「道路元標」カテゴリーアーカイブ

道路元標蒐集の旅(信越編1日目)

 今は「青春18きっぷ」のシーズンではないので、今回は来年3月28日までの限定ですが、新潟県下のJR線と北越急行ほくほく線が2日間乗り放題で2500円の「えちごツーデーパスSP」を利用します。

 北越急行に乗るのは初めて、保倉村道路元標へ向かうために「ほくほく大島駅」で途中下車、この駅は難工事で完成まで22年もかかった鍋立山トンネルの入り口にあります。 しかし北陸新幹線の延伸で北越急行を経由している特急「はくたか」等は当然なくなるでしょうから、そうなると北越急行は一転赤字転落になるのでしょうね。

 上越線石打駅で下車、往復4キロ余りを歩いて石打村道路元標を目指します。 豪雪地帯なのであちこちで雪囲いとか冬支度が始まっています。



大巻村道路元標、今日が最終回ですが、魚沼は直江兼継ゆかりの地とあって、どこへ行っても「天地人」ばかりです。




 小出町道路元標の後、時間があったので一日5往復しか走っていない只見線を、魚野川を渡る数連のガーター橋ですが、遠目にはデッキガーター橋だと思っていたのですが、なんと スルーガーター橋で足回りが隠れた不細工な写真になってしまいました。


 小千谷駅まで行き、2基の道路元標を回った後、駅前に「へぎそば」と掲げた蕎麦屋があったので入ります、、本来は「へぎ」と云う木の器に盛られたのが語源だそうですが、布海苔をつなぎにした蕎麦をそう読んでいるそうです。 暖かいものがほしかったので本来のへぎに盛ったへぎそばではなく、布海苔をつなぎに使ったやまかけそばを注文、関西ではやまかけそばと云えば温いのを頼んでも汁は殆どないのが普通だと思うのですが 、たぷたぷの汁にとろろが浮かんできたのにはちょっと閉口しました。

 再び小出に戻り只見線で越後須原駅へ、只見線は十数年前に完乗していますが、今年7月に会津若松側から9駅乗車したのに続いて、今回は小出側から4駅往復する事に。 なかなか全線乗るには大変な路線です。

 須原村道路元標の後、時間があるので、またまた蕎麦屋へ、駅からは5分位の距離ですが国道252号に沿いのお店。 関西人には蕎麦はともかく東日本の汁には抵抗があるのですが… なめこそばを頼みましたが、ちょっと感動もののお味でした、もちろん麺も。 もうどこかの「笠そば」なんて蕎麦やないです。 ググってみるとここもつなぎに布海苔を使っている様ですが、小千谷の和田の様に茶そばの様な色合いではありませんでした。 しかし車に乗らない人間には一日5往復の越後須原へはちょっとやそっとでは行けません。

直江津0626→0636犀潟0638→065ほくほく大島 530円
ほくほく大島0738→0812六日町0837→0852石打 930円
石打1036→1057五日町 320円
五日町1147→1201小出 230円
小出1352→1409小千谷 320円
小千谷1545→1603小出1610→1633越後須原 570円
越後須原1721→1742小出1751→1821宮内1826→1927新潟 1890円
4790円分乗車

【778】 新潟県 東頚城郡 保倉村(現 上越市) 
【779】 新潟県 南魚沼郡 石打村(現 南魚沼市) 
【780】 新潟県 南魚沼郡 大巻村(現 南魚沼市) 
【781】 新潟県 北魚沼郡 小出町(現 魚沼市) 
【782】 新潟県 北魚沼郡 ひ生村(現 小千谷市) 
【783】 新潟県 北魚沼郡 山辺町(現 小千谷市) 
【784】 新潟県 北魚沼郡 須原村(現 魚沼市)

道路元標蒐集の旅(信越編前夜)

仕事が一段落したら11月は新潟から長野か、島根県を回るプランを色々と練っていたのですが、思わしくない天気が続くなぁと思っていたら、しょうもない怪我をしてしまって。 乗って乗れなくもないのですが、輪行支度やパンクでもしようものなら難儀するだろうなぁと思い、今回は乗り鉄モードで信越方面を回る事にしました。

おなじみ大阪駅2327発、急行「きたぐに」で直江津に向かいます。 連休ですがこんな季節ですので自由席も列をなして並ぶ程の事はありません、糸魚川を目指す鉄ちゃんがチラホラと云う処でしょうか、それでも大阪でマスはほぼ埋まってしまいました。
 実は身軽なのを良い事に、ミナミでちょっと飲みすぎたのでしんどいですわ。

金沢まで

 この週末は四国か山陰方面へKHSを担いで「道路元標」漁りに行こうかと画策していたのですが、土曜日の天気が思わしくないのと、仕事の段取りも微妙なので頓挫。 「鉄道の日記念・JR全線乗り放題きっぷ」の消費期限が18日なので、金沢まで往復してきました。
 「鼓門」金沢駅東口の大屋根と云うかモニュメント、出来てもう3~4年になるらしいのですが、天気の良い日に東口の地上に出るのは久しぶりなので…
 木造の巨大構造物として意義はあるとは思いますが、金沢の此処に相応しいものかどうかは。
こんなのも「やかん」

もちろん「道路元標」も一応、撤去された「森本村道路元標」は移転保存されていました。 後ろは建設中の北陸新幹線の高架、完成すると第三セクター化とか在来線も色々と様変わりするでしょうが、北陸本線そのものは日本海縦貫としての役割もありますが、あれだけの難工事で金も時間もかかった北越急行ほくほく線なんか一転して赤字第三セクターに転落じゃないですか。 東京からの夜行「能登」や「北陸」はきっとなくなるでしょうが、私にとっては「きたぐに」だけは残してほしいものですが、583系も年季が入っていますから、後3年すら危ういかも、車に乗らない輪行派サイクリストにとって「ちくま」無き後、唯一とも云える信州へのアクセス手段なのですが。
 帰りは1638発の敦賀行きに乗車、のんびりと帰ります、もう475系も北陸本線だけになってしまいました、と云うより80系~153系の流れを汲む2ドアデッキ付き電車ってもう最後になる様な、ところで国鉄時代の塗色に復元されたものも走っている様で、かつての急行「立山」を思い起こします。 途中何度も「サンダーバード」や「雷鳥」に抜かされながら敦賀で京都行きに乗り継ぎ、山科で姫路行き新快速に乗り継ぎ、鶴橋経由で2241桜井に帰着しました。

道路元標蒐集の旅 +α

今日は天気も良さそうだし滋賀県の水口あたりまで走って行く予定をしていたのですが、昨夜仕事で少しミスしてしまって、一応復旧はさせてあるのですが、万が一の事もあるので、いつでもトンボ帰りできる様に「乗り鉄」モードで「道路元標蒐集の旅」へ出ることにしました。

秋は「青春18きっぷ」はないのですが「鉄道の日記念・JR全線乗り放題きっぷ」と云うのがあります。 3回分で9,180円、「18きっぷ」よりは割高ですが、こども用があるのが特徴です。 利用期間は鉄道記念日の前後の2週間程で、今年の場合は10/3~18となってます。 なお同時にJR西日本版も発売されていて、こちらは1回分で3,000円と気持ちだけ安くなってます。 南紀(串本前後)までの片道運賃がどうにかペイできるる金額です。 桜井線0538の始発奈良行に乗車、もちろん自転車抜きの身ひとつで身軽なものです。 奈良、京都。 米原と乗り継ぎ東海道本線を東に向かいます。 仕事の方は問題もなさそうで、このまま「道路元標蒐集の旅」を続けられそうです。 米原からのJR東海の車両の車内吊り広告で、飯田線中部天竜駅構内の「レールパーク」が11/1で閉園する事を知ります、土日祝のみの開園なので、どうにかこの機会に行けないかと画策してみますと、1532着で行けそうなのですが、閉園は16時入園は15時半までとは。

 最初の目的地は知多郡の東浦村道路元標、名古屋から武豊線に乗り換えて緒川駅へ。

 ← 道路の拡幅工事が行われているのでしょうか、道路元標は適当な場所に立て直して貰えれば良いのですが。

次の目的地は刈谷町道路元標なので2キロ余りを歩いて行く事にします、しかしツーリングには最高の天気なのが残念ですが、この辺りはツーリング向けのローケーションではないので、まぁよいでしょう。  
 安城駅で次の列車までの14分間に御幸本町交差点まで駆け足で往復、安城町道路元標は昨年3月に訪れた時は歩道工事で撤去されていましたが、無事に再建されていました。


 豊橋で飯田線本長篠行きに乗車、長篠城駅で下車し舟着村道路元標へ、これで本日の道路元標の予定は無事終了です。




 「佐久間レールパーク」は中部天竜駅構内にあるので飯田線の車窓から見えるのですが、中に入るのは初めてです。 なお乗車券を持っていれば入場無料です、外からだと140円すなわち入場券と同じ扱いなのです。 飯田線もここまで来ると一日12往復程度、臨時も出ていますが、車で来る人の方が多い様です。

 JR東海や飯田線所縁の車両が主です。 キハ48000(のちのキハ11)は新製当時の塗色と云う事で、大糸線のキハ52と比べるとかなりくすんだクリーム色です。



 お目当ては戦前に京阪神緩行線用として登場した流電モハ52、その後阪和線にも居たらしいのですがさすがに知りません。 晩年は飯田線に移って湘南色で活躍していたと思うのですが。 新製当時の塗色でスカートも復元されているのが、逆に奇妙に思えます。

 ポツンと軌道自転車が置かれていました。 保線用とかに使われていて、実際に本線上を走っているのを見た事がありますが、結構な速度が出るようですが、乗り心地は悪いでしょうね。 当然ハンドルはありませんが、握るための鉄棒、2人分のサドル、クランク、チェーンがついていますが、変速はありません。

 屋外展示だけではなく、展示室もありこんなのもあります。






 Mさん垂涎ものも、私は元HOゲージャーなので、9mmは…  壁には飯田線の駅名標がずらりと並んでいます。 平成23年春に「JR東海博物館」として名古屋の金城埠頭にオープンするそうですが、飯田線の山峡の駅の手作り感のあるミュージアムがなくなるのは残念です。

桜井0532~0604奈良0608~0709京都0716~0825米原0845~0958名古屋1022~1051緒川 3,890円分
刈谷1146~1151安城 190円分 
安城1205~1230豊橋1243~1342長篠城 1,280円分
長篠城1439~1532中部天竜 570円分
中部天竜1624~1813豊橋1834~2041米原2057~2148京都 4,940円分
計 10,870円分乗車

【772】 愛知県 知多郡 東浦村(現 東浦町) 
【773】 愛知県 碧海郡 刈谷町(現 刈谷市) 
【774】 愛知県 碧海郡 大濱町(現 安城市) 
【775】 愛知県 八名郡 舟着村(現 新城市) 
 

 

 

「道路元標」を尋ねて

いまさらですが、奈良県の道路元標のバイブルとも云える上田倖弘著「道路元標」を尋ねてをネットで見つけて入手する事ができました。 桜井をはじめ県下の多くの図書館で置いている本ですから、いつでも借りれるし主な頁のコピーもとっているのですが。
 この本は昭和63年に調査、奈良日日新聞に連載されたものをまとめて平成2年に出版されたものです。

阪和線南田辺駅前の古書店だったのですが、送料も馬鹿馬鹿しいので大阪に出たついでに引き取りに行く事に、帰りに久しぶりにあべの橋の歩道橋に上がりましたが、旭町側の建物がすっぽりと無くなっていました、青春時代を過ごした街だけに感慨深いものがあります、交差点の北西角のビルの地下に「トップシンバル」と云うJAZZ喫茶があって阪和線沿線に住んでいた事もあって足繁く通ったものです、覗いてみたのですが、もう店はありませんでした。 結局は法善寺で飲んで最終の特急で帰ってきたのですが、送料の方が安かったですよね。

 

 

道路元標蒐集の旅(西日本編)

倉敷から笠岡まで輪行、ここから井笠鉄道廃線跡を辿りながら木之子村道路元標へ向かいます。     資料を持ってきていなかったので、ちゃんとトレ-スできてはいないのですが、井笠鉄道廃線跡は通勤通学に生活道路として有効に利用されている様です。 山陽道をくぐるあたりから少しダートになり県道に吸収されてしまいます。 井笠鉄道記念館、朝早いので開いてませんでした。 井原鉄道矢掛駅、井原鉄道には初めて乗車します。 清音で伯備線に乗り換えて次の目的地邑久郡美和村道路元標の最寄り駅、赤穂線の長船へ向かいます。 所在のはっきりしていなかった美和村道路元標もi意外と簡単に見つかってしまったので、お昼過ぎには長船駅に戻ってきてしまいました。 一応履修済みですが赤穂市民俗資料館中庭に保存されている赤穂町道路元標の撮り直しとか加里屋元標跡へも寄ってみたかったのですが、さすがに船中泊とかで疲れもたまってきているので、素直へ帰途に就く事にしました。 本日の走行41.8キロ、1日抜けていますが5日で284キロ。 【756】 香川県 香川郡 仏生山町  (現 高松市) 【757】 香川県 木田郡 川島町  (現 高松市) 【758】 愛媛県 宇摩郡 妻鳥村  (現 四国中央市) 【759】 愛媛県 北宇和郡 泉村  (現 鬼北町) 【760】 愛媛県 北宇和郡 三島村 (現 鬼北町) 【761】 高知県 幡多郡 大川筋村  (現 四万十市) 【762】 高知県 高岡郡 興津村  (現 四万十町) 【763】 佐賀県 佐賀郡 新北村  (現 佐賀市) 【764】 佐賀県 杵島郡 山口村  (現 江北町) 【765】 佐賀県 杵島郡 錦江村  (現 白石町) 【766】 佐賀県 杵島郡 須古村 (現 白石町) 【767】 佐賀県 杵島郡 福富村 (現 白石町) 【768】 広島県 豊田郡 幸崎町 (現 三原市) 【769】 岡山県 後月郡 木之子村 (現 井原市) 【770】 岡山県 邑久郡 美和村 (現 瀬戸内市)

道路元標蒐集の旅(西日本編)

 

今日は佐賀05:38の始発に乗車、鹿児島本線から山陽本線経由で、途中広島県三原市で豊田郡幸崎村道路元標に立ち寄って帰途に就く予定ですが、→08:23小倉08:24→08:41下関08:42→ と云うタイトな乗り継ぎで、案の定小倉駅での乗り換えは無理で出てゆく電車を見送ってしまいました。 階段を渡る必要もありますが、この1分接続は手ぶらでも無理な様でした。

↑ 下関駅にて列車待ち、小倉で1分乗り遅れて安芸幸崎へは50分遅れに。

今回は「18きっぷ」を後1回分残して、10日に岡山県下の道路元標を回る予定でいたのですが、今日中に無理して帰る必要もなくなり、改めて10日に出直す方が大変なので、今夜は倉敷泊で明日岡山県を回って帰る事に。 倉敷には東横インもあるし、月曜は会員20%引き中、ビジホ業界も大変ですね。 しかし余計な荷物は佐賀で宅急便にしてしまったので、着替えなので無駄にはなりませんが倉敷で買い物に行かなくては。
 安芸幸崎駅から幸崎村道路元標までは往復500m程、駅のベンチに輪行袋を繋いで徒歩で、従って本日の走行0.0キロ。

道路元標蒐集の旅(西日本編)

八幡浜0:20分発の宇和島運輸フェリーで別府へ、この便は到着後もそのまま朝5時まで船内で仮眠ができます、但し到着後すぐに下船しないと5時まで下船できなくなります。 しかし昨日の爆走の疲れで船内放送があるまで良く寝ていました。
←別府駅前のレトロな建物の別府高等温泉、24時間営業なのでここでゆっくりする手もあるのですが。

大分06:19の久大線で久留米へ向かいます。 昨年から大分駅は工事中で久大線と豊肥線が高架ホームになって地上ホームの日豊線との乗り換えが大変です、勝手が判らないとか輪行袋を担いでいると10分は見ておかなくては危ないです。

久留米から筑後川沿いに下り、前回渡れなかった昇開橋を福岡県側から渡ろうとしたのですが、自転車は押してもダメだと云う事でした。 wikiや一部のBlogでは押して渡れるとか、渡っている旨の記載があるのですが。 係りのおっちゃんは頑として通してくれません、保存財団の正式の対応と云うので、引き下がるしかありません、輪行袋に入れて意地でも渡る手もありますが、大川橋まで迂回する事にしました。

皮肉な事に昇開橋の佐賀県側は良く整備された桜並木のサイクリングロードが続いています。 これらは昇開橋を含めて元国鉄佐賀線の廃線跡です。
 今夜は佐賀駅前の東横イン伯、日曜なので会員は30%割引中、しかしチェックインには早いので、サイクリングロード沿いにあったコインランドリーで洗濯と休憩を。

サイクリングロードは東佐賀駅跡で終わります。 この後佐賀市街を少し走り、荷物を預けて佐賀駅から肥前山口駅で下車、輪行袋を駅前の自転車置き場に括り付けて、歩いて200m程の道路元標が建つとされる処へ向かいます。 

実はこれは佐賀市在住の方が見つけておられたのですが、場所や様式的に「道路元標」に間違いなさそうなものの、表面が隔離していて全く読めなくなっています。 丁度建っている処の民家から年配の方が出てこられてので、尋ねてみると間違いなさそうで、ウラがとれたと云う事で山口村道路元標と。 再び肥前竜王駅まで 輪行して杵島郡の道路元標4基を夕方まで巡りました。 本日の走行67.1キロ

道路元標蒐集の旅(西日本編)

予土線の始発で近永駅まで輪行します。 ところで過去輪行での四国入りはいずれもKHSですが、徳島県、高知県、香川県とパンクしていますので、次は愛媛県か… 慎重に走る事に。





近永駅近くで、キハ32とキハ54の2連、軽量化で全長16mのキハ32と2エンジン搭載で21mのキハ54の差がよく分かりますが、どこかJRらしくないです。 ここでのんびりと鉄ちゃんしていたのが、後に響く事に。
 この後、愛媛県北宇和郡の泉村道路元標三島村道路元標を回り、四万十川沿いに中村まで下り、土佐くろしお鉄道12:03の列車で窪川へ向かう計画なのですが、迂闊にも中村まで結構距離があって平均20キロ前後で走って行かなければ間に合いません、四万十川沿いの下り基調とは云え、標高差も大してありませんし、結構アップダウンがあったりするのです。 その上、中村から窪川はJRではないので切符を買わなくてはならない上に小銭も千円札も無いと、条件が整うものです、こんな時には。

R381出目(いずめ)峠、バス停さえなければ気づかずに通過しているのですが、峠おやじナワさんの足跡のない峠ゲット!!




江川崎もノンストップで通過し四万十川畔に、ようやく岩間の沈下橋に見える処で一旦停まります。 前回はマラソン大会とかち合ったので、次はのんびり写真を撮りながら走ろうと思っていたのですがネ。 実は今回は LUMIX G1と交換レンズ は持たずにDIMAGE A2を持って来ているのです、やはり14-140mmを買って普通は一本でまかなえるまで、無理に持って来るのはやめました。 と云っても道路元標撮影用にDIMAGE A2でワイヤレスシンクロのできる外部ストロボを持ってきているので、荷物は減っていないのですが。

大川筋道路元標、道端のこんな場所なのに前回通った時には全く気が付きませんでした、まだまだ修業が足りませんネェ…
 無事パンクもせず、平均速度を20キロ以下にする事なく、旧中村市街は前回迷ったのが幸いしたのか、今回はどうにか15分前に到着、KHSなら余裕のある時間です。

中村から窪川へ、次の目的地は興津村道路元標、そこは標高350mの峠の向こうの海沿いの村で、一日5往復のバスが通っています。 その高南観光自動車の営業所が窪川駅前にあるので尋ねてみると、輪行させて貰える様なので、標高差350mの劇坂の帰途の心配もなく向かう事に。
 途中の道の駅「あぐり窪川」で補給に立ち寄ると3台の揃いのALPSのバッグで4サイドが、3台とも「YAMANE」ブランドですが、これは地元高知のヤマネなんでしょうが、キャンピング車健在です。
 

現在はトンネルが開通していますが、旧道の興津峠も健在です。 話に違わず素晴らしい展望の峠ですが、興津へはこの道しかなく、自転車ツーリングのコースにはしにくいですよね。 ナワさんはどうしたんでしょうかね、きっと中腹からトンネルで戻ったのかなぁ…

 興津村道路元標の写真を撮っていると一台の小径車が、緑色のBD-1ではありませんか、高知から来られていて、やはり夕方のバスで戻る様です。 私は今夜八幡浜まで輪行しフェリーで別府へ渡るので、窪川へ戻っても時間が余りあるので、最終のバスまで海水浴場のある浜辺でのんびりする事にし、午前中の爆走の疲れを、のんびりと癒します。 本日の走行124.5キロ、平均速度もまだ19.8キロになっています。

道路元標蒐集の旅(西日本編)

今回は神戸三宮からジャンボフェリーで高松(東港)へ渡ります、ここは自転車込みで2,140円と格安、それに三宮へは阪神なんば線の開通で、近鉄沿線から乗り換えで改札を何度も通らずに行ける様になりました。 三宮~高松のJR普通運賃が3,760円ですから半額です、車でない一般乗客も多く、結構ツーリングでない自転車やスクーターもいたりします。

今回の最初の目的地は四国民家博物館「四国村」内に保存されている川島町道路元標ですが、開園の8:30には時間があるので、香川郡と木田郡の道路元標を探索してみます、香川県は仲多度郡と観音寺市の一部しか設置情報がないので、勘でそれらしき処を走りまわるだけですが、そうは簡単に見つかる訳でもなく、そろそろ諦めかけていた6件目でありました仏生山町道路元標、久しぶりの未知の道路元標です、これだから道路元標探しはやめられませんわ(^_^;)

気を良くして「四国村」へ向かいますが、週末にもかかわらず8時半の開園になっても入口には係りの人がいません。 暫くして係りの人がやってきましたが、自転車置き場はなく下の自動販売機あたりに置いといてくれとの事、なお入村料は800円なり、私の目的は川島町道路元標だけなので高いですが、次の屋島駅からの列車の時刻までのんびり村内を散策しました、屋島の山腹にあるので、上まで行くと結構展望もあります、、行くなら秋が良いかも、「かずら橋」のサブセットもあってこの手が苦手な人には結構怖いかも。 ちなみに時間も時間なので村内では掃除のおばさん以外に誰にも遭いませんでした。
川島町道路元標は「旧丸亀藩御用蔵」の前に他の道標等と並んで建っています。 なお川島町は屋島と同じ木田郡ですが、「四国村」より8キロ程南にあった町でした。


せっかく四国なので「うどん」を、乗り換え時間待ちで高松駅構内の立ち食いですが、それでも「麺」は旨い、本場だけに駅の立ち食いと云えどもエエ加減のものは出せないでしょ。 それにしても鳥羽駅の「伊勢うどん」は不味かったけど。
これまで愛媛県には道路元標の現存情報は皆無だったのですが、先日ネット上で地元の方のBlogに現存情報を見つけました、地元とは云え結構広い愛媛県で200ヶ所以上回って2基を発見されています。 今回の最大の目的はこの愛媛県下の道路元標だったのですが、まずは東の端の宇摩郡妻鳥村道路元標です。 今は四国中央市となった川之江駅と伊予三島駅の間位にあります。
明日の予定もあるので今夜の内に宇和島まで移動、6時間余りの長丁場です。 基本的に観音寺以西の予讃線、予土線、土讃線の普通列車にはトイレ付き車両が運用されていない様です。 「18きっぷ」で長時間にわたって普通列車を乗り継いで行くのは「もの好き」なのかも知れませんが、結構お遍路の方が乗車されているのを見るので、JR四国のこのサービスの悪さはは考えものです、まぁ結構停車時間が長い駅とかあったり、緊急時には列車が待っていたりしている光景を見かけたりしますが。
 松山からキハ32の2連、伊予大洲からキハ54の単行です。  
明日も朝から輪行状態のまま移動しますので、宇和島駅前のビジホ泊まり、宇和島駅に降り立つのは10数年ぶりですが、駅も駅前もずいぶん変わった様です。

本日の走行51.3キロ