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梅雨と云いながら今月も…

ふてくされて籠もっていた週末ですが、お天気の月曜ですのでいつもの様に京都府城陽市まで、って乗る自転車無いのとちゃうのと云われそうですが、さすがにKHSで100キロは、道路元標巡りで1日掛かりでのんびり走るのならともかく、そうも行きません。 幸いスズカ用にお借りしていた九度山人さんのasukaロードがまだ返せずにありましたので、もう暫くの間お借りする事になりました。
 冬と違ってこれからの季節、朝5時スタートは爽快そのものです、それに通勤時間には早いので道も空いていて走り良いです、木津から自転車道に入り7時半には流れ橋に、菓子パンをかじりながらのんびりと休憩します、今日は空気も澄んでいて、梅雨のまとわり着くような蒸し暑さもなく快適この上ないです。 毎朝ここへ集まってくるご老人、まぁこちらも片足突っ込んでますが、とすっかり顔馴染み。




今日もruntasticとやらを使ってみました、往路が梅美台のサークルKで分割されてしまいましたが、なにやら距離別のベストダイムだとか、新記録だとか教えてくれます、まぁ面白いと云えば面白いのですが、必要に迫られ目的地に早く着きたいとは思っても、別に早く走りたいと思っている人間ではないのでネェ、走行実績をSNSにアップするのには非常に手っ取り早いのですが、グラフの横軸が距離では無く時間なのが気に入りません、やはりツーリング向きのアプリではないですね。
 本日の走行102.6キロ、今月の累計1,114.4キロ、今年の累計6,882.8キロ。 今月はこれで終わりかなと思っていたら、なにやら明日も走れそうなお天気になってるではありませんか。

6月21日の日記

梅雨ですねぇ、KHSで近所へお使いに出掛ける事を除けは5日連続の休足日です。 昨日は「降る降る詐欺」って感じでしたが、今日はお昼までは晴れたと思ったら土砂降りになるといったとんでもない天気でした。 そんな週末でもカタギの人はお休みを有効に利用しようと昨日から走りに出掛けている様で、syokoraさんは福知山から丹後若狭方面へ、S女史は十津川泊りで今日は丸山千枚田、facebook等で皆さんの行程を追いかけているのも愉しいものです、どうやら近畿地方は北の端と南の端が良かった様です。

 
さて「自撮り」で大活躍の愛用の三脚SLIKのスプリントMINI2(5年使用)ですが、いつの間にか石突ゴムをなくしてしまいました。 ネットで調べると保守部品で300円で頒けて貰える様なので、電話でメーカーの窓口へ問い合わせてみると、送料も掛かるしその部品ならカメラ量販店経由で取り寄せて貰う事ができるとの事で、近くの上新電機に行ってみると注文可能との事、それが入ってきていたので、引き取りに行ってきました。 代金は2個で518円(税込)でした、邪魔臭いと送って貰ったら千円以上かかる処でしたが、やはり国内著名ブランドは安心ですね。
 
「ムジークフェストなら2015」の一環で、橿原のローディ御用達のカフェ「4’season」でギター・ソロ・ライブがあるとの事で、昨夜連絡したらまだいけるとの事で午後からKHSを駆って出掛けてきました。 珍しく今年は3月の大フィルに始まって、「月うさぎ」のチェロ・コンサートと生に接する機会が多い様で。 寺地達弘(g)、「ジェット機のサンバ」、「イバネマの娘」、「カーニバルの朝(黒いオルフェ)」、「スペイン」、オリジナル2曲、「リベルタンゴ」etc. ジョビンの名曲に始まってピアソラまで、小さなカフェならではの雰囲気で、なかなかのライブでした。
 
実は朝からこんなのをごそごそさわっていました、asuka号用のフロントバッグTOPEAKのTour Guide HandleBar Bag DX 。 先日グローブがおニューになって気になったのは手の甲が金具に引っ掛かるのですよね、で両端を内側入れ込んでみました(写真左上)。 それと「EB金具」の取り付け、TOPEAKのこのバッグは芯材を外せるのでこうしてしっかり位置合わせをします(写真右上)。 しかしソローニュほど高価なものではありませんが、防水の事を含めて考えると穴をあけるってのは抵抗ありますよね、それと「EB金具」の最大の欠点はキャリアの寸法に合わせて金具を固定するので、専用になってしまうと云う事。 私は構いませんが自転車をたくさんお持ちの方は悩ましいですよね。
 さて実際にasuka号に取り付けてみるとライトが邪魔して取り外しが少しやりにくいのですよね、まぁこれで段差等でバウンドしてもバッグが踊る事はなくなりますが。
 

2015年5月

記録のある範囲と云うより、1,400km超えは過去最高の月間走行距離ですね、asuka 810.8km、KHS 54.1km、koga-miyata 196.0km、九度山人さんからお借りしたasukaロードで358.2km、計1419.1kmでした、2015年の累積走行距離は5,885.2km。
 100km超えは7回、ツーリングと云えるのは高野山~野迫川村の164.0kmと「月うさぎ」キャンプ位で、城陽市までの往復6回で距離を稼いだ様なものです。
6月は梅雨入りで1.000km超えるでしょうかねぇ。

カメラバッグをフロントバッグに

 先日のフロントバッグのリクセン化で、カメラバッグ等で使い勝手の良さそうなものをリクセン化してみようと云う話になっていましたが、とりあえず目をつけていたのはこれ、VANGUARDと云うブランドのカメラバッグで、以前からうちに転がっていて、カメラバッグとして持ち出す事もなく単なるカメラアクセサリ入れとして使っているのですが、サイズ的になんとなく中途半端だし、フロントバッグにすると前開きになってしまうのと、後ろ側のポケットを潰してしまう事になるので躊躇しているのですが…
 
 ところがこんなのがあったんです、エツミ製のリュック型カメラバッグが、ずいぶん以前に買ったのですが、出番がないまま殆ど新品(このモデルは現在では廃番の様ですが)と云うか、ミニベロのフロントバッグにならないかなと云う考えは無くも無かったのですが… ミニベロのフロントの縦長の空間、このスペースを有効に利用しようと云う考えは10年以上も前から、かのシクロアルピニストと云われたKeroさんが実践されていて、手作りの帆布製縦長フロントバッグを愛用されていました。 (彼は「自撮り」の先人でもあります)
 

 

 私のKHSはその機動性から北は会津から南は宮崎まで、いつもの「18きっぷ」輪行で、主に道路元標蒐集に活躍していて、泊りがけともなるとおのずと荷物も増えてしまいます、私はツーリングでは背中には担がないと云うのが基本ですので、かなり強引に小型のサイドバッグを装備している訳です。 そして輪行時には輪行袋とカメラやモバイル機器の入ったフロントバッグを両肩に担ぐスタイル、フロントバッグをリュック化できれば輪行時にかなり楽になってくるはず。
 ちなみにリクセンカウルのフロントアタッチメントはタイオガのフロントバッグホルダーを介してハンドルポストに取り付けています(写真右上)、なお写真にも少し見えていますが、この世代のKHS F-20にはリクセンカウルのヘッドチューブアダプターを取り付けられるダボが付いているのですが、ねじ穴が浅すぎて使い物になりませんでした。
 
 さてリュック型カメラバッグの改造です。 背当て部分にリクセンカール互換のBASILのアダプタープレートを取り付けます、そんなんしたら背中痛いやんか、とお思いでしょうが、これが殆どこたえないのです、それに第一このリュックを担ぐのは輪行袋を担いで移動する乗下車や乗換えの時だけです。 フロントバッグとは云えリュック型になって容量が増えた分、重量はおのずと増えてくるでしょう、リクセンカウルのクリックフィックスだけでは強度に不安があります、そこで出てくるのが昨日の「EB金具」なのです、これでフロントキャリアに固定すると抜群の安定感、おそらく「EB金具」がなければリュックをフロントバッグにする事には踏み切らなかったでしょう。
 
 リュック型カメラバッグの多くは上下2気室になっています、このバッグの場合、フロントバッグとして利用している時は下部を開く事はできませんが、マジックテープで固定されている仕切りを外すと1気室にする事は可能ですし、輪行袋等の走行中に必要のないものを入れておいても良い訳です。 少し困ったのはフロントバッグとして使用時に邪魔になるショルダー、ブラブラさせていると非常に危険ですが、たたんでリュック自身のチェストハーネスやヒップベルトでハンドルポストにしっかり固定すると大丈夫です。 今日は荷物満載と云う訳でもありませんが、結構重いUPSの交換用バッテリーを積んで40キロ程走ってきました、ちなみにDST40.2km、AVS17.4km/h、MXS41.1km/h
 
 今のところ課題はバッグの大きさの割りにクリックフィックスやEB金具を取り付けている部分に腰がないので、なかなかパチンと一発で固定できない点でしょうか、バッグを内側から押さえてやるとかしないとなかなかうまく取り付けができません。 なにかしっかりとした芯材を入れてやる必要があるかも知れません。 後はSTIのワイヤーが邪魔になる事、折角の後開きが生かせません、別にSTIレバーに魅力は感じていませんので交換する手もありますが、バーエンドコントロールにすると輪行時に邪魔ですし、使い慣れているダブルレバーでは台座と折りたたみのKHSゆえにワイヤーの取り回しをどうすれば良いのか、色々と悩ましいところです。

MINOURA ペダルスタンド付き携帯工具

 
 

自転車のペダルシャフト部分に引っ掛けて、スタンドの付いていない自転車でも自立させておくグッズです。 何に使うのかと云いますと、駐輪用のスタンドとしては非常に頼りないものですが、何処か風景の良い処やメモリアルな場所で、自分の自転車の写真を自立させて撮っておくための、即ち「自車撮り」グッズなのです。 TOPEAKからも同様のものが出ていますが、そちらはスタンドためだけのもの、こちらは携帯工具にもなると云う一石何丁かになる便利グッズなのです。

 2,3,4,5,6mmのレンチと+ドライバー、タイヤレバー2本がセットなっていて、タイヤレバーを脚にして、J型のフックをペダルシャフトに引っ掛けて写真の様に自立させます。
 
スタンドとしては本当に心もとないものですが、その手の趣味はないと云う方以外は、持ってれば役に立つ事もあるかも、携帯工具として使える訳ですから持ってても邪魔にはならないはずです。 普通のスタンドでも一緒ですがフロントバッグなど付けていてハンドルの重い自転車は前輪を真っ直ぐ立てておくのは路面によっては難しいかも。 おまけの機能としてスマホなどのスタンドにする事ができます(写真右)
 なお私がKHSで使っている三ヶ島の折り畳み式ペダルにはJ型の金具を引っ掛ける事ができず使えませんでした。

道路元標蒐集サイク(山口編2日目)

日本の道百選 萩市「菊屋横丁」
 

 

今日はまず萩町道路元標に立ち寄り、美祢郡の大田町道路元標を経て山陽本線の厚東(ことう)駅まで走って1238発に乗車し帰途に就く予定なのですが、走行距離は峠越えの55キロ程、昨夜萩市内に泊まったお陰で時間の余裕もありますしお天気も最高、早朝の観光客のいない時間を狙って萩市内をポタってみる事に、事前に何の情報も集めていなかったので宿にあった観光パンフレットをたよりに散策してみます、まずは萩町道路元標、高札場跡に保存されています。
 
そして日本の道百選に選ばれていると云う「菊屋横丁」へ、横丁と云うのもちょっと変な感じもしますが、路地と云うには広過ぎますし、せっかくですから「自撮り」を、休日の昼間ではできない芸当でしょうね。 白壁の街並みを撮ったりしながら萩城址へと向かいます。
 
こちらも地元の方が散歩したりジョッキングをしたりと云う感じでです。 しかしKHS、輪行には手軽で良いのですがどうにも日本の風景には馴染まないヤツです(^_^;)
 
そろそろ走り出さないといけない時間です、市内のコンビニで補給をしてから萩駅へ、今では街の中心は東萩駅寄りになってしまい、無人駅となったレトロな旧駅舎は重要文化財となり「萩市自然と歴史の展示館」となっています
 
萩から山口市を経て防府へは「萩往還」と呼ばれる旧街道が通じていて、今日は前半はその道をたどって行く事になります、道の駅「萩往還公園」の手前から旧道へ入ると鹿背(かせ)隧道で小さな峠を越えます、このトンネルは国登録文化財で案内板によると「鹿背隧道は悴坂(かせがさか)峠を貫通する隧道で、長さ約182m、幅約4.2m、高さ約3.9mの規模を有した県内では他に類をみない石造トンネルである。 施工には地元萩・阿武地域だけではなく、周防大島町久賀や大分県安心院出身の石工が工事を請け負っている。 工事は明治16年(1883)に着工、翌明治17年(1884)に開通したという。 明治10年代の石造り道路隧道としては大変稀少であり、総延長も我国最大の長さを誇っている、素朴ではあるが重厚な味わいを持つ切り石積みの坑口、総石張りの内部はまさに壮観で、山口県下最初の洋風石造隧道として貴重である。 」とあります。 
峠を下ると現在は萩市の一部となっていますが旧旭村、鄙びた風景が広がります。 やはり日本の風景に似合わないKHSです。 ここで「萩往還」とは別れ雲雀峠への道をとります、こちらも赤間関街道と呼ばれる旧街道で、それらしき峠への案内板があって一車線の舗装路がのびているのですが、ちょっと先々がヤバそうなのでここは県道を行く事にします。 
雲雀峠は大きく開かれた切り通しの峠、名前の割には雰囲気も何にもありません。 標高も知れているのですが、一応は陰陽分水嶺の峠です。 路肩に郡界標でしょうか、三角柱の標石が、美祢郡赤郷村、阿武郡明木村とありますから少なくとも昭和29年以前となります、改良された県道脇に再建されていて、現時点で5基の道路元標の現存が確認されている山口県ですが、この事からまだまだ未知の道路元標が残されている可能性があるかも知れません。 
分水嶺を越えて既に瀬戸内側に下っているのですが小さな登り返しがあり、何となく峠の風情で記念碑や「奈良の大仏さまのふる里」なんて看板も建っています。 どうやら明治維新の古戦場で「呑水(のみず)峠」と云う由緒ある峠の様です。 「奈良の大仏さま…」云々は近くに奈良の大仏の再建時に銅を産出した銅山跡があるとの事です。 
今日最後の目的地、美祢郡は大田町道路元標です。 裏面には「昭和二十七年六月」とあります、と云う事は道路元標が法的裏づけを失った現行の「道路法」が施行された年月と符合してしまいます、不可解ですね。 
予定の厚東駅まで後20キロ程、予定通りの時間で進んでいますが、小郡まで10キロ余りの標識が出てきます、小郡へは二本木峠と云う峠を越えて行くのですが、回りの風景を眺めてみても大きな峠がある様な雰囲気でもありません。 調べてみると二本木峠は標高126mしかありません、現在の標高を考えると殆ど片峠の様子、厚東駅へはダム湖畔を走って行くルートですが、それより二本木峠を越えて小郡の新山口駅へ走った方が何となく楽そうな雰囲気、予定を変更して二本木峠へ向かう事に。 二本木峠を越える県道はほぼ平行して「山口秋吉台自転車道」が通じている様で、ただあまり利用はされていない様で、路面状況は良くはありません。 あえて下りで使う価値はなさそうですが、反対向きなら車に追われながら県道を登るなら自転車道を利用するのも良いかと。
 
最初の予定では厚東駅1238発の岩国行きに乗車する予定でしたが、二本木峠を下りきった処で列車の時刻を確認してみると新山口駅1153発、無理すれば2本前のスジに乗れるではありませんか、後の接続はともかく新山口駅へ急ぐことに、駅に着いたのは23分前、ホームは跨線橋を渡った4番のりば、そこはKHSですがサイドバッグ装備、駄目元で輪行支度を、ご覧の通り乗車列車の写真を撮る余裕まで。
 順当に行くと岩国、糸崎、岡山、姫路、大阪、王寺での乗り継ぎで「18きっぷ」のままで桜井に2218にたどり着けるのですが、時間帯から云っても岡山5分、姫路2分の接続はタイトです。 そこで遅くはなりますが糸崎で赤穂線経由の播州赤穂行きに乗車し、野洲行き新快速に乗り継ぐと云う技、お陰で全行程を座って2323桜井駅に無事帰投しました。
 本日の走行57.7キロ、昨日の王寺駅までの自走を含めても100キロにも満たなかったですが。 道路元標以外の事は特に考えてなかったものの、萩の街を巡ったり、「萩往還」をたどったり、幾つか峠をGETしたりと有意義なツーリングになりました、機会があれば再びゆっくり訪れてみたいものです。
 
【1031】 2015/04/07 山口県 大島郡 蒲浦村 (現 周防大島町
【1032】 2015/04/08 山口県 阿武郡 萩町 (現 萩市)
【1033】 2015/04/08 山口県 美祢郡 大田村(現 美祢市)
 
新山口1153→1354岩国1355→1613糸崎1645→1927播州赤穂1931→2113大阪2143→2238奈良2254→2323桜井 8,750円分乗車

 

 

道路元標蒐集サイク(山口編1日目)

山口県周防大島町 蒲浦村道路元標にて
 
 
 後3回分残っている「青春18きっぷ」、週間予報を模様眺めている内に有効期限の4月10日が迫ってきました。 最悪は自転車抜きでのんびり「乗り鉄」の旅になってしまうかも知れませんが、とにかく未修の道路元標の残っている処で天気の良さそうな方角へ向かえる様に幾つかプランを練っておいたのですが、この様子から金沢方面か広島方面かと云う事で、3基残している山口県に1泊2日で向かう事に。
山口へは先日の「しまなみ」の時にも使った、JR王寺駅まで20キロ余りを自走し始発に乗るのが一番良いのですが、前夜から雨が時折強く降ってきます、雨雲レーダーの予報を見ると未明3時には止んでくれるはずなのですが。 とにかく3時05分にこれ以上は降らないだろうとの判断で、真っ暗な大和川河畔を王寺へと向かう事に。
 今回は3度の輪行での移動を考えているためにKHSで、三脚を持って行きたいがためにリアのバッグを2サイドにしたためキャリア上がからっぽで、泥除けがないため迂闊にもお尻を濡らしてしまう事に、
なのに闇夜の21キロを1時時間2分で平均20.3キロとは。
 
 
前回と同様、新今宮、大阪、西明石で乗換えを済ませ姫路へ先回りして新見行き先頭車に乗車します。 この後、山口県大島郡の蒲浦村道路元標の残る周防大島へは山陽本線大畠駅まで、岡山、糸崎、岩国と乗換えをこなして都合9時間余りの長旅、九州佐賀まで行った事が2度あるとは云うものの、iPodを忘れてきたのは大失態です。 従って退屈しのぎはいわずと知れたSNSで皆さんに遊んで頂くのですが、モバイルバッテリーからスマホへの充電が上手く行かない様なのです、ACアダプターは持ってきていますし、大畠に着いたら駅前のコンビニで電池式の充電器を買うかするまで、暫くこちらも省エネモードに。
 
広島前後では結構込み合ってきます、糸崎からの車両は115系でも運転席後にスペースがないタイプで、席から離れたトイレ前のスペースに輪行袋を固定してあるのですが、駅での乗り降りの度に気にしていると、何やら視線を感じます!? その先にはどこかで拝見した様なお顔が… facebookのお友達で広島在のS氏がわざわざ乗り合わせてきてくれたのでした、混雑する車内で1駅だけでしが、結構な頂き物まで、もちろんお渡ししましたよ、名刺がわりのカレンダー。 (写真はS氏から頂きました)
 
色々考えてみると、原因はリール式のUSBケーブル(左)かも、ミニならGARMIN用がありますが、マイクロはこれ1本です。 大畠駅で下車後、早速コンビニへ、さすがにケーブルだけは売ってませんが、ケーブルが一体でなくて一番安いものをGET、1,008円也。 案の定ケーブルを替えてみるとモバイルバッテリーからの充電はばっちり。 しかしうちにはこの手の充電器がまた増える事に。
 
大畠駅1343着、降り立つのは2度目ですがホームから大島瀬戸をはさんで周防大島と大島大橋がすぐそこに見えます、瀬戸内海では淡路島、小豆島に続いて大きな島で、一度一周してみたいものですが海岸線が入り組んでいて、道路で一周すると100キロ近くにもなります。
 今回のKHSのいでたちは小径車には珍しい2サイド装備、モンベルのフロント用とされている小型のもの、それでも2サイドですからそれなりの収納力はありますが、輪行袋の中に押し込んでしまうので、かなり重くはなります。
 
蒲浦村道路元標までは大した距離でもありませんが、大島大橋まで登って行かなければなりません。 海沿いの静かな村のなかなかのロケーションに道路元標はあります、海の見える道路元標は函館市道路元標を初め幾つかありますが、今日の予定はここだけですので時間もありますし、道路元標を入れた「自撮り」をば。
 
明日は萩市の萩町道路元標からスタートです、島根県に入ってしまいますが1FでJAZZ屋をやっている益田駅前のビジホ「とらや」に泊まって、始発で萩に移動しようかと思ったのですが「とらや」は満室、東萩駅前で宿をとります。 厚狭から美祢線経由で長門市駅へ、キハ120のエンジン音が旅情を誘います。 本日の走行、王寺駅までの自走を含めても38.2キロ也。 「18きっぷ」で10,430円分乗車。
 

赤穂~日生「かきおこポタ」

赤穂市福浦海岸にて
 
今日はsyokoraさん主催の「かきおこポタ」へ参加してきました。 と云っても僕は牡蠣は駄目なんですけどね。
 
播州赤穂駅1000集合、大阪0800発の新快速に乗るお約束なのですが、このスジは敦賀始発で相生で岡山行きに接続していて、18きっぷのシーズンは混みますので、未明から王寺まで自走して先乗りする事にしました。 赤穂周辺の道路元標は既に履修済なのですが、生存確認に一巡します、尾崎村道路元標には写真のような案内板が設置されていました、こう云った形で道路元標が認知されるのは喜ばしい事です。
 
播州赤穂駅に着くと車でお見えのnoricさんが既に到着、電車が到着すると輪行を担いだおじさん達が続々と降りてきます。 今日は東叡とナショナルのデモンタがそれぞれ2台にグランテックと云う、みなさん往復輪行を意識した選択です。 すみません僕は場違いのKHSです、実はasuka号今度はフロントのガードを壊してしまいました。
 
さて総勢12名、準備を済ませてR250を日生(ひなせ)に向かうのですが、今日は今風ロードに跨った女性が3名、おじさん達には嬉しいサプライズです。
 
もちろんやさしいおじさま達であります。


 
 
 
R250をひた走り福浦峠で岡山県に入ります。
 
 
 
 
 
11時過ぎにはかきおこの店「福来(ふくろう)」に到着、人気店らしいので入れるかどうか心配していたのですが、時間も少し早めだったのが幸いしてか全員すぐに座れました。  
 
ほぼみなさんが「かきおこ」を注文、すみません僕は「イカモダン」です。




「かきおこ」の後は、日生漁協の魚市場「五味の市」へ立ち寄ってから、海岸沿いの道を赤穂へ戻ります。
 
 
 
 
赤穂御崎の神社前にて。 近くのケーキ屋さん「SANPOU」でケーキを買い込んで福浦の海岸でコーヒータイムとします。
 
 
福浦海岸の遊歩道を行きます。 幸いここまでお天気は持ってくれたのですが少し雨が降ってきました、この後は坂越(さこし)を回って帰途に就く予定だったのですが、福浦海岸でのコーヒータイムを最後に赤穂市街へ戻る事に、赤穂城で記念撮影した後、播州赤穂駅前で解散と云う事になり、輪行組6名は1706発の新快速まで駅構内のパン屋さんでお茶の後帰途に就きました。
 
「青春18きっぷ」5,610円分乗車、5回分を半月で使い切ってしまいました。 夏のシーズンは暑いだけなので今の季節に行きたいところが他にも一杯あるのですがねぇ。

 「かきおこポタ」の写真をアルバムにアップしました。 うちのHPから[BICYCLE]→[ツーリングの記録]→[2015]と辿って下さい。 なおご覧になるには認証が必要です。 ログイン名は’pal’、パスワードはうちのFAX番号の下4桁です、「CanCan謹製カレンダー」の奥付に記載があります(一昨年とは変わってます)。 なおオリジナルではありませんが1920×1280サイズの画像もダウンロードできます。

道路元標蒐集サイク(新潟編1日目)

新潟県道<270>湯之河内梶屋敷停車場線
 
昨年11月以来の「道路元標蒐集サイク」です。 一昨日南紀からの帰り際、JR太地駅で春のダイヤ改正のあらましを見ていて、ふと北陸新幹線の開通で金沢~直江津~長野間の第三セクター化をいまさらながら知り「18きっぷ」で金沢以遠へ行けなくなる事に気が付きます。 新潟県にはまだまだ未修の道路元標が残っていて、この機会を逃すとますます行きづらくなります、今の予定では「18きっぷ」は後2回分残る計算ですから丁度良いのですが、3月16日までには「ツール・ド・紀伊」のスタンプラリーの最後の仕上げに1泊2日で紀伊半島縦断ツーリングの予定が、15日にはS氏主催の「カキオコポタ」で赤穂~日生へ、9~10日は所用があって、そうなるとダイヤ改正の14日までにはとても日程が組めません、それに週間予報では来週は日本海側は降雪の予報、こりゃ駄目なと思いかけていたところ、明日明後日ならありかもと、とんでもない考えが首をもたげます。 北陸新幹線の開通により在来線の優等列車の廃止や3セク化で消える車両もあるはず、ウザい鉄どもが押しかけるはずに違いない、まして週末ときた。 それともう一つ懸念材料が、と云うのは雪国の道路元標はこの時期は往々にして雪に埋もれてしまっている事が多いのです。 しかし一度思いつたらやめられない性格と動きの早さ、KHSは輪行から帰ってきたばかりで準備万端、道路元標の資料を整えて準備OKとなったのであります。
 
未明にJR奈良駅まで20キロあまりを自走し0448発京都行きに乗車します、もう1本後でも北陸本線の同じスジになってしまうのですが、輪行袋を担いでいるとかと不自由なもので、乗り換えに余計な時間がかかったり、普通なら座れる列車に座れなかったりするので、福井行きの始発駅の近江今津まで先回りする事にして、ついでに途中下車して滋賀県高島郡の今津町道路元標の生存確認へ向かう事に。 生存確認と云うより、現存する道路元標を先日からfacebookへのスポット登録を企んでいるのですが、すでに履修済みの1,000基余りを再び回るのはとても。 ちなみに道路元標の位置に関しては既に自分なりにデータベース化していますが、加えてGoogleMapでもマイマップ化を進めています。
 
福井行きは輪行袋の置き場所も確保でき座る事もできたのですが、これが帰って仇になって下りるのが最後になってしまい、その上福井駅での金沢行きへの乗換えがホーム違いで4分しかありません、混雑する駅のホームで無理はいけません、1本見送る事に。
 
 

ところで福井駅のホームのベンチに遠目に妙な人が座っているではありませんか、よくよく見ると恐竜のモニュメント、どうやら福井県立恐竜博物館の宣伝用らしいのです、輪行袋を置きフロントバッグを持たせて写真を撮り、facebookにポストすると早速反応が、福井駅前には巨大なモニュメントまで出来ているそうなんです、どうやら北陸新幹線の開業に合わせて福井まで観光客を呼び込もうと云う話とか。
 当初の予定でも新潟県に入るのは14時を回ってしまいますので、今日は道路元標はたとえ1つでも回れればと思っていて、糸魚川で大糸線に乗り換えて長野県北安曇郡の南小谷村道路元標まで往復しようかと考えていたのですが、南小谷までの往復は時間的にきびしくなったので、糸魚川の次の梶屋敷まで行き、新潟県西頚城郡の下早川村と上早川村の道路元標を回る事に変更する事に。 しかし1本遅らせたにも関わらず、金沢行では座れず仕舞いで富山まで行く事に。
 

 

富山駅にて、懐かしい451系と411系の混成による3両編成、153系東海型の流れを汲むデッキ付き電車もこれが最後なのかな、夜行の急行「立山」とかでお世話になりました、まぁ輪行袋を担いで乗り降りするには不自由な車両でしたが。
 
1622梶屋敷駅着、暗くなるまでそう時間もありませんので、さっさと準備を済ませて下早川村道路元標へ急ぎます、道路は完全に除雪されていて走行には全く問題はありませんでしたが、目的地に着いてみると懸念していた通り道路元標のある場所は雪捨て場に、幸い20cm程顔を出してくれていたので、まわりの雪をのけて撮影を済ませる事はできました。 次の上早川村は公民館の軒先の保存されていて問題なし。
 

ところで今夜の宿なのですが、富山駅で接続待ちの間に上越市内のいくつかのビジホをあたってみたのですがいずれも満室。 「じゃらん」で安いところ検索していて税込み3,980円で「働く人の宿 あいかわ」と云う所を見つけます、おっさん一人の自転車旅ですから泊まれれば十分、直江津港の近くで不便そうな処ですが、駅から自転車でなんぼもかからない距離です。 近くにコンビニと食堂がありますので不自由はなさそうです、エラく愛想の良いおばちゃんが出迎えてくれました、大きなお風呂は8時半までとの事ですので、近くの食堂で夕食を済ませてコンビニで少し買い物して戻り入浴して、ここ数日の寝不足を回復しようとさっさとベッドへ。 部屋も決して狭くなく清潔ですし、自転車も玄関に入れさせて貰いました。 佐渡へ渡る事があればまた使う機会があるかも知れません。

 奈良駅までの自走を含めて本日の走行44.6キロ。 18きっぷで7,340分乗車。

【1021】 新潟県 西頚城郡 下早川村 (現 糸魚川市)
【1022】 新潟県 西頚城郡 上早川村 (現 糸魚川市)