今日は明日香村へ「自撮り」にでも行こうかと思っていたのですが、すっきり晴れないので籠って自転車なぶり、まずはErbaから。 (左)元々はカーボンのkoga-miyataに付いていたダブルレバー、台座を普通のものに交換。 (右上)馬鹿になっていたボトル台座のダボ、引き抜きリベットで固定。 (右下)スローパンクの原因はバルブの根元、既に2度パッチしているチューブやし、気がねなく交換、処分。「コンピュータ・ハードウェア」カテゴリーアーカイブ
8月12日の日記
所用で田原本町から橿原市へ。 八木町道路元標の存在確認をして、お昼は例によってお食事処「よろづ」へ。 少し涼を求めて明日香村栢森へ、稲渕の棚田の大案山子もリニューアルしてました。
明日香村の後は「4’season」で一息入れて、近くのホームセンターへ。 車に乗らないと色々と不自由な事がありますが、なんとか括り付けて帰ります。 お買い物は大型の工具箱とオイル受けのバット、AMAZONでポチれば話は早いのですが、内寸45cmとなりますと結構良いお値段がします、コーナンのプライベートブランド商品で1,280円也、お値段と内寸430mmは良いのですが、バックルが外れやすかったりと、ちゃっちいです。 ここのプライベートブランド商品は以前買った保温冷ボトルとか、リコール商品があったりとか詰めが甘いのが多い様な。 オイル受けのバットは698円也。 パーツの洗浄用に、チェーンリングとか入れようと思うとこれ位の寸法が、フタ付きステンレスバットとか欲しかったのですが、業務用の範疇になって滅茶高い。 ただラベルの糊が綺麗にはがれなくてお風呂でゴシゴシ洗ったのですが、これが足湯にピッタリ、季節柄走って帰ってきてシャワーだけで済ませたい時に重宝します。 本日の走行48.6キロ。8月7日の日記
そんなこんなで待っている時間の長い作業が続いているので、合間にゴソゴソと片付けものをしていたら、こんなものが出てきました。 2012年3月に故門岡淳さんの「自転車ツーリング再生計画15周年」記念サイクリング用に作った横断幕、氏が昨年9月に急逝して、まもなく一周忌になります。
ようやく未明に寝付いて、今朝メインのクライアントマシンの電源スイッチを入れた途端、パチンとプチプチ(エアーの入ったクッション材の事ね)を押し潰した時の様な音がして電源が入らない。 思わずやったなと思いつつ、マザーボードを目視点検、幸いこちらは異常はなさそう。 余剰機の電源を外して交換する事に、ブラグインタイプでない20ピンタイプなので、多少手間がかかったが無事に換装。 しかし20~24ピン変換ケーブルがすぐ出てくる辺りが我ながら恐ろしい。
とにかく起動できる目処がついた処で、かかりつけのお医者はんまで定期的な血液検査と散髪屋へ、そして隣町まで所用で出掛ける事に、いつもならお昼にローディ御用達の食事処「よろづ」へ行くのですが、今日は臨時休業と云う事なので、帰り道にこちらもローディ御用達ならクルサポーターの「4’Season」に寄ってお昼のランチを頂く事に、今日はKHSの出番です、本日の走行22.1キロ。7月13日の日記
京都は城陽からの帰途、奈良市から上街道に入り天理市櫟本(いちのもと)で「祇園さん」をやっていました。 まだまだ梅雨の中休みなのですが、日本の夏の香りを一足先に感じました、スマホのカメラしかないのが勿体無い様な。
話は前後しますが、月曜日ですのでお天気も好いし城陽市まで往復です。 連日の猛暑ですが朝5時台に出ると快適この上ないです、土日と走っていますので、幾分のんびりと走りそれでも7時前には木津川の自転車道へ入ります。
いつもは15時半頃に引き上げるのですが、陽も長い事ですし早く走りだしても暑いだけですので、16時半まで頑張って帰途に、それは良いのですが台風の影響か湿って重い南風に煽られてなかなか前に進みません。 梅美台のサークルKで「ガツンとミカン」休憩して奈良阪を越えて猿沢池へ、先日のギターの生演奏をやっている方がおられたのですが、今日はヘッドライトの準備をして来なかったのでのんびりとはしてられませんので、帰途を急ぐ事に。 7月3日の日記
話は前後しますが、久しぶりにお呼び出しがかかった事ですし、もう雨も降ってこない様ですのでKHSを駆って横大路(初瀬街道)を西へ向かい、大和高田市のクライアントの配送センターへ。 10年程前のHP dc7100なのですがWindowsXPのロゴまでは出るのですが再びリブートしてしまいます、セフティモードでも駄目、BIOS画面からセルフテストを行いますが速攻でエラーコード7が、どうやらハードディスクの障害の様でかなり致命的、10年もののXPマシンですから仕方がないと云えば仕方がないのですが、オンラインの受注システムが動いてますから善後策を相談して、データだけでもサルベージできないかと、ハードディスクを外して持ち帰る事に、うまくすればセカンダリとして見えるかも知れません。
大和高田までは片道10キロ程の道のりですが、今日はKHSにミノウラのスマホホルダーを取り付け、RuntasticとMyMapRideの両方を走らせてみました。 それぞれ何度か使ってみて機能的にいずれも帯に短し襷に何とやらです、なおRunTasTicは無償版でオートモードが使えないので経過時間の差がでてしまっています、まぁいずれもトレーニング目的のものなんで私にはマッチしないのですが、なかなか面白いので暫く遊んでみます。 なおミノウラのスマホホルダーについてはこちらを、買ったもののお蔵入りしていました、やはりホールドには不安が残ります、GARAXY S5 Activeには根付けとかをつけるところがないので命綱が付けられません、RuntasticとかMYMapRideはバッテリ食いですから、モバイルバッテリーを繋ぎぱなしなので、USBケーブルが頼りない命綱になっています。 実はGARAXY S5 Activeは既に乗車中に3度落としています、一度は裏蓋が外れてバッテリが飛び出す始末、さすがMIL規格適合。
さて帰宅後、BBが無事外れた後も自転車弄りが続きます、分割式マッドガードの加工です。 写真は上からフロント用、分割式リアの前部分、そして後部分です、シートステーとチェーンステーのブリッジに固定された前部分に後部分を差込む構造になっていて、輪行時にマッドガードの処理が楽になります。 〇〇は光モノがお好き
さて「ナイトランに備えて2灯化」に続いての光モノネタです。 だいすけさんみたいに4灯化なんて事ではありませんので、一緒にせんといて下さい。 しかし昔から光モノには目が無い様で(^_^;) うちの部屋のマシン群の裏側、2004年当時です、最近はかなり健全になってますが。
さてしょうもない事はおいといて。 ナイトランに限らず、先の「1泊2日南紀ツーリング(1日目)」の様に全行程の1割以上がトンネル、それも最近の高規格な道路のトンネルや、歩行者や自転車が稀な山中のトンネルとなると、自動車は結構なスピードで轟音とともに迫ってきます、果たして対向車以上に自動車を運転する人はこちらの事をちゃんと認識できているのかと心配になって、あまり精神衛生上好いものでもありません。 やはり頼りにせざる得ないのは視認性の高い反射材や尾灯の類ですね。
まずは珍品から、パイオニア精密と云う会社が作っていた「ランビーム」と云う商品、電磁誘導、即ちホイールに取り付けたマグネットでライト部分に仕込まれたコイル近くを通過する際に起きる電力でLEDを点灯させる仕掛けです。 取り付け位置が限られる事と、停車時には点灯しない事、自転車店のルートでは見かけた事はなく、ホームセンター等で売られていたせいか、回りで使っていたのは峠おやじナワールド氏だけでした。 つい最近までkoga-miyataに付けていました、なんと云っても操作や電池不要の手間要らず、あまりに強力なマグネットのせいでチェーンラインが崩れると云う話がありましたねぇ。
定番メーカーのキャットアイ製品、にしては数少ない「JIS規格適合リフレクター搭載」セフティーライト、照度と振動による自動点灯に残光機能。 ただシートステー専用なのが。 輪行袋の中でもけなげに点滅してくれますので、親切な人が気を使って「なにか電気点いてますよ」と声を掛けて頂いて恐縮する事に、で輪行の度に電池を抜いていたりしたら、カバーがユルユルになってしまいました。 最近は自動点灯モデルにはスイッチ付きもあるそうですね。
やはりマッドガード付き自転車に似合うのはこいつ、ソーラー式自動点灯の優れものなんですが、結構重量があってデリケートな本所の高級アルミマッドガードには荷が重い様で、今はステーのダルマネジを2個止めにしました。 それから充電池GP40BVHの寿命が長くないのと入手しにくいのが欠点、写真はブリジストンブランドですが、キャットアイからも同様のものが出ています。 マッドガード用なのにいずれも防水防滴はうたってはいません。
キャットアイの標準でクリップにもなるタイプ、大概のサドルバッグにはクリップできるベルトが付いていますよね、少なくとも私のTOPEAKとキャラダイスのバッグには付けられます。 電池は単4が2本、お手頃価格で充分な輝度です。 私はロードの時にはマウンテンスミスのランバーバッグ、いわゆるヒップバッグを使う事が多いのですが、その時はバッグに取り付けています、走行中も操作がしやすいので。
自転車用と云う訳ではなく夜間にジョギングされる方にもおすすめの腕に付けるLEDライト、この手のものは昔からありましたが、LEDとシリコンの成型で装着感の良いものになってます。 電池はCR2032が2個、防滴仕様、点滅100時間、点灯70時間との事です。 発光色は赤、黄を始め各色あります、ちなみに写真はオレンジ色です。 と云う訳で珍品を別にしてみんな点けちゃうとこうなちゃいます。 PS:しかし今までで一番難しくて上手く行かなかった「自撮り」だなぁ…
ぷららモバイル接続までの顛末
昨日、留守にしていた間に届いたブツ、ステムの引き上げボルトは置いといて Nano Sim Adapter、私はIPhone使いじゃありませんし、ほしかったのは Micro Sim Adapter こちらが安くて早く届きそうだっただけの話です。
実はぷららモバイルLTEを契約しました。 従来からモバイルでのインターネット接続はdocomoのWi-FiルーターBF-01Bを使っています、3G時代の製品で定額データプランS2バリューの契約で月に19万パケット以上使うと6,156円(税込)もの負担になっていました。 最近はWiMAXなどの魅力的な触れ込みのサービスが出てきていますが、LTEエリアのはしっこに住んでいて、モバイルを必要する場合は吉野の山奥とかで、docomo以外のキャリアのエリアには不満があります、それに3Gの速度にも別に不満を感じてませんし、新しい投資をせずに月間利用料が安くなればそれで良しとします。 そこで出てきたのがぷららモバイルLTE、定額ライトプランなら月額972円、月間での制限もありませんし、1日の通信量の上限50MByteと云っても自宅では光回線がきているのですから、全く余裕の通信量です。 動作確認機種にはLTEの速度の恩恵は得られませんが、DWR-PG(BF-01Bのバッファローでの品番)も入っていますし、先日葛城ポタの折にR氏と話をしていたらぷららモバイルならdocomoキャリアなのでSIMフリー化の必要はないとの事だったので、これで決まり。
ところで現状のdocomoの契約は悪名高き2年縛りになっているので、途中解約金10,260円(税込)が必要になってきますが(逓減はない)、6,156円が972円になるのでぷららへの契約事務手数料3,240円を含めても3ヶ月以内で元が取れる計算になります。 決済はNTTの電話料金との合算にしたいので、先月に電話で申し込み、届いた書類に署名捺印して送り返したのですが、これがなしのつぶて。 おかしいなと思い電話をするとやはり申し込みには次のステップが必要、説明不足やないか。 結構申し込み多数で順番待ちみたいな言い草をしているのでのんびり構えていたら、必要になるので手配しておいた Micro Sim Adapter より早く先週金曜日には届いていたのです。
さて日曜の知多半島のブログの更新もほっといて朝からインストールに取り掛かったのです。 同封されていたNTT西日本製PWR-N1000編と云う設定マニュアルを参考に進めると「pppサーバーへ接続できませんでした。 3g/hspaモデム設定をご確認ください。 」と出て上手く行きません、設定値はもちろん、Micro Sim Adapter いわゆるゲタをはかせた心もとないSIMの挿入は大丈夫なのか、BF-01Bのファームウェアのバージョンは古くないのかとチェックしますが、いずれにも問題なし。 動作確認機種ではないが、タブレットのGALAXY TAB 7.0Plusに挿して設定してみたのですが、これも駄目どころか、SIMを取り出そうとすると引っ掛かってスロットから抜けません(>_<;) 薄い金属板を差し込んでどうにか抜く事ができましたが、冷や汗ものです。 ところでSim Adapterに同梱されているおかしな形状の金属、一体何なんだろう。
肝心の設定の方ですがぷららのHPを探っているとDWR-PGの設定マニュアルと云うのがちゃんとあるではありませんか、同封のPWR-N1000編と比較しているとAPNの記述が違うのです、つまりLTE接続機器と3G接続機器ではアクセスポイントが違うのです、と云ってもLTE対応機器をLTEが使えない3Gエリアではどうなんだと云いたくもなりますが、一発接続OK!! 念のために確認と、使用機種も伝えてあるのにまぎらわしい設定マニュアル付けてくるなと文句の電話を入れて時間をだいぶ無駄にしましたが一件落着、快適に使えるかどうかはぷららさん次第として、経費節減にはなるでしょう、上手く行ったら行ったで鬱陶しいのはdocomoへの途中解約金の支払いです。
20年前の映像
別件でUSB接続のビデオキャプチャーを入手。 試しに20年前の8mmVideoをキャプチャしてみました。 なんと云ってもアナログ時代の画像ですから、ビデオキャプチャーの性能を云々する以前の画質ですから、記録的価値と懐かしさ以外に見る映像ではありませんが…. しかしこの20年の間の民生用機器の進歩の凄まじさをつくづく感じました、そのうち4Kテレビなんてのも当たり前になるんでしょうね。
画像は1993年9月26日の日経MIX Kansai会議Outdoor宴会の記念撮影の一コマ、中央が39歳の私。 日経MIXとは(1987-1997)に存在した、日経BP社が運営していたパソコン通信サービス(これも死語か)判らなければWikiでも参照して下さい、Niftyも以前はそうだったんです。














