「道路元標」カテゴリーアーカイブ

履修順道路元標一覧 (301~400)

道路元標一覧 (1~100)
道路元標一覧 (101~200)
道路元標一覧 (201~300)

【301】 2007/08/10 京都府 北桑田郡 大野村 (現 南丹市)
【302】 2007/08/16 石川県 江沼郡 瀬越村 (現 加賀市)
【303】 2007/08/16 石川県 江沼郡 橋立村 (現 加賀市)
【304】 2007/08/16 石川県 江沼郡 篠原村 (現 加賀市)
【305】 2007/08/16 石川県 江沼郡 作見村 (現 加賀市)
【306】 2007/08/16 石川県 江沼郡 動橋村 (現 加賀市)
【307】 2007/08/16 石川県 江沼郡 月津村 (現 小松市)
【308】 2007/08/16 石川県 能美郡 御幸村 (現 小松市)
【309】 2007/08/16 石川県 江沼郡 那谷村 (現 小松市)
【310】 2007/08/16 石川県 江沼郡 山代町 (現 加賀市)

【311】 2007/08/16 石川県 江沼郡 南郷村 (現 加賀市)
【312】 2007/08/19 長野県 西筑摩郡 山口村 (現 岐阜県中津川市)
【313】 2007/08/19 岐阜県 恵那郡 坂下町 (現 中津川市)
【314】 2007/08/19 長野県 西筑摩郡 吾妻村 (現 木曾郡南木曾町)
【315】 2007/08/19 長野県 西筑摩郡 読書村 (現 木曾郡南木曾町)
【316】 2007/08/19 長野県 西筑摩郡 楢川村 (現 塩尻市)
【317】 2007/08/19 長野県 東筑摩郡 宗賀村 (現 塩尻市)
【318】 2007/08/19 長野県 東筑摩郡 洗馬村 (現 塩尻市)
【319】 2007/09/02 兵庫県 武庫郡 甲東村 (現 西宮市)
【320】 2007/09/06 岡山県 御津郡 一宮村 (現 岡山市)

【321】 2007/09/06 岡山県 岡山市
【322】 2007/09/06 岡山県 児島郡 福田村 (現 倉敷市)
【323】 2007/09/06 香川県 綾歌郡 王越村 (現 坂出市)
【324】 2007/09/06 香川県 高松市
【325】 2007/09/10 広島県 安芸郡 中野村 (現 広島市安芸区)
【326】 2007/09/10 広島県 安芸郡 畑賀村 (現 広島市安芸区)
【327】 2007/09/10 広島県 安芸郡 奥海田村 (現 海田町)
【328】 2007/09/10 広島県 広島市
【329】 2007/09/19 兵庫県 多紀郡 今田村 (現 篠山市)
【330】 2007/09/19 兵庫県 加東郡 鴨川村 (現 加東市)

【331】 2007/09/19 兵庫県 多可郡 比延庄村 (現 西脇市)
【332】 2007/09/19 兵庫県 氷上郡 小川村 (現 丹波市)
【333】 2007/09/19 兵庫県 氷上郡 和田村 (現 丹波市)
【334】 2007/09/19 兵庫県 氷上郡 沼貫村 (現 丹波市)
【335】 2007/09/19 兵庫県 氷上郡 新井村 (現 丹波市)
【336】 2007/09/19 兵庫県 氷上郡 柏原町 (現 丹波市)
【337】 2007/09/19 兵庫県 氷上郡 葛野村 (現 丹波市)
【338】 2007/09/19 兵庫県 氷上郡 成松町 (現 丹波市)
【339】 2007/09/22 和歌山県 日高郡 藤田村 (現 御坊市)
【340】 2007/09/30 滋賀県 神崎郡 八日市町 (現 東近江市)

【341】 2007/09/30 滋賀県 伊香郡 木之本村 (現 木之本町)
【342】 2007/10/01 愛知県 東春日井郡 瀬戸町 (現 瀬戸市)
【343】 2007/10/01 岐阜県 土岐郡 駄知町 (現 土岐市)
【344】 2007/10/05 香川県 大川郡 引田町 (現 東かがわ市)
【345】 2007/10/05 香川県 大川郡 長尾町 (現 さぬき市)
【346】 2007/10/05 香川県 木田郡 牟礼村 (現 高松市)
【347】 2007/10/06 香川県 木田郡 屋島村 (現 高松市)
【348】 2007/10/06 香川県 小豆郡 土庄町
【349】 2007/10/07 島根県 仁多郡 亀嵩村 (現 奥出雲町)
【350】 2007/10/07 島根県 能義郡 母里村 (現 安来市)

【351】 2007/10/16 兵庫県 揖保郡 御津村 (現 たつの市)
【352】 2007/10/16 兵庫県 揖保郡 室津村 (現 たつの市)
【353】 2007/10/16 兵庫県 赤穂郡 相生町 (現 相生市)
【354】 2007/10/16 兵庫県 赤穂郡 那波村 (現 相生市)
【355】 2007/10/16 兵庫県 赤穂郡 矢野村 (現 相生市)
【356】 2007/10/16 兵庫県 赤穂郡 坂越村 (現 赤穂市)
【357】 2007/10/16 兵庫県 赤穂郡 尾崎村 (現 赤穂市)
【358】 2007/10/16 兵庫県 赤穂郡 赤穂町 (現 赤穂市)
【359】 2007/10/21 滋賀県 甲賀郡 石部町 (現 湖南市)
【360】 2007/10/21 滋賀県 栗太郡 草津町 (現 草津市)

【361】 2007/11/08 兵庫県 明石郡 押部谷村 (現 神戸市)
【362】 2007/11/08 兵庫県 明石郡 神出町 (現 神戸市)
【363】 2007/11/08 兵庫県 明石郡 平野村 (現 神戸市)
【364】 2007/11/08 兵庫県 明石郡 岩岡村 (現 神戸市)
【365】 2007/11/08 兵庫県 明石郡 大久保村 (現 明石市)
【366】 2007/11/08 兵庫県 明石郡 魚住村 (現 明石市)
【367】 2007/11/08 兵庫県 加古郡 阿閇村 (現 播磨町)
【368】 2007/11/08 兵庫県 加古郡 野口村 (現 加古川市)
【369】 2007/11/08 兵庫県 加古郡 鳩里村 (現 加古川市)
【370】 2007/11/08 兵庫県 印南郡 米田村 (現 高砂市)

【371】 2007/11/08 兵庫県 加古郡 荒井村 (現 加古川市)
【372】 2007/11/08 兵庫県 印南郡 伊保村 (現 高砂市)
【373】 2007/11/08 兵庫県 印南郡 曽根村 (現 高砂市)
【374】 2008/01/03 愛知県 海部郡 富田村 (現 名古屋市)
【375】 2008/01/06 京都府 紀伊郡 横大路村 (現 京都市)
【376】 2008/01/10 兵庫県 飾磨郡 四郷村 (現 姫路市)
【377】 2008/01/10 兵庫県 印南郡 別所村 (現 姫路市)
【378】 2008/01/10 兵庫県 印南郡 阿弥陀村 (現 高砂市)
【379】 2008/01/10 兵庫県 印南郡 西志方村 (現 高砂市)
【380】 2008/01/10 兵庫県 加古郡 神野村 (現 加古川市)

【381】 2008/01/10 兵庫県 加古郡 天満村 (現 稲美町)
【382】 2008/01/13 島根県 八束郡 玉湯村 (現 松江市)
【383】 2008/01/14 島根県 簸川郡 大社町 (現 出雲市)
【384】 2008/01/14 島根県 邇摩郡 温泉津町 (現 太田市)
【385】 2008/01/15 山口県 大島郡 久賀町 (現 周防大島町)
【386】 2008/01/30 愛知県 額田郡 藤川村 (現 岡崎市)
【387】 2008/01/30 愛知県 額田郡 本宿村 (現 岡崎市)
【388】 2008/01/30 愛知県 宝飯郡 長沢村 (現 豊川市)
【389】 2008/01/30 愛知県 宝飯郡 赤坂町 (現 豊川市)
【390】 2008/01/30 愛知県 豊橋市

【391】 2008/01/30 愛知県 宝飯郡 御津町 (現 豊川市)
【392】 2008/01/30 愛知県 宝飯郡 三谷町 (現 豊川市)
【393】 2008/01/30 愛知県 宝飯郡 蒲郡町 (現 蒲郡市)
【394】 2008/01/30 愛知県 宝飯郡 塩津村 (現 蒲郡市)
【395】 2008/01/30 愛知県 宝飯郡 形原村 (現 蒲郡市)
【396】 2008/01/30 愛知県 宝飯郡 西浦村 (現 蒲郡市)
【397】 2008/01/30 愛知県 幡豆郡 西尾町 (現 西尾市)
【398】 2008/02/20 兵庫県 武庫郡 住吉村 (現 神戸市東灘区)
【399】 2008/02/20 兵庫県 武庫郡 西郷町 (現 神戸市灘区)
【400】 2008/02/20 兵庫県 有馬郡 山口村 (現 西宮市)

道路元標の分布

道路元標の現存については謎の部分が多いですが、現在ネット上等で所在が確認されている元標(沖縄県を除く)の位置をカシミール上にプロットしてみました。
※ 大正道路元標に準ずるものとして、明治里程元標や里程標、現代のモニュメント的要素の大きい大阪、和歌山の’市道路元標’は含んでいませんが、根拠が不可解なものの山梨や大分の’県道路元標’を含んでいます。
← 緑色は私自身が確認したものです。


これらを都道府県別にまとめてみると...

北海道 11 (275)
青森県 1 (164)
岩手県 3 (226)
宮城県 5 (197)
秋田県 19 (224)
山形県 6 (225)
福島県 148 (392)
茨城県 55 (369)
栃木県 36 (172)
群馬県 39 (197)
埼玉県 136 (311)
千葉県 80 (314)
東京都 3 (89)
神奈川県 2 (126)
新潟県 149 (393)
富山県 0 (213)
石川県 70 (179)
福井県 0 (170)
山梨県 1 (201)
長野県 128 (382)
岐阜県 3 (316)
静岡県 1 (297)
愛知県 96 (222)
三重県 13 (289)
滋賀県 8 (168)
京都府 67 (214)
大阪府 2 (168)
兵庫県 223 (384)
奈良県 73 (143)
和歌山県 10 (202)
鳥取県 0 (170)
島根県 7 (249)
岡山県 4 (369)
広島県 4 (347)
山口県 1 (169)
徳島県 0 (134)
香川県 12 (165)
愛媛県 0 (239)
高知県 12 (166)
福岡県 0 (286)
佐賀県 6 (122)
長崎県 9 (160)
熊本県 4 (306)
大分県 1 (217)
宮崎県 7 (88)
鹿児島県 0 (117)
沖縄県 1 (0)

合計すると1,456基となりますが、この中には確認されたものの、その後撤去されたり行方不明になったりしたものも含まれています。 ( )内の数字は昭和20年10月1日の都道府県別市町村数で、北海道は北方領土6村を含み、沖縄県は0として計10,526となります、大正11年の全国の市町村数は12,315ですから、差こそ大きいですが道路元標そのものが時系列的にみて重複する場合もありますし、この値はあくまでも目安として考えて下さい。
 一番、不可解なのは全く現存が確認されていない県が幾つかある事で、富山、福井、徳島等は県公報による設置資料があるにもかかわらずにです。 戦後の新道路法の施行で設置の法的根拠を失った’道路元標’は県によっては積極的に引っこ抜かれたり埋めてしまったりしたのか、それとも単に道路元標を探そうと云う好事家がいないだけなのか、また’道路元標’そのものが全ての市町村に設置されたのでは無いと云う考えもあります。 明治里程標と関係も不可解で並んで現存している例もあれば、どこかで混同されてしまったり、大正道路元標設置の際に既にあった明治里程標を代わりにしてしまったのではないかとも考えられる場所もあります。

ぐるっと中国地方(1日目)

別に観光旅行だけでもなく、道路元標探索の旅だけでもないのですが、たまたまそちら方面に少し出かけなければならない所用ができて、それだけならば日帰りでも済む話なのですが、この機会にと’青春18きっぷ’の残り3日分をYahooで落札して2泊3日の旅をしてきました、自転車抜きで(^_^;)

まず1日目は山陰は松江まで、’青春18きっぷ’で普通列車を乗り継いで行くと夕方になってしまいますので、以前から乗りたかった智頭急行経由の「スーパーはくと」を姫路?鳥取間だけ利用します、もちろん’青春18きっぷ’は使えないので別に\3,930を支払う事になりますが、上郡から智頭までの区間の智頭急行そのものが’青春18きっぷ’では乗車できません。 先頭車はご覧の様に展望が、なぜか喫煙自由席の車両です。 智頭急行は国鉄智頭線として計画建設され、1994年に第三セクター鉄道として開業した、高架やトンネルを多用した新しいの路線のため現状では関西から鳥取へ一番速く行ける公共交通手段である、三セク鉄道では唯一黒字とか。
 大原までは時々日差しの入る天気だったのですが志戸坂トンネルを越えると途端に雪混じりの雨模様、さすが冬の山陰です。 智頭からJR因美線に入りますが、39年ぶりと通りました。


「スーパーはくと」は三朝温泉のある倉吉まで行くのですが、鳥取で下車し再び’青春18きっぷ’のお世話になり山陰本線で米子へ、米子からは伯備線乗り入れのために電化されていますが、ちなみに出雲市行きのワンマン電車の運転士は女性でした。
 とにかく玉造温泉駅まで行き玉湯村道路元標をGETして松江市内へ引き返します。


島根県立図書館、お目当ては道路元標の設置場所情報の記載されている島根県報なのですが...


まずは大正9年から始め、閉館まで2時間かけて大正8年から昭和2年の県報に目を通しますが、ついに見つける事はできませんでした。 今の処では島根県下には6基の現存情報がありますが、これがあるのとないのでは大違いです。
← 秋鹿村役場とありますが、かつての秋鹿村役場が所蔵していたものでしょう。

2日目に続く


【375】 横大路村道路元標 (京都府紀伊郡)

「ひゃっきろポタ」の道すがら、自転車仲間のM氏が昨年7月に発掘していた横大路村道路元標をようやく訪れる事ができました。 ほぼ元位置と思われますが、残念ながら基部が切断された状態でガードレールの影に放置されています。
 横大路村は昭和6年に伏見市他と共に京都市伏見区となっています。 京都府下には270余りの道路元標が設置されたのではないかと推測されますが、現存が確認されているのは65基、内59基を回りましたが、M氏が新たに3基発見しているだけにまだ未周知のものが出てくる可能性はありますね。


【番外】 大宝村大字綣村元標 (滋賀県栗太郡)

  滋賀県栗東市綣(へそ)、中仙道に沿った大宝神社境内に建つ「大宝村大字綣村元標」、いわゆる里程標であるが、ここに現在建っているのはレプリカである。



隣に立派な案内板が建っているが、ここに限った事ではないがやはり’明治里程標’と’大正道路元標’の混同がある様である。
 なお大宝村は1889年(明治22年)4月1日に綣(へそ)村他9村が合併して成立しており、道路元標の根拠法は大正8年の旧道路法施行令である。 なお’里程標’については「桜村の元標(三重県四日市市桜町と智積町に在った元標についての一考察)」に妥当と思われる詳しい記述があり、大阪府及び各県県庁所在地に設置された’里程元標’と補助的な’里程標’があるとしている。

【以下引用、原文のまま】
大宝村大字綣村元標について
 元標(げんぴょう)は道路元標ともいい、道路路線の起点や終点など表示する標識であります。 各市町村一つづつ置かれるもので、石材その他の耐久性材料を用いて、里程や市町村名が記載されているものです。
 この元標は「大宝村大字綣村元標」と刻まれることから、道路元標と云えますが、同時に大津市元標や栗太郡役所などからの里程をも示しており、里程標を兼ねたものだといえます。 官公庁としては大正15年(1926)に廃止された栗太郡役所、及び昭和29年(1954)に移転した草津警察署からの里程を示すのはもちろん、京都伏見の第十六師団司令部や、大津駐屯の歩兵第九連隊(大正14=1925年に伏見へ移転)といった陸軍官庁からの里程も明らかにしており、建立時の時代背景をよく示しています。
<読み方と意味>
(正面)
大津市 大津市元標と距てること、四里十八町三十■間五尺。 (約17.730m)
栗太郡役所と距てること、二十四町三十一間4尺。 (約2.700m)
草津警察著と距てること、二十九町二十五間。 (約3.200m)
(向って右側面)
第十六師団司令部最迫より、九里八丁(町)十二間五尺(36.200m)
大津第九連隊最迫より、四里三十■町十三間五尺(約19.000m)
(向って左側面)
東は大宝村大字野尻より、十一町六間三尺 (約1.200m)
南は大宝村大字苅原より、八町四十間一尺 (約950m)
西は大宝村大字北中小路より、五町二十一間三尺 (約590m)
北は物部村大字二町より、四町五十八間三尺 (約540m)
(裏面)
大正六年二月十五日建設、寄付・西田哲太郎
元標の復元
 旧元標は設置されて80年余りの年月を経ているため、風化がひどく文字の判読が困難な状況であることと、交通事故により中程から半分に折れるなど破損が著しいので、平成12年(2,000年)に創意と工夫の郷づくり事業により復元したものです。
 尚、旧元標は栗東歴史民族博物館に保存されています。
綣行政区

道路元標蒐集サイク (2日目)

今日はお昼には岡山市内へ行きたいので、屋島山上行きのバスを待つ訳にも行きません、屋島村道路元標は標高300m近い屋島寺仁王門にあるそうなのですが、とりあえず朝5時過ぎから屋島を目指します。
← 八栗山と同様にここも本来の参道は県道<14>屋島公園線です、それよりも21%の標識が…(^_^;)

早朝の参道は遍路と云うより地元の人のお参りを兼ねたウォーキングコースになっているのです、その皆さんの元気な事と云ったら(*_*; とにかく石段の始まる処まで押し上げ、後は徒歩で…

眼下には高松の街が…

とにかく屋島村道路元標をGETし、次はフェリーで小豆島へ渡り土庄町道路元標、再びフェリーで岡山へ渡ります。

今回の「道路元標蒐集サイク」のきっかけになったのは岡山県立記録資料館で開かれている企画展「近代のみち?岡山県の道路交通網整備?」と記念講演「岡山県の陸上交通網の整備と近代化」、さすがにそれだけでは勿体ないので、香川県の道路元標の残り5基蒐集を兼ねる事にしたのですが、道路元標に関して目新しい情報はありませんでした。

新見で宿をとり輪行で移動、本日の走行 37.8キロ

道路元標蒐集サイク (1日目)

 和歌山市駅に到着すると外は土砂降り、とてもフェリー乗り場まで走って行ける様な状況ではありません。 携帯からCWWの雨雲レーダーを見ると此処和歌山市だけが降っている様で、1時間もしない内に治まる予報なので、慌てずとにかく待つ事に。
 和歌山港0240発には余裕の時間で雨が止んだので極力水を被らないように歩道を走って行きます、再びKHSを輪行支度して船内へ、2時間余りの船旅です、夜行便とあって車でない乗客は遍路姿の方を私の2人だけでした。 徳島0450着、少し明るくなってから出発します。
  徳島県庁前のヨットハーバー、30年近く前に「徳島レース(阿波踊りレース)」に参加した時に停泊して以来です、淡路島の’サントピアマリ?ナ’を文字って県庁前なので’ケンチョピア’と呼んでいました。
 o氏と落ち合うJR高徳線板野駅までの間で、5ヶ所程道路元標を建てたとされる場所を探索したのですが、1基も見つける事はできませんでした、徳島県では’大正道路元標’は今だ1基も見つかっていない様です、根こそぎ撤去されてしまったのでしょうか? らしき場所には松坂村役場跡碑が…
 o氏と落ち合い大坂峠を目指します、峠おやじN氏のHPでも詳しく説明されていますが、地形図では徳島県板野町と鳴門市の境界が峠のピークになっていて大坂越、鳴門市と香川県東かがわ市の境界を大坂峠としています。 県道1号線ですが板野町側の途中までは採石場があるかしてダンプが多いですが、そこを過ぎれば車は非常に少ないです、適度な斜度でチネリのロードで来たo氏は軽々と登って行きます、 大坂越。

 大坂峠で香川県に入ると眼下に海とこれから下る道筋のパノラマが拡がります。 標高こそ300mに満たない峠ですが、サイクリストなら一度は越えるだけの価値のある処です。
 なお大坂峠の三叉路を少し入ると展望台があって淡路島も小豆島も望む事ができます。
 o氏とJR引田駅でお別れしてから引田町道路元標を探索、四国らしくへんろ道とこんぴら道を示す道標鵜の建つ旧道の辻に見つける事ができました。 予定では長尾寺まで走る予定でしたが、駅に戻り造田駅まで輪行する事にしました。
 造田駅から長尾村道路元標まで南下し再び北上して牟礼村道路元標と屋島村道路元標を目指しますが、それぞれ87番長尾寺、85番八栗寺、84番屋島寺ですからまるでお遍路さんです(^_^;) 
← <146>八栗牟礼線が山上まで続いていますが、自転車を除く一般車は登れない様です。
 標高200m余りまで自転車を押し上げるのは遠慮して往復\900也のケーブルカーのお世話にになる事に(^_^;)、



牟礼村道路元標は境内を西に抜けて展望の開ける、階段の下、本来の参道を登りきった処にありますから、ケーブルカーで登ると非常に判りにくい場所です。

← 県道指定されているとは云えとんでもない処に道路元標はあります、見晴らしは最高ですが。
 屋島村道路元標も牟礼村と同様に山上にある様で、ロープウェイは廃止、ドライブウェイを山上まで行くバスに頼るしかないのですが、そのバスは屋島駅を0930?1730の間1時間おきに出ているのを勘違いして琴電八栗駅から輪行して高松築港駅へ行ってしまい、今日は時間的に屋島山上へ行けなくなってしまいました。
本日の走行 80.5キロ

【339】 藤田村道路元標 (和歌山県日高郡)

県報に拠ると’藤井2077番地先’なっており、現在地は和歌山県御坊市藤田町藤井2077の専念寺の南東角、高さや向きは建て直されたもののほぼ位置は変わってない様です。
 この交差点を北に行くと「安珍清姫」で有名な道成寺に突き当たります。


和歌山県では9基目になりますが、形状が内務省令と異なる頂部が扁平なものは始めてです。


道路元標蒐集18切符の旅(広島編)

’18きっぷ’の最終日、天気の思わしくない近畿から自転車を置いて広島へ…
 桜井0536→0608奈良0609→0707京都0715→0851姫路0910→0929相生0930→1032岡山1042→1213糸崎1216→1317中野東の行程で所要7時間45分、京都廻りしていますので余計に時間が掛かっていますが。

↑今だ移動中、山陽本線尾道?糸崎間、やっぱ広島は遠いですわ(-_-;)

広島の4つ手前の山陽本線安芸中野駅、この駅を中心にして半径2キロ程の範囲に3つの道路元標が残っている様なのですが、順番にまわって8キロ程は歩く計算になります、こちらのお天気はカンカン照り(^_^;)

3つ目の奥海田村道路元標をまわり終えた頃には、時間がかなり厳しくなってきたのですが国道2号線に出ると広島市内行きのバスが頻繁に走っていましたので、これを利用しない手はありません、おかげで広島市道路元標の近くまで直行できました、\430也。

 

広島市道路元標は原爆ドームの向こうに見える橋のそばにあります。 この後、広島電鉄の写真を撮りながら広島駅へ戻り、広島1722発で帰途に就く事に。
 実際は新井口まで戻りましたが、広島1722→1833糸崎1840→2148姫路2157→2258大阪2303→鶴橋2328→五位堂→桜井0008、所要6時間46分、
今日の往復’18きっぷ’で乗車したのは\12,600分。

本日の収穫
【325】 安芸郡 中野村 (現 広島市安芸区)
【326】 安芸郡 畑賀村 (現 広島市安芸区)
【327】 安芸郡 奥海田村 (現 海田町)
【328】 広島市

道路元標蒐集18切符の旅(岡山香川編)

今回は自転車抜きで岡山へ、桜井0528-(近鉄)→鶴橋0629→大阪0652→姫路0758→岡山0923、案の定姫路駅での乗換えは最悪です、’18切符’を利用して山陽路へ向かうには最適なスジなのですが、姫路駅改良が済むまでの事とは思うものの殆ど’18切符’いじめです、これさえ無ければ輪行するのですが…

↑JR吉備線、岡山から伯備線総社を結んでる非電化線、記憶が全く無いので始めて乗る路線だと思います、キハ40系が1~3両で運用されている様です。

 

吉備線に乗って3つ目の駅、岡山市郊外、吉備津神社のある一宮にきています。 ここに御津郡は‘一宮村道路元標’があります。

 

岡山市市街に戻り岡山県下の道路元標所在に関する資料を求めて岡山県立図書館へ向かいます、最寄りは路面電車の県庁通り駅の様です、市電では無く岡山電気鉄道と云う私鉄であの南海貴志川線を買収した会社です。

 

岡山県立図書館は岡山県庁向かいの新しい建物、お目当ての県公報は大正10年以後のものしかなく、大正9年以前のものは記録資料館と云う処へ移管されてしまった様です(^_^;)
 岡山市道路元標の建つ京橋西詰へ立ち寄ってから記録資料館へ、タクシー代\880也。

岡山県立記録資料館、大正8年11月から昭和5年頃の県公報を2時間余り探したのですが、お目当ての’道路元標ノ位置ヲ定メル告示’は見つけだす事はできませんでした。 司書の方は全県的な道路元標の存在に懐疑的な口ぶりでしたが、ここでは来月興味深い行事があります、’18切符’があれば行くのですが… でも講師の方がN大の先生とはネ。