
Mさんへのとどめに写真追加しておきます。

これでもか

これでもか

頸城大野駅にて、やはり国鉄色が良いです。
近くに大野村道路元標があります。

明日香村石舞台前
明日香村石舞台
明日香村栢森
津風呂湖畔
で、吉野山はまだ早かったです。

当初の予定では昨夜に別府から四国八幡浜に渡り、予讃線から瀬戸大橋経由で帰るつもりでしたが、昨日の雨で酷く濡らされたので、大分泊まりにして、小倉経由で帰る事に、ただし小倉までは日田経由で(^.^)
大分0619→日田0937→小倉1223→下関1315→1830三原1842→2154姫路2157→2258大阪2303→2318鶴橋、
無事に鶴橋まで帰ってきました、終電なので桜井に着くのは0008です、JRだけで\10,500分乗車。
今回の収穫
【418】 佐賀県 藤津郡 鹿島町 (現 鹿島市)
【419】 佐賀県 藤津郡 浜町 (現 鹿島市)
【420】 佐賀県 杵島郡 佐留志村 (現 江北町)
【421】 佐賀県 杵島郡 武雄市 (現 武雄市)
【422】 佐賀県 神埼郡 神埼町 (現 神埼市)
【423】 長崎県 南高来郡 深江村 ( 現 南島原市)
【424】 宮崎県 北諸県郡 高崎村 (現 都城市)
【425】 宮崎県 宮崎市
【426】 児湯郡 美々津町 (現 日向市)
【427】 宮崎県 東臼杵郡 細島町 (現 日向市)
今日の予定は宮崎県下に残るうちの4基の道路元標ですが、あいにくの雨は風もあって結構本降りです。 今夜別府から四国に渡り、帰途に就く明日のルートも絡め検討中です。
← 都城駅にて
吉都線を高崎新田駅まで戻り北諸県郡の高崎村道路元標を、宮崎市に移動して県庁前で宮崎市道路元標を、今や宮崎県庁は観光スポットで次々と観光バスが乗り付けてきます。
日豊本線を北上し美々津へ、駅から美々津の町並みまでは結構な距離がありますが、雨は一向におさまる気配がありません。 美々津町道路元標は美々津の古い町並みの南外れに、美々津の名は僅かの間ですが明治4年から6年までの間、都城県とともに美々津県として宮崎県の前身となった事もあり、町並みが保存されています、かなりこじつけた謂れですが日本海軍発祥の地とか。
幸い美々津から日向市中心部へ宮崎交通の路線バスがあり、良いタイミングで次の細島町道路元標へ歩いて行ける処まで移動する事ができました。
←18切符にとっての難所、日豊本線の宗太郎越えです。 普通列車は一日3往復しかありません。 乗っている乗客も半分以上はその筋の方々かと…比較的若い女性もいたのはご時世なのかと。
早朝から道路元標求めて次の肥前浜駅まで歩きます、長崎街道肥前浜宿。
肥前山口駅で佐世保線に乗り換え武雄温泉駅に向かうつもりが列車を乗り違えて戻ってしまうと云う、元鉄にしてはお恥ずかしいチョンボをしてしまいました。 肥前鹿島からバスで武雄温泉へ向かう手もありましたが、結局は肥前山口へ戻り先に佐留志村道路元標を探索する事に、幸い思っていたより早く見つけ出す事ができて武雄温泉へ。
杵島郡の武雄町道路元標は武雄温泉楼門脇にあります、この楼門は重文です。
佐賀県県下の道路元標5基をGRTして佐賀県立図書館へ向かいますが、大正期の県報は多くが逸失していて揃っていません、県庁南別館にある「歴史的文書閲覧室」を紹介して貰い、そちらには大正9年他の県報がありましたが、目的の「道路元標ノ件」は見つかりませんでした。