「鉄」カテゴリーアーカイブ

まずは北陸へ(2日目)

自走ではありませんが今年初めての日本海です。

 日本海を見て思い浮かぶ映画は2つ、岸恵子と萩原健一が共演した「約束」(監督斎藤耕一)と、なぜか松本清張「砂の器」、丹波哲郎と演じる今西刑事と森田健作演じる吉村刑事が向かった東北は羽後亀田、今西は「北の旅 海藍色に 夏盛り」と句を詠む、日本海の海の色はどこか違うんですよね。鉄な人にはキハ58系を連ねた急行「しらゆき」や夜行急行に食堂車があった時代の映画です。

 最初は手取川沿いにほぼR157を南下、能美郡尾口村と白峰村の道路元標を拾って、標高700m程にある谷トンネル(1,462.5m、1971年開通の狭くて長いトンネル)を抜けて越前勝山か大野へ下る80キロ弱のプランだったのですが、昨日から体調が今一つなのとインナーパンツを忘れてきて、ロードでその距離は少し辛くなるかもと、矛先を変え河北郡津幡町に残る羽咋郡河合谷村道路元標を目指す事に。写真は犀川沿いのサイクリングロード。
 海沿いの加賀海浜自転車道は走らず、県道25号他を走って犀川沿いを少し走って、懐かしい内灘の街から能登海浜自転車道を走る事に、住宅街の坂道を登りきると正面に日本海が。
 能登海浜自転車道、日本海が見えるものの羽咋まで自動車専用道の「のと里山海道(旧能登有料道路)」脇を走るためにあまり快適とは云えない上に、河北潟放水路防潮水門を渡った処で「白帆台IC整備工事に伴う」通行止とか、平成33年っていつやねん。「のと里山海道」の山側の迂回道まで標高30mまで登らされる事に。
 迂回路までの激坂には閉口しましたが、車の騒音と吹き溜まり砂に気をつけながら走らないといけない自転車道より防風林沿いの道は快適だったかも。
 「いしかわ里山里海サイクリングルートモバイルスタンプラリー」のポイントになっている「道の駅高松」に到着、一昨年はエリアクリア賞とインスタ入賞で賞品を頂いているのですが、今年も一応かじっときます。しかし風があるものの9時を回ると尋常ではない陽射しが…
 宝達志水町に入った辺りで日本海沿いから離れ国道471号へ、能登半島の根元を富山県側へ越えるルートの一つですが、聞き覚えのあるR471って南へ辿って行くと八尾(やつお)から古川へ越える酷道楢峠なんですね。
 河北郡津幡町上河合にある河合谷道路元標に到着、なお石川県下の道路元標は3面に○○村/道路元標/石川県と陰刻される独特の様式です。ここで引き返しても良いのですが、少し走れば富山との県境、幾つかルートがありますが何れも標高で300m未満、せっかくですので小矢部市へと越える事にします。
 標高は一番低そうですが車が多くて富山県側に登り返しのあるR471を避けて県道74号小矢部津幡線から県道206号津幡宮島峡公園線へ、大した峠道でもないものの、厳しい陽射しに木陰の度に休憩している様では、先が思いやられます。写真は県道206号の旧道と思しき小径にて、川のせせらぎに木漏れ日、蝉の声に癒されます。
 峠の手前に木窪大滝と云う瀑布があって、滝の手前まで自転車を推して行く事ができます。地元では良く知れられている様で、涼を求めて家族連れが多く来ています。流し素麺が有名らしいのですが、今年は「コロナ禍」でお休みとか、まぁ桜井市民が他所で素麺を頂く事もないのですがね。30分程ベンチでクールダウンして、さて再出発です。
 意外と楽に県境の峠に到着、富山県に踏み込むのは何年ぶりでしょうかねぇ(自転車では2008年5月15日以来)。ところで出発前にRide with GPSでルートを採っておいたのですが、峠の手前がとんでもない激坂になっていたのは、やはり深い谷に架かる橋を地表面の標高を拾っている様です。
 子撫川ダムの横を抜けて再び県道74号に戻り、40分程で小矢部市のあいの風とやま鉄道の石動(いするぎ)駅の到着、桜井へ帰る最終のスジにはまだまだ余裕があるのですが、この炎天下にウロウロする気にもならず、石動駅1352発で帰途に就く事に。走行71.8キロ。
 石動1352→1416金沢1428→1601福井1647→1736敦賀1749→1942京都2006→2110奈良2121→2150桜井、所要時間8時間58分、5回の乗継待ち時間は1時間49分。2日間で自転車に乗っていたのが5時間19分に対して15時間半の乗車ですからね、ツーリングレポートと云うより乗り鉄レポートなんです。

今回の収穫
【1091】 2020/8/13 石川県 能美郡 吉田村(現 能美市)
【1092】 2020/8/14 石川県 羽咋郡 河合谷村(現 河北郡津幡町)

まずは北陸へ(1日目)

 2週間ぶりの丸1日のお休み、既に18きっぷのシーズンがスタートしていますし、くよくよしていても仕方がないので、まずはロードを担いで北陸へ道路元標蒐集の旅に向かう事に。勤務明けそのまま最寄りの桜井線畝傍(うねび)駅へ直行します。ところで畝傍駅は現在は無人駅ですが、かつては天皇陛下橿原神宮や神武陵行幸の際にお召し列車が発着した駅で、現在も専用通路や貴賓室などの面影が残っています。
 今日は畝傍0932→1008奈良1023→1112京都1145→1315敦賀1340→1432福井1512→1605能美根上と移動日みたいものですが、所要時間6時間33分、4回の乗継待ち時間は1時間53分。写真はJR京都駅、コロナ騒ぎが始まってから大阪や京都のターミナルと云われる処へ行くのは初めてなのですが、さすがにお盆位は多少混んでいるだろうと思っていたのですが、ご覧の通り。
 能美根上駅って鉄な人でも馴染みがない人がいるかも知れませんが2015年までは寺井駅の名称でした、カシミールで使っている地理院地形図もまで寺井駅のまま。駅前の通りが「ホームラン通り」松井秀喜所縁の地なんですね。

 数キロ走って能美郡の吉田村道路元標へ、2010年頃には民家の裏庭にあったのですが、2013年頃から現在の場所に再建されました。説明版の「旧街道の一町村に一箇所」と云う説明が些かなんですが、まぁエエでしょう。これで1,091基目なります。
 3月以来の久しぶりの輪行旅、なにやら忘れ物が多くて、ホームセンターやスーパーを探しながら、今夜の宿の松任へ向かいます。
 いつもは込々4,000円以内で極力安い宿を探すのですが、今は「Gotoトラベル」絡みで幾らでもあります、まだ今月は事後申請で戻ってくるパターンが多いのですが、予約サイトでは色々とキャンペーンをやっている様で、松任で一番の「グランドホテル白山」、別館とは云え楽天トラベルで税込2,925円也、暫くはasuka号でのキャンプツーリングがままなりませんので、ここは政府の政策に協力させて貰わなくては。
 本日の走行、畝傍駅までの回送を含めても22.2キロ也、明日はちゃんと走りますんで。

 

 

 

大隅半島キャンプツーリング(3日目)

鹿屋市高須町フィットネスバース(国鉄大隅線廃線跡)にて

 今日の予定は鹿屋市まで錦江湾沿いに南下、大隅半島を横断する様に志布志市へ、フェリーターミナルへ16時半~17時にはに戻らなくてはなりません、コース的には国鉄大隅線の廃線跡に沿ったさして勾配のない約75キロのコースです。
 明るくなる前にはテントを撤収してしまったので、キャンプツーリングと銘打っていながらテントの写真がありません、バックに桜島を望む最高のロケーションなのですが、暗い間はずっと雲がかかっていました。道の駅「たるみず湯っ足り館」は国道と錦江湾に挟まれて東西に細長いのですが、西の端にあたるこの場所は駐車スペースとは芝生広場をはさんで離れているために、エンジンをかけたまま休憩する大型車や車中泊の車その騒音も幾分ましかと、国道220号もさすがに夜中は車は少ない様です。
 「国旗日の丸のふるさと」のモニュメントと足湯(10時~日没)。
 道の駅の向かいの「マミーズカフェ」、「あっちん」なるご当地スイーツがお目当てだったのですが、営業時間に間に合いませんでした。せっかく教えて頂いたFさんごめんなさい。

 

 7時には道の駅を後にし国道220号を桜島へ。一応「自撮り」の準備もしてきているのでトライしてみますが、正面に桜島を望むだけの写真ですね。
 大隅半島側の旧道が通行止になったままですので否応無く牛根大橋を渡って桜島側へ、桜島口前後が一番のロケーションですね、ここで「自撮り」するべきだったと。
 海潟のコンビニで補給、北国の様な風除室があるのは火山灰対策なのでしょうね。
 海潟の「ホタル公園」、やはり桜島は手前に錦江湾が写っていないと駄目ですね。
 海潟漁港、高倉健と田中裕子が主演した映画「ホタル」のロケ地だけに桜島を望む最高のロケーションです、漁港なのに「ホタル公園」があるのはそのせい、ただ色々と批判もあったこの映画は好きではないのですがね。
 さらに国道を南下し、垂水市街を過ぎた辺りから国鉄大隅線の廃線跡(写真左)に入ります、大隅線も志布志線同様、国鉄民営化直前の1987年3月に廃止されますが、古江~海潟間は1961年、海潟~国分間が開通したのは1972年で、この時に古江線から大隅線と改称されていますが、僅か15年後の1987年には廃止されている訳です。多くが道路として供用されている廃線跡ですが、見通しが良く信号がなくて交通量が少なくて安全快適なのですが、国道の山側を走っていて錦江湾の展望が今一つなのが。
 余談ですが九州にはチェリオの自販機はありませんが、こちらでは水色の財宝の自販機がリーズナブルなんです。 10時には鹿屋市域に入ります、古江駅跡は古江駅跡記念公園となっています。
 古江では「みなと食堂」が人気だそうで、志布志まで一緒にきたローディとばったり出逢いますが、営業時間が11時からですので、私はパスする事に。
 ミニュチアの様な陸繋砂州に立つ荒平天神(菅原神社)の鳥居、県道を挟んだ四阿は荒平駅跡です。
 高須海水浴場の手前から廃線跡は自転車歩行者専用道「フィットネスバース」となります、こちらも志布志線跡の「マインドロード」と同様、主に地元の人のランニングコースと云う扱いですね。

 錦江湾をバッグに緩やかにカーブしながら登って行く廃線跡を行きます、対岸は薩摩半島ですが、開門岳は見えない様です。

 

 廃線跡らしい雰囲気のある切通しが続きます。

 

 視界が明るく開けると、風景は一変して高原ぽい風景に一変します、標高は100mにも満たないのですが、暫く走ると大隅野里駅跡。

 

 自転車道と一般道に挟まれた一画、製茶工場でしょうか、その前に小さなお店が、地産のお茶の葉を販売している様ですが「抹茶アイス」もある様ですので、休憩がてら寄り道する事に。関西に暮らすものにはピンと来ないのですが、この辺り輝北地方(合併で鹿屋市となった旧輝北町域)はお茶の産地なのだそうです。
 かつての特攻出撃基地であった鹿屋飛行場、現在の海上自衛隊鹿屋航空基地の南端に沿って、自転車道は2キロ余り真っ直ぐに延びています。こちら側を走ると横が自衛隊基地だと気づくものはありません。なお鹿屋航空基地史料館は反対側になります。
 廃線跡は北側へ迂回する様に鹿屋市の中心部へ、鹿屋駅跡が鹿屋市鉄道記念館となっており、キハ20が保存されています。自転車道はさらに続きますが、住宅地の中で車止めが続いて非常に走りにくい事になっていまて、肝属川の支流大姶良川の手前で消える様に終わっています。
 鹿屋市を後には東串良町を経て志布志市へ戻ります、断片的に道路に転用された廃線跡をたどりますが、さしたる見処もなく国道448号から国道220号に戻ります。
 1550 志布志港フェリーターミナルに戻ってきました、本日の走行は88.1キロ。受付は1630からですが、トラブルで乗り遅れたりすると自腹で帰らなくてはなりませんからね、1時間の余裕を持って走ってきました、自転車組の他6名も追々帰ってきました、ロードバイクとは云え2日で260キロ走って佐多岬まで行ったご仁も。さて土曜日の出港時刻は1830、1719に乗船開始です、なお帰りの船は「さんふらわあ さつま」に変わって、自転車は寝かせるのではなくてサイクルスタンドが用意されていました、キャンピングはちょっと無理ですので単車と同じ様に立て掛けて固定し貰いました。大型の長距離フェリーの旅は快適ですが、どうしても乗下船のロスタイムが大きいですね。(つづく)

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大隅半島キャンプツーリング(2日目)

鹿児島県道479号国師境線から望む桜島

 台風の余波もあってか紀淡海峡を抜けてからは結構揺れていた様な、そこはその元ヨットマンとしては、久しぶりの浮遊感を懐かしく感じながらいつの間にか寝ついてしまいました。志布志港到着は0855、走る時はあまり朝食は摂らないのですが、いささか時間をもて余してレストランへ、620円也の朝食バイキングを、さすがに朝食にはシニア割引はない様でして。エントランスの丸窓から見える陸は宮崎県最南端の都井岬、岬をまわれば志布志湾です。
 下船はトラック、乗用車、単車、自転車の順になりますので、車両甲板に降りたのは9時半。
 0940 ようやく下船。
 参加者はヘルメット着用とのお達しで、カスクでも可と云う事でしたので、今回はカスクを持ってきました。なお鹿児島県は自転車保険への加入が義務付けられています。
 色々とセレモニーもあって、志布志市のゆるキャラ「志武士ししまる」もお出迎え。
 参加者全員で集合写真を撮って 1015 ようやくスタートです。
 まずは市街を抜けて志布志市役所へ「志布志市志布志町志布志の志布志市役所志布志支所」です。
 続いて志布志駅へ、訪れるのは大隅(古江)線全通前の1969年8月以来ですから50年ぶりになります、かつては志布志線、日南線、大隅線の接続する駅でしたが1987年に志布志線と大隅線が廃止され、駅そのものも少し東側へ移転して日南線の終点として、宮崎方面からの1日8往復がやって来るだけのホーム1面の無人駅になってしまいました。
 元の志布志駅や機関区などのあった場所は駐車場やショッピングセンターになっていて、一角が志布志鉄道記念公園としてキハ52他、門鉄デフのC58 112が保存されています、志布志線と云えば幻のC63を彷彿とさせる4次型C58が走っていたのですが、ではないのが残念。
 写真はいずれも1969年8月5日、ラストナンバーのC58 427、(写真左)志布志古江管理所、(写真右)都城駅?  この当時は424,426,427が志布志区在籍で112は大分区にいた様です。
 さて今日は北へ30キロ程のノルマの「道の駅 すえよし」経由で錦江湾沿いの「道の駅 たるみず湯っ足り館」までの75キロ程を走る予定なのですが、志布志を後にしたのは既に11時前、先が思いやられます。志布志線廃線跡をたどりながら進みます、廃線跡は岩川駅跡以南の多くは道路に転用、以北は「マインドロード末吉」と云う名称の自転車歩行者専用道路となっています。元が線路跡ですから勾配こそ知れているものの、鉄橋やトンネルがあった部分は道路に転用されず、その部分を迂回している区間のアップダウンが結構きつく、おまけに向かい風が。
 
 志布志から3つ目の伊崎田駅は、元駅舎が有明町鉄道記念公園となっています、駅舎の中のマネキンが不気味な事、さすがにここでのゲリキャンは遠慮します。
 伊崎田~大隅松山間のトンネル、山越えで迂回します。
 岩川駅跡付近から自転車歩行者専用道路「マインドロード」に入ります、自転車道用途よりも地元の方のランニングコースになっているのでしょうか、ところどころにベンチや四阿もありますが、崩落で通れず迂回しなければならない部分がありました。
 岩北駅跡、ホームがそのまま残っています。
 駅跡ではないのですが四阿が、岩川のコンビニで買い込んだお弁当でお昼にします、近くでは「高松さこんたろうの里」と記されて水車が回っています。あとで知ったのですが「さこんたろう(左近太郎)」とは精米用水車の事らしいのです。
 末吉駅跡も末吉鉄道記念館として公開されています、これより志布志線跡は県境を越えて西都城へ向かいますので、廃線跡探訪はここでひとまず終えて、県道501号光神山諏訪方線他を経て道の駅「すえよし」へ。
 1503 参加ノルマになっている「道の駅 すえよし」に到着。現在は曽於市となっている末吉町は県内随一の肉牛生産地だとか。
 道の駅からが国道10号を西へ、1624 霧島市へ入ります。当初のプランでは牧の原から県道478号比曽木野福山港線で錦江湾べりを走る国道220号まで下る予定だったのですが、通行止めの情報が、途中の「中茶屋公園」からの展望を期待していたのです。代わりに国道504号線を南下し県道479号国師境線で国道220号へ下る事にしていたのですが、遅くなりついでに県道478号へ突っ込んでみる事に、あわよくば「中茶屋公園」でのゲリキャンも考えて牧の原のコンビニで食料を調達しておきます。
 県道478号に入ります、国道220号までの標高差は400m、普通なら無理に突っ込む状況ではないのですが、通行止箇所がそう遠くもなさそうなので。幅員もあって崩落箇所も充分に通れて、してやったりと思っていたら、完全に崩れた区間が現れて(写真右)万事休す、標高で50mばかりを引き返す事に。
 国道504号に戻って南下、稜線近くまで登る区間があって嬉しい事に桜島と錦江湾に沈む夕陽を望む事ができました。
 県道479号に入るとこちらも錦江湾に向かって標高差400m程のダウンヒル、所々ですが錦江湾を望む事できます、写真を撮りながら沈む夕陽と競う様に下ります、国道220号まで下りきった頃にはすっかり暗くなってしまいました。
 道の駅「たるみず湯っ足り館」まで国道を10キロ程、交通量も多くなりますし、充分なナイトランの用意もありますので、整えて走り出します。
 道の駅到着は19時過ぎ、既に温泉以外の営業は終わっています。温泉(350円)に入ってから桜島を望む「国旗日の丸のふるさと」のモニュメントの陰にテントを張ります。本日の走行88.4キロ。

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今シーズン最後の「18きっぷ」輪行旅

石川県道161号大杉長谷線 小松市赤瀬町

 今シーズンの「18きっぷ」も残り1回分、4,5,6日と連休を取っていて往路自走、復路輪行で南紀へキャンプツーリングも考えていたのですが、天気も今一つはっきりしない上に、疲れと雑事が溜まっていてモチベーションがあがりません、結局は日帰りで北陸へ昨年取りこぼした道路元標を拾いに行く事に。
 余りを自走、奈良0522発京都行きに乗車します。輪行袋はオーストリッチのL-100、昨年10月復路輪行予定の紀伊半島ツーリングで輪行袋を忘れると云う失態で田辺で急遽調達したものですが、中仕切りなし巾着タイプのシンプルでコンパクトな輪行袋、なかなか重宝していて、ファスナーの縫い付け部分が次々と解れてくるE-10(emu)の出番はもうありませんね、なお肩掛けベルトは重量級のasuka号を担ぐために別途50mm幅のものを用意しています。
 京都、近江今津、福井と乗り継ぎますが、近江今津までは117系、福井までは512系2両編成、このスジは敦賀駅を跨いで運行されている唯一の普通列車なんです、18きっぷのシーズンとあってか満員、福井からは512系4両編成の金沢行きに、粟津駅1104着。

 駅をでるなり、熱気と強い陽射しに面食らいます、涼しい未明に走って冷房の効いた車中にずっといたものですからね、駅舎の裏に日陰をみつけて輪行支度を解きますが、それでも汗だくに。

 暑さに些かめげながら石川県道161号大杉長谷線と石川県道43号丸山加賀線を継いで牛ヶ首峠(420m)を目指します、大杉谷川に沿ったこのルートを走るのは2009年6月、昨年(2018月8月)に続いて3度目、交通量が少なく緑の中を緩やかな勾配が続く走っていて気持ちの良い道です、粟津駅を出た時の暑さも木陰の多い渓流沿いとなれば心持ち涼やかに。昨年雨宿りした四阿で暫し休憩、ミンミンゼミとツクツクボウシの鳴き声が夏の終わりを感じさせてくれます。

 赤瀬ダム湖畔を行きます、梯(かけはし)川の上流大杉谷川に作られた防災ダム、自由の広場とかゲリキャンできそうなポイントがあるなぁと思っていたら無料のキャンプ適地とされている様です。
 建家もまばらとなり、ゲートのある処から牛ヶ首峠への本格的な登りとなります。
 大杉谷川の狭い谷を詰めるだけ詰めて右岸の斜面に取りついてつづら折れで峠へ、石川県には歴史的に有名な富山県境の倶利伽羅峠はあるものの大した峠はないのですが、牛ヶ首峠へのこの道筋はサイクリストにとって魅力的なコースかと。
 展望が開けてくると峠まであと僅か。
 牛ヶ首峠到着、切通を抜けると稜線近くを走るR416との三叉路になっていて些か峠らしくないのですが。R416は県道小松勝山福井線が1982年に昇格したもので、県境の大日峠部分が未開通の分断国道でしたが昨年9月に開通しています。最初福井県側へ越えて帰途に就く事も考えたのですが、お隣のR157谷峠の様にトンネルで抜けているのではなくて峠まで更に500m程登らされるので今回は諦めました。
 新丸村道路元標、昨年に続いて再訪する事になったのは、雨の中ちゃんと撮影できていない事を確認せず、不覚にもスマホでも押さえてなかったのです。元標は何の目印もない道端に半ば放置された様に建っています。新丸村は小松市新丸町となっていますが、現在は冬季無住地区となっているそうです。
 元標から大日川の渓流に沿って少し下ると三叉路に、右へ下ると大日川ダムを経て白山市へ、直進すると五百峠(540m)へ緩やかに登り返します。

 

 どこが峠なのか良く判らない五百峠を越えると尾小屋までダウンヒル、時折加賀平野を望む事ができます。
 今回、元標とともに立ち寄りたかったのは1977年に廃止された尾小屋鉄道の保存施設「小松市立ポッポ汽車展示館」。R416から少し脇道を登り返さなくてはなりませんか、762mm軌間の軽便鉄道の小さなSLと客車が保存されています。
 尾小屋を後にして白江村道路元標を回って本日のミッションは終了、小松駅から帰途に就く事にします。
 小松1722発の敦賀行きに乗車、車窓には2022年度開業の北陸新幹線敦賀延伸工事を至るところで見る事ができます、3年先とは云え「18きっぷ」フリークには在来線の3セク化で「18きっぷ」が使えなくなる事が気がかりです。敦賀、京都、奈良と乗り継ぎ、奈良では桜井線の最終まで50分待ち、さすがにお腹もすいてきているので輪行袋を担いで改札をでて駅近くの「松の家」まで、asuka号なら乗り換えるのが精一杯ですが、軽いロードなら楽なもんです。桜井2323着、乗車時間11時間44分(乗換時間含む)、現地滞在時間6時間17分、実走行時間4時間35分、走行距離74.1キロ(桜井→奈良20.1キロ含む)、「18きっぷ」にて8,430円分乗車。

【1089】 石川県 能美郡 新丸村(現 小松市)
【1090】 石川県 能美郡 白江村(現 小松市)

 

 

信州キャンプツーリング(1日目)

飛騨街道 地蔵峠(1,355m)にて

 遠征ツーリングは「18きっぷ」の使える季節にしているのですが、昨年夏は7月に能登半島へ4泊で向かったものの、連日の猛暑の下、日中キャンピングで走るのは自殺行為に近いものが、今年は標高が高くて少しでも涼しい処へと信州へ向かう事にしたのです。コースは木曽福島から未収の道路元標をなぞって大糸線の南小谷まで、開田高原から長峰峠、野麦峠と一旦は岐阜県に入るものの、松本から白馬経由で北上する約200キロを3泊で走るプラン。混雑するお盆を外して、8月第4週に休みをセットする事に、但丸々1日休みの取れるのは3日間、いつもの様に「18きっぷ」を使って始発から移動する余裕がなく、初日は近鉄特急と「しなの」を利用して木曽福島まで輪行する事にします。
 そこで静養中(^_^)の鈴鹿のあびさんから、自転車は無理だけど車でキャンプだけご一緒したいとのお話、元より1日目はいつ開田高原キャンプ場に辿り着けるかのタイトな行程、先乗りして頂けると安心、喜んでご一緒して頂く事に。
 さて世間のお盆休みは台風襲来、第4週はまずまずと陰でほくそ笑んでいたのです。18日には4つのサイドバッグをクロネコヤマトの木曽福島営業所留めで発送、20日にさっさと出発できる輪行準備を済ませたら、なにやら気の早い秋雨前線が現れてお天気が怪しくなっているではありませんか、既に荷物を送っているのでお天気だけで止める訳にも行かず、降られる覚悟で多少雨支度や着替えを追加する事に。

 予定より1本早く桜井0937に乗車する事ができて伊勢中川乗り継ぎになりますが、榛原から近鉄特急に乗車、名古屋駅では余裕の22分接続で自由席の列に並ぶ事ができました。しかしJRの特急に乗るなんて何年ぶりでしょうね。
 心配なお天気、中津川辺りまでは良かったのですが、1323 案の定木曽福島駅に降り立つ頃には雨に、16時位まで降り続く予報、とにかく輪行支度を解きますが、なんと作業をしている内に雨が止んで晴れ間も、これ幸いと1420 出発。
 まずは福島町道路元標のある郷土館へ、季節によって変則的な開館日ですが、道路元標は前庭にあって休館日でも近くには行けそうです、積雪期はともかくとして。
 クロネコヤマトの営業所は木曽福島の街中から開田方面へ数キロ入った処、それは良いのですが、明日の行程に備えて携行食とかを街中で準備しておきたい処、ところがサイドバッグをセットするまで荷物を入れる余裕がないのです、ろくに買い出しもできずに営業所へ。荷物を受け取り4サイドの出来上がり、一挙に20キロ重くなります。
 地蔵峠への分岐までR361を行きますが、所々に旧道が残っているのでそちらを選びます。さすが信州、道祖神が出迎えてくれます。
 地蔵峠への道へ入ると殆ど車はやってきません、記憶も曖昧ですがここを走るのは17年ぶり、自転車向きの雰囲気の良い適度な坂が続きます。
 「唐沢の滝」を見上げるコーナーで小休止、案内板には「寝覚の床」「王滝の水ヶ瀬」と並んで「木曽三勝」、現在の落差100mと記されています。道は滝の右側を巻いて滝の上へと続きます。
 どうにか17時過ぎに地蔵峠に到着、以前はもっと楽だった気もしますが、4サイドですから仕方ないですね。
 開田側へ少し下ると「地蔵峠展望台」、九蔵峠とともに天気が良ければ御嶽を望むビューポイントなのですが、今は雲の中。17年前はここでゲリキャンしたのですが、あびさんがキャンプ場で待ってなければ、今回もここでゲリキャンしたでしょうね、なにしろキャンプ場までは開田村まで一旦下って地蔵峠とほぼ同じ高さまで登り返さなくてはならないのです。
 R361に戻り、木曽町開田支所に立ち寄って西筑摩郡開田村道路元標を。後8.4キロ、単純に標高差よりアップダウンが辛いのです。

 

九蔵峠の手前で県道20号開田三岳福島線へ、幸いにも管沢の高宮商店がまだ開いていたので、明日の携行食にパンやら御菓子などを調達、自販機の温かい缶コーヒーとドーナツで虫養いをしていると、キャンピングを見つけて声を掛けて頂いた方、大阪出身で開田高原が気に入って定住されていて、片倉シルクのオーナーとか。さてキャンプ場までは後3キロを切っているのですが、真っ暗な山道です、最後の数100mの坂では押しが入る事に。
 幸い降られる事なく1944 やっとの事で標高1,304mの開田高原キャンプ場に到着、真っ暗ですがあびさんの居場所はすぐに判りました。
 炊事場近くの屋根のある一画を確保してくれていました、お盆な明けの平日とあって他の利用者も2組だけとか。駆け付け1本の後、設営を済ませて、2人ぼっちで宴の始まり。(Photo : あびさん)
 本日の走行31.4キロ、道路元標や荷物の引取りがあったにせよ、5時間も掛かってしまいました。

 1日目 2日目 3日目 4日目

【1083】 長野県 西筑摩郡 福島町(現 木曽町)
【1084】 長野県 西筑摩郡 開田村(現 木曽町)

WAKAYAMA800 2度目の南紀へ (1日目)

 9日に続いて「WAKAYAMA800モバイルスタンプラリー」、南紀に残る6ヶ所を1泊2日で回る事に、昨年8月31日にR168を自走で南下したのですが、2日に雨で那智駅でリタイヤした残りです。丸1日あれば回れない事もないかとも思えるのですが、18きっぷでは始発に乗車しても紀伊日置駅に着くのはお昼、昔は夜行があったのですがね。1999年10月2日までは新宮行、2000年9月30日までは紀伊田辺行で臨時で新宮まで延長運転、2002年3月22日発までで延長運転は廃止、2010年3月13日から紀伊田辺行から御坊行に短縮。
 1日では無理なので2017年8月の「南の海へ」の時の様に、ヤマト運輸の串本営業所までキャンプ道具を送っておいて潮岬でキャンプをする事も考えたのですが、往復の送料を考えると、前回泊った太地の「小さな宿 neiche」を利用した方が楽チンで安上がり、ただ潮岬と太地ではコース的には無駄がでてくるのは仕方ないですね。
 今日は紀伊日置駅からスタートしたいので、紀伊田辺以遠へできるだけ早く行ける様にと高田駅まで自走する事に、鶴橋まで近鉄で行けば10キロ余りを自走する事もないのですが、そこはせっかくの「青春18きっぷ」ですから、有効に使わなくてはね。先日の王寺まで自走する事に比べれば街灯の明るい街並みの続く旧街道ですから楽なものです。
 高田0529→0545王寺0554→0624天王寺0645→0837湯浅0852→0955紀伊田辺1041→紀伊日置1113、紀伊田辺行きは和歌山始発ですので和歌山で乗り換えても良いのですが、乗り換えの楽だろう海南で待つ事にします。
 やってきたのは3月16日のダイヤ改正で姿を消す117系。
 国鉄時代1972年から東海道山陽線の新快速「シティライナー」として活躍した車両、現在はセミクロスシート化されています。湖西線草津線では緑色のがまだ暫く残る様です。
 紀伊田辺では待ち時間がたっぷりあります鉄ちゃんモードです。
 さて 1113 4時間半以上掛かって紀伊日置駅に到着、平成の大合併で日置川町は白浜町の一部となっています。
 まずはポイントのある「道の駅 志原海岸海来館」に移動、白浜日置川自転車道が海岸沿いを走っていますが、この付近以外は殆ど利用されていません。2006年9月9日にDさんとNちゃんと走っています。(写真右)
 いつもなら岬回りの旧R42である県道243号日置川すさみ線(写真右)を走るのですが、今日は先を急ぐので初めて日置トンネル(1,184m)と朝来トンネルを抜けます。
 暫くは風光明媚な枯木灘海岸を見ながら走る事ができます。阪和道がすさみ南ICまで開通しているので、交通量もずいぶんと少なくなりました、その上追い風に乗って快調に。

 今日2つ目のポイント、道の駅「すさみ」、以前からの道の駅「イノブータンランドすさみ」と紛らわしいですね。すさみ町には違いないのですが「えすみ」とかにして貰った方が。

 道の駅「すさみ」を過ぎると高速から下りてきた車や工事のダンプとかが多くなるのが難点。ようやく潮岬が見えてきました。
 串本町域には「潮岬観光タワー」と大島の「トルコ記念館」の2つのポイントがあるのですが、大島東端の樫野崎近くの「トルコ記念館」まではループ橋と島の中央部を東西に走るアップダウンの多い県道を往復しなければなりません。
 ポイントの「トルコ記念館」とせっかくですので樫野崎灯台へ。
 一昨年8月以来の本州最南端潮岬、過去に何度も来ていますが、意外にもロードでは初めて。無料の「望楼の芝」キャンプ場、最近は有料期間(繁忙期)もある様ですが。
 今日予定していた4つのポイントを無事に巡り終え、今夜の宿のある太地町まで30キロ弱、明るい内に辿り着く予定だったのですが、古座(現串本町)のJAZZ屋「イワシの目」を覗いたのが… レコード4,000枚、コーヒー300円お替り自由、マスターは青春時代に自転車で北海道東北のJAZZ喫茶巡りをしたと云う猛者、今は亡き札幌のJAZZ喫茶の名前で盛り上がりました。で結局はナイトランになってしまいました。本日の走行115.9キロ。

WAKAYAMA800 日高郡へ

 昨年8月から挑戦中の「WAKAYAMA800モバイルスタンプラリー」、台風禍で閉鎖されたままの道の駅「白崎海岸」が正式にポイントから除外されて計44ヶ所、残りは12ヶ所なのですが、パーフェクト達成はかなり厳しいです、やはり昨年9月の「十津川~南紀ツーリング」の2日目、雨で切り上げたのが堪えます。今日は青春18きっぷのシーズンが始まりましたので、日高郡の2ヶ所を回る事に。
 ただ普通列車より優等列車の方がはるかに多い紀勢本線、JRだけで桜井から御坊まで行こうとすると始発に乗っても10時をまわってしまいます。王寺駅までの約20キロを未明に自走したので、3月とは云え温度計は0℃、この冬一番の寒い思いをさせられる事に。とにかく王寺駅0436発の関西本線で天王寺へ。
 天王寺、和歌山で乗り継いで御坊到着が0756、輪行準備とトイレを済ませて0816、R425の分岐する塩屋まで南下するのですが、県道186号日高港線のヘキサや食料調達に時間を取られてしまいます。
 結局R425に入るのは085に、尾鷲から紀伊半島を横断してきたR425、日本三大酷道と云われたこの道も御坊側は幾つものトンネルや橋が供用されて車には走り易い道となっています。実は旧龍神村の小家谷から西を走るのは10数年ぶり、改良のお陰で里山の中を緩やかなアップダウンが続き、自転車にも走っていて気持ちの良い道です。そのせいかWAKAYAMA800でもおすすめルート「切目~塩屋ルート」として紹介され、ブルーラインも引かれています。
 ただ昔ながらの道への拘りもあって、旧道トレースモードに。印南町田ノ垣内、ここには日高郡の真妻村道路元標があったはずなのですが、JAも幼稚園も今は閉ざされ、人影すら見えません。
 2014年に竣工した切目川ダム、もちろん以前通った時は建設中でした。付近の旧道部分も幅員こそあまり変わりませんが整備されています。
 上洞(かぼら)にある「奥真妻活々倶楽部」が今日1っ目のポイント、元は商店だったのでしょうか、集会所の様になっていますが、食料品とかも売られている様です。
 規模は小さいですが棚田が、この辺りでは「けさがけ」の事を「なるがけ」と云う様です。
 標高440mまで登り詰めて唐尾隧道、今は田辺市となりましたが、旧龍神村域に入ります。

 

 小家谷口でR424と合流、上洞からは1台の車にも遭わずにやってきましたが、R424との併用区間に入ると交通量が増えます。御坊から龍神へは県道とR424を継いだ日高川沿いのルートがメインになっています。

 

 1150 道の駅「水の郷 日高川 龍游」にて2っ目のポイント。
 今度はR424を使って海側に戻る格好になります、切目辻トンネルを抜けて南部川沿いに下ります、こちらのルートを走るのも10数年ぶりです。
 みなべ町にて、南部町道路元標(写真左)、県道201号南部停車場線、熊野街道沿いにあるのですが、後ろの商店は店仕舞いしてしまった様です。
 南部駅に到着したのが1352、この先紀伊田辺以遠へ行ける接続は1558までなく、帰途に鶴橋から近鉄を利用するなら、紀伊日置駅もよりのポイント「道の駅 志原海岸海来館」まで往復する事もできなくないのですが、輪行支度や待ち時間を考えるとあまりにロスが大きいので、今日はここでお開きにして帰途に就く事に、時間的には少々物足りないですが恵まれた天気の下、久しぶりの道を走る事ができて満足です。本日の走行96.1キロ。
 通勤時間帯の天王寺を経由するのを避けて、余分に時間が掛かりますが和歌山線経由で、乗り心地最悪の105系に乗れるのも後僅か。南部1432→1508御坊1533→1636和歌山1651→1824五条1901→1940高田1944→1957桜井と所要5時間25分の旅、往復で5,620円分乗車。五条駅ではへこちらも3月16日のダイヤ改正で姿を消す117系と交換(写真右)。

 WAKAYAMA800は2ヶ所回って都合34ヶ所、残りは紀北に4ヶ所、南紀に6ヶ所はどう考えても厳しいです、と云いますが千葉山と生石山ってあまり気がすすまないのですよね。

 

 

WAKAYAMA800再開 和歌山へ(2日目)

 和歌山県有田市 有田みかん海道

 今日は有田市周辺の「WAKAYAM800モバイルスタンプラリー」のポイントを巡ります。
 和歌山県道135号和歌山海南線を南下、紀三井寺村道路元標も健在です。いつもはそのまま黒江経由で海南へ向かうのですが、今は紀三井寺駅の南側で踏み切りを渡って紀三井寺緑道なる自転車歩行者専用道へ。
 ここは昭和42年に廃止された南海電鉄和歌山軌道線の廃線跡で、海南市との市界になるトンネルは鵬雲洞と呼ばれ土木遺産にもなっています。自転車道となっている廃線跡のトンネルとしては断面が広いのですが、軌道線が複線だった所以ですね。
 加茂郷にかけては難所なのですが、海南IC付近で工事が行われていて自転車にとっては難儀な状況になっています。冷水浦駅南側、昔から紀勢本線の撮影ポイントになのですが、散乱している空き缶とかは「バカ鉄」の仕業? せっかくですので狙ってみます。
 少し旧道少し残っていますのでR42を避けて辿る事に。海南港を見下ろす風景はお勧めです。結局有田市街に入ってのは11時前、買い物とお昼を済ませる事に。
 和歌山県道171号宮崎古江見線からポイントのある有田みかん海道へ、友が島を望む事ができ、稜線を南側に回ると白崎海岸が遠望できます。結構登らされましたが、湯浅側からの方が斜度はキツいかな。
 湯浅の古い街並みへ、かなり埋もれていますが、湯浅町道路元標が道標の脇に残っています。
 「テスティモーネ アリダ」「湯浅うまいもん蔵」「稲むらの火の館」と回り今日4つ目のポイント「有田川町鉄道交流館」へ、到着したのは15時を回っているのですが、そこは根が鉄ちゃんなので、ここでも時間を食ってしまう事に。
 結局「千葉山」(468m)も「山の家 おいし」(787m)も時間的に狙う事ができずにR424で帰途に就く事に。標高407mの峠に着いたのが1718、県道10号を継いで貴志川の自転車道の入口に辿り着いたのはすっかり暗くなった1820、真っ暗な自転車道は結構危険なのですが、ライト3灯を駆使して走る事に、ところが工事が行われていて、一般道に下りざる得ない状況に。
 紀ノ川べりに出て井阪橋で自転車道に戻りますが、竜門橋南詰で辿りついたのは1920、自走も考えたのですが既に100キロ超、最終の時間を考えて、JR和歌山線の粉河駅から輪行する事に。やってきたのは乗り心地最悪の105系、しかしその105系も117系とともに3月16日のダイヤ改正から淘汰されるとか。

 とにかく2日間でWAKAYAMA800のポイントを6ヶ所回って都合32ヶ所、生石山と千葉山両方を含めた残り12ヶ所はかなり厳しいです。本日の走行109.7キロ。