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3日連続100キロ超えは伊勢ツーリング

 

今日は復調以来の当面の目標だった「3日連続100キロ超え」を果たそうと一昨日、昨日に続いて、お伊勢さんまで片道のツーリングに出掛ける事にしました。 それに「ツール・ド・紀伊」のスタンプラリーのポイント2ヶ所をGETすると云う目的もあります。 基本道路元標であったりとか県道ヘキサ蒐集とか何か目標やテーマが無いと走らない人でして「走るのに理由はいらない」なんて格好の良い事をのたまう御仁でもありません。 今日は復路伊勢市から輪行の予定ですので、昨年暮に新調していたオーストリッチのMTB用の大型の輪行袋をサドルバッグに押し込んで行きます、しかしデカいキャラダイスのネルソンがそれだけで一杯です。

桜井から伊勢へはいわゆる伊勢本街道とよばれるR165~R368が最短コースになるのですが、R368の大内峠までのだらだらと続く登りとその後のアップダウンが嫌なので、昔からR166高見越を走っています。 R165西峠を越えて宇陀市へ、さすがに標高300m台の宇陀は寒いです。

菟田野松井橋のローソンで補給、これよりR166は60キロ程は松阪市飯南町付近までコンビニの類はないのです。 桜峠を越えて昨日も来たばかりの東吉野村へ、最近佐倉峠を越えたところにこんな看板ができました「ニホンオオカミ最後の地…」、まだお目にかかってませんがオオカミのゆるキャラもいるそうです。

佐倉峠を下り鷲家(わしか)で高見村道路元標の生存確認をした後、新木津(こつ)トンネルまで登り返しトンネルを抜けるといつもの定点観測ポイント、昨日と違ってなかなかのお天気です。 高見トンネルまでできる限り旧道を走って行きます。 ところで高見峠への旧道ですが、奈良県側通行止になったままと思っていたのですが、通行止の案内はでていませんでしたね。

路肩には雪が残っていますが問題なく高見トンネルに到着(最初の写真)、今日は向かって右側の歩道を行く事にしましたが、所々で漏水が凍って散乱しています、ちょっとこれには難儀しましたが、そのまま歩道を走って行く事に。 無事に2,470mの高見トンネルを抜け、ループ橋を見下ろせる処で一息入れます。

ここからは松阪市飯南町粥見(かゆみ)まではR166を櫛田川沿いに約40キロ標高差500m程の下り基調の道を走って行けば良いのですが、そんな事は決して致しません可能な限りの旧道、脇道、裏道を縫って走って行きます。 まずは高見峠を越えて最初の宿場波瀬(はぜ)集落へ、昭和31年まで飯高郡波瀬村で里程標が残っています。 ここだけは時間が止まってしまった様な旧街道の街並みです。

松阪市飯高町森のR166旧道区間、遠回りになりますのでわざわざ通る車はありません。 なお先の波瀬集落に入る処から次の珍布(めずらし)峠まで、天神橋五丁目さんが2007年10月に撮った動画「R166旧道脇道裏道ツーリング「和歌山街道 珍布峠へ編」がYouTubeに残っていますので、興味のある方はどうぞ。

道の駅「飯高駅」の手前から旧道に入り和歌山街道珍布峠へ、櫛田川の蛇行部分をショートカットしているだけの標高差50m程の小さな峠ですが、岩盤を穿った深い切り通しが独特です、最近は訪れるハイカーも増えている様で案内板などが整備されています。 和歌山街道は伊勢南街道とも云われますが、江戸時代初期に紀州徳川家が参勤交代に利用していた時期があり、またこれから走る和歌山別街道の途中にある田丸は同じく紀州徳川家の所領でもあり、三重県の櫛田川沿いのこの道は和歌山とは縁が深いのです。 珍布峠を東へ下るとR166沿いにある道の駅より先に出てしまいますので、道の駅に立ち寄りたい向きは少し引き返す必要があります、ご注意を。

一旦R166に出ますが<745>片野飯高線に入り櫛田川右岸に入ります。 そのまま右岸を走りR368に出ますので、もうR166に戻る事はありません。 写真は<745>から見る櫛田川、背後の山は局ヶ岳(1,029m)伊勢三山と呼ばれているそうです。 写真の沈下橋は渡れましたが今はどうでしょうね。 (2007年4月)

R368に入り桜峠を越えます、飯高町側から大した標高差でもありませんが、ここまでに走ってきている事もあって谷あいのダラダラとした登りがあまり好きではありません。 私の知る限り三重県には桜峠は三つありますねR422信楽と青山高原に。 桜峠を越えたのは14時12分、もう登りはありませんがまだ30キロ以上は走らなくてはなりませんので、少々時間が押してきました。 それでもなお極力旧街道を走ります、何やら未知の道路元標がひょこっと現れそうな雰囲気の道筋ですねぇ。

予定の一つであった3日連続100キロ超えは達成、別に早く走りたいとは思いませんが、ツーリストとして連日走れる持久力と気力は持っておきたいですね。 16時丁度に伊勢市域に入りました。

度会(わたらい)橋を渡り外宮前の「ツール・ド・紀伊」のポイントをGETし内宮前のポイントへ、伊勢志摩エリアをクリアし都合22地点達成し後8地点です。 近々にも今日と同じ高見越えで尾鷲を目指す予定にしています。
せっかく内宮まで来たのですから「おかげ横丁」へ、しかしどのお店も5時で店仕舞い、折角の伊勢ですが「伊勢うどん」も「赤福」もなし。 なにやらうら寂しい赤福前、三脚を持ってきていたら人影のない貴重な風景で「自撮り」が出来たのに、残念。

最寄の近鉄五十鈴川駅まで走り、コンビニで豚まんと唐揚げで虫養いをして帰途に就きました。 本日の走行124.9キロ。

 

月例 東吉野サイク+室生ダム

 

室生ダム湖畔にて

 

昨日も京都府城陽市まで往復していて100キロ超えしていたのですが、最近では100キロ超えだけではブログネタになりません。 今日も連続で100キロ超えのつもりで東吉野へ向かいますが、定番コースでは90キロ程ですので染谷峠を越えて室生経由の予定です。 例によって芋峠を越えて吉野へ向かいます、行者辻あたりから週末に降った分でしょうか路肩に雪が残っていますね、下の方から人の声が、どうやらジョギングの人達の様です、どうにか峠までに追い着かれない様に頑張って登ってきました。 しかし今日は身体が重いです、朝からトースト3枚に卵2個のベーコンエッグはいくらなんでも食べ過ぎですよね。

吉野川沿いのローソンでパン2個他を仕入れて東吉野へ、天気予報では晴れ間もでてきそうな感じだったのですが、ずっと曇り空のままです。


お昼前には高見山を見上げる定点観測ポイントまでやってきました、肉眼ではどうにか山頂付近まで見えるのですが、写真では判りにくいですね。 風がないのは良いのですが気温はかなり低い様で登り基調の道もずっとネックウォーマーをしたままです。

染谷峠へ向かいますので、いつもの谷尻(たんじり)への道ではなく、「たかすみ温泉」の前を通る<28>吉野室生寺針線へ入りますが、なにやら雪が降ってきました、丁度お昼時ですし平野口の屋根あるバス停にもぐり込み、持参のポットのコーヒーとローソンで買ったパンでお昼にします。 滝野から染谷峠への道へ入って行くと標高が高い事もあって路面はご覧の通りで慎重に上がって行きますが、峠を越えて北側の激坂部分では見事に凍っていてスリップ、幸い立て直して転倒せずにすみましたが、さすがに後は国道まで推して行く事にしました。

室生寺門前にて、橋本屋は開いていますがこの季節の平日とあって閑散としています。 室生ダムへ登り返しダム湖畔を走ります。 三脚も交換レンズも積んで「自撮り」の用意もしてきているのですが、天気も今一つですし、良さげなポイントも見つけられずにそのまま榛原へ、宇陀川沿いに篠楽まで走り女寄辻経由で16時半には桜井へ帰ってきました。 本日の走行105.9キロ、2日連続の100キロ超えですが、復調後の目標に「3日連続100キロ超」ってのを考えてまして、明日も100キロ目指して走る予定にしていますので、今日は簡単にこの辺で失礼します。  

 

日本一周中の國弘君と飛鳥ポタ

今日は1月24日に「志摩ツーリング」の途中、鳥羽展望台で知り合った日本一周中の国弘君が奈良へ来ているので、飛鳥案内を兼ねて一緒に走る事にしました。 彼はGIANTのGREAT JOURNEY の4サイドで山口県をスタートし時計回りに走っています。  

近鉄飛鳥駅前で待ち合わせします、今日が188日目。 彼は大阪の大学(田尻峠の向こうの)を出ているそうなのですが、大学時代は自転車はやっていなかったそうで、明日香村には来た事がないそうです。 まずは高松塚古墳へ向かいます。
高松塚古墳から亀石を経て稲渕の棚田へ、「日本の棚田百選」に選ばれているとは云え、あの能登の「白米千枚田」を見てきた目には比べるべくもない様な気もするのですが。

棚田の中を走れるよと云うと、走りたいと云うのでご案内を、これだけの荷物の4サイドで半年間10,000キロ以上走ってきたのですからなかなかパワフルです。 
いつもの石舞台を見下ろす丘の上で記念撮影を。

明日香村岡の古い街並みの中を行きます。

お馴染み「めんどや」でお昼にします。

食事の後も酒船石、入鹿の首塚とかを回ります。 明日香村の長閑な風景の中を行きます。

大官大寺跡から藤原宮址を通って、橿原市のローディ御用達のお店「4’season」でコーヒーブレイク。

横大道(初瀬街道)を走ってJR高田駅までお送りしてお別れします。 明日は奈良市から大阪方面、そして岡山から四国に渡るそうです、これからの旅もご無事で頑張って下さい。 ブログ「自転車でお届けする日本1周日記」やfacebookもやっているそうですので応援してやって下さい。
 
うちのHPの「ツーリングの記録」にも写真をアップしています、パスワードをご存知の方はご覧になれます。

五新線跡に沿って西吉野サイク(3)

五條市西吉野町十日市

五新線周辺探訪ですっかり時間をとってしまい、西吉野町城戸(じょうと)を出たのは13時を回ってしまいました。 今日の予定はまだ黒滝村経由で吉野山へ登って「ツール・ド・紀伊」のスタンプポイント「金峯山寺」と「吉野水分神社」をGETし、「静亭」で裏メニューを頂くつもりだったのですが… とにかく<20>下市宗桧(むねひ)線を走り十日町へ<138>赤滝五條線へ入ります。

<138>赤滝五條線、丹生川に沿った山峡の静かな道を黙々と走りますが、全く車に出合いませんでした。ここから下市町に入ります。

元の下市町立丹生小学校、現在では校庭が下市町コミュニティー体育館のグラウンドとして利用されています、今日は何やらゲートボールの試合だった様で、賑やかな声が山あいにこだましますが、子供の声が聴こえないのが山村の現実です。

R309に入り少し走ると丹生川上神社下社です。 上社は川上村に、中社は東吉野村にありますが、いずれも水の神様です。 

道の駅「吉野路黒滝」へ、黒滝村の道の駅で自転車乗りがと云えばこれですね(^_^)

 

<48>洞川下市線へ入り久しぶりの地蔵 トンネル、さすがに旧峠に上がる余裕はありません。

 

再び下市町に入り才谷へ、ここで15時を回ってますからとても標高600m近い吉野水分神社へ登るどころか「静亭」に立ち寄る余裕もありませんが、とにかく<257>才谷吉野山線へ入り吉野山へ登る事にします。 

勝手神社の角に出てきました吉野山です。 しかし陽が傾いてくると急に冷え込んできました。

 

金峯山寺まで下り、ここで「ツール・ド・紀伊」のポイント「金峯山寺」をGET、これで20個目で残り10個、和歌山県に5個、三重県に4個、それに奈良県には今日行けないかった「吉野水分神社」を残してしまいました。 暮れに買い換える前のスマホが対応できずにスタンプラリー参加を諦めていた12月に登っていたのに、さて後1ヶ月半で達成できるでしょうかね。

さてこれから帰途、 裏芋を越えるか壺阪峠を越えるか、この時期の夕刻の壺阪峠はイノシシと遭遇しないのかがちょっと心配ですが、峠までに日没は確実なので、やはり走りなれている壺阪峠を越える事にしました。 17時過ぎに壺阪峠に到着、峠から少し下って見える奈良盆地には明かりが。

18時半に桜井に帰投、本日の走行距離107.1キロ、今月5回目の100キロ超えとなりましたが、平均速度は驚異の13キロ台、もうポタリングですね。 道路元標は高市郡の船倉村、南葛城郡の葛村、宇智郡の宇智村と野原村の4基の無事を確認しました。
今回は3回に分かれてしまいましたが、最後までお読み頂き有難うございました、お礼に特典映像をプレゼント。
(その1へ) (その2へ)

五新線跡に沿って西吉野サイク(1)

 かつて鉄道敷設法と云う法律がありました、1892年(明治25年)に制定され、あまねく全国に鉄道路線網を張り巡らそうと云う、今の高速自動車国道法の鉄道版みたいなものです。 鉄道建設が国家の基盤施策みたいに考えられていた時代ですから、費用や技術的問題、必要性、採算性などは度外視で、ある意味政治家の集票の道具の様に使われていたかも、ちなみに道路元標の根拠法の旧道路法は1919年(大正8年)。 1922年(大正11年)の改正鉄道敷設法では全国で150もの路線が設定されていました。 その中に「奈良縣五條ヨリ和歌山縣新宮ニ至ル鐵道」、すなわち五新線が掲げられています。 1939年(昭和14年)に建設に着手されたものの、ルートに関して地元同士の綱引きに、国鉄、近鉄、南海の思惑が絡み、戦時中断を経て1957年(昭和32年)に工事再開、1959年(昭和34年)には五條~城戸までの路盤が完成したものの、地元西吉野村(現五條市西吉野町)が鉄道としての開業に懸念を示したため、路盤を専用道として利用するバス路線として開業する事となります。 その後工事は大塔村(現五條市大塔町)阪本まで進みますが、1982年(昭和57年)の国鉄再建法の施行で工事は凍結、城戸までのバス路線は国鉄~JR西日本と継続されますが、平行する国道168号線の改良や自動車利用の発達、城戸以遠や接続網を持つ奈良交通のバスが国道を走っている事もあって運行本数は逓減し、2002年(平成14年)にはJRバスが撤退、地元自治体が奈良交通に運行を委託していたのですが、トンネル崩落の危険性がある事が判り2014年9月末で廃止となった事は話題に新しいですね。
 奈良県出身の映画監督河瀬直美さんの実質的な処女作でカンヌ新人監督賞の最年少受賞作品となった映画「萌の朱雀」(1997年)の舞台に西吉野村がなり、作品中では具体的な事までは明らかになっていませんでしたが、國村隼演じる主人公が五新線に拘わっていた事が物語の重要なテーマになっていました。 ちなみ「萌の朱雀」でデビューした尾野真千子さんは西吉野村出身で御所高校卒業。 最近ではロケ地の案内ができたりしていますが、私の聞いている範囲では内容が暗すぎると地元での評判は良くなかったそうです。
 ところで晩年の土日には午前中に1往復だけなってしまったバス専用道、奈良県のサイクリストには知られた存在でした、なにしろ五條~城戸間を車に煩わされる事のない殆んど平坦路と云って良いルートがあるのですから、しかしネットではその利用を明らかにする事はタブーなのです、今もなお。

 朝7時半に桜井を出発し明日香村経由で御所市域へ、船倉村道路元標葛村道路元標の生存確認して吉野口駅で小休止の後重阪(へいさか)峠を越えます。 いつもは三在北あたりでR24に入るのですが、極力トラックの多いR24を走らない様にと宇智川沿いの道を走ってみようとしたのですが、堤防上の道はダート、舗装路を選んで進んでいると遠回りになってしまった様な、それでも宇野町から五條市街にかけてほぼ旧街道の中を走って行く事ができました。 年末に来たばかりなのですが五條市の新町通りに寄ってトイレ休憩の後、大川橋を渡って五条病院前の吉野ストアで買物、いよいよ五新線沿いの道へ入ろうとして、今日のもう一つの目的「ツール・ド・紀伊」のスタンプポイントを五條新町のまちや館でGETするのを忘れていた事に気がつきます、慌てて再び大川橋を渡り新町通りへ。 その後野原町道路元標を確認して五新線のバス専用道の入り口へ。

 中央の急坂が元のバス専用道への入り口です。 「市有地につき一般通行禁止 市有地内での事故について市は一切保証しません。 事故による責任は全て個人の責任となります。 五條市」と書かれた看板が出ています。 もちろんここは左側の一般道へ入ります。

 

バス専用道はご覧の様に切り通し状に真っ直ぐ続いています。 バスの運行終了3ヶ月になろうとしてますが路面は綺麗です、今にもバスがやってきそうな風景、と云うより線路があれば列車がやってきてもおかしくない佇まい。

バス専用道時代の看板「路線バス専用道につき 一般車両の通行を禁止します 五條市・西吉野村」もまだまだ残ってます。 もちろん私のいる右側が一般道です。 

 

一般道との交差する箇所がいくつもあり、かつては踏切があって専用道を行くバスが優先だった時代もあるそうです。 専用道を走る路線バスは他にもあります、福島県のJRバス白棚(はくほう)線などがそうですね、専用道側優先の踏み切りもあってかなり厳格に進入を規制している様です。 しかし走ってみたいですネェ、でも良い子は走ってはいけません。 それより一般道のクネクネ度と緩やかなアップダウンがたまらないやないですか。

 

民家の庭先と柿の木畑の間を専用道は走って行きます。 あの車は狭い急坂を登り下りしてこちらの一般道から出入りしているんでしょうねぇ。 

 

元の上柏原バス停を過ぎて丹生川は東側へ蛇行します、専用道は左岸(向かって右側)へアーチ橋(第1丹生川橋梁)で渡って行きます、橋の向こうには専用道生子(おぶす)バス停跡が見えているのですが、残念ながら丹生川右岸に沿った道を行く事にします。

地形図では黒線(幅員3m未満)で示された道が丹生川右岸に沿って続いています、一応はコンクリートの簡易舗装がされていた様なのですがかなり痛んでいます、でもランドナーのためにある様な道です。 私のasuka号をランドナーに例えると文句を云ううるさがたもいますんで、ここは気分はランドナーと云う事でご容赦を。

 

突然「法華経一字一石塚」「為川筋往来安全也」と記された石碑が、この付近がほぼ元の五條市と西吉野村の境界にあたりますが、明治時代に建てられたものの様です。 と云う事はこの道が十津川街道、あの天誅組も通ったのでしょうかね。 

 

暫く進むとまわりが明るくなって西吉野町滝の集落が見えてきました、うーんニューサイクリングの世界ですねぇ。 

 

滝集落まで来てようやく左岸に渡る橋があります、五新線は対岸の山を生子トンネルで貫いていて、R168は山腹を走っていますので、そこまで登って行かなくてはなりません。

 

R168に取り付くと老野(おいの)トンネルが、ここには旧道が残っていますので左側へ進みます。 

 

 

落ち葉に覆われていますが旧道は健在です、走行に全く支障はありません。 

 

 

眼下には生子トンネルを出てきた五新線の第3丹生川橋梁が、その先が専用道神野(こうの)バス停でしょうか、その向こうに見えるのはフルーツロード(五條吉野広域農道)の賀名生(あのう)大橋。 

R168を渡り先程見下ろしていた専用道神野バス停へ下りてきました。 専用道はバス1台が通れるだけの幅員しかありませんので、何箇所かのバス停はこのように行き違いできるだけの幅員を持っています。 今では使われなくなったバス専用道と高規格農道の巨大橋梁が対照的ですね。

 

専用道は真っ直ぐ進んでいますが、蛇行する川筋に沿った右側の小径へ入ります。 

 

 

どっかの渓谷の遊歩道の雰囲気ですね、無理せず推して行きます。 

 

 

頭上には五新線第4丹生川橋梁、その上には賀名生大橋が、眼下には橋がない(^_^;)

(その2へ) (その3へ) 

月例 東吉野サイク+宇陀ポタ

昨日志摩へ行ったばかりですが。 KHSは輪行は気軽にできるし、小径車にもかかわらずそれなりの走りもできる事は先日の「南紀ツーリング」を始め北は会津から南は宮崎まで数々の遠征で実証済み、機動力のある良き相棒なのですが何か物足りないんですよね。 ツーリング車で走った時の様な満足感がないと云うか、今日はasuka号で写真でも撮りながらのんびり走ろうかと、三脚も積んでとりあえず明日香村から芋峠を向かう事にして、後の事は考えていません。 まずは初瀬街道(横大路)を西へ向かっていると、ひょこっと脇道から女性ローディが現れます、時代と云うかいるんですね、ついて行きたいのは山々なんですが左折して明日香村方面へ、石舞台で定点観測の後、栢森から芋峠へ、1台のロードが颯爽と抜かして行きます、こちらは時にはジョガーに負けるペースですからね。 芋峠へ着くと数台の車が、オレンジ色のベストとかを着ているので一目でハンターと判ります、軽トラの荷台にはゲージに犬も、イノシシ狩りの様です。 峠の両側へ別れて行くのをみるとこれから追い込んで行くのでしょうかね。 ちなみに隣の壺阪峠を走っている時にイノシシと出遭った事があります、幸い「ブヒッ」と鳴いて向こう側へ走って行ったので事なきを得ましたが。 ところでフロントバッグを開けるとカメラが、交換レンズも三脚も持ってきているのにG2本体を忘れてきた様です。 メモリーカードを入れ忘れたとか、バッテリーが上がってたりとか笑い話がありますが、カメラ本体とは、まぁ情けない話です。 コンデジも持ってきていませんので、従って今日の写真は全てスマホです。 芋峠を下り吉野町上市まで下ってきましたが、さてここから定番の東吉野へ向かうか、吉野山へ登るか、あるいは五條方面へ向かうか。 結局はカメラを忘れてきた事もあって、新しいネタも無さそうな東吉野へ向かう事にし、週末ですが「よしの庵」も1月中は改装とかでお休み(2/7から営業だそうです)宇陀へ越えるまでは食事のできる処もないので、吉野川沿いのローソンでパンとおにぎりを仕入れて行く事にします。 「中荘村道路元標」「国樔村道路元標」の生存確認をして吉野川沿いの道を走っていますと、またこんなものを見つけてしまいました、吉野町菜摘と矢治にある「ならクル」(T-1)大和青垣ルートの案内、4キロ程離れているのですが柳生までの距離がいずれも48kmになっています。 暫く走ってますと、前方に2台のロードがのんびりと愉しそうに走ってます。 追い越すのも気が悪いので暫くはそっと後ろを走ります。 途中で何か気になるものを見つけたのか停まりかけたので、遠慮なく先へ行かさせて貰う事に。 東吉野村へ入りお馴染み「オオカミ像」前で休憩、温かいポットのコーヒーとローソンで買ったカレーパンを頂きます。 キリッとした冬の空気と陽射しが心地良いです。 暫しの休憩の後は「小川村道路元標」を確認して、丹生川上神社経由で木津(こつ)へ、高見山の見えるポイントで定点観測、facebookを見ると自転車仲間のsyokoraさんが今まさに高見山に登っているそうで霧氷が綺麗だとか。 東吉野村谷尻(たんじり)にて、「月うさぎ」も冬眠中なのでそのまま一谷峠へ。 菟田野から芳野川沿いに一旦榛原まで行ったのですが、再び宇陀川沿いに南下して大宇陀へ、松山街道の古い街並みをポタります。 峠道、里山の風景、旧街道、日本の風景に似合うのはやはりマッドガード付きの自転車ですね、それもホリゾンタルフレームの、残念ながらKHSでは絵になりません。 大宇陀を後にし宮奥ダムから大峠トンネルを越えれば丁度100キロ超えで桜井に帰ってきました。 本日の走行102.7キロ。

第20回新春サイクルミーティング

 毎年新春3日は愛知県豊田市の「昭和の森」で行われる「新春サイクルミーティング」にUG兄さんの車に便乗させて貰い参加しているのですが…
 朝6時過ぎに桜井を出発し待ち合わせ場所の橿原市のT御大宅まで自走しますが、前日からの寒波で名阪国道が通行止との事、他の大阪組も断念との報が入ってきます。 とにかく京奈和道から大久保バイパス、京滋バイパス、新名神と迂回し名古屋を目指す事にします、京都府から滋賀県にかけてご覧の様な積雪で、一体いつ着くのやらと云った状況だったのですが、三重県に入ってからは積雪も少なく、懸念していた渋滞も大した事はなく、集合時刻に少し遅れる事10時15分には「昭和の森」に到着する事ができました。

「新春サイクルミーティング」は名古屋の「サイクリストクラブはづき」さんとカトーサイクルさんが行っている毎年正月の恒例行事で、私は2008年からお邪魔させて貰っています、レーティングはマッドガード付き自転車である事。 今年は節目の第20回だったのですが「はづき」の代表であった鈴木昭一さんが昨年亡くなられ寂しい20回目を迎える事となりました。 昨年は100名を超える参加者だったのですが、今年は寒波の影響を懸念された方が多かったのか70数名の参加となった様です、それでも70数台のランドナーやスポルティーフが集まるのですから壮観です。

「新春ラン」は挨拶と自己紹介の後、景品の抽選会があります、今年はアイズバイシクルの土屋ご夫妻も来られていて、豪華な景品が追加されています。 この後は各自食事を済ませて、記念撮影後にスタートと云う段取りです。 うちのグループはUG兄さんの鍋にT御大ちの自家製野菜が追加されています。

毎年、故鈴木昭一さんやNBさんが記念写真を撮っておられるのですが、今年はNBさんも雪で参加を断念、誰も三脚を持ってきていません、さすがに私も「自撮り」の予定はありませんので三脚は持って来ず、どうにか柵の支柱にカメラを乗っけてセルフ撮影、私の写真がオフィシャルなものになってしまいました、これはこれで光栄な事でして。

さて出発です、コースは「昭和の森」をスタートして北コースと南コースが毎年交互に設定されると思っていたのですが、今年も激坂のある北コースとの事。 写真右は今日の目玉、おニューのイリベ号に跨るまえださんです。

70台ものガード付き自転車が走るのは壮観です。 自転車談義のための?休憩時間もたっぷり、25キロに満たない行程に所要時間が3時間。

北コース最大の難所、通称「けいぞう峠」

「けいぞう峠」は下りもご覧の通り、なおじさんを3連写。

ここが最後の休憩ポイントです、最近ロードばっかり乗ってるTABOOさん決まってまんなぁ。

15時前には全員無事に「昭和の森」に帰ってきました、凍結路面で転倒があったとか、大事はない様で。 写真左のBSMは私のじゃありませんよT御大の。 東日本大震災の時、実は私はこのBSMを借りて名古屋上水の上の自転車道を走っていました。
 と云う訳で恒例の「新春ラン」を終え、通行止の解除された名阪経由で無事に帰って参りました、本日の走行は朝の回送分を加えて31.2キロ也、ちょっと控えめな走り初めでした。  

 
例によってアルバムに写真をUPしています、大きなサイズの画像もダウンロードできます。 うちのHPから[BYCYCLE]→[ツーリングの記録]→[2015]と辿って下さい。 なお認証が必要です、ログイン名は’pal’、パスワードはうちのFAX番号下4桁です、CanCan謹製カレンダー等でご確認下さい。

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吉野山~五條サイク

 五條市に寄りたいところがあったので、今日は吉野山から黒滝村、旧西吉野村、五條市と回ろうと考えてみました、距離も100キロ超になる計算なので朝7時半に出発、今月4度目の芋峠を越え上市橋を渡ります。 いつもは七曲坂をのんびり押し上げるのですが、今日は<37>桜井吉野線で登る事に。
 <37>桜井吉野線は上千本で唐突に<15>桜井明日香吉野線となります、両線の終点が何故こんな山の中にあるのか良く判りませんねぇ。 桜のシーズンには大渋滞の原因となる参陵トンネルを抜けると吉野山内です。 ここで地蔵峠で黒滝村へ入るなら、金峯神社から林道吉野槙尾線で行っても良いかなと身の程知らずの考えが。
 ところが吉野水分(みくまり)神社経由の道はとんでもない激坂、たまらず押しが入ります。 西寄りの道はもっと楽だったと記憶していたのですが、水分神社まで登ってきたところで、後250mは登らないといけない計算、まだお昼前ですがこの季節ではちょと厳しいかな、それに夕方から天気は下り坂とか、結局ここで引き返す事に。
 この季節のそれも平日の吉野山は閑散としています。 吉野大峯林道の方から下りてくると最初に目に入るのはこのお店「静亭」、「月うさぎ」繋がりでもあるのですが、昔何度か立ち寄った事があります、懐かしい写真を。 吉野山のお店はどこも自転車を置く場所が無くて不自由するのですが、ここは向いがバス停と巨大な案内板がある石垣なのが。 暖かい「葛うどん」と「葛湯」を頂きながら作戦を練り直します。
 結局、黒滝方面には向かわずに吉野山を下りる事に、写真は吉野村道路元標、現在1,019基を数える僕の道路元標フリークのスタートは此処なんです、もう8年になります。

 黒滝、西吉野へ向かわなかったのですが、吉野川左岸の<39>五條吉野線を走り五條へ、ちょっとヨシスト(地元スーパーの吉野ストアの事ね)五條店に立ち寄って大川橋を渡り新町へ、知る人ぞ知る有名店の「餅商一ツ橋」へ、今日は「揚げまん」があったので「焼き餅」と2個づつ買い込みます。 「揚げまん」は揚げたてじゃないともひとつかな、ところで今は100円です。
 R24を避けて旧街道を走り栄山寺口から再び<39>五條吉野線へ、少し走って左岸には渡らず右岸をそのまま走って行ける道へ、ここはちょっとした穴場コースなんですよ。 そのまま行くと阿田橋西詰に出ますので吉野方面へも戻れますが、真っ直ぐ<259>吉野川公園線を走り大阿太高原を越えて花吉野ニュータウンから吉野口駅へ下るのが、僕の五條から帰途の定番コースです。 今年最後の100キロ超は果たせませんでしたが、本日の走行94.7キロ、計算通り日没直後に桜井に帰ってきました。

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今年最後の東吉野サイク

 今日は曇り時々晴れの予報、東吉野へ向かおうか五条方面へ向かおうかと考えながら、明日香村から芋峠への道へ、ジョガーに抜かされつつものんびり登ります。 さすがに先週とは違い今日はウェットですが雪のない路面ですよ、峠に着いたところでポットのコーヒーで暖まります。 続きを読む 今年最後の東吉野サイク