「自転車」カテゴリーアーカイブ
「朝ポタ」じゃないです
出撃準備をしてみたものの...
キャンプツーリングの予定が立たないのでキャリア取り付けはひとまずお預け。 後ろのリムの振れが酷いのと、相変わらずロールスのサドルはしっくりきません。
朝ポタ
持統帝だったり、山姥だったり、「稲淵の棚田」の案山子のモニュメント、今は関取です。
やっと出てきた(^_^;)
ただ、それだけの事です。
「河内風穴」は中止、代わりに高野山へ...
集合場所は南海高野線からケーブルカーで上がった高野山駅なのだが、久しぶりに高野山へ自力で上がってみようと、午前4時過ぎに桜井を出発、明日香村から高取町、重阪峠を越えてR24から橋本五條線と馴染みのコースでR371へ入る橋本橋には6時には到着。 ここから狼頭峠を越えて玉川峡に入ります、峡谷沿いの道を経て高野山への道筋は標高を上げるにつれて吹く風もさわやかなのですが、寝不足が利いているのかいつになく眠くて仕方がありません、もしやニコチン切れかと... ニコレットを忘れてきた事に気が付いて、そうなるとなにかますます眠たくなります(^_^;)
標高840mの摩尼隧道に到着、このトンネルを抜けると高野山中、日陰にいると汗をかいた身体には肌寒くなる様な気温です、後で聞くと大門にある温度計は22℃だったとか。
集合は高野山駅10時なのですが、時間も中途半端だし駅まで往復するのも無駄なので奥の院で合流する事にしてのんびりと休憩する事に(^_^)

本日の参加者はoookaさん、なべちゃん、天神橋五丁目さん、児玉さんとの5名に腰を痛めて走れない地元(麓と云うべきか)九度山人さんが差し入れ提げてスクーターに乗ってお見送りに。
「河内風穴」から急遽「高野山」に変更になったのでメンバーが揃ってからのコースが未定だったのですが、とにかく下界は暑いだけなので桜峠から天狗木峠と野迫川村を目指します。
↑天狗木峠と野迫川村上垣内の間、標高1000mを越えている辺りで,、吉野の山々をバックに写真撮影(^o^)

大塔村から天川村と走り小南峠で吉野山か下市へ戻るプランを考えていたのですが、oookaさんは物足りなさそうなのですが些か私的に厳しいので、今井峠から筒香、宿(やどり)と九度山まで下るコースに変更させて貰う事に(^_^;)
←今井峠紀和隧道、かつて野迫川村へ入る奈良交通のバスが越えていた道です。 (現在は大塔村阪本経由)

丹生川沿いの道をひたすら下り玉川峡の宿(やどり)へ、ここには温泉もあるのですが、まだ走らなければならないので温泉はパスして軽く食事を採る事に、今日はいつになく私が率先してビールを飲もうと云う事にu(^_^)
この後は自走で御所市まで帰る児玉さんと別れて南海九度山駅まで走り、まだ走り足らないと旧紀見峠を目指すoookaさんを見送って解散、私はJR和歌山線高野口へ走り輪行しますが、橋本、五條、高田と最悪の接続で2時間半かかって(自転車の方が早いゾ)帰って来ました、走行112.7キロ。

S翁御一行様迎撃葛城ポタ
←まずは笛吹神社からラッテたかまつを目指します。
「ラッテたかまつ」にて、当初S翁一行は「むすひ」でお昼を考えていたのですが「むすひ」は夏期休業中なのですよ。
「ラッテたかまつ」の後、番水の時計から九品寺と、写真は楢原の四阿前にて、大和三山が遠望できます。 木陰にいると心地よい風が吹いているのですが...
この後高天はパスして高鴨神社に向かうのですが、日頃R氏のガイドに頼りきっているので見事に道を誤って余計に登る事に、しかし暑さに参ってやっと辿り着いた高鴨神社でダウンしていました(^_^;)
一言主神社前にて
高鴨神社から風の森峠を廻って帰路に就きます。
本日の走行、桜井から集合場所への往復を含め60.1キロ也、お馴染み「葛城ポタ」とは云え距離以上にくたびれた一日でした。
今日の「朝ポタ」
栢森から芋ヶ峠を越えて吉野側へ入ろうかとも思ったのですが、W氏に「どこがポタやねん」と云われそうなので、今日は珍しく入谷へ登りました。 入谷は標高400m余り、明日香村の中では観光客どころかハイカーもやってこない場所です。 鳥の声を聞きながらのんびりと休憩しますが、タバコを吸わないと手持ちぶさたでいけませんわ(^_^;)
栢森へ下り、再び畑へと登り返して石舞台側へ越え帰途に就き8時には戻ってきましたが、少し物足りないなぁ... 本日の走行32.1キロ。
久しぶりの自転車ネタ
暫く仕事と天気の巡り合わせの悪い日が続いて先月4日から5週以上も自転車に乗れず仕舞、昨年春に’頸’を痛めた時でも1ヶ月全くサドルに跨らない事は無かったのにネ。 このままではとても来週の「河内楓穴」にもおぼつかないので「朝ポタ」と称して少し出掛けて来ました。
←どうにか登りましたが、 調子悪う…. 当然ですよね。
コースは長谷寺?初瀬ダム?小夫?白木街道?榛原?、ほぼ一昨年の「あすか鍋」コース、冬季の定番コースですがこの季節に走るのは初めての様な... 白木街道に取り付いた頃にようやく調子が出てきましたが、久しぶりにこのサドルに跨ると堪えますわ。
←初瀬ダムで長谷寺門前の馴染み「宝園堂」で買った「山菜おこわ饅頭」他を頂きます(^_^)
旧大宇陀町野依まで南下しここも馴染みの「おごぽご」でお茶にするのですが...
しかし’タバコ’が吸いたいよ?
天気がどうなるかも判らないのでこれ以上先に進むつもりも無く、のんびりとしていて、(写真)の寄せ木パズルに手を出してしまったのが間違い、1時間半も格闘して結局お昼を食って女寄辻経由で帰ってきました(^_^;)
本日の走行49.9キロ
湯浅~御坊ルートの謎
昨日のツーリングで父親の郷里に立ち寄った事の報告がてら実家に電話したついでに長年の疑問を聞いてみた。
戦後暫くしてから船場で商売をしていた父親が始めて買った自動車、と云ってもマツダの3輪トラックK360だが、それに乗って父親の郷里へ帰ったのは昭和30年代後半の事で煉瓦造りの対向困難な小さなトンネルを通った事だけを幼心にも鮮明に記憶している。 ただ当時も湯浅町から郷里のある日高町には幾つかのルートがあってどのルートをとってどのトンネルが記憶に残っているのか良く判らない。
昭和41年に現在の水越峠が開通するまでR42は津木廻りの<21>広川川辺線?<176>井関御坊線のルートで原坂峠鹿ヶ瀬隧道を越えていた、昨日越えた切貫峠由良洞隧道はもちろんあったが由良以北はあの狭い離合困難な<177>南金屋由良線で水越峠を越えていたのかと思ってしまうのだが、よくよく地図を眺めて見ると水越峠の北側へは現在のR42を挟んで<177>南金屋由良線の反対側(南側)に黒線道があり、これで谷を詰めるだけ詰めて水越峠へ取り付くコースも存在している。
しかし電話で話しをしていると津木廻りルートは知っていたが、衣奈を経由する海沿いの話がしきりにでてくる、しかし白崎海岸の記憶がない様で、その上当時はそのルートは存在しなかったと思われる、そうなると湯浅から海沿いに南下し衣奈から衣奈隧道で山越えし由良へ入ったのだろうか... 逆に謎は深まってしまった。 由良、日高町史か古い地形図をあたって見なければ...
←原坂峠鹿ヶ瀬隧道、但し熊野古道の鹿ヶ瀬峠の位置とはかけ離れている、現在は新しい新鹿ヶ瀬トンネルが開通している。 私の記憶では由良洞隧道の方がそれらしく思えるのだが...
←現在のR42水越隧道の真上にある水越峠、しかし前後の<177>南金屋由良線には全くと云って云い程離合できる場所がなく、車の少なかった時代とは云え湯浅?由良を結ぶ主要ルートだったとはとても考えにくい。