「自撮り」カテゴリーアーカイブ

なんとなく「自撮り」ポタ

 「晴れ」との予報なので、格段どこどこへ行くと云うアテも無いのですが、asuka号で出掛ける準備を済ませたものの、表へ出て空を見上げるとどんよりと曇っている、子供の頃から春のこんな空気がどうも苦手なのです、それに起きたタイミングが悪かったのでしょうか、どうも頭が重くてすっきりしません。 目的がはっきりしていたり約束でもあったら、それでも出掛けるのですが、どうにもいけません、部屋に戻って出掛ける格好でそのまま横になってしまいました。
 結局、お昼前に起きて、そのまま何処へも出掛けないのは一日無駄にした様な気分になるので、取り合えず出掛ける事に。 
 明日香村で一昨日見つけておいた「自撮り」ポイントへ、判る人には判るどうってことのないポイントなのですが、桜が咲くとちょっと雰囲気が変わります。 「案山子コンテスト」の時以外はこの辺りは空いているのですが、結構行楽客の車やハイカーがやってきます。 
 車やハイカーのいない合間に、陽射しが入るタイミングを狙うのですが、なかなかそうは上手くは行きません。 
 
 
 
 午前中の陽射しの方が良いのかなぁとか、これ位の花曇りの方がソフトで良いのかなぁとか考えながら数テイク、後ろの並木との重なり方を考えるとなかなかコース取りも難しいのですよね。 
 結局1時間以上頑張った末に引き上げる事に、他に目を付けている場所もあるので回ってみたのですが、今日の明日香村はいけません、どこもかしこも人だらけ。 と云う訳で橿原のローディ御用達のカフェ「4’season」に寄って、甘いものを戴いて帰途に就きました。 しかし今日は皆さん走られている様で色々な人に出逢いましたね。 本日の走行22.3キロ。

「自撮り写真集」を更新しました。

 「自撮り」写真集、今回の「四国ツーリング」で撮った新作10枚を追加しました。 10枚中9枚は「しまなみ」なんですが。  
 うちのHPから[GALLERY]→[自撮り写真集]とたどって下さい。 何枚かメイキングショットをご紹介しましょう。
 
 ’うだつ’で有名な脇町(現 美馬市)の吉野川に架かる潜水橋(沈下橋)、結構交通量があるので車を入れずに「自撮り」をするのはなかなか大変です。 (写真左下)の方向から撮った写真が良く紹介されていますね、吉野川の流れと背後に重なる山並みが美しいのですが、自転車はあまりに小さくなってしまいます。
 
 「しまなみ海道」大三島と伯方島の間の鼻栗瀬戸をバックに。
 
 大三島南岸、宗方付近です、結構有名な撮影ポイントの様ですが、海を入れようとすると、どうしても電線がかぶってしまうのです。
 
 大三島北岸、向こうに見えるのは最初、大久野島かと思っていたのですが、何やら電車の様なものが走ってます、ここはほぼ大三島の北端、即ち愛媛県の北端にもなる訳ですが、呉線が見えるのです。
 
 大三島と伯方島の間に架かる大三島橋、「しまなみ海道」唯一のアーチ橋ですね。 半分が原付・自転車・歩行者専用になっています。

四国ツーリング(総括)

1日目 3月21日(祝) 自宅(桜井)~九度山~和歌山港 101.2km
2日目 3月22日(火) 徳島港~神山町~倉羅峠~脇町~美濃田の淵キャンプ場(東みよし町) 112.3km
3日目 3月23日(水) 美濃田の淵キャンプ場(東みよし町)~阿波池田~法皇湖畔 79.8km
4日目 3月24日(木) 法皇湖畔~旧別子山村~大永山トンネル~マイントピア別子~新居浜~「シクロの家」(今治) 88.3km
5日目 3月25日(金) 「シクロの家」~大三島周回~「シクロの家」119.5km
6日目 3月26日(土) 「シクロの家」~瀬戸田(生口島)~尾道駅 82.3km
計 5泊6日 583.4km
 
和歌山港~徳島港フェリー含む
 
交通費(フェリー) 2,110円
交通費(JR) 2,370円(「18きっぷ」1回分相当、5,400円分乗車)
宿泊費 5,000円
食料品・菓子・飲料類 7,392円
外食代 7,220円
入浴料 1,220円
運送料 2,624円
その他 4,488円
 計  32,424円
 
 2015年4月の「天の邪鬼『しまなみ』へ往く」はこちらから
 2015年10月の「『延陽伯』号『しまなみ』を往く」はこちらから
 2016年1月の「せとうちツーリング」はこちらから
 

四国ツーリング(6日目)

「しまなみ海道」大三島橋を往く
 
 帰途はサイドバッグを宅急便で送り、山陽本線側に出て「18きっぷ」輪行で帰ろうと云う以上の事は具体的に決めていなかったのですが。
さて最終日です「しまなみ」で帰るか、海路岡村島に渡って「とびしま」で帰るか、そして松山まで走りフェりーで周防大島に渡り、柳井まで走って帰るのも面白いなと考えてみたものの、明日の天気が思わしくない事と三津浜港からの
フェリーの夜行便が日曜運休だと判り、それに荷物を送るヤマト運輸の営業所が「とびしま」沿いにはないので、素直に「しまなみ」ルートで帰途に就く事にしました。
 
 再びサイドバッグを取り付け「シクロの家」を8時には出発します。
昨日と同様に来島海峡大橋までは浜沿いの道を行きます。
「しまなみ」のメインルートに入ると土曜日とあって様々なスタイルのサイクリストが、家族づれや親子が多いですね。
来島海峡を渡り終え大島は南半分は外周ルートを取ります、距離は少し伸びますが、私にはこちらの方が楽ですね、来島海峡大橋を下り切った処で追い越した2台のロードを、吉海支所の前のローソンで休憩しようとしていたら抜かされましたら、坂のない分有利な様ですね。
4サイドで亀老山に登ってやろうかと云う考えもよぎったのですが、さすがにね、気温や風向きを考えるとチャンスだったのですが。
写真は伯方大島大橋に向って大島東岸を北上中。
 
 2度ばかり「自撮り」をこなして道の駅「多々羅しまなみ公園」へ、「サイクリストの聖地」とやらで一応記念写真をば。
小学生位の子供に「こんにちわ、どこから来てるんですか」と声を掛けられます、家族で「しまなみ」へサイクリングへ来ている様な雰囲気なのですが、荷物を一杯積んで走る旅自転車の姿は子供にも興味を感じさせるのでしょうね、何処から何処を通ってどうのこうのと云ってもちょっと伝わらなかった様ですが。
 
 多々羅大橋を渡り生口島へ、瀬戸田方面へのコースへ入ります。
丁度お昼時ですので、1月にも寄った自転車カフェ「汐待亭」へ、角煮丼はなかったのでカレーライスを注文。
 
 瀬戸田ではヤマト運輸の営業所へ、ここからサイドバッグとテントを宅急便にして送ります、さすがにこれだけの荷物を担いで輪行は不可能、やった人もいますが。
もちろん今治から送っても良いのですが、四国の愛媛県と中国の広島県では奈良県への運賃が違いますんで。
ヤマト運輸の営業所ではクロネコボックスと云う名前で梱包資材も売っています(郵便局でもゆうぱっくの箱は売っていますが)、ただ一番大きい140サイズのものが置いてなくて、小さな箱の2個口になってしまい、その分送料が割高になってしまったのが大きな誤算でしたが。
その上梱包作業とかに1時間程かかってしまい、営業所を出たのは14時、「18きっぷ」のままJRで奈良桜井まで帰ろうとすると尾道1615発がタイムリミットです、まあ乗り遅れても大阪鶴橋から近鉄を利用すれば充分帰る事はできるのですが。
 
 身軽になった事ですし、乗れるのものなら1615発に乗りたいので先を急ぐ事に、結局は向島の駅前渡船の桟橋までを1時間20分程で走って1520に到着、無事に輪行支度を済ませて1615発の播州赤穂行きに乗車する事ができました。
本日の走行82.3キロ、平均速度19.3キロ。
 
 ヘッド(フォーク)抜き輪行ですから、かなりコンパクトになります、重い事に変わりはありませんが。
 普通なら尾道→岡山→姫路→大阪→王寺→桜井と乗り継いで行くのですが、このスジでは尾道→播州赤穂→大阪→王寺→桜井と乗り継いでも同じですし、1回乗換えが少なくて済むわけです。
 
 2015年4月の「天の邪鬼『しまなみ』へ往く」はこちらから
 2015年10月の「『延陽伯』号『しまなみ』を往く」はこちらから
 2016年1月の「せとうちツーリング」はこちらから
 

 
 

四国ツーリング(5日目)

来島海峡大橋をバックに大島西岸を行く
 
 中央構造線を離れ今治へ、今日は「シクロの家」に連泊していますので、サイドバッグを下ろし身軽になって「しまなみ」を「自撮り」サイクリングに向います。 来島海峡大橋までは車と信号の多い国道沿いを避けて、浜寄りのコースを取ります、但しこちら側は道が判りにくいのと防波堤に沿った道の舗装状態があまり良くないのですが、来島海峡大橋を東側から望みながら走る事ができます。
 
 来島海峡大橋を渡り、大島はいわゆる「外周コース」と呼ばれる西岸から北岸を巡るルートを走ります。 こちら側には田浦峠(78m/写真左)と云う峠があるのですが、標高そのものはメインルートの宮窪峠(79m)と変わらないのです、斜度は多少キツい様ですね。 峠を越えて暫く行くと北岸に出て、対岸に大三島を望む事ができます(写真右)。
 
大島大橋と伯方橋を渡ります、この橋は一体となっているのですが、途中に見近島と云う島があって歩行者、自転車は下りる事ができ、ここには無料のキャンプ場があります、「しまなみ」周辺には他にも魅力的なキャンプ場が幾つもあるので、一度利用してみたいのですが、「シクロの家」の居心地が良すぎてね。
 
 伯方島を通過し大三島へ、大三島橋(写真左)から大三島南岸へはちょっとした抜け道があるのですが、スロープの途中にあって下って行くとちょっと判りにくくて、見落とすかも。 そちらへ下って鼻栗瀬戸をバックに「自撮り」をば。
 
 大三島南岸を西へ、海岸沿いの快走コースが続きます。 1月にも走っているのですが、その時は岡村島経由で宗方港へ渡り、この先の工事区間を迂回しこの南岸を東へ走りました。 既に工事による通行止は解除されているのですが、舗装工事が続いています。
 
 野々江トンネルを抜けた処に静かな漁港があったので、暫し「自撮り」タイム、大島の向こうに来島海峡大橋が見えます。
 
 宗方港へ向う途中に、真正面に海を見ながら下るポイントが、三ッ子島と云う3つの小島が見えます。
 宗方港には入らず小さな峠を越えて西岸へ、大三島は「しまなみ海道」の島々の中で最も大きな島で一周すると45キロにもなります、従って今治から往復して一周すると尾道へ渡るよりも距離があります。 今日大三島を一周し終えますと、しまなみ海道は外周コースを含めて走破した事になります。
 
 大三島西岸を北上、北岸に抜ける処にちょっとした無名の峠(68m)が、峠に出ると対岸に見えるのは、最初は大久野島かと思ったのですが、何やら電車の様なものが走っています(写真右)。 それは呉線、もう対岸は広島県三原市なのです。
 今日「シクロの家」のムラマサ君は非番で、用事が済んだらこちらへ走ってくると云う事で、どうやら私とは逆に大三島を半時計回りに走って来ている様です。
 
 やってきましたムラマサ君、彼はツーリング派をアピールして、フロントサイドをいつも付けています。 写真左は鳥取岬、大三島北端即ち愛媛県の北端になる訳です。
 
 ムラマサ君には峠で折り返して貰います。 東岸へ回りこむと多々羅大橋が見え、しまなみ外周ルートも完走です。 彼と一緒に走るのは2012年4月の「月うさぎキャンプ」以来です。
 今日は朝から向かい風だったのですが、夕方には風向きが変わっていて帰りも向かい風に、2人で先頭交替しながら、道の駅「多々羅しまなみ公園」から大島でのコンビニ休憩を挟んで2時間程で今治まで帰ってきました。 本日の走行、身軽になって119.5キロ。
 
 今回もお世話になりました「しまなみゲストハウス シクロの家」
 

 
 2015年4月の「天の邪鬼『しまなみ』へ往く」はこちらから
 2015年10月の「『延陽伯』号『しまなみ』を往く」はこちらから
 2016年1月の「せとうちツーリング」はこちらから
 

奥三河サイク (2日目)

愛知県新城市 四谷の千枚田にて
 
豊橋駅0600発の飯田線始発天竜峡行きに乗車、昨日と同じく本長篠駅からのスタートです。  
 
 
 本長篠駅0655着、そそくさと輪行支度を解き、まずは昨日と同じ内金トンネルへ急ぎます、今日は土曜日ですので見物客が来ないうちが勝負、また昨日は午後でしたが反対の朝の陽射しを狙ってみる事に。少し風があるので時折満開の河津桜を散らせます。 桜散る風景はskuram氏~santaさんコンビの名作がありますね、なかなか静止画では難しいシチエーションです。 
 やはり8時前には見物客が、エンジン音を轟かせてやってきたのは何とロータスヨーロッパ、40年ものですよね、うちの「延陽伯」号より10年は古い、昔友人が乗ってましたがトラブルが多くて、そんな車を今も走らせてるって凄いと云うか。そろそろ「自撮り」も難しくなってきましたし、それに今日は「自撮り」「廃線跡」「道路元標」と課題が多くてゆっくりもしてられません。 
 園村道路元標まで視野に入れるとあまり余裕もないのですが、せっかくですから廃線跡もチェック。写真右は玖老勢駅跡だとか、廃線跡に関してはこちらのサイトが詳しいです、豊橋鉄道田口線の概要に関してはウィキのパクリ臭いですが、現地調査は参考になります。
 近くに鳳来寺村道路元標が移転保存されています、2010年3月26日に履修済ですが表敬訪問を。
 
 
 
 副川作り道と云う処で廃線跡は県道と別れて対岸へ、市道として供用されています。 断崖に掘られたトンネルと対岸の風景が一幅の絵の様です。ここで「自撮り」とも考えたのですが、明暗差が大きすぎるのと、断崖が高すぎて収まらないのと、普通の高さではガードレールに対岸の風景が遮られてしまうのです、この写真は手を伸ばして精一杯の高さから縦方向のパノラマ撮影をしています。 
 ちょっと良さげな「自撮り」ポイントを見つけたので停止、最近は上から見下ろせて、ガードレールも猪垣もない場所って貴重なんですよ、奈良県に比べると獣害は少ないのでしょうかね。 
 県道32号長篠東栄線と別れて県道389号富栄設楽線となり稲目トンネルへ、立派な2車線のトンネルですが、廃線のトンネルを拡げたとか。 ここで本長篠から豊川の支流海老川を遡ってきた田口線は豊川沿いに入り国道257号となります。 
 廃線跡は清崎で現在の設楽町の中心部である田口へ登って行く国道と別れ豊川沿いの谷間いを遡って行きまする、こちらも町道として供用されているのですが、これより上流には現在設楽ダムの建設が決まっていて、この廃線跡も湖底に沈んでしまう様です、地質調査が行なわれていて、この廃線跡の町道を辿る事ができなくなるのも時間の問題でしょう。 写真右下が田口鉄道の終点三河田口駅跡、何も無い山合いの広場です、旧田口町の中心部との標高差が100m以上もあった事と、鉄道建設の目的であった木材搬出のためにこちらのルートになった様でですが、それが旅客輸送にはマイナスとなって、結果的に廃線に結びついたと云う事らしいのです。 と云う訳でここまでは大した坂もないルートを辿ってきた訳なのですが、お陰でここから一気に九十九折れの道で高度を稼がされる事に。 
 1042基目となる北設楽郡田口町道路元標を履修後、真新しい岩子谷トンネルをくぐります、このトンネルでかつての峠道は片峠となってしまった様です。 設楽町神田(かだ)、時刻は12時半。 ここで園村道路元標に向うか本長篠へ戻るか思案のしどころです。 単純に標高差は200mなのですが、事前にプロファイリングをして来ていないので所要時間が全く読めません、飯田線東栄駅まで下って輪行するとしても、そうなると東栄駅1549発が18きっぷで帰るタイムリミットとなります。 コンビニおにぎりをかじりながら暫し作戦タイム。 園村は田口町とセットで考えていただけにここまで来て取りこぼすのは痛いのですが、どうにも計算ができないのと、ここから峠を越えてFaceBookのお友達がお奨めの四谷の千枚田や梅の里「川売(かおれ)」とやらにも寄ってみたいしと… 
 設楽町田代にて、路傍の石仏と白梅。 
 
 
 
 
 
 結局は安全策を採って仏坂トンネルを越えて新城市側へ戻る事にしました。奥三河の山深い園村へは次回の愉しみと云う事に。 
 仏坂トンネルを抜けると明るい林の中を下る快適なコースです、逆から来るとかなり登り堪えがありそうです。  
 
 
 四谷の千枚田にやってきました、なかなかのロケーションです。 かなり遠いですが「自撮り」にトライ、カメラをセットして3分のタイマーをかけて下ります。 結構な激坂なので自転車は置いてカメラを取りに戻る事にします、一発勝負ですから時間合わせとコース取りは念入りに。
 
 棚田の中を下って行く途中でもう一発、そんなこんなでそろそろ時間も押してきました。
 
 
  
 下の県道から見上げた「四谷の千枚田」です。 棚田全体の標高差は丸山千枚田以上かも知れませんね。
 
 
 
 もうひとつの川売と云う処は見つけられずに下ってしまい帰途に、朝通ったばかりの道なのに、浜松と云う標識に惑わされて本長篠駅へ戻るつもりが大海駅へ、結果的にはこちらの方が楽だった様なのですが、大海1628発で無事に帰途に就く事ができました。
 今回はヘッドパーツを忘れると云うアクシデントのお陰で期せずして1泊2日となりましが、非常に収穫のあった2日目を過ごす事ができました。しかし1月の「せとうちツーリング」では網棚にヒップバッグを忘れるはと、危ないお年頃でしょうか。
 
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奥三河サイク (1日目)

愛知県新城市芳ケ入 内金トンネル 

 サイクリストならずともトンネルの中から見る風景は魅力的なものです、こと自転車に限ってでも、かつてだいすけさんが運営していた当時の「ランドナー補完計画」のトップページを飾った信州嶺方峠の白沢隧道から見る冠雪の北アルプスは「ランドナーの聖地」とまで云われたものです、インターネット黎明期における数少ないサイクリスト向けサイトだけに、この写真に魅せられて多くのサイクリストが嶺方峠を目指したはずです。残念ながら今ではスノーシェッドの設置で馬蹄型のボータルのシルエットを見る事はできなくなってしまいましたが。
 当然「自撮り」のロケーションとしてもトンネル越しの風景は魅力的なのですが、先日FaceBookのお友達のKさんの投稿で愛知県は新城市にトンネル越しに河津桜が望めるポイントがある事を知りました、河津桜ですから今が見頃、先日買ったばかりの「青春18きっぷ」も全ての使い道までは決めていません、最寄り駅の飯田線本長篠なら、充分に日帰りで行って帰ってくる事は可能です。 天気予報をみながら見物客の少なそうな平日を狙って急遽行こうと決めたのです。
  前置きが長くなりましが、今回はasuka号がドッグ入りしてる事ですし身軽な「延陽伯」号で向う事にし、件のトンネルも100m程あり、さすがにトンネルの中に三脚は立てられまいと45-200mm(35mm換算90-400mm)の望遠ズームも持って行く事にします。 未明に王寺や奈良まで走って行くと云った無理はせずに桜井線の始発に乗って奈良経由で向う事にします。 奈良経由と云っても京都~米原経由と亀山経由とあるのですが、この時間はどちらでも本長篠着は同じだろうと思い込んでしまい、のんびり行ける亀山経由を選んだのですが、それにしても接続時間にゆとりがあるな思っていたら京都~米原経由の方が1時間も早く着くのでした、まぁ今日は本長篠駅近くで「自撮り」をするだけですので時間は大丈夫でしょう。 お陰で久しぶりに名古屋駅でホームの立ち食いきしめんを戴く事ができました。
 ところで飯田線本長篠駅までは待ち時間を含めて7時間の長旅、今回は事前に下調べをする余裕がなかったのですが、ネットでなんでもできる時代、車中でスマホで色々調べ事を。 件のトンネルの前後の地図を見ていてフト気が付いたのですが、本長篠駅からトンネルへ続く緩やかなカーブ、これはもしや廃線跡では、「本長篠 廃線」でググって見ると案の定、豊橋鉄道田口線の廃線跡でした、昭和4年に田口鉄道として開業し、昭和43年に廃止されています。 廃線跡それはそれで魅力的なのですが、田口の名前を知って気が付いたのは北設楽郡田口町(現設楽町)には未収の道路元標が残っていた事、近くの同郡園村道路元標と一緒にいつかは回りたいと思っていた処だったのです。
 飯田線本長篠1243着、一応ここを1649発に乗車できる様に戻ってくると良い訳なのです、ともかく輪行支度を解き「自撮り」ポイントへ向います。
 桜並木はトンネルの本長篠駅側、郊外の住宅地の外れと云った雰囲気の中にあって、反対側に出て長玉で狙うと見事に桜並木が収まります。 今が丁度満開、見物客もチラホラ、地元の車が時々通りますが、合間を見計らってどうにか「自撮り」はできそうです、まぁ最悪は裏技もありますし。
 長玉の威力でこんなショットも、結局1時間余り数テイクを撮る事ができました。 ただ外部タイマーの挙動がおかしくなって電源が落ちるのです、どうやら電池切れの様です、電池は単四2本、万が一の時は自転車のテールランプの電池と入れ替えるのですが、実はその手を使ったばかりだったのです、近くにはコンビニもありませんし。 とりあえずG2標準のセルフ3連写を使いますが、時間的に追っかけしか撮れません。 ともあれほぼ満足のできる結果も出てそうなので撤収する事にしたのですが。
 ところで気になるのが廃線跡と道路元標、これから20数キロ走って設楽町まで行けば、園村道路元標も含めて明日回れるのでは、泊まりの準備はしてきていないのですが、設楽で安宿でも取れればとあたってみる事に、設楽町に中野屋旅館(萃夢荘)と云う処が税込み3,800円であったので、電話をしてみたのですが、今夜は団体で満員だとか、1人なので体良く断られたのかな、実は後で知ったのですが「萃夢荘」と云うのはアニオタの聖地なんだそうなんです。
 本長篠駅に戻ってきて、最終のスジとなる1649発の1本前の1620発に乗車できる余裕の時間です。 そして豊橋に着く直前にフトある事に気が付きます、もしやヘッドパーツを取り付けていないのではと、輪行袋の中を確認してみると案の定付いていません、輪行支度をした駅舎の窓枠に並べて置いたままなのです。 思い出したのも思い出すタイミングも奇跡的と云わざる得ないのですが、代りが無いだろう部品だけに取りに引き返す以外にありません、こう云う時にジョルダンの乗換案内は役に立ちます、有料アプリですがガラケー時代から愛用しています、ただソフトとしてはちょっとお行儀が悪いのですが。 豊橋に1716着、1719発の本長篠行きで戻る事に。 ヘッドパーツがあってすぐに折り返しても豊橋に再び戻って来るのは1922、名古屋から近鉄経由で帰れなくもないのですが、お得な株主優待券の準備もしてきていませんし、それなら廃線跡と道路元標の事もあるので、豊橋泊と腹を括る事に。
 ところでFacebookを覗いていると件のトンネルを紹介して下さったKさんが桜並木に来られているとの事で、本長篠へ戻る私に会いに来てくれるとの事です。 本長篠1816着で折り返し1823発、ヘッドパーツを無事に確保して、僅かの時間でしたがご挨拶して名刺代わりのカレンダーをお渡しする事ができました、写真右はKさんが撮ってくれました。
 豊橋に戻り宿に着いてから食事と買い物に出掛ける事に、泊まりとなると色々と準備しなくてはならない物が、カメラのバッテリは予備が2個あるのですが、モバイルバッテリーが明日1日分とても持ちそうにありませんし、単四電池も買っておかなくては、幸い駅中のファミマにUSB充電器が売ってましたので、買い求める事に。
 本日のなんと走行3.6キロ、当初は「自撮り」の後は三河大野まで走ろうかとも思っていたのですが、3.6キロはトンネルの中を行ったり来たりしていた距離が大半かも。

 
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広橋梅林から吉野山へ

吉野郡下市町 広橋梅林にて
 
 一昨日に「賀名生梅林」に行ったばかりですが、お天気も良さそうなので急遽下市の「広橋梅林」に行く事にしました。 休日なので人や車が多かったら鬱陶しいかなとも思ったのですが、それなら広橋峠を越えて黒滝村~地蔵峠を越えて吉野山経由で帰って来ようと芋峠越えの道を行きます。 上市橋のローソンで補給、近鉄吉野線の「さくらライナー」がやってくる時間なので、暫く待ってみる事にしました。
 
 吉野川左岸を千石橋南詰まで走り、下市の街の中を走って広橋峠への旧道に取り付きます、峠の旧道と云っても広橋梅林と点在する集落の中を走って行きますので、今も奈良交通の路線バスはこの道を通ります。 「賀名生梅林」はちょっと早かった様ですが、こちらは今が盛り香りが凄いです、思っていたより観光客も少ないです、写真を撮りながら「自撮り」のポイントを探して激坂の道を推したり乗ったりしながら行きます。 梅の写真はこちらで。
 
 なかなか良いポイントが見つけられず、やっと見つけたポイントがここ。 上から見るとそうでもないのですが結構な激坂で、1テイク目はタイマー設定を間違え、2テイク目はコース取りに失敗、どうにか3テイク目で何とか、3往復でくたびれてしまいました。
 
 広橋峠まで登ってきたものの、出掛けるのも遅かった事もありますが「自撮り」で時間を食ってしまった上に、南の方から少し曇ってきたので、このまま黒滝村へ越えて地蔵峠で戻るつもりだったのを止めて下りかけたものの、峠近くに食事のできる処があるのに気が付いて坂の途中でUターンをしようとしてシフトミス、チェーンを内側に落としてしまい、その際に無茶をしたのでスポークを折ってしまいました、何と2本も。 まぁツーリング車の36本組ホイールなんちゅうもんはスポークの2本や3本折れた処でフレ取りさえすれば多少は走れるもんです、ただうちのasuka号はガードクリアランスがないのでフレ取りにしっかり時間を取られてしまいした。 そんなこんなで峠へ戻る気力も失せて、伃邑(よむら)経由で才谷に出て吉野山で食事にする事にしました。
 
 さて吉野山の勝手神社まで来たものの、なんとお目当ての「静亭」は改装工事をやっていてお休み、お腹も空いてますが汚れた手も洗いたいし、隣のお店は営業しているのですが、それも何なので目新しい店を探しながらゆっくり下ります。 駐在所の前に「豆富茶屋」と云うお店があって自転車も置き易そうで、豆腐ラーメンにも食指が動いたので此処に入る事に。 嫌味ののない和風出汁に揚げがトッピングされていて、なかなか美味しかったです。
 

 吉野神宮から<15>桜井明日香吉野線へ入ります、道なりに行くと<167>吉野神宮停車場線となるのですが、こちらは道が狭いので地元の車以外は殆ど入ってきません、途中には奥駈道の案内とお堂、ベンチがあり、対岸を走る近鉄吉野線を見下ろす事ができます、小休止。

 結局は一昨日と同じ椿橋~壷阪峠のルートで帰途に就きますが、時間もまだ早かったので高取町の土佐街道沿いで行なわれている「町家の雛めぐり」の中をのんびり往く事ができました。 「町家の雛めぐり」は3月一杯行なわれています。 本日の走行83.6キロ。