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丹後半島ツーリング(1日目)

京丹後市久美浜町 小天橋にて
 
 桜井駅0543発に乗車、奈良、京都、福知山経由で城崎温泉駅に向かいます。 1本後の0607発でも京都駅0805発に乗り継ぐ事はできるのですが、京都駅の奈良線と山陰本線のホームは両端の位置にあり、まして平日の通勤時間帯に掛かりますから、輪行袋を担いでの移動はかなり大変、ましてこのスジは8両編成の前寄り4両が福知山行き、早く行っておく事に間違いはありません、乗り替え41分は長い様ですが、30分もしないうちに折り返しの列車がホームに入ってきます。
 お天気は概ね晴れ、暫くは青空が見えていたのですが、綾部から福知山にかけては雨、兵庫県に入るとまた晴れていると、せわしないお天気です。
 昨年は初めての丹後半島周回、海岸沿いのアップダウンに恐れをなして、福知山まで輪行し、与謝峠を越え丹後大宮まで57キロ走り1泊、翌朝に間人(たいざ)の手前からR178に入ると云うコースをとったのですが、何の事はないお昼には舟屋で風名な伊根に着いてしまいました。 今回はR178により海沿いの府道も含めて西の端から丹後半島を巡る予定です。
 
 1133城崎温泉駅着、早速支度を始めます。 なにしろ取り外しの多いヘッド抜き輪行ですから、部品一つで走れなくなってしまうリスクが、ロード以上に少なくありません。 asuka号はエイドブレーキを付けている関係でブレーキレバー側からブレーキワイヤーを外す事ができませんので、完全にハンドルを分離する事ができずにトップチュープに引っ掛けておくと云う変則的な方法になってしまっています、リアのブレーキワイヤーの処理に一考が必要です。 カンチブレーキの調整に不十分な処があって時間を取られましたが、それでも30分位で無事に出発準備完了です。
 
 今日は府県境界を越えて京丹後市の木津温泉で宿を取るつもりです、と云っても最短ルートですと20キロ程の距離しかありません。 時間は充分あります、と云っても温泉巡りをする程の余裕はないのですが、城崎の温泉街を少しポタりながらどこか適当な処で昼食にでもしようかと思っていたのですが。 お天気の方が写真から判る様に晴れたり曇ったり、と云うより晴れたり降ったり、時折夕立の様な雨が降ってきます、雨雲レーダーには全く影が無いのですが。 足湯とかで雨宿りする場所は幾らでもあるのですが、濡れない処に自転車を置いておける食事のできる店が全くと云って良い程に見つかりません。 とにかく問題なく走れそうなので「じゃらん」で木津温泉の宿を取る事にしました、温泉街の方ではありませんが、駅近くのR178沿いでは貴重なコンビニも近い「金平楼」と云う処、入湯税込、「じゃらん」のポイント割引で都合素泊まり4,900円、まぁ温泉ですから良いでしょう。
 
 食事はできないままですがお昼の分位の食料は持っていますし、お天気も落ち着いてきたので、14時前に城崎温泉を離れ円山川左岸の県道3号を北上します、距離的には城崎大橋を渡り飯谷峠を越えるのが短いのですが、一応最も外側を走るのが今回のテーマなもので、円山川最下流に架かる港大橋で対岸に渡り府県道11号に入ります(写真左)。 京都府との境の三原峠(写真右)、ここで久美浜湾の北側に出る道が別れていますので、左の小天橋(しょうてんきょう)方面へ。
 
 峠を下り久美浜湾を右に見ながら走っていると瀟洒なレストランが、湾の見えるロケーションも良いので、中途半端な時間になってしまいましたが、別に豪華な夕食が待っている訳でもありませんので、ここで遅いお昼を頂く事にします。 席からも抜群のロケーション、スムースジャズとボサノバが流れて、3匹の黒猫のいる空間です。 「ほうれん草とベーコンのパスタ」とパン、スープ、サラダのセットにコーヒーを頂いて1,706円、14時までだと何やらお安い様ですね。 それからロッジ「SEG」の名が示す様にどうやら素泊まりもできる様です。
 
 小天橋は日本海と久美浜湾を隔てる砂嘴です。 小さな天橋立と云う事で名付けられたのでしょうね。 一帯は海水浴場になっていますが、もうその人影はありません、台風の波を狙ったサーファーがやってきている様です。 いまだすっきりしないお天気ですが、例によって「自撮り」に挑戦、結構な風なのでストーンバッグが活躍します、陽射しが入るのを暫く待ってみたのですが、なかなかそうは旨くは行きません。
 
かれこれ小一時間程頑張ってみたのですが、時間が押してきたので出発し、久美浜湾をぐるっとまわり神野村道路元標へ、ここを訪れたのは2007年3月、その時に印象深かったのは丹後神野駅前から真っ直ぐ伸びる道の先にある桟橋、再び訪れる事にしました。
 木津温泉までは後1駅、R178を避けて海寄りの道を急ぎます。 宿は思っていたより大きな旅館でしたが、シーズンオフの平日とあって静か、自転車は広い玄関に入れさせて貰い、早速温泉に浸かる事にしました、本日の走行33.5キロ、明日は天気に恵まれそうです。
 
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大和高原サイク

奈良県山辺郡山添村峰寺にて
 
 今日は「ならサイクルスタンプラリー」のチェックポイントのある山添村の「神野山めえめえ牧場」を第一の目的に大和高原へ向かう事にしました。 それと新生asuka号と新しいコンデジLumix DMC-TZ60の足慣らし、後は久しぶりに「自撮り」をしようと三脚を積んで行く事に、色々と盛りだくさんです。 神野山へは布目ダム側から入るのが順当なのでしょうが、<80>奈良名張線の北野への登りが嫌なので、南側すなわち名阪国道側から向かう事にします、どっちにせよ登らなアカン事には変わりはないのですが。
 初瀬ダムから小夫を経て旧都祁村へ、<781>都祁名張線に入り、例によって三陵墓古墳群史跡公園で一息入れます。
 
 新しいコンデジで色々と遊んでみます、スマホとの連携とか、色々と覚えなくてはならない事が多いです。 ところで今週末ここ三陵墓古墳で「陵燈会」なるイベントがある様ですね、16時からは良いのですが、帰りには真っ暗な山道を下って帰ってこなければならないのがちょっとね。
 
 <781>都祁名張線を更に東へ進み上笠間で左折して<782>上笠間八幡名張線に入ります、昨年秋からここまでは何度か来たのですが、下笠間方面へ向かうのはずいぶん久しぶりです。 前回はここで「自撮り」しましたね。
 
下笠間の集落を過ぎると山添村となり最初の集落が毛原、笠間川の谷あいの南斜面に開けた集落です。 ここには唐招提寺に匹敵する規模の幻の大寺院と云われる毛原寺の跡があります、この山の中にとは、ちょっとにわかに信じられません。 このまま<782>を走って行くと名張川まで下ってしまいますので、岩屋の手前であじさいロードと云われる農道に入り名阪国道をくぐってR25旧道の三ヶ谷へ。
 
助命(ぜみょう)から日影のない茶畑の中を登らされようやく森林研究館に到着、ここからの上野盆地から名張市にかけての展望がなかなか素晴らしいです。
 
 「めえめえ牧場」の入り口に到着、ここから牧場までは距離こそ知れていますが、とんでもない激坂なのです、まぁ素直に推して行く事にします。 別に牧場まで行かなくてもチェックインできそうな気もしなくもないのですが、折角ですので羊やポニーの顔を見に行く事にします。 休日とは云え公園内には家族連れが2組程いるだけでのんびりとしたものです。 「鹿せんべい」ならぬ「羊せいべい」と云うのがあります、もちろん羊にあげるものです。
 
 <80>奈良名張線へ下り布目ダム方面へ、今日ここまで適当な「自撮り」ポイントは見つけられなかったのですが、「大和高原ラン」でお馴染みの北野口バス停からの里山風景、下へ降りて「自撮り」に挑戦です、メイキング風景。
 
 橋の両側から3テイク程撮ったのですが。 正面では派手なオレンジ色のリストバンドが目立ってしまって、ちょっと失敗ですね。 カメラマン兼モデル兼スタイリストなもんで、なかなか気が回らなくて、1テイク目のプレビューで気付くべきだったのですが。
 
 添上郡の東山村道路元標の生存確認の後、針へ戻っても良いのですが、今日はこのまま<80>奈良名張線を走り奈良市街へ下る事にしました、滅多に走る事がないので水間峠にトンネルができているなんで知りませんでした、初めてですし、旧道峠への道が通行止になっているのでトンネルへ。 トンネルを出ると奈良市街に向かって400m近いダウンヒルです。 ここまで菓子パン1個と饅頭1個で走ってきたので、せっかくですので「まんま亭」によって行こうかと、途中から新薬師寺への道へ入ったのですが、なんと「まんま亭」は臨時休業、今日はスズカですよね、それに高取城戦国ヒルクライムもやってますし、ローディのお客さんは来ないですよね。 他に行くあてもなく桜井への帰途を急ぎました、本日の走行88.2キロ、新生asuka号は快調です。

 

 

 

真夏の恒例「大和高原早朝ラン」

今日はRRCB(Restoring & Riding Classic Bicycles)のBBS(要登録)に集うQCR(くわんさい・くらっしく・れーさー)の夏の恒例行事「大和高原早朝ラン」に参加してきました。 もう何年続いているんでしょうね、真夏の暑い時間を避けて、早朝に名阪国道針テラスに集合してクラシック・ロードで標高のある大和高原を走ろうと云う集まりです。

隣町のつっちーさんから朝6時に行くから一緒に走って行こうと云うお誘い、「そんな1時間半で登って行ける訳あれへんやろ」とお先に出発して、登り坂も落ち着いた荒神さんの水場で休んでいると、チネリSCを駆って案の定追い付いてきました。
予定の7時半より少し早めに着いたのですが、既に大方の面子が揃っています、今日の参加者はドタ参を含めて12名です。

 
今日の話題の車はこちら「マルコ・マラストーニ」、ヴィンテージ・バイクに縁のない私には良く判らないのですが、違いの判る人には判る垂涎のマシンみたいです(^_^;)
今日は涼しいうちに走ってお昼には戻って来ようと云う段取りですので、自転車談義は程々にして早速走り出します。 旧R25を少し西にとって山田から小さな峠を越えて田原から大柳生へと下ります。
大柳生の山里を見下ろす見晴らしの良い処で小休止。
須川ダムを経て下狭川まで下ってから反転登り返します、阪原にて。 どうせしょうもない事云っていると思うんですけど。
Photo : dendenさん
 
柳生を経て布目ダムまで戻ってくると、UG兄さんが集合前に準備しておいてくれはった良く冷えたスイカが待っていました。
 
 
布目エイドの後は深江川沿いの<127>北野吐山線を走り、電線に並んだスズメみたいな写真を撮ったりしながら、お昼過ぎには針テラスに戻ってきました。 実は今回は午後から来月のスズカのチームTTに備えて有志の練習もあるのですが、私はここで失礼させて戴き桜井へと下りました。 本日の走行97.3キロ、金土日と3日間で360キロ、お陰で今月もなんやかんやで1,100キロを越えてしまいました。
 集合写真を含む写真をうちのHPにアップしています。 [BYCYCLE]→[ツーリングの記録]→[2015]と辿って下さい、大きなサイズの画像もダウンロードできます、参加者の方は再利用して頂いて結構です。 なお認証が必要です、パスワードをご存知でないとご覧になれませんのであしからずご了承下さい。 ログイン名は’pal’、パスワードはうちのFAX番号下4桁です、CanCan謹製カレンダー等でご確認下さい。

青山~美杉~御杖 避暑サイク

高座峠にて(Microsoft Image Composite Editorを使用)
 
昨日、近鉄賢島駅まであと僅かの処を走っていたらスマホに着信が、UG兄氏が明日どこかへ走りに行こうとのお達し、既に走行距離は170キロを越え、明日は休足日だよと終盤のアップダウンを飛ばしまくって、本日売りつくしでお疲れ気味、なのに断れない浅はかさ。 どこか適当なところまで積んで行って貰って適当な距離を周回ならばと、では涼しいところをと云う事でコースを一任され、とりあえず名張市の比奈知ダムへデポして青山高原方面へ走りに行こうと云う事にして、T御大にも声を掛けて3人で走る事になったのですが。
 普通電車の乗り継ぎで桜井へたどり着いたのは23時前、輪行支度をほどいて風呂に入って速攻で寝て、3時過ぎには起き出してコースファインディング、ところが三重県の道路情報を見ているとあちこちで通行止の情報が、それを避けながらコースを練っていると周回75キロ程になってしまいました。
 
隣町のT御大宅へ7時集合と云う事なのですが、せっかくですので早めにでて蓮が見ごろの藤原京へ寄って行きます。 早朝とは云え休日とあって結構な人です。 
 
早速トランポのハイエースに自転車を積み込みます。 私は9さんのasukaロード、T御大はセンチュリオン、UG兄氏はHRモーリスです。 
 
 
デポ地の比奈知ダムを出発し少し下って三重県道<691>名張青山線に入ります。 今では伊賀コリドールロードと云う広域農道ができていて、この道を通う車は少なくなり、ずいぶんと道も荒れていますが、涼しげな木蔭の続く雰囲気の良い道です、取り付きはきついのですが、高座峠と云う名の峠を緩やかに越えて行きます。 峠を越えると昔は青山町だったのですが、今では伊賀市となっているので妙な感じです。 <29>松阪青山線に出て少し下り再び<691>となって種生集落へ、ここは吉田兼好所縁の地で兼好塚と云うのがあって、少し入ってみたのですが結構登らさせられそうなので引き返してしまい、涼しげな神社の境内で一休みする事に。
 
今度は<39>美杉青山線に入ります、結局は木津川の源流部にあたる名張川、前深瀬川、川上川の谷を跨いで走っている事になるのですが、<39>はメナード青山と云うリゾート地に向かうメインルートなのでやや車が多いです。
 
一応おにぎりとかの携行食は持ってきたのですが、メナード青山の案内所の隣にある「霧生そば」と云う蕎麦屋に入る事に、開田高原産の蕎麦が売りな様で、お蕎麦そのものは悪くはなかったのですが、冷たい山菜おろしを頼んだものの、結構なお値段の割には具がしょぼかった様な。 後で聞いた情報では案内所をはさんだ隣の「熊笹ラーメン」がいけるとか、標高500m超えとは云えこの炎天下でラーメンはちょっとね。 なお道路沿いに自動販売機の類はありません、ホテルの中と美杉側に少し下った処のテニスコートで見かけました。 で布引峠でお決まりの記念写真をば。
 当初ここから<755>老ヶ野古田青山線で桜峠を経由して伊勢奥津方面へ向かいたかったのですが、通行止とされているだけで状況が判りません、昔何度か通った事があるのですが、かなりデンジャラスなロケーション、県道と云うより林道。 今日は避けて<39>を家城へ下ります、標高差400m程のダウンヒルは快適なのですが、家城まで下ってくると標高が無いだけに暑い事と云ったら。
 
家城からは雲出川とJR名松線に沿って<15>久居美杉線を走ります、斜度は知れているのですが、昨日からの疲れかだんだんお2人さんには付いて行くのが辛くなってきます。 ところで名松線は2009年の台風禍で家城以南が不通となり、紆余曲折を経て来春運行再開と云う事であちこちで復旧工事が続いています。
 
ようやくR368との交差点にたどり着いて伊勢本街道に入ります、奥津宿の中の風情のある道を辿って、名松線の終着駅伊勢奥津駅へ、綺麗な駅舎は開放されていますが、ホームや蔦のからまるSL時代の給水塔の方へはは入れません。 しかしここまで登って来るとやはり涼しいです。
 
駅から少し西に行くと奥津宿休み処「かわせみ庵」と云う古民家を利用したミニ道の駅みたいなのがあります、冷たいお茶をサービスして頂いたのですが、お菓子やパックに入れたかやくご飯とかもあって、縁側のある和室で食べて行けるようです。 「みょうが餅」と云うのがあったので買って帰ったのですが、中は普通のかしわ餅なのですが、つつんでいるミョウガの葉の香りがなんとも、アホになりそう。
 ここからデポ地の比奈知ダムへ戻るには県境を跨いでさらに鎌広峠(465m)を越えて行かなければなりません、極力涼しげな旧道を縫って行くのですが、最後は置いて行かれましたよ。
 
道の駅「伊勢本街道御杖」に着くと何やらおふたりはピナレロに乗ったローディと歓談中、名張の方だそうです。 ところで道の駅「伊勢本街道御杖」は「ならサイクルスタンプラリー」のポイントですから1個GET、いずれ曽爾高原と一緒に回るつもりだったのですが。
 ここまで来れば後はR368を下るだけ、途中からダムサイトの対岸路が通る事ができてトンネルを通らずに天端道路を走ってパーキングへ。
 T御大宅までの自走を含めて本日の走行86.1キロ、健脚のおふたりと一緒で疲れましたが、明日は「大和高原早朝ラン」です。 最後の写真は道の駅から比奈知ダムまでご一緒して頂いたロードの方に撮って頂きました。
 
 
 集合写真を含む写真をうちのHPにアップしています。 [BYCYCLE]→[ツーリングの記録]→[2015]と辿って下さい、大きなサイズの画像もダウンロードできます。 今回はG2を持っていったのですが、正直云ってロクな写真がありませんので、おふたりの写真にお世話になりました。 ログイン名は’pal’、パスワードはうちのFAX番号下4桁です、CanCan謹製カレンダー等でご確認下さい。

無駄にしないゾ「伊勢志摩ツーリング」

剣峠からの展望(Microsoft Image Composite Editorを使用)
 先日、有効期限が残り僅かだと云う事に気がついた近鉄の「株主優待乗車券」、春に名古屋方面からの帰途に利用しようと金券ショップで1,400円で買ったものなんですが、計画が変更になって使わず仕舞いになっていたのです。 貧乏性な性格なものでどうにも使わず仕舞いで無駄にしてしまうと云う事ができません、1,400円の元を取ろうとすると桜井からだと伊勢若松か五十鈴川より先に行かなくてはなりません、伊勢市でも1,380円ですから20円損する計算なのです。 そこで取り敢えず伊勢までは走る事にして、調子が良ければその先へ行ってみようと云う事にしました。
 伊勢志摩へは2月4日に「ツールド紀伊」のスタンプラリーで走っていったのですが、「ツールド紀伊」も今年は奈良県だけのスタンプラリーになってしまったので、特にそちらへ行く目的もないのですがとにかく伊勢南街道と云われる和歌山街道と和歌山別街道をできる限りなぞってみようと。 前回は冬場と云う事もあって6時に出発して伊勢の「おかげ横丁」にたどり着いたのは17時過ぎ、「伊勢うどん」も「赤福」もお店は仕舞いかけで、名物にはありつけずにコンビニのおにぎりで虫養いをして帰ってきたので、今度こそは15時までには着きたいと4時過ぎにに桜井を出発しました。
 
R165西峠を越えて宇陀市へ、いつもの芳野川沿いのルートをとってR166で佐倉峠を越えて東吉野村へ、新木津トンネルを抜けるといつもの定点観測地点です。 時刻は6時半、いつもとは赴きの違う高見山の姿です。 
2,470mの高見トンネルを抜けて高見ループを見下ろすいつものポイントで休憩を入れます。 600m近い標高の朝は日向でも涼しい位です。 
 
今日はできるだけ早く伊勢に着きたいのですが、やはり旧道と脇道巡りは外せません。 まずは波瀬の集落(左上)、極端に遠回りになる区間は端折っりましたが現R166を縫うように走る旧道を選んで行きます、そして忘れてはならない和歌山街道の名所珍布(めずらし)峠へ(左下)。 
珍布峠、今日は朝もやと岩盤をひたたり落ちる水が印象的です。 
 
 
 
櫛田川の対岸の県道を走ったりしながらR368桜峠に入ります、ここから和歌山別街道となります、旧街道をトレースして行くのがなかなか厄介なのと、標高も下がりそろそろ陽が高くなってきて暑くなってきます。
 丹生大師の向かいの「ふれあいの館」と云う道の駅の様な処でアイスでも買おうかなと入ったのですが、食事のできる店が開いていたので、少し早いですがお昼にする事に、日替わりで賄いが変わるお店で今日は洋食、パスタがメインのランチメニュー(800円)を戴く事にします。
 丹生から先は小さな山越えがあったりして玉城へ、田丸町道路元標に立ち寄ったりしながらも、暫くは我慢の走行が続きます。
 
13時20分、伊勢内宮「おかげ横丁」は「赤福本店」に到着、さすがにお伊勢さん、平日でも満員です、当然「赤福氷」(520円)、観光地の有名店としてはなかなかリーズナブルな価格だと思いますよ。
 ここまで約120キロ、時刻もまだ14時、「赤福氷」ですっかり元気を取り戻して、剣峠を越えて賢島は充分に射程範囲です、幸いお天気も少し曇ってきてくれた様ですので、とにかく剣峠へ向かう事にします。 
内宮へお参り、自転車連れですので、ここで失礼します。 宇治橋の前で礼をされている方は関係ありませんので、あしからず。 
 
剣峠は両方向から何度か越えていますが、標高こそ知れているものの素晴らしい雰囲気の道です、峠直下のつづら折れが始まるまで五十鈴川沿いにアップダウンのある1.5車線路が続きます、地方主要道ながら伊勢市側はガードレールが殆どないと云うのが。 峠の切り通しを抜けると駐車スペースと剣峠のモニュメントが、そして五ヶ所湾の展望。
 五ヶ所へ下り、遠回りですが海岸沿いに浜島経由で賢島まで行くのが机上でのプラン、海岸沿いに結構なアップダウンがありますが、いくらでもショートカットするコースが考えられますので、気楽に行きます。
曇り気味とあって展望は今一つですが、五ヶ所湾やあご湾を望みながら、磯笛峠展望台を回って、浜島の旅館街を抜けひたすら走ります。 真っ直ぐ行けば鵜方駅が目の前なのですが、帰りは優待券ですしここまで来たのですから終点の賢島駅まで行っても変わりません、大橋と云う程でもない賢島大橋を渡って18時40分賢島駅へ到着、走行176.6キロ。
 失敗したのは輪行支度を済ませてから駅構内の「駅ファミ」で何か買おうと思っていたのですが、何とここの「駅ファミ」は19時で閉店、結局は携行食にしていた大福餅の残り1個だけで桜井まで帰ってきました。 ちなみに宇治山田、伊勢中川のホームの「駅ファミ」は20時までした。 たまには缶ビールにつまみも良いかなと思ったのに、残念。


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7th「月うさぎ」キャンプ(2日目)

5月とは云え標高600mの「月うさぎ」の朝は寒いです、結局持って来た物を全て着込んで3シーズンの寝袋にもぐりこみ、余りもののホカロンまで使って寝ていました。 今日は積んできて貰ったロードを駆って桜井へ下り、asuka号でここへ戻ってこなければなりません。 そろそろ起き出そうかと思っているとエンジン音が、新聞配達も来ないだろうに思っていると、VIVVA2000さんが差し入れを持ってやってきてくれました、昨日鈴鹿市の有名焼肉店「みさきや」へ家族で行って、帰りにお肉を差し入れて下さるつもりが名阪国道が渋滞のため遅くなったので、今朝改めてわざわざ持ってきて下さったとの事、有難く頂戴した後、すぐに帰ると云う事ですので、ロードもろとも桜井まで送って貰う事に、何のために積んできて貰ったのやら、koga-miyataは一歩も走る事なく桜井へ。
早速、近くのファミマへ届いているチェーンカッターを引き取りに、こう云った時にAMAZONのコンビニ受け取りは便利ですね、昨日日中に受け取れない荷物を夜中とか早朝に受け取れるのですから。 PWTと云うブランドのチェーンカッター BT-15R を買いましたが、チェーンフィキサーと云う名の両端を曲げた針金をセットする様になっていて、これがとても重宝します。 針金を加工すれば簡単に作れるものですが、チェーンカッターにセットしておけるのが便利です。 (私の買ったものは10速までの対応ですが割高ですが7~11速対応もある様です。 )

チェーンを繋ぎ終えると、サイドバッグ他荷物は既に昨日積んで行って貰っていますから、カメラとか身の回りのものだけ入れたフロントバッグだけセットして再出発です。 本来ならR165西峠やR166女寄峠を越えて行くのが近くて早いのですが、キャリアが付いているものの空荷ですし、送って貰ったお陰で時間の余裕もありますので、のんびりと芋峠を越えて吉野経由で向かう事にします。
 
shokoraシェフからサランラップを買ってくる様にとの指令がでていますので、吉野ストアへ回りますがありません、結局ローソンで買ったのですが、田舎でもコンビニができてしまうと日用品まで含めて依存度が高いのですね。 川面に響くカジカガエルの声に癒されながら吉野川から高見川沿いの道を快走します。 ニホンオオカミ像の前で小休止しようとすると、先程写真を撮っている時に抜かして行ったローディ2人は女性だったんです、本当に最近増えましたね、華やかになって良い事です。 これから佐倉峠を越えて宇陀へ、関戸峠で戻って津風呂湖畔を経て帰るそうです。 世間話をしていると1台の車が、道でも尋ねるのかなと思っていると2月の「福寿草サイク」でご一緒した北野さんでした、最近はエンジンの付いた愛車でのドライブが多いとか。
 
「月うさぎ」に残っている一行は七滝八壺へのサイクリングを予定しているので、上手くすれば合流できるかも知れません。 丹生川上神社中社のある蟻通橋に着いたのは11時半、何人かの携帯を呼んでみましたが一向に繋がりません、暫く待っても連絡がとれませんので先に進む事にすると連絡が、昼食には「月うさぎ」に戻りたいので七滝八壺までは行かずにやはた温泉で折り返し、既に数キロ先を走っている様子、オオカミ像前で油売ってなかったら一緒に走れたのに、残念。
 
木津川(こつかわ)から伊豆尾にかけての高見川沿いはこの季節、藤の花が満開です。 遠目には新緑に溶け込んでしまって自転車を入れての写真はなかなか難しいですね。 

七滝八壺へ向かった一行の様子は… 写真はsyokoraさんからお借りしました。

「月うさぎ」へ戻ると丁度お昼の準備が、「よしの庵」顔負けの釜飯とざる蕎麦のセットです。 火器は各自のものですが、釜飯の釜と食器はsyokoraさんが準備してくれました、昨年9月の「山の釜飯 北摂サイクリング」の時のそれですね(^_^)
 
niwa-chanさんが今日帰られるので「月うさぎ」の番頭さんにも入って貰って記念撮影を。 
 
入れ替わりに八尾から4サイド自走でUG兄さんが到着、今回は1958年エルスキャンピングの初お目見えです、リアもパニアではなくソローニュの巨大サイドバッグ仕様で積載容量が尋常ではありません。 サドルバッグは装備していませんが、バッグ5点セットで自転車が買える。
 
そうこうしていると思わぬ闖入者が、ねぎジャージに身を包んだいまやんさんとTABOOさんが菟田野は西昭和堂のみたらし団子を提げて差し入れにやってきてくれました。 今日は何やらロードバイクのイベントで走り回っていたそうです。
 

2日目の夜は、VIVVA2000さんが差し入れてくれた「みさきや」の焼肉をメインに「月うさぎ」の番頭さんご夫妻も加わって恒例の持ち寄り宴会です。 syokoraシェフは新たにお好み焼きを投入、そしてキャンプファイアーの始まりです、すみませんこれ以降の事はあまり覚えていません…

本日の走行62.3キロ。 

天の邪鬼今度は「びわいち」の巻

 金曜土曜と天気が良ければ信州へ行って、今日は飯田から岡崎に向かって三州街道を走っている予定だったのですが…
 今日12日はRRCB(Restoring & Riding Classic Bicycles 要認証)の方の企画で「びわいち」だとか「魚ヶ渕」だとか、計画やメンバーが二転三転していて、いずれにしても車というものを持たない僕には他力本願でないと参加できない場所と時間、まぁ奈良まで自走して始発に乗れば「米プラザ」7時半スタートの「びわいち」の方は参加できなくもないのですが、金沢から帰ってきたばかりで、何となくそこまでしてもと気が進まなっかた処にtatsumi御大が参加表明、連絡をしてみるとその足で名古屋へ行くとの事ですが、輪行袋さえ持って行けば帰りはどうにでもなるだろうと行きは便乗させて貰い「びわいち」へ参加させて貰う事にしました。

集合場所は琵琶湖大橋西詰の道の駅「びわこ大橋米プラザ」に7時、tatsumi御大曰く2時間あったら着くだろうとしながら、迎えに来てもらって自転車を積み込んで桜井を出発したのは5時20分、案の定間に合う訳もなく、大橋東詰の「なぎさ公園」で待つとの連絡を入れて一安心と。
一向にやって来ないと思っていると、既に本隊は近江八幡の長命寺まで行っているとの連絡、どうやら面子が揃った時点で7時半のスタート予定時刻を繰り上げしまった様で、待つどころか先に行かれてしまっていて逆に追いかける側に、45キロ先の米原の道の駅「近江母の郷」まで古い付き合いとは云え元国体チャンプ(第34回宮崎国体奈良県代表成年男子スクラッチ優勝)と2人で追走するはめに。
向かい風の中やさしく引いて頂いて9時半過ぎに道の駅でどうにか追いつく事ができました(^_^;)
 本隊は4名と思いきや、地元滋賀のniwa-chanさんが、どうやら偶然居合わせて捕縛されたそうです。 都合7名、UG兄さん(エルスディアゴナール)、KMT48さん(コルナゴマスター)、ヤマタンさん(マリリンIII世号)、白栖窟さん(エルスランドヌーズ)、tatsumi御大(センチュリオンカーボンロード)、niwa-chanさん(キャノンデールカーボンロード)、私(コガミヤタカーボンロード)、RRCBにしてはカーボンロードが3台、とは云っても私とtatsumi御大はカーボンパイプにラグ接着と云うホリゾンタルフレームの年代ものです。
 赤パンにパーカーのおっちゃんは見物の人、ではありません、ちゃんと下にはZippyのチームジャージが。
さて道の駅を出発です、ここからは楽させて貰えるはと思いきや、ここまでとあまり変わらないペース、今日は1人でも走ると云っていたUG兄氏が先頭を引いてくれるのと2人が7人になった位。 (写真:UG兄さん)
 
きっと日本で一番走るエルスでしょうね。
 
 
 
 
 
 
写真を撮ろうと先行したものの、今度は追いつくのが大変。
 
 
 
 
 
信号以外では停まる事すらなく、やっときました最初の休憩ポイント賤ヶ岳トンネル。 朝3時過ぎにトースト2枚を食ったきり、補給食を買う間もなく、ここでtatsumi御大から大福餅2ヶを失敬。 この後どこか食事に入るでもなく、塩津のローソン駐車場で車座になって買い食い、なんやらブルベと変わらん様なお行儀の悪い事ですみません。

 
満開の桜の海津大崎を行きます、今日ここには鈴鹿のあびさん一行がキャンプに来ているそうなの乱入およばれを画策していたのですが、見つけられず携帯電話もつながらず、残念。 (写真:UG兄氏)
 
しかし桜も満開ですが、人も車もそれに単車も多い事と云ったら、日頃平日に人の少ない処ばかり走っている自分はやや辟易ぎみ、それでも桜並木の向こうに残雪の比良山系を見上げたら感激ものですね、時計周りしていた皆さん気づかれました?ここで拉致してきたniwa-chanさん、このまま一周しては明るい内に戻れなくなるのでUターンする事に、ここまで有難うございました。 (写真左側はKMT48さんに撮って頂きました)
どうにか混雑の海津近辺を抜け出し琵琶湖西岸を行きます。 相変わらず先頭をUG兄氏が引いてくれます、tatsumi御大が先頭交代に上がってきますが「いらん事したらアカン、今日は意地でも1日1人で引くつもりでおるんやから」とたしなめます(^_^)
 
なんと1345には道の駅「しんあさひ風車村」に到着、結構なペースです、30分あまりまったりと休憩します、写真はUG兄氏に頂きました。 しかし今日は写真はともかくSNSに書き込む余裕など全くなく、ここで始めてのチェックインを。
16時過ぎにスタート地点の「米プラザ」に戻ってきました、残念ながら先頭を引き続けたUG兄氏は後10キロを切った処で先頭を交代する事になりましたが、見事なペース配分と手綱さばきで、皆をだらけさせる事なく引っ張ってくれました、有難うございました。 このまま名古屋へ向かうtatsumi御大はデポ地へ戻るために琵琶湖大橋を渡り、私はお世話になりついでにUG兄氏に近鉄八尾駅まで便乗させて貰う事になりここで終了、走行148.2キロ、僕としては破格のAVS23.1キロ、「母の郷」までは25キロ超えてました、そして天の邪鬼らしく大橋を渡らずに「寸止めびわいち」となり、koga-miyataはエルスとともにトランポへ。

道路元標は何処へ

山口から帰ってきた時点で「青春18きっぷ」は後1回分残ってしまったが、有効期限の最終日10日のお天気は思わしくない。 10日に中央線薮原まで輪行して境峠を越えて奈川村道路元標を経て奈川渡ダムを経て松本泊、11日は塩尻市と岡谷市に残る現表を回って飯田泊、12日は三州街道を元標を巡りながら岡崎まで走り抜ける2泊3日280キロのプランを暖めていたのだが、どう考えてもお天気は味方はしてくれそうにない、いよいよ消化試合の「乗り鉄」の旅かと考えた挙句、天気の一番マシそうな金沢方面へとりこぼしている元標目当てに出掛ける事にした。
 
せっかくの「18きっぷ」だから能登半島まで行ってみたいところだが、さすがに戻ってこれないので金沢駅から歩いて10数分の石川郡は戸板村道路元標に向かう事に、しかし目標の戸板小学校が見つからない、GoogelMapをよくよく見てみると、そこにあるのは全くの更地、この都会のど真ん中で廃校でもあるまいと、丁度昼時なので近くのラーメン屋に入ってネットで情報収集すると、どうやら移転したらしい。 さらに10数分雨の中を歩いて行かなければならない様である。 さらにググっていると戸板公民館のブログに旧の戸板小学校内にあった道路元標の記事が、公民館の方が近いしそちらへ移転している可能性も無きにしも非ずなので、念のために小学校跡地を一回りした後に公民館を訪ねてみる事に。 いままでも現存情報がありながら現地に行くと見当たらない事は何度かあった、昨年も愛知県碧海郡の棚尾村道路元標がそうだったが、その時はその後に知多半島を回る予定だったので深追いできなかったが、案の定あとでネットで調べるとすぐ近くに移設保存されている事がわかり悔しい思いをしてしまった。 とにかく今回は時間の許す範囲で追っかけてみる事に。
 
戸板公民館は写真のような立派な建物。 戸板と云う地名が先程から気になって仕方がなかったが、よくよく考えるとあのアイ・オー・データ機器のある場所だったとは。 公民館には女性の職員だけがおられてブログの記事を書いただろう館長も主事も不在との事、元標の所在についてもこの公民館も近く移転するとの事で、ここへ持ち込まれている事はないだろうとの事であった。
 
結局は新しい小学校を訪れる事になるのだが、女性職員なのか先生なのかは所在については知らないとの事、幸い出てこられた校長先生とお話する機会を得たが、二宮金次郎像はこちらへ移設したが、道路元標に関しては知らないとの事、やはり公民館の館長が詳しいのでそちらへ尋ねてみるのが良いだろうとの返事だった。 公民館へは後日メールで問い合わせみる事にし戸板を後にした。
 

 

石川郡にはあと1基、額(ぬか)村道路元標が残っている、JRで西金沢まで行き、北陸鉄道石川線で乙丸駅へ、幸いこちらは歩いて10分程額束神社の境内と云うか道路に面した場所に現存していた。

 

【1034】 2015/04/10 石川県 石川郡 額村(現 金沢市)

道路元標蒐集サイク(山口編2日目)

日本の道百選 萩市「菊屋横丁」
 

 

今日はまず萩町道路元標に立ち寄り、美祢郡の大田町道路元標を経て山陽本線の厚東(ことう)駅まで走って1238発に乗車し帰途に就く予定なのですが、走行距離は峠越えの55キロ程、昨夜萩市内に泊まったお陰で時間の余裕もありますしお天気も最高、早朝の観光客のいない時間を狙って萩市内をポタってみる事に、事前に何の情報も集めていなかったので宿にあった観光パンフレットをたよりに散策してみます、まずは萩町道路元標、高札場跡に保存されています。
 
そして日本の道百選に選ばれていると云う「菊屋横丁」へ、横丁と云うのもちょっと変な感じもしますが、路地と云うには広過ぎますし、せっかくですから「自撮り」を、休日の昼間ではできない芸当でしょうね。 白壁の街並みを撮ったりしながら萩城址へと向かいます。
 
こちらも地元の方が散歩したりジョッキングをしたりと云う感じでです。 しかしKHS、輪行には手軽で良いのですがどうにも日本の風景には馴染まないヤツです(^_^;)
 
そろそろ走り出さないといけない時間です、市内のコンビニで補給をしてから萩駅へ、今では街の中心は東萩駅寄りになってしまい、無人駅となったレトロな旧駅舎は重要文化財となり「萩市自然と歴史の展示館」となっています
 
萩から山口市を経て防府へは「萩往還」と呼ばれる旧街道が通じていて、今日は前半はその道をたどって行く事になります、道の駅「萩往還公園」の手前から旧道へ入ると鹿背(かせ)隧道で小さな峠を越えます、このトンネルは国登録文化財で案内板によると「鹿背隧道は悴坂(かせがさか)峠を貫通する隧道で、長さ約182m、幅約4.2m、高さ約3.9mの規模を有した県内では他に類をみない石造トンネルである。 施工には地元萩・阿武地域だけではなく、周防大島町久賀や大分県安心院出身の石工が工事を請け負っている。 工事は明治16年(1883)に着工、翌明治17年(1884)に開通したという。 明治10年代の石造り道路隧道としては大変稀少であり、総延長も我国最大の長さを誇っている、素朴ではあるが重厚な味わいを持つ切り石積みの坑口、総石張りの内部はまさに壮観で、山口県下最初の洋風石造隧道として貴重である。 」とあります。 
峠を下ると現在は萩市の一部となっていますが旧旭村、鄙びた風景が広がります。 やはり日本の風景に似合わないKHSです。 ここで「萩往還」とは別れ雲雀峠への道をとります、こちらも赤間関街道と呼ばれる旧街道で、それらしき峠への案内板があって一車線の舗装路がのびているのですが、ちょっと先々がヤバそうなのでここは県道を行く事にします。 
雲雀峠は大きく開かれた切り通しの峠、名前の割には雰囲気も何にもありません。 標高も知れているのですが、一応は陰陽分水嶺の峠です。 路肩に郡界標でしょうか、三角柱の標石が、美祢郡赤郷村、阿武郡明木村とありますから少なくとも昭和29年以前となります、改良された県道脇に再建されていて、現時点で5基の道路元標の現存が確認されている山口県ですが、この事からまだまだ未知の道路元標が残されている可能性があるかも知れません。 
分水嶺を越えて既に瀬戸内側に下っているのですが小さな登り返しがあり、何となく峠の風情で記念碑や「奈良の大仏さまのふる里」なんて看板も建っています。 どうやら明治維新の古戦場で「呑水(のみず)峠」と云う由緒ある峠の様です。 「奈良の大仏さま…」云々は近くに奈良の大仏の再建時に銅を産出した銅山跡があるとの事です。 
今日最後の目的地、美祢郡は大田町道路元標です。 裏面には「昭和二十七年六月」とあります、と云う事は道路元標が法的裏づけを失った現行の「道路法」が施行された年月と符合してしまいます、不可解ですね。 
予定の厚東駅まで後20キロ程、予定通りの時間で進んでいますが、小郡まで10キロ余りの標識が出てきます、小郡へは二本木峠と云う峠を越えて行くのですが、回りの風景を眺めてみても大きな峠がある様な雰囲気でもありません。 調べてみると二本木峠は標高126mしかありません、現在の標高を考えると殆ど片峠の様子、厚東駅へはダム湖畔を走って行くルートですが、それより二本木峠を越えて小郡の新山口駅へ走った方が何となく楽そうな雰囲気、予定を変更して二本木峠へ向かう事に。 二本木峠を越える県道はほぼ平行して「山口秋吉台自転車道」が通じている様で、ただあまり利用はされていない様で、路面状況は良くはありません。 あえて下りで使う価値はなさそうですが、反対向きなら車に追われながら県道を登るなら自転車道を利用するのも良いかと。
 
最初の予定では厚東駅1238発の岩国行きに乗車する予定でしたが、二本木峠を下りきった処で列車の時刻を確認してみると新山口駅1153発、無理すれば2本前のスジに乗れるではありませんか、後の接続はともかく新山口駅へ急ぐことに、駅に着いたのは23分前、ホームは跨線橋を渡った4番のりば、そこはKHSですがサイドバッグ装備、駄目元で輪行支度を、ご覧の通り乗車列車の写真を撮る余裕まで。
 順当に行くと岩国、糸崎、岡山、姫路、大阪、王寺での乗り継ぎで「18きっぷ」のままで桜井に2218にたどり着けるのですが、時間帯から云っても岡山5分、姫路2分の接続はタイトです。 そこで遅くはなりますが糸崎で赤穂線経由の播州赤穂行きに乗車し、野洲行き新快速に乗り継ぐと云う技、お陰で全行程を座って2323桜井駅に無事帰投しました。
 本日の走行57.7キロ、昨日の王寺駅までの自走を含めても100キロにも満たなかったですが。 道路元標以外の事は特に考えてなかったものの、萩の街を巡ったり、「萩往還」をたどったり、幾つか峠をGETしたりと有意義なツーリングになりました、機会があれば再びゆっくり訪れてみたいものです。
 
【1031】 2015/04/07 山口県 大島郡 蒲浦村 (現 周防大島町
【1032】 2015/04/08 山口県 阿武郡 萩町 (現 萩市)
【1033】 2015/04/08 山口県 美祢郡 大田村(現 美祢市)
 
新山口1153→1354岩国1355→1613糸崎1645→1927播州赤穂1931→2113大阪2143→2238奈良2254→2323桜井 8,750円分乗車

 

 

道路元標蒐集サイク(山口編1日目)

山口県周防大島町 蒲浦村道路元標にて
 
 
 後3回分残っている「青春18きっぷ」、週間予報を模様眺めている内に有効期限の4月10日が迫ってきました。 最悪は自転車抜きでのんびり「乗り鉄」の旅になってしまうかも知れませんが、とにかく未修の道路元標の残っている処で天気の良さそうな方角へ向かえる様に幾つかプランを練っておいたのですが、この様子から金沢方面か広島方面かと云う事で、3基残している山口県に1泊2日で向かう事に。
山口へは先日の「しまなみ」の時にも使った、JR王寺駅まで20キロ余りを自走し始発に乗るのが一番良いのですが、前夜から雨が時折強く降ってきます、雨雲レーダーの予報を見ると未明3時には止んでくれるはずなのですが。 とにかく3時05分にこれ以上は降らないだろうとの判断で、真っ暗な大和川河畔を王寺へと向かう事に。
 今回は3度の輪行での移動を考えているためにKHSで、三脚を持って行きたいがためにリアのバッグを2サイドにしたためキャリア上がからっぽで、泥除けがないため迂闊にもお尻を濡らしてしまう事に、
なのに闇夜の21キロを1時時間2分で平均20.3キロとは。
 
 
前回と同様、新今宮、大阪、西明石で乗換えを済ませ姫路へ先回りして新見行き先頭車に乗車します。 この後、山口県大島郡の蒲浦村道路元標の残る周防大島へは山陽本線大畠駅まで、岡山、糸崎、岩国と乗換えをこなして都合9時間余りの長旅、九州佐賀まで行った事が2度あるとは云うものの、iPodを忘れてきたのは大失態です。 従って退屈しのぎはいわずと知れたSNSで皆さんに遊んで頂くのですが、モバイルバッテリーからスマホへの充電が上手く行かない様なのです、ACアダプターは持ってきていますし、大畠に着いたら駅前のコンビニで電池式の充電器を買うかするまで、暫くこちらも省エネモードに。
 
広島前後では結構込み合ってきます、糸崎からの車両は115系でも運転席後にスペースがないタイプで、席から離れたトイレ前のスペースに輪行袋を固定してあるのですが、駅での乗り降りの度に気にしていると、何やら視線を感じます!? その先にはどこかで拝見した様なお顔が… facebookのお友達で広島在のS氏がわざわざ乗り合わせてきてくれたのでした、混雑する車内で1駅だけでしが、結構な頂き物まで、もちろんお渡ししましたよ、名刺がわりのカレンダー。 (写真はS氏から頂きました)
 
色々考えてみると、原因はリール式のUSBケーブル(左)かも、ミニならGARMIN用がありますが、マイクロはこれ1本です。 大畠駅で下車後、早速コンビニへ、さすがにケーブルだけは売ってませんが、ケーブルが一体でなくて一番安いものをGET、1,008円也。 案の定ケーブルを替えてみるとモバイルバッテリーからの充電はばっちり。 しかしうちにはこの手の充電器がまた増える事に。
 
大畠駅1343着、降り立つのは2度目ですがホームから大島瀬戸をはさんで周防大島と大島大橋がすぐそこに見えます、瀬戸内海では淡路島、小豆島に続いて大きな島で、一度一周してみたいものですが海岸線が入り組んでいて、道路で一周すると100キロ近くにもなります。
 今回のKHSのいでたちは小径車には珍しい2サイド装備、モンベルのフロント用とされている小型のもの、それでも2サイドですからそれなりの収納力はありますが、輪行袋の中に押し込んでしまうので、かなり重くはなります。
 
蒲浦村道路元標までは大した距離でもありませんが、大島大橋まで登って行かなければなりません。 海沿いの静かな村のなかなかのロケーションに道路元標はあります、海の見える道路元標は函館市道路元標を初め幾つかありますが、今日の予定はここだけですので時間もありますし、道路元標を入れた「自撮り」をば。
 
明日は萩市の萩町道路元標からスタートです、島根県に入ってしまいますが1FでJAZZ屋をやっている益田駅前のビジホ「とらや」に泊まって、始発で萩に移動しようかと思ったのですが「とらや」は満室、東萩駅前で宿をとります。 厚狭から美祢線経由で長門市駅へ、キハ120のエンジン音が旅情を誘います。 本日の走行、王寺駅までの自走を含めても38.2キロ也。 「18きっぷ」で10,430円分乗車。