「道路元標」カテゴリーアーカイブ

道路元標お遍路サイク (1日目)

週間天気予報と仕事の予定を睨みながら、高知県に残る道路元標を巡るプランをようやく決行する事に、雨上がりの金曜夜に和歌山市駅まで輪行し、0250発の南海四国フェリーで徳島へ渡ります。 フェリー乗り場最寄りの南海和歌山港駅まで行く電車は2113の有料特急が最終でフェリーの深夜便に乗るにはフェリー乗り場まで自走するしかありません、乗船まで時間はたっぷりあるので輪行状態にすれば\600節約できなくはないのですが、徳島港で組み立て駅まで走り、再び輪行するのは時間的にも厳しいので、今回はそのまま乗船したものの、先乗り後降りになってしまいKHSなら輪行していたのと変わらなくなってしまいました。


徳島0542の牟岐線に乗車の予定でしたが、幸い牟岐線なら一駅南の阿波富田駅の方が近くなるのでそちらへ向かいます。 実際ご覧の様な無人駅なので大きな徳島駅で上ったり下りたりウロウロするより楽に乗車できました。
 早朝の下りなのにキハ40系4両編成がやってきましたので、怪しいと思って先頭に乗りましたが、案の定後ろ2両は途中で折り返しでした。
JR牟岐線を終点の海部駅までは乗車せずに2つ手前の浅川駅で下車、今だに1基も見つかっていない徳島県下の道路元標を幾つか探索しながら高知県東洋町野根まで南下する事に。

風光明媚な国道55号線を走ります。

 

 

 

ようやく高知県に入り甲浦(かんのうら)の白浜海岸にて。 JR牟岐線は海部までですが、阿佐海岸鉄道8.5キロがここ甲浦まで伸びています。

 

高知県安芸郡の野根村道路元標が残るとされるR55旧道の消防団倉庫前まで来ましたが、はて元標は???

 

 

海岸沿いに室戸岬を回るR55から離れR493で標高450m程の四郎ヶ野峠を目指します、標高200m近くまで登ってきてようやく峠の鞍部が見えてきました、峠越えとしては比較的楽な道筋だとは思いますが、鈍った体にKHSではキツいですわ。

峠手前では木々の間に海が望めますが、殆ど木々に遮られて車では気がつかないかも知れません。 四郎ヶ野峠は旧土佐浜街道と知られ登山コースもあるので、峠には休憩所とトイレが整備された様ですが、あまり清潔と云えず水も出ません。

四郎ヶ野峠を越え奈半利まで40キロ近く、下り基調とは云え小径車には結構つらい長丁場です、奈半利川沿いのルートは秋が良いかも。

← 魚梁瀬への分岐にかかる橋

奈半利から太平洋岸に出て再びR55を走り出しますが、強烈な向かい風に苦しめられなかなか前に進みません(^_^;) 湾の挟んで向こう側に安芸市の市街が見えているのですが…
 安芸市に残る安芸町道路元標をGETし本日は元標2基と走行104.6キロで打ち止めです。 そうそう安芸と云えば阪神タイガース所縁の街ですよ。

道路元標蒐集ドライブ(^_^;)

日頃からDさんやT御大を巻き込んでいる’道路元標蒐集’、今日はS翁を巻き込み懸案の兵庫県北部の道路元標を蒐集に行く事に。 兵庫県北部の山間部に残る道路元標は奈良からはアプローチが困難でなかなか手が出せませんでしたが、結構フィールドにしているS翁の案内で車で回ってきました、もちろん運転手はS翁です(^_^;)

 三田駅前でS翁と落ち合い、最初の目的地の神埼郡長谷村へ向かいますが、播但線寺前駅近くを通ると丁度和田山行きのディーゼルカーが出発する処、先回りして貰い1枚、しかし最近は完璧に「鉄」と「石」にはまっています。
 野崎郡長谷村から砥峰高原を越え宍粟郡染河内村奥谷村を回り若杉峠を越えて養父郡へ、今回はいずれも場所が特定できていないものばかりですが養父郡関宮村まで順調にGET、しかしいよいよ雨が本降りに、昼食ととったりしながら雨の合間をみて11ヶ所を探索し、残念ながら美方郡熊次村と小代村を見つけ出す事ができませんでしたが、都合9基をGETする事ができました。

↑ 季節がら満開の桜の木の下に建つ道路元標が幾つかありました。


【445】 兵庫県 神崎郡 長谷村 (現 神河町)
【446】 兵庫県 宍粟郡 染河内村 (現 宍粟市)
【447】 兵庫県 宍粟郡 奥谷村 (現 宍粟市)
【448】 兵庫県 養父郡 西谷村 (現 養父市)
【449】 兵庫県 養父郡 大屋村 (現 養父市)
【450】 兵庫県 養父郡 南谷村 (現 養父市)
【451】 兵庫県 養父郡 口大屋村 (現 養父市)
【452】 兵庫県 養父郡 関宮村 (現 養父市)
【453】 兵庫県 美方郡 兎塚村 (現 香美町)



飯田線完乗

長野県へ入ったこころで、北へ戻るか南に向かうかは翌朝の天気次第として予定を1日伸ばして松本市内泊。 翌朝雨の残る中を上諏訪町道路元標下諏訪町道路元標をこなして岡谷から飯田線で伊那市へ。

← 建物は立派な伊那市役所の前に平成の伊那市道路元標


飯田線飯島駅


飯島町役場前にある上伊那郡飯島村道路元標


再現されたものですが飯島本陣、廃藩置県後に伊那県庁として使われたそうです。


飯田線天竜峡駅、豊橋行きへの接続を待つ一時間半程の間に天竜峡を散策。


18切符の旅 (4日目)

今日の予定は宮崎県下に残るうちの4基の道路元標ですが、あいにくの雨は風もあって結構本降りです。 今夜別府から四国に渡り、帰途に就く明日のルートも絡め検討中です。

← 都城駅にて


吉都線を高崎新田駅まで戻り北諸県郡の高崎村道路元標を、宮崎市に移動して県庁前で宮崎市道路元標を、今や宮崎県庁は観光スポットで次々と観光バスが乗り付けてきます。


日豊本線を北上し美々津へ、駅から美々津の町並みまでは結構な距離がありますが、雨は一向におさまる気配がありません。 美々津町道路元標は美々津の古い町並みの南外れに、美々津の名は僅かの間ですが明治4年から6年までの間、都城県とともに美々津県として宮崎県の前身となった事もあり、町並みが保存されています、かなりこじつけた謂れですが日本海軍発祥の地とか。

 

幸い美々津から日向市中心部へ宮崎交通の路線バスがあり、良いタイミングで次の細島町道路元標へ歩いて行ける処まで移動する事ができました。
←18切符にとっての難所、日豊本線の宗太郎越えです。 普通列車は一日3往復しかありません。 乗っている乗客も半分以上はその筋の方々かと…比較的若い女性もいたのはご時世なのかと。

 

知っている人は知っている、次の駅は…

18切符の旅 (3日目)

今月限りで島原外港以南が廃止となる島原鉄道に乗車、もちろん道路元標も、長崎県南高来郡の深江村道路元標(左下) 後ろは雲仙普賢岳?

 

島原鉄道加津佐駅、Mさんの好きなキハ20系ですが、南線廃線とともに引退とか。

 

島原外港、ヲだらけの島原鉄道を後にしフェリーで熊本に向かいます。

 

肥薩線矢岳越え、真幸駅
38年ぶりの大畑ループとスィッチバックてす。

 

今日は都城まで。

肥薩線吉松駅、ここで吉都線へ乗り換えますが、吉松は鹿児島県ですので九州6県を回る事になります。

18切符の旅 (2日目)

早朝から道路元標求めて次の肥前浜駅まで歩きます、長崎街道肥前浜宿。

 

肥前浜駅

 

肥前山口駅で佐世保線に乗り換え武雄温泉駅に向かうつもりが列車を乗り違えて戻ってしまうと云う、元鉄にしてはお恥ずかしいチョンボをしてしまいました。 肥前鹿島からバスで武雄温泉へ向かう手もありましたが、結局は肥前山口へ戻り先に佐留志村道路元標を探索する事に、幸い思っていたより早く見つけ出す事ができて武雄温泉へ。

 

杵島郡の武雄町道路元標は武雄温泉楼門脇にあります、この楼門は重文です。

 

佐賀県県下の道路元標5基をGRTして佐賀県立図書館へ向かいますが、大正期の県報は多くが逸失していて揃っていません、県庁南別館にある「歴史的文書閲覧室」を紹介して貰い、そちらには大正9年他の県報がありましたが、目的の「道路元標ノ件」は見つかりませんでした。

18切符の旅 (1日目)

青春18切符を利用して九州へ向かいます、もちろん道路元標もありですが、自転車抜きです。 まずは一日がかりで佐賀県鹿島市に向かいます、
桜井0528→鶴橋0622(近鉄)、鶴橋0629→0645大阪0652→0754姫路0800→0916東岡山0922→1101糸崎1144→1650下関1709→1722小倉1736→1917鳥栖1931→2024肥前鹿島

 

このスジは18切符の期間ともあってずっと満員状態、今月のダイヤ改正で姫路駅の乗換には僅かにゆとりができましたが、やはり輪行するのは顰蹙ものです。 倉敷を過ぎてようやくすいてきました。 このスジを乗り継ぐと、長崎、熊本、大分まで行く事が可能ですが、相応の忍耐力と云うか好きでないと… まぁかって大阪から札幌まで33時間も乗り続けた事を思えば。

糸崎で下関行きに乗り継ぎ、すぐに乗り継いでもこの先岩国で後続に追い付かれるのでちょっと途中下車して食料調達。 昔ながら何もない駅前ですが、少し行くと地元スーパーがあります。

 

1650下関着、今日は肥前鹿島まで行くのでまだ3時間半乗ります。

 

鳥栖からの長崎本線では817系でした、木材と一部に本革を利用したデザインには(@_@) 座り心地は長時間向ではありませんが。

桜井を出発してから14時間弱、肥前鹿島2024着、JRだけで\10,080分乗車。

道路元標蒐集の旅(南紀編)

 いつも和歌山県下の道路元標の情報を頂いている方から、湯浅町道路元標が現存しているとの知らせを頂いたので早速行ってきました。 実はこの場所には2004年に訪れて写真も撮っているのですが、当時は’道路元標’など眼中にもなかったので全く気にも留めていませんでした。
 道路元標は湯浅の古い町並みの中、熊野古道沿いに建つ江戸時代の道標の傍におまけの様に建っていて、’湯浅町道’以下が埋まっている様に見えますが、破損状況と道標の方の高さからすると埋まっている部分は完全でないのかも知れません。
 次の列車までの間に湯浅の町を散策してから田辺へ向かいますが、今日の南紀は最高気温が20度を越えていたとか、暑いくらいの陽気でした。
← 紀勢本線岩代駅前後の車中から
 中辺路の辻に建つ道標、熊野古道ブームのお陰か、田辺市街でも色々と案内が整備されていますが、いたって地味な大正の道路元標が取り上げられる事は少ないです。



 田辺市栄町32番地、告示の地名地番は今も変わっていませんが、田辺町道路元標は見当たりません。





 湊村道路元標が建てられたのは田辺市湊1064番地先、ここはローゾンの駐車場になってます。 参考に田辺市の民族資料館を見学してから、バスで白浜駅まで移動し西富田村道路元標を探索しますが不発。 東牟婁郡の下里村道路元標をGETしてから帰途に就きました。 予定の2基は回りましたが新たな道路元標の発見には至りませんでした。


道路元標蒐集の旅

青春18切符のシーズンとなったので早速、道路元標蒐集に愛知県へ、またもや自転車抜きでお恥ずかしい限りですが、自転車で市街地を走り回るのもネ、前回の名古屋鉄道の駅付近に続いて今回はJRの駅付近7ヶ所を回る計画、ただ自転車と違って時間通りにうまく次へ移動できるかがなかなか難しいです。 結構走ったり階段を駆け上がったりと、自転車よりしんどかったりして。
桜井0536→奈良→京都→米原838/843→名古屋946/952→大高1012
大高1044→大府1050
大府1112→安城1121

← 碧海郡安城町道路元標は歩道工事で撤去されていました、この場所でなくとも何処か再建されれば良いのですが。







安城1135→岡崎1140
岡崎1156→豊橋1217/1227→二川1233
二川1315→豊橋1321/1343→三河大野1448

 実は飯田線に乗るのは初めてです、三河大野駅まで行くには1日13往復のいずれかに乗らなければなりません。 しかし全線乗車には6時間はかかる飯田線一度は全線乗ってみたいものです。

ここまで32,22,14,16,42分ととんでも無い下車時間でしたが、ここでは1時間以上も待ち時間があります、秋葉街道(鳳来寺道)大野宿を少し散策してから大野町道路元標の向かいにあるレトロな喫茶、美術珈琲「鳳来館」で時間を過ごしました。
三河大野1558→三河一宮1637
 最後に宝飯郡の一宮村道路元標をまわり予定の7ヶ所を順調に回りきり帰途に就きましたが、桜井までJRで戻ると23時過ぎになるので京都からは近鉄のお世話に(^_^;)
三河一宮1707→豊橋1724/1736→米原1936/1956→京都2101→大和八木→桜井

本日の収穫
【403】 愛知県 知多郡 大高町 (現 名古屋市緑区)
【404】 愛知県 知多郡 大府町 (現 大府市)
【405】 愛知県 額田郡 岡崎村 (現 岡崎市)
【406】 愛知県 渥美郡 二川町 (現 豊橋市)
【407】 愛知県 八名郡 大野町 (現 新城市)
【408】 愛知県 宝飯郡 一宮村 (現 豊川市)

道路元標蒐集

またまた自転車抜きですがスルッとKANSAI2dayチッケトを利用して、兵庫県南部の道路元標と滋賀県庁を回ってきました。
桜井→上本町/谷9→東梅田/阪神梅田→住吉、住吉→大石、大石→新開地→有馬温泉→山口支所前/下山口→宝塚→西宮北口、瓦木支所前→西宮北口→四条烏丸→烏丸御池→上栄町、浜大津→御池→京都→桜井と阪急バスに至るまで乗りに乗ったり\5,600分、しかし西宮から大津へ行くのに京阪京津線を経由するのもネ(^_^;)

最近、広島に豊橋と路面電車づいていますが、大津市内では大型の車両が堂々と道路上を走る京阪の併用軌道がみられます。 昔は近鉄奈良駅とか名鉄犬山線とかありましたが。


滋賀県立図書館は瀬田からバスに乗って行かなければならない不便な所にあるのですが、滋賀県公報の古いものが県庁内の県民情報室で閲覧できる事を知ったので行ってきました。 残念ながらいわゆる「道路元標ニ関スル件」の告示資料を見つけ出す事はできませんでした。
←滋賀県庁本館、昭和14年に立てられたものですが、中央階段のステンドグラスがとてもシックです。


本日の収穫
【398】 兵庫県 武庫郡 住吉村 (現 神戸市東灘区)
【399】 兵庫県 武庫郡 西郷町 (現 神戸市灘区)
【400】 兵庫県 有馬郡 山口村 (現 西宮市)
【401】 兵庫県 武庫郡 芝村 (現 西宮市)
【402】 兵庫県 武庫郡 瓦木村 (現 西宮市)