「erba」タグアーカイブ

北の海へセンチュリーラン

京都府宮津市 丹後由良海水浴場

 6月の東の海(鳥羽市鎧崎)、西の海(和歌山市加太)に続いて北の海を目指します。関西から北の海へのライドと云うとコースは様々ですが若狭小浜辺りを目指す人が多い中、そこはその天の邪鬼な私の事ですから、狙ったのは天橋立、あわよくば近畿最北端の経ヶ岬も狙えるのではと線を引いてみたのですが、さすがにこれには無理がありそうな。さてコースは上街道から奈良阪を経て嵐山八幡木津自転車道を走り、嵐山から六丁峠を越えて保津峡、水尾、越畑、日吉ダム、綾部から宮津へと走る200キロ近い道のり、なお日吉ダムから先はほぼ未踏区間です。

 帰途輪行の予定ですので、荷物は輪行袋と着替え一式、マウンテンスミスの小さい方のランバ―バッグ(ヒップバッグ)に、これ位の荷物ならオプションのショルダーベルトも不要でしょう、元来背中には背負わない主義ですが、夏場は肩当ても鬱陶しいものです。後サドルバッグをトピークからモンベル(本来はフロントバッグとして販売されているもの)と交換してゴリラポッドを押し込みます「自撮り」をしている余裕はないのですが、記念撮影位と思い持って行ったのですが、結局一度も使う機会はありませんでした。
 自転車道へは明るくなってから入る様に逆算して桜井を2時過ぎに出発します。流れ橋までは一昨年40往復した勝手知ったる道ですが、真っ暗な自転車道は危険この上ないのです、路肩が不明瞭だったり、車止めポールの蓋とか、ライトや反射材を持たずに走っているジョガーや犬の散歩とかトラップだらけです。上街道は西名阪下の信号で捕まっただけで足着き1回、京都府に入って木津川市梅美台のファミマで明るくなるまで小休止。
 自転車道に入るとついつい加速してしまうのですが、最近100キロ前後を走るペース配分やリズムに馴れてしまっているので、今日は先が長いのでセーブしながら走る心掛けを、流れ橋で2度目の休憩を。
 丁度7時に嵐山到着、休日の朝とあってか嵐山に近づくに従ってジョガーの多い事。ただ一大観光地の嵐山はまだまだ観光客の姿はまばらです。3度目の休憩の後、コンビニでおにぎりを1個と凍らせた飲料を補給、この先コース上にはコンビニの類いは綾部市街までないかと。
 府道50号京都日吉美山線、嵯峨野から六丁峠へ、登りきれるかと思ったのですが、対向車が2台続けて下ってきてアウト!
 一旦保津峡へ下りますが再び標高差400m程の登りが始まります。ところで今日はローディのグループの多い事、明日の美山の前乗り組なんでしょうかの、調子に乗って着いて行ったりすると後が持ちませんので、大人しく見送ります。追い越す時に声を掛けるのは勿論だとしても、グループと思って何台?と尋ねると速答できないのは何故、質問が突拍子もないのか、一緒に走っている人数を把握できていないのか。8時半には水尾に到着、自販機休憩。
 神明峠、ゲートのある亀岡方面へ下る林道へは峠になるのですが、府道はまだ標高差で100m程続く、サイクリストには悪名高い峠。緩やかなアップダウンが暫く続いてようやく下りに入ります。

 樒原(しきみがはら)へ、ここにはバスの車庫があってここまで山陰本線八木駅から1日3往復の京阪京都交通のバスがやってきます。京都市右京区には違いないのですが、園部市の経済圏になっています。こんな処に京阪の塗装のバスがいて怪訝に思いましたが、2004年に破綻した京都交通の路線を京阪グループが引き継いだとか。そんな訳でここから先は道は随分と良くなります。愛宕山の陰になるので宕陰(とういん)と呼ばれる樒原、越畑と過ぎ南丹市へ、神吉には北桑田郡の神吉村道路元標が残っています。
 天若(あまわか)湖と呼ばれる日吉ダム湖畔を行きます。峠を越えダム湖の上流側から下り基調の道を走っていると、このまま日本海側へ下って行ける様な錯覚を起こしますが、日吉ダムは桂川、日本海どころかまだ淀川の上流にいるのです。日吉駅から山陰本線沿いに走り胡麻駅へ、駅に隣接して食事のできる「胡麻屋」と云う店が、時間も11時になり走行距離が100キロを超えて疲れもでてきたので、ここでお昼と云う事に。
 カツ丼とかけうどんのセットにてんぷらを足して820円也、お味もボリュームにも満足してのんびりしていると「みずかぜ」が来るとの声。JR西日本、話題の豪華列車がやってきたではありませんか、上り普通列車との交換の為の運転停車です、なんとラッキーな。
 ところで胡麻と云う変わった駅名ですが、昭和30年まで胡麻郷村と呼ばれた土地、ただ胡麻の産地かと云うとそうではなく「駒」が転訛したものらしく。近年京都市内の胡麻屋さんが地名に馴染んで工場をここに建てたとか、ごま油とか胡麻由来の商品が並んでいます、胡麻そのものの原産地は海外が多く、国産ものはお高い様な。
 胡麻郷と云う処は高原状になっていて日本海側との分水界になっていて山陰本線はここを越えているのですが、嵐山から辿ってきた府道50号は美山に向かって行き止まりになり、何故か国道府道は一本もここを越えていません、今回は南側の農免道路の様な雰囲気の道を走り、R27下山バイパスをくぐり深い谷へ下って旧R27だった府道80号へ合流します。地形的に谷中分水界なのかなと思って、帰宅後調べてみると話はそう簡単ではない様な。和知駅へ立ち寄った後由良川右岸の府道59号を、交通量が少なくなかなか快適なコースです、その後R27となり綾部市街へ入ります、舞鶴若狭道のお陰か交通量は意外に少なかったかと。ただ胡麻から下り基調ながらルートを確認しながら走ったので結構時間がかかったと云うか長かったです。
 綾部に自転車で立ち寄るのは三度目、2008年10月と2009年8月、何れも道路元標蒐集の途上でした。駅前の通りではなく旧街道と思しき道を行きます、綾部駅近くまで来たのは既に14時近くになってしまいました。
 綾部から由良川に沿うと福知山を経由して遠回りになりますので、京都府道9号綾部大江宮津線にてショートカット、小さな無名の峠を越えますが「従是北丹後国加佐郷」と「従是東丹波国何鹿郡」と記された石標があります。宮津街道に係わるルートとして由緒がありそうな道です。
 由良川河畔に出た後、計画ではそのまま府道9号で宮津へ向う事を考えていたのですが、流石に標高400m超の普甲(ふこう)峠を越える余力は無く由良川沿いに丹後由良を目指す事に。ただ交通量の多い対岸(左岸)のR175には渡らず右岸の県道を継いで最下流の八雲橋まで北上します。最下流と云っても河口まで5キロ以上あるのですが、これより下流には道路橋はなく京都丹後鉄道宮津線の由良川橋梁しかありません。
 暫くR178を走るとその由良川橋梁を渡る列車が見えてきました、列車と云っても1両ですが、観光列車の「あかまつ」号の様で、徐行運転をしながら鉄橋を渡っていますので、撮影するチャンスに恵まれました。初めて宮津線を訪れたのは1970年代、当時は国鉄宮津線でしたが奈具海岸のほうへ行ったので由良川橋梁を真横から眺める事はありませんでした。しかし全長552m25連のガーター橋は壮観ですね。
  丹後由良の海岸に出てみます、夏休みの週末とあって海水浴場はかなり騒がしいのかと思っていたのですが、人出も左程でもなく意外に静かでした。丹後由良と云えば近畿でも知られた海水浴場だったのですが、今はそうでもないのでしょうか。この先R178を天橋立まで走る事も考えたのですが極力「18きっぷ」で帰る事を考えると1732発がタイムリミットの様です。京都や大阪鶴橋から近鉄を利用すればまだまだ頑張れるのですが、それでは金額的に「18きっぷ」のメリットを生かせませんし、わざわざこの時期に走ってきた意味もありません、とか何とか理由をつけて丹後由良で本日は打ち止めと云う事に。日帰り温泉とか海水浴場のシャワーとかもあるのですが、静かな無人駅のベンチで輪行支度を整え、ボディシートで身体を拭いて着替えを済ませて、車上の人となりました。しかし由良の海岸から見た丹後半島の遠い事、かすかに見える半島は伊根の辺りですからね、経ヶ岬は更にその向こう、少々曇りがちなお天気に助けられてここまで来れた様なものです。本日の走行185.8キロ、「18きっぷ」3,020円分乗車。さて残るは南の海は潮岬です。

 

今月の東吉野サイク

奈良県道221号小村木津(おむらこつ)線

 ここ何年か毎月の様に走っている東吉野村ですが、GWの「11th月うさぎキャンプ」以来間が開いてしまったので、格段の予定もなかった今日、芋ヶ峠~吉野川~高見川河畔~一谷峠といつものコースで走る事に。LINEでつっちーさんが芋ヶ峠~三茶屋(みちゃや)~大峠と走ると云う事ですので、少しだけでもご一緒して貰おうと芋ヶ峠へ急ぎます。

 栢森(かやのもり)から25分弱で芋ヶ峠へ、待って貰っていたつっちーさんと合流。暑いですが晴れの休日とあってローディのグループも多いです。国栖(くず)までご一緒する事になって、暫くサンジェの露払いを務めさせて貰います。
 窪垣内の三叉路でお別れして、私は予定通り東吉野へ、いつもの様に「ニホンオオカミ像」の前で小休止、影が無いのですがそれでも東吉野は涼しいです。
  お昼は「麦笑」「よしの庵」でと思っていたのですが、小川の街並みで新しい建物が、南都銀行と「西善」の並びなのですが、「けんけん厨房」と書いてあって定食がある様です。入れ子になった建物の奥でちょっと判りにくいのですが、高見川に面したテラスのあるお店です。「揚げ春巻定食」600円と云うのがあったのですが「角煮丼」味玉付き550円が500円と云うのがあったのでそちらを頂く事に、平日も営業している様なのですが開店したばかりで様子が良く判りません、メニューも限られていて小さなお店なのでグループで行く様なお店でもないのですが、東吉野は平日に食事のできる処が殆どないのと、お値段もリーズナブルな様です。
 「NEGI」の総帥Y氏が前を走っていて「よしの庵」にいた様なのですが、覗いた時には既に出た後の様、木漏れ日、せせらぎの音、川面を渡るカジカガエルの鳴き声、東吉野を満喫しながら小村木津線を行きます。
 いつものR166を跨ぐ手前のポイントで高見山を見上げます。

 

 谷尻木津(たんじりこつ)線を走り一谷峠へを越えます。この夏初めてひぐらしの声を聴きました。

 


 宇陀市へ下り久しぶりに「おごぽご」へ、この季節ここの氷は絶品ですわ、昨年は8月1日、RさんOさんを連れての「都祁~室生 真夏の早朝サイク」でした。さて夕立がやってくるかも知れないので14時過ぎには帰途に、そのまま女寄(みより)トンネルへは向わず、宇陀川沿いの快適な道を走って篠楽かた笠間辻へ、女寄を下った下界の暑かった事。本日の走行82キロ。

 

西の海へ「ゆる風」ライド ①

橋本市清水 紀の川左岸

 梅雨入りが発表された日こそ降ったもののその後は全く降らず、とても梅雨とは思えない爽やかなお天気の続く毎日、まぁ陽も長い事ですしロングライドにはうってつけの季節ですね。さて先月15日の「東の海へ」に続いて「西の海」を目指します。出そびれたり挫けたりで3度目の正直と云う事なのですが。
続きを読む 西の海へ「ゆる風」ライド ①

北陸線廃線跡と河野しおかぜライン

旧北陸本線杉津~山中信号場間


 「CanCan謹製カレンダー」の常連モデルだったNちゃんと久しぶりに走りに行こうと云う事に、色々とプランも出たのですが、最近とみに鉄分多めのNちゃんからは「片鉄ロマン街道」こと片上鉄道廃線跡の案、ただ「青春18きっぷ」のシーズンでもないのに和気まで往復するのも何だか、ちなみに桜井から和気まで往復7,340円も掛かります。そこで廃線跡繋がりで敦賀まで往復輪行で北陸線山中越の廃線跡に行こうと云う事に、敦賀なら現在発売中のJR西日本「関西1デイパス」を使えば桜井から往復5,180円の処を3,600円で行って帰ってこれます、ただ「18きっぷ」の事を思えば割安感は些か少ないのですが。
 「関西1デイパス」季節ごとにタイトルや特典を変えて発売されているのもので、京阪神エリアの普通列車のみに乗車できるフリーきっぷなのですが、「18きっぷ」とは異なりこども運賃の適用があります。ただ発券時に乗車日の指定が必要で、従って当日朝に買いにくい駅からの乗車では注意が必要です。特典の方は水上バスとかは輪行サイクリストにはあまり縁のないものですが、6月4日分まで発売される「春の関西1デイパス」に関しては別途、新今宮から南海高野山、京都および鶴橋から近鉄長谷寺~室生口大野等の往復チケットを貰う事ができます。
 桜井から敦賀までJRのみ利用での始発では敦賀0950着となってしまいますので、奈良まで20キロ余りを自走して奈良0522に乗車、京都駅ホームでNちゃんと合流し湖西線経由で敦賀へと向います、ただ誤算だったのは近江今津で接続の福井行きは折り返しで反対ホームからの発車だった事。ともあれ0846には敦賀駅に到着、駅前に保存されている9600の動輪の前で輪行支度を解きます。
 北陸本線山中越の杉津(すいづ)線廃線跡については色々なサイトで紹介されていますので、ここで詳しく紹介はしませんが、1962年に北陸トンネルが開通するまで敦賀~今庄間を結んでいた線路跡で、多くは県道として利用され山越え区間に9つのトンネルが現存しています。私自身は2009年6月に3度目の金沢自走の途中に経由しましたが、その折はR8深坂峠を越えた後、敦賀市街には下らずに笙の川に沿って北上し池河内湿原から獺河内(うそごうち)に下り廃線跡ルートに入ったため、敦賀駅から辿るのは今回が初めてです。写真は北陸トンネルに入って行くサンダーバードですが、杉津線は木の芽川に沿った谷あいへと入って行きます。
 今回は下調べをしていなかった為に未踏の取り付き部分でで道を間違ってしまい西側の北陸道の上り線寄りの谷に入ってしまいました。お陰で建設中の新北陸トンネルの坑口を覗く事ができましたが。
 一旦R476まで戻って仕切り直しです、樫曲隧道はR476の歩道トンネルとして利用されていて、レトロな意匠の水銀灯が自動点灯する様になっています。葉原まではR476を辿れば良いのですが、断続的に旧道を取ります。この辺りでは廃線跡は北陸道とR476に再利用された形となっています。
 葉原界隈は田植えの真っ最中、獺河内から北は以前にも走っているのですが、記憶が曖昧と云うか、R476の改良で風景が変わってしまっている様な、少々道を間違えたりとご愛嬌。

 葉原からは廃線跡そのものが道路となり忠実に辿って行く事ができます。北陸道の上下線に挟まれる様な形で山越え区間の最初のトンネル、葉原隧道へ、抜けると一旦日本海側に出て鮒ヶ谷隧道~曽路地谷隧道~第一観音寺隧道~第二観音寺隧道~曲谷隧道~芦谷隧道~伊良谷隧道と続き、その間断続的に日本海の展望があり、最後の山中隧道で再び内陸側へと入ります。なお葉原隧道と8つ目の伊良谷隧道は交互通行の為の信号が設置されています。
 曽路地谷隧道を抜けた辺りにかつての杉津駅があったのですが、現在の北陸道の杉津PAに潰された格好になっています。海側から登ってきた道路と合流し県道207号今庄杉津線となります。
 先の樫曲隧道と後からでてきます湯尾隧道を含めた11のトンネル他が2016年に「旧北陸線トンネル群」として登録有形文化財に指定されています。現在山中隧道が補修工事中で土日祝と観光ツアー実施日以外の日中は2017年8月4日まで通行止との事ですのでご注意下さい。文化財になって観光ツアーもと云う事ですが、好天の日曜日なものそれらしき車や単車は数える程、自転車のペアが反対側から1組走ってきた程のものです。

 最後の山中隧道を抜けるとスイッチバックのあった山中信号所跡、左側は引き上げ線の跡です。ところで写真は誰が撮ったのかって、合成です(^_^)
 今庄に向って快適ダウンヒルですが、途中の大桐駅跡で小休止、ここにはD51の動輪が展示されています。
 今庄の街、宿場町の街道へ入ります、旅籠跡を再生した見学施設でお蕎麦を出しているので、お約束の今庄そばは此処で頂く事にします。

 おろし蕎麦のみのメニューで700円也、見学はともかくお蕎麦の提供はいつもやっている訳ではない様ですが、お蕎麦屋さんは他にも駅前や国道沿いに幾つもありますので。ゆっくりさせて貰った後、丁度13時に今庄を後にします。
 山中越えの杉津線からは離れていて見落としがちですが、同じく「旧北陸線トンネル群」として登録されている湯尾隧道です。


 
 今回のプランのキモとなったのは2013年に開通したこのホノケ山トンネル(2,709m)、敦賀スタートで帰途に河野しおかぜラインで南下しようとすると、どこかで内陸部から日本海側に出なければならないのですが、以前は武生近くまで北上して交通量の多いR8で山越えをしなければなりませんでした。R305がホノケ山トンネルで繋がった事で湯尾駅付近からショートカットする事が可能になりました、トンネル口まで登ればトンネル内は日本海側に向って下り、従って逆コースは考えたくはないです。交通量も多くないですが、平日は新北陸トンネルの工事で大型車の通行があるとか。
 「河野しおかぜライン」は以前は「河野海岸道路」と呼ばれた有料道路で現在は一般道路となっています。過去に二度ほど走った事があるのですが、やはり無料化が周知されると交通量は増える様でして。しかしR8を走る事を思えば、ただ敦賀市街まで戻るには杉津から10キロ近くはR8を走らなけらばならないのが、このプランのウィークポイントです。最後に少し遠回りですがR8鞠山トンネルを避けてフェリー乗り場から海岸寄りのルートを選んだのは正解だったかと。15時半に敦賀駅には到着、1623発の網干行新快速に乗り込む事ができました。本日の走行、奈良駅までの自走21キロとミスコースのロスを含めて95.7キロ、コース正味は70キロと云った処です。

東の海へ、センチュリーラン

鎧崎(三重県鳥羽市)

 海のない奈良県のサイクリストにとって海の見える処まで走るのはなかなか魅力的なものです。鉄人児玉さんも毎年の様に「東西南北の海へ」と云う触れ込みで走っておられたのですが。自身でも過去に鳥羽、和歌山、新宮、敦賀と一日で走った事はあるにはあるのですが…
続きを読む 東の海へ、センチュリーラン