古いネガから(1970年2月23日)
那智勝浦駅、記憶にはないのですがここまで乗っていたのでしょうね。
紀勢本線の和歌山側はSLがまだまだ活躍していたのですが、南へ行く程亀山区のDF50が結構入ってきていました。
江住駅、今は何処もかも無人駅になってしまいました。
この頃、信楽線(現在の信楽高原鉄道)の1日1往復のSLを撮りに足繁く通っていたものです。 その行きすがら京都駅で撮ったスナップ。 現在の31番ホームでしょうか、朝の通勤時間帯に次々と山陰線の列車が到着し機関車を付け替えて引き上げて行きます。

DD54は当時、山陰線や福知山線等に投入されていた、ドイツのメーカーのエンジンと液体変速機をライセンス生産し積んだ新鋭機、40両が生産されたが、脱線転覆事故や保守コストの高さから悲運にも僅か10年余りで姿を消した。

山陰線ホームから東海道線上りホームを見ていたのでしょうか、良し悪しはともかくとしてのどかですね、当時莫大な赤字を抱えていた国鉄、でも100人を超す死者を出す事故は起こしていませんでした。

出雲市行きのサボをさげた寝台車スハネ30をはさんだ夜行列車、ブルトレ格上げ前の急行「出雲」でしょうか。

草津駅構内を通過するEH10の牽く貨物列車、草津駅って今も印象は変わっていませんね。






朝から山口県立図書館へ、山口県下の道路元標の所在情報の載った山口県報の存在は知られていましたから、見つけ出してコピーをお願いするだけです。 ついでに現存情報のある周防大島へ向かうべくゼンリン住宅地図で地番を探しだします、その間30分、図書館近くのバス停から防府行きのJRバスに、さすがにJRと云っても’青春18きっぷ’は使えずバス代\790は高いですが、大幅に予定を繰り上げる事が。

大畠駅から防長バスに乗り大島大橋を渡り周防大島へ、島と云っても今や陸続きでセプンイレブンもコメリもパチンコ屋もあります。
折り返しのバスの時刻まで約30分しかありませんが、住宅地図で確認していたのが幸いしてすぐに発見。 久賀町道路元標は地番どおりと思われる場所にしっかり立っていました、しかしバス代往復\1,300は高い。

山口で時間が短縮できたので欲をかいて広島へ、しかし時間は2時間半程しかありませんし、広島県報に道路元標に関する記載があると云う情報はありません。 とにかく一番便利な市役所前の広島市立文書館へ、しかしここにある県報は昭和21年以降だけ、広島県立文書館を教えて貰いますが、念のために問い合わせて貰うと県報があるのは広島県立図書館の方だとか、歩いて20分程掛かるそうなので、結局今回は諦めて帰途に就く事にしました。
↑広島に来ると退屈しません、元とは云え鉄ちゃんにはひろでんはたまりませんわ。

今回の収穫
【382】 島根県 八束郡 玉湯村 (現 松江市)
【383】 島根県 簸川郡 大社町 (現 出雲市)
【384】 島根県 邇摩郡 温泉津町 (現 太田市)
【385】 山口県 大島郡 久賀町 (現 周防大島町)
いずれもネット上に先人により現存情報が掲がっているものをなぞっただけですし、島根県下の道路元標に関する情報をぜひとも見つけ出したかったのですが、残念。

松江市内で一泊、暗いうちから一畑電鉄の始発で出雲へ移動します。 一畑電鉄は京王のお古が使われているものだと思っていたのですが、松江しんじ湖温泉駅から乗った始発電車はなんと元の南海高野線の21000系ではありませんか(写真右)、しかし思い出しましたよこの車両、窓枠からのすきま風が酷いのに、ねぇ9さん(^_^)

レトロな一畑電鉄出雲大社前駅です。
なお一畑電鉄には有料(\300)ですが、曜日時間帯により自転車持ち込み可能になっています。

出雲大社、この反対側に大社町道路元標が。

出雲ってぜんざい発祥の地なんですかぁ...

で、’おみやげ’は...
