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2016年走り納めカレー納め

 2016年も今日で最後、お天気も良さそうなので今年の走り納めに出掛ける事にしたのですが、この季節、約束でもなければ朝の寒さに挫けてしまうので、枚方在のNちゃんにカレンダーを渡すと云う事で、「流れ橋」で落ち合う事にしました。
 暫くサイドバッグを使う予定はないのでキャリアは外し、タイヤも28Cに換装して出掛けます。
 
 上街道から奈良阪を越えて木津川沿いの自転車道へ、いつものコースなんですが、実は昨年は40回も行った「流れ橋」、今年はこれが2回目なんです。 写真左は明治の「五大監獄」のうち唯一現存する奈良少年刑務所、ジャズピアニストの山下洋輔の祖父が設計した事で知られますが、近々廃止されます。
 
 自転車道へ入るとつい飛ばしてしまいますが、それでもロードの様な訳には、「流れ橋」まで45分は切れませんでした。 暫くしてNちゃんが到着。 彼女は長年「CanCan謹製カレンダー」に登場して貰っていたのですが、最近ご一緒する機会がなく、今年はついにネタ切れで選から外れてしまいました、来年はよろしく。 暫く世間話をしてお別れします。
 
 帰りはのんびり行こうかと思ったのですが、まわりはロードばかりなもんで、つい。 近鉄特急の新塗装、見かける機会が増えてきましたね。
 
 
 
 
 
 
 来た道をそのまま折り返すのも何ですし、時間もありますので、木津からは加茂方面に向かい鹿背山をまわって、大仏線跡なんぞを行きます。 今日は「自撮り」の準備はしてきてはいませんが、ロケハンは欠かしません。 ありふれた光景でも自転車が入ると変わるんですね。
 
 浄瑠璃寺から山越えも考えてみたのですが、朝からパン1個で走っているのでパスして、奈良阪を越えてローディ御用達の「まんま亭」へ、明日から正月限定の「角煮カレー」と云うのがあるのですが、毒見をしてあげようかと云ったら、日付けが変わらないと駄目だそうです。 ちなみに「まんま亭」は正月三箇日営業、4日はお休みだそうです。
 
 「まんま亭」を後にし、帯解から一旦は上街道に入ったのですが、天理から山の辺の道へ。 休日はハイカーで賑合う山の辺の地も、流石に大晦日は閑散としたものです。
 
 山の辺の道に入ったら結構遅くなってしまいました。 三輪は大鳥居の向こう、葛城の山なみに沈む2016年の落日です。
 本日の走行110.2キロ、12月は728.2キロ、2016年は10,531.9キロで終えました。
 

今年も年末恒例「石川ポタ」

「石川ポタ」は2002年頃から大和川の支流石川沿いのサイクリングロードで行なわれている年忘れポタリングイベントです。 元はだいすけさんが主宰していた「ランドナー補完計画」の行事だったのですが、現在はRRCB(Restoring and Riding Classic Bicycles)の行事として受け継がれていて、概ね12月の最終日曜日に柏原市役所前に集合し、通称「OHCHOの森」までの往復20キロ余りをのんびり走ります。
 私は体調を崩した2013年を除いて今回で14回目の参加となります。 集合場所の柏原市役所までは片道30キロ程の距離で、輪行した時もありましたが、ここ3年はasuka号のキャンピング支度で往復自走しています。 さて昨夜のうちに荷物の準備は済ませてあったのですが、5時45分にアラームをセットしていたものの、二度寝をしてしまって気が付いたのが7時、計算はできる時間なのですが、急ぎサイドバッグを取り付けて朝食抜きで7時40分にスタートします。 初瀬街道(横大路)を西へ、できるだけR165を走らないように旧道や脇道を縫って田尻峠を越えて大阪府柏原市へ。
 
 集合時刻は10時ですが、予定の9時30分を少し回った頃に市役所駐車場に到着、慌ただしい年末の行事ですので、何かと大変でしょうが、お馴染みの顔、久しぶりの顔が次々と集まってきます。 元々「ランドナー補完計画」の集まりですので、マッドガードの付いた自転車が多くを占めていますが、車種不問とあって、ミニベロやリカンベント、今風のロードの参加もあって、色々と賑やかです。
 
 今回も20数台の自転車が集いましたが、その中の一部。 キャンピングからミニベロまで、エルス、モールトン、東叡からサンノーの実用車に至るまで様々です。
 
 
 何やらこちらでは商談成立。 男前の貴方はお留守番よろしく。
 
 さて面子も揃った様ですので、10時20分「OHCHOの森」に向けて出発です。
 
 
 
 
 
 
 
 大和川を渡りサイクリングロードに入ります。 ぶっ飛ばしにやってきたローディの皆さんスミマセンねぇ、ゾロゾロと。 舌打ちしながら追い越して行くローディがいれば、私たちが通過するまで待っていてくれた自転車も、まぁ色々あります。
 
 
 80歳にして年間20,000キロを走った鉄人児玉さん、常に先頭を走って健在ぶりを(写真左)。 kiki君もシルクランドナーをレストアし晴れてランドナーオーナーに。 オールドロッシンで鈴鹿を駆け、4サイドキャンピングも操るD女史、今日はサンノーベルノー号で。
 
 無事に手術を終えたダイバーてっちゃん、リカンベントで復活です。 まだまだハンドリングが心許無いですが、目標はリカンベントで「月うさぎ」とか。
 
 
 
 
 
 ポタリングとは云え走っている時は結構な走りなんですが、なんと云っても休憩時間が長いのが、一度停まって自転車談義が始まるとなかなか動き出しません。 しかし今日は「石川ポタ」の15年の歴史の中でも最高のお天気です、季節柄雨風雪の中でも走ったのが、今では笑い話です。
 
 一時間余りを掛けて「OHCHOの森」に到着。 「石川ポタ」のメインはここでのアウトドアクッキングです。 私はD女史とコラボで「チビ太のおでん」、って私は食材と鍋を運んだだけですが。 しかしショコラシェフの粕汁は絶品、ダイバーてっちゃんのたこ焼きはプロの味。
 
 ランチの後は、ビンゴゲームでのプレゼント交換です。 やはり今年の私はハズレの年やったんやなぁ、最後の最後まで。
 
 陽の短い季節でもありますし14時には「OHCHOの森」を撤収です。
 
 
 
 
 
 
 
 とは云え、帰りの道中も休憩と云う名の自転車談義は欠かしません。
 
 陽の傾き始めたサイクリングロードを行きます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 そろそろ年忘れポタリングも終盤。
 
 柏原市役所へ戻ってきました。
 
 
 名残惜しいですが、桜井まで30キロを余り走って帰らなければなりませんので、再会をお約束して帰途に就きます。 亀の瀬から王寺町とR25を走る大和川河畔の道をとり、日没後17時半には無事帰投しました。 本日の走行78.4キロ。
 

集合写真を含む写真をうちのHPにアップしています。 [BYCYCLE]→[ツーリングの記録]→[2016]と辿って下さい、大きなサイズの画像もダウンロードできます、参加者の方は再利用して頂いて結構です。 なお認証が必要です、パスワードをご存知でないとご覧になれませんのであしからずご了承下さい。 ログイン名は’pal’、パスワードはうちのFAX番号下4桁です、2016年以前の「CanCan謹製カレンダー」の奥付等でご確認下さい。 また2017年用パスワードも使用できます、ログイン名は’2017’、パスワードは2017年版「CanCan謹製卓上カレンダー」の奥付右下に記載されている4桁の数字です。

今年も残り僅か、なんですが…

 今年も残り一週間余り、先月から断続的に続けていたasuka号の整備、最後にボコボコになっていたフロントガードの交換を済ませて一応完了。 キャンプではありませんが、週末の「石川ポタ」に備えて、炊き出し?や振る舞い?の荷物を運ぶために4サイド仕様に仕立てます、まぁ2サイドでも間に合う様な気もしないでもないですが。
 
 フロントのマッドガード、輪行時はヘッド抜きですから外す事は殆どありませんし、リア程ストレスも掛からないのですが、リアと同様にアクリル板製の補強版を入れてみました。 見た目は良くないのかも知れませんが、どうせキャリアやバッグに隠れてしまう場所ですので、気にしません。
 
 元来、自転車弄りは得手じゃないのですが… シクロサロンあすかの親爺がお元気でしたら、お任せで自分で触る事もなかったのでしょうが、如何せん近くには適当なショップもなく、結果的にはすっかり工具類も揃ってしまいました。 その上今風の自転車人が触る事のないだろう、ホイールを組んだり、マッドガードを加工したりするもんですから。 変わった処では引き抜きリベッター(左)はなかなか活躍しています。 オートポンチ(右)も重宝します。
 
 そうそう先日の「津風呂湖ツーリング」で、馬鹿になったネジ穴の再生方法で、ヘリサートと云うのを教えて貰ったのですが、専用工具が結構なお値段になるので、試しにこないなものをポチってみました。 AMAZONのレビューではハンガーに使ったツワモノもいる様ですが。 細く切ってL字状に曲げて、とりあえず馬鹿になっていたErba号のボトルケージのダボに使ってみたのですが、あまり強く締め付けて行くとちぎれてしまう様です。 本来は筒状に細工をしてやるのが良さそうのですが、M5ではちょっと難しいです。 ダボ穴に関してはM6のタップを立て直してやるのが一番でしょうかね。
 
 さて話しはマッドガードに戻って、間違えると取り返しが付かないだけに神経を使うのは、高価なマッドガードの加工。 私はアクリル板でこの様な型紙?を作っていて、先のオートポンチが活躍するのですが。 加工中にこんなのがあれば便利なのになぁと思っていたのですが…
 

 

 世の中には本来の目的ではないカラフルなマスキングテープがある事は知っていたので、もしやと思って、探してみると、あるんですね、それも何種類も、速攻ポチりました。
 
 と云う話で、話題が工具から文具に移ってきましたが。 卓上版に続いて、ちょっと変わった文具類が活躍する限定版「CanCan謹製カレンダー」プレミアムバージョンも完成。 こちらは図らずもカレンダーのモデルになった方々、写真を提供して頂いたお二人、今年自転車でご一緒して頂いた方々上位10位以内の方に進呈させて頂きます。
 
 さて「石川ポタ」でのゲームによるプレゼント交換の景品、ご準備されてます、参加者の方はくれぐれもお忘れなく。 では「石川ポタ」でお逢いしましょう。

今年最後の最後の東吉野サイク

奈良県吉野郡東吉野村木津(こつ)にて
 
 先週も「今年最後の東吉野サイク」と題して向ったばかりなのですが、「月うさぎ」の雪便りを見て、一日お天気も良さそうだし、青空に冠雪の高見山をバックに「自撮り」をしようと、急遽東吉野へ向う事にしました。 まずは今月3回目、今年17回目の芋ヶ峠へ向います。
 

 東吉野村へ向う時、いつもは真っ直ぐに吉野川河畔まで下るのですが今日は津風呂湖畔へ、右岸を走るとかなりの遠回りとなってしまうので、ダムの天端道路を走って左岸の県道(写真左)を行きますが、やはり入野(しおの)の手前で吊橋を渡って右岸(写真右)に入ります。
 
 入野の急坂を登ってR370に取り付いて入野峠を下り吉野川河畔に出ます。 蛇行する吉野川に沿って遡上してくるより数キロは近道になる様ですが、ややアップダウンが厳しくなりますので時間的にはあまり変わらないかと。
 
 東吉野村小(おむら)にて。 先週はカレンダーを届けにあちこち寄り道ばかりでしたが、今日は「麦笑」も「よしの庵」にも立ち寄らずにひたすら木津(こつ)を目指します。
 
 
 伊豆尾の集落を抜け旧道と別れて右に大きくカーブすると谷あいに高見山の威容が見えてくるのですが… かなり期待していたのですが、雪はかえって先週より少ない位ででした、残念。 
 
 せっかく「自撮り」の準備もしてきている事ですし、お気に入りのポイントへ移動して準備を始めます。 ところで今までで一番青空と高見山の冠雪に恵まれたのは右の写真、スレート葺きの屋根と相まって、とても奈良県とは思えない光景。 一昨年の12月8日なのですが、この時は「自撮り」の準備はしていなかったのです。
 
 路面への積雪は殆ど残っていませんし、先週は谷尻(たんじり)から一谷峠を越えたので、今日は染谷峠を越える事にします。 水の流れている箇所は凍結していた形跡がありますので、朝走るのはちょっとヤバそうですが、問題なく染谷峠(713m)に到着。 ここで1440、陽の短いこの季節ですから室生ダム経由で帰るのはちょっと厳しそうです。 時間的に陽が沈んだ直後、交通量の多い17時台にに女寄か西峠を下る計算になります、それでなくとも気ぜわしい師走ですのであまり気が進みませんので、好きな道でもありませんが、R369を榛原へ真っ直ぐ下る事にしたのですが。
 
 大内峠の旧道を下りR369に入って1キロも走らない内に、ズブズブと後輪の空気が抜ける気配、すわパンクか! どうやら路肩のガラス片か金属片でも踏んだのでしょうか。 まだまだ標高500m以上、日陰はかなり冷えますので、陽射しがあって広そうな路肩まで少し押しします。 実は昨夜28Cから32Cに換装したばかりで、いつもなら2本持ってきているスペアチューブが、今日は1本だけだった事に気が付いて悪い予感がしたのですが、次がないのでパンク箇所を慎重にチェックした後、順調にチューブ交換こそ出来たもののエアーが入りません、チューブを外して調べてみると、バルブの根元が裂けています、なんと先日バルブの根元が裂けてFaceBookネタにしていたそのチューブ、さっさと捨てれば良いものを、間違って持って来ていたのです。 もうこうなるとここでパッチ当てをするしかありません。 幸いパッチもゴム糊にも不都合はなく、路肩の標識にライトから取り出した電池でゴリゴリやって圧着させます、温度のせいかゴム糊の馴染みが多少悪い様な気がしますが、うまくタイヤに入れてやれば空気圧でしっかり着いてくれるでしょう。 作業時間約15分、ここから榛原の街まで9キロあります、少なくともその辺りまで無事に下れれば。
 
 パンク修理に延々と続く下り坂と、すっかり身体が冷え切ってしまいました。 いつもなら篠楽から女寄辻経由で下るのですが、最短のR165西峠経由で帰る事にし、西峠のローソンでMachiCafeで暖まります、ここはイートインコーナーがないのが残念ですが。 無事に17時過ぎには桜井に帰り着く事ができました。 本日の走行85.5キロ、たっぷりと冬を感じさせてくれた1日でした。

asuka号無事復帰

 
 先月からフリーがフリーになったり、先日の「津風呂湖ツーリング」ではマッドガードをぶっ壊したりと満身創痍のasuka号ですが、無事に復帰しました。 後ろだけ新しくなったリムだけが輝いています。
 
 最初、同じリアハブFH-6500の手持ちがあったので、フリー部分だけの交換を企んだのですが、組んだ状態のホイールでないとハブからフリー部分を外すのは難しいと知り、あらたにリムとスポークを調達してホイールを組むことにしました。 従来通りリムはARAYAのPX-645 36H、イタリア組み6本組です、実は以前は過去の経緯からなんと15番だったのですが、今回は14番としました。 実はシクロサロンあすかの親爺は基本的にロードやトライアスロンしかやってなかったので、ホイール組みは15番しかやってなかったのではと思うのです、結果的には細いから切れやすいと感じた事はなかったのですが。
 以前のホイールは半年程しか使っていないので、バラして歪みがなければ、8本組みで組み直して見ようかておもっているのですが、あと手持ちのFH-6500はハブボディが破断した32Hと、フリーがフリーになった36Hなので、やはりフリー部分を入れ換える算段をしなくてはなりません。
 
 マッドガードですが、ナニ銀さんで「なんでそんなに壊れまんねん」と笑われる位にしょっちゅう壊してます、輪行する事が多い事もありますが、まぁ元来なにかと荒っぽい事に他ならないのですが、本所の高級軽量マッドガードは私にはデリケート過ぎます。 それも壊すのは後ろばっかり、お陰で前用が余ってくるのですが、そこは良くしたもので、高価な分割式マッドガードの後ろ半分を前用から作り出しているのです(「分割式マッドガードの加工」)。 さて今回はブリッジに固定するネジ穴部分の内側にアクリル板で作った補強板を入れ、多少体裁は悪いですが引き抜きリベットで固定しています。 この部分はどうしても亀裂が入ってきやすいので、皆さん色々と金属製の補強板を入れたり、革製や樹脂製のワッシャを咬ませたりしているようなのですが、結構な距離を走るasuka号にはそれ位では役に立たない様でして。
 
 ブリッジの回りに引き抜きリベットの頭が見えているのですが、まあ飾り物の自転車やありませんし、質実剛健、実用本意と云う事で。 ところで引き抜きリベット、一般的な工具ではありませんが、結構手頃な値段からありますし、リベットも大きなホームセンターで揃っています。 実は先の分割式マッドガードの製作用に買ったものなんです、板材の接合には重宝します。
 
 17年間で50,000キロ以上走ってきたasuka号、脳天逆落としを食らっても壊れないと云われたデオーレXTのリアディレーラーですが、プーリーこそ替えはしましたが、相当ヤバくなってきていた処、ヤフオクで新品が適価で出ていましたのでゲット、スプロケットと共に交換。 スプロケットの方は、現役と年金需給の狭間のビンボー人ですので、些かグレードダウン。 後はフロント回りですが、既にギア板のみのスモールパーツは完売、クランクセットとなるとヤフオクでも結構なお値段になっている様でして。
 さて、そんなこんなで無事にasuka号は戦線復帰です。

今月の実績とasuka号の顛末

 

 爆弾抱えたまま160キロ余り走った「赤福~剣峠ツーリング」から無事に帰ってきたasuka号ですが、昨29日に所用で向かった大和高田の帰りについにやってしまいました。  一瞬チェーンが落ちたのかと思ったのですが、案の定フリーがフリーに、こうなるとどうにもなりません、17時半頃までには隣町の橿原に行かなければならない予定があって、時間的にはまま歩いても間に合うので、初瀬街道をトボトボ推していたのですが、葛城川を越える橋の下り坂で乗ったら、引っ掛かったと云うかなんと踏める様に、理屈は判っていてもフリーの詳しい構造までは知りませんが、出来るだけテンションが掛かったままになる様に、逆回しにならない様に走って、そのまま走り続ける事ができて予定を済ます事ができました。
 そのフリーになったフリーですが、遊んでいる同シリーズのリアハブからフリー部分のみ外して交換をかんがえてみたのですが、ホイールになっていないハブからフリー部分を外すのは至難の技と知り、それは諦めてホイールを組み直す事にしましたが、部品が揃うのは早くても12/6以降になるので、12/3に予定しているサイクはerba号のホイールを拝借し出張ります、28Cなら充分カバーできるホイールなもんで。
 さて、あと200キロ程で今年も10,000キロ超え、昨年の14,000キロには及びませんが、なんと云っても昨年は流れ橋近辺まで40往復した分がきっちり少ない計算になってますね。

赤福~剣峠ツーリング

剣峠から五ヶ所湾の展望

 先日、財布から出てきた近鉄の「株主優待乗車券」、8月の大平街道ツーリングに行く際に、帰りが遅くなって「18きっぷ」のままでは桜井まで帰ってこれなくなった場合に、名古屋から近鉄利用で帰ってこられる様にと金券ショップで買って用意してあったものを、すっかり忘れていたのでした。 有効期限は年内一杯、1日有効のいわゆるフリー乗車券の類なら、大阪往復でもすれば足りるのですが、乗車1回限りでは元をとろうとすれば、名古屋や伊勢志摩辺りまで行かなければなりません。 そう云えば伊勢志摩方面は昨年は2,7,10月と3度ばかり行ったのに「伊勢志摩サミット」のせいではないですが今年は皆目。 そこで伊勢まで走り、内宮前の「おかげ横丁」で「赤福ぜんざい」でも戴いて、剣峠への道で「自撮り」をして輪行で帰って来ようかと。
 ただ気掛かりなのは、ロングライドと輪行に備えてキャンプ続きで夏から履きっぱなしのタイヤ、32Cから28Cから換装していたのですが、どうも後輪のハブフリーの音が些か気になります、まぁ最悪輪行袋を持って行く事ですし。 ちなみにうちのASUKA号は分割式のマッドガードを付けると32Cは入りません。

 しかしこの季節に伊勢まで走り剣峠を越えて行こうとすれば、ASUKA号に私の脚力では暗いうちから走り出さなければ「自撮り」どころではありません。 4時40分には桜井を出発したのですが、まだ暗い中を大型車も少なくないR165を西峠へ向かうのは気分の良いものではありません、極力旧道や歩道を利用しながら行きます。 霊感とかの持ち合わせのない私には、余程真っ暗な芋ヶ峠を登るほうが安心です。 猪に突進されても車に突っ込まれる方が、例え熊でも暴走する車より勝ち目はあるかと。 ともかく小一時間で西峠へ、あとは風邪をひかぬ様に汗をかかない程度に頑張って走るだけです、菟田野松井橋のローソンで小休止、菓子類を仕入れてコーヒーで暖まります、この先暫くコンビニはありません。 
 0640 佐倉峠に到着、手前の温度表示は1℃を示しています。 凍結の心配はなさそうですが、ここから東吉野村鷲家(わしか)への下りが寒いのが。 ところで今日の出で立ちですが、この季節は相も変わらずアノラックにニッカ、寒暖の差が厳しい中を走る訳ですからベストで調節します、ニッカホースはハリソンの厚手の方、暗い時間帯は靴はMTB用のもの、ベストではなくフリースで調整する様にすれば良かったかなと後悔したのですが、日中の事を考えるとね、この時期は難しいです。 結局一番寒かったのは帰りの近鉄電車だったりして。
 
 新木津(こつ)トンネルを抜け丁度7時に高見山を見上げるいつもポイントに到着、高見山は雲の上、東吉野の紅葉も盛りを過ぎた様です。
 
 
 
 0754 高見登山口のバス停でトイレ休憩、一息入れただけで快調に走り高見トンネルに到着、1983年に開通した延長2,470mのトンネルです。 県境のトンネルで平日のこの時間、時折車がきますので、それなりの幅があるので歩道を行く事にしたのですが、これが曲者で、漏水凍結注意でしょうか、看板が歩道上に固定されていて、通るのに難渋します。 またここの歩道は待避所の部分が直角になっていて、無灯火だと非常に危険です。 (写真左)は高見トンネルを三重県側に抜けた処のループ橋、櫛田川上流の谷あいへと一気に高度を下げます。 
 高見トンネルを抜けると今では松阪市となっていますが、10年程前まで飯南郡飯高町と呼ばれた土地、箱庭の様な風景が拡がります。
 
 
 
 高見峠を下ると必らずの様に立ち寄るのが波瀬(はぜ)宿です。 和歌山街道が高見峠を越えて最初の宿場で、本陣も置かれ4軒の旅籠があったそうです。 現在の国道166号線からは離れているため、静かな佇まいの山峡の集落です。 明治以降は波瀬村となりますが、ここには「里程標」の様式の石柱があります(50秒前後)、各面に「距津市元標七拾五粁四九壹」「距松阪元標五拾六粁八〇〇」「奈良県界六粁壹〇九」「距川俣村大字七日市拾三粁〇九〇」「昭和三年三月 三重県」とあります。 いわゆる大正道路法による「道路元標」とは異なる様式ですが、明治時代の「里程標」としては「昭和三年三月 三重県」は腑に落ちず、「里程標」の様式に準じた道路元標と云う考えも成り立ちます。
 波瀬の集落を後にし国道へ戻りますが、折々に旧道へ入ります。 櫛田川の流れを愛でるには旧道を辿る事をお薦めします。
 
 
 
 飯高町森を過ぎた辺りで県道569号へ入ります、県道と云っても途中まで改良が進み、国道のバイパスの様になっていて、宮本橋南詰からは国道422号となります。 その角に「つるや」と云うスーパーマーケットがあって、外に自販機が並んでいたりトイレもあり、こちらへ走ってきた時には毎回立ち寄る休憩ポイントとなっています。
 過去3回の伊勢行きは、このまま櫛田川沿いに走り珍布(めずらし)峠に立ち寄ってから、伊勢別街道桜峠を越えて丹生大師、玉城経由で向かっていたのですが、今回はここから国道422号の湯谷峠をこえて宮川の中流域、大台町へ入り、宮川に沿って伊勢へ向かう事にしました。
 ところでこの国道422号、滋賀県大津市から三重県北牟婁郡紀北町に至る路線なのですが、未開通区間が2ヶ所、他の国道との重複区間が7ヶ所、地図をみるとまるであみだくじの様な国道なのです。
 湯谷トンネルと少し大台町側へ下った処にある湯谷不動、水場もあって夏は最高の休憩ポイントです。
 下る途中に、陽射しに輝く紅葉が眼に停まったので、暫し撮影タイム。 先の事を考えるとあんまりのんびりともしてられないのですがね。
 下りきった処で宮川ダム方面へ向かう国道と別れ宮川左岸の県道を東へ、左岸と云っても宮川はまったくと云って良い程見えません。 国道42号線に出る前に「もみじ館」と云う地元の名産品や食事のできる、道の駅を小さくした様な店があるので、少し大台町へ早めのお昼にします。 お目当ては「伊勢うどん」、以前とはメニューが変わっていて何やら定食中心に、肝心の「伊勢うどん」は隅の方に、それも700円也。 以前はもう少し当たり前の値段だった様な気がするのですが、800円のサービスランチを注文した方が賢い様な気もするのですが、それを目当てに走ってきて入った様なものなんで、やはり「伊勢うどん」を注文する事に。 確かに美味しいのですが、やはりどう考えても高い、おかげ横丁で単品頼んでもそないには。
 
 この先、宮川の右岸に渡って県道747~38号と走るつもりだったのですが、曲がり損ねて引き返す気にもならずに左岸の県道770号、国道42号、県道709~119号と走る事にしたのですが。 巨大な紀勢道の橋梁をくぐります。
 途中、国道42号は走りたくないですし、熊野古道伊勢路が平行してあるので、そちらを選んだのですが。 由緒のありそうな無名峠があったり「バカ曲り」と名付けられた道があったりと、雰囲気だけは良いのですが、結構時間を取られてしまいました。
 
 ところでこの宮川沿いのルートですが、蛇行している宮川に沿っている上に、伊那谷の田切地形とまではいかなくても、宮川に流れ込む支流により浸食されていて、結果的に川に沿った道はアップダウンが多いのです。 紀伊半島の県道走破で以前にも一通り走っているので判ってはいたのですが。
 
 ようやく宮川を左岸に渡り県道22号に、伊勢市街に入る手前で、自転車のくせに工事渋滞でなかなか前に進めず、それでも14時過ぎにおかげ横丁の「赤福」に無事到着。
 流石にお伊勢さん、11月の平日であっても参詣の人や観光客で一杯です。 いつもなら赤福2個270円、夏なら赤福氷も良いのですが、季節柄お目当てのぜんざいは520円也、「赤福ぜんざい」の名前からもあっさり目の、どちらかと云うとおしるこの様な、日頃「まんま亭」の濃厚なのを戴いている身には些か物足りない。 「伊勢うどん」に続いてコスパでは外れの日だった様でして。
 
 時刻はまだ15時前、ここまで既に100キロ以上走って来てフリーの方は心配はなさそうですし、と云うよりディレーラーのプーリーの方が嫌な感じなんですが。 さて食いもんの事は気を取り直して剣峠への県道12号へ入る事に、ここの入口が判りにくくて、国道23号の終点が県道12号の起点なのですが、内宮前の駐車場になっていて、両側に観光バスが並んでいるものですから、ちょっと知らないと駐車場の奥としか思えないのです、そして入り口には「大型車通行困難」の案内が。 番号から想像できる様に伊勢市と現在の南伊勢町、五ヶ所浦を結ぶ由緒あるルートなのですが、峠越えの1.5車線路で車にとっては迂回するルートの方がずっと早くて楽に行けるので、通う車は限られています。 五十鈴川に沿った鬱蒼とした森の中を緩やかなアップダウンが続き、谷を詰めた辺りからつづら折れとなり高さを稼いで剣峠へと、なんと伊勢市側は川縁にも拘わらずガードレールが皆無なのです。 その雰囲気の良さは自転車で走るには最高のコースですね、自転車版「日本の道百選」でもあれば間違いなく入るかと。 ただ高麗広の村を外れる辺りから峠を越えるまで、道が暗い上に小石が散乱していて、決してロードバイク向きとは、と云うかこの道の良さを感じられる人はツーリング車に乗る人でしょうね。
 ところで剣峠の道、過去になんども走っていて多少なりとも紅葉を期待していたのですが、そちらの方は些か、色付きが悪いのか色付いていないのか、標高は低いですし温暖な土地ですが、ただもう11月も終わりですしまだこれからと云う事では。 ところで「自撮り」の方、この時間では道筋は殆ど日影になってしまっていて、準備はしてきたものの、やはりここは午前中でないと駄目な樣です、ある程度想像はついていたのですが。
 
 1548 暗い切通を抜けて剣峠に到着です。 ここまで140キロあまり「自撮り」も不発で外れの多い今日のツーリング、標高こそ400mに届かない峠ですが、今迄で一番の五ヶ所湾の展望が待っていました。
 
 剣峠で長居をしていたら、陽が傾き寒くなってきました。 昨年夏は勢いだけで賢島まで走って行きましたが、今日は志摩磯部駅でお開きにする事として、五ヶ所へと下ります。 相変わらず小石の散乱した路面、日没前この期に及んでパンクなどしては堪りませんので、慎重に下る事にします。
 写真は五ヶ所湾の夕景、すっかり暗くなった国道260号と県道16号を走り、17時半過ぎに近鉄志摩磯部駅に到着、本日の走行は163キロとなり、久しぶりのセンチュリーランとなりました。 昨年位から100キロ前後のコースを走る事が多く、ついついそのペースで走ってしまい、今日位の距離になると前半のオーバーペースが祟る事がままあったのですが、今日は最後まで調子良く走る事ができました。 ただこの距離だとやはりパットのついたインナーを履いて来た方が良かったかなと、ちと反省。
 

さて電車の時刻も急ぐ事はないので、ゆっくりと輪行支度をしようとしたのですが、可変式にしたエンド保護金具を120mmで持ってきてしまい使えず、ヘッド抜きはしたもののサドル~エンドを下に立てる事ができず、倒立状態で運ぶ事となってしまいました。 同じ近鉄沿線、改札をでる事なく宇治山田で急行に乗り換えただけで、空いた電車での2時間44分の輪行でしたので、さして苦にもなりませんでしたが。

不発の日

 10時近くになってから、いそいそと「自撮り」の準備を整えて走り出します。 さて今日の目的地は明日香村から芋ヶ峠を越えてお馴染み吉野町は津風呂湖なんですが、春、夏と出掛けてモノにできていません、紅葉の季節なら少しは絵にならないかと思っているのですが。
 ところで津風呂湖、1962年に竣工した奈良県下では古いダムで周辺は県立公園にも指定され、大会も開かれるヘラブナ釣りのメッカだそうです。 ダム湖とは云え奈良県では貴重な湖なのでかつては観光地として賑わったそうですが、この程度の観光地はご多分に洩れず何処も同じ様で、寂れた感満点です。 左岸(南岸)は県道256号入野河原屋線が走っており、右岸は近畿自然歩道として以前から指定されていたものの荒れ放題でしたが、近年整備舗装が進み自転車で周回コースを取る事も可能となりました、とは云えブラインドカーブの多い1車線路が続き、決してロードバイクで快走なんて処ではありません、念のため。
 珍しく前置きが長くなりましたが(余白の関係)、まずは木漏れ日の美しい芋ヶ峠への道を行きます。 雨上がりの晴れた日には舞台のスポットライトの様に光が降り注ぎます

 最初は平尾吊り橋から津風呂湖を時計回りしようかと思っていたのですが、飲み物を買い損ねてダムまで行ってしまったので、県道を入野まで行き反時計回りに走る事に。 この様に見てみると良さげな「自撮り」ポイントがありそうなのですが、ところがどっこいガードレールが切れ目なく続き、湖側に飛び出したカーブにはことごとくカーブミラーがたっていて邪魔をするのです。
 7月(写真左)にも来ていたポイント、陽射しが届いていないのと、渇水期で岸が露出してしまっていて興醒めです。
 結局、三脚を立てる事なく津風呂湖を一周して戻ってきました。 見上げる紅葉を入れてなんてトライもしてみたものの、「貧すりゃ鈍する、藁打ちゃロ手ぇ打つ」と云う訳で、何とパンク。 いっぺんに意気消沈してしまいました。
 その後県道を吉野川河畔に下りいつになくR169を西へ。 このまま手ぶらでは帰れないので、大淀町在のfacebookのお友達に教えて貰ったニュータウンの中の銀杏並木へ向かいます。 丁度通学の時間帯とあって子供たちを見守るボランティアとおぼしきおじさん達から不審者を見る様な視線を浴びせられながら坂道を登ります。 結果的に陽が傾いて影になってしまっている事、想像以上に交通量が多くて車が殆ど途切れないと云う事で「自撮り」は諦め、壺阪峠への帰途の道を取ったのです。
 と云う訳で合間合間に撮ったネイチャーな写真、で宜しければこちらを… 本日の走行71.4キロ、今月18日で月間500キロを越えました。

ちょっとそこまで

桜井市 倉橋溜池にて
 
 今日は一日フリーでお天気も良さそうなので走るには絶好のチャンスだったのですが、昨日も奈良盆地の中とは云え70キロ余りを走った事ですし、色々と雑事もたまってますんで、大人しくしている事にしたのですが、何か損している様な気分になって少し出掛ける事に… 日向ぼっこしている猫に迷惑そうな顔をされたり、青空と鮮やかな柿の色のコントラストに立ち止まったり。
 と云っても市内の手打ちうどんの店「ぶれーど・う」までお昼を食べに行く事にしただけなんですが。その「ぶれーど・う」、自宅から国道165号線を初瀬に向って4キロ余りの処なのですが、市内とは云えどうも行動範囲から離れていてなかなか行けないのですよね、早朝の営業時間外なら時々前を通って生存確認はしているのですが。
  今日は釜バターと揚げ物2つを頂きます。しかし旨いなぁ、奈良で一番旨い完全手打ちのお店だけの事はあります。
 「ぶれーど・う」までは殆ど旧街道を辿って行けば良いのですが、1キロ程交通量の多い現国道を走らなければならないのが。元の朝倉村界隈までは雰囲気の好い旧街道の初瀬街道が残っています、朝倉村道路元標にて。
 美味しいうどんを頂いてご機嫌になったので、少し足を伸ばして倉橋溜池を一周して帰る事に。溜池と云いますがれっきとした県営ダムで、貯水量は宮奥ダムの3倍もあるのですから立派なものです。本日の走行21.9キロ。

再び吉野大峯林道へ

高原洞川林道にて
  先々週は10月31日に行ったばかりなのですが再度吉野大峯林道へ向う事に。目的は吉野大峯林道の先にある高原洞川林道での「自撮り」なのですが、昨日同様のコースで洞川へ向ったshokoraさんから洞川では紅葉がピークを迎えつつあるとの情報、当初は東吉野へ向うつもりでいたのですが、月曜火曜には雨が降るとの予報に、急遽予定を変更する事に。目的の五番関の川上村側は午後になると日陰となってしまうので、午前中それもできるだけ早い時間に着きたいのですが、桜井から芋ヶ峠を越えて吉野大峯林道経由で約50キロ、標高差1,000m以上、私の脚力では5時間はゆうにかかるのです。 
 そうなると夜討ち朝駆けしかありません、8月の十津川行きの様に2時台には及びませんが、4時40分には出発、この季節ですからまだまだ真っ暗、明日にスーパームーンを迎えるお月さんも沈んでしまっていて、昼なお暗い芋ヶ峠を闇夜に越える訳です、まぁ初めてでもない訳なんですが。 闇の中からこちらを伺う獣の眼が2つランランと輝いていたり、なにも出て込んでも良い物をうさぎを目の前を横切ります、鹿や猪が飛び出して来る事を思えば可愛いものですが。6時過ぎには空が白み始めた芋ヶ峠に到着、登りで脱いだベストやヤッケを再び着込んで下りに備えますが、さすがに寒いです。 上市のローソンで食料の補給とコーヒーで暫し温まります。 
 実は昨夜T御大から電話があって、どこか走りに行く?と云う話だったので、かくかくしかじかで五番関に向うと伝えたら、朝起きれたら追い掛けるとの由、とにかくGoogleMapに予定コースをあげて、要所要所でfacebookに書き込むのですが、御大はdocomoでないだけに吉野の山中では果たしてどこまで読んで貰えるかが… と思っているとfacebookにコメントが、御大はどうやら7時に橿原の自宅を出られた様です、2時間以上の開きがありますが、そこは元国体チャンプ、まったく心配には及びません。 
 0840 金峯神社に到着、上市のローソンからここまで写真を撮るのに立ち止まる以外に休憩なしで上がってきたので、この先の青根ヶ峯までの激坂に備えて15分程休憩を入れます。と思っていると直接電話に着信が、なんでもリアタイヤがバーストした様でかなり厳しい状況の様ですが、とにかく行けたら行くとの事。 
 0913 青根ヶ峯の登山口に到着、稜線に出て西側の視界が開けます。まだ早い時間ですが1台のローディが上がってきましたが、さて御大はどうなったのやら、ただこの先はdocomoですら断続的に圏外となります。
 黒滝村へ下る吉野槙尾林道への分岐(写真左)、ここから吉野大峯林道は通行止となっていますが、shokoraさんの情報がありますので折りこみ済みです、通行止箇所は道路の1/3近くが抜けてしまっています、先々週に通ったばかりなのですが、大した雨も降っていないにも関わらずこの林道の脆弱さが判ります。日曜ですが重機が入って下で作業中、通してくれなさそうな雰囲気プンプンですが、自転車を押してそーっと通り抜けます。 
 標高1,000mを超えお馴染みのビューポイントへ、先週は雲行きが怪しいのと時間も押してきたので、ここで折り返したのです。休日とは云え通行止のお陰で車はやってきませんし、先のローディも追い付いてきません「通行止」の案内に素直に撤退したのかな。ところで御大は水分神社とか上千本界隈の画像をfacebookにアップしています、まさかあの激坂を登る訳はないだろうと、さては水分神社か金峯神社まで登って来たものの、引き返したかと。 
 1025 九十丁に到着、ここで吉野大峯林道は奥駈道と交差します。 この辺りで稜線の東側に出て、高原洞川林道との合流点まで下り基調となります。 
 山腹が見事に色付いています。ここまで良さげな「自撮り」ポイントが幾つかあったのですが、今回は少しでも早く高原洞川林道に入ろうと先を急ぐ事にします。 途中、林道に飛び出してきた子供の猪と追っかけっこをする事に、後から思えば動画を撮っておけばと思うのですが、その時はいつ親が出てこないかと、そんな余裕はありませんでした。 

 相変わらず川上村へ下る区間は通行止めになったままの高原洞川林道へ入り、11時前に大天井滝の少し手前の目を付けているポイントに到着、やはりこの時間になると東側斜面の一部が影になっています、春に来た時はこんな感じでした。ここで1時間程「自撮り」をば。 
 何ショットかものには出来た様なので大天井滝の前の四阿に移動してお昼にしていますと、T御大がやってきました、どうやら水分神社経由の激坂ルートを登ってきたとか、もう流石としか。 
 五番関トンネルを越えて洞川へ、時間も押してきているのでみたらい渓谷へは向わず最短の小南峠を越えて帰途に就く事に。 
 小南峠隧道は相変わらず通行止で、内部のモルタル吹き付け工事の様ですが、しかしこの工事いつから続いているのでしょうね。 
 工事のアクセスは天川村側から行なわれている様で、黒滝村側の路面はは落ち葉に覆われていて、どこに石が隠れているかが読めないので、おちおち走れません。中腹の通行止のゲートから下は山仕事の車が入ってくるかして、少しは走りやすくなるのですが。 
 五番関以降も折々に紅葉の写真を撮ったりしながらで結構時間をくってしまいました、その手のネイチャーな写真はこちらで。小南峠を下り地蔵トンネルを抜け、いつもなら秋野隧道から椿橋、壷阪峠のルートをとるのですが、T御大のリクエストで車坂峠を越え、吉野口駅を過ぎた辺りでお別れし、明日香村経由で17時過ぎに無事に帰投、さすがに疲れました。本日の走行105.9キロ、獲得標高は2,000mを超えていました。