青木湖畔を往く 旧R148 続きを読む 信州キャンプツーリング(4日目)
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信州キャンプツーリング(3日目)
さて当初の予定では昨日の内に安曇野市の「かじかの里キャンプ場」まで足を進め、今日早いうちに木崎湖キャンプ場まで移動、設営後身軽になって2008年に走った小熊黒沢林道に11年ぶりに行ってみようかと考えていたのですが、この天気では展望も期待できないだろうし。予報では今日も一日降ったり止んだり、秋雨前線に沿って次々と西から雨雲が流れ込んで来る按配。松本市街にいる事ですし、早朝からコインランドリーとスーパー銭湯へ行って、その後「あずみ野やまびこ自転車道」を経由して木崎湖まで北上する事にしました。
ネットカフェのナイトパックの料金設定もあるので5時にはチェックアウト、シニア割引のお陰で1,160円と安上がりに、年寄りには冷房の効きすぎが堪えるのですが、寝袋を持ち込んで大正解、思ったより快適に休む事ができました、松本駅前の「すき屋」で朝飯を食って、北松本駅近くのコインランドリーに移動、この頃から本降りの雨が、開店時刻の6時になっても自動扉が開かない、電話をしても留守電には閉口しましたが、15分後には開錠、2日間の汚れ物を片付ける事ができました。スーパー銭湯の「湯の華銭湯 瑞祥 松本館」までは10分とかからないので、雨雲レーダーを睨みながら開店までに移動します。入泉料680円で必要充分な施設、土日祝日は朝6時から営業している様です。

1045には「瑞祥」を後にし「あずみ野やまびこ自転車道」へ向かいます、幸い雨は暫く収まってくれそうです、自転車道へのアプローチが少々判り難いのですがR19を奈良井川に架かる新橋まで北上し左岸へ渡り堤防上を再び北上してR147を跨いだ辺りが自転車道の入り口(終点)になります。

自転車道は概ね拾ヶ堰(じっかせき)と呼ばれる疎水沿いを穂高川沿いまでの約15キロが整備されていて、県道441号穂高松本塩尻自転車道線の一部となっていますが、奈良井宿から松本までの区間は殆ど未整備の様です。アルプスを背景に安曇野の田園風景の中を行きます、交通量の多い道路との交差部分はアンダーパスが整備されていますが、千曲川沿いの自転車道同様、どうも長野県の自転車道は舗装の継ぎ目が酷くて、ロード向きとは云えない様です。
生憎の天気で雨雲に覆われたアルプスですが、春に走ると素晴らしい風景でしょうね、自転車道は大糸線をくぐってR147の穂高橋で終わり(起点)となりますが、ここで雨が降り出しきて、有明駅近くのコンビニまで急ぐ事になります。

コンビニの店頭で40分程雨宿り、社村道路元標に立ち寄るために高瀬川左岸の県道51号大町明科線を北上します、多少アップダウンはありますが、大町までR147を走るよりも快適かも知れません。そのまま北上すると北大町を過ぎた辺りでR148に入る事ができます。
途中で2度の雨宿りとコンビニでの買い物がありましたが16時には木崎湖キャンプ場に無事到着です、ここまで走行50.4キロ。
設営後、対岸のYショップニシまで園原さんの自転車柄手拭いを取り置きして貰っているのを引き取りに向かいます、ついでに木崎湖を反時計回りに一周、10キロ弱でしょうかね、東岸はR148でなく湖岸を走ればほぼ平坦ですが、西岸は多少の登りがあります。

こちらへ来れば色を見て選べるかなと思っていたのですが、これが最後の1枚になってしまっていました、「かじかの里」で再会できずに木曽へ戻ったあびさんは園原さんご本人から直接頒けて頂けた様で、残念、ともあれ今回のミッションの1つは完了、本日の走行61.3キロ。
【1086】 長野県 北安曇郡 社村(現 大町市)
信州キャンプツーリング(2日目)
岐阜長野県境 野麦街道 野麦峠(1,672m)にて
今日の予定は再びR361に戻り、岐阜県との県境長峰峠(1,503m)を越えて高根乗鞍湖畔まで下り、高嶺大橋から県道39号奈川野麦高根線いわゆる野麦街道で野麦峠を越えて再び長野県へ戻り、奈川ダムから安曇野市の「かじかの里キャンプ場」を目指すつもりなのですが、長峰峠、寺坂峠(1400m)、野麦峠を含む約98kmの道のり、4サイドだけにかなり無理がある上にこのお天気ですからね。高嶺大橋までは2002年7月に走っていますが、野麦峠へは1999年10月以来、乾さん、ナワールドさん、GAMIさん、せいのさんと5人で走って以来の20年ぶり、この時のレポートがナワさんのHPの「野麦峠の館ツァー」とGAMIさんのHPの「野麦峠・月夜沢峠越え」として残っています。レポートをたどって行くと九蔵峠でお逢いした若かりしnana魔女のお姿が…


降られる事もなく朝を迎える事ができました、静かでなかなか良いキャンプ場ですが、自転車で来るのはちょっと辛いかな。あびさんも車で今夜の「かじかの里…」へ向かうとの事ですが、再会はちょっと無理かと。とにかく明るい内に野麦峠を越えられたらどうにかなるやろうと、8時前には開田高原キャンプ場を後にします。(写真右 : あびさん)
普通なら昨夜登って来た道を標高で170m程下るのですが、少し登って川の北側に出た方が登り返しが少なくなりそうなので、そちらへ進みますが、間違えて入った道がなんとダートに、300m程下ってキャンプ場へ戻る別の道だと気がついて引き返す事に、今日1回目のロス。

その後は順調に下ってR361の手前まで、野菜畑の中を右下にR361を見下ろしながら長峰峠へ向かいます。

R361に合流する手前辺りからパラパラと降り出します、慌ててサイドバッグ、フロントバッグにカバーをかけポンチョを被って走りますが、雨の中追い越してて行く女性ランナーが… 雨は暫くで止んで峠に着くまでに晴れ間が、雨に濡れて登りで汗をかいて、これなら木陰で雨宿りをしていた方が良かったかな。0945 長峰峠到着、岐阜県高山市になります。峠の茶屋は既に営業はしておらず、もちろん客寄せ馬もおらず廃屋寸前。
少し下ると日和田高原、リゾートぽい雰囲気、この先野麦峠までを考えるとどこかで飲料を補給しておきたい処です、幸い飛騨おんたけ山荘に自販機を発見、一安心。ところで日和田高原は陸上競技場があったりとランナーの合宿地になっているらしく、車へ安全走行を促す看板があちこちに立っています、長嶺峠で抜かされた女性ランナーもそうだったのかな。その割に工事のダンプが多い事。
長峰峠から高嶺大橋まで400mのダウンヒル、野麦峠まで登らなければならないのに勿体無い話です。2002年はここで野麦峠へ向かうUG兄さんやまえださんと別れ、高山、白川郷経由で金沢へ向かいました。

県道39号へ入り暫くで旧道への分岐(1,185.5m)が、1990年代まで野麦峠への車道はゲートに閉ざされた飛騨川に沿ったこの林道でしたが、崩落か何かで通れなくなり、現在の阿多野郷から寺坂峠を越えるルートが県道となりました、手持ちの昭和62年(1987年)修正の五万図では寺坂峠ルートは半分しか開通していません。お陰で標高差100m足らずの区間を300m登らされて200m下らされる事になってしまいました。
寺坂峠そのものより阿多野郷の集落の中を真っ直ぐ登って行く区間が辛い様な、村外れの分岐から峠らしい道に、ただ「熊の目撃情報」の看板が。

寺坂峠の手前まで来て、道路前方に動くものが「熊?」、コンデジで撮影して拡大してみるとデカい猿です、Facebookで教えて貰った話ではここで猿の軍団に囲まれたとか、集団だと怖いですね。
1215 寺坂峠到着、気温は19℃を示しています、猿かと安心してられませんので、熊鈴に加えてスピーカーで音楽を流しながら走る事に。
再び野麦峠へ登り返しが始まります、工事の作業所みたいな処に自販機、100円のペット飲料とかもあって結構リーズナブルなんです、ところが先に休憩した場所にヒップバッグを忘れた事に気が付きます。距離で700m程、標高差40m程を引き返す事に、今日2度目のロスタイム。

13時過ぎに野麦集落に到着、今は営業している処も自販機も人影も見えません。軒先のベンチを借りて、持参の菓子パンと先ほど買った飲料でお昼にします。
1,345m、旧野麦街道への分岐へ、山道だと峠まで4.2キロとありますが、県道だとまで8キロ以上走らなくてはなりません。長峰峠からここまで降られずにやってきたのですが、西から雨雲が接近してきている様です。

案の定、本降りになってきました。幅員も狭くなるし、時々車もやってくるし、濡れた路面を4サイドで蛇行しながら登るのもそろそろ限界です、時々木陰で雨宿りしながら開き直って押して行く事にします。
1544 ようやく野麦峠に到着、残念ながら20年ぶりの野麦峠は雨でした。この先下り基調とは云え安曇野まではとてもたどり着けませんので、SNSに書き込みますが、どうやら下界も降ったり止んだりの状況らしいです。もちろん乗鞍岳は見えませんし「お助け小屋」も「峠博物館」を覗く余裕もなく、四阿で体制を整えて1609出発、齢65、再び自転車で訪れる事は叶わないかと。


標高が下がってきた処で雨も収まり、1653 寄合渡で県道26号奈川木祖線と合流、奈川村道路元標の残る黒川渡まで来たものの、元標をなかなか見つけられず、余計な坂を登ったりして30分近いロスタイム、湖畔に出てからのアップダウンで奈川渡ダムに出る頃にはすっかり暗くなってしまいました。その上車が多く、トンネルの連続、雨と最悪の条件のR158を松本市役所安曇支所のある島々に下りてきたのが19時前。新島々駅前のゲストハウスも取れず、市街地近くまで降りてきてこの雨でゲリキャンもままならないので、松本インター近くのネットカフェに向かう事に。
松本インター近く「自遊空間」、街中のネットカフェだと自転車を置く場所に困るのですが、少し郊外のここなら充分なスペースがあります、建物の影にしっかり鍵をかけておけば安心できそうです。R158を無事に走り抜けたのも派手なバッグカバーと3つのテールランプのお陰かと、しかし雨の中1,000m以上も下ってきたお陰でブレーキシューもかなりチビってしまいました、梅雨明けにシューをM50TからR50T2に交換していたのですが、やはりウェットな条件では持たない様です。本日の走行92.0キロ。
【1085】 長野県 西筑摩郡 奈川村(現 松本市)
信州キャンプツーリング(1日目)
遠征ツーリングは「18きっぷ」の使える季節にしているのですが、昨年夏は7月に能登半島へ4泊で向かったものの、連日の猛暑の下、日中キャンピングで走るのは自殺行為に近いものが、今年は標高が高くて少しでも涼しい処へと信州へ向かう事にしたのです。コースは木曽福島から未収の道路元標をなぞって大糸線の南小谷まで、開田高原から長峰峠、野麦峠と一旦は岐阜県に入るものの、松本から白馬経由で北上する約200キロを3泊で走るプラン。混雑するお盆を外して、8月第4週に休みをセットする事に、但丸々1日休みの取れるのは3日間、いつもの様に「18きっぷ」を使って始発から移動する余裕がなく、初日は近鉄特急と「しなの」を利用して木曽福島まで輪行する事にします。
そこで静養中(^_^)の鈴鹿のあびさんから、自転車は無理だけど車でキャンプだけご一緒したいとのお話、元より1日目はいつ開田高原キャンプ場に辿り着けるかのタイトな行程、先乗りして頂けると安心、喜んでご一緒して頂く事に。
さて世間のお盆休みは台風襲来、第4週はまずまずと陰でほくそ笑んでいたのです。18日には4つのサイドバッグをクロネコヤマトの木曽福島営業所留めで発送、20日にさっさと出発できる輪行準備を済ませたら、なにやら気の早い秋雨前線が現れてお天気が怪しくなっているではありませんか、既に荷物を送っているのでお天気だけで止める訳にも行かず、降られる覚悟で多少雨支度や着替えを追加する事に。
予定より1本早く桜井0937に乗車する事ができて伊勢中川乗り継ぎになりますが、榛原から近鉄特急に乗車、名古屋駅では余裕の22分接続で自由席の列に並ぶ事ができました。しかしJRの特急に乗るなんて何年ぶりでしょうね。
心配なお天気、中津川辺りまでは良かったのですが、1323 案の定木曽福島駅に降り立つ頃には雨に、16時位まで降り続く予報、とにかく輪行支度を解きますが、なんと作業をしている内に雨が止んで晴れ間も、これ幸いと1420 出発。

まずは福島町道路元標のある郷土館へ、季節によって変則的な開館日ですが、道路元標は前庭にあって休館日でも近くには行けそうです、積雪期はともかくとして。

クロネコヤマトの営業所は木曽福島の街中から開田方面へ数キロ入った処、それは良いのですが、明日の行程に備えて携行食とかを街中で準備しておきたい処、ところがサイドバッグをセットするまで荷物を入れる余裕がないのです、ろくに買い出しもできずに営業所へ。荷物を受け取り4サイドの出来上がり、一挙に20キロ重くなります。
地蔵峠への分岐までR361を行きますが、所々に旧道が残っているのでそちらを選びます。さすが信州、道祖神が出迎えてくれます。
地蔵峠への道へ入ると殆ど車はやってきません、記憶も曖昧ですがここを走るのは17年ぶり、自転車向きの雰囲気の良い適度な坂が続きます。
「唐沢の滝」を見上げるコーナーで小休止、案内板には「寝覚の床」「王滝の水ヶ瀬」と並んで「木曽三勝」、現在の落差100mと記されています。道は滝の右側を巻いて滝の上へと続きます。
どうにか17時過ぎに地蔵峠に到着、以前はもっと楽だった気もしますが、4サイドですから仕方ないですね。

開田側へ少し下ると「地蔵峠展望台」、九蔵峠とともに天気が良ければ御嶽を望むビューポイントなのですが、今は雲の中。17年前はここでゲリキャンしたのですが、あびさんがキャンプ場で待ってなければ、今回もここでゲリキャンしたでしょうね、なにしろキャンプ場までは開田村まで一旦下って地蔵峠とほぼ同じ高さまで登り返さなくてはならないのです。
R361に戻り、木曽町開田支所に立ち寄って西筑摩郡開田村道路元標を。後8.4キロ、単純に標高差よりアップダウンが辛いのです。
九蔵峠の手前で県道20号開田三岳福島線へ、幸いにも管沢の高宮商店がまだ開いていたので、明日の携行食にパンやら御菓子などを調達、自販機の温かい缶コーヒーとドーナツで虫養いをしていると、キャンピングを見つけて声を掛けて頂いた方、大阪出身で開田高原が気に入って定住されていて、片倉シルクのオーナーとか。さてキャンプ場までは後3キロを切っているのですが、真っ暗な山道です、最後の数100mの坂では押しが入る事に。

幸い降られる事なく1944 やっとの事で標高1,304mの開田高原キャンプ場に到着、真っ暗ですがあびさんの居場所はすぐに判りました。
炊事場近くの屋根のある一画を確保してくれていました、お盆な明けの平日とあって他の利用者も2組だけとか。駆け付け1本の後、設営を済ませて、2人ぼっちで宴の始まり。(Photo : あびさん)
本日の走行31.4キロ、道路元標や荷物の引取りがあったにせよ、5時間も掛かってしまいました。
【1083】 長野県 西筑摩郡 福島町(現 木曽町)
【1084】 長野県 西筑摩郡 開田村(現 木曽町)
今年も「大和高原夏の早朝ラン」
RRCBの恒例行事「大和高原夏の早朝ラン」、8月の第1日曜、朝7時に名阪国道針テラス集合、暑い下界を忘れて早朝の大和高原を颯爽と走ろうと云う企画、いつ頃から始まったのでしょうかね、どうも2006年8月13日の「大黒屋さんスポルティーフお披露目ラン」がルーツの様なのです。現在は原則クロモリホリゾンタル、ワイヤー上出し、トゥークリップがレギュレーションのクラッシックロードの走行会になっています、同じく大和高原で行なう「クラッシックロード走行会」よりは緩め、特に女性には。かく云う私はビィンディング派ですので、毎回レギュレーション違反な訳です。
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愛知県の道路元標へ
有効期限残り僅かの「近鉄優待乗車券」を賜ったので、愛知県下で残している道路元標(上図赤印)を巡るか、自走で辿り着けてもなかなかゆっくりと回れない先志摩を往復輪行で巡るか、悩んだ挙げ句に自転車抜きで愛知へ向かう事にしました。愛知県下には後5ヶ所をのこしているのですが、今まで回った残りと云うか比較的最近になって現存が確認されたとかで、場所がてんでバラバラ、2ヶ所は比較的駅から近く、1ヶ所はどうにか路線バスが使えるので3ヶ所を公共交通機関利用で巡る次第に。(なお黒印は現存が確認されていたものの、その後行方不明となったもの)


「優待乗車券」と云っても特急まではタダで乗せてはくれません、桜井0642発の急行を乗り継いで名古屋へ、名鉄に乗り換えて美和村道路元標の最寄り駅になる木田駅へ、しかし色々な方向へ様々な編成で入ってくる名鉄電車には戸惑います、津島線へ入るのは2両編成かい。

海部郡美和村は美和町を経て2010年にみわ市に、道路元標は美和民族資料館の玄関脇の庭先に案内板付きで保存されています。なお同館は水木曜休みですが元標の前までは何時でも行けるかと。
お次も名鉄に乗り継いで三河線の碧南駅へ。2014年10月にも訪れていますが、その時は目的の棚尾村道路元標が移設されていて見つける事ができませんでした。

碧海郡(昭和45年に消滅)の棚尾村道路元標、以前は棚尾小学校内に保存されていたのですが、町おこしの一環で元の場所とされる処に再建されています。
歴史のある町かして、歩道や案内が整備されています。
お次は東春日井郡(昭和45年に消滅)の坂下村、JR中央本線の高蔵寺駅が最寄りですが直線距離でも4キロは離れています、ただ今やニュータウンのど真ん中で路線バスが日中でも1時間1本程度走っています、駅前のバスターミナルから最寄りのバス停まで片道330円は些かお高いですが、丘陵地帯のアップダウンを自転車では行きたくない様な。

坂下村道路元標は坂下公会所(公民館とは異なります)の玄関先に。これで愛知県下110基目、現存が確認されているものは後2基、渥美郡泉村は良しとしても北設楽郡の園村が難関です。

東海道線で遅延とかが発生していたのですがほぼ順調に予定の3基を巡り終え、少し時間の余裕があったので、せっかくですので毎年新春ランでお世話になっているカトーサイクルさんへ、今どきのお店には置いていない小物部品が必要だったので、グッドタイミング。ただ眼に毒なものが一杯あるのが困り物です。

帰りは特急料金を奮発しましたが、名張から普通電車に乗り換えるので行きと30分程しか変わらないのが。
【1080】 愛知県 海部郡 美和村(現 あま市)
【1081】 愛知県 壁海郡 棚尾村(現 碧南市)
【1082】 愛知県 東春日井郡 坂下村(現 春日井市)
「ヴィンテージレーサー鑑賞会」へ
決してヴィンテージレーサーに造詣がある訳でもないのですが、今年で5回目を迎える「ヴィンテージレーサー鑑賞会」を覗きに、会場のある伊賀市の「サンピア伊賀」まで往復してきました、一応集合写真撮影係と云う任務もあるのですが…
7時前に桜井を出発、伊賀上野へはいつも初瀬ダムから取り付いて大和高原経由で、先月の「あらぎ島」以来のErbaロードで向かいますが、体が重くてなかなかペースが上がりません、そう云えば梅雨入りしてから調子も悪くてロクに走ってないですからネェ、坂もいつもに比べてキツく感じます。鬱陶しい梅雨空の下、陽射しは殆どないお陰で暑さはマシですが尋常じゃない湿度、走っている時はまだしも、停まると途端に汗が吹き出します。
大和高原へ上がってからのルートは幾つかあるのですが、小倉IC付近から農免道路へ、暫く走っていないと云う理由だけで踏み込みます、変わろうはずがないのですが、相変わらずアップダウンが強烈です。山添村に入った処から助命(ぜみょう)へ下る小径に入りますが、舗装はされているもののロードで走る様な道ではありません。
上津ダム湖畔を経て、県道80号奈良名張線を跨いで遅瀬川に沿った奈良県道181号遅瀬西波多線へ(写真右)へ、実は国道25号線の奈良国中と伊賀上野間の経路は2桁国道の割りにはR163(大和街道の一部)やR165(阿保越伊勢街道)に比べて由緒のあるものでもないのです、国道になったのは戦後、それ以前では現在の中峯山経由ではなく、この遅瀬川に沿ったルートで策定されていた様な、伊賀上野ではこのルートを波多野街道としているのも納得できます。
国道25号線旧道(いわゆる非名阪)、奈良三重県境名張川に架かる五月橋の新橋への架け替え工事も佳境です、少し下流側へ走りますが、前後にボニートラスを従えた威容も見る事ができなくなってしまいました、旧橋は来春には撤去されるとか。後ろに見える赤い橋は名阪国道の新五月橋です。
会場に行く前に旧上野市街を少し巡ります、横溝映画のロケ地だったり(写真左上)、楽器店の前のニッパー君も健在(写真右上)、忍者タクシー(写真右下)は「サンピア伊賀」に居る事が多いです。
11時過ぎに会場に到着、今年は参加台数が控えめな様ですが、いつもの関西と名古屋在住の顔ぶれに今回は遠路関東からの方を含む新しい方も何人か、35年ぶりの再会もあったとか。
ゲストに新進ビルダーの水島さんも見えられていました(元S級選手、ビルダーとしてはエクタープロトンの橋口さんのお弟子さん)。(写真 : UG兄さん)
午後からは個々のプレゼンが、今年もくノ一装束のまいちゃんが大活躍、各車の紹介では「まだ走ってません」「まだタイヤ貼ってません」の連発に大爆笑。さて詳しい紹介は朴念仁の私がするよりも、すみません近々にも公開されるだろうまえださんのブログにお任せして…
今日はちゃんとした雨支度も輪行袋も持ってきていませんので、14時過ぎには一足お先に会場を後にさせて貰う事にします。上野盆地の田園風景の中を南下し、伊賀神戸駅近くから近鉄大阪線に沿った初瀬街道をひたすら西へ、美旗、桔梗が丘、名張、県境を越えて三本松の道の駅「宇陀路室生」までほぼノンストップ、夕立が心配でしたがどうやらこのまま無事に桜井まで帰れそうです、旧街道の海老坂峠を越え、現在室生ダム湖畔が抜けられない様なので、後は国道165号をひた走り西峠を下り、17時半には無事に帰投、本日の走行112.8キロ。
なお過去のレポートは第1回(2015)、第2回(2016)、第3回は欠席、第4回(2018)を。
リベンジ「あらぎ(蘭)島」
一昨々日リタイヤの憂き目を見たツーリング「あらぎ島はDNF(*_*)」、帰りの輪行の車中で手配しておいたタイヤが届いたので早速交換、このパナのクローザー、昨年7月から使い始めましたが、安いもののそれまで使っていた同社のツアラーに比べて決して耐パンク性能は良いと云えない様で、今年3月にも「WAKAYAMA800 2度目の南紀へ」の折にダメージが酷くて交換したばかり、私の様に平気で悪路に踏み込む人間にはお勧めではないかと。ただ後輪はまだ1,000キロ程しか走っていないので、今回はもう一回りのつもりでローテーションしてクローザーを使う事にしました。

とにかく一昨々日と同じコースを走るつもりで4時にはスタート、吉野口駅前から重阪(へいさか)峠を越えるいつものルートで五條市街へ、オークワで補給の後は「WAKAYAMA800モバイルスタンプラリー」のポイントになっているJR隅田駅に立ち寄ります、既に履修済なのですがリピート賞と云うのがあって72時間以上の間隔を置いてポイントを取得できます。仮設橋になっている恋野橋を渡り紀の川南岸の県道へ。一昨々日は南海高野線学文路駅から輪行しているのですが、新車になったケーブルカーにも乗った訳ですから輪行する言い訳材料がありませんし、高野山のポイントは履修済ですから「あらぎ島」へ行くならわざわざ高野山まで登る必要も無い訳で、ならば久しぶりに西高野街道の市峠を越えようと、それに「丹生都比売(にゅうつひめ)神社」のある天野経由もできなくもない訳です。学文路も九度山を通過して大門口大橋南詰からR480に入る事に、ところが平日の7時台とあって車の多い事と云ったら…
市峠は標高414m、天野を経由するならさらに100m程登らなくてはなりませんが、車に迫られながら走るなら、のどかな天野を経由してポイントを獲得した方が、それにトンネルができている様で少し切り下げられているはずです。車の来ない長閑な坂を登って標高475m程で天野トンネル(515m)に到着、2001年には開通していた様で、トンネルを抜けると天空の隠れ里「天野」です。
貴志川の支流真国川の上流、標高400m台の盆地が拡がります。

2月にも来たばかりなのですがまずはポイントになっている「丹生都比売神社」へ、冬季は凍結や積雪で危険からなのでしょうが太鼓橋は渡れなかったのですが。
「丹生都比売神社」鳥居脇に設置されているサイクルラックは神社建築の千木(ちぎ)を模したものなのですが、ホリゾンタルフレームには苦しいです、シートピラーの出ている長さが短いと掛けられません。

真国川沿いに下り梨子ノ木峠の下の志賀高野トンネル(1,070m)を抜け貴志川に沿って少し下ると紀美野町、「たまゆらの里」(ポイントのサイクルラックとプレートが判り難くなっているので注意、ニモさんの「自転車で小さな旅」参照)を経て地蔵峠(814m)へ向かいますが、こちらも花園美里トンネル(2,018m)が2005年から供用されていて標高500m前後で有田川上流の旧花園村へ越える事ができます。しかしこの20年に紀伊半島にどれだけのトンネルができたのやら、延長1.000m以上だけでも十指に余りますね。なお旧道の地蔵峠は旧清水町方面へのショートカット路があるので健在の様です。
旧花園村には今シーズンからポイントに追加された「はなぞの温泉 花園の里」があるのですが、昔村役場のあった梁瀬を見下ろす標高差50m以上の高台にありますので、国道から頑張って登らなくてはなりません。

旧花園村(現かつらぎ町)から有田川沿いに渓流風景や田園風景が繰り返されるR480を下ります、この区間は平成5年に県道有田高野線が昇格したものなのですが、同じくR370に昇格した県道海南高野線と錯綜していて判り難いです。
旧清水町に入ったのが11時過ぎ、「道の駅 しみず」に立ち寄り、木陰のベンチを借りて九度山で調達しておいたコンビニ弁当でお昼にする事にします。ここの道の駅は木曜日が定休日なので無人なのですが、トイレや自販機は利用する事はできます。

「あらぎ島」へは丁度12時に到着、既に棚田の何面かが田植えを終えています、この季節に来るのは始めてですが、水を張ったばかり田植え前に来たかったですね。案内板には四季の「あらぎ島」が紹介(写真右)されていますが、自転車で雪景色の季節は難しいですね。

「道の駅 あらぎの里」に立ち寄って一息入れながら後半のコースを検討します。このまま有田川に沿って下れば旧金屋町から有田市に出て紀勢本線の適当な駅から輪行で帰途に就けるのですが、まだ「18きっぷ」のシーズンでもありませんし、再び貴志川側に越えて紀ノ川べりに出るのがお安く帰れるコースになります。県道19号美里龍神線で由緒ある龍神街道の遠井辻峠(669m)を越えるのも良いですが、せっかくなら生石高原のポイントを回っておきたい処。少し判りにくいですがR480から県道19号への分岐(写真左)、少し登ると橋を渡って三叉路に突き当たります(写真右)、右はそのまま遠井辻峠向かいますが、左は県道180号野上清水線となり札立峠(602m)を越えます、昔は三田生石口停車場線と云われたのですが野上電鉄登山口駅があった時代の話になりますね。堂鳴海山(869.6m)と飯盛山(803m)の南斜面に点在する集落を結んでいるのですが、部分的にかなりの私好みの狭隘路があります。生石高原へは更に登らなくてはなりませんのが、遠井辻峠より札立峠の方が標高が低い事を理由にここは左へ進む事にします。
県道180号は山腹を走るので緩やかなアップダウンを繰り返しながら標高を上げて行きますが、交通量は皆無と云って過言ではありません、少なくとも通して走る車はないでしょう。

最後は二川ダム湖畔の楠本橋から強引に谷あいを登って来る立派な町道を見下ろしながら、合流する手前まではご覧の様な道が。

何年ぶりでしょうか札立峠に到着、南側から登るのは初めてです。なお峠にはトイレと自販機があります。
ここから稜線沿いに西へ県道184号生石公園線が分岐していますが、ポイントの「山の家 おいし」までは標高差200m、ここまで来たのですから推してでも行かない訳には。平日故に交通量も少ないので急坂部分は蛇行しながらえっちらおっちら登って云ると、上から軽の営業車が「cancanさ~ん」と声が、偶然にも云えなんとニモさんが、30ポイント賞のホテルの話とか暫し歓談を。

「山の家 おいし」へは県道から更に登る必要がありますが、標高800m超のポイントに到着です。
ここ生石高原にすすきの名所で展望の素晴らしいキャンプ場もあるのですが、ここまでキャンピングで登って来るのはねぇ…

さて今日の目的は一応達成、札立峠へ戻り北側へ下るのが一番楽なのですが、せっかくですのでそのまま県道184号を生石ヶ峰(870m)南麓を巡るように下り、R424のピーク(397m 黒沢峠とか黒沢越と呼ぶ人もいる様ですが)の少し南側へ登り返すコースを取る事にします。
R424で再び海南市側へ越えます、今日の登りらしい登りはここで終わりです。

貴志川べりまで下り、せっかくですのでタマ駅長(現在はニタマ)んちへ立ち寄ります。WAKAYAMA800は山岳ポイント2ヶ所を別にしてこれで13ヶ所となりました。
貴志川沿いの自転車道から紀の川沿いへと入ります。このまま走って帰ると200キロ超、ただ暗くなってからの自転車道は危ないのと、週末のキャンプのGOサインが出そうなので適当な処で今日のツーリングへ終える事にします。

JR和歌山線の時刻を見ると笠田駅1924発桜井線直通の奈良行きがあるので朝通った大門口橋南詰まで走り紀の川を渡ります。次の大谷駅から妙寺駅まで行けば運賃が140円安くて駅で輪行袋を担いで階段を登らなくて済む事と云う事まで気が回らなかったのは… 本日の走行175.3キロ、久しぶりのセンチュリーランとなりましたが。
「あらぎ島」はDNF(*_*)
和歌山県有田郡有田川町 あらぎ(蘭)島 2004年7月(左上)、2004年10月(右上)、2018年4月(左下)、2018年8月(右下)。
有田川上流の蛇行部分の棚田風景が知られる「あらぎ島」、四季折々の変化が美しく過去何度も行っているのですが、田圃に水が入った田植え前後にはまだ一度も行った事がなかったのです、高野山へのケーブルカーが新車になったと云う話も耳にしたので、南海高野線の学文路(かむろ)か九度山駅まで自走し、高野山まで輪行して走り出せば「あらぎ島」の後に余力で久しぶりに龍神街道の遠井辻峠でも越えて帰ってこれるかなと企んでみたのですが。
学文路駅まで約40キロ、高野山への始発電車が0546ですから、明るくなるのが早いこの少し早く出ても良かったのですが、0415にスタートして五條のオークワで買い物をしてから、紀の川左岸へ入り橋本橋からサイクリングロードを走り一旦一般道に戻れば学文路駅は直ぐ、次の九度山駅まで走っても運賃は変わりません、0630着。さすがに0639発は間に合いませんので0701発に乗車する事に。なお桜井から輪行してもこのスジには乗車できず、最早でもこの1本後になってしまいます。

山岳路線だけに駅名標はプロフィールマップがデザインされていて標高が記載されています。最近は頑張って自走する機会が多くて、輪行するのは2015年8月の「高野~野迫川避暑サイク」以来。学文路0701発はなんば発4両編成のいわゆる新ズームカー、大阪から一番早く来れるスジです。ズームカーと云えば私の世代ではこいつなんですが、大井川鉄道で健在、一畑電鉄へ譲渡されたものは廃車されたとか。

0734極楽橋駅着、0738発のケーブルカーに乗り換えます、今年3月に置き換わったスイス製のモダンな車両に乗車。上の高野山駅のホーム階段の傾斜が輪行袋を担いでは怖い位にきついので、いつもは極楽橋駅で先頭まで登っていたのですが、2015年に後寄りにエレベーターが設置されて随分楽になりました、こちらも初乗車。最大傾斜が500パーミルを越えるだけに最後尾に乗るとなかなかスリルがあります。
高野山駅で輪行支度を解きますが、涼しい処か寒い位、地元の人も今日は寒いと云ったましたが、レギンス丈のものをはいてきて大正解。Facebookに書き込みとしていてすっかり時間をくってしまいスタートは8時半過ぎ。

今日は大門から旧花園村へ向かう町道なのか林道なのか昔からのルートを走りますが、「WAKAYAMA800モバイルスタンプラリー」のチェックポイントがありますので一旦高野山内まで往復します。
再び大門へ戻り、三叉路を南へR480に入り、少し走ると「高野町防災ヘリポート」と示された道があります。旧花園村へはどちらからでも行けるのですが、右が昔からある道で「高野七口」の一つ「龍神道」にあたる由緒のある道です、旧R371と合流して久木経由の新しい道と比べて距離が短く登り返しがないので、自転車なら楽に早く行く事ができます。

幾つか分岐がありますが、(写真左)の分岐を除けば間違う事はないかと、右へ下ると湯川へ下ってしまいます、左は荒れていますが稜線沿いの1~1.5車線路が旧花園村へ、今では山仕事の車以外は通う事も少ないかして、木っ端の散乱したご覧の様な道が続きます。
緩やかに登っているのですが快調に走っていると突然「パスッ」と云う音がして紛れもなく前輪がパンク、少し推して広くなっている処でチューブ交換をしてエアーを入れ始めますと、なんと向かって左サイドが1cm以上縦に切れてチューブの圧で膨らんできているではありませんか、絵に描いた様なサイドカットです。このまま圧をかけても中のチューブが風船の様にでてくるだけですので、タイヤの裏側から手持ちのゴム板を当てがってチューブを入れ直します、水研ぎペーパーとかでも間に合いますが、ナイフとかが有れば勿体無いですがパンクしたチューブを使う手もありますが「お札が使えるよ」なんてツワモノもいますが、メーターやライトのブラケットにスペーサーのゴム板を外して使う手もあります。要するに強度があってしなやかに板状のものであれば良い訳です。
とにかくチューブが出てこない様に蓋はできたのですが、裂けているだけに圧を上げると拡がってバーストする危険性があります、リム打ちしない程度まで圧を上げる事ができればどうにか走れるのですが、予定ではこの先公共交通機関のない山間部を100キロ近く走るのはかなり無理があります。日頃「ツーリングにDNF(Do Not Finish)なし」なんてエラそうな事を云ってますが、いくら考えても高野山駅まで数キロを引き返すしか選択肢はなさそうです。

ギャップさえ気をつけて走ればどうにか乗れる様ですが、このまま走って帰る訳にもいかないので何処かで輪行する事になるのですが、高野山駅に戻るのも芸がないので、大門の手前からR480とは異なる昔はなかった花坂へ下る道を行く事に。初めて走る道なのです貴志川最上流の鳴子谷へ下って行く道がなかなか心地良いです。
道は花坂と矢立の三叉路の間に出ますので、矢立へ少し登り返してR370(旧高野山道路)をそろりそろりと下ります、ここまで来るとほぼ南海高野線と平行しているので、最悪は少し歩けば駅まで行く事ができます。

結局は道の駅「柿の郷くどやま」でWAKAYAMA800のリピーターポイントをGETとして、紀の川を渡ってJR和歌山線の高野口駅まで無事に走り抜ける事ができました、写真左は高野口駅前の旅館「葛城館」木造三階建、既に営業も公開もされていませんが登録有形文化財に指定されています、高野山参詣や大和街道の宿として賑わったのでしょうね。ところでパンクの後30キロ近く走った訳ですが、案の定裂け目は開いてきている様です(写真右)。
日中の時間帯は概ね和歌山~奈良間が桜井線経由で直通運転されていますので、桜井まで乗り換えなしで帰る事ができます、この水色の105系もまもなく見納めですね。朝オークワで買っておいた弁当を広げながら電車を上り電車を待ちます、鳴子谷の渓流を見ながら食べても良かったのですが、爆弾抱えて走っている途中ではね。

1350 やってきた上り電車は春から順次投入されている227系、今まで和歌山線で輪行の度に最悪の乗り心地に閉口していたのですが、新車は良いですね。本日の走行79.4キロ、さて近々にも「あらぎ島」のリベンジを考えなくては。
行き当たりばったりで122キロ

今日はがっつり走ろうかと企んでいたら夜半から雨が、明るくなる頃には止む予報にも裏切られて、ようやく出掛けたのは8時過ぎ、のんびり大和川べりを北上しています。
先日NHKの「こころ旅」で出ていた大和川の沈下橋(大城橋)。
郡山市街を抜け朱雀高校の前から平城宮跡へ「みやと通り」を北上して歌姫峠を越えます、お昼時のせいか車が少ないです。
木津川沿いの自転車道へ、いつもの公園で一息入れていたら先週「信楽から伊賀上野」をご一緒したばかりのF1氏にばったり。
まだ余力があるので少し頑張って和束から木屋峠へ、犬打峠同様南側はとんでもない激坂ですが北側はどおって事はないです。
少しR163を走らなければなりませんが笠置へ、来々週には某グループのディキャンプに便乗して1泊の予定。
府県道33号奈良笠置線と県道184号須山西狭川線を継いで柳生の里へ。

R369を南下、田植えの済んだ大和高原の田園風景の中を。
そのまま針から初瀬ダムを下っても良かったのですが、気分を変えてR24旧道を天理ダムへ下ります。
上街道に入る頃にはすっかり陽が暮れてしまいました。本日の走行122キロ。行き当たりばったりですが、勝手知ったる道、ストレスのない道をマイペースで走っていたので、心地良い疲れだけが。
大和郡山市街から歌姫峠を越えるまでの間が交通量や信号が多いのが鬱陶しいのですが、秋篠川沿いの自転車道も狭くて走りくいですしね。それでも奈良はサイクリストにとってはとても恵まれた環境です。








