開けたり閉めたりと煩かった事、まぁ此処へやってくるのは釣り客かダイバー位のものでしょうか、山を越えないと来れない帰れない何処へも行けない、しいて云えばサイクリストが一番来ないロケーションに違いないかと。
さて今日の目的地は能登半島の先端禄剛崎の手前、木ノ浦野営場。輪島経由で60数キロの道のりなのですが、今日も変わらず猛暑の予報、昨日の事を考えると恐らく日中はまともに走れそうにありません。
6時半には撤収を済ませ皆月を後にします、まずは県道266号で標高250m程の無名の峠を越え県道38号へ入り上大沢へ下ります。ここでは文化庁の重要文化的景観に選定されている「間垣集落」を見る事ができます。
ここから輪島へと標高100mに満たないのですが海岸沿いにアップダウンの道が続きます。次の大沢漁港でも同じく「間垣集落」を見る事ができ、ここで鳳至郡の西保村道路元標を。ここは2015年のNHKの朝の連ドラ「まれ」のロケ地でもあります。
大沢集落をでたのは9時半、外浦海岸を走る道の中でも上大沢からゾウゾウ鼻にかけてが絶景の連続、急坂が続く故に展望は素晴らしいのですが、どんどん上がる気温に木蔭の度に一息入れるばかりで前に進みません。皆月経由までは難しいとしても、門前から輪島へはR249を辿るより大沢経由の県道38号がお勧めです。
17年前には金沢からここまで一気に走ってきているのですが、こんなに厳しかった印象はなかったのは、やはり暑さのせいでしょうか。
12時半にようやく輪島の袖ヶ浜に到着、ここには無料のキャンプ場もあるのですが、最寄りが海水浴場だけに、この季節は旅人にはお勧めではありません。有名な輪島の朝市の通りもご覧の通り。
少し暑さが和らいでから出発しようと腹をくくって市内の足湯「湯楽里」でのんびりする事に。輪島市街を離れると、能登半島を回って禄剛崎を回って内浦側の珠洲市街までコンビニはおろか、食料の調達が難しいので市内のスーパーで買い出しを、そんなこんなで輪島市街を離れたのは15時前、それでも西陽を背中に受けながら走るのは大変です。ところでここで大変なミスをした事に気が付きます、足湯でまったりしたり買い出しをしたりしていて輪島町道路元標に寄るのをすっかり忘れてしまっていたのです、「いしかわ里山里海サイクリングルート」のモバイルスタンプラリーはともかく、道路元標を通り過ぎてしまうとは。
今や輪島の朝市とともに能登半島有数の観光スポットとなった白米(しろよね)千枚田、道の駅も相当な混雑です、昔はそうでもなかったのですが、確かに日本海をバッグにした棚田の風景は、日本初の「世界農業遺産」に指定されただけのものだとは思いますが。白米千枚田を出たのが16時半、輪島町道路元標を飛ばしたついでに内陸側に少し入らなければならない南志見村道路元標も輪島町と共に再訪する事にしてパス、18時前に曽々木海岸を通過、スタンプラリーのポイントにもなっている道の駅「すず塩田村」へ、反対方向から走ってきたクロスバイクの学生2人と一言二言、これから輪島の宿まで走るとか。もう時間的に木ノ浦野営場は無理として、ここでゲリキャンと云う手もあるのですが、今一つ気が進まないので、先へ進む事に。どうにか明るい内に西海村道路元標を、ここから能登半島の海岸線を巡る国道249号は山越えで内浦側へ越えるのですが、2014年に完成したバイパス大谷道路の巨大なループ橋を見上げる事ができます。
19時、タイミングが良いと云うか「ゴジラ岩」の落日を拝む事ができました、今では全国各地に同様の「ゴジラ岩」があるのですが、ちょっとここのは可愛いと云うか、でも日本海に沈む夕日は格別です。
「ゴジラ岩」を過ぎて暫くで山側におあつらえ向きのスペースとベンチが、道路から丸見えですが、今夜はここでゲリキャンと決定。本日の走行66.1キロ、皆月を出発して13時間余り、実際走っていた時間は僅か4時間半程なんです。
能登半島ツーリング(2日目)
5時半には宿を出発、今日は皆月の青少年旅行村キャンプ場を目指します、寄り道せずに走ったとして約70キロの距離、少し金沢側に戻る格好になりますが、車やバスでも走れる砂浜として有名な「千里浜なぎさドライブウェイ」へ寄って行く事にしました。2001年に並行する能登海浜自転車道を走っているのですが、自転車はちょっと無理だろうと思っていたのですが、ロードバイクでも走っている写真があるので、4サイドで挑戦を。なお「せんりはま」ではなくて「ちりはま」です。
ペダルが重いものの結構走れるものです、タイヤが多少太い分ロードより有利かも。幾ら締まっているからと云ってスタンドの類は役に立ちません、一般道との接続部分で吹き溜まりになっている箇所が多いので要注意。
自動車専用道の「のと里山海道」昔の能登有料道路に沿って能登海浜自転車道を北上、相変わらず路面状態はよくありません、暫く行くと昨日少し走った羽咋健民自転車道に合流します。
羽咋健民自転車道となります、集落を縫ってローカル私鉄廃線跡ならではの面影が、ここに踏切があったのでしょうね。
これだけ海岸に近い廃線跡も珍しいですよね、準備はしてきていますので「自撮り」にも挑戦。ただ重いカメラと三脚を積んできていながら「自撮り」に挑戦したのはこの日の朝だけ、連日の猛暑にせっかくのポイントがあっても戦意喪失。
能登半島の西海岸、羽咋から門前を経て輪島へはR249(写真は赤神付近)が通じているのですが、ルートは険しい海岸寄りを避けて3ヶ所ばかり山側に入ります。その海よりの区間を県道36号志賀富来線と県道47号深谷中浜線が継いでいます。遠回りですが交通量が少なく志賀原発付近を除けば鄙びた道が続きます、且つ旧道や廃線跡の自転車道を加えて今回もそのルートを選びます。
道路元標やスタンプラリーのチェックポイントを織り込みながら走っているのですが、猛暑の中10時を過ぎると走れたものではありません、道の駅で大休憩は勿論、自販機や木蔭のある度に休憩しているものですから前に進みません。旧門前町域の道の駅「赤神」に着いた頃には15時を回っていました。
門前町のコンビニで最後の補給をして皆月に向います。ところでサイドバッグに小型のクーラーボックスを仕込んであります、最近はコンビニとかで凍らせたペット飲料が売られていますので、保冷材がわりにすれば夏の夕刻の数時間なら結構使えます、お陰で何もないキャンプ場とかでも設営後グビっと1本行けます。
両側を断崖に挟まれた皆月湾へは山越えして行くしかありません、2本の県道が通じているのですが、一昨年「おさよトンネル」(706m)と云うルートが開通してずいぶん楽になっています、2001年は娑婆捨峠経由のルートを越えましたから標高300m近くまで登りましたが、このトンネルなら半分の150mで超える事ができました。
18時過ぎに皆月に到着、キャンプ場は漁港の外れの30m程の高台にあります、1張テントが見えるのですが人影が見えません、7月の週末だと云うのにほぼ貸切状態、最果て感のあるロケーションは最高、なだらかな草地のサイトです、ちなみに料金は1人1張りで920円でした。
走行98.7キロ、12時間もかかっていますが実際走っていた時間は6時間20分程、しかし疲れました。
能登半島ツーリング(プロローグ)
前回に続いて7/21~22に参加を予定していた「第2回しまなみキャンプライド」、むらまさ君を始め今治「シクロの家」の皆さんと久しぶりにお逢いできる事も愉しみにしていたのですが。先日の西日本豪雨により「しまなみ海道」の道路状況やキャンプ地となる弓削島の断水と、相当の影響がでていて、20日にはどうにか目処がつくと云う事で、予定通り開催はされる事にはなったのですが、帰りに予定していた「とびしま海道」と呉線の不通に加えて、四国側も予讃線の一部が不通になって特急が運休、同じく参加を予定していたskuram氏一行も22日中に帰る目処がたたないと云う事に。私も不通区間のバス代行では輪行には不自由な状況に、まずは別送する荷物が確実に届くかも不安があり、今回は残念ながらキャンセルする事にしました。ただ折角確保した休みと「青春18きっぷ」、さてどうしようかと考えた末、矛先を変えて北陸石川県は能登半島へ宿利用も含めて5泊6日のキャンプツーリングに向かう事にしたのです。
ところで七尾辺りまでは2008年と2011年に行っているのですが、いわゆる奥能登へは2001年6月以来の17年ぶり、その時はデビューしたばかりのasuka号を駆って金沢スタート、宿利用の2泊3日、時計回りに406キロ(155.5キロ~輪島(泊)~103.0キロ~宇出津(泊)~147.5キロ~金沢駅)を走ったのでした。写真は2001年当時、能登島大橋をバックに黄色塗装時代のasuka号、リア2サイド支度ですが全く野営は想定していない荷物でした。
今回は4サイドキャンプ装備で宿利用も含め5泊6日の予定、前回同様海岸沿いに時計回り、立ち寄りたいポイントは皆月と木浦、テーマは18基の未踏の道路元標、なにしろ2001年当時はまだ道路元標フリークではなかったので珠洲郡と鳳至郡(現在の鳳珠郡)は全く手付かずなのです。加えて昨年から始まったらしい「いしかわ里山里海サイクリングルート」のモバイルスタンプラリー、県下に68ヶ所のポイントが設定されています、ただ今年の開催期間中にクリアするのはとても無理なので、予定コース最寄りのポイントを幾つか回る程度のつもりで、日程は…
7/19(木)移動日 ~七尾線羽咋駅まで「18きっぷ」輪行して、別送の荷物を受け取って羽咋市内のビジホ泊。
7/20(金) 西海岸を北上し外浦海岸の皆月のキャンプ場。(約70キロ)
7/21(土) 輪島、白米千枚田を経て木浦野営場。(約66キロ)
7/22(日) 道路元標の加減で禄剛崎はパスするかも知れませんが、内浦海岸側へ、夜はゲリキャンかも。
7/23/(月)能登島を経て和倉温泉へ、サイドバッグ等の荷物はゆうパックか宅急便にして、宿泊。(2日約で113キロ)
7/24(火) 和倉温泉または七尾から「18きっぷ」輪行で帰途に就く予定です。
キャンプ機材他を押し込んだサイドバッグ4つを宅急便で別送するのですが、ヤマト運輸の営業所などで販売している段ボール箱(クロネコボックス14)にうちのサイドバッグ4つがすっぽりと収まるのです、実際のところは詰めたサイドバッグ3つに1つを畳んで「自撮り」用の三脚やリア用のサイド枠を詰め込んでいます。なおリアのサイド枠は付けたままにしておけば、エンド保護にもなるのですが、やはり輪行はコンパクトにする事が肝要です。羽咋の営業所止めで17日には発送を済ませ、asuka号を輪行袋に入れ準備は完了、19日朝の出発を待つばかりだったのですが…
前夜になって、明日は19日、よくよく考えると「18きっぷ」夏のシーズンの利用期間は7/20から9/10、当初の「しまなみ」案では往路は東予港へのフェリーだったの大阪南港19日夜出航、そのつもりで休みを段取りしていたのが災いに、気が付かなかったら今朝駅で大恥をさらす事だったのです。
6,000円近く払って普通のきっぷで行く手もありますが、だったらもう少し走り易い季節に行きますよね。ただ20日出発なら始発からのスタートで現地には明るい内に到着が可能、ならば鹿島郡の未収の道路元標2基を回る時間もあります、ただ24日の夜には予定がありますのでる4泊5日への短縮は致し方ないかと。
7/20(金)移動日 ~七尾線能登二宮駅まで「18きっぷ」輪行、鹿島郡久江村道路元標他を回り、別送の荷物を受け取って羽咋市内のビジホ泊。
7/21(土) 西海岸を北上し外浦海岸の皆月のキャンプ場。(約70キロ)
7/22(日) 輪島、白米千枚田を経て木浦野営場。(約66キロ)
7/23(月) 禄剛崎はパスして内浦海岸側へ、珠洲市のヤマト運輸営業所でサイドバッグ分の荷物を宅急便にし身軽になって七尾へ、七尾泊。
7/24(火) 七尾駅始発で「18きっぷ」輪行で帰途に。
しかし心配なのは連日の猛暑、標高の低い海岸線ルート、アップダウンも結構ある、以前は苦労した記憶はないが、6月上旬の梅雨入り前、ざっと300キロ、果たして走れるのだろうか…
四国の右下ツーリング(4日目)
4日目の朝、昨日までの3日間で都合300キロ余り走ってきたのですが、まだまだ余力はありますので、右下どころかこのまま左下まで走って行きたい処なのですがそうも行きません。今日中に帰らなければならず、それも「青春18きっぷ」で。高知から土讃線経由で帰ってくるにも徳島香川県境を越える普通列車は1日4往復、高知から1日で奈良桜井へ帰れるスジは高知発0510と1047の2本しかなく、現実には1047が唯一と云って良いのです。今日のミッションは香美郡岸本町と長岡郡大津村の道路元標を回り、キャンピング支度のこのままではとても輪行はできませんので、サイドバッグ他の荷物を送らなければなりません、箱を買う事を考えると今日は日曜日ですから郵便局のゆうパックは使えず、ヤマト運輸の営業所頼り。そして一番遠い大津村道路元標の最寄駅は土佐大津駅、高知駅から4つ手前の駅ですが無人駅ですので、予め手前の御免駅で「青春18きっぷ」を買っておかなけらばなりません。琴が浜~(自転車道)~夜須~岸本村道路元標~ヤマト運輸高知香南センター~御免駅~大津村道路元標~土佐大津駅と旨く回れば25キロの距離ですが、荷物を作る時間や長丁場に向けてしっかり輪行支度を整える時間が必要です。
琴ヶ浜は土佐湾に面した海岸ですから朝日も夕陽もありません、日曜とあってジョッギングの人の姿がちらほら、7時前には撤収完了です。当然今日もゴミは持ち帰りましょう。

昨日走ってきた高知安芸自転車道は道の駅「やす」まで続いていますが、夜須川を渡る橋が工事中で通れなくて引き返して迂回する必要がありました(GWを除く5月末まで)。
香美郡岸本村道路元標。現在の香南市香我美町岸本、岸本小学校南側にあります。高知県で現存が確認されている道路元標は24基。

計算通り窓口の開く8時前に到着、クロネコボックス14(税込324円)を購入、この箱ならサイドバッグ3つと平たく潰したサイドバッグ1つ、他に三脚とかの荷物も入れる事ができます。一昨年3月はしまなみの瀬戸田の営業所で140サイズの箱の在庫がなく一回り小さな箱で2個口で高くついてしまった事があります。しかし140サイズの箱はデカいです、荷物を詰め込むと何と22kg、これだけの荷物を奈良から積んできたのかと思うと我ながら感心します。
荷物の箱なんか宅急便やゆうパックを取り次いでいる商店なんかでタダで貰えるだろうと簡単に云う人もいますが、小さな荷物ならまだしも、サイドバッグを入れようなんでサイズの箱って意外にないのですよ、そんな事で気を使ったり時間を食ったりではね、当然ガムテープなんかも必要になります。
22kg分身軽になって御免駅へ走り「18きっぷ」を、事前に買っておけば済む話なんですがね。昔JR西日本のフリーきっぷを買うために呉線の仁方駅が無人駅とは知らず、広駅まで急いで走った事がありました。今ヤマト運輸の営業所や郵便局やら、色々な情報がネットで得られるので便利なのですが、キャンプツーリング故に電源の心配をしなくてはならない様になりました。
後免駅から大津村道路元標までは概ねR195を行きます、とさでん交通(元土佐電気鉄道)御免線が並行しているのですが、写真を良くご覧下さい。これは併用軌道なのか専用軌道なのか、この辺りのR195は南国バイパスと高知バイパスが出来て交通量こそ知れているのですが、西に向いて白線の外側を走っていると正面から電車が、なんとこれは軌道内なのです。東行きの下り軌道のレールの外側すなわち道路側が舗装されてあたかも道路側の路側帯に見えます、これにはちょっと驚き。

ちょっと探しましたが長岡郡大津村道路元標に到着、1059基目の道路元標になります。

土佐大津駅には0951に到着、本日の走行24.1キロ。マッドガードにヘッド抜きですから少々手間が、1059発の多度津行きですから、ゆっくり落ち着いてできる時間があります。サドルバッグとサブブレーキが付いていますのでちょっと変則的ですが、かなりコンパクトになります、重さだけはどうしょうもありませんが、コンパクトな分担ぎ易いです。
乗換案内で普通に検索すると土佐大津1059→1446多度津1510→1533児島1540→1603岡山1612→1717相生1719→1738姫路1741→1843大阪1858→1952奈良1959→2030桜井となりますが余計な乗換が多いので、児島で先発する岡山行きには乗り換えずにそのまま乗車すると →1629岡山1644→1809姫路1810→1913大阪1928→2021奈良2036→2105桜井となり、桜井駅帰着が35分遅くなりますが、岡山始発に乗れる事と相生乗換がなくなります。
8時間近くかけてようやく大阪駅へ、大和路快速に乗り込めば奈良まで1本、21時過ぎには無事に帰宅しました。96.4キロ/128.1キロ/99.5キロ/24.1キロと3泊4日で348.1キロのせわしないキャンプツーリング、見所も多いコースですので、できる事ならのんびりと1週間位かけて走りたかったものです。
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四国の右下ツーリング(3日目)
国道だけあって夜遅くまで車が行き交っていましたが、さすがに疲れていたのかぐっすり寝てしまい、目が醒めたのは5時位だったでしょうか。しかし決して良いとは云えないロケーションでのゲリキャン、実は今回おニューのテントを積んできてまして、その件についてはまたの機会にしますが、昔からおニューのテントの初張りはキャンプ場でない処でのゲリキャンが多いのです。古くはヨーレイカのライジングサン2は高野龍神スカイラインの笹の茶屋峠の駐車場、モス/アウトランドは秋葉街道上村の道端だった様な、一昨年のナチュラルハイクの夏用は十津川村の「昴の郷」の駐車場でしたし。
さて用を足しに表に出てみると、道路を挟んだ東の空がしらみ始めてきていて、雲一つありません、海からの日の出が拝めるかも知れない、撤収どころか急ぎカメラの準備とモデル役のasuka号の準備を整え国道の海側のガードレールまで運んで行きます。最低のロケーションは一転特等席に。
ここ東洋町は「だるま朝日」の見える町として売り出しているのですが、だるま状にこそはならなかったものの、なかなか荘厳な朝日を拝む事ができました。昨年の淡路島や野迫川村と最近素晴らしい朝日夕陽を見る機会が、キャンプツーリングならではでしょうか。

もちろん自転車を入れたショットも何枚か。

7時半、今日は高知市の手前香南市辺りまで走る予定ですが、まずは20数キロ先の室戸岬を目指します。昨年の「淡路島キャンプツーリング 2日目」の「南淡路水仙ライン」に似た雰囲気ですが、些か車が多いのが。歩き遍路の姿も、徳島県最後の23番薬王寺から高知県最初の24番最御崎寺の間は交通手段を問わずこのルートしか無いようなものですから。

室戸岬到着、灯台は背後の崖の上にあるので国道からは少々見えづらいのです、灯台まで上がろうと云う気持ちは更々ありません。
今回のツーリングの目的の一つでもあるのですが、高知県に残る道路元標の内、県東部の未収の3基を巡る予定です。津呂村は津呂町、室戸岬町と変遷した後、昭和34年に室戸町・吉良川町・佐喜浜町・羽根村と合併して室戸市となっています。道路元標は津呂漁港の南側「岬屯所前」バス停傍に現存しています。。
室戸市街のスーパーマーケットでお昼用にお弁当を他を調達、少し走って道の駅 「キラメッセ室戸」の裏、海の見えるベンチで早いお昼にします。

吉良川の町並み。R55の山側に旧街道が残されています、土佐浜(東)街道の宿場と云うより、木材や炭の集積地として栄えたそうで、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
吉良川の町並み近くに八幡神社があるのですが、さすが南国土佐、境内の桜も満開間近。

安芸市市街を抜けると高知安芸自転車道に入ります。土佐電気鉄道安芸線の廃線跡を活用したもので、高知市までは行けませんが、香南市の道の駅「夜須」までの約15.5キが整備されています。ただ難儀な事に安芸側の入り口が単車対策でしょうかご覧の様に、サイドバッグがついてますと、そうは簡単には通れません。香南市までの途中幾つか車道との共用区間もありますが、幸い通過困難なものはここ一ヶ所でした。なお古来の遍路道ではないのですが、お遍路の方が歩いている事があるので、注意が必要です。
廃線跡のトンネルを抜けると見事な桜並木が、今回2度目「自撮り」にトライします。赤野休憩所は並行するR55からも入れますので、土曜日と云う事もあって花見の人も時折入ってきます、間隙を縫って数テイク。
高知安芸自転車道

さて今夜の夜営地ですが、自転車道をGoogleMapではキャンプ場となっている香南市の住吉海岸まで走ったのですが、四阿や駐車場、トイレ、水道はあるものの、設営できそうな場所は砂浜位しかありません、結局は自転車道の途中にあった芸西村の琴ヶ浜休憩所まで戻る事に。芸西村は安芸市と香南市に挟まれた人口3,700人程の村ですが、海岸沿いの自転車道からは阿佐海岸鉄道を挟んだR55に出れば、コンビニやスーパーマーケット、コインランドリーもあります。琴ヶ浜休憩所、車も入ってこれますし夏場は騒がしいかも知れませんが、海岸の防風林の中に四阿やベンチ、トイレ、水道と整っていて最高のゲリキャンポイントです。本日の走行99.5キロ。
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いざ御前崎オフへ
毎年2月初旬に静岡県で行なわれているランドナー補完計画「 御前崎オフ」、伝統的な旅自転車の愛好者には良く知られた行事で、今回で15回目を迎えるそうなんですが、主催者のくりくりさんにも名古屋の「新春ラン」等でお声を掛けて頂きながらもなかなか参加する機会がありませんでした。今年は2月3日(土)~4日(日)に行われるので、是非とも参加しようと目論んだのですが、2日夜からの予定が調整できず、せめて2日目の朝からでも参加させて貰おうと3日に掛川まで移動して前泊する事にしました。
ところで「御前崎オフ」はいつの頃からか「ランドナー補完計画」の名を冠する様になった様で、元祖のいぬいさんに尋ねてみたところ、くりくりさんから使わせてほしいとの申し入れがあったとの事で、最近では「石川ポタ」「あすか鍋サイク」が「ラン補」の名を冠しなくなったのですが、ランドナーを中心とした代表的なサイクリングイベントとして頑張って頂いてます。
実はせっかく静岡まで行くのならばと、当初は伊勢湾フェリーを利用して木曜日から自走を画策していたのです。このルートは2001年と2008年に走っているのですが、2001年は浜松まで208.6キロを1日でリア2サイドのasuka号で走り、翌日から秋葉街道を信州へ向って北上しています。ただこの季節で早朝の高見越えは危険なので木金の2日で豊橋まで移動し自転車を預けて、金曜夕方に一旦帰ると云うとんでもない計画を練っていたのですが、木曜の朝の雪で自走は断念し、土曜の朝から輪行で現地へ向う事にしたのです。ただ往路での輪行はうっかりするとトラブルの原因になりかねないので気は進まないのですが。なお鳥羽と伊良湖を結ぶ伊勢湾フェリーですが2010年9月末での廃止が一旦決定したのですが、三重愛知の両県自治体が株式を取得する形で現在まで存続しています。
さて昨夜から準備しておいた輪行袋を担いで近鉄桜井駅へ、ヘッド抜き輪行ですからかなりコンパクトになりますが、やはりasuka号は重いです。0955発の五十鈴川行き急行に乗車、伊勢中川で名古屋行き急行に乗り継いで1224名古屋着、JRで豊橋で乗り継いで浜松まで予定でしたが、都会の大きな駅って輪行支度をする適当な場所を見つけるのに手間取る事が多いので、一駅手前の高塚駅で下車する事に。
駅前広場には店を拡げるには適当なベンチが、少し風がありますが暖かな冬の陽射しの下で輪行袋を解きます。荷物を詰め込んだりと小一時間は掛かっていた様な。
浜松へ自転車で来るのは2001年以来17年ぶりかとfacebookに書き込んだりしていたのですが、よくよく考えると2008年12月に浜松駅から中ノ町道路元標のある天竜川べりまでの数キロをKHSで往復していました。

その中ノ町道路元標は旧東海道(姫街道)だった静岡県道314号の起点に残っていて、静岡県で現存が確認されている2つの道路元標の一つです。今回再訪すると2008年にはなかった案内版が設置されていましたが、榛原郡の下川根村道路元標の現存が確認される以前だったかして「静岡県内ではおそらく唯一」と記載されています。ただ「1万2244基が設置」の記述は些か疑問です。
今夜の宿は明朝の御前崎への移動も考慮して掛川駅前のビジポを確保しているので、旧東海道をなぞって走って行くつもりでいたのですが、高塚でのんびりしていたのが響いて磐田市を過ぎる頃には日没、土地勘がないだけに旧街道をたどるのも難しくなってきたので、交通量の多い国道1号をもくもくと走り、18時半過ぎに掛川着、本日の走行距離は僅か38.8キロですが、些か疲れました。





