19年前の1992年5月にサンギリ林道を訪れた時の写真です。 サンギリトンネルが完成したのが1986年11月で、林道建設のために削られた山肌がまだまだ露わに残っています。
土曜日と同じ場所で撮った写真です。 単独行なのにどうやって撮っているかと云うと、ニコンの一眼にオプションのデータコントロールパックを装着して1秒間隔のインターバル撮影を設定しタイマーで行なってます、もちろんデジカメじゃないですから、フィルム1本使い切って、結果は現像するまで判らない訳です。
24日金曜日、伊賀上野から帰ってきた夜遅くにUG兄氏から電話があり「明日も天気良さそうだからどっか行こう」と、最初この週末の天気は思わしくない予報だったので、雑事&家事モードで格段の予定は入れてませんでしたが、疲れもあって一つ返事と云う程でもありませんが、往復車に便乗させて貰える気楽さから、とにかく走りに行こうと云う事に。 どこかエエとこあると云う問いに、先日からTwitterで坂本ダムの事や、R169が上北山~下北山村間で不通になっていてサンギリ林道が迂回路に案内され、R169の不通区間も今日交互通行ながら通行可能になった旨のリツィ-トを見たばかり、標高差はともかくとして周回コースをとっても距離は知れているので、サンギリ林道へ行こうと云う事に。 その後T御大をを加えた昨夏の川津今西林道と同じ3名で向かう事になり朝6時半に拾って貰う事になりました。
さてサンギリ林道を走るのも坂本ダムも、十数年ぶり位かと思っていたのですが、帰ってきて調べてみると1991年5月だから何と19年ぶりでした。 坂本ダムもその年の夏に御坊をスタートしほぼR425で紀伊半島を横断した際に再訪しているから、やはり19年ぶりに違いない。 さすがに19年となると記憶が曖昧だが、上北山村河合側の登りに閉口した覚えがあって、今回は池原ダムをデポ地にして反時計回りにして貰った、自転車の場合大概は下ったルートの斜度がキツく思えるので、前回と逆回りするのは抵抗があるのですが。
(↑写真はデポ地の池原ダム発電所と洪水吐き)
橿原市から約2時間で池原ダムに到着。 まずは池原ダム湖畔を坂本ダムへ向かいます、青い空に青い湖、ご機嫌のT御大。 両ダムの標高差は70m程なのですが、この間のR425は思っていた以上にアップダウンが多くて、調子に乗って走っているとサンギリ林道に入るまでに結構消耗してしまいます。
備後川の分岐を過ぎて吊り橋を渡ります。 備後川沿いに備後川林道と大叉林道がR42へ繋がっていますが、私が紀伊半島で残してしまった未踏区間です。
坂本ダムに到着、UG兄さんに天端道路を走って貰います。 19年前と変わらぬ風景です、トイレだけが綺麗になって水も出るようになってました。 サンギリ林道はここから入って行きます、上北山村河合まで18キロ程、坂本ダム側からピークのサンギリトンネルまでの標高差は500m程です。
林道から坂本ダムを何度か見下ろす事ができます。 R169の迂回路にした位ですから路面状態は良く、林道と云っても一般車の走行には問題はありません、逆にR425の方が悪い位です。 ただ昨日まで迂回路と云う事で、落石等は取り除いていたのかも知れませんが。
坂本ダム側前半は程々の斜度と緩急があり、木陰や水場も多く快適なコースです、中盤で少し下りがあったりして、だんだん距離と標高の計算が合わなくなってきます、最後2キロ程は結構な勾配が続きます。
健脚ののお二人に遅れて1220にサンギリトンネルに到着、のんびり休憩したり、写真を撮ったりしながらでも1時間50分程の所要時間でした。 先日からの雨のせいもあるでしょうが豊富な水場で、水を被ったりしながら、夏を思わせる日差しにはかかわらず、思っていたよりも楽に登ってきました。
470mのサンギリトンネルを抜けると、眼前に大峯の山々が見渡せます。 アルプスではありませんが昔の嶺方を彷彿とさせます。
トンネルを出たところ日陰でお昼にします、標高870m、時折爽やかな風が噴く中、UG兄さんの路上レストランが開店です、リゾットやひとくちピザ、最後はコレールのカップで紅茶まで。
サンギリ林道、河合側を下る私です、やはりこちら側の方がキツい様です、ただ昔よりは木陰は増えた様に感じられますが。
下ってきたルートを見上げる事ができます、逆コースだと気分的に参ってしまいます。 なおサンギリ林道に入ってからすれ違ったのは軽トラ1台と単車5台だけでした。
この後、河合からR169を池原ダムのデポ地まで戻り、下北山スポーツ公園の「きなりの湯」で汗を流して帰途に、明るいうちに桜井まで戻ってきました。 
プロフィールマップ: MapfanⅣで作成したルート座標をSORAさん開発のMapFanRouteでトラックデータに変換し、カシミールでグラフ化したものです。 参考までにルートラボで同じコースを作成したものです、河合起点で時計回りですが、累積標高が倍近く異なってしまっています。
アテにならないと云いながら、アテにしてしまうのが天気予報、どうやらこの週末も天気が悪いとの予報、昨日は予報にフェイントをかまされ、夕方に芋峠まで往復しただけと不完全燃焼。 今日走っておかなければ今月は走る機会がないのではと、それに最近夜型になってしまっていて、無理してでも生活のリズムを修正しておかなくてはと走る事に。 さて何処へ行こうかと悩んだ末に、久しぶりに伊賀上野までお昼をしに向かう事に。
朝、暗いうちから飛び出して、まずは初瀬街道を東にとり長谷寺門前から初瀬ダムへ。
合併で今は奈良市になっていますが旧都祁村に入り南之庄の三陵墓古墳群へ、少し判りにくい処ですが、静かで休憩するのは丁度良いところです。 朝食がわりのパンをかじりながらTwitterをしていると、鈴鹿のあびさんが上野方面へ走られているとの事でお昼をご一緒する事になりました。
針IC付近からR25下道を経て助命(ぜみょう)から上津ダムへ、2000年に竣工した比較的新しいダムです。
上津ダムで休憩していると後輪がスローパンクしています、どうやらダム周回路のグレーチングで段差の大きいものがあって、そこでリム打ちでもしたのでしょう、どうせここで昼寝でもしようかと思っていたところですので、のんびりとチューブ交換をします。
遅瀬川に沿って県道<181>遅瀬西波多線を走りR25五月橋に下ります。 名張川に架かるレトロな鉄橋、前後にボニートラスを従えたトラス橋です。 昭和二年横河橋梁製作所大阪工場製。
五月橋を渡ると三重県ですが、ここままR25を走ってゆくとあびさんとの待ち合わせには早すぎますので、少し遠回りして名張川沿いに少し遡ってカントリーパーク大川(おおこ)の先の吊り橋を渡って三重県側に入ります。
伊賀上野着、R25から旧道ぽい処を走って市街へ入ってくると、自然と上野町道路元標の建つこの三叉路に出てきますから、当然と云えば当然かも知れませんが不思議なものです。
まだ待ち合わせには時間があるので、最近SORAさんが訪れた旧小田小学校本館へ立ち寄ってみます、上野城の北西にある明治時代の小学校建築で、内部の見学できます。 私の世代には板張りの床が懐かしいです。
レトロな色ガラスの意匠、オリジナルも少し残っていますが、これはレプリカだそうです。
待ち合わせの鍵屋の辻「数馬茶屋」へ、わらびもちを頂いてから、外のベンチでのんびり過ごします、風がとても心地良いです。 あびさんも予定より早く到着、案の定向かい風と暑さに相当苦しめられた様です。
久しぶりに「伊賀路」へ、もちろん「牛タン麦飯とろろ定食」です、写真を撮るの忘れていて箸をつけてしまっていますが。
数年前、同じく伊賀上野の「わかや」へ集合し、お昼に「豆腐田楽」を食ってから御斎(おとぎ)峠を越え、信楽から阿山と走って、夜ここで食事をすると云うグルメと云うかカロリーオーバーなツーリングを何度か行ったのですが、その後狂牛病騒ぎとか道路の通行止めとかで途切れてしまい、今では「伝説」のツーリング企画になってしまいました。 しかし仲居さんが覚えておられて、余程に目立った団体客だったんでしょうね。
さて帰路はどうしようかと悩んだのですが、今度は私が向かい風に苦しめられる番です、今日は目標100キロだったのですが、御斉峠から信楽~加茂と走るコースは今日はちょっと辛いので、とにかく伊賀神戸方面へ、いので、酒蔵を覗くと云う、あびさんと市街でお別れして、とにかく伊賀神戸方面へ向かいます、そこからは近鉄大阪線に沿って走れば、いつでも輪行で乗り換えなしで帰れるのですが、結局は西日と向かい風に苦しめられて、伊賀神戸駅から輪行する事に。 本日の走行83.8キロ。
こうも鬱陶しい天気が続く、まったく走りに出掛ける意欲が湧いてきませんし、日々の雑事もTwitterにぼやいて済ませてしまうので、Blogの更新もままなりません、だからと云って自転車の弄る奇特さも持ち合わせておりませんで、日々輝きを増してくる某氏のレストアを横目で見ている毎日であります。
お昼頃から「晴れ」マークがちらりと見え隠れしていた昨日の予報。 まぁ「晴れ」とまでは行きませんが、贅沢は云えないここ暫くのお天気、今日走らんといつ走るねんとばかりに出掛けたものの、風が強いので川沿いコースは避けて、お山へ向かう事に。↑ いつもの大官大寺跡にて、向こうに畝傍山がチラりと。
稲渕に集落を過ぎ、道幅が狭まった処へ来ると、寒いくらいの涼風が… 暑い夏の午後、ここまで来るとさわやかな流れの音とヒグラシの声が聴こえてきます、そんな季節まで後1,2ヶ月。
と此処までは良かったのですが、雨のにおいがと思ったら、にわかに… 芋峠への谷あいの道へ逃げ込んだのですが、木々の陰でも雨の勢いはかわせず、ポンチョを被る余裕もなく引き返す事にしましたが、あっと云う間にずぶぬれに、ところが稲渕まで下りてくると日差しもでて「狐の嫁入」状態、明日香村を抜ける頃にはすっかり乾いてしまいました。
もう仕切りなおしする気力もなく、いつもの様に自転車乗り御用達の食事処「よろづ」まで走ってお昼に、不完全燃焼のまま桜井へ戻って、本日の走行32キロ也。
梅雨なので当然と云えば当然なのですが、週末の天気は思わしく無いので、先週に続いて晴れ間を見て走っておこうと。 でも近場ではさしてどこどこへ行こうという計画もなく、ちょうど「月うさぎ」にお渡しするブツがあるので、担いで行く事にしました。 先週に続いて大峠ルート、最も高い処まで登らなくてはならならルートなのですが、車が少ないと云う理由だけで定番化しつつあります。
多武峯村八井内にて、曇り時々晴れ蒸せます。 今日は大きな荷物があるのですが、パニア台を外しているので、珍しくバッグを担いでいますので余計にです。 もちろんランバーバッグとかヒッブバッグの類は使いますが、特に夏場は背中を覆ってしまう様な大きなバッグはご免です。 荷物を自転車そのもの積む方法が限られているロードなんかで荷物がある時は皆さん当然の様に担いでいる訳なんですが。
宮奥ダムなう。 たまには下から見上げて。
大宇陀の神戸村道路元標、久しぶりにご機嫌伺い、川ざらいで発見された道路元標です。
大宇陀界隈で美味しそうなカレー屋の情報があったので、一度寄ってみようかと少し探してみたのですが、たどり着けずに結局は今日もアナンダへパンを買いに。
13時頃に「月うさぎ」到着、残念ながらお留守の様ですので、荷物だけ置いて引き上げます。 今日は吉野側へは下らず、再び一谷峠を越え、宇陀へ下ります。
どうにもカレーが食いたかった訳でもないのですが、久しぶりに宇陀野依「おごぽご」へ、たっぷり野菜のサラダがお気に入りです。 ここでは鉄人児玉さんの事を「おとうさん」と呼びます。
宇陀川右岸の道が整備されていました。 これで榛原から野依の手前まで国道に出なくて済みます、あと「おごぽご」の対岸を整備してくれれば、そのまま旧街道で大宇陀まで行けるのですが。 右は額井岳、左は鳥見山。
田植えの済んだ田圃を見ながら、女寄の旧道をのんびり下ります、本日の走行67.0キロ。
携帯が壊れたのを機にスマホに変えて3ヶ月、電池は食うし、純粋に電話としては使いにくいし、嵩高いし、よくハングアップするし。 それに脂ぎった指の太いおっさんにはタッチパネルは使いにくいシロモノで後悔してます。 まぁ外出時にノートPCを引っ張り出す機会は減りましたが、正直云って普通のケータイに戻りたい… とまでは云いませんが併用したいところです。 しかしいまさらながらiモードってアンドロイドに比べると、とってもコンパクトで安定していて良くできていたと思う、今日この頃です。
大容量の外部バッテリ(中)は必需品、Wi-Fiルータ(右)はノートPCと併用してコスト削減するのに有効、でもスマホでの3G接続の仕様を極力抑えなければ無意味です、でも3G接続でないとできない事もあるんですよね、これが。
タイトルはまぁ酒飲みが集まるきっかけみたいなもんで…
いつもの明日香村石舞台前に10時集合、お約束の様にドタ参、と云うよりデフォルト、多少入れ替わりもありますが、数年来と云うか変わり映えのない面子が揃って5人で走り出します。 石舞台には珍しく宮崎さんもたまたま姿を現していて、お誘いしたのですが、最近腰の調子が悪いらしくて、ここまでと云う事でした。
いつもの様に栢森で休憩しますが、遅れているだけと思っていた9さんが一向に姿を現しません。 ここから圏外になってしまうので、念のため連絡を入れてみると、どうしたものか道を間違えて多武峰方面へ向かってしまった様です、声は元気そうですし、まぁ勝手しったるコースですので、行者辻、芋峠と休憩を入れながらお昼の予定の千股へ先に向かわせて貰う事にします。
千股にて、結局ここで1時間以上ものんびりする事に、まぁ今日はどこどこまで行くなんて話でもないのでのんびりしたものです。
上市橋を渡り吉野川左岸を走り椿橋で戻る処で、九度山へ帰る9さんとお別れし壺阪峠へ向かいます。 壺阪峠越えの旧街道には「安産の滝」と云うのがありますが、今日は水量も豊富で、それに最近になって水垢離に方のためにでしょうか、こんな着替えスペースが作られていました。
近鉄飛鳥駅前でアースカフェに立ち寄り、私は「いちご大福」を頂きました。 ここで皆さんとお別れした後、明日香村を少しウロウロしから「よろづ」で夕食をして帰宅。 本日の走行61.2キロ、天気にも恵まれのんびりまったりと走った一日でした。
ロングライド月間は100キロ越が2回だけと、ほぼ不発のまま梅雨入りしてしまいました。 梅雨の合間を縫って少しは走っておかなくてはと。 今日は初瀬ダムから小夫、白木街道に取り付き榛原へ下り、定番の東吉野右回りルートで100キロ越を画策してみたのですが… 熟睡できなかったせいか朝起きると気分が思わしくない上に、スマホを充電し忘れていたりして、しっかり出遅れてしまいました。 結局白木街道へ向かうのはやめて素直に南へ進路をとり多武峰から大峠宮奥ルートへ向かう事にしました。
GWに4サイドで漕ぎ上げた事が多少気持ちの余裕になったのか、下居のバス停で一息入れただけで八井内のヤマザキ前まで、この頃にはだいぶ調子も良くなってきました。 雲行きは少々怪しいのですが、お陰で日陰のない八井内トンネルと大峠トンネルの間も上りきり、一気に宮奥ダムまで。
大宇陀に下り、アナンダでパンを… 旧街道沿いのこのお店、ちょっとパン屋さんに見えないので、知らないと入りにくいでしょうネ。
ここのパン、決してお安くはありませんが、食べ応えがあって腹持ちも良いのです、もちろん美味しい。 2個GET、今日は右下のクリームとベリーの入った「フロマージュ フリュイ」が絶品でした、でも250円もするのです。
「月うさぎ」まで頑張ろうと思ったのですが、お腹が空いてきたので、岩端でアナンダのパンを1個かじります。
12時少し前に「月うさぎ」到着、平日なのに「営業中」の看板がちゃんと出ているなぁと思ったら、グル-プのお客さんがみえている様です。 相変わらず犬どもに吠えられながら、オーナーとどういう訳かヨットやカヌーの話をしながら、まったりとすごします。
谷尻木津(たんじりこつ)線から小村木津線、吉野東吉野線と川沿いの下り基調の道を走ります。 しかし昨日までの雨で谷尻木津線はビチョビチョ、今日もガードなし仕様なので背中までハネがあがります、ロードの細いタイヤに比べるとハネの量も多いんですよ。 いつもなら椿橋から壺阪峠と云うコースなんですが、明日も壺阪で帰る予定になっているので、今日は久しぶりにいわゆる裏芋、芋峠を南から越える事にします、しかし何年ぶりでしょうか、正直云って真夏の午後に西日を受けながらヘロヘロになって登った記憶があって、どっちかと云えば苦手だったんですが、千股の水辺公園で少し休憩したあと、峠まで一気に登る事ができました。 本日の走行91.2キロ、今朝の不調を思えば良しとしましょう。
今日はakutaさん主催で行われる「鴨池キャンプ」に今日1日だけですが、顔を出させて貰う事にしました。 ゲストに’98年~09年にかけて11年間130ケ国訪問15万km走行、世界2周ツーリングの中西大輔さんを呼んで頂いているそうです。
せっかくですのでキャンプ乱入の前に、例によって課題消化、未踏の道路元標を4基ばかり巡る事にします。 朝4時過ぎに出発し奈良駅まで21.2キロを自走、輪行で福知山線篠山口駅へ向かう事にします。 写真は木津駅、ここから東西線~福知山線直通の学研都市線(片町線)の新三田行に乗車します。 実は近鉄大阪線利用で鶴橋を経由すれば、なにも奈良まで走る必要もないのですが、輪行袋を担いで改札や混雑する大阪駅コンコ-スと通らなくても済むのです。 ただ誤算が新三田で福知山行きに追いつくこの快速、新三田駅で折り返しの為に上り3番ホームに入ってしまい、乗換えの2分で階段を登り下りする事に、ちょっと焦ってしまいました。
さて今日はAsukaCross ガードなし仕様、一番でかいTIOGAの輪行袋の出動です。 4両目と5両目の編成の継ぎ目、運転台の後ろにちゃっかり陣取、手すりにショックコードで固定、至って普通のアウトドア用品で20年以上愛用しています。 これで安心して居眠りできます。
多紀郡篠山町は明治の里程標の現存は従来から確認されていましたが、大正の篠山町道路元標の現存は知られていませんでした、ところがはづきの伊集院さんがたまたま篠山歴史美術館門内に保存されているのを発見されてお知らせ頂きました。 私の知る限りネット上では初めて現存情報となるはずです。 なお篠山歴史美術館は元篠山地方裁判所の建物で見学は有料ですが、開門していれば道路元標の建つ処へは行けます。
篠山と云えば小西パンの黒豆パン、差し入れにと3個入り2袋を買って行きます、2006年の「鴨池キャンプ」はなべちゃんと一緒で、季節も秋でしたので、加えて丹波黒豆も担いで貰って走ったものです。 しかし小西パンにはこの「黒豆パン」しか置いていません、そこが凄いと云うか。
次の課題は有馬郡の長尾村道路元標と大沢村道路元標、福知山線に沿ってできるだけ旧道を利用しながら南下し、相野駅前から新興住宅地のウッディタウン内を抜けるつもりですが、地形図もGPS搭載の地図も古くて、軌跡は何もないところさまようばかり、ニュータウンの中を登ったり下りたり、いつのまに方向を見失ってしまう始末。 最後はスマホ+GoogleMapで現在地と周辺地図を確認する始末、無駄な登り返しもあってかなり消耗してしまいました。
どうにか長尾村と大沢村と巡り、北六甲ゴルフ場の間を抜けて、今日のコースのピークを越えます、と云っても標高300m足らずでしょうが。 今日最後の課題、美濃郡は淡河村道路元標に到着、この時点で予定の時間よりは遅れているので、鴨池キャンプ参加者との合流は諦めて、道の駅淡河でゆっくりします。 さて道の駅淡河を出発しようかとする頃に、キャンプ組とようやく連絡が取れて、まだ電鉄志染駅付近にいると云う事で、とにかく時間を見ながら三木方面を目指して走り、どうにか追いつけそうなので、志染駅へ方向転換、ただ付近の地図を準備していなかったので、またまた迷走して余計な坂を登る事に。 幸いキャンプ組とも合流し、鴨池キャンプ場まで一緒に走る事ができました。
鴨池キャンプ場には子囃子さん他が待ち構えておられて、暫し歓談し記念撮影を。 その後こちらは世界1周の待井さんも駆けつけられて宴もたけなわとなるのですが、私とダイバーてっちゃんは翌日の予定があるので、ここでお別れ。 ダイバーてっちゃんのお世話になって桜井まで帰ってきました。 本日の走行、奈良まで自走を含め114.3キロ。
なお大きなサイズの集合写真をダウンロードできます。 (要認証)
気候も良くなって陽も長くなって、これから梅雨までの間はロングライドのシーズン。 後輪を夏支度(ツアラー700x28c 32h 11-27t)、あえて暫くはガードを付けずに、走るだけ走って気軽に輪行で帰ってこれるスタイルに。 ところがここ数日は待機モードが続いてあまり遠くへ行けなかったが、とにかく土曜日までは大丈夫そうので、まずは課題消化と云う事で、京都府北桑田郡にあった細野村道路元標まで走って行く事にしました。 実は昨年7月にあまり走りたくもない周山街道沿いの弓削村と小野郷村へようやく行ったばかり、細野村もその時に傍を通っていたものの気づく事なく、それが最近になって現存が確認されたのです。 しかしいくら自動車に乗らないとは云え1基の道路元標のために100キロも走って行くのも、ただ県道走破とか県道ヘキサとか何か目的がないと走り出せない性格なもので。
いつもの様に上街道を北上、ならまち、猿沢池、興福寺境内を抜けて0630県庁前西交差点へ、いつもウロウロしている鹿どももまだこの付近には出勤前、鹿せんべい屋が屋台を出す頃にはどこからともなく集まってきます。
写真は奈良阪を登った処にある奈良少年刑務所正門、あの山下洋輔のおじいさんの設計だそうで、一昨年の矯正展では洋輔が所内でコンサートを開きました。
細野村道路元標に行くだけなら高雄経由が最短なのですが、なにもわざわざ京都市内を抜けて交通量の多い国道を走る気は毛頭ないので、ひたすら自転車道を北上、流れ橋と松尾大社前のファミマで休憩しただけで嵐山に到着。
平日とは云え9時を回ると渡月橋界隈は観光客がゾロゾロ、化野から六丁峠を目指します。
途中のコーナーを過ぎた辺りまでは乗って行けたのですが、嵐山まででちょっと調子に乗りすぎたのか、峠が見えているものの最後の100mが登れず押してしまいました、後ろからロードが1台、「もうちょっと」とあえぎながらスタンディングで漕ぎ上がってきました。
六丁峠を下るとJR保津峡駅を見下ろす辺りまでお気に入りコースです、運が良ければトロッコ列車や保津峡下りの船も見下ろせます。 とにかく新緑の緑が鮮やかです。
保津峡駅への分岐を過ぎ、水尾、神明峠、樒原とひたすら登ります、昨夏は夏の盛りだった事もありますが結構堪えた印象が残っていて無理せずぼちぼちと行く事にします。
神吉からR477を下り途中から府道<363>宮の下神吉線に入ります、細野川に沿った道ですが全く未踏区間で、R162に突き当たった処に細野村道路元標があるとの事。
まえださん判ります? 笠トンネルから下ってきて信号に引っかかれば気が付くかも知れませんね。 とにかく細野村道路元標を無事GET、938基目になります。
この後、笠トンネルが交互通行になっていて、車に追われるように抜けるのが怖かったですが、トンネルを抜けた処で一気に抜かれると、後は雁行状態なので車は暫くやってきません、中山橋まで一人旅、車さえなけれな周山街道は快走路なんですね。
京見峠への府道<31>西陣杉坂線に入ります、実は昨夏R162が大雨で高雄付近で暫く通行止めになっていた時に来たので、迂回路になった京見峠は大渋滞。 今日は平和なものです、たた平日にもかかわらず学生の多い京都だけあってかロードがどんどん下ってきます。 ところで京見峠茶屋のところまで終えてくるとお休み、どうやら休日のみの営業だった様です。 後で調べるとHPもあって季節によって金曜も営業しているようです。
おまけ、京見峠の下りでこんな光景が、どうやったらこう云う風にこけるんでしょうね。
昨夏は不案内な京都市内を迷走した上やっとの思いで自転車道に出て、もう輪行するのも邪魔くさくなって日没後も走り続けて、桜井まで走って帰ったのですが。 今回は夕方の混雑する時間帯までに下って来れたので、近鉄と相互乗り入れしている地下鉄の国際会館駅に見当を付けて走って行ったら、松ヶ崎と云う駅に出たので、そこから輪行で帰途に就く事に、でも後で調べると北山駅か北大路駅の方が近かったのですね、やはり京都は良く判りません。 竹田駅で少し待って橿原神宮行き急行に乗り換えて17時には桜井まで帰ってきました。 走行126.8キロ、ちょっと走り足りないかなと云う感じでしたが、爽やかな空気と目に眩しい新緑の中を機嫌よく走ってきたのですから、信号の多い京都市内をウロウロしても興ざめなだけですので、これで良しと云う事で。