伊賀上野へ

上津ダム(奈良県山辺郡山添村)にて

 今日は伊賀上野(三重県伊賀市)のヒルホテルサンピア伊賀で行われるUG兄さん主催の「黎明期の国産ツーリング車観賞会」に参加する為に暗いうちから自走で向かう事に。時間的に帰途は輪行になりますので、昨日ブレーキを入れ替えたばかりのデモンタで向かいます、別にロードでも延陽伯号でも構わないのですが、会が1950~60年台のマッドガード付きツーリング車がテーマですので、一応うちで一番古い(1976年~)を。
 0510桜井を出発、伊賀市までのルートは幾つかあって、往路は大和高原を経由する事が多いですが、今日は主にR25旧道を辿る事にします、概ね併行する名阪国道の騒音が鬱陶しいとはいえるのですが。まずはR165を長谷寺まで走り県道38号桜井都祁線で針へ向かいます。深夜も含め走り慣れた道で不安はありませんが、難所の初瀬ダムへの登り、この気温で汗をかきたくないので中程でさっさと諦めて押す事にします。小夫(おぶ)辺りまできてようやく明るくなり暫くで奈良市域となる旧都祁村へ、ミモザ・ガーデンの前の並松池は凍っていました。標高500m近い針インターの中のファミマで小休止、後30キロ余りですから予定の10時には余裕ですね。
 針からは自動車専用道の名阪国道を縫うように走るR25旧道を、このままでも伊賀上野へ行けるのですが、山添村勝原から上津ダムへ入ります、少し判り難い処もありますが、こちらの方が無駄な登り返しが少ないかと、上津ダムで用を済ませて下ります、県道80号奈良名張線と交差し県道181号遅瀬西波多線に入り五月橋へと下ります。
 まだ供用はされていませんが新しい五月橋はほぼ完成しています、1928年に供用された五月橋が姿を消すのは残念です。
 五月橋の手前でR25に戻り名張川を渡ると伊賀市。しかしサイクリングには最高のお天気になってきました、伊賀盆地からは三重県と滋賀県との境界になる山々と御斉(おとぎ)峠を望む事ができます。大野木橋では上野城が出迎えてくれました。桜井から4時間半あまり56キロばかり走ってサンピア伊賀に到着です、正直云ってもう少し走りたいのですが。(つづく)

デモンタあれやこれや


 うちにやってきてから既に100キロばかり走ったデモンタですが、思う処あってせっかく新たに買ってまで付けたサブレバー仕様のブレーキ回りをセフティレバーに変更する事にしました。デモンタの場合は分解時にリアブレーキのインナーケーブルが緩むために、現在入手できるダイアコンペの復刻版セフティレバーはクイックレリーズになっていない為、ブレーキレバーの割りの入ったタイコ故に外れると結構出先では少々難儀な事になるのです。延陽伯号こと片倉シルクグロワール24に付けているのは浅麓堂のN氏から頂戴したセフティレバーはクイックレリーズになっているのです、ヘッド抜き輪行のできる延陽伯号からは同様の理由で外したくなかったのです。各々の使い道とか考えてみたら延陽伯号には元々デモンタに付いていたギドネットでも良いかもと云う結論に至ったのです。即ちデモンタと延陽伯号のブレーキを入れ替えるだけの話、最初からこうしておけばムダな買い物をせずに済んだものをと後悔しきり。まあ延陽伯号にブルホーンと云う訳にも行きませんのでダイアコンペのハンドレストを手配する事にしたのですが。

 フロントバッグの固定方法ですが、とりあえずはリクセンカールのアタッチメントを付けてありますが、リーズナブルでこやつに似合う方法がないものでしょうかね。あとサドルバッグも、前後輪を金具でジョイントする形だとハンドルに干渉するので、簡単に着脱できるものがほしい処です、加えて輪行時に余計な持ち物にならない様にフレームの何処かに固定しておく工夫も。

帳尻合わせ

吉野川橋梁を渡る近鉄吉野線の観光特急「青の交響曲」と

 過去の実績を見ても1月はなかなか距離が稼げないものでして、連続月間1.000キロ走行が途切れたのも2016年1月でしたもんね。昨日までの今月の走行距離が445.8キロ、月間1,000キロに年間10,000キロはもう無理としても、一年の計は元旦に…とか云いますから、まずは500キロは走っておきたいものです。
 朝から寒々しい曇り空に北西の風が、お昼前位から時折晴れ間も出てきたので、意を決して走り出す事に。とりあえず五條方面へ向かう事にしたのですが。高取町に入った頃からパラパラと、北西から南東に流れる雨雲にかかっている様です、それさえかわせば快方に向かう様なのですが。
 関西で云う処の「狐の嫁入り」即ち日照り雨の中の古い街並みを抜けて吉野口駅へ、少し雨宿りを。この季節としては気温は高い方なのですが、休んでいると流石に寒くなってきます、この先重阪(へいざか)峠を越えて五條市へ下るつもりだったのですが、すっかりテンションが下がって薬水から車坂峠の上に出て下市へ下る事に、裏芋を越えて帰れば目標の55キロには少し足らないかなぁと考えながら、千石橋を渡って吉野川左岸の県道を東へ。
 椿橋あたりまで来ると陽射しがでてきて良いお天気に、近鉄吉野線が吉野川を渡る吉野川橋梁ではタイミング良く「青の交響曲」がやってきました。巨大なアンダートラスの吉野川橋梁ほどの威容ではありませんが、吉野川から紀の川にかけて道路橋にも幾つかのトラス橋が健在、写真は桜橋ですが、鉄橋のある風景はどこか旅ごごろを誘うものがあります。拡幅がままならない事もあって徐々に姿を消してゆくかと、最近では橋本市の恋野橋が橋脚が傾いてきたとかで架け替えら姿を消しましたね。
 陽射しが出てくると現金なものでテンションも回復、せっかくですので日頃あまり走らないルートで行こうと妹背大橋で右岸に渡り、津風呂ダムへ取り付き、平尾吊橋を渡って小島峠の東側に出ます。
 県道28号を走りR370の三茶屋交差点へ、いつもは入野峠から来て小名方面へ入るのが定番コースなのですが。
 17時には関戸峠(402m)へ、このまま「おごぽご」の手前まで行けば女寄経由で楽に帰る事ができるのですが。
 宮奥ダムから標高600m近い大峠トンネル(1,806m)へ。ここまでくれば殆ど漕がずに桜井市街まで下れるはずなのですが、強い西風のせいで下り基調にも関わらずトンネル内は風洞実験をさせられている様な具合で漕がないと進みません。ともかくすっかり暗くなった18時過ぎに無事に今日のノルマを果たして帰ってきました、本日の走行64.8キロ。

半月ぶりにasuka号で

 大和川河畔にて

 今日から4連休、恒例の「御前崎オフ」に伊勢湾フェリーを利用して往路自走で2日目だけにでも顔を出そうかと企んで一応休みをとってあったのですが、なかなか日程的に厳しいのと、2月2日に伊賀上野で「黎明期の国産ツーリング車観賞会」が行われ、そちらに顔を出す事にしたので時間の余裕が。

 さて先月フリーボディを交換したasuka号ですが、手持ちのお古パーツの流用で不安ですし音が些か嫌な感じ、ベアリングはともかく9速用の互換パーツが今なお入手可能なのは有難いです、早速取り寄せて交換する事に。この手の作業ではカップ入りのグリースを詰めるのも不自由ななのでそろそろ簡易なものでもグリースガンを買おうかな…
 昨日から天気は不安定ですが温かい日が、最高も最低も3月並みの気温だとか。試運転を兼ねて大和郡山まで献血に向かう事に、帰りに買い物もあるのでフロント2サイド支度で、橿原から下ッ道(中街道)をのんびりと北上します。
 血小板成分献血、いつもより時間がかかったのはスタミナ不足? 相変わらず変わり映えのしない粗品。
 帰りは大和川河畔を走ります、正面に見えるのは多武峯、左は三輪山ですね。橿原~田原本~大和郡山~天理と回って30キロ少々、今月はデモンタに構っていた事もあってasuka号の走行は稀な事に100キロ未満、明日ももう少し走ろうかな。

晴耕雨読

 昨日の予報より少しはマシなった様ですが暫く鬱陶しいお天気が続くとの予報、26日(日)にスミ旦那率いる輪音RUNの「吉例!大阪市内七福神めぐりポタ」に顔だけでも出そうかと思っていたのですが、無理そうですね。
 そうなると自転車なぶりと一向に進まない部屋の片付け、部屋を見渡しすと相変わらず15パズルの如く1駒抜かないと何も動かせない状況なので、例によって貯めこんだコンピュータ関連書籍の処分、「雨読」ならぬ「雨捨」。MovableTypeからWordpressに移行して早3年、もう絶対に必要にならないよね。ところで本棚の一角の自転車関係の雑誌やムック。資料やマニュアル的なムック本はともかく月刊雑誌の類は…

 YAHOO!JAPAN 2003年4月号 もう休刊(事実上の廃刊)してから12年、峠おやじナワード氏が載っています、彼のホームページ「自転車・峠おやじ」は24年を迎え今も健在。写真の「祝 千峠達成」の幟は私が作ったもの、文字の下のイラストは乾さん作。
 CYCLE SPORTS 2009年7月号 誰の紹介だったのかサイスポ編集部から同行取材の依頼があったのですが、仕事が忙しかったのか気が乗らなかったのか、お勧めコースだけ紹介してお断りしたら、NCAのSさんの処へお鉢が回ったもの。取材一行はお勧めの一つ「牛廻越」へ、記事中に「CanCanさんオススメの峠」云々とあります。

 2010年5月発行の自転車人 vol.19では我等が鉄人児玉さんが、この翌年には年間20,000キロを達成されたかと、最近ご一緒する機会がありませんが、お元気なのでしょうか。

 2011年5月発行のCYCLO TOURIST Vol.2、日本の峠100選でナワさんが大阪和歌山府県境の蔵王峠を紹介している、写真に写っているのは鉄人児玉さんとYさん、マイナーな峠ですが2009年6月の「ナワ弐千峠記念サイク」の折の印象が良かったのかな。

 2011年12月発行のCYCLO TOURIST Vol.5、街道特集で鈴鹿のあびさんの紹介で2日目だけご一緒させて貰いましたが、雨に祟られた一日でした。

 2012年8月発行CYCLO TOURIST Vol.7では「月うさぎキャンプ」のレポートが8頁にわたって。
 同じく2012年8月は発行の自転車人 Vol.28では、今は造り酒屋の女房となった園原さんが。ツーリング系自転車雑誌は山と渓谷社をしても継続は難しかった様で2014年秋号で休刊に。

 自転車雑誌にとって「峠」特集は売れるネタの様で、2013年8月発行のCYCLO TOURIST Vol.10では「日本の峠200選+ベスト20」が。

 2017年12月発行のBICYLE CLUB別冊「旅する自転車 ランドナーの本」、美山で行われた「なおちゃんTOEIお披露目ツーリング」の折に某所で撮影が行われたのですが、外に置いてあったasuka号が編集者に見つかり俎上に載せられる事に、ボツになると思っていたらおつねさんのTOEIと同じくドロドロのサイドのまま掲載される事に。表紙はチネリ怪人Vivva氏のエルス。
 他にUG兄さんの記事がどこかにあったのですが、見つかりませんでした。と云う訳で「雨読」となって片付けものは捗らなかった訳でして…

ちょっと試運転に


 週間予報をみると今日明日と走っておかないと、その後は来週にかけてお天気が良くないらしい。朝からバーテープを巻き直し、メーターにタイヤ周長をセット、念のために工具類をしょって明日香村へお約束のデモンタの試運転に。
 耳成山と昆虫館の間を抜けて明日香村へ、時折陽射しもあって気温も暖かいのですが、西よりの風を強くて参ります、いつもの大官廃寺跡にて。初めて使うQCRのボトルのカラーがマッチしてます。
 この季節の平日、観光客やハイカーもまばらで静かな石舞台を経て稲渕へ、昨秋に整備された棚田を望む休憩所で小休止。
 栢森まで往復、芋ヶ峠へはまだまだです。インナー28Tは楽チンなのですが、リアディレラーのキャパ(いったい幾らなんだろう)からは厳しいのかして、インナートップが危なっかしいのが課題です。

 棚田の中の案山子ロードを登り、回廊の様な小径を走り祝戸へ下り帰途に就きました。
 本日の走行30.3キロ、今月はまだ300キロを超えたばかり。

やってきたデモンタのその後

 暮れの「石川ポタ」の折にYさん処から嫁いできたデモンタ、ペダルさえ付ければ走れる状態だったのですが、ブルホーンからドロップハンドルに戻した処まできたのですが、フロントバッグをどう取り付けるかで行き詰っていました。
 ブレーキレバーはギドネットからノーマルなものへ、ASUKA号と同じシマノのBL-R400、サブブレーキはPROMAXがシルバーのノーマルサイズが欠品だったのでTEKTRO RL720、安いだけに雰囲気安っぽいのですが、アウターが当たる部分にゴムのブッシュが付いてたりと好感が持てます。とりあえず手持ちのリクセンカールとメーターを取り付けてみます。
 サドルとバーテープが白色なので、このままアウター類も白色で揃え様と、真新しいバーテープはYさんが両面テープを剥がして巻いてくれていたので再利用する事にしますが、巻き直す前に自宅の周りを走りながらポジションの調整。小径車を除けば700Cばかりだったのでハチサンに乗るのは何十年ぶりやろ。そうそうサドルにサドルループが付いていないのでVIVAのバッグループを探さなくてはなりませんなぁ。
 ブレーキはセンタープルのマファック2000、フロントの鳴きが酷く最悪はシュー交換かなと思いながら、30分程格闘してどうにか収まりました。

 変速系はサンツアーBL、オリジナルのサンパックではこれじゃなかったですよね。5速をカバーするためにつけられたインナーが28T。

 ランプホルダーが取り付けられているのは、先々代オーナーのSさんの時に追加されたダイナモの台座。特徴的なデモンタのジョイント部分は再塗装の際に外側までメッキ仕上げに。
  Sさんに重いよ~なんて脅かされていたのですが、クソ重たいキャンピングを転がす事を思えば想定の範囲内、低圧のハチサンタイヤもこんなものかなぁと思いつつ、とりあえずバーテープを巻いて明日は少し走ってみるかな。
 余談ですが両方にタイコの付いたブレーキインナーケーブルとか商品名が判らなかったライナーとか探せばあるんですね。

「光陰矢の如し」20年

 正月の「新春サイクルミーティング」の帰りの車の中で昔話に花が咲いたのですが、埃を被っていたフィルムスキャナを動かせる様にして、古い写真を整理してみました。20年前の1998年から2001年にかけて、サイクリングの記録もフィルムからデジカメへと移っていった時代です。
 SCAN DualⅣ 今は写真事業から撤退したコニカミノルタの35mmフィルム/スライド用のスキャナ、正式にはWindowsXPまでの対応ですが、どうにかWindows7 32bitで動作します。
 1998年11月22日から23日にかけて乾さん達と信州へ行った時のもの。JR大糸線簗場駅付近にデポして大洞峠を越えてほうほうの体で鬼無里村へ、ナワールドさん達と合流し、翌日あの嶺方峠(写真右)を越えて白馬へ下りました。

 1999年3月20~22日にかけて、私は無謀にも郡上八幡までの自走を企てた、まぁ長良川鉄道沿線まで行ければ位の軽い気持ちでしたが、雨に祟られて菰野でリタイヤ。翌21日も雨、22日は霙混じりの雪とさんざんでしたね。
 2000年2月11日に八尾市のプリズムホールで行われた「ランドナーギャザリング」と翌12日に明日香村で行われたオフ会サイクリング。その後第2回が行われる事なくはや20年ですが、今年2月2日には「クラッシックロード鑑賞会」でお馴染みの伊賀上野のサンピア伊賀で「黎明期の国産ツーリング車鑑賞会」が行われるそうです。
 2001年5月4日に南紀は上富田町役場にデポして旧大塔村(現田辺市)の観音谷黒林道と和歌山県道36号上富田すさみ線の旧卒塔婆随道を周回しました。
 2001年7月15日に行われた第1回の「古典ロード走行会」、集合場所は日吉ダムでした。フィルムカメラで撮影したのはこの日が最後となりました。
 2001年8月26日、吉野川河畔と道の駅「吉野路黒滝」にデポして、洞川~五番関~吉野山と走りました。

 2001年12月16日、三重県の高良城林道へ。
 2001年12月23日、第4回の「あすか鍋サイク」室生ダムデポで当時の室生村から曽爾村にかけての伊勢本街道を走り、明日香村の「めんどや」へ移動しました。

 なお「サイクリングの記録」はログイン名とパスワードをご存知の方のみご覧頂けます。

久しぶりに延陽伯号で


 今日はQCRメンバーの新年会に顔を出すために京都市内まで走る事に、この季節何かしら理由がないと走れないものですしね。帰りは輪行になるので何で行こうかと悩んだ… と云う程でもないですが、久しぶりに「延陽伯」号こと24インチの片倉シルクグロワール24で向かう事に、ほぼ半年ぶり。
 朝から剥げかかっているバーテープを交換、小型のペダルレンチが見当たらないので、どうせならと先日やってきたデモンタに振り向けるつけるつもりていたヴィンディングペダルをKHSで使っていた三ヶ島の折り畳みペダルに交換。
 そう云えば「ナニ銀」で色がと云う理由だけで買ったデニム地の安サドルも、それなりの距離を走るのは初めて。カンビウムでもリサイクルデニムを利用したモデルが限定生産されたのですが、高くて手が出なかったのですよ。
 さて約束はJR二条駅近くの韓国料理のお店に18時、もとより足の遅い「延陽伯」号ですから、約75キロ5時間と踏んで13時05分に桜井を出発、JR桜井線に沿った上ッ道をひた走ります。所々濡れた路面のある曇り空、降水確率30~40%、ポツりと来たらさっさと輪行へ切り替えるつもりです。
 この季節でも外人観光客で混雑する奈良市街を抜けて奈良阪を越えて京都府へ、木津川べりの自転車道へ入ったのが15時丁度、AVS16.5km/h、天気は時おり晴れ間が見える位には回復、殆んど無風なので快調。
 16時前にはノンストップでお馴染み「流れ橋」へ、AVS18.5km/h。三川合流の「さくらであい館」でAVS18.9km/h。
 自転車道から離れて天神川沿いに北上するポイントでなんとAVS19.2km/hに、ここまで頑張れば鬱陶しい京都市内の走行は無理せずのんびりと走る事ができます。天神川御池まで北上し御池通を東へ。

 駅前の有料駐輪場150円也に預けて、走行72.8km、実走行時間3時間55分、AVS18.5km/h、MXS35.0km/hはどこで出たのでしょうね、いずれにせよ「延陽伯」号には望外の数字。
 QCRの新年会と云っても恒例の「北山雪遊び」のオフみたいなものですが、今年は案の定雪などなくて「泥遊び」だったそうですがね。
 21時前まで愉しく過ごして、輪行のつもりがM氏の車で送って貰う事ができて、楽チンで帰ってきました、京都駅で山陰本線から近鉄への乗り換えって大変なんですよね、感謝。

 

古稀に至ってもなお「走」「工」「趣」三拍子揃って三流のサイクリスト。ライフワークは「道路元標」と「自撮り」。なお「■ャリ」等の自転車に対する卑しい言葉をコメント等ではお使いにならないで下さい。