舞鶴町が昭和13年に市制をしき舞鶴市となり、その後昭和18年に東舞鶴市と合併、昭和30年に加佐郡加佐町を編入し現在の形となっている。

珍しく正面に’道路元標’、側面に’舞鶴市’と彫られた様式である。 ‘舞鶴市’とあるからには昭和13年以降に設置されたものに違いないが、同じ昭和13年に成立した隣の‘東舞鶴市道路元標’が省令に従った従来様式なのが疑問である。

「道路元標」カテゴリーアーカイブ
【156】東大浦村道路元標 (京都府加佐郡)
道路元標は舞鶴湾側から日本海側へ府道<561>田井中田線の大山峠を越えた大山地区公民館前にあり、標高差240m余りを登らなければならない。
12
【155】 東舞鶴市道路元標
14
青春18きっぷサイク「道路元標を求めて四国香川」
青春18きっぷ’を利用しての’道路元標蒐集は、天気の良い方向へ向かって出かけて行けるようにあらかじめ資料をまとめてあるが、今朝は兵庫県佐用郡付近か四国香川へ向かうかは姫路近くまで行って決める事にした。 しかしここまで来ようとすると桜井から’青春18きっぷ’のお世話になってJR利用で出発すると走り出しが遅くなってしまうので\610払って近鉄で鶴橋まで行く事にした。 混雑で姫路での乗り換えはかなり厳しかったが、結局四国まで行く事にしたが、平日で時間も時間だけに岡山まで座る事ができなかった。
瀬戸大橋線車中から、そう云えば四国へ渡るのは久しぶり。
(桜井05:28 近鉄大阪専準急(上本町行) 54分 \610 待ち7分)
鶴橋06:29 大阪環状線内回り 16分 \4510 待ち7分
大阪06:52 東海道」・山陽本線新快速(姫路行) 62分 待ち4分
姫路07:58 山陽本線(岡山行) 82分 待ち13分
岡山09:33 マリンライナー17号(高松行) 22分 待ち6分
児島10:01 瀬戸大橋線(琴平行) 17分 待ち7分
丸亀10:25 サンポート(観音寺行) 51分 観音寺11:16
鶴橋、大阪、姫路、岡山、児島、丸亀と乗り継ぎ6時間近くかけて観音寺に11:16着、市内を一旦’粟川村道路元標’のあった地区まで南下し、再び北上して海岸線に出る。
←香川県道21号
仁尾村道路元標をGETして詫間峠を越える、今では直線的な新道で越えているが峠の両側で海が望める。 5万図では雰囲気の良さそうなクネクネ道だった様な、そのころに越えてみたかった。 しかし海沿いのルートとこの峠がなければ、とてもサイクとは云えない今日の行程。
大見村道路元標の次の’多度津町道路元標’へとJR予讃線と県道21号の並行する海沿いの道を走るが、多度津に近づくにつれて大型車を含め交通量が多くなる。 多度津町内では不案内な上にややこしい道に時間をロスしつつも’多度津町道路元標’をGET、坂出市街に残る’王越村道路元標’を目指すが、途中から’滝宮村道路元標’の残る綾川町に向かう事にして土器川沿いに南下するが、滝宮近くまでき来て雲行きが怪しくなり夕立に遭遇、道の駅や琴電の駅で雨宿りしたお陰で帰りの時間がかなり厳しくなってしまった。 琴電で輪行して高松へ出ても結局は遠回りになってしまうので、坂出に向かって県道184号を北上、讃岐府中駅からとにかく輪行する事にしたが予定のスジには乗れず、新幹線を利用してまで帰るなら高松市内のビジホでも泊まって明日も’道路元標’漁りをすれば良いと思っていたら、鶴橋から近鉄を利用する事でどうにか桜井へ帰り着く事ができそうである。
予定より1本遅れの’快速マリンライナー52号’に乗車したお陰で瀬戸内海に沈む夕日を車中から望む事ができました。
四国讃岐へ行きながら’うどん’どころかコンビニおにぎりだけ、岡山での乗り換え31分待ちの間にホームの’立ち喰いうどん’を食って、播州赤穂、大阪、鶴橋と乗り継ぎ讃岐府中から5時間40分かけて無事帰り着く事ができました。
讃岐府中17:41 予讃線(多度津行) 9分 \4050 待ち7分
坂出17:57 マリンライナー52号(岡山行) 38分 待ち31分
岡山19:06 赤穂線(播州赤穂行) 81分 待ち6分
播州赤穂20:33 赤穂線新快速(米原行) 105分 待ち10分
大阪22:28 大阪環状線外回り 15分 待ち4分
鶴橋22:47 近鉄大阪線区間快速急行(青山町行) 34分 \610 桜井23:21
輪行所要時間往復で11時間半、自転車での走行75.5キロ、4時間2分也、って四国香川は南紀より近い様な…
本日の収穫
【123】 香川県 仲多度郡 多度津町
【122】 香川県 三野郡 大見村 (現 三豊市)
【121】 香川県 三野郡 仁尾村 (現 三豊市)
【120】 香川県 豊田郡 粟井村 (現 観音寺市)
「大見村」はここが元大見村だったと知っていれば辛うじて読めるかな、と云うほどに風化?している。 いずれも裏面に「香川県」とあるが「「滝宮村」はそちら側が道路に面して立っている。 なお香川県下には私の知る範囲で11基が現存している筈である。
有田村道路元標(和歌山県西牟婁郡)
道路元標は旧道沿い、元の有田村役場があった場所の有田公民館に保存されています。 なお有田村は昭和30年に和深村、田並村、潮岬村とともに串本町に編入されています。
残念な事に「有田村道路元」までしか読めません、保存される時に下部は既に失われていたのか、タイル張りの時に埋まってしまったのか。
※ 同じ和歌山県でも’有田みかん’や小説の題名にもなった有田川の流れる有田郡や有田市とは違います。 現在の有田市中心部の前身は箕島町で昭和29年に有田町となっているので約1年、県内に有田町と有田村が存在していました。 なおJR紀勢線の紀伊有田駅は今もここ串本町有田地区にあります。
道路元標蒐集青春18きっぷサイク
早速’青春18きっぷ’を使って道路元標蒐集に行ってきました(^o^)
和歌山県西牟婁郡にあった有田村(有田郡の有田ではありません)の道路元標が現存していると云う情報があるので少なくとも1つはGETできるだろうと、すさみ町から串本町にかけての海岸沿いにあって幾つかの村を巡ります。 桜井055発に乗り和歌山線経由で和歌山へ、近鉄で大阪へ出た方が一本早い紀勢線の列車で紀伊田辺まで行けるのですが’青春18きっぷ’の意味がないのと紀伊田辺以南は本数が少なく普通列車を使う限り結果的には同じ時間になってしまいます。
高田、五条、和歌山、御坊、紀伊田辺と5回の乗り換えと5時間半余りをかけて周参見駅に1130に到着、昨年9月に田辺泊して来ていますが、とても日帰りサイクで来れる場所ではありません。
すさみ町役場で県報記載の地番を聞き現地へ、役場で教えて貰った薬局のご隠居を訪ねます。 確かに’周参見村道路元標’は此処にあったそうですが、道路整備の折にか土台部分を残して撤去されてしまった様です。
すさみ町へ来ても<38>すさみ古座線で山間部へ入る事が多かったので海岸沿いのR42を走るのは随分久しぶりです。
周参見村’の後、’江住村’、’和深村’、’田並村’と訪れますが場所を特定する事もできませんでした、道路元標が設置された大正時代はこの辺りは陸の孤島と云ってもおかしくない地域でその後数次にわたり道路、河川、港湾等の改修が行われていて’周参見村’の様に海岸線から奥まった場所でもない限り、元標が元の場所に残っている事は難しいと思われます。 ↑里野海岸、もう少し走ると本州最南端潮岬が見えてきます。
串本町域に入り元の役場があった有田公民館に保存されている’有田村道路元標’を発見し、どうにか1基だけはGETする事はできました。 ‘富二橋村’があった二色や串本町中心部まで足を延ばすのも時間的に厳しくなってきたので、9月と同じく紀伊有田駅から帰途に就く事に、1648発で紀伊田辺、御坊、和歌山、新今宮、奈良と5度の乗り換えで7時間近くかけて2320桜井に帰投しました。
’18きっぷ’でないとこんなプランは考えもしないですが乗車区間から算出すると\8,510になりますから1日で元を取った勘定です。
自転車の走行距離は38.8キロですが久しぶりに風光明媚な海沿いを快適に走れたので満足しています、でもコース的にはBD-1で走る処とはちゃいます(^_^;)
本日の収穫

今まで<221>小村木津線と<251>谷尻木津線はヘキサ標識がなかったのですが、真新しいのが立ってました。
谷尻’は’たんじり’と読ませるのですが、谷尻集落に立ったヘキサ標識には’Tanijiri’となっていました。 県は勝手に地名の読みをかえているのでしょうか? ところで’小’一文字で’おむら’と読ませるのですが”小村’でも’おむらむら’にはなりません(^_^;)

和歌山県5基目!!
和歌山県には私が知る範囲での’大正道路元標’は橋本町、岩出町、安楽川村、有田村(西牟婁郡)に続いて5基目となった、しかし有田村は昨年9月に<226>紀伊有田停車場線の走破とヘキサ撮影に行っているだけにおしい事をしてしまった。

【114】亀山町道路元標(三重県鈴鹿郡)
亀山町は昭和29年に周辺4村(井田川、昼生、川崎、野登)と合併して市制を施行、翌30年には2村(神辺、白川)の一部を編入、平成17年に関町と合併し鈴鹿郡は消滅し現在の姿になった。
道路元標はかって国道だった交差点に面した江ヶ室交番裏の駐車場奥に’明治里程標'(木製復元?)とともに建っている。
8