5月に天気が悪く延期になっていた「鴨池キャンプ」、キャンプ場についたのはもう7時近く、出来上がっていた「おでん」とかを食べるのが忙しくて殆ど写真がありません(^_^;)
A氏持参のセナ御用達某店の焼き肉、幸せな事に3年連続で戴いています。
城南村は篠山市街のすぐ南、篠山川をはさんだ南側に位置していたが、’古市村’と同様に昭和30年に’丹南町’となり、平成11年に’篠山市’となっている。
元標の位置を特定できる資料がなく少し手間取ってしまったが、駐在さんに尋ねると親切にも探して頂いたりした、元標は派出所の目の前の県道<49>三田篠山線沿いのJA丹波ささやま城南支店の玄関脇に建っていて、元の位置からは移設され保存された様である。
‘城南’の名はこのJA支店や郵便局、派出所に残っている。
元標の仕様として指示されてはいないが篠山付近の元標には裏面に設置されただろう年月が掘られたもの幾つか見られる、ここ’城南村’は大正11年11月とある。
‘八上(やかみ)村’は篠山川の南側’城南村’の東隣に位置していて、昭和30年に’篠山町’となった。
元標は現在の国道372号線の南側、京街道の道筋にあり、篠山五十三次として紹介されている「重兵衛茶屋」の近くにある。
‘畑村’は’八上村’と同様に昭和30年に’篠山町’となっている。
元標は県道<301>本郷東浜谷線を篠山市畑宮で少し南に入った畑郵便局向かいに建っている。
‘城北村’は’八上村’や’畑村’と同様に昭和30年に’篠山町’となっている。
元標は県道<301>本郷篠山線城北交差点で<544>丸山南新町線を南に入ったJA近くに建っている。
‘岡野村’は篠山市街の北西側に位置していて昭和30年に’篠山町’となっている。
‘岡野’の名は’岡屋’と’野尻’の合成地名だが小学校等に名前が残っている。
元標は<140>長安寺西岡屋線と<301>本郷篠山線がぶつかる付近の産業高校西南角に建っている。
‘南河内村’は篠山盆地の西端にあって隣接する’北河内村’と’草山村’と昭和30年に合併して’西北村’となった即日改称し’西紀村’となり、昭和35年に町制をしき’西紀町’となった後、平成11年に’篠山市となった。
元標は県道<77>篠山山南線と<97>篠山三和線のそれぞれの旧道が交差すると思われる地点のJA丹波ささやま南河内支店の向かいに建っている。
‘船城(ふなき)村’は’黒井町’と同様に’春日町’となった後、’丹波市’となっている。
元標は’老人福祉センターふなき荘’向かいのグラウンド奥に放置されている。
グラウンド奥に放置された道路元標