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4泊5日18切符輪行ツーリングの旅(1日目)

 今日は丸一日かけて九州佐賀まで「18切符」で移動、常人ではちょっと考えられない旅です、でも昔は33時間かけて「きたぐに」~連絡船~「すずらん」で札幌行きましたよ、今では携帯音楽プレーヤーやスマホでTwitterとか退屈しのぎには事欠きませんし、その上元鉄ですからね。 ただ今回は土日ダイヤの日と云う事で、西行き定番の大阪0652始発の姫路行き新快速が使えません、従って奈良の桜井からだと大阪0800発しか使えません。 これでも佐賀へは行けなくもありませんが、輪行袋を担いでいると云うハンディでは、混雑する駅やタイトな時間、階段の上り下りは避けたいのです。 実は関西本線の王寺駅まで約20キロを自走する事で、大阪0600発のスジを利用する事ができます、それでも姫路の乗り換えは2分、同じホーム向かい側ですが、おそらく座れないですし輪行袋の置き場所に難渋する事は必須。 ところが王寺0430に始発に乗り、大阪駅から東海道山陽緩行線と呼ばれる京都~西明石間の普通電車のスジを使えば、先のスジより姫路へ10分先回りする事ができます。 なおこれは「乗換案内NEXT」等のソフトでは普通には検索できません。
 未明に20キロ余りを走ってガード付の自転車を輪行仕度して王寺駅0430に乗車するのですから、安全を見て3時前には桜井を出発します。 以前は<14>桜井田原本王寺線を利用したのですが、信号も多く夜中でも結構車が走ってますし、夏の土曜の未明なんてアホな車もいますので、最近走りなれている大和川河畔の道を走る事にします、ただし照明のない川の土手の道ですから、夜間走行はご注意を。 21.3キロを無事に1時間2分で走って王寺駅に到着しました。
 乗換10回、約13時間半の長丁場ですからできるだけコンパクトに担ぎやすい様に、ペダルもハブシャフトもハンドルも抜きます。 前後ガード付きですからネジ類も一杯、無くしたり忘れたりすると、すごすごと走れずに帰ってこなければならない事になるので、確認を怠らず慎重に。
 ガラガラの始発電車に乗り込み、20キロブッ飛ばして輪行仕度で汗だくになった訳ですから、顰蹙を買わない」様に着替えれば、後はひたすら乗り換えをこなして九州を目指すだけです。
王寺0430→0503新今宮0512→0529大阪0540→0646西明石0647→0720姫路0732→0901高島0927→1040糸崎1054→1305岩国1344→1651下関1709→1721小倉1729→1914鳥栖1932→1958佐賀
 ポイントは姫路で乗車した新見行きから、赤穂線からやってくる三原行きに乗り換える駅ですが、岡山駅はホームが違う上に混雑します、東岡山はホームが異なります、その間の高島駅か西川原駅で乗り換えるのが正解です、混んでいても岡山で座れませす。 ちなみにホームや階段をダッシュするのが好きな鉄ちゃんは東岡山で乗り換える様です。 なお実際は尾道で下車し1本後のスジに乗車し岩国で予定のスジに追いついています。 尾道駅では階段を通らずにトイレに行けるからだけの理由ですが、18分あればラーメンも食べられるかな。 この辺は結構臨機応変ですが頼りの「乗換案内NEXT」はスマホ(android)になってからハングしまくりです、一体何が悪いのやら。 しかし輪行袋を担いでいると色々と制約がでてきます、高級軽量ロードならさっと持ち逃げされるかも知れません、まぁ私のは持った瞬間諦めると思いますが。 飲み物類は殆どの駅ホームに自販機がありますが、食い物を買える駅は限られていますので、事前の調査と準備を。
 山陽本線相生以西はほぼ3扉クロスシートの115系です、下関寄り先頭車両の運転席後ろが輪行袋の特等席、ショックコード等なんらかの固定方法があれば、それとトイレ付き弱冷車になります。 今回は高島から117系で、輪行袋がなければ快適な車なんですが、戸袋部が浅いので置くスペースに難儀します、JR東海の米原口や、和歌山線和歌山口に出没する2扉両開クロスシートのやつです。 なお写真右は九州に入ってからJR九州の813系200番台です、こちらは余裕があります。 結果的には今回乗換えで階段(エレベーター等を含む)を利用したのは、大阪駅、小倉駅と鳥栖駅だけで、座れなかったのは高島~岡山の2駅間と、途中下車した尾道~糸崎の1駅間だけでした。
 今回は佐賀駅着が程々の時間になりそうなので、佐賀市在住のそーつく氏に連絡を入れておきましたら、改札まで来て頂き、夕食をご一緒して頂きました、有難うございました。
本日の走行21.3キロ

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4泊5日18切符輪行ツーリングの旅(出発前夜)

「青春18切符」の季節が、春のシーズンこそ行けませんでしが、この夏のシーズンはどこへ行こうかと幾つかのプランを用意しながら、週間天気予報と仕事の都合を睨み合わせて、7/30~8/3の4泊5日で九州方面しかないと決定。 18きっぷ利用で九州まで行くのですから、4泊5日と云っても行き帰りで丸一日づつ取られる訳ですから、行動できるのは実質3日、でも新幹線で往復すると3万円はかかってしまう訳ですから、ヒマ人の究極の貧乏旅行な訳です。 もちろん宿泊も4泊中3白は東横インでメンバー割引、休日割引、訳ありプランフル活用です。 当然ライフワークの道路元標も織り込み済みで、佐賀県下の幾つかと熊本県山鹿市の鹿本郡山鹿町道路元標を巡る予定にして、その後ネットで話題になっている阿蘇外輪山の「ラピュタの道」とメイプル耶馬サイクリングロードを走る予定にしています。
 30日(土)佐賀、31日(日)熊本、1日(月)阿蘇、2日(火)大分中津の宿泊予定なので31日(日)の夜は現地で三村さんのRKKラジオ熊本「ジャズの専門店」の放送が聴けるので、携帯ラジオ持って行こうと思っていたのです、前回も期せずして1/10(日)に熊本の八代でした、生番組でもありませんし音楽抜きならポットキャストでも聞けますので、別にミムラさんの番組を聴きに熊本へ行っている訳ではないのですが… ところが昨夜その三村さんが京阪電車の中で倒れられ、今朝亡くなった事を自転車仲間の天五さんのTwitterへの書き込みで知る事に。 大阪キタのJAZZ専門店ミムラの店主三村さんとjは天五さんを通じて教えて頂いたので、そんな古い付き合いでもありませんし、お店の方へも何度かお伺いしただけですが、私とは世代も近くて元ワルツ堂におられたので、その頃にもお目にかかっているかも知れませんし、それに話をしてみると一時代昔ですが、大阪のあちこちのレコード屋のJAZZ担当者とかJAZZ喫茶のマスターとか、共通の知り合いが非常に多くて同じ様なシーンを過ごしていただけにショックです、しかし年下の知人を亡くすというのは辛いものです。 三村晃夫さんのご冥福をお祈りします。

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伊勢まで、道路元標。

 日帰り範囲で未踏の道路元標が殆んどなくなってしまったとボヤいていたら三重県伊勢市周辺で新たに5基の現存情報が、近鉄電車にKHSを担いで乗って行けば楽勝なんですが、暫く伊勢方面に走っていない事ですし、久しぶりに高見越えで向かう事にしました。

 朝4時過ぎ暗いうちに出発し、R165西峠経由で榛原に下り、朝もやの芳野川沿いに菟田野へ、今まで高見越えの場合、菟田野からは佐倉峠~木津峠と素直にR166を走っていたのですが、最近「月うさぎ」行きで走り慣れている一谷峠経由で東吉野入りする事に、距離的には3キロ程遠くなりますが、なにより車が来ないし、谷尻からは快適な林間コースです。  

 高見登山口のバス停で少し休憩、今日は旧高見峠へ登るつもりはありませんので気楽なもんです、2470mの高見トンネルを抜けると三重県、以前は飯高町だったのですが、平成の大合併で松阪市になってしまったのは、ちょっとね。  

 高見ループを下り、後は宮本まで下り基調のR166を走って行けば良いのですが、時間の余裕もあるので久しぶりに加杖坂峠から蓮ダム経由を走ってみる事にしました。 以前2003年に加杖坂峠を越えた時はSORAさんとダートの旧道を越えたのですが、今回はトンネルを。 ところでこのお地蔵さんの祠、旧道峠から移設されたとあり、帰って古い写真を見てみると、確かに祠は旧道峠にあり、トンネル脇には祠はありません、そう思うと先週のサンギリ林道と云い、自転車遊びにも年季が入ってきたもんです。  

 奥香肌湖に架かる現在の辻堂橋、このダム湖に沈んだ飯南郡森村の道路元標は辻堂橋東詰に設置した旨の記録がありますが、今も沈んでいるのでしょうかね。
 辻堂橋から先は県道<569>蓮峡線に入りますが、辻堂橋より上には廃村しかありません。
 

 蓮(はちす)ダム

 R422に入り湯谷峠へ、そろそろ暑くなってきたし湯谷トンネルで涼みながら休憩しようかと思っていたのですが、トンネルは何か工事をしていて交互通行になっていて、少し下ったいつもの不動明王の水場で一服。  

 大台宮川線を西へ、R42に出る少し手前、以前の宮川村に入り口にあたる処にあるふるさとプラザ「もみじ館」で軽く昼食、伊勢うどんを戴きます、別に専門店でもないのですが、ここの太めでしっかりしたうどんの伊勢うどんが好きです。

 三瀬谷ダム、手前が紀勢本線です。 妙な感じの風景ですが、三瀬谷ダムの堰堤の下流側200m程の処で紀勢本線が宮川を渡っています。 

 宮川右岸の県道<747>打見大台線を行きます、前後から徐々に拡幅工事が進んできていますが、木々の間から宮川を垣間見ながら、自転車にとってとても快適なコースです。

大宮町に入ったあたりで急に雲行きが怪しくなってきて、JAショップでアイスキャンデーを買ってかじりながら軒先で様子見をしていると、雷が鳴り出して本降りに、そのうちに店や自販機はもちろん、信号まで停電してしまいます、しかし良いタイミングで、濡れずにはすみました。
 ところで今日はM氏も吉野から尾鷲まで走る予定にしていたはず、雨雲レーダーによると三重県南部でもこちらと同様に相当降っている様子、実は昔、輪行で紀勢線の多気行き最終に乗り、沿線の大雨でダイヤが乱れ、そうなるとJRは乗客の多い下りと、払い戻しの発生する特急、はて貨物列車まで優先させ、私の乗る上り最終は2時間以上遅れて松阪へ、接続の近鉄に乗れなくなってしまって松阪泊まりになった事があります。 さて氏は帰ってこれたのでしょうか。

 雷雨もどうやらおさまり、雷も遠くへ行ってしまった様です、、そろそろ時間も押してくるので、ポンチョをかぶって出発、再び宮川右岸を進みます。 ところが麻加江で再び雷雨に、今度は無人精米所にもぐりこんで雨宿り、しかし二度目の雨宿りをしている内に時間は16時半に。  

 どうにか度会大橋まで下ってきたものの、2度の雨宿りが響いて、伊勢市域の4基を巡る事は諦めて玉城町に残る田丸町道路元標へ、それでも18時を回ってしまいました。
 その後、旧街道を走ったりしながら松阪へ、途中の参宮線の踏み切りでは遮断機が降りたままで大渋滞、やはりJRもおかしくなっている様です。 陽が長いとは云え19時を回り真っ暗にになってしまったので、近鉄松阪駅の2sつ手前の櫛田駅から輪行で帰途に就く事にしました。 本日の走行156.2キロ、センチュリーランに後一歩だったのですが。

【943】 三重県 度会郡 田丸町 (現 玉城町)

伊賀上野までお昼しに

 アテにならないと云いながら、アテにしてしまうのが天気予報、どうやらこの週末も天気が悪いとの予報、昨日は予報にフェイントをかまされ、夕方に芋峠まで往復しただけと不完全燃焼。 今日走っておかなければ今月は走る機会がないのではと、それに最近夜型になってしまっていて、無理してでも生活のリズムを修正しておかなくてはと走る事に。 さて何処へ行こうかと悩んだ末に、久しぶりに伊賀上野までお昼をしに向かう事に。

 朝、暗いうちから飛び出して、まずは初瀬街道を東にとり長谷寺門前から初瀬ダムへ。

 合併で今は奈良市になっていますが旧都祁村に入り南之庄の三陵墓古墳群へ、少し判りにくい処ですが、静かで休憩するのは丁度良いところです。 朝食がわりのパンをかじりながらTwitterをしていると、鈴鹿のあびさんが上野方面へ走られているとの事でお昼をご一緒する事になりました。

 針IC付近からR25下道を経て助命(ぜみょう)から上津ダムへ、2000年に竣工した比較的新しいダムです。

 上津ダムで休憩していると後輪がスローパンクしています、どうやらダム周回路のグレーチングで段差の大きいものがあって、そこでリム打ちでもしたのでしょう、どうせここで昼寝でもしようかと思っていたところですので、のんびりとチューブ交換をします。  
 遅瀬川に沿って県道<181>遅瀬西波多線を走りR25五月橋に下ります。 名張川に架かるレトロな鉄橋、前後にボニートラスを従えたトラス橋です。 昭和二年横河橋梁製作所大阪工場製。

 五月橋を渡ると三重県ですが、ここままR25を走ってゆくとあびさんとの待ち合わせには早すぎますので、少し遠回りして名張川沿いに少し遡ってカントリーパーク大川(おおこ)の先の吊り橋を渡って三重県側に入ります。

 伊賀上野着、R25から旧道ぽい処を走って市街へ入ってくると、自然と上野町道路元標の建つこの三叉路に出てきますから、当然と云えば当然かも知れませんが不思議なものです。

 まだ待ち合わせには時間があるので、最近SORAさんが訪れた旧小田小学校本館へ立ち寄ってみます、上野城の北西にある明治時代の小学校建築で、内部の見学できます。 私の世代には板張りの床が懐かしいです。

 レトロな色ガラスの意匠、オリジナルも少し残っていますが、これはレプリカだそうです。

 待ち合わせの鍵屋の辻「数馬茶屋」へ、わらびもちを頂いてから、外のベンチでのんびり過ごします、風がとても心地良いです。 あびさんも予定より早く到着、案の定向かい風と暑さに相当苦しめられた様です。
 久しぶりに「伊賀路」へ、もちろん「牛タン麦飯とろろ定食」です、写真を撮るの忘れていて箸をつけてしまっていますが。
数年前、同じく伊賀上野の「わかや」へ集合し、お昼に「豆腐田楽」を食ってから御斎(おとぎ)峠を越え、信楽から阿山と走って、夜ここで食事をすると云うグルメと云うかカロリーオーバーなツーリングを何度か行ったのですが、その後狂牛病騒ぎとか道路の通行止めとかで途切れてしまい、今では「伝説」のツーリング企画になってしまいました。 しかし仲居さんが覚えておられて、余程に目立った団体客だったんでしょうね。
 さて帰路はどうしようかと悩んだのですが、今度は私が向かい風に苦しめられる番です、今日は目標100キロだったのですが、御斉峠から信楽~加茂と走るコースは今日はちょっと辛いので、とにかく伊賀神戸方面へ、いので、酒蔵を覗くと云う、あびさんと市街でお別れして、とにかく伊賀神戸方面へ向かいます、そこからは近鉄大阪線に沿って走れば、いつでも輪行で乗り換えなしで帰れるのですが、結局は西日と向かい風に苦しめられて、伊賀神戸駅から輪行する事に。 本日の走行83.8キロ。

鴨池キャンプ乱入

 今日はakutaさん主催で行われる「鴨池キャンプ」に今日1日だけですが、顔を出させて貰う事にしました。 ゲストに’98年~09年にかけて11年間130ケ国訪問15万km走行、世界2周ツーリングの中西大輔さんを呼んで頂いているそうです。
 せっかくですのでキャンプ乱入の前に、例によって課題消化、未踏の道路元標を4基ばかり巡る事にします。 朝4時過ぎに出発し奈良駅まで21.2キロを自走、輪行で福知山線篠山口駅へ向かう事にします。 写真は木津駅、ここから東西線~福知山線直通の学研都市線(片町線)の新三田行に乗車します。 実は近鉄大阪線利用で鶴橋を経由すれば、なにも奈良まで走る必要もないのですが、輪行袋を担いで改札や混雑する大阪駅コンコ-スと通らなくても済むのです。 ただ誤算が新三田で福知山行きに追いつくこの快速、新三田駅で折り返しの為に上り3番ホームに入ってしまい、乗換えの2分で階段を登り下りする事に、ちょっと焦ってしまいました。
 さて今日はAsukaCross ガードなし仕様、一番でかいTIOGAの輪行袋の出動です。 4両目と5両目の編成の継ぎ目、運転台の後ろにちゃっかり陣取、手すりにショックコードで固定、至って普通のアウトドア用品で20年以上愛用しています。 これで安心して居眠りできます。
 多紀郡篠山町は明治の里程標の現存は従来から確認されていましたが、大正の篠山町道路元標の現存は知られていませんでした、ところがはづきの伊集院さんがたまたま篠山歴史美術館門内に保存されているのを発見されてお知らせ頂きました。 私の知る限りネット上では初めて現存情報となるはずです。 なお篠山歴史美術館は元篠山地方裁判所の建物で見学は有料ですが、開門していれば道路元標の建つ処へは行けます。
 篠山と云えば小西パンの黒豆パン、差し入れにと3個入り2袋を買って行きます、2006年の「鴨池キャンプ」はなべちゃんと一緒で、季節も秋でしたので、加えて丹波黒豆も担いで貰って走ったものです。 しかし小西パンにはこの「黒豆パン」しか置いていません、そこが凄いと云うか。
 次の課題は有馬郡の長尾村道路元標大沢村道路元標、福知山線に沿ってできるだけ旧道を利用しながら南下し、相野駅前から新興住宅地のウッディタウン内を抜けるつもりですが、地形図もGPS搭載の地図も古くて、軌跡は何もないところさまようばかり、ニュータウンの中を登ったり下りたり、いつのまに方向を見失ってしまう始末。 最後はスマホ+GoogleMapで現在地と周辺地図を確認する始末、無駄な登り返しもあってかなり消耗してしまいました。
 どうにか長尾村と大沢村と巡り、北六甲ゴルフ場の間を抜けて、今日のコースのピークを越えます、と云っても標高300m足らずでしょうが。 今日最後の課題、美濃郡は淡河村道路元標に到着、この時点で予定の時間よりは遅れているので、鴨池キャンプ参加者との合流は諦めて、道の駅淡河でゆっくりします。 さて道の駅淡河を出発しようかとする頃に、キャンプ組とようやく連絡が取れて、まだ電鉄志染駅付近にいると云う事で、とにかく時間を見ながら三木方面を目指して走り、どうにか追いつけそうなので、志染駅へ方向転換、ただ付近の地図を準備していなかったので、またまた迷走して余計な坂を登る事に。 幸いキャンプ組とも合流し、鴨池キャンプ場まで一緒に走る事ができました。
 鴨池キャンプ場には子囃子さん他が待ち構えておられて、暫し歓談し記念撮影を。 その後こちらは世界1周の待井さんも駆けつけられて宴もたけなわとなるのですが、私とダイバーてっちゃんは翌日の予定があるので、ここでお別れ。 ダイバーてっちゃんのお世話になって桜井まで帰ってきました。 本日の走行、奈良まで自走を含め114.3キロ。
 なお大きなサイズの集合写真をダウンロードできます。 (要認証)

細野村道路元標まで

 気候も良くなって陽も長くなって、これから梅雨までの間はロングライドのシーズン。 後輪を夏支度(ツアラー700x28c 32h 11-27t)、あえて暫くはガードを付けずに、走るだけ走って気軽に輪行で帰ってこれるスタイルに。 ところがここ数日は待機モードが続いてあまり遠くへ行けなかったが、とにかく土曜日までは大丈夫そうので、まずは課題消化と云う事で、京都府北桑田郡にあった細野村道路元標まで走って行く事にしました。 実は昨年7月にあまり走りたくもない周山街道沿いの弓削村と小野郷村へようやく行ったばかり、細野村もその時に傍を通っていたものの気づく事なく、それが最近になって現存が確認されたのです。 しかしいくら自動車に乗らないとは云え1基の道路元標のために100キロも走って行くのも、ただ県道走破とか県道ヘキサとか何か目的がないと走り出せない性格なもので。

 いつもの様に上街道を北上、ならまち、猿沢池、興福寺境内を抜けて0630県庁前西交差点へ、いつもウロウロしている鹿どももまだこの付近には出勤前、鹿せんべい屋が屋台を出す頃にはどこからともなく集まってきます。 

 写真は奈良阪を登った処にある奈良少年刑務所正門、あの山下洋輔のおじいさんの設計だそうで、一昨年の矯正展では洋輔が所内でコンサートを開きました。

 細野村道路元標に行くだけなら高雄経由が最短なのですが、なにもわざわざ京都市内を抜けて交通量の多い国道を走る気は毛頭ないので、ひたすら自転車道を北上、流れ橋と松尾大社前のファミマで休憩しただけで嵐山に到着。 

 平日とは云え9時を回ると渡月橋界隈は観光客がゾロゾロ、化野から六丁峠を目指します。

 途中のコーナーを過ぎた辺りまでは乗って行けたのですが、嵐山まででちょっと調子に乗りすぎたのか、峠が見えているものの最後の100mが登れず押してしまいました、後ろからロードが1台、「もうちょっと」とあえぎながらスタンディングで漕ぎ上がってきました。 

 六丁峠を下るとJR保津峡駅を見下ろす辺りまでお気に入りコースです、運が良ければトロッコ列車や保津峡下りの船も見下ろせます。 とにかく新緑の緑が鮮やかです。

 保津峡駅への分岐を過ぎ、水尾、神明峠、樒原とひたすら登ります、昨夏は夏の盛りだった事もありますが結構堪えた印象が残っていて無理せずぼちぼちと行く事にします。

 神吉からR477を下り途中から府道<363>宮の下神吉線に入ります、細野川に沿った道ですが全く未踏区間で、R162に突き当たった処に細野村道路元標があるとの事。

 まえださん判ります? 笠トンネルから下ってきて信号に引っかかれば気が付くかも知れませんね。 とにかく細野村道路元標を無事GET、938基目になります。
 この後、笠トンネルが交互通行になっていて、車に追われるように抜けるのが怖かったですが、トンネルを抜けた処で一気に抜かれると、後は雁行状態なので車は暫くやってきません、中山橋まで一人旅、車さえなけれな周山街道は快走路なんですね。

 京見峠への府道<31>西陣杉坂線に入ります、実は昨夏R162が大雨で高雄付近で暫く通行止めになっていた時に来たので、迂回路になった京見峠は大渋滞。 今日は平和なものです、たた平日にもかかわらず学生の多い京都だけあってかロードがどんどん下ってきます。 ところで京見峠茶屋のところまで終えてくるとお休み、どうやら休日のみの営業だった様です。 後で調べるとHPもあって季節によって金曜も営業しているようです。

 おまけ、京見峠の下りでこんな光景が、どうやったらこう云う風にこけるんでしょうね。
 昨夏は不案内な京都市内を迷走した上やっとの思いで自転車道に出て、もう輪行するのも邪魔くさくなって日没後も走り続けて、桜井まで走って帰ったのですが。 今回は夕方の混雑する時間帯までに下って来れたので、近鉄と相互乗り入れしている地下鉄の国際会館駅に見当を付けて走って行ったら、松ヶ崎と云う駅に出たので、そこから輪行で帰途に就く事に、でも後で調べると北山駅か北大路駅の方が近かったのですね、やはり京都は良く判りません。 竹田駅で少し待って橿原神宮行き急行に乗り換えて17時には桜井まで帰ってきました。 走行126.8キロ、ちょっと走り足りないかなと云う感じでしたが、爽やかな空気と目に眩しい新緑の中を機嫌よく走ってきたのですから、信号の多い京都市内をウロウロしても興ざめなだけですので、これで良しと云う事で。

月うさぎお花見キャンプ(2日目)

 色々な鳥の声が聞こえてきて5時頃に目が醒めたのですが、珍しく30分位寝袋の中でうとうとしていました。 フライの裾からの冷気が結構寒かったものの、嵩高いマットの断熱効果が大きかったです、あとホカロン一つあれば快適だったかも、今年のこの気候標高600mの「月うさぎ」なめてはいけません。 Colemane AVORの中は横になったまま着替えられるのが精一杯の断面、一応前室があって長さは充分あり、俯せになって読み書きするには不自由はありませんが、でも中で過ごすには限界のサイズ、横になればすぐに寝付けてしまう人でないと辛いでしょうね、それに夏場はどうでしょうか。 収納サイズとペグダウン必須と云う事は自転車ツーリングのゲリキャン用としては及第点は出せませんね。

 気持ちの良い朝です。 荷物を片付けたり、適当に残っているもので朝食にしていると、仕事の都合で昨日から参加できなくなったtatsumi御大が名古屋から直接こちらへやってきたり、わしはGTさんが大宇陀の道の駅から走ってきたりと賑やかに。

 kikiさんは榛原まで走り、車にキャリーして貰って敦賀へ、今夜のフェリーで北海道へ渡りGW休みを過ごすそうです、若さとバイタリティには感心します。

 お昼から室生寺まで行こうと云う話になります、往復30キロ位2時間半位の行程です。 昨秋は往復単独行でオーストリッチのサイドバッグを外すの鬱陶しいのでこちらでは走らず仕舞でしたので、帰路も自走約75キロの行軍に備える9さんを置いて、5人で走る事に、まずは隣村の滝野にある「投石の滝」に寄ってから、染谷峠を目指します。

 染谷峠の北行きは何度となく走っていますが、正直云って室生寺から辰尾橋~大内峠~染谷峠と戻ってくるコースは苦手なんです、その上携帯が使える染谷峠まで登ると雲行きが怪しくて風も強い、雨雲レーダーを見ると奈良県北部を雨雲が通りすぎていrる様です、荷物も拡げたままですし。 SORAさんも冷やかしに来る様な書き込みがあったので、私だけここで引き返す事にします。

 染谷峠を下り滝野から一気に「月うさぎ」へと登り返しましたが、SORAさんは9さんと一緒に帰途に就いた様でもうからっぽです。 荷物を片付けていると少しパラパラと来たので慌てて荷物を屋根のある処へ移動させたものの、心配する程の事もありませんでした。 何しろ携帯も入らないので荷物を片付けてしまうとする事がありません、写真を撮ったりベンチに転がってみたり、11匹の犬と9匹の猫たちと同様に平和な春の午後を過ごします、そうようやく猫たちの名前と顔?が一致する様になってきました。 写真左下は店長のももたろう、右下は唯一の洋犬チロです。

 15時までには室生組も戻ってきたので15時半、天五さんと2人で「月うさぎ」を後にする事にしました、一谷峠を下り榛原の手前で天五さんと別れ、R166女寄を下って17時頃に帰投、2日間での走行72.7キロでした。 「月うさぎ」のオーナー夫妻と参加の皆さん有難うございました。 
 例によってうちのHPの「ツーリングの記録」に写真をUPしましたが、認証が必要です、ユーザー名は’pal’、パスワードはうちのFAX番号の下4桁です、カレンダーの奥付等をご覧下さい。 なおIE6以前のプラウザでは正常に表示できない場合があります。

月うさぎお花見キャンプ(1日目)

昨年秋に続いて東吉野村「月うさぎ」でお花見キャンプをさせて貰おうと考え、昨年参加できなかった方を中心に日程を詰めてみたのですが、最初予定していた4//16~17の日程では天気が悪くて、4/29~30に順延して行う事になりました。

 今回はモンベルのサイドバッグ大小をセットして出掛ける事にしました。 取付具の関係でちょっとイレギュラーな点もあるのですが、使う度に頭にきてキレかかる、気の利かないオーストリッチ製バッグを今回は使わない事にしました。 エアマットはバルブが壊れたままなので、嵩高いですがスポjンジ製のロールマットを積んで行く事に、とにかくマット以外の荷物はバッグに収まりました。 後は初めてのバッグレイアウトなのでシミー現象の発生が心配だったのですが、そちらは大丈夫の様です。 ただ走りだしてすぐに引き足がリアサイドに干渉するので一旦引き返す事にはなりましたが。

 昨年秋はR165西峠を越えたのですが、GW初日の上に天気も良いとあって車が多いので、距離、標高差ともに大きいのですが、大峠~宮奥ダムコースをとる事にします。 まずは多武峰へ向かいますが県道桜井吉野線も新鹿路トンネル開通後は交通量が増えました、それに今日は紅葉シーズン程ではありませんが観光バスも多くて、路線バスも増発されている様です。

 下居付近から百市にかけての急坂は押す覚悟していたのですが、どうにか休み休み漕ぎあげる事ができました、八井内から大峠を目指しますが、車は少なくなりますが、今日はこちらへも奈良交通のバスが回送でしょうか入ってきています。 標高560m程の大峠トンネルを越え、宮奥ダムまで下って暫し休憩です。

 菟田野松井橋のローソンで少し買い食いして、一谷峠への登りの始まる少々岩端で休憩。 今回は大阪天神橋から自走の天五さんも既に榛原まで来ている様子です。

 13時40分「月うさぎ」到着直前に大黒屋さんの車に追いつかれます、ダイバーてっちゃんも既に到着し、鉄人児玉さんも陣中見舞いにやってきて、春の柔らかな木漏れ日の中でコーヒーブレイクです。 残念ながら月桜は昨日の雨風で花を散らしてしまいましたが、その袂にテントを張らせて貰う事に。

 今回はMossOutlandではなくColemanのAVOR X1を下ろしてきました。 実は未使用のソロテントが2つもあったのです。 ビビィサックにするまでの勇気もなくゲリキャン用として買ったのですが、収納サイズや重量は満足できる程のものではありません。 一番の難点は自立しないのでペグダウンが必要です。

 泊まりのメンバーも揃い、近くの「たかすみ温泉」まで車で往復し宴の始まり、「月うさぎ」オーナーがキャンプファイアを準備して頂き、京都美山でのアイズラリーに参加していたUG兄さんも差し入れのケーキを持ってやってきてくれました。

2日目へ

ちょっと明日香まで

   昨日、通った時に満開だった稲渕の桜が気になったので、少しよってきました。 遠目に立派ですが、集落の上にあって電線とかがかぶって撮影ポイントも限られるのでちょっと絵にしにくかったです。 さすがに平日とあって静かなものです。


 

で、いつもの様にに案山子ロードを登って祝戸へ下り、甘橿丘から橿原神宮へ、「よろづ」でお昼を食って早々に帰ってきました。
 昨日の「お花見サイク」の写真をうちのHPの「ツーリングの記録」にUPしました。 例によって認証が必要です、ユーザー名は’pal’、パスワードをFAX番号の下4桁です、カレンダーの奥付等をご覧下さい。 なおIE7未満のプラウザでは正常に表示できない部分があります。

お花見サイク2011

 毎年恒例の「吉野お花見サイク」、ただ昨年は私が音頭取りしなかったものの今年は昨日に行おうと考えてみたのですが、雨が昼まで残りそうな気配だったので今日に順延、でも参加表明はT御大だけ、しかし集合時刻の9時に案の定、鉄人児玉さん、SORAさん、いしださんが現れ、今年は5人で走る事となりました。 集合場所の明日香村石舞台はご覧の様に桜満開です。

 毎年このサイクは来年のCanCan謹製カレンダーの4月用ヤラせ写真撮影会となる訳ですが、車がかぶったりとかで今年はTake3まで、でも最後はどこのどなたか知りませんが伏兵が現れまくられる始末。

 いつもの様にコースは石舞台~芋峠~津風呂湖畔~、芋峠の登りではトレーニング中の女性ランナーにまくられてます。 写真は峠で折り返して下って行く処です。

 津風呂湖畔

 大雨が降った訳でもないのですが、ダム堰堤の吉野側で法面が崩落していて県道入野河原屋線は通行止めになっています、自転車は自己責任で突破可能です。

 津風呂湖上流の入野(しおの)の桜並木も毎年の撮影ポイントです。 今年はいつもと違う場所からも狙ってみましたが、換算400mmでもちょっと遠すぎた様です。

 入野トンネルを抜け吉野川に沿って旧R169の国栖大滝線で川上村へ、写真は対岸に新しく植えられた桜、何年後かには対岸を覆い尽くす様に咲くのでしょうね。

 蜻蛉の滝に到着、でも桜はまだ早かった様です。 ところで蜻蛉の滝と云いながら、いつもここの四阿で休憩するだけで滝見物には行かないのです、少なくとも私は。

 蜻蛉の滝を後に吉野山へ向かいます、桜の方はまだまだこれからですが周辺は花見客だらけ、とにかく七曲坂を登りますが、それ以上はとても乗っては行けませんので、進まずに県道を下り吉野川河畔を西へ、椿橋を渡り壺阪峠を越えるいつものコースで帰途に就きました。
 壺阪寺の桜、境内を見下ろせる県道から皆で写真を撮っていると、鉄人児玉さんはどんどん先に行ってしまい追いつけずにその後遭えずじまい。 明日香村へ戻り甘橿丘でSORAさん、いしださんを橿原神宮駅方面へ見送ってお別れです。

 その後飛鳥川の桜並木の自転車道でT御大と写真を撮りながら、今年の「お花見サイク」を終えました。 本日の走行距離85.2キロ。