昨日みたいに軟弱にくじけていてもいられないので、今日あたり’梅雨明け’しそうだし朝だけでも少し走りに出掛ける事にしました。 ‘ポタ’と云うとW氏に「何処がポタやねん」と突っ込まれますが、決してM氏の様な’朝錬’ではありません。
04:52 長谷寺参道にて、流石に’宝園堂’もあいていません。

05:37 初瀬ダムで少し休憩、ダムから上は少し降っていたのかして、路面が濡れています、今日は小夫へは行かす笠へ登ります。

05:53 いつもなら’笠そば‘を食いに右の鳥居をくぐって激坂を登るのですが、今日は真っ直ぐ県道を行きます。

06:02 標高468m、本日の最高地点ですが、いよいよ降り出してきました、ここからは巻向へ400mのダウンヒル、登りで汗をかいたとは云え、ズブ濡れになって帰宅しました。
走行ルート 27.7キロ
※ 坂中毒の方は逆回りをお勧めします。

「自転車」カテゴリーアーカイブ
不発!! 道路元標探索サイク
青山町駅から三重県道<29>松阪青山線?<39>青山美杉線を走り種生(たなお)村を目指します。 しかし今月は殆ど走っていないので体が重いです。
← 松阪青山線と青山美杉線の分岐付近に建設される川上ダムは工事が凍結、工事が進んでいた付け替え道路は放置されています。

種生村は資料によると役場前となっていますが、役場跡前の道路もかなり拡幅されていて見つからず、少し離れた小学校の廃校跡も探索してみたのですが...
再び松阪青山線に入り矢持村を目指します、今は使われていない小字名まで突き止め、発見かと思ったのですが違いました、遠眼には正に道路元標に見えるのですが...

どうやら今日は不発に終わりそうなので、のんびり写真でも撮りながら進む事にします。 今日は田圃を渡る風が心地よいです。

布引峠手前から<755>老ヶ野古田青山線に入り桜峠へ、またまた青山美杉線へ入りますが先日からの雨で山はたっぷり水を含んでいるかして道路は川の様に... 下りでは寒い位に涼しかったのですが、ESCARGOTさんに持ち込むのに折角綺麗にしたのにまたドロドロに。

結局、夕方まで降らなかった...
ESCARGOTさんに春から頼んでいいたKHSに取り付けて貰うエイドレバーがようやく入荷しているのでそろそろ伺わなくてならないのだが...
昼前に路面も乾いてきたし空も明るいので近鉄八尾まで輪行してから走って行こうかなと天気予報や雨雲レーダーを見ていると、やはり午後には再び降り出しそうな感じ、結局は今日は諦めて近所のホームセンターへお買い物に。
ホームセンターで買い物をすましても、空模様はまだ持ちそうな感じ、で’シクロサロンアあすか’まで足を延ばす事に。
← お買い物、先日取り付けたばかりのボトルケージ、実は不注意で歪めてしまったのだが、揃いのカラーがあったのでGET。 最近MTBなんか乗らないのにバーエンドなんか買って? 何故かはお愉しみに。
結局、明るい内には雨は降って来なかった。
「鉄人Kさんと一緒に走る…」をお見送りしてきました。
そうは問屋が...
6月の締めは...
もちろん未知の’道路元標’探索も織り込んであります(^_^)
長谷寺から初瀬ダム、三陵墓古墳、さすがに蒸せますが少しは標高があるので下界より風が爽やかです。 <781>都祁名張線?(782)上笠間八幡名張線とお馴染みコースを走りますが、今日は久しぶりに毛原から笠間川沿いの黒線道を走ってみます、判りにくい分岐が多いので地図必携です。
時々日差しもあるのですが、にわかに曇りパラパラっと来る事も...
広域農道に合流する頃に本格的に降り出してきました、回りには民家も何もありませんが幸い農機具倉庫があって軒を借りる事に、携帯が入るので’雨雲レーダー’画像を見ると滋賀県南端から奈良県北東部にかけて局地的にかなり降っている様です、結局小一時間雨宿りしてしまいました。
名張市域に入り’薦野村’と’美濃波多村’を探索しますが空振り、雨も上がり名張市街ではカンカン照りになっていたのですが伊賀神戸辺りまで来ると再び雲行きが怪しくなり、布引山地方面の空は真っ黒で先行きは思いっ切り怪しくなってきました。
道路元標探索サイク
都祁から<127>北野吐山線を北上します、平行して立派な広域農道が走っているので、こちらは通り抜ける車もなく、特に下深川から北は渓谷沿いで涼しく、自転車にとっては快適この上ないルートです。
<80>奈良名張線に入り大塩から<214>月瀬三ヶ谷線を下るつもりでしたが、ひとつ手前の桃香野へ下る黒線道に入ってみました。 激坂度はエエ勝負ですが雰囲気はやはり<214>月瀬三ヶ谷線の方が良いかなと思っていると眼下に月ヶ瀬渓谷が…
Mさんのブログでも話題になっていましたが、この季節の花と云えば何と云っても…ですね、これくらい真っ赤なのも新鮮です。
‘月瀬村道路元標’は情報通りの場所に鎮座していました。 ‘月ヶ瀬(つきがせ)村’では無く’月瀬(つきせ)村’で、公式には昭和42年に現在の月ヶ瀬村に改称されましたが、JR関西線の駅は昔から’月ヶ瀬口’ですね。
道路元標探索サイク(続き)
京都府に入り相楽郡の’高山村道路元標’を探索しますが発見できず、月ヶ瀬口駅へ下り三重県へ向かいます。
← 明治19年に三重県が建てた’是より伊賀国’と書かれた県界標、明治19年は旧国郡が府県制へと変わって行く時代ですからまだまだ’県’や’旧国名’もごっちゃの様です。 この道は木津川北岸、サイクリストには悪名高い現在のR163と旧大和街道の間にJR関西本線とともに平行して走っていて、さしずめR163の旧道と云う処でしょうか。 なお旧大和街道には柳生藩と藤堂藩の境を示す2本の標柱が建っているそうです。

京都府南端を通って三重県へ’島ヶ原村道路元標’を探索しますが不発、せっかくだからと伊賀上野との境をなす大和街道の与右衛門坂から長坂へと、狭義の与右衛門坂は集落の中の激坂舗装路になっていますが、上野側の長田村三本松へ下る’長坂’を含めて与右衛門坂と呼ぶようです、途中には芭蕉の尻もち坂なんてのもあります。 標高も高い訳でもなく、先の’集落の中の激坂舗装路’をのぞけば斜度もしれていて云うところの’のれのれ’なんですが、先日の雨のせいか一部ぬかるんでいる処もあってKHSで突っ込んだのは失敗でした。

ドロドロになって旧長田村域に下り、’長田村道路元標’を探索しますが、またもや不発。 意気消沈して’鍵屋の辻’の木陰で休憩しながら、’わかや’か’伊賀路’でも行って飯でも食って今日はお開きにするかと思いながらも、気を取り直して伊賀神戸駅か青山町駅まで南下する事にしました。

‘猪田村’、’神戸村’と不発、でも未知の’道路元標’がそうやすやすと見つかる訳はありません。
資料によると阿保橋南詰、近鉄大阪線やR166と旧街道との間、木津川に架かる阿保橋そのものは今も健在なのですが…
ありました阿保村道路元標、それは非常に興味深いものでした。 三重県には大正道路法施行時に300以上の町村があった訳ですが、道路元標の現存が確認できたのはこれでやっと13基目、名賀郡でははじめてです。

走行92.2キロ、今月はもうすぐ600キロ。
本日の収穫
【286】 奈良県 添上郡 月瀬村 (現 奈良市)
【287】 三重県 名賀郡 阿保町 (現 伊賀市)
ちょっと川上村まで
週末の天気は思わしくなかった筈なのですが、昨夜の予報では奈良県はなんと「曇りのち晴れ」に、T御大に電話をして石舞台9時に落ち合って何処か走りに行くことに。 R氏の「風のたより」に告知をしましたが、釣れたのは鉄人Kさんでした。

栢森集落の外れで休憩している2人のローディ、シクロサロンあすかの後を継がれている息子さんと、そのまた息子さんでした。
→大きな画像(1024×768)

芋峠にて
→大きな画像(1024×768)

芋峠を下り、津風呂湖畔から入野(しおの)峠の定番コースを走り、国栖から吉野川沿いに旧R169の<262>国栖大滝線に入り川上村へ

或る目的で丹生川上神社上社まで登ってから帰途に就きます、帰路は下りなので五社トンネルを抜けてショートカットし<39>五條吉野線に入り、吉野高校近くで河畔の道に入り桜橋の見える木陰で休憩後、椿橋への分岐で車坂を越えるお二人さんと別れ、壷坂峠を越えて帰ってきました。 しかし今日は湿度も低く心地よい風もあってサイクリングには快適な一日でしした。 走行90.6キロ

夕ポタ
午後遅くなってからご近所をポタってきました。
← お馴染みの明日香村石舞台
← 此処も年末の「あすか鍋サイク」でお馴染みの「めんどや」さん。
明日香村には飛鳥、高市、阪合と3基の道路元標が残っています。 ‘高市村’は上田倖弘著’「道路元標を尋ねて -奈良県ふるさとめぐり-」には載っておらず、出版後に見つけ出され元の場所よりやや南の観光会館と交番の間に建っています。
← 朝風峠、なんでこんなとってつけた様な名前がついたのか知りませんが、昔は’上平田峠’となっていました。
朝風峠を越えずに棚田を見下ろす遊歩道を巡って帰途に就きました、走行26.6キロ。