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年末恒例「第16回 石川ポタ」
大きな画像は「ツーリングの記録」からご覧下さい(要認証)
今回で16回目を迎える年末の恒例行事「石川ポタ」、元は「ランドナー補完計画」の行事だったかと思うのですが、現在はRRCB(Restoring and Riding Classic Bicycles)の行事として引き継がれています。大阪府柏原市の市役所前に集合し、大和川の支流石川沿いのサイクリングロードを20キロ程往復するだけの真性ポタリング、最初の頃は餅焼き程度のものだったかと思うのですが。ご夫婦やお子さんの参加も歓迎、また参加車種を決めている訳でもなく、小径車やリカンベントも大歓迎、ただ今風なロードバイクは馴染まないかも知れませんが。最近はアウトドアクッキングがエスカレートして、賄い組は食材機材輸送にキャンピング車を連ねて走る機会にもなっています。
さて今年は12月24日(日)と日程が決まったのが10日、ただ1週間位前になると気になりだしたのが天気予報、一時は降水確率が80%まで上がっていました。過去雪や雨の中での開催もあったものの、さすがにこの季節に降られるのは辛いものがあります。細かな予報がでる頃になると降り出すのは夕方からとの事、ただ今回も往復自走を考えていますので、帰り道が少々心配ですので雨支度をしっかり整えておく事にします。昨年同様賄いの方はD女史とのコラボと云う事で、柏原市役所までは鍋と火器を積んで行くだけですので重量的には楽勝です。
当初集合時刻は例年通りの10時だったのですが、予報が下り坂と云う事で前日になって9時に繰り上げになっていた由。朝になってそれに気付いて朝食を程々に慌てて7時過ぎに出発、最短コースのR165に沿った旧街道を急ぎます。大和高田までは旧街道の横大路(初瀬街道)を走りますが、その先は概ねR165を走り0844府県境へ。
一応遅れる旨のメッセージを入れますが、田尻峠を快調に下って9時9秒前に皆さんの待つ集合場所へ滑り込みました。
他に小径車やリカンベントもいますが、いわゆるマッドガード付き自転車が中心です。

ほぼメンバーが揃い準備が整った処で出発、大和川を渡り石川左岸の自転車道を一路南へ。
クリスマスイブとあってサンタさんとトナカイも登場。
10キロにも満たない距離なんですが必ず途中での休憩が、自転車談義に花が咲きます。ほっとくと何時までたっても動きません。

今回の目玉は何と云っても1946年と1958年のエルスキャンピングの揃い踏み。お飾りでなくちゃんと走っている処が素晴らしいですね。

通称「OHCHOの森」に到着、さっそく準備に取り掛かります。ところで集合時刻の繰り上げを知らずに10時に柏原市役所に行った人が若干名、追っかけてやってきました。
お馴染みダイバーてっちゃんはたこ焼き屋さんです。

しかし天気予報が信じられない最高のお天気です。

食事の後はもちより景品でのビンゴゲーム。

凄い豪華景品をつっちーさんがGET! 6リーチでもビンゴできない人も。

やはり話題の中心は最新の旅する自転車「ランドーナーの本」69頁掲載、H夫人のTOEI/26HEランドナー。

集合写真の後帰途に就きます。
帰途も休憩は欠かしません。



柏原市役所に戻ってきました。名残惜しいですが17時半には橿原まで戻らなけらばなりませんので、一足先に帰途に就かせて貰います。R25を王寺まで走り御幸橋から飛鳥川沿いの自転車道を走り、本日の走行77.9キロ、今年の行事はこれで終了、次は正月3日愛知県豊田市での「新春ラン」です。
例に拠って集合写真を含む当日の写真をうちのHPのアルバムに順次アップしています、[BYCICLE]→[ツーリングの記録]→[2017]と辿って下さい。1920×1280の大きなサイズもダウンロード可能です、参加者の方には再利用して頂いて結構です。なお認証が必要です、ログインは’2018’、パスワードは2018年の「CanCan謹製カレンダー」の裏表紙右下黄色枠内の4桁の数字です。なお暫くの間2017年のパスワードも使用できます。
笠置キャンプ(2日目)
参加者8名と陣中見舞い1名で記念撮影、大きな画像は「ツーリングの記録」(要認証)からご覧下さい。

今回は12日(日)がI’sBICYCLEの例会+タンデム学会とバッティングしたためか、マッドガード付き4サイドでの参加者は私を含めてトリトンさん(写真左)とkitamakiさん(写真右打)の3台と少々寂しかったですが。
変わった処では、滋賀県から走ってきたniwa-chanさんのKHS、実は延陽伯号の参入で埃をかぶっていたウチのKHSをお譲りしたものなんです。
あちこちで自転車談義、ただ今回はカヌー談義の方が盛り上がっていた様な。(Photo : トリトンさん))
昨年秋同様haradaさんが差し入れを持って遠征してきてくれました。
名残惜しいですが、夕刻から所用があるので、10時過ぎ一足先に笠置キャンプ場を後にします、いつもは山越えで帰るのですが、今回は往路と同じくR163から奈良市街経由で。1144に府県境を越え、1220観光客で賑わう猿沢池で一息入れ、1342には無事桜井に帰投しました。本日の走行43.0キロ。
例に拠って集合写真を含む両日の写真をうちのHPのアルバムに順次アップしています、[BYCICLE]→[ツーリングの記録]→[2017]と辿って下さい。1920×1280の大きなサイズもダウンロード可能です、参加者の方には再利用して頂いて結構です。なお認証が必要です、ログインは’2017’、パスワードは2017年の「CanCan謹製カレンダー」の裏表紙右下黄色枠内の4桁の数字です。
これで今年14泊目のキャンプ納めになるかと。
5月3~5日「第11回月うさぎキャンプ」
6月22~24日「猪名川キャンプツーリング」
7月13~16日「しまなみキャンプライド」
8月13~14日「野迫川キャンプ」
8月27~28日「南の海へ」
9月24~26日「淡路島キャンプツーリング」
10月8~9日「月うさぎキャンプ番外編」
10月31日~11月2日「野迫川キャンプツーリング」
11月「笠置キャンプ」
笠置キャンプ(1日目)

この週末は恒例の「笠置キャンプ」、昨年秋と同じくFacebookのグループ「自転車キャンプツーリングを愉しむ会」のイベントをも兼ねています。気になっていたお天気の方ですが、未明にはあがる予報でしたので明るくなったら出掛けるつもりでいたのですが、グズグズと降ったり止んだりの状態が続いて出るに出られません。いつもの様に大和高原経由のルート(針~布目ダム)は諦めてギリギリの時間まで様子を見ていたのですが、雨雲レーダーを見ると何やらうちの回りだけがピンポイントで降っているではありませんか。1024 雨の止み間に4つのサイドバッグにカバーをかけて、ポンチョを準備して走り出す事に。「笠置キャンプ」にはイスやテーブルも積んで行くので荷物は目一杯、そこへ雨具は余計な荷物になるんですが。
天理の手前で少し時雨た位でポンチョを出す事もなく一路上街道を北へ、奈良市に入る頃には青空も見えてきました。ただ晴れるに従って北西の風が強くなってきました。
途中で調味料などを入れたケースを積み忘れてきた事に気がついて「ビッグナラ」へ寄り道、もとの遊郭街の中にあるスーパー、奈良市街では木辻町のこのお店が結構安いんですよね、ついでに昼食のおにぎりも調達。
「ビッグナラ」の後、いつもの様にならまちへ入ってしまうと観光客がゾロゾロと、よくよく考えると休日のお正午、すんなりと通り抜けられる訳がありません。県庁前から奈良阪へ、少年刑務所跡前を経てようやく京都府へ入ります。鹿背山から観音寺と大仏線跡に沿った道を経て木津川河畔へ、しかし鹿背山界隈も宅地開発が進んでずいぶんと変わってしまいました。ここまで街や村の中を縫う様に走ってきたので風はさほど抵抗にならなかったのですが、木津川べりでは横風に煽られ、恭仁大橋ではまともに向かい風で前に進みません。
ようやく渡りきり井平尾の交差点への抜け道を、ここから信楽への府道はローディも結構多いルートです。1台のローディが怪訝そうな眼差しでこちらを覗きこみながら無言で抜かして行きます、「こんちわ!」と挨拶したものの無視、すれ違い様とかで無視されても、気がつかないとかタイミングとかもありますので一々気にはかけないのですが、キャンピングが珍しいかも知れませんが、本当に失礼な輩もいるもんです。
井平尾からあまり走りたくないR163へ、しかし加茂から笠置へはこの道を通るしかないので。トンネルを抜けると前方にキャンピングが、どうやら枚方から走ってきているKさんの様です、気が付くまで写真を撮ったりしながら黙って付いて行きます。実は木屋から峠を下ってきた滋賀のNさんが私の後ろに付いたそうなんですが、砂にタイヤをとられて転倒していたとか。

笠置大橋の手前でようやく気づかれました。橋から見下ろすキャンプ場は盛況です、この季節にこれだけ埋まっているキャンプ場はそうはないでしょう、1日300円と安い事もありますが。
キャンプ場へは13時過ぎに到着、既に鈴鹿のあびさんが到着しています、今回はリハビリ中とかで自転車は積んでいるものの車で来ていますが、あれだけカヌーに乗っていて何がリハビリやねんとの声。「転けた、転けた」とNさんも到着、しかし後続車がいなくて無事でなにより。早速設営開始です。

さて設営が済んだところで遅めのお昼に、寒いシーズンの私の定番、なべ焼きうどん也。
神戸からタモさんも到着して今回の参加者8名が揃いました。うち自走での参加が4名、4サイドが3台と云う内訳です。あびさんが大型テントとストーブを持ち込んでくれたので夜もみんな揃って暖かく過ごせます。
日頃は飲まない私もグループでのキャンプの時は別、従って9月の「月うさぎ」以来のアルコールです。さすがにここも直火禁止ですので、タモさんは焚き火台を持ってきて、0時過ぎまで宴は続きました。
野迫川キャンプツーリング(3日目)
3日目の朝、今日もお天気は良さそうです。四阿から東側の展望は植生に遮られてイマイチですが、木々の間から今日も日の出を拝む事ができました。


最近些か低調の「自撮り」ですが、今回は意気込んで出てきたものの紅葉がいまいちでパッとしません。タイノハラ線は昨日野迫川温泉側に下るつもりでいたのですが、野営地が入れ替わってしまったので、今日は高野龍神スカイライン側へ引き返す事になり、四阿の前と少し展望の開けた処でトライしてみたのですが。

スカイラインを経て野迫川村役場へ下り再び高野辻へ登り返します、今日は雲海が見えたのでしょうかね。

野迫川村中にて
県道733号川津高野線紀和トンネルを抜け、野迫川村を後にします。

上筒香から富貴と8月にも走ったコースで五條へ下ります。県道732号五條阪本線の豪快なダウンヒルです。
1435 五條の吉野ストアまで下ってきました。「自撮り」の時とかは外していたのですが、ここでようやくゴミを処分する事ができました。

17時過ぎ、日没には明日香村まで帰ってきました。本日の走行84.8キロ、3日間で219.8キロになりました。紅葉や「自撮り」は今一つでしたが、雲海を見られただけでも良かったかな。

ところでお気付きかも知れませんが、今回はおニューのテントです。Geertopと云う中華ブランドのテントです。リーズナブルな事が一番なのですが、品質も良くなかなか気の効いた製品ですが、一人用にはちょっと大きすぎた事、スノースカートまで付いるのですが、冬用としてはインナーの天井近くのメッシュ部分が広すぎるのが矛盾している様な気がします。雪でなくてもスノースカートの効果は大きく裾からの冷気を遮断してくれます、巻き上げておく事も可能ですが、付いている限りは嵩高さは否めません。実は同社の1人用と勘違いしてポチってしまったものなんです、1人用はスノースカートは付いていないのですが、安いから良いものの何を勘違いしたものやら。

新しいグッズで今回重宝したのがこのLEDライト、単4/3本で明暗3段階に点滅機能が付いています、気の効いたテントならインナーにリング等がついていると思いますが、裏側のフックを起して引っ掛ける事ができます。(カラー、スペック違い?で格安のものもありますが、同様の製品なのかな)
そして今回一番有り難かったのは湯たんぽ、ダイソーで売っている百均商品(カバーは別売り)で、流石に朝までは持ちませんが、助かりました。気を良くして調べてみるとドイツ製の柔らかい材質のものがあるらしい、ゴム製の氷枕の様なものなのかな、誰か試してみません?
野迫川キャンプツーリング(2日目)
幸い風はなかったものの相当気温は下がっていた様です、夜中に湯たんぽのお湯を沸かし直す事に、後で聞いた情報では高野山では氷点下だったとか。それでも雲海狙いのアマチュアカメラマンと思しき車が5時前から何台もやってきます。一昨年はまったく見られなかったのですが、今朝はどうかな。
5時半頃、東の空が明るくなってきて、野川谷を雲が覆っているのがどうにか判る、幾らかは期待できそう。

まぁあまり人と同じ様な写真を撮っていても仕方がないので、自転車を入れながら何枚か、ブログやSNSのタイトル画像になりそうな位のものは何とか。
7時過ぎにはすっかり太陽は昇ってしまい、コーヒーを飲んだりしながら9時過ぎには撤収完了。雲海狙いのカメラマンの姿はもう、雲海も野迫川村の貴重な観光資源ですが、お金は落ちませんね。
昨夜登ってきた荒神口まで下ってくると食堂「グリーン」が開店した処なので、ここで2度目の朝食に。昔からあるのですが、平日しか相手いないのでは入るのは初めてです。丁度立里荒神へ登って行くバスが。奈良県でありながら村役場のあるここへは奈良交通はやってきません、高野山から南海りんかんバスが1日2往復やってきます。

超のつく激坂が続くのですが、恐らく20数年ぶりに立里荒神へお参りにきましたが、さすがに4サイドでは登れません、参拝の車も結構やってくるので蛇行も敵わず、一度降りるともう終りです。
お盆にも走ったのですが、川津高野線を川原樋川まで下ります、紅葉の方は些か期待外れでした、適当な「自撮り」ポイントも見当たらず。
川原樋川にて
野迫川村で唯一確実の食事のできる処はここだけです、村営の野迫川温泉ホテル。荒神さんへ参ったりして結構時間が推してしまったので、遅めの食事と菓子パンを2個ばかり調達、水の補給も。川原樋川沿いは結構あちかちで水が出ているのですが。
桧股経由で高野龍神スカイラインの方(棒)峠に取り付いたのはもう16時近く、少し走ると野迫川村の案内所も兼ねた「鶴姫」があるのですが、今は営業をやめたのか廃墟の様になっています。
タイノハラ林道に入り少し走ると四阿があり、ここが今夜の野営地です。なお水場もトイレもありません。高野山から野迫川温泉ホテルへの送迎バスはこの林道を通るのですが、暗くなる通う車は殆どありません。西側の稜線をスカイラインが走っているので単車の音とかも聞こえてくるのですが、ドコモですら電波状態が悪くテントの中では全く通信はできません。
和歌山県との県境の稜線に陽が沈みます、遥かに紀伊水道が見えるはずなのですが、しかし9月の淡路島と云い今年は日の出と日没に縁がありますね。本日の走行41.6キロ。
野迫川キャンプツーリング(1日目)
10月30日から11月3日かけて時間がとれたのでソロでキャンプツーリングを画策、紀伊半島の内側を3泊位で回ろうかと考えてみたのですが、折り悪くやってきた台風のせいであちこちで道路はズタズタに、幾つか走っておきたいポイントを巡る事は難しくなってしまいました。お天気回りも考えせめて2泊3日でも何処か走ろうと考えた挙げ句、お盆にも行った野迫川村と暫くご無沙汰の琵琶湖の2つの案が、野迫川の方は夏と同様に九度山から紀伊清水経由で上がるつもりが、九度山町の真田橋から赤瀬橋の間が通行止に、琵琶湖の方は海津回りに加えて旧賤ヶ岳隧道の飯浦大音線が通行止に、海津はともかくこちらが通れないと、交通量も多いR8のトンネルをそれこそ命賭けで抜けなくてはなりません。奥琵琶湖の景観なしではネ、そんなこんなですっかりテンションが下がってしまいました。
結局、少し早いかも知れませんが紅葉の季節、雲海にも期待して野迫川へと向かう事になったのです。
0524スタート、朝駆けの得意な私にしては遅い出発、とは云っても明日は11月、まだまだ暗いです。いつもは1時間程で着く吉野口駅まで1時間20分も掛かる始末、下がったテンションが戻ってません、五條市へたどり着く頃にはお日さまはすっかり登ってしまいました。ローソンでコーヒーブレイクの後、24時間営業のスーパーで買い出しを、これより山側に入るとコンビニやスーパーの類いは皆無と云って間違いありません。
写真は五條新町にに残る五新線の遺構、五新線はレールが敷かれる事なく専用道としてバスが走っていた未成線、この部分はバス専用道としても供用される事はありませんでした。
バス路線は国鉄バスから奈良交通バスと受け継がれたものの先年廃止されました。専用道跡は健在ですが原則的に走行は認められていません、平行した一般道を走り、R168が生子(おぶす)で通行止になっている(迂回路はあるらしいのですが)ので、ダメ元で丹生川沿いの旧十津川街道へ。

大きな落石もなく、ただ倒木があって完乗と云う訳には行きませんが、無事に突破する事ができました、しかし山を削って作った現代の道より、歴史のある古道の方が災害には強い様な気がします。まぁ4サイドで突っ込む処ではないのですが。
河瀬直美監督の代表作「喪萌の朱雀」で恋野バス停となっていた賀名生バス停跡にて「自撮り」をしたりしながら小休止。
R168の新天辻隧道の手前の「峠とうふ店」、以前から気になっていたのですが、時間が押していたり営業期間時間外とかで立ち寄る機会がなかったのです、中にはテーブル席もあってお豆腐を頂く事ができます。トッピングの鰹節はともかく、しょうがが妙に割高だなと思ったらチューブが丸々一本、余ったらお持ち帰りです。追加で油揚げも頂きましたが、野迫川の高野豆腐伝承館に軍配かな。
新天辻トンネルに到着、R169の新伯母峯トンネル同様、新とは言い難いトンネルです、数年前に路面を改修して路肩寄りも走りやすくなったのですが。旧の天辻隧道も一応健在ですが、五條市側がダートです。
野迫川村へは小代下から県道53号高野天川線経由が近いのですが、野川上から高野辻の間が通行止らしく、そうなると天狗木峠経由となり、激坂を延々と登らなければならないので、R168を大塔町宇井まで南下し県道754号高野辻堂線に入る事に。
宇井でR168と別れ県道734号高野辻堂線へ、2011年に起こった紀伊半島大水害の爪痕が今も残っています。2年前にも「吉野周回ツーリング」の2日目で通ったのですが、道路部分は相変わらずダートのままです。
1458川原樋川林道が分岐する鉄橋に到着、2年前に比べると1時間半は早いのですが、深い谷にはもう陽が差しません。
1640 池津川に到着、宇井からここまで1台の車にも合いませんでした。予定ではタイノハラ林道まで行くつもりでしたが、このペースでは真っ暗なスカイラインを走る事になるので、今夜は高野辻止まりとなりそうです。
1728 荒神口に到着、自販機で温かい缶コーヒーで一息入れ、飲料と水を補給します。
「月うさぎキャンプ」番外編 2日目

天気予報は悪くないのですが、標高600m超の山の中の「月うさぎ」は未明から少々時雨れています、しかし秋の「月うさぎキャンプ」としては今までで一番寒くなかった様な、湯たんぽもホカロンも用意してあったのですが。明るくなった頃には起きだし、のんびりと朝食や撤収の準備を。ゆっくりと時間の流れる心地良い時間です。
自走組の出発を10時半と決めて、一足先に滋賀へ帰るniwa-chanさんを囲んで記念撮影。(大きな画像は「ツーリングの記録」から 要認証)
続いて大阪へ帰るショコラさんとkiki君を含む私達4名が「月うさぎ」を後にします。谷尻(たんじり)の三叉路まで下り、僅かの距離ですが一谷峠へ登り返します。(Photo : skuramさん)
一谷峠の下りでは鹿を追っかけたり(写真左)、芳野川沿いでは「よろづ」のmillonさん新車お披露目ライドの一行とすれ違ったり。 (トリトンさん撮影の動画から引用)
少々遠回りですが車の来ない宇陀川沿いの長閑な道を行きます。いつも女寄(みより)経由で下るのですが、今日は「ぶれーど・う」へ行くために榛原から西峠を越えます。
奈良県で一番旨い完全手打ちうどんの店「ぶれーど・う」、開店の12時丁度に到着。休日とは云え私たちで満員に。後はのんびりと散策しながら帰りたいと云うトリトンさんとお別れし、桜井で大阪へ帰るお二人を見送り「月うさぎキャンプ」番外編を終えました。
「月うさぎキャンプ」番外編 1日目
8年目11回を数える「月うさぎキャンプ」ですが、年2回開催が続くと多少マンネリ感も、今秋はお休みしようかと思っていたのですが、skuram氏他からリクエストがあり、緩くこじんまりと10/8~9に1泊2日で行う事に、それでも10名程の参加表明が。
さて私はいつも通り4サイドで走って行く事にしましたが、今回は芋ヶ峠経由の参加者はいませんので、最短コースではありませんが、榛原のスーパーでの買い出しを考えR165西峠経由で行く事にしました、「月うさぎ」ですのでイスとかテーブルの用意は必要ないのですが、標高600m超ですので秋装備に食材満載で4つのサイドバッグは満タン、加えて「自撮り」用の三脚も。
7時過ぎには桜井を出発しますが休日とあって西峠を登るサイクリストもちらほら、重装備ですが吉隠(よなばり)で抜かされたローディに頑張って付いて行きます。榛原のオークワで生ものの買出しがありますので、西峠のローソンでコーヒーを飲みながら時間調整。
SNSを開くと、自走組の皆さん思い思いにこちらへ向っている様です。kiki君は竹之内峠、ショコラさんは住吉大社で安全祈願。
榛原からは芳野川沿いの道を行きます、県道から離れ芳野川右岸の道に入ってみたり。菟田野の旧街道の街並みを走り、岩端で小休止の後、一谷峠へ向います。
一谷峠にて、「自撮り」にトライ、なかなか思い通りのコース取りができず、時間もある事ですしテイク6まで。
12時前には「月うさぎ」に到着。追っかけskuramさん一行も車載で到着し設営の後、毎年カレンダーに登場する凹凸コンビを引き連れてポタリングに。
自走組も追々到着します。奈良市からトリトンさん、滋賀からはniwa-chanさんが。
設営風景。
今回はたこ焼きに挑戦、拾ってきた栗は、ショコラさんの手でスイーツに。
今回、私はたこやきとポトフを用意しましたが、この人には敵わない、ショコラシェフ(写真:kiki君) 

お久しぶりのSORAさんに、kiki君、「月うさぎ」初参加のトリトンさん。UG兄さんも陣中見舞いに。
少し翳り始めていますが、月も昇り、火を囲みながら「月うさぎ」の夜は更けて行きます。
タリム侵攻に出撃中止、武装解除の巻
この連休は気のおけない友人たちとキャンプツーリングに出掛ける計画を愉しみにしたのですが、台風18号「タリム」が本州直撃の予報に、数日前から宮古島付近でクダを巻いていたのですが、昨晩北東に転進したのを確認して、出撃中止命令を。素晴らしいコースと愉しいメンバーに、月初の「弓削島キャンプ」の計画も中止して、予定を繰り合わせて準備に勤しんでいたのですがネェ。

asuka号に準備した装備、武装解除するだけなのですが、あまりに悔しいと云うか、折角ですので4サイド支度のまま市内巡回に、しかし乗っていると余計に腹がたってきました「タリムめ!」って、自然現象なんですから怒っても仕方がないのですが、しかし連休に日本全国に影響を及ぼすコース、被害がでなくても経済的損失は大きいでしょうね、キャンセルを入れたキャンプ場のおじさんもため息まじり。
明日から雨が降り続くと云う事ですので、出掛けたついでにスーパーでお買い物。左後ろのサイドバッグにはクーラーバッグを仕込んでいます。
帰宅後、せっかく準備した荷物を片付けるだけなのですが、いつもも行きも帰ってきてからもバタバタしていますので、この機会にブログネタにと装備紹介の写真を撮りながら武装解除する事にしました。
4つのサイドバッグは現行製品ではありませんが10数年前に買ったオーストリッチのS-5に、勿体無い話しですがモンベルのサイドバッグに付いていた取り付け具を転用しています→「サイドバッグ改造中」 ジルベルソーでも同様の事が云えるのですがフックとスプリングでの装着はショックで脱落する事がままあります。このS-5ご他聞に洩れず決して使い勝手の良いものでもありません。デザインが今風過ぎるので手が出せないのですが、使い勝手や対候性の点でオルトリーブには敵いません。
前後左右への荷物の配分は、基本的に出し入れの頻度で決まるのですが。今回は夏装備ですので、右前だけになんとテント、マット(120cm長)、寝袋、タープ(ポール含まず)が収まってしまいます。ただ秋冬春の装備ではテントのMossOutlandが大きいためにバッグには入らずにパニア台に、寝袋とマットだけで右前のサイドバッグをほぼ占領してしまいます。
写真のテントとタープはNature hikeと云う中華ブランドのものです。まだ何度も使っていませんが、機能的には充分なものです、オールメッシュのインナーは真夏は快適です。写真は弓削島にて。
マットは長年モンベルの180cmのものを使っていましたが、少しでもコンパクトにしようと、クオルツの120cmのものを最近入手しました。(写真上)
サイドバッグ左前は衣類と雨具です。今回は雨も覚悟しないといけない状況での強行も考えたのでサイドバッグのカバーを含めて雨具は重要です。両方でほぼ占領してしまいます、寒冷季は衣類だけ一杯になるかと。スタッフバッグに分類して入れておきます。サイドバッグの大きさに応じたスタッフバッグを使うと詰め直したりする無駄がないかと、また枕にもなります。ところ前後左右の重量の配分ですが、私の場合、前が幾分軽めで、前の左右のバランスはできる限りとります、前後のバランスはシミー現象の発生とか微妙な部分があるのですが、少し調整しただけでシミーが収まった事があります。

サイドバッグ右後です。長尺ものをバッグの上に固定していますが、最近はコンパクトになる良いものがあってイスとテーブルを含めて、火器、コッフェル等一式が入ってしまいます。なおキャンプ用品を自転車ツーリング用として購入する場合は収納寸法が重要です。サイドバッグに収納する場合は大きなサイドバッグでも長辺40cmが限界です。パニア台に縦置きにしたとしても無理無理60cmまででしょう、私の場合テーブルとタープのポールが45cmでした。サイドバッグの上も脚と干渉を考えると50cm位が限界でしょう。ちなみにこのサイドバッグ上のベルト通しはことごとく千切れてしまい、今使えるのは1つだけです。このあたりオーストリッチ品質ですな、輪行袋などファスナーの縫い代がほつれて、輪行支度の度に噛みこませて格闘しています。
そう考えてアウトドア用品を探してみると、思った以上にないものです。Nature hikeのタープ用のポールを探す時にも適当なものが見当たらず、昔使っていたイスカのものを加工して使っています。火器、コッフェルの類はどうしても円筒形のものが多くパッキングには無駄ができますね、この辺りを考えたのか四角いコッフェルもありますが、洗いにくくて私は好きではありません。
サイドバッグ左後、一番アクセスがし易く、後ろの左右バランスはある程度許容できるので、食料類がメインとなります。今回は食料は現地調達ですので、小型のクーラーバッグとカトラリーや調味料の類を入れたケース、今回は前左が一杯ですので洗面具などを入れたポーチがこちらに入っています。クーラーバッグに入れる保冷剤はぬるくなってしまえば余分な荷物ですので、コンビニのある地域ですと凍らせたパウチ飲料やペットボトル飲料を活用するのが良いかと、まぁこれからの季節そうも入用ではないかも知れませんが、野営地到着後まずは冷たいビールをと云う方やぬるいワインはいやだと云う方は。なお今回は一番底に輪行袋を入れています。
さてこの4つのサイドバッグでどれ程の重量になるかと云いますと、前右4.9kg、前左4.1kg、後右(バッグ上長尺もの込)6.4kg、後左(食料品など含まず)4.3kgとなります。まぁ食料などを積み込んだら優に20kgは超える計算です。
あとフロントバッグとサドルバッグがある訳ですが。サドルバッグにはモンベルからかつてフロント用としてでていたものを使っていて、主にメンテナンス用品が、パンク修理キット、ネジ類、ゴム板、ニップル回し、チェーンカッター、ナイフなどが組み込まれた十徳ペンチ? スペアチューブ×2本、軍手、使い捨てのニトリロ手袋、サドルカバー(革サドルなもので)。青い2つのランプはクランプ式になっていて、ナイトランや長大トンネルを通過する時に右側の前後のサイドバッグに取り付けます、追い越そうとする車からの視認性大です、本当は黄色がほしかったのですが、赤、青、緑しかありませんでした。あと写真右下の方は人間用のヘッドライト、キャンプ用としてだけでもなく、ナイトランでパンクやトラブルになった時の事を考えてみて下さい。これで1.8kgとなります。
フロントバッグの方は殆どカメラとモバイル機器に占領されてしまっていて約3kg。これで都合25kg近くになっています、実はこれに重量1.3kgの三脚をパニア台の上に括り付けて出掛けるつもりでもいたのですが。ただ身体につけるのは財布とスマホを入れコンデジをぶら提げたウェストバッグだけ、決してリュックを担いで走るなんて真似だけはしたくはありません。但し食料品とか短時間短距離、軽量な荷物を運べる様に簡易なナップザックを畳んでフロントバッグの底に忍ばせてあります。
さてそれだけの荷物を括りつけるasuka号そのものの重量は幾らあるかと云いますと、サイド枠を付けたキャリア装備の上の写真からサドルバッグがない状態で計ったところ16kg,、軽量化にうつつを抜かすローディなんかお構いなし、乗員込み軽く0.1トンを超える世界でした。
なお秋冬春支度の場合はテントをパニア台の上に載せてご覧のスタイルになっています、写真は2016年3月の「四国ツーリング」の時のものです。






