「鉄」カテゴリーアーカイブ

高野山~有田川~日高川~御坊ツーリング(2日目)

 せっかくですのでゆっくりしていきたい処なのですが、 まだ暗い5時に「きのくに中津荘」を出発します。日高川左岸の道を行くと暫くで県道193号船津和佐線となります、日高川町と御坊市は右岸の県道26号御坊美山線がメインルートなのですが、途中に一車線区間を残す左岸の道が車も少なく自転車にはお誂え向きの道です。痛んだコンクリート舗装やガードレールのない部分もあって暗くなってから走るのは躊躇してしまいます、昨夜中津に宿を取ったのはこの辺りの事情もあったのですが。

 和佐駅近くから県道25号となり笹峠と云う何の変哲もないピークを越えて塩屋でR42に合流します。
 R42の山側に熊野街道の趣を残す旧道が残っていますので、こちらを走って塩屋王子まで南下します。次のポイントはR42を挟んで海側の「日高港新エネルギーパーク(EEパーク)」なのですが…
 到着0624、なんと開園は10時から、とても3時間半は待てません。
 QRコードは閉ざされた門のはるか敷地内、コンデジ30倍ズームで覗いてみるとQRコードはバイクラックにぶらさがっています、とても読めません。その上何か拾ったのか前輪がパンク、まさに踏んだり蹴ったり。
 とにかくパンクを修理しないとどうにもなりません、隣の公園にお誂え向きの四阿がありますので、チューブ交換を始めようとしたら、なんとタイヤレバーを入れたケースがありません、とにかくマルチツールやらなんやかやチェーンカッターまで工具はありますので、丁寧にすればどうにかなるもんです、替えチューブも3本ありますし。しかしなんで鬼太郎がいるんだよ。
 予定では「日の岬」と「みちしおの湯」でも回って紀伊由良駅から輪行で帰途に就こうかと思っていたのですが、夕方には帰らなけらばならないので、最悪でも11時半には紀伊由良駅には着かなくてはなりません。距離は35キロ程なのですが、標高131mの日ノ御崎灯台まで往復しなければなりません。パンクさえなければ充分読めていたのですが。
 と云う訳で、職員の方が来るかも知れないとぐずぐずしていたのですが、8時前には諦めて帰途に就く事に、挫けついでに御坊市街を走らずに紀州鉄道西御坊駅から乗車する事に、昔は日高川駅が終点だったのですが、1駅分ですが1989年に廃線になりました。
 紀伊御坊駅構内には元大分交通耶馬渓線のキハ600が弁当屋さんに、貴重な2軸車のキテツ1号(元北条鉄道)が旧車留置されたています。
 西御坊0850発に乗車、御坊0908発に乗車、空振りの一日ですがお昼過ぎに桜井に帰投しました。本日の走行26.9キロ。


サイクルトレイン運行社会実験

 今日は奈良県の主催する表記のイベントに参加してきました。桜井線の天理駅から和歌山線五条駅まで団体列車を仕立てて往復すると云うもので、事前の申し込みが必要で、参加資格は奈良県在住または県下に就労就学していると云う事なのですが。
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今年の「鉄道の日記念・JR西日本乗り放題きっぷ」は

 秋には「青春18きっぷ」の発売はないのですが、10月14日の鉄道の日(1993年までは鉄道記念日と云われてました)を挟んだ約2週間利用できる「鉄道の日記念・JR全線乗り放題きっぷ」と云うのが2011年まで発売されていました、まあ秋版の「青春18きっぷ」みたいものだったのですが、2012年からは「秋の乗り放題パス」と名前を変え、価格は下がったものの1人で連続する3日間の利用と云う事になり、乗り鉄でもない限り、特に輪行サイクリストには魅力のないものになってしまいました。(写真は「18きっぷ」とほぼ同様に使えた時代のもの)

 但し乗車エリアがJR西日本限定の「鉄道の日記念JR西日本一日乗り放題きっぷ」と云うものが、その後も同時期に発売されていて、こちらは多少割高感(3,080円)はありますが1日分ごとの発売で使いやすいものです。特筆すべき点は2015年の北陸新幹線金沢開業で第三セクターとなり「18きっぷ」が使えなくなった「IRいしかわ鉄道」全線、「あいの風とやま鉄道」全線」、「えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン」市振駅~糸魚川駅間が利用できると云う点で、即ち金沢~糸魚川間に乗車できる訳で、その先の糸魚川から南小谷までの大糸線は元来JR西日本ですから乗車できる訳です。「18きっぷ」の1回(人)分2,380円に比べて割高とは云え、利用価値はある訳です。

 ところが2017年秋も発売されるものだと色々とプランを練っていた処、今年は「JR西日本30周年記念乗り放題きっぷ」と云うのが発売されるために従来の「鉄道の日記念JR西日本一日乗り放題きっぷ」は発売されないとの事。この「30周年」とやら、新幹線や在来線特急の普通車自由席に乗れるとは云うものの、大人10,000円、14日前までに購入、数量限定(3,000枚/日)、10/1~29の土休日のみと、私にとっては箸にも棒にもならない代物と云う事に、休日は土休日、時間は金で買うと云う多忙でリッチな輪行サイクリストの方、如何。

 

北の海へセンチュリーラン

京都府宮津市 丹後由良海水浴場

 6月の東の海(鳥羽市鎧崎)、西の海(和歌山市加太)に続いて北の海を目指します。関西から北の海へのライドと云うとコースは様々ですが若狭小浜辺りを目指す人が多い中、そこはその天の邪鬼な私の事ですから、狙ったのは天橋立、あわよくば近畿最北端の経ヶ岬も狙えるのではと線を引いてみたのですが、さすがにこれには無理がありそうな。さてコースは上街道から奈良阪を経て嵐山八幡木津自転車道を走り、嵐山から六丁峠を越えて保津峡、水尾、越畑、日吉ダム、綾部から宮津へと走る200キロ近い道のり、なお日吉ダムから先はほぼ未踏区間です。

 帰途輪行の予定ですので、荷物は輪行袋と着替え一式、マウンテンスミスの小さい方のランバ―バッグ(ヒップバッグ)に、これ位の荷物ならオプションのショルダーベルトも不要でしょう、元来背中には背負わない主義ですが、夏場は肩当ても鬱陶しいものです。後サドルバッグをトピークからモンベル(本来はフロントバッグとして販売されているもの)と交換してゴリラポッドを押し込みます「自撮り」をしている余裕はないのですが、記念撮影位と思い持って行ったのですが、結局一度も使う機会はありませんでした。
 自転車道へは明るくなってから入る様に逆算して桜井を2時過ぎに出発します。流れ橋までは一昨年40往復した勝手知ったる道ですが、真っ暗な自転車道は危険この上ないのです、路肩が不明瞭だったり、車止めポールの蓋とか、ライトや反射材を持たずに走っているジョガーや犬の散歩とかトラップだらけです。上街道は西名阪下の信号で捕まっただけで足着き1回、京都府に入って木津川市梅美台のファミマで明るくなるまで小休止。
 自転車道に入るとついつい加速してしまうのですが、最近100キロ前後を走るペース配分やリズムに馴れてしまっているので、今日は先が長いのでセーブしながら走る心掛けを、流れ橋で2度目の休憩を。
 丁度7時に嵐山到着、休日の朝とあってか嵐山に近づくに従ってジョガーの多い事。ただ一大観光地の嵐山はまだまだ観光客の姿はまばらです。3度目の休憩の後、コンビニでおにぎりを1個と凍らせた飲料を補給、この先コース上にはコンビニの類いは綾部市街までないかと。
 府道50号京都日吉美山線、嵯峨野から六丁峠へ、登りきれるかと思ったのですが、対向車が2台続けて下ってきてアウト!
 一旦保津峡へ下りますが再び標高差400m程の登りが始まります。ところで今日はローディのグループの多い事、明日の美山の前乗り組なんでしょうかの、調子に乗って着いて行ったりすると後が持ちませんので、大人しく見送ります。追い越す時に声を掛けるのは勿論だとしても、グループと思って何台?と尋ねると速答できないのは何故、質問が突拍子もないのか、一緒に走っている人数を把握できていないのか。8時半には水尾に到着、自販機休憩。
 神明峠、ゲートのある亀岡方面へ下る林道へは峠になるのですが、府道はまだ標高差で100m程続く、サイクリストには悪名高い峠。緩やかなアップダウンが暫く続いてようやく下りに入ります。

 樒原(しきみがはら)へ、ここにはバスの車庫があってここまで山陰本線八木駅から1日3往復の京阪京都交通のバスがやってきます。京都市右京区には違いないのですが、園部市の経済圏になっています。こんな処に京阪の塗装のバスがいて怪訝に思いましたが、2004年に破綻した京都交通の路線を京阪グループが引き継いだとか。そんな訳でここから先は道は随分と良くなります。愛宕山の陰になるので宕陰(とういん)と呼ばれる樒原、越畑と過ぎ南丹市へ、神吉には北桑田郡の神吉村道路元標が残っています。
 天若(あまわか)湖と呼ばれる日吉ダム湖畔を行きます。峠を越えダム湖の上流側から下り基調の道を走っていると、このまま日本海側へ下って行ける様な錯覚を起こしますが、日吉ダムは桂川、日本海どころかまだ淀川の上流にいるのです。日吉駅から山陰本線沿いに走り胡麻駅へ、駅に隣接して食事のできる「胡麻屋」と云う店が、時間も11時になり走行距離が100キロを超えて疲れもでてきたので、ここでお昼と云う事に。
 カツ丼とかけうどんのセットにてんぷらを足して820円也、お味もボリュームにも満足してのんびりしていると「みずかぜ」が来るとの声。JR西日本、話題の豪華列車がやってきたではありませんか、上り普通列車との交換の為の運転停車です、なんとラッキーな。
 ところで胡麻と云う変わった駅名ですが、昭和30年まで胡麻郷村と呼ばれた土地、ただ胡麻の産地かと云うとそうではなく「駒」が転訛したものらしく。近年京都市内の胡麻屋さんが地名に馴染んで工場をここに建てたとか、ごま油とか胡麻由来の商品が並んでいます、胡麻そのものの原産地は海外が多く、国産ものはお高い様な。
 胡麻郷と云う処は高原状になっていて日本海側との分水界になっていて山陰本線はここを越えているのですが、嵐山から辿ってきた府道50号は美山に向かって行き止まりになり、何故か国道府道は一本もここを越えていません、今回は南側の農免道路の様な雰囲気の道を走り、R27下山バイパスをくぐり深い谷へ下って旧R27だった府道80号へ合流します。地形的に谷中分水界なのかなと思って、帰宅後調べてみると話はそう簡単ではない様な。和知駅へ立ち寄った後由良川右岸の府道59号を、交通量が少なくなかなか快適なコースです、その後R27となり綾部市街へ入ります、舞鶴若狭道のお陰か交通量は意外に少なかったかと。ただ胡麻から下り基調ながらルートを確認しながら走ったので結構時間がかかったと云うか長かったです。
 綾部に自転車で立ち寄るのは三度目、2008年10月と2009年8月、何れも道路元標蒐集の途上でした。駅前の通りではなく旧街道と思しき道を行きます、綾部駅近くまで来たのは既に14時近くになってしまいました。
 綾部から由良川に沿うと福知山を経由して遠回りになりますので、京都府道9号綾部大江宮津線にてショートカット、小さな無名の峠を越えますが「従是北丹後国加佐郷」と「従是東丹波国何鹿郡」と記された石標があります。宮津街道に係わるルートとして由緒がありそうな道です。
 由良川河畔に出た後、計画ではそのまま府道9号で宮津へ向う事を考えていたのですが、流石に標高400m超の普甲(ふこう)峠を越える余力は無く由良川沿いに丹後由良を目指す事に。ただ交通量の多い対岸(左岸)のR175には渡らず右岸の県道を継いで最下流の八雲橋まで北上します。最下流と云っても河口まで5キロ以上あるのですが、これより下流には道路橋はなく京都丹後鉄道宮津線の由良川橋梁しかありません。
 暫くR178を走るとその由良川橋梁を渡る列車が見えてきました、列車と云っても1両ですが、観光列車の「あかまつ」号の様で、徐行運転をしながら鉄橋を渡っていますので、撮影するチャンスに恵まれました。初めて宮津線を訪れたのは1970年代、当時は国鉄宮津線でしたが奈具海岸のほうへ行ったので由良川橋梁を真横から眺める事はありませんでした。しかし全長552m25連のガーター橋は壮観ですね。
  丹後由良の海岸に出てみます、夏休みの週末とあって海水浴場はかなり騒がしいのかと思っていたのですが、人出も左程でもなく意外に静かでした。丹後由良と云えば近畿でも知られた海水浴場だったのですが、今はそうでもないのでしょうか。この先R178を天橋立まで走る事も考えたのですが極力「18きっぷ」で帰る事を考えると1732発がタイムリミットの様です。京都や大阪鶴橋から近鉄を利用すればまだまだ頑張れるのですが、それでは金額的に「18きっぷ」のメリットを生かせませんし、わざわざこの時期に走ってきた意味もありません、とか何とか理由をつけて丹後由良で本日は打ち止めと云う事に。日帰り温泉とか海水浴場のシャワーとかもあるのですが、静かな無人駅のベンチで輪行支度を整え、ボディシートで身体を拭いて着替えを済ませて、車上の人となりました。しかし由良の海岸から見た丹後半島の遠い事、かすかに見える半島は伊根の辺りですからね、経ヶ岬は更にその向こう、少々曇りがちなお天気に助けられてここまで来れた様なものです。本日の走行185.8キロ、「18きっぷ」3,020円分乗車。さて残るは南の海は潮岬です。

 

北陸線廃線跡と河野しおかぜライン

旧北陸本線杉津~山中信号場間


 「CanCan謹製カレンダー」の常連モデルだったNちゃんと久しぶりに走りに行こうと云う事に、色々とプランも出たのですが、最近とみに鉄分多めのNちゃんからは「片鉄ロマン街道」こと片上鉄道廃線跡の案、ただ「青春18きっぷ」のシーズンでもないのに和気まで往復するのも何だか、ちなみに桜井から和気まで往復7,340円も掛かります。そこで廃線跡繋がりで敦賀まで往復輪行で北陸線山中越の廃線跡に行こうと云う事に、敦賀なら現在発売中のJR西日本「関西1デイパス」を使えば桜井から往復5,180円の処を3,600円で行って帰ってこれます、ただ「18きっぷ」の事を思えば割安感は些か少ないのですが。
 「関西1デイパス」季節ごとにタイトルや特典を変えて発売されているのもので、京阪神エリアの普通列車のみに乗車できるフリーきっぷなのですが、「18きっぷ」とは異なりこども運賃の適用があります。ただ発券時に乗車日の指定が必要で、従って当日朝に買いにくい駅からの乗車では注意が必要です。特典の方は水上バスとかは輪行サイクリストにはあまり縁のないものですが、6月4日分まで発売される「春の関西1デイパス」に関しては別途、新今宮から南海高野山、京都および鶴橋から近鉄長谷寺~室生口大野等の往復チケットを貰う事ができます。
 桜井から敦賀までJRのみ利用での始発では敦賀0950着となってしまいますので、奈良まで20キロ余りを自走して奈良0522に乗車、京都駅ホームでNちゃんと合流し湖西線経由で敦賀へと向います、ただ誤算だったのは近江今津で接続の福井行きは折り返しで反対ホームからの発車だった事。ともあれ0846には敦賀駅に到着、駅前に保存されている9600の動輪の前で輪行支度を解きます。
 北陸本線山中越の杉津(すいづ)線廃線跡については色々なサイトで紹介されていますので、ここで詳しく紹介はしませんが、1962年に北陸トンネルが開通するまで敦賀~今庄間を結んでいた線路跡で、多くは県道として利用され山越え区間に9つのトンネルが現存しています。私自身は2009年6月に3度目の金沢自走の途中に経由しましたが、その折はR8深坂峠を越えた後、敦賀市街には下らずに笙の川に沿って北上し池河内湿原から獺河内(うそごうち)に下り廃線跡ルートに入ったため、敦賀駅から辿るのは今回が初めてです。写真は北陸トンネルに入って行くサンダーバードですが、杉津線は木の芽川に沿った谷あいへと入って行きます。
 今回は下調べをしていなかった為に未踏の取り付き部分でで道を間違ってしまい西側の北陸道の上り線寄りの谷に入ってしまいました。お陰で建設中の新北陸トンネルの坑口を覗く事ができましたが。
 一旦R476まで戻って仕切り直しです、樫曲隧道はR476の歩道トンネルとして利用されていて、レトロな意匠の水銀灯が自動点灯する様になっています。葉原まではR476を辿れば良いのですが、断続的に旧道を取ります。この辺りでは廃線跡は北陸道とR476に再利用された形となっています。
 葉原界隈は田植えの真っ最中、獺河内から北は以前にも走っているのですが、記憶が曖昧と云うか、R476の改良で風景が変わってしまっている様な、少々道を間違えたりとご愛嬌。

 葉原からは廃線跡そのものが道路となり忠実に辿って行く事ができます。北陸道の上下線に挟まれる様な形で山越え区間の最初のトンネル、葉原隧道へ、抜けると一旦日本海側に出て鮒ヶ谷隧道~曽路地谷隧道~第一観音寺隧道~第二観音寺隧道~曲谷隧道~芦谷隧道~伊良谷隧道と続き、その間断続的に日本海の展望があり、最後の山中隧道で再び内陸側へと入ります。なお葉原隧道と8つ目の伊良谷隧道は交互通行の為の信号が設置されています。
 曽路地谷隧道を抜けた辺りにかつての杉津駅があったのですが、現在の北陸道の杉津PAに潰された格好になっています。海側から登ってきた道路と合流し県道207号今庄杉津線となります。
 先の樫曲隧道と後からでてきます湯尾隧道を含めた11のトンネル他が2016年に「旧北陸線トンネル群」として登録有形文化財に指定されています。現在山中隧道が補修工事中で土日祝と観光ツアー実施日以外の日中は2017年8月4日まで通行止との事ですのでご注意下さい。文化財になって観光ツアーもと云う事ですが、好天の日曜日なものそれらしき車や単車は数える程、自転車のペアが反対側から1組走ってきた程のものです。

 最後の山中隧道を抜けるとスイッチバックのあった山中信号所跡、左側は引き上げ線の跡です。ところで写真は誰が撮ったのかって、合成です(^_^)
 今庄に向って快適ダウンヒルですが、途中の大桐駅跡で小休止、ここにはD51の動輪が展示されています。
 今庄の街、宿場町の街道へ入ります、旅籠跡を再生した見学施設でお蕎麦を出しているので、お約束の今庄そばは此処で頂く事にします。

 おろし蕎麦のみのメニューで700円也、見学はともかくお蕎麦の提供はいつもやっている訳ではない様ですが、お蕎麦屋さんは他にも駅前や国道沿いに幾つもありますので。ゆっくりさせて貰った後、丁度13時に今庄を後にします。
 山中越えの杉津線からは離れていて見落としがちですが、同じく「旧北陸線トンネル群」として登録されている湯尾隧道です。


 
 今回のプランのキモとなったのは2013年に開通したこのホノケ山トンネル(2,709m)、敦賀スタートで帰途に河野しおかぜラインで南下しようとすると、どこかで内陸部から日本海側に出なければならないのですが、以前は武生近くまで北上して交通量の多いR8で山越えをしなければなりませんでした。R305がホノケ山トンネルで繋がった事で湯尾駅付近からショートカットする事が可能になりました、トンネル口まで登ればトンネル内は日本海側に向って下り、従って逆コースは考えたくはないです。交通量も多くないですが、平日は新北陸トンネルの工事で大型車の通行があるとか。
 「河野しおかぜライン」は以前は「河野海岸道路」と呼ばれた有料道路で現在は一般道路となっています。過去に二度ほど走った事があるのですが、やはり無料化が周知されると交通量は増える様でして。しかしR8を走る事を思えば、ただ敦賀市街まで戻るには杉津から10キロ近くはR8を走らなけらばならないのが、このプランのウィークポイントです。最後に少し遠回りですがR8鞠山トンネルを避けてフェリー乗り場から海岸寄りのルートを選んだのは正解だったかと。15時半に敦賀駅には到着、1623発の網干行新快速に乗り込む事ができました。本日の走行、奈良駅までの自走21キロとミスコースのロスを含めて95.7キロ、コース正味は70キロと云った処です。

18きっぷ輪行の旅(2016夏 2日目)

JR飯田線 天竜峡駅にて 

 

 昨夜はぐっすり休む事ができた様で、まだ暗いうちですが自然に目が覚めました、明るくなった頃6時には出発するつもりで準備を整えます。今日は概ね三州街道(R153)に沿って6基の道路元標を巡りながら愛知県豊田市の猿投(さなげ)駅までの120キロ余りを走り抜ける予定です。獲得標高は1,200m近く、ゴールの猿投駅から桜井へ名鉄~近鉄経由で帰るタイムリミットは1945(近鉄特急利用なら2015)、輪行支度を考えると19時には着かなくてはなりません。まぁ明るい内を走ってられると云う事になるのですが、コースと私の脚力を考えると結構厳しいものです。
 
 表は曇り空、天気予報からして朝の内だけかなと思っていると、走っている内に少しパラパラとやってきます。 伊賀良村道路元標、山本村道路元標と行き過ぎたりとかでちょっと手こずります、些か勘が鈍ったかな。この先峠に入ってしまうと、コンビニとかはないので携行食の補給にコンビニヘ、イートインコーナーがあったのでちょっとコーヒーブレイク。
 
 下伊那郡3つ目の会地(おうち)村道路元標にて、現在の阿智(あち)村の中心部にあたります。これから冶部坂峠に向って標高差700m程の登りとなりますが、やはり空模様は思わしくありません、念のために雨雲レーダーを検索してみると。 
 
 これはいけません、このまま行くと冶部坂峠の区間で降られる事は眼に見えています。もちろん雨具の準備はありますし、雨雲は東に流れて行く予測ですから、これさえかわせれば後は大丈夫そうなのですが、途中で雨宿りしている時間的余裕はありません。それに冶部坂峠は前後に寒原峠と赤坂峠と云う峠があって、冶部坂峠との標高差にプラスαがある訳です、多少旧道はあるもののトラックの多いR153、飛沫をかけられながら走るのは覚悟の上としても、見通しの悪くなった山中の国道を走るのは如何なものか、それに昨夕どうやらグローブを失くした様です。 撤退するとすれば飯田線沿線から輪行で帰途に就くしかありませんが、調べてみると天竜峡駅1250発豊橋行きがタイムリミットとなります、ここで進んでしまうと後は愛知県側へ走る抜けるしか方法はありません。この先予定している3基の道路元標を取りこぼすのは惜しいですが、そこは転んでもタダでは起きられないと云う事で、今回は予定に入れられなかった天竜川左岸の龍江村道路元標を回ってから天竜峡駅へ向っても良いかと、それに帰途に名鉄~近鉄ではなく「18きっぷ」を使う事になりますが、今の予報では次に「18きっぷ」を使う予定の30日は天気が思わしくないので帳尻は合いそうです。と云う訳で今回は大人の決断でここで撤収する事にしました。考えてみれば昨日「きしめん」を食べたいだけの理由で南木曽へ廻り、大平街道と云う充実したツーリングが出来た事ですし、今回はこれで良しとしましょう。しかし昨日先に天竜峡に行っていたら最低の1泊2日になっていた訳でした。
 
 飯田線沿線に戻るのがアップダウンの多いルートになり閉口させられます、一度天竜峡駅に戻って姑射橋で天竜川を渡るのが最短になるのですが、そちらからでは激坂があるので、少し遠回りにはなりますが時又の天竜橋で天竜川を渡り対岸へ。伊那谷は全体的には穏やかな地形に見えますが、天竜川の河岸段丘に流れ込む多くの支流が侵食した田切地形を成していて細かな起伏が多いのです。地図で飯田線の線形を見ていただけると納得できるかと。さて最近になって現存が確認された龍江村道路元標は龍江小学校の前の元は役場があったという場所の一角にありました。
 

 

 
 龍江村を終え天竜峡駅へ向いますが一旦おさまっていた雨が、再び降りだしてきます。一度天竜峡駅に行きますが、1250にはまだまだ時間があります、付近は天竜峡の温泉街、着替えもある事ですし日帰り温泉にでも入って帰りたい処なんですが、午前中にやっている処はなさそうですので「りんご足湯」と云う足湯へ行きます。成る程ゆず湯ならぬりんごが浮いています。 足湯ではありますが、協力金として100円を箱に入れる様になっています。天竜川を挟んで駅に停まっている飯田線の車両が見えるロケーションです。
 
 時間の余裕もある事ですし、ゆっくりとしっかりと輪行支度を整えます、キャラダイスの横長のサドルバッグが邪魔をして、本来のヘッド抜き輪行の様にスマートには収まりませんが、充分に顰蹙を買わないサイズに収まります、重たいのは仕方がないですが。天竜峡駅1250発の豊橋行きに乗車、桜井までほぼ9時間の旅程ですが乗車時間の半分はこの飯田線で、偉大なるローカル線の鉄旅を辟易する程堪能します。既に飯田線は完乗していますが、全線を通しで乗った事はさすがにありません。豊橋駅1616着、大垣行き特別快速に乗り換えて名古屋へ、帰りも再びホームできしめんを頂いてから関西本線へ、その後は亀山、加茂、奈良と乗り継いで2149桜井に無事帰投しました。
 本来はタイトルは「道路元標蒐集サイク」となるはずだったのですが、走っている時間より輪行している時間の方が長かった様な、したがって「18きっぷ輪行の旅」と、しかし2日目はともかくとして記憶に残るツーリングとなりました、取りこぼした分は近い内にリベンジを。 本日の走行33.1キロ、どうやら今月1,000キロ超は難しそうです。
 
天竜峡1250→1616豊橋1621→1712名古屋1740→1856亀山1926→2045加茂2049→2106奈良2119→2149桜井 5,940円分乗車
 
【1047】 2016/8/27 長野県 下伊那郡 伊賀良村(現 飯田市)
【1048】 2016/8/27 長野県 下伊那郡 山本村(現 飯田市)
【1049】 2016/8/27 長野県 下伊那郡 会地村(現 阿智村)
【1050】 2016/8/27 長野県 下伊那郡 龍江村(現 飯田市)
 

 

道路元標蒐集サイク(2016夏)

播但線新井(にい)駅にて
 駒ヶ根~猿投ツーリングとかの計画で買った「18きっぷ」他、なんやかやで使えず仕舞い、近鉄の株主優待券は良しとしても、期限は9/10までです。 何となく本調子でもないのですが、「延陽伯」号を担いで、幾つか取りこぼしのある兵庫県の道路元標蒐集に出掛ける事にしました。
 
 例によって未明にJR奈良駅まで自走です。 桜井を3時25分に出て奈良駅4時28分着。 ここまで20.65km 19.8km/h 37.9km/h 1h02m38s って停まったのは天理市丹波市のR25の信号だけだったりして。 余裕で奈良0522発の京都行きに乗車します。 京都、福知山と乗り継いで山陰本線の八鹿駅0946着。 奈良まで未明に20キロ余りを自走するのは大変ですが、たとえ大阪鶴橋まで近鉄を利用したところで八鹿着は11時を回ってしまいます。京都駅での奈良線ホームから山陰本線ホームへの乗換えは大変なのですが、休日の朝6時台と云う事で比較的スムーズに動けました。山陰本線の園部以遠行きは後ろより何両かが園部で切り離しとなりますので、要注意です。
 
 山陰本線八鹿駅、「延陽伯」号はヘッド抜きと分割式マッドガードでコンパクトに輪行できるのは良いのですが、しかし夏の輪行は大変、走るよりこの作業で汗だくになってしまいます。 
 
 さて出発準備ができた処で十数キロ先の建屋村道路元標を目指しますが、まずは道の駅「但馬楽座」で補給です、ここの道の駅内にローソンがありイートインコーナーもありました。道の駅からは川沿いを行きます、川面を渡ってくる風が心地良いのですが、とにかく陽射しが暑い、そして夏の雲。
 
 
 建屋からは県道70号で八代峠を朝来市へ越えます。 旧道も残っている様ですが八代坂トンネルが開通しています。 トンネルの中は最高に涼しいのですが。
 
 下る途中に天然記念物「八代の大ケヤキ」と云うのがありましたので立ち寄ってみます。案内によりますと、高さ30m、幹廻り9.8m、樹齢千数百年とあります。
 
 
 播但線で見かけた「天空の城 竹田城跡」のラッピング車両。
 
 
 
 
 
 播但線新井駅から姫路市の京口駅まで輪行する事にします。 何度も輪行支度するのは大変ですが、さすがにこの炎天下、生野峠を越えて姫路まで走って行く様なマネはできません。
 
 京口駅1555着、そそくさと輪行支度を解き、市川を渡って花田村道路元標へ。藤原勝永著「兵庫県の道路元標」で不明となっていて、最近所在が確認されたものです。住宅街の中の小さな公園の植え込みに再建されています。花田村は昭和32年10月に姫路市に編入、かつてここに一つの村があったとは思えない静かな住宅地の一角になっています。
 
 姫路モノレールの大将軍駅跡の高尾アパートが年内にも解体されると云う事で、最後に見ておこうかとも思ったのですが、この後加古川まで移動したかったので諦める事に。加古川までは勘だけを頼りに旧街道をたどって行きます。
 
 加古川へ来たかったのは、今なお「シルク号」の看板を掲げているレトロな自転車屋さん。もう事実上は営業できてない様な感じなんですが、店の前の国道2号線に「延陽伯」号を置いて記念写真を。
 
 加古川駅前にて、晩御飯を食べ珍しくビールなんぞを頂いて、ここから輪行で帰途に就きました。走行距離は奈良駅への自走を含めても70キロばかり、コース的に大した坂があった訳でもありませんが結構疲れました、実は三脚も積んで「自撮り」の準備もしてきているのですが、出番はありませんでした。遠くへ出掛けるのは「18きっぷ」のシーズンだけですが、夏のシーズンは走るのも輪行するのもちょっと大変ですね、さて後4回分どうしよう。
 
奈良→京都→福知山→八鹿 3,670円
新井→京口 970円
加古川→大阪→王寺→桜井 2,270円 計6,910円分乗車
 
【1045】 2016/8/21 兵庫県 養父郡 建屋村(現 養父市)
【1046】 2016/8/21 兵庫県 飾磨郡 花田村(現 姫路市)

平福宿から「片鉄ロマン街道」へ

杉坂峠にて

 「18きっぷ」消化サイクの最後は「片鉄ロマン街道」に行く事にしました、云わずと知れた片上鉄道廃線跡を利用した自転車道なのですが、いままで訪れる機会に恵まれなかったのです。山陽本線の和気からスタートすると片道30キロ程の行程で、それだけでは面白くないので、姫新線の播磨徳久まで行って、未収の佐用郡中安村道路元標と因幡(智頭)街道の平福宿に寄ってから「ロマン街道」は片道だけ走って帰って来ようと考えてみました。

 さて播磨徳久駅まではJR桜井駅から始発で輪行すると接続が悪く、所要時間4時間59分で1051着となってしまい、ぐずぐずしているとスタートがお昼になってしまいます。そこで未明にJR奈良駅までの20キロ余りを自走して0450発に乗車し播磨徳久を目指す事にしました、それなら所要時間は4時間24分、0914には到着できます。大阪鶴橋まで近鉄を利用してもこの時間には辿り着けません。 

 写真左は大阪駅、写真右は姫路駅、姫新線に乗るのは随分久しぶりですが、キハ127と云う見慣れぬ新型車両、ディーゼル車なのですが最近は電車みたいなディーゼル車車が増えましたね。
 
 播磨徳久駅、早速輪行支度を解いて出発準備OKなのですが… 
 
 
 
 
 うちのHPに「懐かしの鉄道写真集」と云うコンテンツがあるのですが、その中の姫新線の一枚の写真(左)、三日月駅としてあるのですが、どうも違う様なのです、どちらかと云うとここ播磨徳久駅の佐用側の様な気もするのです(右)。
 
 さて中安村道路元標ですが、播磨徳久駅の南側の山の上、元々公民館だった場所にある様なのですが、藤原勝永著「兵庫県の道路元標」と国道901号さんの「道路元標が行く」には記載はあるものの、その他の情報がありません。公民館は現在では社会福祉法人「はなさきむら」と云う授産施設となっていて、駐車場まで行ってちょっと見渡した処では見つかりません、とにかく施設の構内なので了解を貰おうと建物への坂を登って行くとありましたネェ、らしきものが斜面の途中の段になった処に草に埋もれて、もう見つけられたのは長年の勘と云うか臭覚と云うか。幸いうつ伏せにはなってはいなかったので間違いなく「中安村道路元標」だと確認できました、でないと足元の悪いこの場所で道路元標を転がすのは至難の業です。これで1,043基目となりました。
 
 駅近くまで戻ると次の下り列車のやって来る時間です、せっかくですので狙ってみる事に、そこは自転車の機動力、到着するのと出発するのを違うポイントが狙えました。
 
 現在では同じ佐用町ですが佐用坂と云う小さな峠を越えて平福へ、ここにも平福村道路元標があるのですが、前に訪れた2007年には平福郷土館の中庭に保存されていて、休館のために塀越しに写真を撮ったのですが、今回は開いているだろうと訪れてみると、開館はしていたものの前の場所にありません、尋ねてみると元あった現在の郵便局の前に移設したと教えて頂きました。 さっそく郵便局に向かうと無事に鎮座したました。
 
 平福の街を少し散策します、なかなか見どころの多い処なんですが、なんと「自撮り」用の外部タイマーを忘れてきたのです、それがなければ長時間のタイマー撮影ができません。
 
 せっかくですので標準のセルフタイマーを使ってピンポンダッシュするしかありません、まぁ昔はそれで「自撮り」していたのですからね。Uターンして戻ってくるシーンは無理ですが、近距離の後ろ姿なら数テイク撮れば、どうにかなります。
 
 平福で長居をしてしまいようやく13時過ぎに出発、佐用駅近くまで南下し中国自動車道に沿って走る県道153号へ、自動車道があるのと、南側のR179がメインルートになるのでこの県道は比較的空いていてなかなか走り良いです。写真は佐用町幕山、大河内の一本桜と案内が立っています。茅葺の立派な家が、まるで絵に描いた様な日本の風景です。
 
 県道は自動車道のトンネルの上の峠を越えます、出雲街道杉坂峠です。峠の桜が時折吹く風に花びらを散らせます。 ここから「片鉄ロマン街道」の終点吉ヶ原駅までまだ20数キロ走らなくてはならず時間も押していますが、このシチエーションを見過ごす訳には。しかし散る桜を絵にするのはなかなか難しいものです、後から動画で撮れば良かったかなと、G1と違ってG2は動画が使えるのですが、実は今まで一度も使った事がないのです。
 
 途中からR179へ入り、林野の手前から旧道に入ってR374に入る事なく県道を継いで吉野川右岸から吉井川左岸へと入れたので、初めて辿るコースでしたが、車と信号の少ない快適な道を走り、16時過ぎに片上鉄道の旧吉ヶ原駅に着く事ができました。
 
 平福に続いて吉ヶ原でものんびりし過ぎて、もう「片鉄ロマン街道」は和気まで走る抜けるのが精一杯の時間になってしまい、その上「片鉄ロマン街道」に関しては自転車道だから行けば判るだろうと何の下調べもしていなかったので、途中で道を間違える始末。一応は桜の花びらが敷き詰められた苦木駅で写真を撮りはしたものの、下り基調の道を突っ走って真っ暗になる直前に和気駅に辿り着くことができました。
 
 さて帰りの電車の時刻を調べると、既に「18きっぷ」のままJRで桜井まで辿り着ける時間は過ぎています。 播州赤穂あたりと同じ感覚でいたのですが、乗換時間や運行本数の違いでかなり違ってくる様です、とは云っても鶴橋から近鉄利用や高田から10キロ程自走するなら十分に余裕のある時間です。いずれにせよ帰宅は遅くなるのでコンビニで補給後、輪行支度を済ませ1947発に乗車、無事に帰途に就く事ができました。「片鉄ロマン街道」は走り抜けるだけになってしまいましたが、幾つか「自撮り」ポイントの目星を付けておきましたし、次の機会への愉しみとしておきます。
奈良までの自走を含めて本日の走行113.5キロ。 「18きっぷ」5,940円分乗車。
 

 

自撮りポタが廃線跡巡りに

天理市丹波市(たんばいち)にて
 
 
 今日は結構なお天気なのですが、月曜までにやっておかなければならない用かあるので、早起きして昨日分のブログの更新とお仕事を。 お昼前には片付いたものの、今更何処へも行けないので、連日の「延陽伯」号を駆ってご近所ポタへ。
 例によって上街道を北にとりますが、巻向でR169がJR桜井線と上街道を跨ぐ陸橋に登ってみました、箸墓古墳をバックに上街道を往くのを「自撮り」できないかと思ったのですが、邪魔ものを避け様とすると長玉が要るのと、逆光なので今日は諦めて出直す事に。 真ん中のガレージは1年前までなかったのですがネェ。
 
 続いて昨日の「下見ポタ」で天理市役所の方に教えて頂いた防空壕跡へ、上街道を北上し柳本で少し西へ。 私の小さい頃にはあちこちに防空壕跡なんちゅうもんが残っていて、爆撃の標的にはならなかった明日香村にもあって、芋の貯蔵庫代わりに使われていたりしました。 ここの防空壕は非常にしっかりしたもので、どうやら海軍柳本飛行場の遺物のようです。 ググってみると建設には’朝鮮人強制労働’なんて根拠の怪しい記述が見られますが、いずれにせよ忌まわしい文化遺産の一つです。
  しかしここには案内の一つたりとありません、道路元標しかり、歴史と云えば古代の夢物語ばかりを追って、どうも明治~大正~昭和の遺産には目もくれない様で、勉強不足の日本人はだから何処やらの国に突っ込まれると弱腰なんですよね、閑話休題。
 
 竜王山をバックに狙ってみたかったので柳本界隈をウロウロ、大和神社の南西で良さげなポイントを発見、ガードレールを隠す為、これが唯一無二のフレーミングです。
 
 
 
 大和神社の境内を抜けていつものルートへ戻ります。 昨日、大和神社で頂いた「天理市観光ガイド」を下敷きに、毎週通っているのに、ここに’芭蕉句碑’があるとは知らなんだ「草臥れて 宿かる此や 藤の花」、ツーリストの歌ですね。
 
 丹波市(たんばいち)で「自撮り」をしていたら、なんと3月のサイクの下見で下ッ道~上ッ道を走って来た、大阪のスミだんなと和歌山のにもさんに捕まってしまいます。 この後は天理軽便鉄道の遺構巡りをすると云う事なんで連れてって貰う事に。
 
 まずは近くの市座神社に丹波市町道路元標と上街道に架かっていたと云う石板がありますので立ち寄ります。 巨大な石板の解説はありますが、道路元標については何も記されていません。 
 
 天理軽便鉄道と云っても天理市域にはその遺構は全く残っていないそうで、昨日走ったばかりの道をひたすら西へ、下ッ道の二階堂へ出て、少し北上して再び西へ。
(左上)川西町の県道沿いにある道標。
(右上)西名阪をくぐった処でスミだんなが女性ローディを愛でています、
(左下)安堵町の古い街並みを行きます。
(右下)一同「すてんしょ」と記された道標に萌え~
 
 ようやく天理軽便鉄道の遺構へ、溜池を分断している築堤が素晴らしいです。 この先で富雄川を渡ってJR法隆寺駅南側まで断続的に遺構が残されています。
 
 法隆寺駅でお二人と別れ帰途に就きます。 太子道(筋違道)で帰ろうかとも思ったのですが、結局は大和川沿いで帰る事に、飛鳥葛城自転車道に一旦入り大和中央自転車道を北へ、ここから起点のファミリー公園前までは盲腸みたいな区間で草ぼうぼうだったのですが最近整備された様です。 相変わらず「大和郡山田原本橿原自転車道」と「大和中央自転車道」おまけに「ならくるC-8物部ルート」の案内標識まで並んでいます、まぁ予算の出てる処が違うからなんでしょうね、縦割り行政は自転車道まで、無駄な上に紛らわしい極みですね。
 本日の走行48.0キロ、後4.9キロで今月ようやく700キロ。
 
 
 

道路元標蒐集サイクへ(静岡~愛知編1日目)

大井川鉄道にて元南海21000系 

 

 金曜に続いての道路元標蒐集の旅です。 今シーズンは18きっぷを買ってしまったので、1月10日まで使い切ってしまわないといけないので、どうしてもこの期間に集中してしまうのです。 新春に終わりの2回分使う予定をしているので、今回は1泊2日で静岡~愛知方面に向う事にしました。 静岡県は道路元標の現存が殆ど確認されていない都道府県なのですが、大正14年の県の告示があったのかなかったのか、県報への記載が見つかっていない以上は偶然の発見に頼らざる得ないのです。 榛原郡の下川根村道路元標は大井川鉄道の家山駅から徒歩圏内に残っているので、わざわざ自転車を持って行くまでもないのですが、大井川鉄道で往復するにしても、18きっぷで奈良桜井から日帰りは不可能、さすがに1基だけに1泊するのは勿体無いので、JR金谷駅から往復走って、翌日は愛知県東部に取り残している幾つかの道路元標を回ってみようとプランを練ってみました。
 桜井駅出発でも12時過ぎには金屋駅に到着するのですが、陽の短い時期ですしあわ良くば大井川鉄道の写真も撮ってみたいなと思い、未明に奈良駅まで20キロ余りを自走し奈良0503発の関西本線始発に乗車し亀山経由で向う事にしました。 これなら1049に金屋に着く事ができます。
 
 ヘッド抜き輪行と分割式マッドガードの「延陽伯」号、かなりコンパクトにはなるのですが、KHSと違ってそれなりに時間が掛かりますので、余裕を見て3時過ぎに飛び出します、しかし強烈に寒いです。
 ところが2キロ程走った三輪を過ぎた処でヘッドスパナとペダルレンチがセットになったレンチを忘れた事に気が付きます。 ペダルはアーレンキーで代用できますが、「延陽伯」号のヘッドはスパナでないと回りません、これは仕方なく取りに戻るしかありません。 さて15分余り遅れて再スタート、ところが天理辺りまで来て後輪の挙動がおかしいのです、実は10月の「しまなみ~とびしま」の折にもあったのですが、後輪のスポークが緩んできているのです、以来500キロ近く走っていて心配はしていなかったのですが、やはり金曜の四国の様にそれなりの距離を結構なペースで走ると駄目な様です。 ニップル回しは携行してますが、真っ暗な夜道でそうは上手く振れ取りもできないので適当に締めて後ろのカンチを開放にして奈良駅まで残り10キロ程走ります。 そうなると0503発には厳しい時間になってしまいますが、まぁ1本遅れた処でと落ち着いて作業すると間に合うものです、無事に加茂行きに乗り込む事ができました。
 

 加茂で亀山行に乗り継ぎますが、関西線の車中の寒かった事。 名古屋では浜松行きに乗り換えますが、先行の列車が小動物との接触事故があったとかで遅れ始め蒲郡辺りでは25分遅れ、浜松では乗り継ぐ予定の興津行きはなく金谷の2つ手前の掛川行きが、2つ手前と云ってもこの間は牧の原の峠越えなんですよね、間違っても手前から走って行こうなんて。 次の興津行きを待って金谷到着は50分遅れ、それから輪行支度を解いて振れ取りをやりなおしますから、結局スタートできたのは12時を回ってしまいました。
 
 時間は押してますが折角ですから大井川鉄道の新金谷駅に立ち寄ってみます。 1983年頃と思われる「延陽伯」号と旧客がマッチしますね。 レトロな駅舎の前では、なにやら職員の方がバイクラックが組み立てていました、自転車で来られる方も多いのでしょうね。
 
 静岡在住のFBのお友達のAさんから往路は左岸路、復路は右岸路が楽そうとのアドバイスを受けていたのですが、あわよくば大井川鉄道の列車を撮れればと思い線路に沿って右岸を走る事にしました。 その時に撮った写真が最初の踏切での「自撮り」、やってきたのは10~20代を堺で暮らした私には馴染みの深かった元南海高野線の21000系でした。
 
 川沿いとは云うもののそこそこ登り下りのある国道を走って下川根道路元標の保存されている島田市役所支所前へ、目の前はもう家山駅構内です。 頭部が削られたり割れたりかなり埋まっていた様子が伺えますが、静岡県では貴重な道路元標です。
 さて本日の予定はこれで終了と云う事なのですが既に15時、今夜は三河安城駅前の東横インを予約してあるのですが、最近は賑やかになっていたのですが、三河安城駅前は以前には回りに何も無くれ不便なので、FBのお友達で安城市で洋食「国亭」をなさっているUさんのお店へ夕食に伺おうと画策していたのですが。 家山駅発は通常ダイヤでは1515と1731、1515には輪行支度が間に合いませんし、さすがに1731ではお店の営業時間内に間に合いません。 ところが今日はSL列車が運転されていて、その時刻が1542と輪行支度にもぴったりの時間です。 出札口で尋ねてみると輪行袋を担いでいても乗車可能との事、冬休みとは云え歳も押し詰まった平日ですので空いている様です。 但し自転車は有料、SL急行券と併せて1,880円はお安くないです。
 
 火の入っているSLそのものは最近では磐越西線や高崎線で見ていますが、SL列車で輪行なんで何十年ぶりでしょうね、幅が狭くてステップのある旧型客車のデッキは大変です、最後は紀勢本線でしたね牽いているのはDF50でしたが。 260円払った手回り品切符も懐かしいですし、旧客の窓越しに見える近鉄特急は往年の吉野口駅を彷彿とさせます。 乗務員のなっぱ服もSLらしくて。
 
 ところで「国亭」最寄の西岡崎まで3時間弱の輪行をするのですが、今回は後輪を外さない変則的な形に初めてトライしてみました、ヘッド抜きはしていますし24吋ですのでコンパクトで普通のロード用輪行袋に楽々収まってしまいますが、縦に自立はできませんので座れない事が前提になりますね、そのかわり作業はスピーディです。
 
 東海道本線からは安城がやや近いそうですが、夜でも道が判り易そうな西岡崎が向う事にしました、予定の19時半ぴったりに到着。 「国亭」の売りはこのオムライス、上にオムレツが載った状態で出てきます、それをナイフで表面だけ切り裂くと拡がってかぶさり、そこにデミグラスソースがかけます。 なお写真は大盛りです、私の夕食にはオムライスだけでは足らなさそうですので、野菜たっぷりスープを併せてお願いしました。
 
本日の走行奈良までの25.4キロ+34.4キロの都合58.8キロ、18きっぷで5,080円分乗車。
 

【1037】 2015/12/28 静岡県 榛原郡 下川根村(現 島田市)