「岐阜県」カテゴリーアーカイブ

道路元標蒐集18切符の旅(3日目)

18切符は昨日で終わったので、名古屋から近鉄経由で帰途に就く事に。 中央線宮ノ越駅で途中下車し西筑摩郡(現在の木曽郡)の日義村道路元標へ、駅から5分程の距離ですが、一度降りてしまうと次の列車まで一時間以上、利用できるバス路線もありませんので、中仙道宮越宿をのんびり散策する事に。

木曽福島で再び途中下車、同じく西筑摩郡の三岳村道路元標へ、王滝行きの木曽町営バスに乗車、途中の黒沢で下車して1キロ程徒歩、なんとこのバスは王滝まで乗っても\200なんです、開田高原行きもある様です。

御獄里宮のある黒沢里宮、ここでも帰りのバスまで一時間程待たされますが、今度は此処までバスがやってくる時間なので、またものんびりと過ごします。



木曽福島から次の多治見まで\1,150奮発して1131発のしなの8号に乗車、18きっぷなら乗車券も使えないのでまずは特急を利用する事はありませんが。



多治見で下車し岐阜県可児郡の池田村道路元標へ、道が真っ直ぐでない上に判りにくくて炎天下往復一時間近く歩く事に、多治見は昨年でしたか摂氏40.9度を記録した暑い街、マスコットキャラクタ「うながっぱ」は寒暖計を持っています。
高蔵寺から愛知環状鉄道に乗換え、愛知県下の元標を回ろうかとも考えてみましたが、明日の仕事の段取りもあるので、素直に名古屋から近鉄特急で帰る事に、滅多にない事に明るいうちに桜井に帰ってきました。

本日の収穫
【532】 長野県 西筑摩郡 日義村 (現 木曽郡木曽町)
【533】 長野県 西筑摩郡 三岳村 (現 木曽郡木曽町)
【534】 岐阜県 可児郡 池田村 (現 多治見市)

道路元標蒐集サイク

今日の予定は名古屋鉄道瀬戸線の尾張瀬戸駅まで輪行し、愛知県東春日井郡瀬戸町、岐阜県土岐郡駄知町、同可児郡池田町、愛知県に戻って丹羽郡楽田村から県下を幾つかと企んでいたのですが…

名鉄尾張瀬戸駅に着いた頃は雨も止みかけていて、少しは快方に向かう予報で、どうにか走れそうな状態だったのですが…


瀬戸町道路元標をGETした後R248?R363と岐阜県に向かって走ります。 17度の温度表示が出ている岐阜県境を過ぎてもまだ登りは続きます、地形図には峠の名は書かれていませんが標高は500mを越えもう立派な峠道です。

PS:帰って峠おやじN氏のHPで探すと、’美晴峠’と云う峠だそうです、峠1件GET!!


無事に峠を越えたものの、柿野温泉を過ぎたあたりから再び雨が降り始め、岐阜県道69号線に入る頃には降りも強くなってきます、と云ってもなかなか雨宿りできる処もないまま、濡れ鼠で駄知町道路元標の残る処まで来てしまいました。 結局小降りになる事はあっても止むには至らず、後数キロの多治見市に残る池田町を残して中央本線の土岐市駅でリタイヤする事になりました。


本日の収穫
【342】 愛知県 東春日井郡 瀬戸町 (現 瀬戸市)
【343】 岐阜県 土岐郡 駄知町 (現 土岐市)
走行37.6キロ、折角の遠征は昨日に続いて2基、まあ位置的に行きづらい駄知町道路元標をGETできたので良しとしましょう。



道路元標蒐集サイク

信州長野県とは云っても名古屋から中央本線に乗って木曾なのですが、「青春18きっぷ」で無くとも奈良からはなかなかアクセスが大変な処です。 たまたまT御大が早朝に名古屋まで車で移動するとの事で輪行状態にして便乗させて貰いました、

名古屋7時25分発の中央線中津川行きに乗車できましたが、如何せん中津川以遠は本線と云えどもローカル路線、なかなか思い通りの時間の列車がなく、中津川駅から走り出す事にしましたが、自転車で中津川は初めてで土地勘もありません、とにかくR19を走るのは嫌なので木曾川右岸の県道に見当を付けて走りだす事にしました。
木曾川を渡る玉蔵大橋、下流に3連と1連のガーター橋を従えたダブルワーレントラス橋が見えます、小ぶりですが鉄道橋の様でもう使われていない様子です、こんな処に廃線があったっけ...
 後で調べると1978年に廃止された北恵那鉄道の遺物の様で、電化されていた地方私鉄にはあまり興味がなかったので記憶に無かった様です。
岐阜県道<6>中津川山口線jは木曾川の見える区間は少しですが、ほぼ木曾川右岸に沿って北上し、現在のルートでは対岸の元山口村は通らずに南木曽町まで行きます。 アップダウンはそれなりにありますが交通量が少なくR19を走る事を思えば自転車天国で、時間的には中津川で次の列車を待って南木曽から反対に走り出すのと変わらなくなりましたが、さすが’栗きんとん’の中津川だけあって、大きな実の付き始めた栗林の中、のんびりと’つくつぼうし’と’みんみんぜみ’の混声合唱の響くこの道を走った価値はありました。
<6>中津川山口線を離れ激坂の乙姫大橋を渡ると元の長野県木曽郡山口村、平成17年に越県合併として話題になりましたが岐阜県中津川市となりました。
 ’山口村道路元標‘の後、岐阜県恵那郡の’坂下町道路元標‘を巡って再び<6>中津川山口線を走ります。
※ 長野県西筑摩郡は昭和43年に木曾郡と改称されています。
坂下町から先の<8>中津川山口線は以前に走った事があるルートとなりR19を少し走れば中山道妻籠宿です、ここにも道路元標が現存しています。
 ’吾妻村道路元標‘の後、大急ぎで’読書村道路元標‘を廻り南木曽駅1207発に乗車し木曽平沢駅に向かいます、途中の宮越駅近くには’日義村道路元標‘が現存する様ですが、今回は鳥居峠の向こうの’楢川村道路元標‘と’宗賀村道路元標‘を巡る事にします。
塩尻の一つ手前の中央線洗馬駅、ここから帰途に就く予定でしたが、’洗馬村道路元標‘も回って塩尻の向こうの広丘駅から帰途に就く事に。
 既に時間的には’青春18きっぷ’を利用してJRのままで桜井に帰り着く事は無理で、広丘1600→中津川1750/1808→名古屋1921/2006→亀山2108/2113→伊賀上野2156までJRで行き近鉄伊賀線と大阪線で帰るとんでもないルートを選んだのです。 名古屋でのんびりと立ち食いの’きしめん’を食らっていたまでは良かったのですが、新幹線の遅れが新宮行き特急「南紀」の発車を遅らせてしまった辺りから雲行きが怪しくなってきました、車内放送では四日市花火大会の影響とか云って、亀山へは10分以上の遅れで加茂行きに接続しますが上り列車との交換を待って出発するので遅れは吸収できず、伊賀上野で近鉄に接続できなければ、加茂から奈良行きに乗り継いで奈良から20キロを自走して走って行く覚悟を決めていた頃、伊賀上野駅で近鉄が待ってくれるとの事、近鉄にさえ乗れれば上野市での16分待ちで遅れは吸収されて、伊賀神戸からの最終五位堂行きに乗車できます。
 とにかく桜井に定刻2339に帰着、「青春18きっぷ」でしっかり7,020円分乗車してきました、走行58.5キロ。
本日の収穫
【212】 長野県 西筑摩郡 山口村 (現 岐阜県中津川市)
【213】 岐阜県 恵那郡 坂下町 (現 中津川市)
【214】 長野県 西筑摩郡 吾妻村 (現 木曾郡南木曾町)
【215】 長野県 西筑摩郡 読書村 (現 木曾郡南木曾町)
【216】 長野県 西筑摩郡 楢川村 (現 塩尻市)
【217】 長野県 東筑摩郡 宗賀村 (現 塩尻市)
【218】 長野県 東筑摩郡 洗馬村 (現 塩尻市)

「みのや食堂」オフ

東海3県持ち回り胃袋破壊ツアーと銘打ったとんでもない企画、岐阜県版は峠おやじN氏が幹事。
 朝9時過ぎ集合場所の岐阜駅南口に7名が続々と集合、残念な事に北山のマドンナD女史は前日、過度なヒップアップ体操で腰を痛めて無念のリタイア、先日の川湯温泉でN嬢の肢体に刺激されたのが災いしたとかしないとか...
車組のH氏と合流するためにと長良川河畔の第2集合地点まで岐阜市街の古い町並みを縫って走ります。




長良川河畔を走ります。








充分にお腹を空かせる為に? 松尾池からダート絡みの道を百々ヶ峰山頂近くまで登って三田洞に下り、武富町(現山県市)にある「みのや食堂」へ向かいます。


いよいよ「みのや食堂」に突入、昼時とあって20分程待たされましたが、8人(女性2名を含む)でカレーうどん、カツ丼×2、味噌カツ×3、オムライス×2を注文、漬物1切れ残さず完食しました。
 帰途、少し雨が降りだして来ましたが「みのや」パワー全開で岐阜駅まで40分余りで帰ってきました。
 既にうちのHP他に写真等がアップされています。

↑決して大盛りでも何んでもありません。