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淡路島キャンプツーリング 1日目

洲本港にて「深日洲本ライナー」

 桜井を0540に出発、大和川に沿って王寺から大阪柏原へ、王寺からは交通量の多いR25を走る訳ですが、年末の恒例行事「石川ポタ」への往復で多少勝手の判る道です。写真は柏原市役所前にて、天気に恵まれた休日とあって待ち合わせのローディの姿が多いです。ここから南河内サイクルライン、つまり石川のサイクリングロードを南下し、河内長野からはR370旧道を行きますが、案の定河内長野駅界隈でちょっとミスコース。この先特に見るべきものもないのでひたすら走るだけなのですが、天野山とか結構アップダウンがあります。過去にもロードで走っているのですが、今日は重さが違います。ちなみに予定通りフロント2サイドにキャラダイスのサドルバッグの出で立ちですが、4サイドの事を思えば登りは楽です。
 途中で熊取村道路元標に立ち寄ってみますと、ほぼ同じ場所ですが、何やら建て直された様で、以前は「標」の字が埋まりかけていたのですが、嵩上げされて根元がコンクリートが固められていました。大阪府下では貴重な道路元標ですが、存在が認識されていると云う事なんでしょうね。泉佐野へからはR26を極力避けて可能な限りこの界隈では府道64号和歌山貝塚線となっている紀州街道をたどる事にしますが、旧街道の割りには信号が多くて、ことごとく引っ掛かるものですから、キャンピングの身には堪えます。。
 予定より30分余り遅れて淡輪の「ゆる風」に到着、お昼を頂きます。ここから深日港までは海沿いを4キロ程の距離、1500の便に乗りますので暫し時間調整を。
 「深日洲本ライナー」社会実験運航の途中から、前輪さえ外せば自転車をそのまま載せられるサービスが始まったのですが、輪行袋での持ち込みは無料に対し、この場合は運賃の1,500円以外に100円が必要です、事前の予約が必要ですがこの100円は価値があります。ただ今回私はフロント2サイドのキャンピング支度ですので、ロードの様にはすんなりとは行きませんので、予めサイドバッグを外してサイド枠も外して乗船を待ちます。船内への積み込みは係員がやってくれますが、軽量なロードバイクとは勝手が違い思わず「重い」の声が、これは4サイドなら後ろも外さなくてはならないかと。さて休日とは云え午後の洲本行きの便ですので、自転車は私一人でした。この方法で載せられるのは客室内3台、デッキに8台の様ですが、デッキは潮を被る可能性があるかと。「深日洲本ライナー」が継続的に運航がされるかは厳しい状況の様ですが、今日この後の洲本からの2便は満席との事です。「あわいち」へのアクセスとして考えてみても、明石~岩屋のジェノバラインと比べると料金は自転車込みで2倍以上、最終便が早過ぎる等など勝ち目はなさそうですが、一周に拘らなければ私の様に洲本から岩屋まで時計回りに2/3周すれば車の多いR28を端折る事ができるのですが。
 55分の船旅で洲本着、洲本港の桟橋には一般客以外にロードバイクが数台と輪行袋を担いだ数名が乗船を待っています。ところで気になっていた西海岸の明神~江井間の通行止ですが、「あわいち」と思しきローディに尋ねてみると、自転車は通行可能になっているとの事です。
 まずは洲本港を出てすぐのマルナカで買出しを済ませます、食料に関しては明日のお昼頃までは調達か難しいです。 

 

 洲本市街を後にし、県道76号洲本灘賀集線を南へ、時間的な事もあるのですが、サントピアマリーナや由良辺りまでは結構車が多いです。サントピア近くのファミマを過ぎると阿万近くまで約20キロ、コンビニの類はありません。

 由良界隈の海岸も考えてみたのですが、D女史に教えて貰った生石(おいし)岬の展望公園へ、標高は100mに届きませんし激坂と云う程でもありませんが、100キロ超のキャンピングには些か辛いものがありました、ちなみに本日の走行117.1キロ。
 ただ展望は登ってきた価値があると云うもの、紀淡海峡を行き交う船や、遥かに和歌山の街が望めます。それに関空に降りて行く飛行機が、はじめのうちは面白かったのですが、これがなかなか夜になっても騒がしいのです。

プロローグ 1日目 2日目 3日目

 

「南の海へ」205.3キロ ②

和歌山県東牟婁郡串本町 橋杭岩にて

 予定通りと云うか12時過ぎには熊野本宮に到着。七色高架橋を下り本宮道路を始めて走りましたが、従来熊野川が蛇行していた部分を3つのトンネルと2つの橋で一気に貫いてしまいますから、楽には楽ですが味も素っ気もありません、一昨年10月同様、北向きに走る時はやはり旧道かな。なお本宮道路を走ると道の駅「奥熊野古道ほんぐう」はパスしてしまいます。本宮の鳥居の前で十津川で買った「めはり寿司」を頂きます。
 最近「穴蔵」氏によって現存が確認された請川村道路元標を訪座、和歌山県下で現存が確認された18基目の道路元標となります。請川村は昭和31年のいわゆる「昭和の大合併」で本宮町となり、その後は「平成の大合併」により田辺市となりました。私にとっては1,053基目の道路元標です。
 道路元標の表通り、R168沿いにあるヤマザキストアにて補給、本宮前よりこちらの方が品揃えが良いです、営業時間は8時から19時。川湯温泉や大塔安川林道への県道241号への分岐に当たります。ここから新宮でR42に入るまでの約30キロが交通量も多くなってきて結構ダルい区間です。

 新宮市、旧熊野川町域に入り、1319にはR169との合流点宮井大橋へ。奥瀞道路の整備とともに架け替えられ、古い橋は撤去されてしまった様です。

 

 宮井大橋を過ぎ北山川と合流すると熊野川の対岸は三重県となり、三和大橋が見えてきます。これより下流はR42の熊野大橋まで対岸に渡る橋はありません。なお左岸には県道740号小船紀宝線が通じています。
 新宮市は熊野川河口右岸に発展した町ですが、南西側から山が迫っていてR168だと越路トンネル、R42側は小さな峠越えになります。自転車は古い方の越路トンネルへ誘導され、トンネルを抜けると新宮市街です。1430にR168を走り終えR42へ入ります。しかしまだまだほっとしてもいられません、潮岬までは後50キロは走らなくてはいけません、とにかく明るい内に潮岬到着が目標です。正直云ってこの先のR42がネックになっていたのですが、前半セーブしたお陰かここまで脚を残して走ってこれました。

 新宮市街では海を見られませんので三輪崎で海岸寄りの旧道へ、南の海です(写真左)。R42に入ってからは河川や線路を跨ぐ度に細かなアップダウンが続きます。基本海岸沿いなのですが、太地町と紀伊浦神~紀伊田原間で内陸側に入ります。紀伊田原で少し荒船海岸へ立ち寄ってみます(写真右)、ガードレールのない海岸の一車線路が続くのでなかなか絵になるのですが、既に日影になってしまっていて写真的には今一つ、次の機会に。
 古座町が串本町と合併したために古座川を渡るまで串本町の標識が現れるので些か奇異な感じが。そう云えば古座川町には海岸がなくて全て古座町でしたね。
 荒船海岸で既に大島が見えていましたが、橋杭岩まで来るとくしもと大橋と陸繋島の潮岬が見えてきました。 串本の街に入り、潮岬の入り口にあるクロネコヤマトで留め置きに荷物を受け取ります、リュックを入れていた空箱は、明朝また送るからと営業所に置いておいて貰う事に。リュックを担いで潮岬へ、キャンプ場のある望楼の芝まで5キロ程なのですが、標高で70m程登らなくてはなりません。ともあれ1745には本州最南端潮岬に到着です。色々と悩みましたがasuka号で来たのが正解だったのかも。重いのは重いのですが、ロードに比べると体にやさしいと云うか、気分的にも楽に乗っていられるのは200キロの長丁場には差がでたのかも。今年になって180キロ台は2度あったものね、何と7年ぶりの200キロ超。後半どうにかモチベーションを維持できたのも良かったかと。


 さて宅急便で送ったキャンプ用品はテントとマットだけ、夏の平地キャンプですので寝袋もなし、食事は元より外食のつもりですが、さすがにそれも寂しいのでお湯を沸かせる準備だけは。もう2年使っているケトルです。日曜の夜ですので先客は数名、自転車も2人程いる様です。
 設営を済ませ風呂と食事に串本の街へ往復、串本は町と云っても24時間営業のスーパ-やホームセンターなどもあって補給などにも便利な処です。街への往復を含めて本日の走行219.0キロとなりました。
 なかなか来れない南紀ですから、明日は瀧の拝~篭~小匠と回る予定です。

5/15 「東の海へ」(鳥羽市鎧崎)

6/13 「西の海へ」(和歌山市加太)

7/29 「北の海へ」(宮津市由良海岸)

8/19 「北の海へ Part.2」(小浜市)

 

北の海へ Part.Ⅱ


福井県小浜市 小浜公園にて

 東の海へ「鳥羽市鎧崎」、西の海へ「和歌山市加太」、北の海へ「宮津市由良海岸」に続いて南の海へとなる処なんですが、5月にNちゃんと行った「北陸本線廃線跡と河野しおかぜライン」の時に話題になった京都市街を車と信号に煩わされずに通過するルート。元より京都市内に土地勘のない私は、自転車道を嵐山まで走り、そこから北上する事はあっても、車の多い京都市街を走り抜けて鞍馬や大原方面に向かう事はありませんでした。Nちゃんの話によると桂川沿いの木津八幡嵐山自転車道の途中から鴨川の川べりを出町柳辺りまで走る事ができるとの事。京都市内に詳しい方なら当たり前の事なのかも知れませんが、自転車道から出町柳までワープできるとしたら今まで敬遠していた左京区方面へも足が延ばせると云うもの。早速Nちゃんに道案内をお願いして、取り残している大原村道路元標をゲットしつつ、鯖街道をまだ自転車では行った事のない小浜に向かおうと云う事になったのです。
 御幸橋さくらであい館前に7時に待ち合わせる事にして、桜井を4時過ぎにスタート、まだ暗い上街道を北上します。西名阪下、奈良市中辻町と木津川市梅美台西3で信号に捕まっただけで、足つき3回、停止時間1分00秒で流れ橋に6時19分に到着、休憩と時間調整をして御幸橋へ向かいます。
 さくらであい館前には既にNちゃんが到着、休日とあってローディの姿も多いです。さて桂川沿いの木津八幡嵐山自転車を北上し、いつもの久我橋を渡らずにそのまま鴨川の左岸を行きます、少々ダートと云うか未舗装部分がありますが良くしまっていて、雨の後でもない限りロードでもさして問題はなさそうで、通勤通学の自転車のルートとして結構利用されている様です。対岸に見えているのは阪神高速8号京都線。この後、近鉄京都線の鉄橋をくぐり、R24勧進橋で右岸に渡ります。
 JR奈良線と東海道線をくぐると暫くで七条大橋が見えてきますが、右岸側(写真左)は行き止まりになりますので、手前の塩小路橋を渡り再び左岸に。
 対岸に京都名物の納涼床が見えてきます。この辺りで時刻が8時になっていますが、時間とともに観光客が増えてくるそうで、自転車での通行は難しくなるとか、このルートは早朝に駆け抜けるのが肝ですね。鴨川と高野川が別れる処が見えてきたら出町柳です。川べりの道はまだ続いている様なのですが、だんだん走りにくくなる様ですので、一般道に上がり高野橋東詰からR367となります。なおここまでサイドバッグ支度でも問題はなさそうです。
 しかしR367に入ると車が多いですね、土曜日ですので、結構ダンプとかも多いです、時間が経つと観光バスなんかも多くなるかも。八瀬を過ぎた辺りからNちゃんのガイドで旧道を縫って走ります、こちらは快適です。
 大原ではコンビニ休憩の後、今回の目的の一つ愛宕(おたぎ)郡の大原村道路元標を訪れます。1,052基目となります。

 

 最初の峠となる途中越へ、滋賀県に入ります。トンネルを避けて集落の中の旧道へ。
 途中越の次は今日のルートの最高点になる花折峠(591m)、トンネルを避けて近畿自然歩道となっている旧道へ。ロープや鎖で車は入れない様になっていますが、比較的新しいアスファルト舗装が続きます。展望のない峠ですが、朽木鯖街道最大の難所だっただけに、峠名を印した立派な石碑が。

 朽木側で崩落している部分がありましたが、自転車の通行には問題はありません、現R367に合流してからも、断片的に旧道があるのですが、災害で流されたままで通れない区間もあります。
 12時過ぎに朽木宿に到着、道の駅のレストランは1,000円のバイキングだけだそうで、国道から離れ朽木宿の中の「丸八百貨店」へ、もとはその名の通り3階建ての百貨店だった様ですが、現在は観光案内所や無料休憩所の役目を、お茶と大したもんでもありませんか食事もできます。きつねそばとおにぎりを、しめて400円也。

 レトロさも魅力ですが、気さくなおばさんがいてアットホームな空間です。
 さて朽木宿を後にしてR367檜峠(写真左)とR303の旧道水坂(みさか)峠(写真右)を越えR303に合流、寒風トンネルを抜けると福井県です。
 このルートの目玉は熊川宿となるのでしょうが、なにやら時代劇のセットみたいで、ワタシ的には今一でした、道の駅の裏側より小浜よりの一画の方が静かで良いかも。
 一軒のお店で葛饅頭を頂きます。甘さ控え目で葛の風味が良かったです。私たちの次で売り切れになっていました。
 熊川宿を後にし一路小浜へ、R27と合流し上中駅を過ぎた辺りで脇道へ。

 堤防上の良さげな道を道を見つけて突っ込みますが、書いてある通りの「通り抜けできません」の行き止まりでした。その後は県道24号に入ります、田んぼの中の真っ直ぐな道で見通しが良くて走りやすいのですが陽射しと風がね、ただそのまま行けば「鯖街道起点」を売りにしているいずみ町のアーケードへ。
 Nちゃんが指差しているのが「鯖街道起点」のプレート。アーケードを抜けて海岸の小浜公園まで走り「北の海へ Part.2」完了です。R367~R303と些か交通量が多いのが難ですが、花折峠旧道や朽木宿は愉しめました。本当は小浜をゆっくり見て回りたかったのですが「青春18きっぷ」だけで桜井まで帰る目論みですので1729発の敦賀行きがタイムリミットとなります、それでも接続のスジが悪くて桜井帰着は2323着の終電に。別ルートでの再訪を愉しみとします、本日の走行156.6キロ。道案内とお付き合いしてくれたNちゃんに感謝。

 

RRCB 大和高原早朝ラン

 RRCB(Restoring and Riding Classic Bicycles)の夏の恒例行事「大和高原早朝ラン」に参加してきました。と云っても仕事の都合で針テラス(名阪国道針I.C.)7時の集合にはとても間に合わないのですが、先々週の「ヴィンテージレーサー観賞会」、先週の「奥千丈林道」とRRCBの行事に参加できなかったので、頑張ってコースを逆回りして迎撃、合流する事にしました。ところで「大和高原早朝ラン」いつごろから始まったのでしょうね、真夏の一日朝の涼しいうちに標高のある大和高原の50キロ余りのコースを駆け抜けよう云うものです。昨年は不参加でしたが最近では一昨年に参加させて貰っています。
 自宅の桜井市ではなく橿原市内の出先を出発したのが0840、初瀬街道(横大路)を東へ走り長谷寺から<38>桜井都祁線へ、一番の難関が初瀬ダムです。一行は針テラスをスタート、山田から田原と須川ダムの下流、京都府との県境近くまで北上した後、柳生経由で布目ダムまで戻って来るのですが、既に柳生だとか、これはちょっと早すぎ、エイドポイントになっている布目ダムでの冷たいスイカにはありつけそうにありません。
 10時半頃には針を通過し小倉から<127>北野吐山線へ、一行はとっくに布目ダムに到着して冷たいスイカを頬張っている様です。このままダムに向かっても途中でトンボ返りになりそうなので、コース上で一番嫌な坂である<80>奈良名張線と合流する北野口で待ち構える事にしました。ところでここからは日本の原風景とも云える素晴らしい山村風景を見下ろす事ができます。
 計算通り一行が坂を上がってきました、先頭は明日香村のチネリ怪人vivvaさんです。参加者はドタもあって私を含めると16名との事です、プログレスの三島さんの姿も。(写真右:kiyaさん)
 北野口から<127>北野吐山線を折り返します。起点の北野から下深川まで未改良区間が続きます、渓流沿いの木陰が続き真夏でも快適、<25>月瀬針線と広域農道に挟まれて通う車も殆んどありません。


 針テラスには丁度お昼前に戻ってきて「王将」へ直行です。「王将」の前にサンジェ、チネリ、デローザ、ロッシンetc.の名車が並びます。

 今日は16時から有志が再来週の鈴鹿でのチームTTの練習との事で、昼食後はそれまでの間に山辺高校の近くにある「ミモザガーデン」にスイーツに行く事になりました。並松(なんまつ)池を見下ろすデッキのある素敵なカフェです、私は「なつみかんのかきごおり」を頂きました。(写真左:ショコラさん)
 午後2時に「ミモザガーデン」を後にし集合場所の針テラスへ戻りますが、自走の私はここでお別れし帰途に就かさせて頂きましたが、来年はフル参加で。本日の走行59.8キロ。

 

 当日の写真をうちのHPの「ツーリングの記録」にアップしています。[BICYCLE]→[ツーリングの記録]→[2017]とたどって下さい。なお認証が必要です、パスワードをご存知でないとご覧頂けません。ログインは’2017’、パスワードは「CanCan謹製卓上カレンダー 2017年版」奥付右下の数字です。以前のログイン、パスワードも現時点では使用できます。私の撮影分に関しては参加者の方は再利用して頂いて結構です。

 ショコラさんのレポートはこちら

 

北の海へセンチュリーラン

京都府宮津市 丹後由良海水浴場

 6月の東の海(鳥羽市鎧崎)、西の海(和歌山市加太)に続いて北の海を目指します。関西から北の海へのライドと云うとコースは様々ですが若狭小浜辺りを目指す人が多い中、そこはその天の邪鬼な私の事ですから、狙ったのは天橋立、あわよくば近畿最北端の経ヶ岬も狙えるのではと線を引いてみたのですが、さすがにこれには無理がありそうな。さてコースは上街道から奈良阪を経て嵐山八幡木津自転車道を走り、嵐山から六丁峠を越えて保津峡、水尾、越畑、日吉ダム、綾部から宮津へと走る200キロ近い道のり、なお日吉ダムから先はほぼ未踏区間です。

 帰途輪行の予定ですので、荷物は輪行袋と着替え一式、マウンテンスミスの小さい方のランバ―バッグ(ヒップバッグ)に、これ位の荷物ならオプションのショルダーベルトも不要でしょう、元来背中には背負わない主義ですが、夏場は肩当ても鬱陶しいものです。後サドルバッグをトピークからモンベル(本来はフロントバッグとして販売されているもの)と交換してゴリラポッドを押し込みます「自撮り」をしている余裕はないのですが、記念撮影位と思い持って行ったのですが、結局一度も使う機会はありませんでした。
 自転車道へは明るくなってから入る様に逆算して桜井を2時過ぎに出発します。流れ橋までは一昨年40往復した勝手知ったる道ですが、真っ暗な自転車道は危険この上ないのです、路肩が不明瞭だったり、車止めポールの蓋とか、ライトや反射材を持たずに走っているジョガーや犬の散歩とかトラップだらけです。上街道は西名阪下の信号で捕まっただけで足着き1回、京都府に入って木津川市梅美台のファミマで明るくなるまで小休止。
 自転車道に入るとついつい加速してしまうのですが、最近100キロ前後を走るペース配分やリズムに馴れてしまっているので、今日は先が長いのでセーブしながら走る心掛けを、流れ橋で2度目の休憩を。
 丁度7時に嵐山到着、休日の朝とあってか嵐山に近づくに従ってジョガーの多い事。ただ一大観光地の嵐山はまだまだ観光客の姿はまばらです。3度目の休憩の後、コンビニでおにぎりを1個と凍らせた飲料を補給、この先コース上にはコンビニの類いは綾部市街までないかと。
 府道50号京都日吉美山線、嵯峨野から六丁峠へ、登りきれるかと思ったのですが、対向車が2台続けて下ってきてアウト!
 一旦保津峡へ下りますが再び標高差400m程の登りが始まります。ところで今日はローディのグループの多い事、明日の美山の前乗り組なんでしょうかの、調子に乗って着いて行ったりすると後が持ちませんので、大人しく見送ります。追い越す時に声を掛けるのは勿論だとしても、グループと思って何台?と尋ねると速答できないのは何故、質問が突拍子もないのか、一緒に走っている人数を把握できていないのか。8時半には水尾に到着、自販機休憩。
 神明峠、ゲートのある亀岡方面へ下る林道へは峠になるのですが、府道はまだ標高差で100m程続く、サイクリストには悪名高い峠。緩やかなアップダウンが暫く続いてようやく下りに入ります。

 樒原(しきみがはら)へ、ここにはバスの車庫があってここまで山陰本線八木駅から1日3往復の京阪京都交通のバスがやってきます。京都市右京区には違いないのですが、園部市の経済圏になっています。こんな処に京阪の塗装のバスがいて怪訝に思いましたが、2004年に破綻した京都交通の路線を京阪グループが引き継いだとか。そんな訳でここから先は道は随分と良くなります。愛宕山の陰になるので宕陰(とういん)と呼ばれる樒原、越畑と過ぎ南丹市へ、神吉には北桑田郡の神吉村道路元標が残っています。
 天若(あまわか)湖と呼ばれる日吉ダム湖畔を行きます。峠を越えダム湖の上流側から下り基調の道を走っていると、このまま日本海側へ下って行ける様な錯覚を起こしますが、日吉ダムは桂川、日本海どころかまだ淀川の上流にいるのです。日吉駅から山陰本線沿いに走り胡麻駅へ、駅に隣接して食事のできる「胡麻屋」と云う店が、時間も11時になり走行距離が100キロを超えて疲れもでてきたので、ここでお昼と云う事に。
 カツ丼とかけうどんのセットにてんぷらを足して820円也、お味もボリュームにも満足してのんびりしていると「みずかぜ」が来るとの声。JR西日本、話題の豪華列車がやってきたではありませんか、上り普通列車との交換の為の運転停車です、なんとラッキーな。
 ところで胡麻と云う変わった駅名ですが、昭和30年まで胡麻郷村と呼ばれた土地、ただ胡麻の産地かと云うとそうではなく「駒」が転訛したものらしく。近年京都市内の胡麻屋さんが地名に馴染んで工場をここに建てたとか、ごま油とか胡麻由来の商品が並んでいます、胡麻そのものの原産地は海外が多く、国産ものはお高い様な。
 胡麻郷と云う処は高原状になっていて日本海側との分水界になっていて山陰本線はここを越えているのですが、嵐山から辿ってきた府道50号は美山に向かって行き止まりになり、何故か国道府道は一本もここを越えていません、今回は南側の農免道路の様な雰囲気の道を走り、R27下山バイパスをくぐり深い谷へ下って旧R27だった府道80号へ合流します。地形的に谷中分水界なのかなと思って、帰宅後調べてみると話はそう簡単ではない様な。和知駅へ立ち寄った後由良川右岸の府道59号を、交通量が少なくなかなか快適なコースです、その後R27となり綾部市街へ入ります、舞鶴若狭道のお陰か交通量は意外に少なかったかと。ただ胡麻から下り基調ながらルートを確認しながら走ったので結構時間がかかったと云うか長かったです。
 綾部に自転車で立ち寄るのは三度目、2008年10月と2009年8月、何れも道路元標蒐集の途上でした。駅前の通りではなく旧街道と思しき道を行きます、綾部駅近くまで来たのは既に14時近くになってしまいました。
 綾部から由良川に沿うと福知山を経由して遠回りになりますので、京都府道9号綾部大江宮津線にてショートカット、小さな無名の峠を越えますが「従是北丹後国加佐郷」と「従是東丹波国何鹿郡」と記された石標があります。宮津街道に係わるルートとして由緒がありそうな道です。
 由良川河畔に出た後、計画ではそのまま府道9号で宮津へ向う事を考えていたのですが、流石に標高400m超の普甲(ふこう)峠を越える余力は無く由良川沿いに丹後由良を目指す事に。ただ交通量の多い対岸(左岸)のR175には渡らず右岸の県道を継いで最下流の八雲橋まで北上します。最下流と云っても河口まで5キロ以上あるのですが、これより下流には道路橋はなく京都丹後鉄道宮津線の由良川橋梁しかありません。
 暫くR178を走るとその由良川橋梁を渡る列車が見えてきました、列車と云っても1両ですが、観光列車の「あかまつ」号の様で、徐行運転をしながら鉄橋を渡っていますので、撮影するチャンスに恵まれました。初めて宮津線を訪れたのは1970年代、当時は国鉄宮津線でしたが奈具海岸のほうへ行ったので由良川橋梁を真横から眺める事はありませんでした。しかし全長552m25連のガーター橋は壮観ですね。
  丹後由良の海岸に出てみます、夏休みの週末とあって海水浴場はかなり騒がしいのかと思っていたのですが、人出も左程でもなく意外に静かでした。丹後由良と云えば近畿でも知られた海水浴場だったのですが、今はそうでもないのでしょうか。この先R178を天橋立まで走る事も考えたのですが極力「18きっぷ」で帰る事を考えると1732発がタイムリミットの様です。京都や大阪鶴橋から近鉄を利用すればまだまだ頑張れるのですが、それでは金額的に「18きっぷ」のメリットを生かせませんし、わざわざこの時期に走ってきた意味もありません、とか何とか理由をつけて丹後由良で本日は打ち止めと云う事に。日帰り温泉とか海水浴場のシャワーとかもあるのですが、静かな無人駅のベンチで輪行支度を整え、ボディシートで身体を拭いて着替えを済ませて、車上の人となりました。しかし由良の海岸から見た丹後半島の遠い事、かすかに見える半島は伊根の辺りですからね、経ヶ岬は更にその向こう、少々曇りがちなお天気に助けられてここまで来れた様なものです。本日の走行185.8キロ、「18きっぷ」3,020円分乗車。さて残るは南の海は潮岬です。

 

「しまなみキャンプライド」1日目 ②

「ゆめしま海道」生名橋


 12時5分前、オーバーヒート寸前で集合場所の尾道駅前に駆け込んだ訳ですが、ムラマサ君を始め面識のあるシクロの面々にご挨拶し、参加料を払って受付を済ませて周りを見渡せば、なにやらロードバイクやクロスバイクの女性の多い事、何やら浮いてしまっているのは4サイドキャンピングの私の方の様な、facebookのお友達のK氏に声を掛けて貰ってひと安心と云う感じです、彼はクロスバイクに今風のオルトリーブのサイドバッグが4つ、それに何と来月の北海道遠征の予行演習と云う事でトレーラーを牽いています。
 さて問題のマッドガード、ここでゴソゴソやっている余裕はありませんが、幸いと云って良いのか、他に集合に遅れている参加者がいるとの事ですので、待っている間にとマッドガードを取り外し加藤隊長のサポートカーに弓削島まで運んで貰う事に、決して格好はよくないですが、後ろだけガードなしで走る事に。
 ところで「しまなみキャンプライド」参加者は20名(内女性13名、乳児含む)にスタッフ5名(公式発表ではありません、翌朝の集合写真から私がカウントした数字)、募集は20~40名だったのですが、テントや自転車の貸し出しできる数とか、サポート面でもこれ位の人数が限界だったとか。しかし東は埼玉から西は鹿児島からの参加者がいたのは「しまなみ」の魅力なんでしょうね。

 さて出発、今夜の野営地「法王ヶ原キャンプ場」(松原海水浴場キャンプ場)のある弓削島に向かいますが、まずは「しまなみ」な人にお馴染みの駅前渡船ではなく、東へ少し走って兼吉(かねきち)に渡る尾道渡船で向島に渡ります。兼吉には大林宣彦監督の新尾道三部作の「あした」の呼子浜待合所が移設されていますね。
 そして向島では昔懐かしいラムネの後藤飲料水工業所へ立ち寄ります。 

 

 定番コースではなく向島を時計回りして因島大橋へ。

 

 展望は良くないのですが、この陽射しでは因島大橋への木蔭のアプローチや階層構造の橋が救いです。
 因島大橋を望む「はっさく屋」、ルートから外れて少し登らなければならないのでこのお店は私は初めてです、「はっさく大福」を頂きます。なお先のラムネとか大福、明日の昼食などは参加費に含まれているのですよ。
 今回「キャンプライド」と謳いながらも、4サイドと云った本格的なキャンピング仕様はムラマサ君と私にK氏の3台、また所謂ランドナー系統の自転車は私のasuka号を含めても3台のみと寂しい限りですが、トレーラーを牽引しているのが2台と云うのが、今どきの自転車事情なのでしょうかね。6月にあびさんが参加した「BIKE & CAMP」と云うイベントでも同じ様な状況だったとか。
 弓削島へは因島側からは2つの航路があるのですが、土生港(長崎桟橋)から生名島の立石港へ渡り、生名島から佐島を経て弓削島へ向います。
 ところで弓削島を含む所謂「ゆめしま海道」の島々は愛媛県越智郡上島町、因島は広島県尾道市ですから、本州に最も近い愛媛県とも云えます。なお愛媛県最北端は大三島の鳥取岬。現在、生名島と佐島は生名橋、佐島と弓削島は弓削大橋で結ばれています。左に見えるのが弓削大橋、右に見えるのが生名橋です。
 2つの橋に挟まれた佐島ですが、道路は殆ど下る事なく両方の橋を結んでいます。ヘルメット着用がお約束ですので、ツーリングには珍しくカスクを着用しています(写真右 Photo:加藤隊長)。

 弓削島へ渡り、今渡ってきた弓削島大橋をくぐります。島内には2つのスーパーマーケットとヤマザキストアですがコンビニがあります、買出しを済ませてキャンプ場へ。

 

 法王ヶ原キャンプ場に到着、キャンプ場は松原海水浴場と弓削商船高専の間の松林の中にあります。海岸寄りは海水浴客でほぼ埋まっていますが、松林は充分なスペースがあり、テント持参組みは思い思いの場所に設営します。

 海岸のキャンプ場と云う事でペグが効くがどうか心配していたのですが心配は無さそうです。離島の無料キャンプ場、車の乗り入れもできませんし、海水浴シーズンでなければとても静かな処でしょうね、炊事棟やトイレも綺麗に保たれています。南側に弓削神社が隣接しています。
 主催者側からはアルコール以外は、夕食のバーベキューとかで準備して頂いているのですが、シクロスタッフの吉武さんが次々を作ってくれる焼そばと持参のアテと缶ビール1本ですっかり出来上がってしまいました、そうそう地元からの差し入れで猪の骨付き肉も美味しかったですよ。靴を脱いでテントに潜り込んで身体を横にしたら、今日の疲れがどっと、温泉まで往復した以外は参加の皆さんとお話しをする事もできず、爆睡してしまいました。
 本日の走行109.8キロ、うち福山のヤマト運輸からの40キロ程が4サイドでの走行、流石に疲れました。

プロローグ
 前日 1日目① 1日目② 2日目 3日目