「峠」タグアーカイブ

桜を求めて「自撮り」ポタへ

まだ「しまなみ~とびしま」のブログ更新が済んでいないので前後してしまいますが、旬の話題と云う事で先に更新させて貰います。
 昨日からの陽気に奈良盆地の桜は一気に咲き始めてきましたが、お天気は明日から下り坂との予報、花散らしの雨になってしまいそうです、桜を求めて走るなら今日しかないと飛び出しました。 明日香村から芋峠、津風呂湖畔、吉野山と考えていたのですが、朝出遅れた上に明日香村までですっかり時間をとってしまい、それに吉野方面の桜はまだこれからの様でしたので、明日香村でじっくりと腰を据えて「自撮り」をする事にしました。
 
自宅から500mと離れていない桜並木なんですが。
 

明日香村橘寺
 
母方の実家からすぐの場所、小さい頃犬の散歩で良く来ました、実は入山料を取る様になってからは境内へ入った事がなかったりして。
 
平日とは云え観光地の明日香村、結構な人出でなかなか観光客やハイカーを写り込まないようにするのは至難の業、実はこの写真は下の2枚の写真の合成なんです。
 
石舞台近くにて、弁当を拡げるハイカーが撤収するまで待つこと数十分。

 この後自転車乗りご用達の食事処「よろづ」まで走ってお昼に。 「轍MAP」の作者でもある旧知のK氏と落ち合って情報交換他。 



 
いつもオヤジのお尻ばかりですみません。 特典映像をば、女性サイクリストが増えたのは華やかで良い事ですねぇ。
本日の走行43.9キロ、今月1,200キロ超え。
 

天の邪鬼「しまなみ」へ往く(1日目)

元来の天の邪鬼な性格で「びわいち」「あわいち」「しまなみ」ってのはご遠慮申し上げているのですが、今回なぜか「しまなみ海道」おまけに「とびしま海道」も回ってきました。 基本的に遠征ツーリングはまず初めに「道路元標」ありきなんですが、島根県、広島県、愛媛県に一つずつ残ってしまった道路元標を回ろうと云うかねてよりのプラン、出雲市まで輪行して島根県飯石郡飯南町の赤名村道路元標から三次市を経て、広島県神石高原町の神石郡油木村道路元標、尾道から「しまなみ海道」を経由して愛媛県西条市の周桑郡多賀村村道路元標を巡ってこようと云うもの。 ただ出雲市まで1日がかりで行き一泊するのも勿体無い話なので、今回は後の2基を回る2泊3日のコースに帰途「とびしま海道」を経由して本土に戻り、呉線のどこかの駅から輪行で帰途に就くプランを考えてみたのです。
 
平日ですので大阪を通勤時間帯に輪行支度で通らないで済む様にと、そして少しでも早く走り出したいのでJR王寺駅まで20キロ余りを未明の大和川河畔を自走します、既に今年3回目ですが、やはり闇夜は暗いです、ただ土地勘のない福山でナイトランになりそうなのでヘッドライトを2灯に強化してきたので安心感が違います。 ガード付きのasuka号、出きる事なら往路輪行はしたくはないのですが、慎重に輪行支度を済ませます、何か手落ちがあると走れずにスゴスゴ引き返してくる事になりかねませんからね。
 
王寺0436→0511新今宮0512→0529大阪0534→0640西明石0641→0715姫路0731→1049新見と絶妙の乗り継ぎで新見駅着、実はこの接続「乗換案内NEXT」では大阪0558→0728姫路となってしまい選択されません、大阪0534発の緩行線の普通に乗る事で加古川仕立ての播州赤穂行きに接続していて、特に18きっぷのシーズンに混雑する岡山方面行きへ姫路へ先回りできるのです、お陰で輪行袋の置き場所も確保できて新見まで座って行く事ができました。 1049新見着、早速準備を始めます、しかし最高のお天気ですね。
 
新見スタートにしたのはこれより先の接続が悪い事と、中国地方山間部の鄙びた道を走ってみたかった事と、小さな峠を越えて久しぶりに布原の元信号所を見下ろす道を走ってみたかった事なのですが、かつて谷あいの信号所を見渡せた道も植生に覆われて、通過する列車をどうにか垣間見る事ができる程度になってしまいました。
 
備中神代駅にやってきました、列車で通る事は何度かありましたが、駅前は40年以上ぶりです。 ここは映画「八つ墓村」あの「祟りじゃ~」が流行語になった1977年版のロケ地でもあります、萩原健一演ずる主人公が八つ墓村へ向かうシーンですね。 残念ながら当時の木造駅舎は取り壊されてしまいましたが車寄せの屋根だけが残されています。
 
備中神代駅で伯備線と別れた芸備線沿いのR182を走ります、R182は改良が済んでいますし中国自動車道が並行して走っていますので山深い雰囲気は無くなってしまいましたが、芸備線の方は1日6往復と云う超ローカル、その貴重な列車を市岡駅で待ち構えてみました。
 
東城の手前の野馳(のち)駅、開業当時の駅舎が現存しています。 この後道の駅「遊YOUさろん東城」で遅めのお昼の休憩をして、再びR182を福山に向かって南下します。
 
東城からは油木村道路元標の残る神石高原町まで登らなければならないのですが、暫くは川沿いの下り基調の道を快適に走り、その後このループ橋で高度を稼ぎます、ループ橋と云っても島根県境のおろちループ程の規模のものでもありません。
 
 
少し探しましたが油木村道路元標を確認、一列に「神石郡油木村道路元標」と記されています、どうも広島県は様式がまちまちな様です、とにかく現時点で現存が確認されている広島県下の6基の道路元標は全て履修できました。 今日の予定はこれで終了、今夜の宿は少しでも尾道に近づいておこうと福山と尾道の中間の松永駅近くのビジホを確保しました。
 
この後R182には福山に向かって下り基調だと思いきや神石高原町内では結構なアップダウンが繰り返されます、これには結構堪えました、結局福山市内に入り小さなピークを一つ越えてから一気に獲得標高を吐き出してしまいます、遥かに瀬戸内海を見える様になってからの下りの長い事、交通量も市街に近づくに従って多くなり、福山市街に入る頃にはすっかり暗くなってしまいました。 土地勘もない事もあって松永へ向かっては少し遠回りをしてしまった様ですし、旧街道の山陽道を走ったりしたので、これなら無理せず福山で宿をとるべきだったかと。 とにかく予定の20時には松永駅前に到着、本日の走行、王寺駅までの自走を含めて124.5キロ。
 

赤穂~日生「かきおこポタ」

赤穂市福浦海岸にて
 
今日はsyokoraさん主催の「かきおこポタ」へ参加してきました。 と云っても僕は牡蠣は駄目なんですけどね。
 
播州赤穂駅1000集合、大阪0800発の新快速に乗るお約束なのですが、このスジは敦賀始発で相生で岡山行きに接続していて、18きっぷのシーズンは混みますので、未明から王寺まで自走して先乗りする事にしました。 赤穂周辺の道路元標は既に履修済なのですが、生存確認に一巡します、尾崎村道路元標には写真のような案内板が設置されていました、こう云った形で道路元標が認知されるのは喜ばしい事です。
 
播州赤穂駅に着くと車でお見えのnoricさんが既に到着、電車が到着すると輪行を担いだおじさん達が続々と降りてきます。 今日は東叡とナショナルのデモンタがそれぞれ2台にグランテックと云う、みなさん往復輪行を意識した選択です。 すみません僕は場違いのKHSです、実はasuka号今度はフロントのガードを壊してしまいました。
 
さて総勢12名、準備を済ませてR250を日生(ひなせ)に向かうのですが、今日は今風ロードに跨った女性が3名、おじさん達には嬉しいサプライズです。
 
もちろんやさしいおじさま達であります。


 
 
 
R250をひた走り福浦峠で岡山県に入ります。
 
 
 
 
 
11時過ぎにはかきおこの店「福来(ふくろう)」に到着、人気店らしいので入れるかどうか心配していたのですが、時間も少し早めだったのが幸いしてか全員すぐに座れました。  
 
ほぼみなさんが「かきおこ」を注文、すみません僕は「イカモダン」です。




「かきおこ」の後は、日生漁協の魚市場「五味の市」へ立ち寄ってから、海岸沿いの道を赤穂へ戻ります。
 
 
 
 
赤穂御崎の神社前にて。 近くのケーキ屋さん「SANPOU」でケーキを買い込んで福浦の海岸でコーヒータイムとします。
 
 
福浦海岸の遊歩道を行きます。 幸いここまでお天気は持ってくれたのですが少し雨が降ってきました、この後は坂越(さこし)を回って帰途に就く予定だったのですが、福浦海岸でのコーヒータイムを最後に赤穂市街へ戻る事に、赤穂城で記念撮影した後、播州赤穂駅前で解散と云う事になり、輪行組6名は1706発の新快速まで駅構内のパン屋さんでお茶の後帰途に就きました。
 
「青春18きっぷ」5,610円分乗車、5回分を半月で使い切ってしまいました。 夏のシーズンは暑いだけなので今の季節に行きたいところが他にも一杯あるのですがねぇ。

 「かきおこポタ」の写真をアルバムにアップしました。 うちのHPから[BICYCLE]→[ツーリングの記録]→[2015]と辿って下さい。 なおご覧になるには認証が必要です。 ログイン名は’pal’、パスワードはうちのFAX番号の下4桁です、「CanCan謹製カレンダー」の奥付に記載があります(一昨年とは変わってます)。 なおオリジナルではありませんが1920×1280サイズの画像もダウンロードできます。

1泊2日南紀ツーリング(1日目)

奈良県下北山村 池原ダムにて

 懸案だったR169経由で北山村から蟻越峠をへて川湯温泉で1泊、県道44~45号で那智勝浦町へ越える1泊2日のツーリングへ、「ツール・ド・紀伊」のスタンプラリーを兼ねて行ってきました。

 

 早朝5時半に桜井を出発、吉野側への最短ルート<37>桜井吉野線へ入ります、2003年の新鹿路トンネルの開通以来、車が増えたのであまり使わないのですが、今日は150キロ余りの長丁場、先を急いでこのルートをとります、いつも忘れ物はないかなと復唱しながらスタートするのですが、多武峰への坂を登り出してから用意しておいた菓子パンを忘れて来た事に気が付きます、R169は吉野町を出るとコンビニの類は熊野市五郷までありません、ここまで登って引き返す気にもならず、まぁ菓子パン程度なら下北山村池原で買えるでしょう。 飯盛塚の集落を過ぎたあたり、右側の資材置場でしきりに犬が吠えています、ちゃんと繋いであれば良いのになぁと思っていると、1匹が道路へ飛び出してきました、かなんやっちゃなと思っていた処へ対向車が、ドンと鈍い音が。 車は立ち去り、犬も資材置場の中を走って行きました、その後無事なのかどうかは知る由もなく、防犯のためでしょうか放し飼いにしていて、こちらの落ち度はなにもない処か、対向車が慌ててハンドルを切ったりしようものなら、こちらが巻き添えを食っていたかも知れません。 そして全長2,000m超の新鹿路トンネル、吉野側へ向かって下り基調なのは良いのですが、トンネルの中で追い越しをかけてくる馬鹿な対向車が、今日はスタート早々ロクでもない事が続き、先が思いやられます。 予定では津風呂湖畔の県道を行くつもりだったのですが、車はあまり通らないとは云えブラインドカーブの多い道を避けて、今日は三茶屋経由でR370に入る事にしました。

 入野(しおの)峠を下り、国栖から<262>国栖大滝線でR169へ入ります。 大滝ダム、道の駅「杉の湯川上」で一息入れながら柏木へ。 大峯登山の宿場として賑わった集落です、レトロな「朝日館」は今も営業しています。

 標高で400mを過ぎるあたりから少し雪が舞ってきました。 大迫ダムを過ぎ、かすかに伯母峯ループ橋の見える処までやってきました。

 2003年に供用されたR169伯母谷道路は、伯母谷、栗の木、滝の脇、一ヶ山、大獄の5つのトンネルと伯母谷ループ橋で構成されています。 旧道の事を思うと斜度が平均化されたので走りやすくはなってますが、車が結構なスピードで走ってきますので、自転車にとってあまり気持の良いものではありません。

 伯母谷ループ橋、雪の合間に陽射しが。 

 
 
 

 R169の最高地点、新伯母峰トンネル(1,964m)に到着、R168の新天辻隧道と同様、新とは名ばかりの結構古いトンネルなので路肩も狭く、自転車にとっては最悪です。 この季節ですから行楽の車こそ少ないのですが、結構大型車がやってきます。

 新しく供用された和佐又トンネルを初めて通り道の駅「吉野路上北山」へ到着、菓子パンを買ってストーブの前でぼっこりします。

 池原ダムへ立ち寄ってから一旦池原へ下ってR169を離れR425を登り返します、このままR169を走った方が楽なのですが、下北山村道路元標の生存確認に迂回します、この登り返しのキツい事と云ったら、今日のコースで一番つらかった様な。 登りきった処にある明神池、なにやら七不思議のある池だそうです。 池神社にここまでの無事に感謝してお参りを。

 道路元標の残る下北山村役場を経て不動トンネルを越えるといよいよ日本唯一飛び地の村和歌山県東牟婁郡北山村です。 悠々と北山川が流れている様に見えますが、ここは小森ダムのダム湖です。 なかなかの「自撮り」ポイントなのですが、今回は巨大輪行袋にサドルバッグを占領されてしまい、ポンチョか三脚かの二択になってしまい三脚は諦める事に、スタンド程度の小型の三脚では高さが稼げず諦めました。
 
 北山村の道の駅「おくとろ」が「ツール・ド・紀伊」のスタンプポイントとなっています、無事28地点目をGET! ここで平日にもかかわらず1台のロードが、お話をしていると新宮の方で、奇遇にも2012年4月の「月うさぎキャンプ」に来られていたどらちゃんさんのお知り合いの方でした、世間が狭いのか、どらちゃんの顔が広いのか。
 
 北山村から先のR169はずいぶんと久しぶりです。 観光筏流しやカヌーのラフティングで有名な北山峡です。


 
 小松トンネルから奥瀞道路で再び奈良県へ、小松、有蔵、東野トンネルと橋で構成される新しい道路です、バイパス路の様に思えますが、この区間には昔から車の通れる道がなく北山村は他県を大きく迂回しなければ和歌山県の他の市町村へ入る事ができませんでした。 奥瀞道路の開通で距離こそ短くなりましたが、村全体が飛び地ゆえ今なお奈良県か三重県を通らないと和歌山へは行けません。 写真下中が新しく供用された奥瀞トンネルで初めて通ります、右側に旧道の田戸隋道が見えています。 トンネルをでると直ぐに工事現場となり旧道を下ります。
 
 奥瀞道路は今なお工事中で大型車の通行困難な蟻越峠がR169現道として健在です。 
 
 
 
 

 
  現在のR169を貫く様に奥瀞道路の工事が行われています。
 十津川村竹筒でR311と合流し再び和歌山県に入り、16時40分宮井大橋を渡ってR168へ。 
 
 
 
 R168を北上し熊野本宮大社で29地点目のスタンプポイントへ、今日の予定終了です。 R168も五條市の五條病院前のサークルKを最後に終点の新宮市街までコンビニの類は一切ありません、元の本宮町域(現在は新宮市)にヤマザキストアが2軒ありますが、朝8時頃から夜7時頃までの営業で、食事のできる店も早い時間に閉まってしまいますのでご注意を。 明日も補給のあてがはっきりしませんので本宮大社の前のヤマザキストアで補給を済ませておきます。
 

 今夜の宿は川湯温泉「まつや」、3回目になります。 温泉地に珍しいシングルルームのあるビジホ風のホテルで、本館にあたる「みどりや」の露天風呂や予約をすれば食事もできます。 主に熊野古道歩きのハイカーが利用している様です。 1台だった事もあるのでしょうが自転車はロビーに入れさせて貰えました。 川湯温泉ではこの季節、大塔川の河原を利用した「千人風呂」が有名ですが、水着を忘れてきましたし、150キロ越えの疲れもあるので「まつや」内の温泉で済ませ明日に備えて早々に休む事にしました。
 本日の走行153.1キロ。 しかし判っていた事ですが、始めての通る3つを含めてトンネルだらけのコースでした、主な処だけでも挙げてみると、新鹿路(2466m)、大滝(722m)、高原(495m)、伯母谷(445m)、栗の木(1297m)、滝の脇(207m)、一ヶ山(440m)、大獄(1030m)、新伯母峰(1964m)、和佐又(900m)、不動(2038m)小松(734m)、有蔵(306m)、東野(1389m)、四滝(1212m)、東敷屋(1380m)、二ツ石(798m)と17キロを超えて全行程の1割以上がトンネルだった事が。

(2日目へ)

道路元標蒐集サイク(新潟編2日目)

いつもの事ですが暗いうちに目を醒ますと外は雨の気配、今日は午前中に中頚城郡の8つの道路元標を巡る予定にしているのですが、このまま雨がやまなければ単なる乗り鉄の旅で終わってしまいます、雨雲レーダーの予測を見ながら暫く様子を見る事にします。
 
どうやらお天気は快方に向かう様で、少し雨もおさまってきたので6時過ぎに宿を出発し、既に2008年に履修済ですが直江津町道路元標へ立ち寄ります。

 
春日村道路元標です、道路元標は追分地蔵の建つ三叉路に並んで建っています、ここは加賀、奥州、北国街道と旧街道の集まる由緒ある場所です。

 
履修済みの津有村道路元標を経て高士村道路元標へ向かう道すがらレトロ風の建物が、「前島記念館」とあります、あの1円切手の前島密かな。 やはり前島密、出生地だそうで郵政博物館別館となっています、今は開館時間中ではないのですが、こうやってサイクリング中に偶然見つけた史跡とかに気軽に立ち寄って見学して行ける時間のゆとりがほしいです、目的地をこなして行く様なサイクリングをやっている様ではまだまだあきまへん。 何枚か写真を撮って、先を急ぎます。
 
高士村道路元標を経て櫛池村道路元標へ、今日は基本的に頚城平野の中をの平坦路を巡る予定なのですが、昨日の上早川村の様に少し谷あいに入った場所もあり、ここでは標高189mまで登る事に。 ここの道路元標は有形文化財に指定されている様で、「旧櫛池村役場前に設置されていた。 測量技術の開発されなかった時代の市町村を代表する『元標』で貴重なものである。 」と記した案内が並んで建っています。 記載の内容はともかく、こう云った形で「道路元標」が認知されているのは嬉しいものです。
 
次の牧村道路元標までは直線距離では2キロ程の位置なのですが、一つ北側の谷筋になり、山越えの道は積雪期通行止となっています、即ち除雪してませんよとの事です、つまりこれだけの雪が積もっている訳です。 登ってきた道を下る事に、しかし下りの寒い事と云ったら。
 
一度平野部に戻って再び登りへ、道路元標は元の牧村役場、現在の上越市牧区総合事務所前に保存されているとの事なのですが。 懸念していた事が、念のために穴蔵さん国道901号さんのサイトで確認してみますが、どうやらのこの雪の中に間違いなさどうです、さすがにこれでは手の出しようがありません。
 
意気消沈してすごすご再び登ってきた道を下る事に、ところでお天気の方ですが雨こそ止んだものの、ときおり霙の様なものが襲ってきます。 写真は北国の冬の光景ですね、なかなかの「自撮り」ポイントなのですが三脚は小型のスタンド程度のものを持ってきているだけなので、どこか高さの稼げるところがあればと思っていたのですが、チャンスはありませんでした。
 
道路元標の位置情報はGPSに登録してあるのですが、上杉村道路元標、ちかくまで来ているのですが回りをウロウロしている様で、なかなか見つけられません。 もしやあそこに見える二宮金次郎像の前にあるのは!? 資料を確認すると間違いなさそうです、小学校の中庭の様なのですが、柵とかはありませんしどちらから回っても雪の中を行くしかなさそうですので、強行突破です。 さすがにスパッツまでは用意していませんでしたが、替えのニッカホースもありますし、案の定50cm位は埋まってしまいました。
 
10時55分、今日6つ目の美守村道路元標までやってきました。 次の大瀁村道路元標まで6キロ程の距離なのですが、帰りの時間が迫ってきました、直江津駅1312発の北陸本線経由にするか、名古屋から近鉄利用になりますが1311発で長野~松本経由にするか、いずれにしてもパンクとかアクシデントを考えるとこれ以上足を伸ばすのは難しいので直江津方面へ向かう事にします。 それに大瀁村道路元標近くには今は無き頚城鉄道の車両などが保存されている処もあるとか、次の機会の愉しみとします。
市街のイトーヨーカドーで食料を調達して直江津駅へ、昨日と同じルートも何なので、長野経由をとる事にします。 しかし駅構内は鉄どもでごった返しています、高級デジイチを首からぶら提げ、手には三脚、中には脚立まで用意しているつわものも、ホームや車内を走り回り、視線がおかしい、概ね格好がダサい、一目瞭然です。 それにつけ込んでJRも商売上手で「ありがとう信越線」なる全席指定の臨時列車まで運転する始末。
 
長野までは座れましたが長野~松本間は座れず、写真は姨捨駅から望む善光寺平、上越と比べると雪は少ない様です。 ところで日本三大車窓って後2つはどこだっけ? 疑問があればすぐにググれる便利な世の中になったものです、「狩勝峠」と「矢岳越え」だそうです、納得。
 
中津川駅でのホーム違い4分の乗換えをこなしな名古屋駅へ、ここで下りる階段を間違えるととんでもない遠回りになりますので、広小路口側へ下りて近鉄との連絡口へ、14分と時間の余裕はあったのですが、3分台で伊勢中川行き急行へ、座れはしませんでしたが輪行袋の置き場所も確保、まだ2回乗り換え2時40分もありますが、近鉄電車に乗り込んだら帰ってきたも同然。
 23時11分桜井駅到着、1泊2日で輪行23時間、走行105キロ、道路元標蒐集の旅から無事帰宅しました。 支出13,843円、翌日に所用があって無理でしたが1泊2日はちょっと勿体無いなかったかと、でも最後の金沢~直江津~長野間に乗る事ができて良い思い出になりました。
 

 
本日の走行60.8キロ。 18きっぷで5,620円分乗車。
 
【1023】 新潟県 中頚城郡 春日村 (現 上越市)
【1024】 新潟県 中頚城郡 高士村 (現 上越市) 
【1025】 新潟県 中頚城郡 櫛池村 (現 上越市) 
【1026】 新潟県 中頚城郡 上杉村 (現 上越市) 
【1027】 新潟県 中頚城郡 美守村 (現 上越市)

今年4度目の南紀ツーリング

太地町森浦にて
 
 今年は紀伊半島再認識の年にしようかと考えていたら、期せずして「ツール・ド・紀伊」のスタンプラリーのお陰で既に今年4度目の南紀ツーリングとなってまいました。 3月1日から始まった「青春18きっぷ」の春のシーズン、1日あたり2,370円で普通列車乗り放題の「18きっぷ」ですが、紀伊半島を巡る紀勢本線は乗ったまま一周するのが精一杯で、わが街桜井を始発に乗っても新宮や串本に到着するのはお昼を回ってしまいます、マトモに行くととても自転車で走る余裕などないエリアですが、今日は古座川町の「月の瀬温泉ぼたん荘」と太地町の「くじらの博物館」をまわります。
 
近鉄で大阪鶴橋まで出ても良いのですが、今回も未明の大和川河畔を王寺駅まで走りスタートする事にします。 4時過ぎに桜井を出発、真っ暗な堤防上の道ですからそうは飛ばせません、所要1時間15分。 DST 21.02km、AVS 17.6km/h、MXS 24.4km/h、TM 1:11:34
 
新今宮、和歌山で乗り継いで紀伊田辺で49分待ち、紀伊田辺以南は0755から1044まで3時間近くも列車がありません、車両も17系からロングシートの113系へ。 ここでは新大阪0733発の「くろしお1号」に抜かされます、嫌でも特急に乗れとの計らいですが、その「くろしお1号」ですら串本到着は1102になります、昔は夜行もあって早朝から走り出せたのですがねぇ。
 
2駅手前の串本で25分停車の後、1249にようやく古座駅に到着です、串本から走っていても変わらない様な。



さすがに南紀、暖かいなぁと思っていら、既に桜が。





清流古座川沿いに入るとご覧の風景が、決して時間の余裕がある訳で
はないのですが、写真を撮っていたりしてなかなか前に進みません。 
 
 
気持ちよく走っていたら、この橋は??? 1キロ程「ぼたん荘」を行きすぎてしまい慌てて引き返す事に、とにかく無事26地点目をGET!
 
 
予定では<227>田原古座線を走り地蔵峠を越えショートカットするつもりでいたのですが、あまりに天気が良くて気持が良いのでR42を走り、昔2度ばかり行った荒船海岸へ寄り道する事に、ちょっと頑張って走ればなんとか行けるでしょう。
 荒船海岸、入り口に国民宿舎があったりするのですが、ここはちょっとした穴場です。
 
R42に戻り少し走ってから下里村道路元標へ立ち寄り、太地町への<239>太地港下里線へ入り、27地点目のポイント「くじらの博物館」へ、これでスタンプラリーは残すところ3地点となりました。 ところで太地町には昔どういう経緯か知りませんが奈良交通が運行する路線バスが走っていました、車体横の鹿のエンブレムが鯨だったりして、信じられないでしょう。
 
R42沿いのコンビニに立ち寄り食料を調達して、余裕で太地駅へ、1700発の最終に乗り遅れるとどうしようもなくなるのでパンク修理が出来るだけの余裕は持って走っておかなくてはなりませんし、輪行支度を済ませて駅のホームでまったり過ごすのも良いものです。
 帰りはさすがに「18きっぷ」のままでは桜井へはとてもたどり着けませんので、松阪から近鉄を利用して帰る事になりますが、6時間がかりで桜井に無事帰投、トンボ帰りで走行時間は2時間にもなりませんが、春を感じさせるとても気持ちの良いショートツーリングでした。 王寺駅までの自走を含めて本日の走行59.2キロ。 18きっぷで7,450円分乗車。
 

 

今日は「自撮り」サイクリング

宇陀市菟田野下芳野にて

マイブームと云いながら最近少々ご無沙汰の「自撮り」、雪の写真を狙っていたのですが、一向にチャンスがやって来ないのですよね、と思っているうちに梅が芽吹きだしてきたではないですか。 それに昨年暮れに手に入れた新兵器も出番がないうちに、さすがチャイナクオリティ、液晶がおかしくなってしまいました、斜めから見るとどうにか判別できるので、機能的には満足しているので暫くはこのまま使ってみる事にしますが。 土曜日の疲れがまだ残っている様です、のんびりと明日香村から芋峠を越えて吉野へ、吉野ストアで昼食用のパンとお菓子を買い込んで、吉野川左岸の県道を遡上します。 なんぼも走っていないのですが宮滝を見下ろす休憩ポイントで一息、今日は暖かい陽射しが心地良いです。 南大野のバス停にて。   東吉野村へ入り、高見川と県道を見下ろせるポイントから狙ってみる事に。 大して交通量がある訳でもないのですが、セットしている時に限って車がやってくるのですよ。 それに空振りする事が、この様な場所ですからディレイタイムを1分に設定していたらカメラ側がスリープモードに入ってしまい、リモコンのレリーズ信号では解除されないのです、スリープまでの時間を2分に設定して一件落着、結局テイク4まで行きました。 どうにか使えそうなのが1枚。 予定はしていなかったのですが、木津川(こつがわ)集落の橋にて。 今日一番のお目当てはこのポイント、少し霞んでいますし、先日からの陽気で高見山の雪もだいぶ溶けてしまった様ですね。 お天気が良いとこれ位の眺望があるのですが、昨年12月8日1テイクでOK! 谷尻(たんじり)から一谷峠を越えて宇陀市へ、途中の芳野で最初の写真を撮ったのですが、ちょっと遠すぎますね。 大宇陀松山街道の定番ポイントにて。 このタイマー機能付きレリーズなんですが、インターバルタイムは最小は1秒なのです、この様なケースでは1秒は短すぎますね。 帰り道考えながら思いついた事を帰宅後試してみると、カメラ側を連写モードにしてリモコン側のバルブ時間を設定してやると上手く行きました。 本日の走行93.9キロ、今月1,000キロ超えを果たしました。

春告草「福寿草」サイク

今日はお天気が良さそうなのでT御大に声を掛けて五條経由で西吉野方面へ走りに行く事にしました、賀名生梅林の梅にはまだ早いですが、津越の福寿草が見られるかも。 御大は5月の「鈴鹿」にQCR(くわんさい・くらしっく・れーさー)から半ば強引に参加メンバーにさせらてしまっているのですが、さすがの国体チャンプ(昭和54年宮崎国体成年男子スクラッチ優勝)も去年走ったのは500キロにも満たないとか、顔を合わせる度に「走らなアカンねん、走らなアカンねん」とボヤいておられます。 と云っても私では噛ませ犬にもならないので、あちこち声を掛けたら釣れましたね強力なのが、VIVVA2000さんが来てくれる事になりました。

7時過ぎに桜井を出発、昨夜ミシュラン・ワールド・ツアー700x32cからpanaのTourerPlus700x28cに換装していますから、軽い事軽い事、羽の生えたように走ります。 明日香村いつもの大官大寺跡にて、今朝は霜が下りて寒いですが気持ちの良い朝です、お昼は暖かくなるとか。

吉野口駅に到着、ここで8時半に待ち合わせです。 レトロな駅舎の吉野口駅、JR和歌山線と近鉄南大阪線の乗換駅としてかつては賑わいました。 昔々和歌山線のSLの写真を撮りに良く通った駅です。 

T御大に続いて、嬉々としてVIVVA2000さんが登場。 しかしT御大の片倉はサドルバッグサポーターと何やら年代物のタイヤがやばそう、VIVA2000さんのサンプレも結構?な音してまんがな、今日は大丈夫なんやろか。 輪童さんか鉄人児玉さんのドタ参があるかもと待ってみたのですがお見えになりそうもないので、3人で出発です。

 

<120>五條高取線を走り重阪峠を越えR24を少し我慢しながら走って栄山寺口から旧街道へ入り五條新町へ、五條新町と云えばここですね「餅商一ツ橋」。 そしてT御大旧知の市口薬局(享保元年創業)、せっかくだからと挨拶だけのつもりが、上がりこんでコーヒーまで戴きながら見学させて貰いました。

R168を少し走り五條病院前の吉野ストアでお昼の食料を補給する事に、しかし走ってくるロードの多い事、短い間に20台以上はすれ違った様な、会釈してもスルー、どうやらブルベの様です、走るだけで必死なんですね。 吉野ストアを出て昨年バス運行が廃止となった五新線跡に沿った道を走ります、バス運行はなくなっても専用道は進入禁止です、良い子は走ってはいけません、詳しくはこちら

五新線の遺構を見ながらR168を行きま~す。 城戸(じょうど)から<20>下市宗桧(むねひ)線へ入り、陰地(おんじ)から津越への激坂へ、県道からの標高差が250m程あります。 斜度は笠置山登るよりはマシかなと云う感じです。

ようやく福寿草自生地のある稱名(しょうみょう)寺に到着、蝋梅もなかなか見事です。  

 

おまたせしました福寿草です、標高は450m程あるのですが、もう雪は残っていません。  

 

ここでこっそり抜け駆けしていた輪童さんとkitanoさんと合流できました、門前で店を拡げてお昼にします。  

 

右側のお宅に入って行くT御大、こちらのお宅はあの尾野真千子さんのご実家です。 お母さんがご自身で作られた農作物を売っておられます、VIVVA2000さんが黒豆を買っていましたので、黒豆茶を戴いてしまいました。 ここからもう一ヶ所福寿草のポイントがあるそうなので一行はそちらの方へ向かったのですが、私は靴紐を治しているうちにはぐれてしまい、左へ下る細い道と右へ登る広い道と云う悩ましい三叉路へ出てしまいました、左へ下りたのですがどうやらとんでもない道をショートカットしてしまった様で一行の前へでてしまいました。 まぁこんな山中でも携帯電話が通じる便利な世の中になったものです。
 十日市で輪童さんと別れ、まだまだ走り足らなそうなお二人と<138>赤滝五條線で黒滝村方面へ向かいます。 夏はキャンプ場があったり五條から天川へ抜ける車が入ってくるのですが、この季節は車の少ない鄙びた道です。

先月も来たのですが、丹生小学校跡へ立ち寄ります。 実は私のリアから異音が、マッドガードが割れてしまったのです、補修してあったのですが、やはり駄目だった様です、T御大にガムテープを戴いて応急処置を、これで3人とも爆弾を抱えて走る事に、後30キロ以上はありますが持ってくれるでしょうかね。

R309に入り道の駅「吉野路黒滝」で小休止、この冬初めて自販機で飲料を補給しまして、<48>洞川下市線へ入って地蔵トンネルへ、ほっとくと峠へ行ってしまいそうなお2人です。 この後椿橋で吉野川を渡り壺阪峠で帰途に就く予定です、下市経由でと話をして、よくよく考えると立石から秋野隧道で阿知賀へ越えれば下市の街中を通らなくて済むと、気が付いたのは既に遅し、お二人はぶっ飛んで行ってしまいました。 

いつもの椿橋で小休止。 薄暗い壺阪峠を越え、高取町でT御大と別れ、明日香村でVIVVA2000さんと別れ無事17時半には桜井に帰ってきました、本日の走行105.6キロ、同行者が同行者だけにくたびれましたが、お天気に恵まれ最高の1日を過ごす事ができました。
 例によってうちのHPのアルバムに写真をUPしています、大きなサイズの画像もダウンロードできます。 [BYCYCLE]→[ツーリングの記録]→[2015]と辿って下さい。 なお認証が必要です、ログイン名は’pal’、パスワードはうちのFAX番号下4桁です、CanCan謹製カレンダー等でご確認下さい。

尾鷲ツーリング

尾鷲市 三重県立熊野古道センター

今日は予定通り「ツール・ド・紀伊」スタンプラリ-のポイント獲得に高見越で尾鷲市に向かいます。 尾鷲へは過去に何度か自走で行っていますし、コース的にも不安はないのですが、この季節に脚力の無い私が150キロ近く走るのですから、いつもの様にのんびりとは走ってられないのですが、結局スタートしたのは少し明るくなってきた6時10分でした。

西峠を通過、菟田野松井橋のローソンで補給の後、佐倉峠を越え新木津トンネルを抜けていつもの定点観測ポイント、まずまずのお天気なので高見山を頂上まで見上げる事ができました。 しかし休日とあって霧氷目当ての登山客を乗せた奈良交通の臨時バスが何台も通り過ぎて行きます、バスだけではないのでそれだけの人が登ったら上は大変な事になっているでしょうね。

9時半過ぎに高見トンネルの入り口に到着、3時間半程かかってますがこれでも結構目一杯です。 雪は4日の「伊勢ツーリング」で来た時と変わりません、前回は歩道に凍結した漏水の氷の破片が散乱していて往生したので、今回は車道を行きます、それでも処々濡れている箇所があるので慎重に走ります、万が一車が接近している時に滑りでもしたら笑い事ではありませんから。

高見トンネルを抜けてループ橋を下ります、今回はのんびりと旧道巡りをしている訳にも行きませんので波瀬地区は新道でショートカット、<569>蓮峡線を経てR422に入り湯谷トンネルを越えます。 トンネルを出て数100m程下った処にある湯谷不動尊、湧き水とベンチがあって夏は最高の休憩ポイントです、ここで小休止、ポットのコーヒーを頂きます。 残念ながらdocomoも届きません、結構な山の中ですんで。

大台町へ下り<31>大台宮川線へ、旧宮川村役場付近で宮川右岸へ渡り<424>大宮宮川線に入り、紀勢道の大宮大台IC付近でそのまま<731>川合大宮線へ入ります、こちらは大内山川をはさんでR42の対岸路になります、紀勢本線にほぼ沿っていて車も少ないのですが結構アップダウンがあります。 しかし高速道路の完成であちこちで風景が一変しています。

時間の余裕がないと云いながら紀勢本線のキハ40系もそろそろ終焉なので、列車の時刻を睨みながら線路沿いを走ります、阿曽駅と伊勢柏崎駅の間で適当な場所を見つけたので、ここで昼食&鉄な時間にします。 facebookにアップした画像を見て鉄な某S先生は場所を特定したので、結構知られた撮影ポイントなのかも。 一応「自撮り」用に三脚も積んできたのですが、そんな余裕もなく、お荷物になってしまいました。

3枚目は電線が被っていますが、まぁ3度美味しい場所でした、やってきたのは東海色、この後に大内山駅と梅ヶ谷駅との間で下り列車を狙えたのですが、そちらも東海色でした。 個人的には旧国鉄色が趣味なんですが、旧国鉄色の2連と云うのは難しそうですね。 ちなみにキハ40系のオリジナルは首都圏色だと記憶しています。 もう少し温かくなったらこれを目的に走りに来ても良いかな、陽が長くなったら2往復狙えるかも。

梅ヶ谷を過ぎるとR42を走るしかありませんが、まぁ荷坂峠は片峠みたいなものですから、熊野古道ブ-ムのお陰で旧峠も行ける様ですがダートです。 しかし高速の開通でR42も交通量が減って随分走り易くなりました、鉄な用事がなければ素直をアップダウンの少ないR42を走った方が良いかも。

霞んでいますが、荷坂峠から見る熊野灘です、ここから紀伊長島まで200m程のダウンヒルです。 

 

ここまで来てやっと今日最初のスタンプポイント道の駅「紀伊長島マンボウ」です、マンボウ串焼とかクジラ串焼とかありますが、あまり好みやないんでパス。 紀伊長島ではR42東長島トンネルを避けて旧市街の駅前へ、踏切の横のその名も「ふみきりや」は健在でした、一応お花屋さんなんで用はありませんが。

紀伊長島から尾鷲にかけては幾つかの旧トンネルが歩行者や自転車用に供用されている処があり、中には県指定文化財となっているトンネルもあります。
 (左上)長島歩道トンネル、これは例外でR42長島トンネルより新しくて、最初から歩道トンネルとして作られています。 (右上)旧長島隧道、R42江ノ浦トンネルの海側にあります。 (左下)古里歩道トンネル(旧海野隧道)、R42古里トンネルの海側にあります。 (右下)道瀬隧道、やはりR42道瀬トンネルの海側にあります。 この後R42には三船トンネルがあり山側に三浦隧道と云うのがあったのですが、残念ながら廃道となっています。

銚子川を渡り、道の駅「海山」を過ぎると今日最後の峠となる尾鷲トンネルへ、熊野古道の馬越峠に相当します。 トンネルまでは標高差100m程、斜度も知れていますが、ここまで走ってきていると結構辛いものがあります。 ここも旧トンネルがあって海側にポッカリと口を開けているのですが、尾鷲側で橋が落ちてしまったとかで通行不能となっています、紀北町と尾鷲市の境界ですので、行き交う人もいないとは思いますが。 熊野古道の方の峠はブームのお陰で階段が整備されているのものの、自転車では返って越え難くなってしまいました、盟友峠おやじナワールド氏は押し担ぎで越えた様ですが。
 606mのトンネルを抜けると尾鷲市です、残念ながらこのルートでは海を見下ろす云った展望はありません。 1999年に尾鷲から見て対岸の須賀利へ越えて、定期船に乗って尾鷲入りした事ありましたが、背後に大台の山々を背負った尾鷲の風景は感動ものでした、今はその定期船もありません。

尾鷲市街を抜けて少し行った処の丘の上にある「熊野古道センター」へ、思っていた以上に立派な施設にちょっと面食らいます。 17時26分余裕で25地点目のスタンプGET、伊勢路エリア完了、三重県制覇、残るは和歌山県の5地点のみです。 ところで「熊野古道センター」の最寄り駅は一つ先の大曽根浦駅なのですが、付近にコンビニも何もない無人駅ですので尾鷲駅まで戻り1905発の最終のスジに乗る事にします。

帰途、桜井までの輪行は4時間6分、コンビニで食料を仕入れて尾鷲駅へ、今回はマッドガード無しで来ていますので楽勝で輪行支度を済ませ1905発多気行きに無事乗車しました。 本日の走行充実の148.8キロでした。  

 

吉野山サイク

吉野川椿橋

今日は何処へ行こうかと決まらないまま明日香村から芋峠へ、千股のせせらぎ公園で持参のポットのコーヒーでまったりしながら、土曜日だし定番の東吉野村へ向かって「よしの庵」でお蕎麦でも戴こうかなとも考えながら、先々週に取りこぼした「ツール・ド・紀伊」のポイントである吉野水分(みくまり)神社へ行く事に。
近鉄吉野駅にて、この駅名標は製材組合が世界遺産登録を記念して樹齢200年の吉野杉から作って寄贈したもの、他に駅のホームの柱などに付いている縦長の駅名標も吉野杉のものが使われていたりします。

県道を参陵トンネルまで登ります、後1月半もするとこの狭いトンネルを中心に花見客の車で大渋滞するのですが、今は静かなものです。 12月にも来ているのですが、その時は水分神社までの最短ルートの首塚経由の道へ入ったのですが、判っていながら推し上げる結果となってしまいました。

今日は西よりの吉野大峯林道へ入る道をとる事にします、少し余分に登る事にはなりますが、こちらは常識の範囲内の坂ですので充分乗って行けます。 さすがに標高600mになりますので昨日降った雪が。

吉野水分神社でポイントGET、これで23地点目奈良県制覇、後は三重県の2地点と和歌山県の5地点の計7地点を残すのみです。 一応「自撮り」用に三脚を積んできましたので証拠写真をば。

首塚側の激坂も凍結の心配はなさそうですので、帰りはそちらを下る事に、とは云っても恐る恐るでしか下れませんが。 桜のシーズンにはここから見事な風景が見渡せます、一目千本ってやつです。

せっかく登ってきたのですから「静亭」でお昼にする事にします、若女将に撮って頂いた写真を拝借しました。 この後才谷へ下り秋野村道路元標下市町道路元標の生存確認をして、椿橋から壺阪峠経由で帰ってきましたが、自宅まで後1キロも無いと云う処で後輪がパンク、寒くなってきた夕刻の外でチューブ交換も何なのでトボトボ推して帰ってきましたが、本日の走行75.2キロ。
 昨日の雪で心配していたのですが標高600mの吉野水分神社でも積雪は大丈夫そうなので、明日は高見越で尾鷲を目指す事にします。