紀ノ川左岸を往く
写真はいつもの「自撮り」ではなく9さんに撮って貰いました。 九度山以西は久しぶりに走りましたが、専用道ではないもののブルーラインも引かれてずいぶんと整備がすすんでいます。

さて1日目は基本的に深夜に和歌山港から出る徳島行きの南海フェリーに乗るための移動みたいなものなんですが。 寄り道せずに行くと90キロ程のコースですので、あまり早く出発しても仕方がないどころか和歌山で時間潰しが大変ですので、九度山町で地元の自転車お友達9さんとお昼でもご一緒して、暗くなった頃に和歌山市街に入る様に考えて、朝9時頃に出発する事にしました。 旅支度はいつものキャンプと大して変わりませんが、食事は基本外食としてお湯を沸かす程度の準備だけにしました、テントもサイドバッグに押し込めるかなと思ったのですが、どうも寒暖の激しそうな予報なので、思いの他衣類や雨具、帰りの輪行袋と嵩張ってしまい、結局テントはパニア台の上に、まぁMoss Outlandは自転車ツーリング用としては大き過ぎるのですがね。 4つのサイドバッグ、フロント、サドル、テント、それに三脚と自転車以外で25キロ程に荷物になってしまったでしょうか。
ところでタイトルの「中央構造線」とは西日本を東西に横断する巨大な断層(系)で、難しい話を抜きにしても渥美半島から櫛田川、紀ノ川、四国の吉野川、豊後水道に突き出た佐田岬半島と、地形図を見れば、誰しもが顕著な地形的特長が感じられるかと思います。 今回のコースはその一部をなぞってみようと云うもので。 きっかけになったのは、ブログ「神戸から自転車に乗って」で紹介された四国吉野川支流の銅山川を辿るコース、銅山川と云う名前から想像がつくかも知れませんが、住友財閥の基礎ともなった別子銅山が上流にあったのです。 四国は長年ヨサクことR439を辿るツーリングを画策しているのですが、コース的になかなか厳しいものがあるので、その予習として走ってみようかと云う気になった訳です。
明日香村を抜け奈良県道120号へ入る五條方面への定番コースです、先日も和歌山へ向かわれたS氏を送ったりと2度ばかり走ったばかりです。 近鉄吉野線とJR和歌山線に沿って行きますので勾配もゆるく、道が狭いので車も少ない自転車向きのルートです。 重阪峠を越えて少し我慢してR24を走り五條市街は旧街道へ、古い街並みの残る五條新町を抜けます、写真左下は五新線の遺構です。 紀ノ川左岸に渡り県道55号線で和歌山県へ。
1155南海高野線の九度山駅下に着いた処で9さんに電話を入れてみると、迎撃しようとして五條近くまで行ってしまった様です、走るコースは暗黙のうちに決まっているのですが、何処ですれ違ったのでしょうか
。 ともかく九度山の道の駅で待つことにします、しかし「真田丸」効果は凄いですね、大変な人出です。 他に食事のできる処を求めてウロウロする事に。 食後に9さんの秘密基地に出向いて、とある部品を物色します。
その後も紀ノ川左岸を和歌山に向ってエスコートして頂く事に、ブルーラインが引かれていると云っても断続的で案内標識もありませんので、その辺は原住民の案内は心強いです、お陰で車と信号の少ない快適なコースを辿る事ができました。
久しぶりに現在の紀の川市に残る麻生津村道路元標へ立ち寄ります、私が道路元標を巡りだした10年程前には和歌山県には橋本町道路元標しか現存が確認されていなかったのですが、ここは地元のウォーキングコースとして紹介されていて見つける事ができました。
9さんには貴志川の合流点まで送って貰い、JR和歌山線の船戸駅で少々休憩した後、和歌山市街へ。 夕食は和歌山ラーメンにしようとFaceBookのお友達のY氏に2,3軒のお薦めを挙げて貰いました。 和歌山ラーメンは基本的にいわゆる「中華そば」の類なのですが、お薦めの中からルートからあまり離れない処に、私好みの豚骨系のお店「丸花」があったのでそこへ向う事に。 1人だったのですんなり入れたのですが、私が出る頃には行列が。 ちょっとエグ味が感じられなくもないですが、人気店だけの結構なお味、ほうれん草とうずらの玉子が特徴です。
しかし夜行便の0240発の出航にはまだまだ時間があります、そこで今回考えたのはスーパー銭湯でのんびりしようと、港に近い「ユーバス」と云う処を選んだのですがこれが失敗。 待合室程度のシートしかなく、ゆっくりゴロゴロしてられそうなスペースがないのです。 結局は時間を持て余しつつも隣のオークワで少し買出しをしたりしながら、和歌山港フェリーターミナルへ移動する事に。
関西から海路で四国へ渡るのは幾つかの航路があるのですが、南海フェリーが今月一杯まで自転車の航送料金が無料なのが、今回選んだ理由の一つなのですが、神戸~高松のジャンボフェリーに比べると所要時間が短く、それがかえって夜行便で休んで行こうと云う向きには辛いかも知れません、その上最寄駅の南海の和歌山港駅はなんと21時29着が最終なので、輪行で来ても和歌山市駅から走らざる得ないので、何度か使っているもののここの夜行便はあまり使い勝手の良いものではありません。 なお自転車の車両甲板への乗降は車より先に乗船し下船は後からでした。 本日の走行101.2キロ、平均速度16.4キロ。
愛知県新城市 四谷の千枚田にて
豊橋駅0600発の飯田線始発天竜峡行きに乗車、昨日と同じく本長篠駅からのスタートです。
本長篠駅0655着、そそくさと輪行支度を解き、まずは昨日と同じ内金トンネルへ急ぎます、今日は土曜日ですので見物客が来ないうちが勝負、また昨日は午後でしたが反対の朝の陽射しを狙ってみる事に。少し風があるので時折満開の河津桜を散らせます。 桜散る風景はskuram氏~santaさんコンビの名作がありますね、なかなか静止画では難しいシチエーションです。
やはり8時前には見物客が、エンジン音を轟かせてやってきたのは何とロータスヨーロッパ、40年ものですよね、うちの「延陽伯」号より10年は古い、昔友人が乗ってましたがトラブルが多くて、そんな車を今も走らせてるって凄いと云うか。そろそろ「自撮り」も難しくなってきましたし、それに今日は「自撮り」「廃線跡」「道路元標」と課題が多くてゆっくりもしてられません。
園村道路元標まで視野に入れるとあまり余裕もないのですが、せっかくですから廃線跡もチェック。写真右は玖老勢駅跡だとか、廃線跡に関してはこちらの
サイトが詳しいです、豊橋鉄道田口線の概要に関してはウィキのパクリ臭いですが、現地調査は参考になります。
副川作り道と云う処で廃線跡は県道と別れて対岸へ、市道として供用されています。 断崖に掘られたトンネルと対岸の風景が一幅の絵の様です。ここで「自撮り」とも考えたのですが、明暗差が大きすぎるのと、断崖が高すぎて収まらないのと、普通の高さではガードレールに対岸の風景が遮られてしまうのです、この写真は手を伸ばして精一杯の高さから縦方向のパノラマ撮影をしています。
ちょっと良さげな「自撮り」ポイントを見つけたので停止、最近は上から見下ろせて、ガードレールも猪垣もない場所って貴重なんですよ、奈良県に比べると獣害は少ないのでしょうかね。
県道32号長篠東栄線と別れて県道389号富栄設楽線となり稲目トンネルへ、立派な2車線のトンネルですが、廃線のトンネルを拡げたとか。 ここで本長篠から豊川の支流海老川を遡ってきた田口線は豊川沿いに入り国道257号となります。
廃線跡は清崎で現在の設楽町の中心部である田口へ登って行く国道と別れ豊川沿いの谷間いを遡って行きまする、こちらも町道として供用されているのですが、これより上流には現在設楽ダムの建設が決まっていて、この廃線跡も湖底に沈んでしまう様です、地質調査が行なわれていて、この廃線跡の町道を辿る事ができなくなるのも時間の問題でしょう。 写真右下が田口鉄道の終点三河田口駅跡、何も無い山合いの広場です、旧田口町の中心部との標高差が100m以上もあった事と、鉄道建設の目的であった木材搬出のためにこちらのルートになった様でですが、それが旅客輸送にはマイナスとなって、結果的に廃線に結びついたと云う事らしいのです。 と云う訳でここまでは大した坂もないルートを辿ってきた訳なのですが、お陰でここから一気に九十九折れの道で高度を稼がされる事に。
1042基目となる北設楽郡田口町道路元標を履修後、真新しい岩子谷トンネルをくぐります、このトンネルでかつての峠道は片峠となってしまった様です。 設楽町神田(かだ)、時刻は12時半。 ここで園村道路元標に向うか本長篠へ戻るか思案のしどころです。 単純に標高差は200mなのですが、事前にプロファイリングをして来ていないので所要時間が全く読めません、飯田線東栄駅まで下って輪行するとしても、そうなると東栄駅1549発が18きっぷで帰るタイムリミットとなります。 コンビニおにぎりをかじりながら暫し作戦タイム。 園村は田口町とセットで考えていただけにここまで来て取りこぼすのは痛いのですが、どうにも計算ができないのと、ここから峠を越えてFaceBookのお友達がお奨めの四谷の千枚田や梅の里「川売(かおれ)」とやらにも寄ってみたいしと…
設楽町田代にて、路傍の石仏と白梅。
結局は安全策を採って仏坂トンネルを越えて新城市側へ戻る事にしました。奥三河の山深い園村へは次回の愉しみと云う事に。
仏坂トンネルを抜けると明るい林の中を下る快適なコースです、逆から来るとかなり登り堪えがありそうです。
四谷の千枚田にやってきました、なかなかのロケーションです。 かなり遠いですが「自撮り」にトライ、カメラをセットして3分のタイマーをかけて下ります。 結構な激坂なので自転車は置いてカメラを取りに戻る事にします、一発勝負ですから時間合わせとコース取りは念入りに。
棚田の中を下って行く途中でもう一発、そんなこんなでそろそろ時間も押してきました。
下の県道から見上げた「四谷の千枚田」です。 棚田全体の標高差は丸山千枚田以上かも知れませんね。
もうひとつの川売と云う処は見つけられずに下ってしまい帰途に、朝通ったばかりの道なのに、浜松と云う標識に惑わされて本長篠駅へ戻るつもりが大海駅へ、結果的にはこちらの方が楽だった様なのですが、大海1628発で無事に帰途に就く事ができました。
今回はヘッドパーツを忘れると云うアクシデントのお陰で期せずして1泊2日となりましが、非常に収穫のあった2日目を過ごす事ができました。しかし1月の「せとうちツーリング」では網棚にヒップバッグを忘れるはと、危ないお年頃でしょうか。
吉野郡下市町 広橋梅林にて
一昨日に「賀名生梅林」に行ったばかりですが、お天気も良さそうなので急遽下市の「広橋梅林」に行く事にしました。 休日なので人や車が多かったら鬱陶しいかなとも思ったのですが、それなら広橋峠を越えて黒滝村~地蔵峠を越えて吉野山経由で帰って来ようと芋峠越えの道を行きます。 上市橋のローソンで補給、近鉄吉野線の「さくらライナー」がやってくる時間なので、暫く待ってみる事にしました。
吉野川左岸を千石橋南詰まで走り、下市の街の中を走って広橋峠への旧道に取り付きます、峠の旧道と云っても広橋梅林と点在する集落の中を走って行きますので、今も奈良交通の路線バスはこの道を通ります。 「賀名生梅林」はちょっと早かった様ですが、こちらは今が盛り香りが凄いです、思っていたより観光客も少ないです、写真を撮りながら「自撮り」のポイントを探して激坂の道を推したり乗ったりしながら行きます。 梅の写真はこちらで。
なかなか良いポイントが見つけられず、やっと見つけたポイントがここ。 上から見るとそうでもないのですが結構な激坂で、1テイク目はタイマー設定を間違え、2テイク目はコース取りに失敗、どうにか3テイク目で何とか、3往復でくたびれてしまいました。
広橋峠まで登ってきたものの、出掛けるのも遅かった事もありますが「自撮り」で時間を食ってしまった上に、南の方から少し曇ってきたので、このまま黒滝村へ越えて地蔵峠で戻るつもりだったのを止めて下りかけたものの、峠近くに食事のできる処があるのに気が付いて坂の途中でUターンをしようとしてシフトミス、チェーンを内側に落としてしまい、その際に無茶をしたのでスポークを折ってしまいました、何と2本も。 まぁツーリング車の36本組ホイールなんちゅうもんはスポークの2本や3本折れた処でフレ取りさえすれば多少は走れるもんです、ただうちのasuka号はガードクリアランスがないのでフレ取りにしっかり時間を取られてしまいした。 そんなこんなで峠へ戻る気力も失せて、伃邑(よむら)経由で才谷に出て吉野山で食事にする事にしました。
さて吉野山の勝手神社まで来たものの、なんとお目当ての「静亭」は改装工事をやっていてお休み、お腹も空いてますが汚れた手も洗いたいし、隣のお店は営業しているのですが、それも何なので目新しい店を探しながらゆっくり下ります。 駐在所の前に「豆富茶屋」と云うお店があって自転車も置き易そうで、豆腐ラーメンにも食指が動いたので此処に入る事に。 嫌味ののない和風出汁に揚げがトッピングされていて、なかなか美味しかったです。
吉野神宮から<15>桜井明日香吉野線へ入ります、道なりに行くと<167>吉野神宮停車場線となるのですが、こちらは道が狭いので地元の車以外は殆ど入ってきません、途中には奥駈道の案内とお堂、ベンチがあり、対岸を走る近鉄吉野線を見下ろす事ができます、小休止。
結局は一昨日と同じ椿橋~壷阪峠のルートで帰途に就きますが、時間もまだ早かったので高取町の土佐街道沿いで行なわれている「町家の雛めぐり」の中をのんびり往く事ができました。 「町家の雛めぐり」は3月一杯行なわれています。 本日の走行83.6キロ。

大崎上島 垂水港にて
今日は岡村島~大崎下島経由で大崎上島に渡り、東岸を北上して垂水港から竹原港へ、呉線竹原駅から18きっぷ輪行で帰途に就く事にしました。昨日と同じ今治0825発のフェリーで岡村港へ。
来島海峡にて、少し雲が出ていますが昨日同様の良いお天気です。
大崎下島の小長港を出るフェリーには2時間程も時間があるので、岡村島は北回りする事にします。大型車が通行止となっている様な海岸沿いの狭い道が続き、釣り人の姿だけが目立ちます。下大下島、大下島、大三島、大崎上島が重なって見える、昨日大三島へ渡った海です。
岡村橋の手前の坂で「自撮り」にトライ、電柱がどうにも邪魔になってしまうのです、それに対岸には一昨日行った梶取ノ鼻の北岸にある燃料基地のタンクも見えます。
岡村橋を渡ると広島県、まだ時間があるので御手洗まで往復する事にします。岡村島と大崎下島を結ぶ3つの橋が望めます。
また無人販売の100円のミカン買ってしまいました(^_^) 今朝「シクロの家」で不要な荷物は宅急便で送ってしまいましたので余裕です、と云っても家に帰り着くまでには食ってしまいそうですが。小長港のフェリー乗り場の隣の「ゆたか海の駅とびしま館」とやらで土産物も、すみません安くて嵩低いもので。 後で知ったのですが「ゆたか海の駅とびしま館」でのお土産や食事には
「せとうちサイクルーズPASS」で3%割引になるそうです。
もちろんこれから乗る大崎上島へのフェリー他、今日の3つの航路でも「せとうちサイクルーズPASS」は使えます、ただ有効期限が3日間でしたので、昨日今治港で再度発行して貰いました。 ここ土生商船は他所に比べると少し凝った乗船券、持っていられるのは乗船までの間ですが。わずか15分程の船旅で大崎上島明石港に到着、大崎上島にはなんと明石も垂水もあるのです。
大崎上島の東岸を「自撮り」したりしながら北上、中ノ鼻灯台の処で短い登りがあるだけ(写真左上の見下ろしている場所)で海岸沿いの平坦路が続きます。
「自撮り」をしながらのんびり走っていても1時間半とかからず垂水に到着。 今治から3つのフェリーを乗り継ぎ竹原に至るこのルート、走る距離は僅か30数キロで、船賃が自転車込みで2,000円近くかかりますが、のんびり船旅を織り交ぜながら走るならお勧めかも。向こう側の防波堤に回って「自撮り」をしようかと、段取りをしていると丁度1本前のフェリーが、1分のタイマーをかけて慌てて走って行ったのが最初の写真でした。
大崎上島と竹原港の間の山陽商船のフェリーは1日32往復も運航されていますが、大崎上島側は白水港と垂水港に入る便があるので要注意、距離は2キロ程しか離れていませんが、大崎上島側で港を間違えるととんでもない事に。ちなみに最初の写真は垂水港の前を通り過ぎる1便前の白水港発の竹原港行きなのです。

竹原港から1.5キロ程の呉線竹原駅まで走り今回のツーリングは終了です。竹原から帰るタイムリミットは大阪鶴橋から近鉄利用で1739なのですが、1521に乗車できますので「18きっぷ」のまま桜井までたどり着けそうです。いつものジョルダンの乗換案内で検索すると、三原と東岡山、姫路で乗換えて大阪2028着、ところが三原で乗り継ぐ播州赤穂行きへそのまま乗って行き、播州赤穂で野洲行きに乗り継ぐと云う赤穂線経由でも大阪2043着、15分遅いのですが乗換えが1つ少なく確実に座れますし、結果的には王寺駅で追いついてしまいます。

ところが播州赤穂で接続の野洲行きがなかなか入ってこないので怪訝に思っていると、人身事故で東海道~山陽本線が遅れている模様、最悪は鶴橋から近鉄と云う手もありますが、大阪駅に着く頃には遅れもほぼ回復、ところがどうもJR難波で別の人身事故があって関西線のダイヤに影響が出ている由、王寺駅で乗り遅れると高田経由では桜井へは帰れなくなります、そうなると遅くはなりますが奈良経由を選ぶか、さっさと諦めて鶴橋へ向う難しい処、こう云う時に「乗換案内」とかのアプリは役立ちます。 結局は加茂行の大和路快速が定刻に来たので乗車、王寺駅での乗り継ぎにも問題がなく、予定通り2218に無事桜井に帰り着きました。
本日の走行36.0キロ、1日延ばして4泊5日の「せとうち」の旅、1日は瀬戸内とは思えぬ風に参りましたが、雨に降られる事もなく5日間で319.9キロ、距離の方はちょっと物足りない気もしないでもないですが、ほぼ満足の行くツーリングでした。
竹原1521→1558三原1602→1853播州赤穂1900→2043大阪2058→2137王寺2145→2218桜井 「青春18きっぷ」で5,940円分乗車(東岡山~相生間は選択乗車区間なので普通乗車券でも山陽本線経由の乗車券で乗車する事は可能)
前夜 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 総括
2015年4月「天の邪鬼『しまなみ』へ往く」
2015年10月の「『延陽伯』号『しまなみ』を往く

来島海峡を往く。
今日は大三島の宗方港へフェリーで渡り伯方島、大島と走って今治へ戻ってくるコースを考えてみました。 ただ大三島の宗方港へ直接渡るフェリーは便数が限られていて、岡村島経由で行く事になりました。
昔から船旅は天気に恵まれるのですが、今回も昨日とはうった変わって風も穏やかな最高のお天気になりました。 フェリーから来島海峡を行き交う船を眺めるのも愉しいものですが、航路が錯綜しているだけに際どいですね。
宗方港へ行くフェリーまで小一時間ありますので、港の良さげなポイントで「自撮り」にトライ、これが今回の旅のベストショットになった様な、世の中こんなもんですわ、鳥と猫に注目。しかし2テイクで120枚程撮っているのですが、1秒間隔のインターバル撮影しているのですが、それでも思う様には行かないものです。
岡村港1005発の大三島宗方港行きのフェリーに乗船します。 20分程の船旅、この航路は初めてですが、大崎上島と大三島他の島々に囲まれた穏やかな海域、瀬戸内を感じさせてくれます。
今日は大三島南岸を走って大三島橋を渡り、伯方島を経て大島東岸を走る予定です。 ただ大三島南岸は一部通行止の情報があり、一旦北側に迂回する事も考えていたのですが、案の定歩行者を含めて通行止の表示が出ていましたので、素直に迂回ルートに入る事にします。
大三島を「自撮り」しながら行きます。
大三島橋へのアプローチで少々迷いましたが大三島橋へ、大三島外回りから大三島橋へ向う時は、素直に一旦メインルートに戻るつもりで走った方が良いですね。 伯方島は昨日外回りしたので、今日はメインルートを走り抜け大島へ。
大島東海岸へ入ります。 友浦港を過ぎた辺りから道は極端に狭くなりますが、ツーリング車に似合う鄙びた風景となります。
絵的にはなかなか難しいパターンです。 この先、志津見港では非常に道が判りにくくなりますので要注意。
岬の向こうに今治の街が見えてきました。 しかし「しまなみ」裏街道ではこの大島東回りが一番キツいでしょうね。 陸続きになってしまった「しまなみ」の島々ですが、島暮らしの厳しさを感じさせてくれるルートです。
江越峠、名駒峠と云う標高は100mにも満たないのですが、盟友峠おやじナワールド氏未踏の峠を2つ越えて、来島海峡大橋の見える処まで帰ってきました。 本日の走行52.6キロ。

そこまでしなくともとは思ったりもするのですが、関西本線王寺駅0436発の始発に乗るために2時過ぎには桜井を出発しなくてはなりません、桜井の始発に乗ってもお昼には尾道まで行けるのですが、平日とあって大阪から神戸ともろに通勤時間帯に重なってしまうのです。昨夜からの続きで一睡もしていませんが、真っ暗とは云え勝手知ったる大和川沿いの道を突っ走り3時半には王寺駅に到着です、ここまで20.85km AVS22.5km/h。ヘッド(フォーク)抜き輪行とは云え1時間あれば余裕、となんと云っても慌てて輪行支度をして良い事はありません。トップチューブのプロテクタなんぞは先に巻きつけて走ってきました。ただ巨大なキャラダイスのサドルバッグを付けたままなので、前後のホイールが望ましい位置には収まってはいません。700Cと云う事もあってオーストリッチのE420輪行袋には厳しいかも知れません。しかしかなりコンパクトで実際サドルバッグなしならサドルを下げればオーストリッチのミニベロ用のちび輪に入っちゃいますし、ちゃんと入れれば自立もします。輪行は可能な限りコンパクトである事が鉄則、邪魔臭いから後輪外さない輪行なんて輪行する資格なし、ポジションを触りたくないとかシートピンを締めるにはトルクレンチが要るからとサドルを下げずに輪行袋から飛び出している足の長いお人は輪行なんかせんと走って行きなはれ。
さて平日限定ですが王寺0436発にはミソがあります、ジョルダンの乗換案内で検索すると王寺0436→0511新今宮0512→0529大阪0558→0728姫路0731→0908岡山0913→1033尾道となるのですが、実際には大阪0534発の加古川行き普通に乗ると西明石で播州赤穂行が待っていて姫路0715に着いてしまうのです、これで18きっぷのシーズンには混雑するこの区間を輪行袋を提げていても悠々乗り継いで座って行けます。
今回は1日目に鞆の浦を回って尾道へ行こうと考え最寄の東福山で下車します。改札を出て駅前で適当なスペースを見つけて輪行支度を解いたまでは良かったのですが、大変な事に気が付きます。マウンテンスミスのランバーバッグ(ヒップバッグ)を車内に忘れてきたのです、途中から子供連れが乗り込んできて網棚に載せたのが仇に。幸い中身は着替え類と携行食だけ、貴重品や自転車が走るために必要なものは全く入っていません、いかんせん輪行袋とかを押し込むスペースがサドルバッグに残ってませんが、そこはデジイチをフロントバッグから取り出して担げばなんとか、昨日買ったホールド性の良い「忍者ストラップ」が役立ってくれます。とにかく駅事務所へ行って申告、件の列車はまだ三原へ向って走っている途中で、20分程で車掌さんが所在を確認してくれて荷物は糸崎駅預かりと云う事に、急がないのなら尾道駅で受け取る事もできるそうですが、1駅先ですし「18きっぷ」もあります。
と云う訳で時間にはまだ余裕もありますし、予定通り鞆の浦へ向う事にします。無事に走り出せた処で今夜の宿を確保する事に、「じゃらん」で前回も泊まった尾道の「ビュウホテルセイザン」を、標高110mの山の上ですが、
訳ありルームとポイント利用で3,700円(税込)也。
お天気が今一つだった事もありますが、正直云って鞆の浦はどうって事もなかったです、室津や坂越の方が良かった様な。 それでも一通り回って、時間も時間なのでどこかで食事をする事に、うろうろしていると「鞆の津+Cafe」と云うお店があったのでそこへ、何やら「きのこあんかけオムライス」と云うのが、最近オムライスづいているのでそれを、う~んオムライスと云うより天津飯やねこれは。
福山から鞆の浦までは結構車も多かったのですが、その先沼隈方面は比較的車も少なく快適に走れます。途中「境ヶ浜マリーナ」で「せとうちサイクルーズPASS」を貰います、アンケートを記入しこれで瀬戸内の殆どの航路が割引になります。マリーナのレストランのシーフートパスタが美味しそう、かなり高いけど。 それはパスして向島へ渡る歌港へ、途中無人販売の100円のみかんを発見、いよいよ荷物をいれる場所が、幸いフロントバッグの底にクッションを兼ねて100均のナップザックを入れてあるのを思い出して、もう1袋買えたかな。
フェリーと云っても目と鼻の先、「サイクルーズPASS」で自転車込み100円也でした。
向島は昨年10月にウロウロしたのでロクに確認もせずに適当に走っていたらきっちり遠回りしてしまいましたが、尾道渡船の乗り場に到着、尾道渡船は駅から少し離れているので「しまなみ」を走ろうと云う人はあまり利用しない様ですが、ブルーラインはここからもスタートしています。向島(兼吉)側には大林宣彦監督の新尾道三部作の「あした」の呼子浜待合所のロケセットが移築保存されています。渡船に乗ると今夜の宿の「ビュウホテルセイザン
」はなんと云うか頭上に見えます、隣の天守閣は「尾道城」、と云っても歴史的に意義のある城郭でも何でもなく、民間の博物館で現在は閉鎖され廃墟となっています、心霊スポットとか。
尾道駅まで来た処で、忘れ物を取りに行かなければなりません、隣の駅なのですが結構交通量の多い国道を走らざる得ませんので、18きっぷもある事ですし、asuka号を駐輪場にしっかり括り着けて電車で往復する事にします。 ところで輪行で尾道へ来た人はご存知でしょうが、尾道駅には「自転車組立場」と云うのがあります。
無事に荷物を受け取って尾道駅に戻り、商店街の中にある尾道ラーメンの店に適当に入り夕食にします。「ビュウホテルセイザン
」までは徒歩で600m程の距離なんですがそれは延々と階段を登ってでの話、車道では北側へ大きく迂回して2.4kmの道のり、前回は非力な「延陽伯」号で騙し騙しそれでも押さずに登ったのですが、今回はasuka号で一気に登り切りましたが、もう少し腹ごなしをしてから行くんだったと、吐きそうになりましたよ。 立地条件から決して自転車向きではありませんし、屋根のある駐輪スペースがありません、部屋に持ち込む事も輪行袋に入れる事が条件の様です。私はサドルカバーだけしてしっかり鍵を2つ柵に固定しましたが。ホテル内にはレストランそれもタイ料理店が、と云うよりホテルそのものが何故かエスニックな雰囲気なのです。何しろ山の上ですから回りにはなにもありません、飲料はともかく食事や買出しを済ませてから登ってきて下さい。ホテルの建物は結構古いのですが清潔に保たれています、エレベーターが結構なシロモノで、もしや階表示はニキシー管、ではなかったです。フロントが4階にあたり、関西人には高野山や吉野山でおなじみのパターンです、エレベータのボタンをつい間違って押してしまい開閉動作を繰り返すと云う例のパターンにハマります。と云う訳で決してサイクリストには一押しではありませんが、不便を補っても余りあるのが客室からの眺め、尾道水道を一望できます。なお安価なドミトリーもあります。
ところで格安の訳ありルームと云っても窓の外が心霊スポットの尾道城なんて訳ではなく、空調設備の音がうるさいとの事です、10月に泊まった折は全く気にならなかったのですが、やはり季節柄多少うるさい様ですが殆ど気にする事なく休む事はできました、第一昨夜から徹夜ですもんで。本日の走行、王寺までの自走を含んで66.0キロ、18きっぷで5,150円分乗車。 でわおやすみなさい。
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2015年4月の「天の邪鬼『しまなみ』へ往く」は
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2015年10月の「『延陽伯』号『しまなみ』を往く」は
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国道301号線から新城市街を望む。
今日は三河安城をスタートし愛知県額田郡岩津村、東加茂郡松平村、下山村、南設楽郡作手村と4基の道路元標を巡る85キロ程のルートを走る事にします。道路元標蒐集の旅では昔から東横インを良く使っているのですが、最近は特に安いとも思えないのですが、メンバーになっていると割引とか10泊で1泊無料とかの特典もありますし、昔からLANとかランドリーとかサービスが均質で整っているので重宝しています。無料の朝食サービスは早駈けの私には時間が勿体無いので、あまり利用しないのですが、三河安城は6時半からになっていて、今の時期明るくなるのは7時頃なので、珍しく頂く事にしました。ここは企業それも工場関係が多く、観光客も少ない土地なので客層に応じた計らいなのでしょうね。朝からちょっと食べ過ぎたかな。
三河安城から最初の目的地の岩津村まではコースが悩ましいところだったのですが、豊橋市在住のFBの友達Sさんから自転車道がある事を教えて貰い、途中まで利用する事にしました。自転車道は明治用水に沿って走り、途中には三連水車と云うのがあり公園が整備されています。お天気は最高、三連水車が朝日に輝いています。 ところでそのSさんから途中で迎撃下さるとの事、いずれにせよ矢作川を渡るには天神橋しかなさそうですので、その辺りになるでしょうが、FBのメッセージで現在位置を知らせながら自転車道を行きます。
案の定Sさんは天神橋西詰で待ってくれはりましたが、5時に豊橋を出られたそうです、有難うございます。寄寓にも今日の愛車はKHS F-20R、うちのF-20Sは最近出番がありませんが。雑談をしながら岩津村道路元標へ、右の写真はSさんから頂きました。
Sさんとお別れした後、2つ目の目的地松平村へ向いますが、どうも場所が特定できません、怪訝に思って穴蔵さんと国道901号さんのサイトを確認しますが、風景がまるで変わっています、隣にあった公衆電話ボックスは勿論、建っていた酒屋さんもありません。近くにおられたご近所と思しき方に尋ねてみると道路拡幅のために酒屋さんは移転されたとの由、しかし道路元標についてはご存知ではなかった様です、先が長いので深追いせずに次の目的地に向う事にしたのですが。
岩津村から松平村と走ってきた県道39号岡崎足助線を何の疑いもなくそのまま走り足助の街中へ入ってしまいます、次の目的地は下山村道路元標なのですが、足助のど真ん中なのになぜ下山村なのかと怪訝に思いながら、GPSマップに登録されている場所にたどり着くとそこにあったのは下山村ではなく足助町道路元標だったのですが、写真を撮りながらそれでも気が付きません。
後は作手村だけ、逆算すろと距離的にも時間的にも余裕があるので、足助の街並みを歩き。お参りすると一生食いっぱぐれしないと云われる「お釜稲荷」を覗いたり、適当な店があればここでお昼にしようかと考えていて、ふと先の道路元標が下山村ではない事にやっと気が就きます。松平村でGPS上の未収の赤いマーカーだけを見ていて、東の下山村に向わずに10キロ以上も北へ行った足助町に来てしまったのです。足助町も未収には違いないのですが、いつか飯田から三州街道を走り抜けてその折に立ち寄ろうと考えていて、今回は予定に入れてなかったのです。もとより「延陽伯」号で標高500mまで上がる85キロ程のコースを9時間で走らなければならないので無理はあります、そこに10数キロは遠回りをしてしまった訳です、開き直ってレトロなカフェで白玉ぜんざいを戴きながら、さて善後策は…
結局はR420から県道362号大沼足助線を取り下山村へ向う事にしました、長年の感で自転車にとっては一番良いルートに思えたからです。巴川に沿って穏やかに登って行く道筋で、県道に入ってから出遭った車は数台、ツーリング車向きの鄙びた道を満喫する事ができました、松平から下山へ真っ直ぐR301を走る事を思うと交通量、斜度を考えると、時間的な事を除けば川沿いに遡上するこのルートはまんざらでもなかった様です。下山村道路元標を経て本来のルートのR301に入って最後の作手村道路元標へ着いたのが1420、18きっぷのまま桜井へ帰ろうとすると飯田線の新城駅が1707発、となると16時過ぎには新城市街へ越えなければなりません。距離は18キロですがピークの本宮山スカイラインの入り口までどれ程登らなければならないのか情報不足なのが。
結局は大した登りもなくアウターのままで15時にはスカイライン入り口に着いてしまったのです。さすがに「自撮り」の余裕こそありませんが、写真を撮ったりしながら標高差400mの激坂を下って15時半には新城駅に着いてしまいました。
結局は1707発までは余裕たっぷり、さすがに1542発、1612発はともかく、1本早い1639発で帰途に就く事にしました。 新城駅にはおあつらえ向きのスペースがありましたので、のんびりとしっかり輪行支度を整えます。

新城1707発のスジでは名古屋7分、亀山2分、いずれも階段がと輪行袋を担いでではかなりタイトな乗換えだったのですが、亀山で追い付かれるので桜井への到着は同じになりますが、全線ゆっくり座って帰ってくる事ができました。写真は亀山駅構内と関西本線キハ120車内。昨日今日とアクシデント続きの1泊2日、行方知れずの松平村道路元標は残念ですが、足助町道路元標と飯田街道の街並みも巡る事ができて満足の一日でした。 本日の走行96.6キロ、今月も無事11ヶ月連続となる1,000キロを超えました。18きっぷで4,430円分乗車。
【1038】 2015/12/29 愛知県 額田郡 岩津村(現 豊田市)
【1039】 2015/12/29 愛知県 東加茂郡 足助町(現 豊田市)
【1040】 2015/12/29 愛知県 東加茂郡 下山村(現 豊田市)
【1041】 2015/12/29 愛知県 南設楽郡 作手村(現 新城市)
古稀に至ってもなお「走」「工」「趣」三拍子揃って三流のサイクリスト。ライフワークは「道路元標」と「自撮り」。なお「■ャリ」等の自転車に対する卑しい言葉をコメント等ではお使いにならないで下さい。