数年前まで毎年夏休みは自転車にキャンプ道具を括り付けて、紀伊半島の山中をさすらうのが恒例行事だったのですが、最近はトンとその馬力と云うか気力がなくなってしまって、akutaさんが企画してくれるキャンプ企画が唯一の機会の様になってしまいました。 と云っても比較的近場で一泊、キャンピング装備で走ると云うより、キャンプそのものが目的にはなってしまってはいるのですが。 まぁそれはそれで愉しいのですが、やはり何処か物足りなさは残ります。 ところで今年の恒例akuta企画は、関東勢をも交えて富士山麓の精進湖で行う事になった様で、日程やアプローチの関係で参加は難しくなってしまいました。 これで今年はキャンピング装備でのツーリングは無しかと思っていた処、昨年の笠置キャンプでご一緒したlibertyさんが色々とプランを考えて下さっているので、それに乗っかろうかと考えています。 8/13~15を中心にした和歌山県旧龍神村での計画ですが、興味のある方はこちらををどうぞ。
1991年8月、下瀞キャンプ村にて、この時は高見峠~湯谷峠~水呑峠、尾鷲からR311で田辺市朝来まで紀伊半島を横断しました。
2001年8月、今回計画している旧龍神村の「丹生ヤマセミの郷」にて、この時は5泊6日でしたが、単独行とテントでの2泊以上はこの時が最後になっています。
2002年8月、十津川村の二津野ダムで車中泊し、「昴の郷」に車を置き2人で牛廻越で竜神入りして、買い出しをして「ヤマセミの郷」に入り、大阪を朝出た後続の2人が十津川から引牛越を越えてきて合流しました。 翌日は4人でダートの坂泰林道を越えて旧逢坂トンネルと小広峠と旧311を走り「昴の郷」に戻りました。 1日目70.2キロ、2日目68.8キロの行程でした。 2日目の朝から雨に祟られましたが、今も印象に残るキャンプツーリングでした。写真は逢坂峠を下り近露の里を見下ろす辺り。
2003年8月、野迫川村宮の向にて、過去最悪最低のキャンプでした。 結局自転車には乗らなかった様な…(^_^;)
2004年7月、和歌山県旧美山村猪谷にて、輪童さん、九さん、UG兄さん、それにnana魔女と云う豪華メンバーで護摩壇山と龍神温泉に車を置いて、林道白馬線から美山村に下り、猪谷温泉の傍のキャンプ場へ、他の利用者が皆無だったので、炊事場横を占領、翌日は寒川から川合峠を越え龍神温泉へ戻りました。 この時は寝不足で体調が悪いわ、荷物は多すぎるわ、タイヤの選択を間違えるわ、2日とも雨に降られるわと散々な目に遭いましたが、今となっては愉しい思い出です。
2005年5月、五條市阿太のカルディアにて、この時私は病み上がり?だったのですが、頑張って4サイドで走って行きました。 この時は翌日の1day組も含めると14名の大所帯になりました。
しかしここ10~20年のアウトドアブームでファミリーキャンパーやオートキャンプが増えて、従来の自転車や単車でのキャンプ場の使用は肩身が狭いというかしづらくなりましたね、設備が良くなる事は結構なのですが、オートキャンプや大型テントやターフでのファミリーキャンプを対象にした料金体系で、ソロでは話にならない様な割高な使用料になってしまいます。 オートキャンプ場とはっきり掲げている処は別として、昔からのキャンプ場は多少は考慮はして貰える様ですが。 それになかなか予定通りに進めない自転車ツーリングでは、予約と云うのもなかなか難しいものがあります。 結局ひっそりと目立たない処でゲリキャンするのが一番良いのかも知れませんが。

9600の門デフってなんか可笑しい、個人的な感想ですが。 同時代の8620なんて結構似合っているのに。
行橋区にはC11 9600 と九州には少ないC50 が配置されていました。
筑豊本線のどこかの駅だと思いますが、SL撮影旅行でSLの牽く列車で移動するなんて、なんて贅沢な、あたりまえの時代だったのですが。
直方駅近辺ではないかと思うのですが、D60 33、D50ではなくD60なら関西でも
同じく直方駅では、当時の筑豊は網の目の様に国鉄線があったのですが、今ではその多くが廃線となってしましました。 昨年日田彦山線に乗りましたが、福岡県は道路元標の現存情報が皆無と云って良い位なので通過してばっかりです。
早岐機関区、左にDD11、右に「あかつき」のヘッドマークを付けたDD51が見える。
右端に国鉄バスへののりかえ案内が写っていて、どうやら有田駅ではないかと、そう云えば昨年、早岐駅と有田駅は乗り換えで降り立ったが、雰囲気的にも有田駅に違いない様です。 この様に昔写した写真を頼りに訪れる旅も面白いかも。
鳥栖機関区にて 39641

森谷司郎監督の
物語の舞台は終戦を迎えた南満州ですが、ロケ地の小海線野辺山高原も、今ではかなり様変わりしてしまっていますよね。
C56 112 や159が登場しますが、ボロボロにウェザリングされたC56 112は廃車体ではなく、当時はまだ現役だったはずなんですよ。 このC56を祐次郎率いる大映の「兵隊やくざ」みたいな連中が、修理して「逃亡」する訳なんです。
これって大門沢の鉄橋? まさか鉄橋まではセットやないのと思うので、爆破シーンは実際の鉄橋に煙幕だとは思うのですが。
これは門司駅です、ナハネフ22が写っていますので、上りのブルートレインが関門トンネルをくぐるため、塩害対策のステンレス車体の交直両用機EF30に付け替えているところです、左はED76の様です。




