「自転車」カテゴリーアーカイブ

「月うさぎ」から室生村道路元標へ

  奈良県宇陀郡曽爾村山粕の山粕郵便局前に昨年、再建された「室生村道路元標」、近いと云えば近いのですが、桜井から自転車でそれだけに往復するのも芸がないので、気候が良くなったら東吉野の「月うさぎ」経由で回ろうかと企んでいたところ。 たまたま昨日TwitterでSORAさんも走りに出ると云う事なので、11時頃に菟田野界隈で合流して一緒に走ろうと云う事に。

 東吉野へは遠回りなものの芋峠を越え、吉野川から高見川沿いに遡上するのが定番コースですが、今日は多武峰から大峠トンネル経由で宮奥へ下るルートをとる事に。 多武峰まで県道桜井吉野線も新鹿路トンネルが開通でずいぶん交通量が増えてしまったのが、とにかく脇道の使える処はそちらを走りますが、急坂の下居から百市あたりは他にルートのないのが。

 時間の余裕はあったのですが、電話があったりヘッドランプの電池交換にてこずったりと1800mの大峠トンネルを抜ける頃には10時半になってしまいました。

 「月うさぎ」は食事は予約制(その上不定休)なので、大宇陀の「アナンダ」でパンを買って行きます、「アナンダ」と「のら」のパンは持ち込みOK。 ところでSORAさんは既に菟田野へ入っている由、別に場所を決めている訳ではありませんが、 古い付き合いですので暗黙の了解で、松井橋のローソンへR166新道を直行、ところが姿が見えません。 どうやら水分神社でグローブがなくして探しているとの事。

 岩端で少し休憩の後、一谷峠を越え「月うさぎ」へ、相変わらず犬たちの歓迎?。 猫たちも暖かくなったので庭をウロウロ。 昨日奈良テレビの番組で紹介された事もあって、いくらか問い合わせの電話もあるそうです。  

 昨秋にテントを張ったスペースが整備されて、バーベキューコンロができていました。

 滝野へ一旦下り、染谷峠から大内峠を経てR369に入ります。 「室生村道路元標」は現在の曽爾村山粕の郵便局前に案内付きで昨年再建されました。 伊勢本街道の宿場山粕は、かつて室生村に属していたのですが、昭和29年に曽爾村に編入され、翌年に残る室生村域と三本松村に山辺郡東里村が合併し宇陀市となるまでの室生村となりました。 道路元標は伊勢湾台風禍で流され、その後発見されたものの元郵便局長宅に保管されていたと云う経緯があります。

 曽爾村掛から名張曽爾線へ、赤目掛線との分岐から北、三重県側はずいぶん久しぶりです。 SORAさんの案内で青蓮寺川右岸の道へ入ったりしながら北上します。 真正面に鎧岳を見上げるこちらの道はなかなかお奨めです。 ダム堰堤までは下らずに青蓮寺橋を渡り赤目口駅方面へ越えます。 こちらも私には未知のルートでなかなか新鮮です、なによりR165の夏見へ下らずに済むのが良いです。 赤目を過ぎてから少しはR165を走らざる得ませんが、三本松からは海老坂峠への旧街道に入り、大野寺に車をデポしているSORAさんとは室生口大野駅を見下ろす辺りでお別れします。 室生ダムから湖畔を走れば100キロ越えが確実なのですが、曽爾からずっと向かい風で少々くたびれてきたので、榛原までは素直にR165を走り、篠楽から女寄辻経由で暗くならないうちに無事帰ってきました。

本日の走行97.8キロ
【932】 奈良県 宇陀郡 室生村 (現 曽爾村)

久しぶりに明日香ポタ

 お昼までに用事も片づいたので、午後から久しぶりに明日香方面に足を向けました。 3月ももう末と云うのに石舞台付近の桜はまだまだ、例年より1週間ほど遅いかも。 菜の花は綺麗に咲いています。 昨日の疲れに、久しぶりに固いサドルに跨ったのが効いているのか、今日は芋まで行かず栢森で少し写真を撮ったりして折り返す事に、稲渕から案山子ロードへ、もうコンテストの案山子は綺麗に片付けられて、例のロボットの様な「せんとくん」だけが。 朝風峠の下のベンチで、モールトンの方に声を掛けて頂いて、暖かいコーヒーをおよばれしました。 大阪から時々お見えになっているそうです。 八木に用事があるので飛鳥川に沿って自転車道を下ります、ここの桜並木もようやく蕾が膨らみ出した頃です。 八木での用事を済ませて橿原神宮へ反転し「よろづ」へ。 まだまだ寒いですが彼岸も過ぎて日は長くなってきました。 本日の走行38.0キロ。

大和高原ラン

 先々週に予定されていた「クラシックロード走行会」が震災禍で中止、その後も世間は自粛モードが漂ってますが。 一億総津波評論家が、一億総原発評論家になり、今では一億総PTSD状態。 そんな事ではいけないとUG兄さんの音頭取りで走り行こうと云う事に、今回は別にクラシックロードと云うレギュレーションでもないのですが、集合が名阪国道の針テラスでいつものコースと云う事でしたので、ロードで出かける事にしました。

 針テラスまでは初瀬ダム経由で1時間半くらいですので7時過ぎに出発しましたが、もう3月末と云うのに寒い事、寒い事。
 針テラスにはUG兄さん、ダイバーてっちゃん他、私を含めて5名が集合。 まずは旧R25から北野吐山線で布目ダムへ、日差しさえ入れば結構暖かいのですが。

 お昼はフォレストリゾートのレストランと云う予定ですが、折々に休憩しながら自転車談義、でも人数も少ないしノントラブルだと11時前には近くまで来てしまいました、ちょっと集合時刻が早すぎたかな。

 童仙坊の山並みを望める大きなレストラン、私は2度目ですが、今回は全員が1,570円のバイキングを選ぶ事に、しかし些か食いすぎ、時間もあるので2時間近くいたのですが、登り基調の帰りの苦しかった事。

 おなじみ興ヶ原の沈下橋へ寄り道しますが、はやまさんにスポーク切れのアクシデントが、どこからかケブラーの補修用スポークが出てきたのですが、みんなで首をひねったものの正しい使用方法が判りません、結局はプライヤーで折れたスポークを細工して応急処置、少し振れ取りして無事走行可能に。

 桜の木々もまだ寒々としています。

 柳生からR369を北上します。

 水間(みま)を過ぎる頃から雪がちらついていたのですが、ハーブハウスで休憩の後、針まで路面こそドライですが雪の降る中を走る事に。
 桜井まで自走で帰る私は、針テラスへ入らずに皆さんとお別れする事にして、朝と同じく<38>桜井都祁線へ。 小夫(おぶ)近くまで相変わらず雪の降る中でしたが、1時間余りで無事に帰りつく事ができました、しかし久しぶりのロードで少々疲れました。 本日の走行88.4キロ。
 集合写真を含む大きなサイズの写真をうちのHPの「ツーリングの記録」にUPしました。 なお閲覧には認証が必要です、ログイン名は’pal、パスワードはうちのFAX番号の下4桁です、カレンダー等をご覧下さい。 

道路元標蒐集サイク

 いつも愛知県下に残る道路元標の情報を頂いているはづきサイクリストクラブのIさん。 教えて頂いた現存情報を昨年から溜めてしまっているので、暖かくなったら一回りしようと企んでいた処、13日(日)に予定されていた「クラシックロード走行会」に参加のために名古屋から戻ってくるT御大の車に便乗させて貰おうと、昨夜連絡を入れてみると、KHSを担いでくるつもりならBSMを奈良へ積んで帰る予定なので、そちらを貸して貰える事になった。 お陰で手ぶらで出掛ける事に。 近鉄蟹江駅にて待ち合わせてBSMを一日お借りする事に。 まずは海部郡の蟹江町道路元標南陽村道路元標を回ります。   南陽村の後は名古屋市西区に残る、庄内村道路元標に向かって、新川沿いに北上します。 決して土地勘がある訳でもないのですが、右岸の水路(萱津用水)沿いの道を見つけて走ります、堤防の下なので風もなく信号も殆どなくて快適です。 砂子橋と云う橋で左岸に渡り再び北上を続けますが、この付近はなぜか高い建物がなく、川沿いのその風景は昔の大阪市の西区や大正区辺りにタイムスリップしてしまった様な懐かしい感覚です。 庄内村道路元標の後、Iさんから頂いている情報には東春日井郡の坂下村道路元標もあるのですが、そこまで足を伸ばすと、とても戻ってこれませんので、中島郡の朝日村道路元標へ向かう事にします。 ただ庄内村から朝日村までは直線距離では15キロ程なものですが、真っ直ぐなルートがないのでかなり迷走する事に、結果的には津島街道から名古屋市水道幹線上の自転車道に入るコースに、しかしもろに向かい風を受けてなかなか前に進みません、実はこのころ東北太平洋沖地震があって名古屋でも相当揺れていたそうなのですが、全く気がつかなかったのです。  尾張サイクリングロードとも云われている様なのですが、路面状態もあまり良くありませんし、交差する道路が非常に多くて、お世辞にも快適とは云えません。 それに日光川で分断されていて案内もありませんでした。 地震を知ったのはT御大からの「地震で携帯が使えないので、6時10分に●●で…」と云うPCメールでした。 最初は状況が理解できなかったのですが、ツィッターへの書き込みで気がついた次第、その時点ではdocomoへは繋がるのにsoftbankには全く繋がりませんでした、エリアの狭さ以外でもこう云った時に弱体なのは頂けませんね。 本日の走行、メーターがついていないのでGPS計測で65.7キロでした。

初ロード

 午後から来週の「クラッシックロード走行会」に備えて、こっ恥ずかしいトラブルの無いようにと半年ぶりにロードを引っ張り出して少し走ってきました。

 例によって大和川河畔を北上します。 大泉の天満宮でしだれ梅が一本咲いていたので少し立ち寄ります。 さすがに久しぶりのロードは羽の生えたように軽いです、向かい風でなければ… 

田原本町に入ったあたりでは紅白のの梅がならんで。 で肝心のロードの方はリアディレラーの調子が今一つ、インナートップに突っ込んだりするとおかしい様です、なんかヤバ~ それにこのロードはトップノーマルなので同じくダブルレバーの「asuka」とは逆なのでチェンジミスが多い。 .

大中橋で大和川堤を下りて西へ、R24を跨いで近鉄橿原線をくぐって寺川堤へ上がり川西町の宮前橋まで往復、寺川は大和川(初瀬川)と飛鳥川の間を流れていて、多武峰から桜井市の中心部を経て田原本町、川西町と流れてはいるですが、道路はそれぞれ境界前後で分断されていて、通しては走れません。

 

わりと整備されているのは田原本町内だけです。 写真は「今里の浜」と呼ばれる処でかつて水運の拠点となっていたそうです。 再びR24を跨ぎ、この後田圃の中の道をウロウロ走って帰り着きました。 本日の走行36キロ。

2011-3-5

今日は午前中待機だったのですが、こんな日に籠ってられないと、午後から颯爽と出掛けたものの何も食ってないので、明日香村経由でまずは「よろづ」へ直行。 頂いたのは鶏とナスの唐揚げあん掛け丼だっけ... まっさーさんが来られたので話をしながらお昼の部の終わる2時半まで居座ってました。 先週土曜に木津川沿いの自転車道でニアミスしていた様なんですが、その時御幸橋を渡ろうとして転倒骨折されたとか、お大事に… そうそう、奈良の情報誌「ぱーぷる」に紹介されたりしてますよ… と云う訳で、もうエエ加減な時間なので山の方には行かずに、飛鳥川に沿った大和中央自転車を北上します。 大和川との合流点まで来て「たいしばし」を渡り大和川右岸へ渡り帰途に。 途中から左岸へ渡ります。 写真は布留川北流との分岐ですが、ここで中ッ道が南北に渡っています、ちなみに布留川は天理ダムの下流にあたります。 この後ダートが残っているもののR24までは行けますが、その先で一旦右岸に渡らなければなりません。 その後は自転車道ではないものの快適な道を桜井まで走って行けます、本日の走行45.0キロ。 一番上の写真は桜井市域に入ったあたりから REGZA Phone のパノラマ写真機能を使って撮ったものです。 日頃あまり帰途に使うコースではないので結構新鮮な風景です、桜井って奈良盆地の一番端っこにあるって事が良く判ります。

2011-2-26

 今日は天気も良いので最近、現存の報告があった京都市伏見区jの醍醐村道路元標を目指すことにします。 京都市方面は自転車道を嵐山まで往復する以外は、殆どと云って良いほど自転車で走る事はありません。 とにかく上街道から猿沢池、県庁前、奈良阪を越えて京都府へ入り井関川沿いに木津川沿いの自転車道に入るいつものコースを北上する事にします。 今一つペースが上がらないのと、少し向かい風で1時間半程かかって県庁西の交差点へ、土曜日とあって9時をまわると興福寺境内や奈良公園も観光客が多くなってきます。 鹿たちも良く知ったもので、鹿せんべいの店の出るこの角へ集まってきます。   自転車道を北上して行くとかなり西側にふってしまいますが、木津川大橋まで走り国道1号線へ、京滋バイパスに沿って走り隠元橋から六地蔵駅へ抜けます。 この付近は鉄道や道路が錯綜していて、街道の変遷や巨椋池の干拓なども含めて考えると興味深い地域です、しかし不案内な人間にとっては自転車では走りににくい処です。 醍醐村道路元標を後に元来た道を折り返します、六地蔵からはJRと京阪の間の旧街道とおぼしき道を南へ、宇治村道路元標の処まで来ました。 既に2006年に履修済みですが、写真を撮っていると「天五さんの…」云々と声を掛けられました、お話とするとくろださんとお知り合いの方で凛凛さんと云う方でした。 なお宇治橋の西詰めにあるのは久世郡の宇治町道路元標で、郡は異なりますが宇治の名を関した町と村が同時に存在しました、その後宇治郡宇治村は笠取村と合併して東宇治村となり戦後宇治市となります。 また乙訓郡に淀村、久世郡に淀町が、こちらは桂川を挟んで存在していました。 帰路は少し賢くなって巨椋池排水幹線沿いの道を走り大久保バイパスへ、旧知のY氏のお店へ立ち寄って自転車談義、その後城陽市の客先へ少し顔をだして自転車道へ、木津までかなりハイペースで走り、あとはのんびりと。 ところで朝出てからはカロリーメイト1箱で済ませていたので、さすがに腹がへってきて、天理市内のコンビニで缶コーヒーとあんパンを買い食いして一息、桜井に辿り着く頃にはすっかり暗くなってしまいました。 本日の走行126.2キロ、2月としては異例の500キロ越えとなりました。

北北西へ進路を…

 結局午前中はぐずぐずと出掛けそびれる事に、明日になると天気は下り坂との事、遠くへは行けないがとにかく走り出す事に、目標は榁木(むろのき)峠と南生駒と云う事で。 三輪まで走り大和川沿いへと。 サイクリストにとって我が町は恵まれたローケション、南は吉野、東は宇陀と、あまり車に悩まされる事なく、少し走れば快適なコースに入る事ができます、京都方面へ向かう時は上街道、大阪方面へ伊勢街道と旧街道にも事欠きませんので、あえて法隆寺や生駒方面へ足を向ける事がありませんし、どちらかと云うと不案内な方角です。 しかし走っていると気持ちの良い日和です、大和川河畔を振り返ると三輪山が… 自転車道ではありませんし、土手上を強引に進むと少しダートもありますが、 休憩ポイントもあってなかなか快適なコースです。 この付近はSORA氏の方が詳しいと云うか縄張りですな。 佐保川と合流し川幅も増した辺りで北上し関西本線を跨いで富雄川沿いの自転車道に入り北上、少し寄り道して庚申堂金輪院前の生駒郡の片桐村道路元標へ立ち寄ります。 ところで金輪があるならどこかに銀輪はないのかな。 再び富雄川沿いに北上し同じく生駒郡の富雄村道路元標へ、こちらも健在ですが暗越奈良街道に面した表面が電信柱に隠れてしまっているのが。 ここから奈良街道を西へ向かいます。 第2阪奈が国道308号となっていても、こちらも立派な国道308号です。 ただ「おにぎり」どころか通行困難と書かれた看板以外は国道である事を示すものはありません。 追分本陣、大阪から来ると奈良と郡山への分岐点となります。 短いとは云え暗峠とエエ勝負のとんでもない劇阪の連続で榁木(むろのき)峠にやっと到着、残り少ない奈良県下での未踏の峠をGET。 しかし生駒側も前転しそうな位の劇阪が… 滑落する事なく無事に下って国道168号との合流点へ。  奈良県の道路元標探索のバイブルとも云える上田倖弘著「道路元標を尋ねて」、出版されて既に20年近く、その後発見されたものもありますが、その後行方知れずとなってしまった元標もあります。 竜田川に架かる小瀬橋の西詰、植田医院の庭先に倒置されていたと云う「南生駒村道路元標」は、やはり見つける事はかないませんでした。 と云うより調査された昭和63年3月とは小瀬橋周辺も件の植田医院もすっかり様変わりしている様です。 竜田川沿いを南下し大和川に入り、御幸大橋を渡り後は訳の判らないの奈良盆地の自転車道を縫って帰ってきました。 本日の走行65.1キロ。

今日は冷や冷や氷上サイク

 先週に続いて東吉野へ向かいます。 火曜日にまた雪が降ったので、雪上走行写真のリベンジを狙ったのですが... 快晴、しかし気温はかなり低いです、いつもの大官大寺跡まで来ても体がぬくもってきません。

 ちよっと石舞台に寄り道、でもまだまだ殺風景な風情です、あと1月半もすればこうなるのですがね。 栢森から先は未明の気温が氷点下だったので凍結の心配もしたのですが、昨日暖かったせいか路面はすっかり乾いてしまって問題なし、

 ただ行者辻だけはご覧の通りです。 芋を越えてからも全く問題なしで予定より早く越えてしまいました。 輪童さんはどうやら津越へ福寿草探索に向かった様ですが、大和上市1030と告知していたので、千股でカンチの調整をしながら時間も調整。

 上市駅まで往復しサンクスへ立ち寄ってから先週と同じく中山トンネルと鷲家経由のショートカットコ-ス。 なお伊豆尾付近の工事は今月一杯の予定となっています。 新木津トンネルを出た付近も先週の路肩の雪もすっかり消えていました。

 谷尻木津線に入ってから暫くは良かったのですが、標高が上がるにつれ日差しのない部分はご覧の様に、解け出した雪が今朝の冷え込みで凍ってしまっていて先週は乗り切れた区間も今日は危険な状態、雪の残っている路肩はバリバリで先週の様に力任せに走れません、怖々氷上サイクです。

 谷尻の三叉路から少し「月うさぎ」方面に入りましたが、先週の様なロケーションは得られませんので、途中で引き返し一谷峠越えで帰途に就く事にしました。

 先週はカレンダーだけお渡しして早々に退散した「おごぽご」、今日はゆっくりお茶して、篠楽経由で女寄を下ってきました。 本日の走行86.6キロ。

久しぶりの雪上サイク

 昔は雪が積ると喜び勇んでMTBで良く山へ行ったものですが、最近は歳のせいか転倒するのが怖くなって遠のいてしまいました。 でも今日は日差しもあるので東吉野目指して行ける処まで行こうとまず芋峠へ向かいます。
 関西のマッターホルン(^o^)高見山、登山客を迎えに行くのか奈良交通の回送バスが何台も走って行きました。

 明日香村稲渕の棚田付近、ロードとMTBが1台ずつ下ってきましtが、MTBはともかくロードは越えてきたのかなぁ...

 栢森までは路面も乾いてましたがその先は... 追い越していったジムニーがチェーンを巻いていました。 役の行者の手前から橋の上は凍結していますし、急坂はとても登れません。 今日は単独行なので無理せず急がず、安全運転。

 芋峠を越えるまで、結構押すことに。 むかし津風呂湖で輪童さんと合流するために雪の芋峠を越えた直後に見事に転倒した事がありましたねぇ。 今日は日差しもあるので南斜面は少し下ると十分乗れる路面状態に。 出掛けるのが遅かった事もあって吉野側へ下ったのは13時になってしまいました。

 時間も押してしまったので津風呂湖経由は避けて、吉野川の対岸路から中山トンネルでショートカットし先を急ぎます。 ニホンオオカミ像の写真の様に、東吉野村小川までは路肩にも殆ど雪はありません。 この先もいつもの蟻通経由ではなく鷲家経由とします。 後から判ったのですが小村木津線も一部工事通行止になっている様です。

 R166旧道から谷尻木津線へ、この辺からやばいかなと思っていたのですが、700×32なら問題なく走れます、と云っても朝は凍結しているでしょうが。

 谷尻の三叉路から先は雪が路面を覆っています、10cm位ですので十分漕いで行けるのですが、一昨日の雪の下にそれまでの凍った轍が隠れているので要注意です。 ところで「月うさぎ」は道路がこんな状態なので休業中、表の犬達は相も変わらず吠えてくれます。 チロも中から鳴いていますが、どうやらお留守の様です。 カレンダーをポストに入れて引き上げる事にします。

 もう15時も回っているのでゆっくりもできませんが、三脚も持ってきているので、折角ですからセルフタイマーで、4往復しましたが走るのも大変なのでなかなか思う様には撮れません、車も来ないしなかなかのロケーションなんですが。  

 一谷峠、下り始めると向こうから車が、ハンドルも思う様にきれないので路肩へ逃げると、「月うさぎ」のオーナー夫妻、買い出しに行った帰りだそうです、しかし車でもここを登り下りするのも大変です。 登りの急坂部分は難しいかも知れませんがMTBなら結構愉しめそうです。

 20分程かかって、無事岩端まで滑り下りてきました。 ここからは雪もなく路面も乾いています。

 もう一つの目的地、宇陀市野依の「おごぽご」へ、既に5時を回ってしまって暗い女寄峠を下るのは危険なので、カレンダーだけお渡しして早々に引き上げます。 案の定女寄峠には除雪した雪が路肩に残っていて、明るいうちに下る事にして正解。 定番コースですが今日はショートカットしたので本日の走行80.3キロ。