所用で八木へ行って、お昼にと「よろづ」へ回ります、平日なのにロードが一台入って行くなぁと思っていたら、お盆に東吉野でお目にかかった中町ATIKさんでした。 さっそくリニューアルした自転車スタンドにぶら下げて(あの~前の方がしっかりしてた様な…僕の自転車重いんです)店内へ、「揚げナスと鶏カラのあんかけ丼」食って明日香から三輪経由で帰途に。 今月はまだ300キロにも達していません、そろそろペースダウンかな。
久しぶりの流れ橋
後片付け
「月うさぎキャンプ」(二日目)
キャンプファイアを囲んでいた皆さんも12時を過ぎる頃にはそれぞれのテントへ、誰かがトイレへ行く度に犬たちが騒いだりしていたのですが、寝静まってしまうと時折鹿の鳴き声が響くだけで、前の県道を通る車もなく本当に静かな処で、いつの間にか寝入ってしまいました。 気温も3シーズンの寝袋で丁度良いくらいだったのですが、エアマットのバルブが壊れていてせんべい布団にもならない状態、下が草地だったのが幸いでしたが。
天気予報は「晴れ」なのですが、山間の事で6時頃から少し降られましたが、朝日が入ると爽やかに晴れてきました。
最初心配していた犬たちのフンですが、オーナーいわくある時から仕付けをしたでもなく、山の中へ入って勝手に用を済ませる様になったそうです。 おかげで誰も被害に遭うこともなく、鹿のフンの転がる奈良公園より余程に安全?です。 さすがに彼らも今日は疲れたのか朝食後は、陣中見舞い組3名が到着しても吠えずにご覧の通りです。 (写真はSORAさん処からお借りしました)
ここには11匹の犬と9匹の猫がいますが、それぞれ色々な性格と力関係、行動パターンがあって、観察しているとなかなか愉しいものです。
自転車は雨に濡れないスペースを確保、また商店などで飲料用などに置かれている冷蔵庫もまるまる貸して頂いて重宝しました。
キャンプの8名にオーナー夫妻にも入って頂いて記念撮影。 帰りも長丁場になるので山内さん、UG兄さんと早々に出発して行きます。 五条のカルディアの様に大阪からもう少し近いか、奈良盆地を横断するルートが自転車にとって走りやすいルートだったら、もう少しゆっくりして貰えるのですがね。
入れ替わるように、陣中見舞いと云いますか冷やかし組が到着、なべちゃんからは「アナンダ」のパンの差し入れも。 入れ替わりに出発する天五さんを囲んで記念撮影。
吉野ルートで帰途につく3名と陣中見舞い組がこの後、出発して行きます。
今回、現地まで車で来ているakutaさんはパスハンターで西杉(差杉)峠へ行ってしまったので、残るは私一人、いっぺんに静かになってしまいました。 荷物をまとめてオーナー夫妻にお礼を云って11時50分「月うさぎ」を後にしました。
一谷峠にて、丁度24時間後、ここから携帯も圏内に、娑婆へと下ります。
往路同様<31>榛原菟田野御杖線を、旧街道と芳野川沿いの道を挟んで榛原方面へ、榛原西小の前の道をショートカットし、西峠へは向かわず<198>粟原榛原線で女寄峠方面へ向かいます。
R166に入り女寄峠の下る途中から旧道?へ入ります。 結局今回は往復一人だけで走ったので走行シーンの写真がまったくありません、丁度名残の彼岸花が咲いていたので、三脚を立ててお馴染みセルフタイマ-3連写でhimself 下り基調の29.4キロ、正味1時間40分、14時少し前に帰投しました。
のべ11名の参加メンバー-と、「月うさぎ」のオーナー夫妻と犬たち猫たち、愉しい2日間をありがとうございました。
「月うさぎキャンプ」(一日目)
春からキャンプ企画は流れたり、まとまらなかったりと、今年はこのまま一度もテントを拡げず仕舞いで終わってしまうかと思っていたのですが、先月の東吉野「月うさぎランチ」サイクに続いて、今回は古民家カフェ「月うさぎ」の場所をお借りしてキャンプをさせて貰う事になりました。 15時を目標に現地集合、キャンピング装備の自転車を走らせるのは結構大変で、個人差もあるので敢えて連んで走る事までは企画しませんし、三々五々目的地に集うと云うシチュエーションも面白いものです。
懸念していたお天気、最悪は午前中一杯残るかと思われた雨も、明るくなる頃には止み、時折陽が差すまでに回復してきました。 サイドバッグを取付完了、近場とあっていつになくゆっくりとですが8時50分出発。
昨日おでん鍋他を宅急便で現地に送っているので、すこしは減量できて テント(モスのアウトランド)をサイドに押し込み、ポールと三脚をパニア台の上に固定したので、見た目もすっきりしました。 それでも調理済みの「おでん」がタッパー3個に入れてフロントサイtドに収まっているのでそれなりの重量です。
走り出したもののまだコースを決めてません、水溜まりが残っている様なら、国道で車にハネを掛けられながら走るのを避けて、押してでも多武峰下の八井内から大峠トンネル~宮奥経由も考えていたのですが。 桜井駅南側の商店街から旧街道で宇陀ヶ辻へ、国道も殆ど乾いてきているのでR165を西峠へ向かう事にしました。
長谷寺参道に入り宝園堂で「草餅」を仕入れで、例の旧道とおぼしき坂を登ってR165へ戻ります。 いつになくパトカーが多いなと思っていたら、天皇陛下が午前は室生、昼から長谷寺に来ると云う事で警備の車両が、機動隊のバスとかもゾロゾロ下ってきます。
消防署を過ぎたあたりから右側に入り旧道と歩道を継いで走ります、歩道のスロープが4サイドには辛いですが、車に追われる事なく10時過ぎに西峠に到着します。
天五さんが榛原まで輪行してくるので待ってみる事も考えたのですが、Twitterを見ると結構のんびりしている様なので、先を急ぐ事にします。 一旦<31>榛原菟田野御杖線に入ってから、先月の「月うさぎランチ」サイクでも走った芳野川沿いの道を走り、松井橋のローソンに立ち寄って岩端へ。 ここまで来てやや雲行きが怪しくなってきたので、雨雲レーダーの予想を見ると13~14時にかけて奈良県北部から南東へ雨雲が通過する様子、岩端みんなの森公園の屋根の下で予報通りに降ってくるかどうかは判らない雨を待つのもと考えていたら。 輪童さんのBBS「風のたより」への書込み通知が、九度山人さんが東吉野村小川で馴染みの「みたらし団子」を食っているとの事で、携帯で情報交換。 一谷峠を登って行くとどうなるかは判りませんが、とにかく進む事に。
12時15分に一谷峠着、ここからDoCoMoも圏外となります。 明日まで下界とは音信不通となりますので、メール等のチェックを。
谷尻(たんじり)の三叉路から1キロ程登り返し「月うさぎ」に到着、本日の走行35.1キロ、4サイドで登りとは云え平均速度12キロでした。
オーナーご夫妻が地元谷尻の神社の秋祭りの餅蒔きに呼ばれているとの事で、厚かましくも付いて行ってお餅を拾ってきました。 丹生川上神社の方では車が通れない程盛大に行われていたそうですが、こちらは村に残る人達と街で暮らしている子や孫が集まる素朴なものです。
餅蒔きから「月うさぎ」に戻ると鈴鹿からakutaさんが到着した処、留守だし犬に吠えられるはと前でウロウロしていました、すみませんネ。
テントの設営とか料理の準備をしながら、皆さんの到着を待ちます、どうやらお天気も大丈夫な様です。
14時50分、天五さんとkikiさんが到着、途中で出会って一緒に一谷峠を登ってきたそうです。
和歌山県から九度山人さん、大阪府からは山内さん、ダイバーてっちゃんと次々と到着、いっぺんに賑やかになります。 東吉野に入って局所的に雨に降られた人も、やはり山の天気はわかりません。
「月うさぎ」の敷地は分校跡、元の運動場の跡でしょうか、大きな桜の古木の下にテントを張ります。
後16時を回ってもUG兄さんが到着しません、そろそろ暗くなってきますし、どこかで雨も降っているかも知れません。 16時半、軽トラをお借りして救援に出ようとした処に到着。 大量の食材を含め6つのバッグに荷物を満載して到着です。
長駆105キロ、お疲れさまです。
この後、車で来て頂いたakutaさんの送迎で近くの「たかすみ温泉」へ、距離は5キロ程なんですが、標高差が150m程あって、自転車で往復すると温泉へ入った意味がなくなります。
宴の始まり。 お馴染みセナ御用達「みさき屋」の焼き肉、松茸ごはん、おでんetc.etc. 日本酒にワインにウィスキーと、バラエティとボリュームも…
最近は殆どのキャンプ場が直火禁止になっていますが、ここはキャンプファイアもOK、今回は薪割り名人の辰巳御大が不参加ですので心配していたのですが、オーナーが薪とかを準備してくれました、感謝。 自転車談義や色々と夜遅くまで続きました。 (Photo:天五さん)
出撃準備
カレンダーの季節
宇陀への道(西峠)
女寄峠に対して西峠へ向かうR165にも旧街道が残っています。 ただこちら側は右側だったり左側だったりとかなり断続的です。 先の宇陀ヶ辻を左折して、近鉄大阪線のガードをくぐると大和川(初瀬川)に沿う様に、朝倉から黒崎の集落にかけて旧道が続き、朝倉村道路元標もしっかり残っています。 一旦国道に戻ってしまいますが、出雲集落で今度は左へ、信号で国道を右に跨いで初瀬地区の入り口まで続きます。 ちなみに慈恩寺から黒崎にかけて現国道は明治から昭和14年にかけて存在した長谷線(初瀬軌道~初瀬鉄道~長谷鉄道~大阪電気軌道)の廃線跡と重なっている。
西峠への道で一番の難所は、この長谷寺参道口からの登りです。 ロードなら一気に登りきってしまえる長さですが、4サイドでなくてもキャンピングでは結構大変です、交通量もR166より多く、路肩もご覧の通りです。
なぜそこだけが急になっているか、以前から怪訝には思っていたのですが。 長谷寺参道である<38>桜井都祁線に入って暫く行き、「宝園堂」を過ぎて左側に残っている初瀬町道路元標、些かこの位置も不可解だったのですが、その角を右に入って橋を渡り…
引き返す様に坂道を登って行き、長谷山口坐神社の前を回り込み切り通しを抜けると...
先の坂の上に出てきます、これが旧道だったかは判りませんが、そうなると道路元標の位置も納得が行くと云うものです。 斜度的に楽かどうかは些か疑問ですが、殆ど車がやってこない道ですから、蛇行しながらでも登って行けます。
与喜浦で左に旧道を少し走り、浄水場と消防署の前をこなしてやれば、後は右側の歩道を旧道を継いで行けば、越えられない段差こそないものの急なスロ-プや草刈りをさぼってりる処もありますが、どうにか西峠まで辿り着く事ができます。
来週の「月うさぎ」はやはり西峠が本命かなぁ...
宇陀への道(女寄峠)
実は昨日の「案山子ポタ」の後、走り足りないと云うか帳尻合わせに、久しぶりに女寄峠へ向かいました。 桜井から宇陀へ越えるルートの一つですが、交通量も多く急坂を直線的に登って行くので結構車は飛ばしています、自転車にとっては難儀な処です。
桜井市街から旧街道のいわゆる初瀬街道を東へ、R165と交差する宇陀ヶ辻交差点で松山街道が分岐します。
国道R166の北側の集落を縫う様に登って行きます。 歴史街道忍坂(おっさか)として石位寺から粟原、男坂を越え大宇陀へと続いています、もちろん峠は山道ですが、由緒ある古道です。
途中で一旦国道にかぶってしまいますが、下尾口の交差点で南側に跨いで国道下を平行して進んで行きます。
車は農作業の車以外には殆ど入ってこず、少なくともここだけは自転車にとって快適な区間です。
粟原集落、男坂へ向かう道と別れ、粟原川に沿って進んで行きます。
集落の途中から左へ回り込み国道をくぐると、東行き車線に出られる様になっています、旧道なんでしょうかね。 なおこの先川沿いの道が砂防ダムの下まで続いていて国道に抜けられはしますが、乗って行くのはちょっと難しい坂と云うよりスロープがいくつもあります。
丁度登坂車線の始まる処に出てきます、と云う事は結局は斜度が一番キツい区間は国道を走らさされる訳です。 新旧女寄峠の分岐まで後1.5キロの距離ですが、標高で150m近く登らなくてはなりません、正味10%勾配が続きます。
中女寄バス停にて
ようやく到着、写真を撮ったり、中女寄のバス停でTwitterしてたりですが、40分も掛かってしまいました。 しかし前半だけでも車に追われる事なく登ってこれましたが、やはり4サイドでは…
笠間辻、ここで右折すると女寄峠旧道へ、真っ直ぐ行くと<198>粟原榛原線で旧榛原町域に入ります。 なお現在の宇陀市榛原区笠間地区は昭和29年まで桜井市域でした。
「案山子ポタ」
明日香村稲渕で行われている「案山子コンテスト」、投票は9月19日に行われてすが、展示はまだ行われて、昨年に続いて天五さんが鉄人Kさんと走ってくるとの事で、急遽迎撃に。
平日なので、他には誰も来ないだろうと思っていたら、9さんにSさん、大阪からMさんと6人も集まってしまいました。
平日とは思えない人出です。
自転車を押していないと、何者かと…
今年の「最優秀賞」はこちら、私は9月の始めに一度来ているので、他の作品はこちらをご覧ください。
私の一押しはこれ、「優秀賞」でした。 (Photo : 9さん)
集合写真をば… 大きなサイズ(1024×768)をこちらに置いておきます(要認証)
お昼を毎年暮れの「あすか鍋」でお馴染みの「めんどや」さんで頂く事にしたのですが、こちらも大忙しのご様子。 お昼から「あすか鍋」と云うのもネ、隣で注文されている女性客がおられましたが、持ってこられた量に唖然としていた様な。
こちらは「具だくさんにゅう麺と柿の葉寿司のセット」、最近は「飛鳥路コース」とやらの名前がついている様です。
まだまだ時間は早いですが、この後「めんどや」前で解散しそれぞれのコースへ向かって行きました。




