野迫川キャンプ(2日目)

和歌山県伊都郡高野町下筒香にて

 キャンプの朝は早いです、昨夜は寝不足とあって早々にダウンしてしまったのですが。Dさん達は結構遅くまで盛り上がってた様でして、何やら肴にされてた様な、テント越しに聴こえてきた会話の断片が記憶に….

 野迫川村は人が暮らしている処はすべて標高600m以上ありますし、この「アドベンチャーランド」も647mの標高点が記されています。昨夏手に入れたインナーがオールメッシュのこのテントでは夜中に多少肌寒く感じて敷いてただけの寝袋を被りなおす事に。まだ風雨には遭ってませんが、夏の平地なら快適に過ごせます、設営も簡単でコスパも最高ですし。
 さて、のんびり過ごしたい処なのですが、今夜は仕事の都合で遅くとも16時頃には桜井に戻らなくてはなりません。山深い野迫川村から一番楽に出られるのは野川から紀和隧道で高野町富貴方面に越えるルートなのですが、村でも南部のここから野川へ行くには1,000m前後まで登らなくてなりません、どう考えても私の脚力では後が持たないので、予定通りG氏に天狗木峠まで送って貰う事にします。
  0940、H氏に見送られて天狗木峠を出発します、野川に下るのもありきたりですので、昨日来た桜峠へ向い、高野山内には入らず摩尼隧道でR371を下ります。
 河合橋まで下った処で、久しぶりに丹生川沿いの筒香への道へ入ります、若干登り返しがありますが、紀和隧道を越えるのと大差はないでしょう。

 

 下筒香までやってきた処で、目の前に集落を見上げる素晴らしい風景が、今回は三脚を忘れてきたので「自撮り」は諦めるしかなかったのですが、ガードレールにカメラを括り付けて、どうにか撮る事ができました。
 中筒香の風景、丹生川に沿った山深い谷あいの風景が、筒香から富貴にかけては穏かな里山の風景に。 

 

 上筒香で紀和隧道から下ってきた川津高野線に合流します。

 

 出屋敷辻から県道<732>阪本五條線となり、お馴染み成金バス停を過ぎると富貴、先の筒香と富貴は昭和33年に高野町に編入されるまでは富貴村でした。野迫川村とは反対に奈良県側の五條市との関わりが強く、最近まで奈良交通のバスが通っていました。(写真右)昔はここに県界と云う名のバス停が、再び奈良県に入ります。
 紀の川へ向って豪快なダウンヒルが続き13時過ぎには五條市街へ、吉野ストアで小休止、まだ30数キロ残っていますが、筒香経由したとは云えなかなか微妙な時間です。天狗木峠まで送って貰っていて大正解、阿太から福神へいつものルートを越え、脚を残したまま吉野口から1時間以内で走り抜いて、1510無事に桜井に帰投しました。本日の走行74.5キロ。
 2日間で167.4キロ、些か強行軍の1泊2日のキャンプツーリングでしたが、ナイトランと涼しい内に高野山にアタックすると云う計画が功を奏して、8月としてはなかなか快適なツーリングを愉しむ事ができました。

 当日の写真をうちのHPの「ツーリングの記録」にアップしています。[BICYCLE]→[ツーリングの記録]→[2017]とたどって下さい。なお認証が必要です、パスワードをご存知でないとご覧頂けません。ログインは’2017’、パスワードは「CanCan謹製卓上カレンダー 2017年版」奥付右下の数字です。以前のログイン、パスワードも現時点では使用できます。私の撮影分に関しては参加者の方は再利用して頂いて結構です。

 

野迫川キャンプ(1日目)

奈良県吉野郡野迫川村 高野辻にて

 昨年は「十津川~龍神キャンプツーリング」で盛り上がったお盆のキャンプですが、今年は話しがまとまらないまま8月に、一人で出掛けても構わないのですが、格段のお盆休みがある訳でもなし人出が多くクソ暑いだけの何もこの時期にね、とか考えていた処にH夫妻が13~14日に1泊2日で野迫川に行くとの事、そこへD女史が高野山と野迫川へ宿坊や立里荒神の参籠所を利用して行くとの事で、13~14日だけでも集まろうと云う事に、ただ私は14日の夕方には帰ってこなくてはならないのがネックになったのですが、14日の朝にH氏が車で天狗木峠まで自転車ごと運んで貰うと云う事になり、あと明日香村のチネリ怪人Vivva氏が九度山デポで参加する事になり「野迫川キャンプ」の乗り合いが決まったのであります。
 11日の午後から時間が取れたので12日から走り出して一昨年の「野迫川紅葉サイク」の折に使った高野辻の四阿でゲリキャンしようかとも考えたのですが。asuka号の足回りに手を入れたり「しまなみキャンプライド」で痛めたマッドガードを直したりと準備に手を取られ結局は13日未明に出発する1泊2日となってしまいました。ただ今回はH夫妻は自転車抜きのオートキャンプですので、椅子やテーブルとかは持って行かず、見かけこそ4サイドですがテントも寝袋も夏支度で重量的にはかなり軽量化したかと。
 野迫川へのルートですが、重阪峠経由で九度山から7月2日の「高野山避暑サイク」で利用した細川から極楽橋への道を利用する事にし、明るくなり出すまでに九度山まで走り、涼しいうちに高野山に登ろうと画策してみました。
 結局何やかやで出発したのは0317、これでは五條辺りで明るくなってきそうですが、別に約束している訳でもありませんのでボチボチ行きましょう。今回は右側のサイドバッグに青色のLEDライトを着けています、追い越す車を威嚇するには充分でしょう。今夜は何とか流星群の日なのですが、いつのまにか曇ってきていて流星どころか月明かりもありません。0424吉野口駅、0449重阪峠、勝手知ったる道を快調に。
 明るくなってきた5時過ぎには五條市街へ、五條新町のローソンで最初の休憩を入れます。
 目的地は奈良県吉野郡野迫川村なのですが、高野山経由ですので一旦和歌山県へ入ります。0552県境を越え0610には橋本橋南詰を通過します。
 橋本橋南詰を過ぎ暫く紀の川沿いの自転車道を行きます、ここまで来て忘れ物に気が付きます、なんと「自撮り」用の三脚を持ってくるの忘れたのです、何のために早駆けしてきたのか意味がなくなってしまいました。

 一昨日から立里荒神の参籠所に泊まっているD女史から野迫川村の雲海の知らせが、しまったなこの季節見られる確率は低いのですが、頑張って高野辻でゲリキャンすべきだったかと。(Photo : Takako.D)
 0632九度山へ到着、このまま高野山道路(昭和62年まで有料道路でした)ことR370へ入るつもりでいたのですが、三脚なしでは「自撮り」もおぼつかないので一旦道の駅「柿の郷くどやま」へ入る事に。
 案の定道の駅では九度山デポのvivvaさんがお休み中、準備を始めだしたのですが、何やら二日酔いと寝不足でしんどそう、まぁそれでも彼なら追いついてくるだろうと細川の分岐まで先に行かせて貰う事に。
 朝の清清しい空気の中をまずまず快調に0740には細川の分岐まで登ってきました。標高的には大門までの1/3は登ってきた計算になるのですが、ここからは車に追われずに走れると思うとほっとします、お盆とあってか時間とともに車の量も増えてきている様な気もします。五條新町のローソンで調達しておいておにぎりを頬張っているとVivvaさんが到着、ここは影が少ないので八坂神社まで移動する事にします。
 八坂神社で小休止、まだ8時ですので高野山での昼食の時間を考えてものんびりと過ごせそうです。
 健脚のVivvaさんに少々離されてしまいましたが9時前には極楽橋駅への分岐に到着、このまま真っ直ぐ行くとケーブルカー横の激坂、不動坂ですので、高野七口の一つ「不動坂道」を引き返す形で北へ、森林鉄道の遺構だと云われる切り通しを抜けて高野森脇林道へ。目を付けていた「自撮り」ポイントでは代わりにVivvaさんに走って貰いますが、この時間では陽射しが回らないので想像していたのはちょっと違った様な。
 標高800m台の高野山内に到着、やはり高野山は涼しいです。このルートで入ると町役場のある処に出るので、大門に向って少し走ってコンビニで補給です。
 山内を走り抜けて奥の院へ。
 キャンピングで高野山へ上がったのは20数年ぶりです。
 お昼は奥の院と摩尼隧道の間にある「とんかつ定」へ、地元の人気店で以前から前を何度も通っているのですが、なかなか入る機会がなかったのです。店名からしていわゆる「とんかつ屋」と想像していたのですが、どちらかと云う洋食屋さんのランチと云う感じで、とんかつ以外のメニューもあります。なかなか美味しいのですが、私的にはちょっと外れでした。
 摩尼隧道の手前で右折して県道733号川津高野線へ、日頃は高野山駅まで輪行して来る事が多いせいか、キャンピング支度で下から登ってきた今回はかなりキツかったです、いつもなら峠から先のアップダウンも大した事はないのですがネェ。
 天狗木峠を経て標高1,000m台の稜線を走り高野辻でD女史と合流です。彼女はテント装備をH夫妻に託してあるので、フロントとサドルバッグのみのいでたちです。高野辻の四阿でゆっくりした後は標高差400m超のダウンヒルです。

 北俣川の深い谷に沿ったダウンヒルを堪能した後は川原樋川沿いに、引き続き川津高野線ですが、平集落を経由する林道の方が距離が短くて道路状態も良いのでこちら通う車は少ないです。秋の紅葉は格別です。
 平経由の林道と合流すると目的地のキャンプ場「アドベンチャーランド」に到着です。確か昔は4WDランドとか呼ばれていた処だと思うのですが、成り行きでキャンプ場となった様な感じですね。色々な4駆や救急車に至るまでマニアックな車が並んいるのですが、何と云っても目に付くのは名鉄7300系が1台、しかしこの山の中まで良くも運んできたものです。土建屋の資材置き場な感もありますが、関西で云うパラダイス的な場所です。ただ昔からあるのですが村との関わりは少ない様です。でも利用者は「野迫川温泉」の割引があります。
 既にH夫妻が到着していて準備万端、早速サイトにテントを張らせさて貰います。オートキャンプ用の区画がなされているのですが、上手くすればソロテントを4つ位は張れそうです。一応最低限の食事のできる準備はしてきているのですが、今夜はH夫妻にお世話になる事にして、野迫川温泉まで往復した後、夜の宴が始まりました。本日の走行92.9キロ。

 

ちょっと芋まで

奈良県道15号桜井明日香吉野線

 週末の野迫川キャンプに備えてasuka号のチェーンとスプロケットを交換、試運転がてら芋ヶ峠まで往復してきました。実はasuka号にはCS-HG400 9S 11-28T(11,12,13,14,16,18,21,24,28)のスプロケットを付けてあったのですが、先月の「猪名川キャンプツーリング」の折りに最後の登りに恐れをなしてお蔵入りしていた11~34Tに換装したのですが、調子が悪くロー側2枚が使えず仕舞い、11-28Tに戻したもののチェーンを痛めてしまったのか以来あまり調子がよくありません。実際タイヤのグリップ力とかを考えると34Tまでは使えないので、試しにCS-HG50-9S(11,12,14,16,18,20,23,26,30)を新調してみたのです。
 別にサイドバッグは必要はないのですが、ご愛嬌。後ろのマッドガードを「しまなみキャンプライド」の折に痛めたので修復作業中。写真はお馴染み明日香村石舞台古墳をロハで見下ろせる高台にて。

 石舞台を出て少し行くと木蔭でBJ嬢が休憩中、どうやら同じく芋へ向うらしいのですが、私では噛ませ犬にもならないので。案の定祝戸で抜かされ栢森に着くまでに戻ってきました、あんた早過ぎやろ。先日の大雨で芋ヶ峠への道は所々で水が流れています、そんな路面でパセラにリア30Tではスリップしてしまいます。確かに28Tの事を思えば楽なのですが、30Tの下が26Tと云うのは辛いものがあります。しかし飛鳥川のせせらぎとひぐらしの声が心地良いです。

 やはりこの季節、陽が傾いてきた頃から走り出すのが正解な様です、帰り道見知った顔とか2,3名の走る姿を見かけました、本日の走行32.6キロ。

 

RRCB 大和高原早朝ラン

 RRCB(Restoring and Riding Classic Bicycles)の夏の恒例行事「大和高原早朝ラン」に参加してきました。と云っても仕事の都合で針テラス(名阪国道針I.C.)7時の集合にはとても間に合わないのですが、先々週の「ヴィンテージレーサー観賞会」、先週の「奥千丈林道」とRRCBの行事に参加できなかったので、頑張ってコースを逆回りして迎撃、合流する事にしました。ところで「大和高原早朝ラン」いつごろから始まったのでしょうね、真夏の一日朝の涼しいうちに標高のある大和高原の50キロ余りのコースを駆け抜けよう云うものです。昨年は不参加でしたが最近では一昨年に参加させて貰っています。
 自宅の桜井市ではなく橿原市内の出先を出発したのが0840、初瀬街道(横大路)を東へ走り長谷寺から<38>桜井都祁線へ、一番の難関が初瀬ダムです。一行は針テラスをスタート、山田から田原と須川ダムの下流、京都府との県境近くまで北上した後、柳生経由で布目ダムまで戻って来るのですが、既に柳生だとか、これはちょっと早すぎ、エイドポイントになっている布目ダムでの冷たいスイカにはありつけそうにありません。
 10時半頃には針を通過し小倉から<127>北野吐山線へ、一行はとっくに布目ダムに到着して冷たいスイカを頬張っている様です。このままダムに向かっても途中でトンボ返りになりそうなので、コース上で一番嫌な坂である<80>奈良名張線と合流する北野口で待ち構える事にしました。ところでここからは日本の原風景とも云える素晴らしい山村風景を見下ろす事ができます。
 計算通り一行が坂を上がってきました、先頭は明日香村のチネリ怪人vivvaさんです。参加者はドタもあって私を含めると16名との事です、プログレスの三島さんの姿も。(写真右:kiyaさん)
 北野口から<127>北野吐山線を折り返します。起点の北野から下深川まで未改良区間が続きます、渓流沿いの木陰が続き真夏でも快適、<25>月瀬針線と広域農道に挟まれて通う車も殆んどありません。


 針テラスには丁度お昼前に戻ってきて「王将」へ直行です。「王将」の前にサンジェ、チネリ、デローザ、ロッシンetc.の名車が並びます。

 今日は16時から有志が再来週の鈴鹿でのチームTTの練習との事で、昼食後はそれまでの間に山辺高校の近くにある「ミモザガーデン」にスイーツに行く事になりました。並松(なんまつ)池を見下ろすデッキのある素敵なカフェです、私は「なつみかんのかきごおり」を頂きました。(写真左:ショコラさん)
 午後2時に「ミモザガーデン」を後にし集合場所の針テラスへ戻りますが、自走の私はここでお別れし帰途に就かさせて頂きましたが、来年はフル参加で。本日の走行59.8キロ。

 

 当日の写真をうちのHPの「ツーリングの記録」にアップしています。[BICYCLE]→[ツーリングの記録]→[2017]とたどって下さい。なお認証が必要です、パスワードをご存知でないとご覧頂けません。ログインは’2017’、パスワードは「CanCan謹製卓上カレンダー 2017年版」奥付右下の数字です。以前のログイン、パスワードも現時点では使用できます。私の撮影分に関しては参加者の方は再利用して頂いて結構です。

 ショコラさんのレポートはこちら

 

2017年8月の実績


 今月の走行1,033.7キロ、2017年累計5,960.2キロ、延陽伯号(片倉シルク グロワール24)の出番は無かったです、この季節小径車でポタリングなんて気分にもなれませんよね、ロードで爽快に走るしか… 高野山と倉敷→弓削島、桜井→丹後由良で100キロ超えが3回。
 何か周期的に上下している様なんですが、体脂肪率が10%台に。

 

 

北の海へセンチュリーラン

京都府宮津市 丹後由良海水浴場

 6月の東の海(鳥羽市鎧崎)、西の海(和歌山市加太)に続いて北の海を目指します。関西から北の海へのライドと云うとコースは様々ですが若狭小浜辺りを目指す人が多い中、そこはその天の邪鬼な私の事ですから、狙ったのは天橋立、あわよくば近畿最北端の経ヶ岬も狙えるのではと線を引いてみたのですが、さすがにこれには無理がありそうな。さてコースは上街道から奈良阪を経て嵐山八幡木津自転車道を走り、嵐山から六丁峠を越えて保津峡、水尾、越畑、日吉ダム、綾部から宮津へと走る200キロ近い道のり、なお日吉ダムから先はほぼ未踏区間です。

 帰途輪行の予定ですので、荷物は輪行袋と着替え一式、マウンテンスミスの小さい方のランバ―バッグ(ヒップバッグ)に、これ位の荷物ならオプションのショルダーベルトも不要でしょう、元来背中には背負わない主義ですが、夏場は肩当ても鬱陶しいものです。後サドルバッグをトピークからモンベル(本来はフロントバッグとして販売されているもの)と交換してゴリラポッドを押し込みます「自撮り」をしている余裕はないのですが、記念撮影位と思い持って行ったのですが、結局一度も使う機会はありませんでした。
 自転車道へは明るくなってから入る様に逆算して桜井を2時過ぎに出発します。流れ橋までは一昨年40往復した勝手知ったる道ですが、真っ暗な自転車道は危険この上ないのです、路肩が不明瞭だったり、車止めポールの蓋とか、ライトや反射材を持たずに走っているジョガーや犬の散歩とかトラップだらけです。上街道は西名阪下の信号で捕まっただけで足着き1回、京都府に入って木津川市梅美台のファミマで明るくなるまで小休止。
 自転車道に入るとついつい加速してしまうのですが、最近100キロ前後を走るペース配分やリズムに馴れてしまっているので、今日は先が長いのでセーブしながら走る心掛けを、流れ橋で2度目の休憩を。
 丁度7時に嵐山到着、休日の朝とあってか嵐山に近づくに従ってジョガーの多い事。ただ一大観光地の嵐山はまだまだ観光客の姿はまばらです。3度目の休憩の後、コンビニでおにぎりを1個と凍らせた飲料を補給、この先コース上にはコンビニの類いは綾部市街までないかと。
 府道50号京都日吉美山線、嵯峨野から六丁峠へ、登りきれるかと思ったのですが、対向車が2台続けて下ってきてアウト!
 一旦保津峡へ下りますが再び標高差400m程の登りが始まります。ところで今日はローディのグループの多い事、明日の美山の前乗り組なんでしょうかの、調子に乗って着いて行ったりすると後が持ちませんので、大人しく見送ります。追い越す時に声を掛けるのは勿論だとしても、グループと思って何台?と尋ねると速答できないのは何故、質問が突拍子もないのか、一緒に走っている人数を把握できていないのか。8時半には水尾に到着、自販機休憩。
 神明峠、ゲートのある亀岡方面へ下る林道へは峠になるのですが、府道はまだ標高差で100m程続く、サイクリストには悪名高い峠。緩やかなアップダウンが暫く続いてようやく下りに入ります。

 樒原(しきみがはら)へ、ここにはバスの車庫があってここまで山陰本線八木駅から1日3往復の京阪京都交通のバスがやってきます。京都市右京区には違いないのですが、園部市の経済圏になっています。こんな処に京阪の塗装のバスがいて怪訝に思いましたが、2004年に破綻した京都交通の路線を京阪グループが引き継いだとか。そんな訳でここから先は道は随分と良くなります。愛宕山の陰になるので宕陰(とういん)と呼ばれる樒原、越畑と過ぎ南丹市へ、神吉には北桑田郡の神吉村道路元標が残っています。
 天若(あまわか)湖と呼ばれる日吉ダム湖畔を行きます。峠を越えダム湖の上流側から下り基調の道を走っていると、このまま日本海側へ下って行ける様な錯覚を起こしますが、日吉ダムは桂川、日本海どころかまだ淀川の上流にいるのです。日吉駅から山陰本線沿いに走り胡麻駅へ、駅に隣接して食事のできる「胡麻屋」と云う店が、時間も11時になり走行距離が100キロを超えて疲れもでてきたので、ここでお昼と云う事に。
 カツ丼とかけうどんのセットにてんぷらを足して820円也、お味もボリュームにも満足してのんびりしていると「みずかぜ」が来るとの声。JR西日本、話題の豪華列車がやってきたではありませんか、上り普通列車との交換の為の運転停車です、なんとラッキーな。
 ところで胡麻と云う変わった駅名ですが、昭和30年まで胡麻郷村と呼ばれた土地、ただ胡麻の産地かと云うとそうではなく「駒」が転訛したものらしく。近年京都市内の胡麻屋さんが地名に馴染んで工場をここに建てたとか、ごま油とか胡麻由来の商品が並んでいます、胡麻そのものの原産地は海外が多く、国産ものはお高い様な。
 胡麻郷と云う処は高原状になっていて日本海側との分水界になっていて山陰本線はここを越えているのですが、嵐山から辿ってきた府道50号は美山に向かって行き止まりになり、何故か国道府道は一本もここを越えていません、今回は南側の農免道路の様な雰囲気の道を走り、R27下山バイパスをくぐり深い谷へ下って旧R27だった府道80号へ合流します。地形的に谷中分水界なのかなと思って、帰宅後調べてみると話はそう簡単ではない様な。和知駅へ立ち寄った後由良川右岸の府道59号を、交通量が少なくなかなか快適なコースです、その後R27となり綾部市街へ入ります、舞鶴若狭道のお陰か交通量は意外に少なかったかと。ただ胡麻から下り基調ながらルートを確認しながら走ったので結構時間がかかったと云うか長かったです。
 綾部に自転車で立ち寄るのは三度目、2008年10月と2009年8月、何れも道路元標蒐集の途上でした。駅前の通りではなく旧街道と思しき道を行きます、綾部駅近くまで来たのは既に14時近くになってしまいました。
 綾部から由良川に沿うと福知山を経由して遠回りになりますので、京都府道9号綾部大江宮津線にてショートカット、小さな無名の峠を越えますが「従是北丹後国加佐郷」と「従是東丹波国何鹿郡」と記された石標があります。宮津街道に係わるルートとして由緒がありそうな道です。
 由良川河畔に出た後、計画ではそのまま府道9号で宮津へ向う事を考えていたのですが、流石に標高400m超の普甲(ふこう)峠を越える余力は無く由良川沿いに丹後由良を目指す事に。ただ交通量の多い対岸(左岸)のR175には渡らず右岸の県道を継いで最下流の八雲橋まで北上します。最下流と云っても河口まで5キロ以上あるのですが、これより下流には道路橋はなく京都丹後鉄道宮津線の由良川橋梁しかありません。
 暫くR178を走るとその由良川橋梁を渡る列車が見えてきました、列車と云っても1両ですが、観光列車の「あかまつ」号の様で、徐行運転をしながら鉄橋を渡っていますので、撮影するチャンスに恵まれました。初めて宮津線を訪れたのは1970年代、当時は国鉄宮津線でしたが奈具海岸のほうへ行ったので由良川橋梁を真横から眺める事はありませんでした。しかし全長552m25連のガーター橋は壮観ですね。
  丹後由良の海岸に出てみます、夏休みの週末とあって海水浴場はかなり騒がしいのかと思っていたのですが、人出も左程でもなく意外に静かでした。丹後由良と云えば近畿でも知られた海水浴場だったのですが、今はそうでもないのでしょうか。この先R178を天橋立まで走る事も考えたのですが極力「18きっぷ」で帰る事を考えると1732発がタイムリミットの様です。京都や大阪鶴橋から近鉄を利用すればまだまだ頑張れるのですが、それでは金額的に「18きっぷ」のメリットを生かせませんし、わざわざこの時期に走ってきた意味もありません、とか何とか理由をつけて丹後由良で本日は打ち止めと云う事に。日帰り温泉とか海水浴場のシャワーとかもあるのですが、静かな無人駅のベンチで輪行支度を整え、ボディシートで身体を拭いて着替えを済ませて、車上の人となりました。しかし由良の海岸から見た丹後半島の遠い事、かすかに見える半島は伊根の辺りですからね、経ヶ岬は更にその向こう、少々曇りがちなお天気に助けられてここまで来れた様なものです。本日の走行185.8キロ、「18きっぷ」3,020円分乗車。さて残るは南の海は潮岬です。

 

今月の東吉野サイク

奈良県道221号小村木津(おむらこつ)線

 ここ何年か毎月の様に走っている東吉野村ですが、GWの「11th月うさぎキャンプ」以来間が開いてしまったので、格段の予定もなかった今日、芋ヶ峠~吉野川~高見川河畔~一谷峠といつものコースで走る事に。LINEでつっちーさんが芋ヶ峠~三茶屋(みちゃや)~大峠と走ると云う事ですので、少しだけでもご一緒して貰おうと芋ヶ峠へ急ぎます。

 栢森(かやのもり)から25分弱で芋ヶ峠へ、待って貰っていたつっちーさんと合流。暑いですが晴れの休日とあってローディのグループも多いです。国栖(くず)までご一緒する事になって、暫くサンジェの露払いを務めさせて貰います。
 窪垣内の三叉路でお別れして、私は予定通り東吉野へ、いつもの様に「ニホンオオカミ像」の前で小休止、影が無いのですがそれでも東吉野は涼しいです。
  お昼は「麦笑」「よしの庵」でと思っていたのですが、小川の街並みで新しい建物が、南都銀行と「西善」の並びなのですが、「けんけん厨房」と書いてあって定食がある様です。入れ子になった建物の奥でちょっと判りにくいのですが、高見川に面したテラスのあるお店です。「揚げ春巻定食」600円と云うのがあったのですが「角煮丼」味玉付き550円が500円と云うのがあったのでそちらを頂く事に、平日も営業している様なのですが開店したばかりで様子が良く判りません、メニューも限られていて小さなお店なのでグループで行く様なお店でもないのですが、東吉野は平日に食事のできる処が殆どないのと、お値段もリーズナブルな様です。
 「NEGI」の総帥Y氏が前を走っていて「よしの庵」にいた様なのですが、覗いた時には既に出た後の様、木漏れ日、せせらぎの音、川面を渡るカジカガエルの鳴き声、東吉野を満喫しながら小村木津線を行きます。
 いつものR166を跨ぐ手前のポイントで高見山を見上げます。

 

 谷尻木津(たんじりこつ)線を走り一谷峠へを越えます。この夏初めてひぐらしの声を聴きました。

 


 宇陀市へ下り久しぶりに「おごぽご」へ、この季節ここの氷は絶品ですわ、昨年は8月1日、RさんOさんを連れての「都祁~室生 真夏の早朝サイク」でした。さて夕立がやってくるかも知れないので14時過ぎには帰途に、そのまま女寄(みより)トンネルへは向わず、宇陀川沿いの快適な道を走って篠楽かた笠間辻へ、女寄を下った下界の暑かった事。本日の走行82キロ。

 

「しまなみキャンプライド」1日目 ②

「ゆめしま海道」生名橋


 12時5分前、オーバーヒート寸前で集合場所の尾道駅前に駆け込んだ訳ですが、ムラマサ君を始め面識のあるシクロの面々にご挨拶し、参加料を払って受付を済ませて周りを見渡せば、なにやらロードバイクやクロスバイクの女性の多い事、何やら浮いてしまっているのは4サイドキャンピングの私の方の様な、facebookのお友達のK氏に声を掛けて貰ってひと安心と云う感じです、彼はクロスバイクに今風のオルトリーブのサイドバッグが4つ、それに何と来月の北海道遠征の予行演習と云う事でトレーラーを牽いています。
 さて問題のマッドガード、ここでゴソゴソやっている余裕はありませんが、幸いと云って良いのか、他に集合に遅れている参加者がいるとの事ですので、待っている間にとマッドガードを取り外し加藤隊長のサポートカーに弓削島まで運んで貰う事に、決して格好はよくないですが、後ろだけガードなしで走る事に。
 ところで「しまなみキャンプライド」参加者は20名(内女性13名、乳児含む)にスタッフ5名(公式発表ではありません、翌朝の集合写真から私がカウントした数字)、募集は20~40名だったのですが、テントや自転車の貸し出しできる数とか、サポート面でもこれ位の人数が限界だったとか。しかし東は埼玉から西は鹿児島からの参加者がいたのは「しまなみ」の魅力なんでしょうね。

 さて出発、今夜の野営地「法王ヶ原キャンプ場」(松原海水浴場キャンプ場)のある弓削島に向かいますが、まずは「しまなみ」な人にお馴染みの駅前渡船ではなく、東へ少し走って兼吉(かねきち)に渡る尾道渡船で向島に渡ります。兼吉には大林宣彦監督の新尾道三部作の「あした」の呼子浜待合所が移設されていますね。
 そして向島では昔懐かしいラムネの後藤飲料水工業所へ立ち寄ります。 

 

 定番コースではなく向島を時計回りして因島大橋へ。

 

 展望は良くないのですが、この陽射しでは因島大橋への木蔭のアプローチや階層構造の橋が救いです。
 因島大橋を望む「はっさく屋」、ルートから外れて少し登らなければならないのでこのお店は私は初めてです、「はっさく大福」を頂きます。なお先のラムネとか大福、明日の昼食などは参加費に含まれているのですよ。
 今回「キャンプライド」と謳いながらも、4サイドと云った本格的なキャンピング仕様はムラマサ君と私にK氏の3台、また所謂ランドナー系統の自転車は私のasuka号を含めても3台のみと寂しい限りですが、トレーラーを牽引しているのが2台と云うのが、今どきの自転車事情なのでしょうかね。6月にあびさんが参加した「BIKE & CAMP」と云うイベントでも同じ様な状況だったとか。
 弓削島へは因島側からは2つの航路があるのですが、土生港(長崎桟橋)から生名島の立石港へ渡り、生名島から佐島を経て弓削島へ向います。
 ところで弓削島を含む所謂「ゆめしま海道」の島々は愛媛県越智郡上島町、因島は広島県尾道市ですから、本州に最も近い愛媛県とも云えます。なお愛媛県最北端は大三島の鳥取岬。現在、生名島と佐島は生名橋、佐島と弓削島は弓削大橋で結ばれています。左に見えるのが弓削大橋、右に見えるのが生名橋です。
 2つの橋に挟まれた佐島ですが、道路は殆ど下る事なく両方の橋を結んでいます。ヘルメット着用がお約束ですので、ツーリングには珍しくカスクを着用しています(写真右 Photo:加藤隊長)。

 弓削島へ渡り、今渡ってきた弓削島大橋をくぐります。島内には2つのスーパーマーケットとヤマザキストアですがコンビニがあります、買出しを済ませてキャンプ場へ。

 

 法王ヶ原キャンプ場に到着、キャンプ場は松原海水浴場と弓削商船高専の間の松林の中にあります。海岸寄りは海水浴客でほぼ埋まっていますが、松林は充分なスペースがあり、テント持参組みは思い思いの場所に設営します。

 海岸のキャンプ場と云う事でペグが効くがどうか心配していたのですが心配は無さそうです。離島の無料キャンプ場、車の乗り入れもできませんし、海水浴シーズンでなければとても静かな処でしょうね、炊事棟やトイレも綺麗に保たれています。南側に弓削神社が隣接しています。
 主催者側からはアルコール以外は、夕食のバーベキューとかで準備して頂いているのですが、シクロスタッフの吉武さんが次々を作ってくれる焼そばと持参のアテと缶ビール1本ですっかり出来上がってしまいました、そうそう地元からの差し入れで猪の骨付き肉も美味しかったですよ。靴を脱いでテントに潜り込んで身体を横にしたら、今日の疲れがどっと、温泉まで往復した以外は参加の皆さんとお話しをする事もできず、爆睡してしまいました。
 本日の走行109.8キロ、うち福山のヤマト運輸からの40キロ程が4サイドでの走行、流石に疲れました。

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