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道路元標蒐集の旅(会津編)

本当にあてにならない天気予報では、昨日よりはマシな天気らしいのですが… 昨日行けなかった山都を含めて午前中は会津を回り、磐越西線で新潟に移動する事にしました。

最初は河沼郡の八幡村道路元標、走って行っても15キロ余りですしきっとその方が早いのですが、0559発の只見線に9駅(26キロ)乗って塔寺駅まで輪行します。 只見線は直通列車は1日3本の超ローカル線、10数年前に一度通しで乗りました。← 右側は旧会津線の会津鉄道

塔寺駅、片面ホームでかなり秘境駅の雰囲気なんですが、近くの国道49号をひっきりなしに車が走っているので結構騒がしいです。




今回唯一とも云える峠、鐘撞堂(かねつきどう)峠、もちろん峠おやじナワールドさんの足跡はここにもあります。



山都駅近くの一ノ戸川鉄橋、磐越西線では有名な撮影ポイントの様です。 山都町は現在では喜多方市となっていますが、こちらの名物は「そば」、11時前ではどこも開いていませんでしたが。


山都駅1128発の快速「あがの」で新潟へ向かいます。

← 今回はサイドバック装備なので、こんな感じで輪行状態に。 バックの右は付けたまま、左は外して写真の様に。 オーストリッチの輪行袋「ちび輪」にもどうにか入ります。

山都駅で輪行支度をしていると、丁度話題の日食に、雲の合間に見え隠れしている状況で結構暗いので、ND4とND8の2枚重ねでトライしてみました。 40何年か前は小学校でしたが、2009年の日食を東北の山峡の駅前で、駅を委託されているおばちゃんや客待ちをしているタクシーの運転手さんと一緒に見上げているとは、26年後は生きているのでしょうかね。
新潟県の天気の具合も怪しげで、あまり南部や山沿いに行くと降られそうなので、越後線に乗り換えて越後赤塚駅から西蒲原郡の道路元標を回る事にします。 結果的にはこれが正解で一度も降られる事もなく、7月の暑い時期に新潟平野のど真ん中を結構涼しげに走り回る事ができました。← ようやく信濃川の信濃川水門(本川大橋)まで走ってきました。


今夜は東横イン新潟古町ですが、新潟市道路元標はすぐ近くです。 本日の走行86.5キロ




【731】 福島県 河沼郡 八幡村 (現 会津坂下町)
【732】 福島県 河沼郡 高寺村 (現 会津坂下町)
【733】 福島県 耶麻郡 相川村 (現 喜多方市)
【734】 福島県 耶麻郡 木幡村 (現 喜多方市)
【735】 福島県 耶麻郡 山都村 (現 喜多方市)
【736】 新潟県 西蒲原郡 赤塚村 (現 新潟市)
【737】 新潟県 西蒲原郡 松野尾村 (現 新潟市)
【738】 新潟県 西蒲原郡 角田村 (現 新潟市)
【739】 新潟県 西蒲原郡 鎧郷村 (現 新潟市)
【740】 新潟県 西蒲原郡 曽根村 (現 新潟市)
【741】 新潟県 西蒲原郡 大原村 (現 新潟市)
【742】 新潟県 西蒲原郡 四ッ合村 (現 新潟市)
【743】 新潟県 西蒲原郡 升潟村 (現 新潟市)
【744】 新潟県 西蒲原郡 中野小屋村 (現 新潟市)
【745】 新潟県 西蒲原郡 黒崎村 (現 新潟市)
【746】 新潟県 新潟市

道路元標蒐集の旅(会津編)

東横インには無料の朝食サービス(7~9時半)があるのですが、あまりその恩恵に与かる事はありません、今日は朝飯前に南西部を一回りしようと明るくなったら出発、ところが走り出した途端パラパラと、結局ポンチョを被って走る事に。
 大沼郡の本郷町道路元標まで南下して雨が酷くなってきたので雨宿り、本郷も大内宿に続く旧街道の宿場町なので、この様な休憩所が整備されています。
 今回もポンチョが大活躍なのですが、後ろバックをキャリヤ上からサイドに変更したため後輪のハネをモロに受ける事に、小さな泥よけを装備するのが良さそうです。 新鶴村まで足を伸ばして朝飯前に5基ゲット、雨は治まったものの、こんどは風が、おかげでポンチョはきれいに乾きましたが、宿に戻ったのは9時半を回って朝食タイムには間に合わず、まぁギリギリに戻ったのでは残っているかどうか判りませんがね。

靴を乾かしたりして、体制を立て直して再び出かけますが、せっかくやんでいた雨が再び降り出して来る始末、どうやら今回はとことん降られそうな雰囲気です。 ネットでみるとSORAさんもふて腐れているようです。← 会津盆地を北へ、磐梯山は雲の中です。 やはり日本の風景に全く似合わないKHSですが、その機動力は魅力です。

耶麻郡の上三宮道路元標、ここに倒置されていたと云う情報は2005年8月まであるのですが、行方不明に。 向かいの商店のおばさんも放置されていた頃の記憶もない様です。


晴れていれば喜多方から山都に抜けて、輪行で若松へ戻る事も考えていたのですが、山越えするのも川沿いに迂回するのも、この天気では大変なので、喜多方でラーメンを喰って戻る事にします。

当然ですがラーメン屋だらけなので、何処に入ってよいものやら、結局「らーめん館」と云う道の駅みたいな処の横の「たんぽぽ亭」と云う安直な名前のお店に、麺もチャーシューもなかなかでしたよ。 でもここでも無意識に焼き飯の付いたセットメニューを頼んでしまう処が痩せない原因なのでしょうネ(^_^;)
喜多方を後にし耶麻郡の慶徳村道路元標に向かいます、磐越西線の踏切を跨いだのが15時24分、この天気ではバックに磐梯山を望むべくもありませんが、休日の昨日なら「SLばんえつ物語」号が後30分程でやってくるのです、残念。
 この後、雨と風に苦しめられながら走りに走ってなんと111.9キロ。 タイヤ周長が間違っているのかと思いましたが、GPSも120キロ近い値がでていました、朝飯前に40キロ近く走っていますし、結構迷走しましたからねぇ…  

【720】 福島県 大沼郡 本郷町 (現 会津美里町)
【721】 福島県 北会津郡 川南村 (現 会津若松市)
【722】 福島県 北会津郡 舘之内村 (現 会津若松市)
【723】 福島県 北会津郡 荒井村 (現 会津若松市)
【724】 福島県 大沼郡 新鶴村 (現 会津美里町)
【725】 福島県 河沼郡 堂島村 (現 会津若松市)
【726】 福島県 耶麻郡 駒形村 (現 喜多方市)
【727】 福島県 耶麻郡 北山村 (現 北塩原村)
【728】 福島県 耶麻郡 岩月村 (現 喜多方市)
【729】 福島県 耶麻郡 喜多方町 (現 喜多方市)
【730】 福島県 耶麻郡 慶徳村 (現 喜多方市)

道路元標蒐集の旅(会津編)

SORAさんが車で会津に行くと云うので、無理やり便乗させて貰う事に、しかし今週の天気はあまり思わしくありません、まぁ梅雨なんですから仕方もないのですが、天気予報が全くアテにならないのは…
 天理で5時半に落ち合う事にしたのですが、桜井を出る頃には雨もあがり路面も乾き初めていたものの、佐味田あたりから再び降り出し早速ポンチョを被って走る事に、待ち合わせ場所も屋根等ないので、お馴染み上街道の丹波市で落ち合う事に、ここなら全く濡れません。

途中では雨に降られる事もなく、米山PAからは佐渡も見えるお天気です、 何ヶ所かのPAで休憩したり食事したりしながらでも700キロ余りを走り、16時前には会津若松ICに到着、SORAさんとは目的も宿も違うので此所でお別れ。 10時間余りの長旅とはいえ乗っているだけなので楽チンです、有難うございました。


思っていたより早く会津若松に着いたので市街の道路元標を早速巡る事に、会津には20基あまりの道路元標が残ってますが、21日22日と回って23日に「18切符」で帰る予定ですが、天気がネェ…

← 若松市道路元標、昭和30年にのちに北九州市となった福岡県若松市との混同を避けるために改称、先に市制をひいていた福島県若松市が改称するのは稀な例。

今回も宿は東横インです。 味気ないと云えば味気ないですが、携帯とかネットで予約やキャンセル(~16時)ができて、コインランドリーとか何処でも均一の設備とサービスが受けられるのは安心です、会員なら休日30%引き、今は月曜20%引きと連泊300円引きとかキャンペーンも。 ここで連泊して2度目の10ポイント達成、1泊タダになる得点獲得。 SORAさんに利くと最近YHも安くない様ですね、東横インは都市部の便利の良い処にしかありませんが、コンビニも絶対と云って良いほど近所にありますし、輪行や道路元標蒐集にはぴったりです。
本日の走行 23.4キロ。

↑ 東横イン会津若松は雨に濡れずに自転車を固定できる場所が此処しかないのが… ちょっと目立ち過ぎ。

【718】 福島県 若松市 (現 会津若松市)
【719】 福島県 北会津郡 門田村 (現 会津若松市)

明日香まで

梅雨入り後も、幸いにも弐千峠サイク、北陸遠征と2週続けて天候に恵まれた週末、さすがに今週はないだろうと仕事に予定を入れていたら、見事に外れてしまった。
 午後も4時をまわってから明日香村へ、さすがに芋峠まで登る元気もありませんが、栢森まで往復してきました。 休日とあってこの時間になる芋を下ってくるロードが多いですね、この時間に「芋練」もないでしょうから、吉野あたりからの帰りに越えてきたのでしょうね。 そう云えば暫く芋峠を南から越えていませんねぇ、壺阪ルートが定着してからは、もっぱらそちらばかりです。
 稲渕の棚田をぐるっとまわってきましたが、こちらはこちらでアマチュアカメラマンがウロウロ。

走行26.6キロ

道路元標蒐集サイク (北陸篇3日目)

3日目の日曜、予報では雨のち曇、午前中の降水確率は60%との事。 駅までポンチョを被って走り、輪行でのんびり帰途に就く予定でいたのですが。 夜中に降っていた雨も朝9時頃にはすっかりあがり日差しが、あっと云う間に路面も乾き、暑い上に蒸せてくる始末です。

 せっかくなので金沢港近くの大野町の古い街並みと「からくり記念館」を見学したりして、金沢市周辺の道路元標を回り走行36.6キロ、北陸本線美川駅から帰途に就きました、結局3日間で350キロ程走った事に。

道路元標蒐集サイク (北陸篇2日目)

 色々と物議をかもすビジネスホテルチェーンですが、ネットやコインランドリーと何処でも均一のサービスがあるのが魅力です、メンバーなら10泊で1泊無料になり、今回は溜まっているポイントを使って5460円がタダに。

朝6時には飛び出して北へ、九頭竜川を渡り堤防沿いに東へ、山中温泉への最短ルート大内峠へ向かいます。
← 重いのに45-200mmズームも持ってきているので、なにか使っておかなくては…

竹田川の渓谷に沿った気持ちの良い道をたどります。






大内隧道、くぐると石川県。 R364旧道ですが丸岡山中温泉トンネルができ、車はまったくやってきません。



山中温泉の道の駅に保存されている、北陸鉄道の日本初のアルミ車体の電車、一時は大井川鐡道に譲渡されたが、里帰りしたもの。



天気予報通り午後から雲行きが怪しくなってきましたが、石川県南部の9基の道路元標を巡って金沢へ、本日の走行114.2キロ。

道路元標蒐集サイク (北陸篇1日目)

 先週には梅雨入りしていたものの、幸い「弐千峠サイク」も好天で迎える事ができました。それでもどうやら来週には 本格的に梅雨入りしそうな予報なので、週末までに少し走っておこうと考えたプランがこれ。 最近現存が確認された滋賀県伊香郡の「塩津村道路元標」を履修して、R8深坂峠から旧北陸本線廃線跡(杉津線)を経て今庄へ越え、うまく行けば福井泊で翌日に石川県の道路元標を巡ってみようと云う計画。 北陸本線廃線跡は北陸自動車道と同様な経路でほぼ県道として現在も利用されています。廃線となった区間は敦賀をはさんで柳ヶ瀬線と杉津線と呼ばれていて、柳ヶ瀬線跡も県道となっていて、これを使うと深坂峠を越えずに、楽に滋賀福井県境を越えられるのですが、残念ながら柳ヶ瀬隧道は自転車通行禁止の様です。山中越えとなる杉津線区間にはかつて12のトンネルがあって、北陸道杉津PAで潰されてしまったトンネルを除き残りのトンネルは今も健在、峠区間でかつての難所と云っても鉄道の事ですから、斜度はたかが知れています。 滋賀県側から北陸へ自転車で向かうのは今度が3度目、最初は2000年10月に信楽~水口~八日市経由で高時川に沿って椿坂峠と栃の木峠の間に出て今庄へ、2度目は2001年10月に深坂峠~敦賀~河野海岸道路を走り越前海岸で一泊するコース。今回は走り慣れている信楽ルートで貴生川駅から近江鉄道サイクルトレインで米原までワープして、再び走り出そうと云う魂胆。ただ近江鉄道サイクルトレインの利用は平日は9時からなので、米原へ向かうには日野駅0910または貴生川駅1004発に乗車する事になってしまいます。 少し明るくなりだした0410に桜井を出発、和束のローソンと信楽駅で休憩の後、雲井駅を過ぎるあたりまでは裏道を走ったあとR307に入りますが、新名神のICができたりして交通量も多く路肩も狭いので、あまり走りたくはない区間です、信楽高原鉄道もサイクルトレインを実施してくれれば良いのですがね。ダラダラと登りきった処で、小野峠旧道に入ります。信楽側は庚申山への登り口で通行止めになっていますが、充分走る事のできる路面状況です。 貴生川駅はJRを挟んで信楽高原鉄道と近江鉄道のホームがあるので、サイクルトレインを利用するにはR307で草津線をまたいで駅の東側にまわりこんだ方が便利です、東側にはコンビニもありますし、ただエレベーターの入り口付近に自転車侵入禁止と書いてあって、階段を自転車担いで登り降りせよと云う事なんでしょうか、自転車をそのまま持ち込むサイクルトレインと矛盾しているのが… 有り難くエレベーターは利用させていただきましたが。米原までの運賃は970円、自転車の持ち込みは無料です。土日休日ならフリーきっぷが使えるのでなんと550円で一日乗り放題です。やってきたの流行りのゆるキャラ「ひこにゃん」にあやかった、「いしだみつにゃん」「しまさこにゃん」のキャラクタ電車です。米原1035着、直通なので所要時間は1時間半程ですが、乗り継ぎで八日市で待たされると走った方が早いと云う声もあるかも、しかし湖岸道路に出るにせよ、結構交通量や信号の多い処を走って行くので、この区間をパスできるの有り難いです、しっかり昼食も車内で済ませました。ただしこの季節走っている格好で冷房の効いた車内に乗り込んでいると体を冷やしてしまうかも、しっかりパーカーを着込んでいました。 途中からサイクルトレインにDAHOINの小径車で乗り込んできた方に、米原駅の西側にでる道を教えて貰って湖岸道路へ、長浜までご一緒して頂きました。R8の賤ヶ岳トンネルの上の旧道、琵琶湖の展望が素晴らしい飯浦大音線に入り、塩津村道路元標を経てR8深坂峠に入ります。 ようやく深坂峠にたどり着いたのが3時前、「とろろそば」の看板に、時間があればとよそ見していたら、石をはねてしまい深坂峠を下りはじめたらパンクしていました。 夏至まじかの一年で一番陽の長い時期とは云え、これからまだ二山越えなくてならないのに… 先が思いやられます。  R8から北陸本線杉津廃線跡ルートへ入るには普通は敦賀市街でR476に入るのですが、それではかなり下ってしまう上に信号や交通量も多いので、麻生口から県道140号に入り笙ノ川沿いの道を池河内へ向かい、標高320m位の池河内湿原まで登ることにはなりますが、緩やかな登りで車の来ない快適な道です。無名の峠を越えると反対側は激下りでR476の獺河内にでます。 北陸自動車道の上り線と下り線に挟まれた格好で廃線跡道路は最初の葉原隧道へ、ここから鮒ヶ谷隧道~曽路地谷隧道~第一観音寺隧道~第二観音寺隧道~曲谷隧道~芦谷隧道~伊良谷隧道と最後の山中隧道まで9つのトンネルが続きます。葉原隧道と伊良谷隧道は交互通行の信号がついていますが、いずれも元単線用トンネルだけに自動車の離合は困難です。 自転車にとっては曽路地谷隧道は500m近いものの照明がなくカーブしているので、ランプなしで突っ込むのは危険です。 いずれも漏水で路面は夕立の後の様な状態で、ガードなしではつらいと思います、今は閉鎖されてしまいましたがツーリングマップルに「西日本一の不気味隧道」と書かれた旧中辺路町の高尾隧道の様にカッパを着込まないと通れないと云う程ではないでしょうが。曽路地谷隧道を出ると北陸道杉津PAの下をくぐり海側に出て敦賀湾の展望が開けます。  山中隧道を抜けて振り返った処、左奥にスイッチバックの引き上げ線用の抗口が見えています。 この後、山中信号場や大桐駅跡の案内板があったりして今庄へ向かって下って行きます。 この後はひたすら福井駅前の今夜の宿を目指すだけです、武生を過ぎたあたりですっかり暗くなってしまいましたが、21時前にはたどり着く事ができました。走行197.2キロ、後3キロ走り回る余力はさすがに残ってませんでした。実は朝桜井を出て三輪近くまでメーターが回ってなかったのですが、それでも200キロには届かなかったですね。

「峠おやじ弐千峠」前日

 明日は峠おやじナワールドさんの「弐千峠達成サイク」、幹事役を買ってでたものの、日取りやコースの設定から天気の心配まで、日程的に服部緑地での「シクロジャンブル」、信州杖突峠での「今井ディ」、おまけに「大台ヶ原ヒルクライム」にまでかちあってしまったのですがナワさん本人を含め16名の方とご一緒できる事になりました。 千峠の時は新潟長野県境の乙見山峠でしたが2000峠ともなると殆どの峠は踏破済、なぜか大阪和歌山県境の幾つかの峠が未踏で、関東方面の方には申し訳なかったのですが、蔵王峠~七越峠~鍋谷峠の和泉山脈縦走ルートで2000峠を達成して頂く事にしました。 近畿圏からは充分に日帰り可能な場所なのですが、前夜は和歌山県橋本市の「やどり青少年旅行村」に宿を取る事にしました。 幹事役を私一人では荷が重いので、幹事団として宿泊と食事の段取りに地元の9さん、コース設定ではRさんのお世話に、記念の「横断幕」作成ではDさんのお世話にもなりました。 有難うございました。
 参加の皆さん走り慣れている方々ばかりですので、今日は「やどり青少年旅行村」へ三々五々個々に集まって貰う事にして、私は遠来の方々からの連絡が入る事も考えて朝8時過ぎに桜井を出発、重阪峠越えで橋本を目指しました。 橋本橋の手前で南海「こうや」号の写真でも撮ろうと時刻を確認すると臨時特急が走っている様な、待っているとやってきたのは濃い緑色に塗られた22000系が??? 後で調べると「天空」と云う観光列車がプレ運行中だそうで、反対側は色々と展望のための仕掛けがある様です。

R371狼頭峠越えで「やどり」入りするにはまだ早いので九度山町へ向かい真田庵で9さんとDさんに合流、写真は松山常次郎記念館(平山郁夫伯の夫人の父、郷土出身の政治家)

柿の葉寿司の工場にてDさん。 この後玉川峡で頂きましたが、奈良の「柿の葉寿司」より濃く甘い味付けです。

 

案内の貼り紙をしながら「やどり」に向かいます。

 

 

「やどり青少年旅行村」、川べりでキャンプもできるので名前こそ「青少年旅行村」ですが。 しかし山峡に怪しげな集団が終結する事に(^_^;)

私たちが到着した3時には既に主賓の峠おやじNさん、鉄人Kさん、ノコ魔女が到着済み。  

「やどり温泉」

 

T御大は狼頭峠の土砂崩れ区間をフロント2サイド装備で強行突破してきたとか、ちゃんと案内していたのに。 しかし幹事団の一人Rさんだけが6時近くになっても到着しません、3時過ぎから度々連絡を入れているのに圏外が続いたまま、いよいよ事故や遭難の心配をしだしていた頃にやっと到着、早めにやってきたので、北又経由のコースを選んだら峠を越えてから全面通行止で再び峠を越えて引き返したとか、お疲れさまでした。  

ようやく宴の始まりです。  

 

 

 

ノコ魔女も記念の寄せ書きを…

宿願の矢の川峠へ

 「紀伊半島の峠」はほぼ走破しているのですが、未だに行く機会に恵まれなかった三重県尾鷲市と熊野市の境にある「矢の川(やのこ)峠」に、A氏とU兄の計らいでようやく訪れる事ができました。 もちろん現R42の矢の川トンネルは通ってますが、熊野市側が廃道状態の旧道へは初めて足を踏み入れます。

 U兄の車に便乗、介添役にT御大にも来てもらいました。 桜井かR169~R309~R42と走り2時間半程で矢の川トンネル尾鷲市側の旧道分岐点までやってきました。 雨は止んでますが矢の川峠は雲の中、日本有数の多雨地帯、予報でもこの地域だけは午後も雨雲がとれません。
 NHKの施設があるために車も入りますし、登山者も入りますが、入り口からこの状態、想像通りと云うか想像以上と云うか…



 矢の川峠開鑿記念碑、昭和15年3月とあります。









 尾鷲側には5つのトンネルがありますが、かつては国鉄バスも通っただけに断面は大きいです。



 みなさん快調に乗ってますが、私はてんで駄目です。 
 一行に遅れる事?分、12時過ぎに標高800mあまりの矢の川峠に到着、途中からは下界が少し見えていたのですが、峠は雲の中、少し寒い位です。



 かつての峠の茶屋の女主人稲田さんの慰霊碑の前で記念写真を。






 しかし熊野市側は... 殆ど担いでいた様な
 さてここで問題、後ろで前転しているのは誰でしょう(^_^)v






 かつてここには立派な橋が架かっていたのでしょう。








 現役時代の名残でしょうか。