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道路元標蒐集の旅 +α

今日は天気も良さそうだし滋賀県の水口あたりまで走って行く予定をしていたのですが、昨夜仕事で少しミスしてしまって、一応復旧はさせてあるのですが、万が一の事もあるので、いつでもトンボ帰りできる様に「乗り鉄」モードで「道路元標蒐集の旅」へ出ることにしました。

秋は「青春18きっぷ」はないのですが「鉄道の日記念・JR全線乗り放題きっぷ」と云うのがあります。 3回分で9,180円、「18きっぷ」よりは割高ですが、こども用があるのが特徴です。 利用期間は鉄道記念日の前後の2週間程で、今年の場合は10/3~18となってます。 なお同時にJR西日本版も発売されていて、こちらは1回分で3,000円と気持ちだけ安くなってます。 南紀(串本前後)までの片道運賃がどうにかペイできるる金額です。 桜井線0538の始発奈良行に乗車、もちろん自転車抜きの身ひとつで身軽なものです。 奈良、京都。 米原と乗り継ぎ東海道本線を東に向かいます。 仕事の方は問題もなさそうで、このまま「道路元標蒐集の旅」を続けられそうです。 米原からのJR東海の車両の車内吊り広告で、飯田線中部天竜駅構内の「レールパーク」が11/1で閉園する事を知ります、土日祝のみの開園なので、どうにかこの機会に行けないかと画策してみますと、1532着で行けそうなのですが、閉園は16時入園は15時半までとは。

 最初の目的地は知多郡の東浦村道路元標、名古屋から武豊線に乗り換えて緒川駅へ。

 ← 道路の拡幅工事が行われているのでしょうか、道路元標は適当な場所に立て直して貰えれば良いのですが。

次の目的地は刈谷町道路元標なので2キロ余りを歩いて行く事にします、しかしツーリングには最高の天気なのが残念ですが、この辺りはツーリング向けのローケーションではないので、まぁよいでしょう。  
 安城駅で次の列車までの14分間に御幸本町交差点まで駆け足で往復、安城町道路元標は昨年3月に訪れた時は歩道工事で撤去されていましたが、無事に再建されていました。


 豊橋で飯田線本長篠行きに乗車、長篠城駅で下車し舟着村道路元標へ、これで本日の道路元標の予定は無事終了です。




 「佐久間レールパーク」は中部天竜駅構内にあるので飯田線の車窓から見えるのですが、中に入るのは初めてです。 なお乗車券を持っていれば入場無料です、外からだと140円すなわち入場券と同じ扱いなのです。 飯田線もここまで来ると一日12往復程度、臨時も出ていますが、車で来る人の方が多い様です。

 JR東海や飯田線所縁の車両が主です。 キハ48000(のちのキハ11)は新製当時の塗色と云う事で、大糸線のキハ52と比べるとかなりくすんだクリーム色です。



 お目当ては戦前に京阪神緩行線用として登場した流電モハ52、その後阪和線にも居たらしいのですがさすがに知りません。 晩年は飯田線に移って湘南色で活躍していたと思うのですが。 新製当時の塗色でスカートも復元されているのが、逆に奇妙に思えます。

 ポツンと軌道自転車が置かれていました。 保線用とかに使われていて、実際に本線上を走っているのを見た事がありますが、結構な速度が出るようですが、乗り心地は悪いでしょうね。 当然ハンドルはありませんが、握るための鉄棒、2人分のサドル、クランク、チェーンがついていますが、変速はありません。

 屋外展示だけではなく、展示室もありこんなのもあります。






 Mさん垂涎ものも、私は元HOゲージャーなので、9mmは…  壁には飯田線の駅名標がずらりと並んでいます。 平成23年春に「JR東海博物館」として名古屋の金城埠頭にオープンするそうですが、飯田線の山峡の駅の手作り感のあるミュージアムがなくなるのは残念です。

桜井0532~0604奈良0608~0709京都0716~0825米原0845~0958名古屋1022~1051緒川 3,890円分
刈谷1146~1151安城 190円分 
安城1205~1230豊橋1243~1342長篠城 1,280円分
長篠城1439~1532中部天竜 570円分
中部天竜1624~1813豊橋1834~2041米原2057~2148京都 4,940円分
計 10,870円分乗車

【772】 愛知県 知多郡 東浦村(現 東浦町) 
【XXX】 愛知県 碧海郡 安城町(現 刈谷市) 
【773】 愛知県 碧海郡 刈谷町(現 刈谷市) 
【774】 愛知県 碧海郡 大濱町(現 安城市) 
【775】 愛知県 八名郡 舟着村(現 新城市) 
 

 

 

40年前のネガから (1969/8/9)

鹿児島駅だと思ったものの、最初この車両(ディーゼルカー)が何者なのか判りませんでした。 どうやら鹿児島交通が伊集院から鹿児島本線に乗り入れていたのですね。
当時、小樽とここにしか残っていなかったB20、戦時型Bタンク、マスコット的な存在でした。
D51とC61、同じボイラの兄妹分ですネ。
D51重連に牽く客車列車、回送なのでしょうか、今となっては判らない事ばかりです。

40年前のネガから (1969/8/8)

 この日は再び久大本線沿線に戻って、豊後森区の8620、当時の時刻表がほしくなってきました。
湯布岳をバックに久大本線のD60
大分運転所でしょうか、「富士」のヘッドマークを付けた DF50 553  この頃は幸崎まで電化されていました。
大分交通キハ602が写っているのですが、どこの駅かは、僚機のキハ603と604は後年、紀州鉄道に。

40年前のネガから (1969/8/7)

 最近、SORAさんもブログに書いていますが、フィルムのスキャンは手間のかかる作業で、エエ加減そろそろ嫌気がさしてきました。 第一デジカメでは全く必要のない工程ですもんね。 ネガの劣化とか埃とか触りだすと全く持って捗りませんので、どんどんやって、必要があれば後からやり直す位のつもりで。
この時は久大本線の夜明駅付近で撮影してから、日田彦山線で筑豊へ出ている様です。
きっと夜明駅前後、D60

キハ17系と混成のキハ55系の一次型、国鉄型DCファンならきっと判る光景ですね。

40年前のネガから (1969/8/6)

この時の九州行、さすがに夜行ばかりと云う訳にも行かず、ユースホステルも利用していました、しかし何処に泊まったとか、全くと云って記憶がなかったのですが、こんなものが出てきました(^_^;) 日田とか霧島高原とかに泊まった様です。

ちなみにY.H.会員だったのは1979年度が最後で、写真はその年のものです、念のため。
C57 36 ネガ袋にある記録ではこの日は都城駅、志布志区、宮崎区となっていますが。 当時の所属区と運用線区から類推してみるのですが、いずれも撮影場所ははっきりとしません。

C56 92 5年後の1974年の鹿児島国体とその翌年の宮崎植樹祭でお召列車を牽引したC56です。
C58 427 C58のラストナンバー、4次型と云うのでしょうか、船底型テンダー、門鉄デフが正式採用されるはずだった幻のC63を彷彿とさせます。

40年前のネガから (1969/8/5)

門司港発の肥薩線経由鹿児島行の夜行で熊本に向かいます。 熊本着は真夜中で、待合室で豊肥本線の始発を待ったのですが。 熊本に着いてから目が覚め慌てて下車していたので、方向感覚を失っていて、乗るべき列車を目の前で見送ってしまいました。 熊本駅ってのは駅の西側に山があるのですが、大阪からやってきた少年達は熊本は東側に山があるって感覚でいたのでしょうね、ホームの端から出て行く豊肥本線の列車を見送り、本州からの夜行が思わぬ方向からホームに入ってくるのを見て、始めて方角を間違っていた事に気がついたのでした。

丁度、電化が熊本まで進んでいた頃ですね。 写真のキハ55は大分行き、真夏に窓を置けているのは、冷房なんか付いていない時代だからです。

立野駅、雄大なスイッチバックは今も健在ですが、風景は…

高森線、現在の南阿蘇鉄道、C12の牽く混合列車です。

終点の高森駅。

40年前のネガから (1969/8/4)

元ネガによると1969/8/4 行橋区となっているのですが、それにしてもコマ数が少なすぎます、もしかすると8/3分の直方駅周辺の光線状態から見て8/4かも、今となっては…
9600の門デフってなんか可笑しい、個人的な感想ですが。 同時代の8620なんて結構似合っているのに。
行橋区にはC11 9600 と九州には少ないC50 が配置されていました。

40年前のネガから (1969/8/3)

筑豊本線のどこかの駅だと思いますが、SL撮影旅行でSLの牽く列車で移動するなんて、なんて贅沢な、あたりまえの時代だったのですが。
直方駅近辺ではないかと思うのですが、D60 33、D50ではなくD60なら関西でも紀勢線にいたのですが、集煙装置がついていました。
同じく直方駅では、当時の筑豊は網の目の様に国鉄線があったのですが、今ではその多くが廃線となってしましました。 昨年日田彦山線に乗りましたが、福岡県は道路元標の現存情報が皆無と云って良い位なので通過してばっかりです。

40年前のネガから (1969/8/2)

ネガフィルムのホルダー以外には何の記録も残っていないのだが、この日は夜行で佐世保へ行き、松浦線、現在の松浦鉄道の佐々へ行っている、当時の松浦線には臼ノ浦線、柚木線、せ知原線と云った短い支線があって、元祖レールバスと云えるキハ02が活躍していで佐々区に配置されていた、それが目的だったのだが、この年には既になくなっていた。
佐々駅構内(だと思う)、当時の松浦線ではC11と8620が活躍していた。
早岐機関区、左にDD11、右に「あかつき」のヘッドマークを付けたDD51が見える。
右端に国鉄バスへののりかえ案内が写っていて、どうやら有田駅ではないかと、そう云えば昨年、早岐駅と有田駅は乗り換えで降り立ったが、雰囲気的にも有田駅に違いない様です。 この様に昔写した写真を頼りに訪れる旅も面白いかも。 
鳥栖機関区にて 39641
同じく 68649、九州には原型に近い美しい機関車が多かった。

左から D51 924 68649 39641
暢気な時代と云えば暢気だが、北九州には多くの機関区があって、中学生のグループでも簡単に写真撮影の為の見学が許して貰えた。 ただこの頃構内で突放入換中の貨車に轢かれて死亡する事故が発生し、見学が厳しくなったとか聞いた。