今回も’するっとKANSAI3Dayチケット’を利用して神戸電鉄の市場駅(小野市)まで輪行して加古川流域の’道路元標’を蒐集する算段なのですが、加古川流域と云うのは非常に広くて旧町村もその多くの支流毎に存在していて、’道路元標’も何処からどう云う順序で手を付けて良いのかと思う位に点在しているのです。 ↑ 神戸電鉄をこの辺りまで乗るのは初めてです。 ‘道路元標’と’3Dayチケット’でもない限りわざわざ乗る事もないですが、小さな車体断面の車両に急勾配急カーブ、時々単線になるので元てっちゃんには面白いです。 加東郡市場村から手を付けますが見つけられず、来住村はすぐに見つかったものの、河合村は見つからずと、出足が悪いとモチベーションもあがりません。 ← 北条鉄道北条線(元の国鉄北条線)に沿って次の目的地に向かいます。 加東郡と加西郡で9ヶ所回り6基をGETし多可郡に入ります、ここまで来ると多少は車も少なくなってようやくサイクリング気分、ついでに糀屋ダム翠明湖へ登り周回路を巡り中町へ向かう事に。 中町は現在は多可町、かつての多可郡の中心地ですが今では多くが下流の西脇町と合併し西脇市となっています。 多可町役場の前にはかつての多可郡役場の立派な跡碑があり、その向かいに’中町道路元標’がぽつりと建っています。 ← 土台は2町7村の名を記した九角形、裏面は日時計になっています。 加古川の支流杉原川の谷を’松井庄村道路元標’まで走り、鍛冶屋まで戻りかつてのJR鍛冶屋線跡の自転車道に入ります。 鍛冶屋線は加古川線野村駅(現 西脇市駅)から分岐し中町を経てここ鍛冶屋まで来ていましたが、先に第3セクターとなった北条線と三木線の経営状態が思わしくなく、鍛冶屋線は民営化される事なく廃線と皮肉な結果となってしまいました。 ↑ 鍛冶屋駅は記念館となりキハ30が保存されています。 なお鍛冶屋線13.2キロが全て自転車道になっている訳では無く、また西脇寄りの区間の路面はロードタイヤでは走り辛いです。 この後’日野村’、’西脇町’と回り西脇市駅まで走り走行100.2キロ。 ‘市場村’、’河合村’、’富田村’を見つけられなかったものの道路元標を11基GET。 しかし鉄な1日でした(^_^;)
本日の収穫
【212】 兵庫県 加東郡 来住村 (現 小野市)
【213】 兵庫県 加西郡 下里村 (北条町→現 加西市)
【214】 兵庫県 加西郡 在田村 (泉町→現 加西市)
【215】 兵庫県 加西郡 西在田村 (泉町→現 加西市)
【216】 兵庫県 加西郡 多加野村 (泉町→現 加西市)
【217】 兵庫県 加西郡 芳田村 (現 西脇市)
【218】 兵庫県 多可郡 野間谷村 (八千代村→八千代町→現 多可町) 【219】 兵庫県 多可郡 中町 (現 多可町)
【220】 兵庫県 多可郡 松井庄村 (加美町→現 多可町)
【221】 兵庫県 多可郡 日野村 (現 西脇市)
【222】 兵庫県 多可郡 西脇町 (現 西脇市)
「自転車」カテゴリーアーカイブ
道路元標蒐集サイク
今回もするっと’KANSAI3Dayチケット’を利用して姫路の山陽網干駅まで輪行して揖保川周辺の’道路元標’を蒐集するプランです。 しかし輪行袋を担いで上本町~谷町9丁目を10分、東梅田?阪神梅田を11分で乗り換えるのはかなりタイトです(^_^;)
揖保郡の’大津村道路元標’を手始めに回りますが’勝原村道路元標’は勝原小学校の校庭内、外からどうにか存在を確認できますが正面は全く見えません。 受付と職員室で許可を得て校内に入らせて貰い無事に写真に治める事ができました。
←胸に入門証を付けて、実は記念すべき200基目です。
‘斑鳩村’、’揖保村’と回り’たつの市’へ、市内の公園に昔姫新線を走っていたC11が展示保存されていました、C11200なので怪訝に思って案内を見ると同形式と云う事で九州志布志から運ばれてきたものとあります。 私が九州へ行った1969年はC11200は門司機関区配置なのでもしや38年ぶりの再開かもと調べているのですが…
‘龍野町道路元標’探索がてら町内散策…と思っていたらあっけなく見付けてしまったので、’越部村道路元標’まで北上し、JR姫新線揖保川鉄橋の見える屏風岩の河原でお昼にします。
← やってきたのは国体キャラクタの’はばタン’がペイントされたキハ40の単行。
揖保川流域を’蔦沢村道路元標’まで北上し、切窓峠と八重谷峠を越えて佐用町へ入り元標を3基GETして、相坂峠で再びたつの市へ戻り播磨新宮駅から帰途に就きました、走行106.6キロ、峠3ヶGET!!
‘揖保郡香島村と’佐用郡中安村’の道路元標を見付ける事ができませんでしたが、13基をGETする事ができましたが、道路元標の宝庫、兵庫県にはまだ約140基が現存すると思われるのです。
本日の収穫
【199】 兵庫県 揖保郡 大津村 (現 姫路市)
【200】 兵庫県 揖保郡 勝原村 (現 姫路市)
【201】 兵庫県 揖保郡 斑鳩村 (斑鳩町→現 太子町)
【202】 兵庫県 揖保郡 揖保村 (龍野市→現 たつの市)
【203】 兵庫県 揖保郡 龍野町 (龍野市→現 たつの市)
【204】 兵庫県 揖保郡 越部村 (新宮町→現 たつの市)
【205】 兵庫県 宍粟郡 戸原村 (山崎町→現 宍粟市)
【206】 兵庫県 宍粟郡 蔦沢村 (山崎町→現 宍粟市)
【207】 兵庫県 宍粟郡 三河村 (佐用郡南光町→現 作用町)
【208】 兵庫県 作用郡 大廣村 (三日月町現 作用町)
【209】 兵庫県 作用郡 三日月村 (三日月町→現 作用町)
【210】 兵庫県 揖保郡 西栗栖村 (新宮町→現 たつの市)
【211】 兵庫県 揖保郡 東栗栖村 (新宮町→現 たつの市)
I’s BICYCLEまで…
道路元標蒐集サイク
今日はするっとKANSAI3Dayチケットを利用し近鉄で京都まで行き山陰線で\400払って亀岡へ、実は桜井から始発では京都へは近鉄利用が少し早く着き山陰線も1本早い下りに乗車できるのです。
亀岡から府道<6>枚方亀岡線と<46>茨木亀岡線で南下し’東別院村’と’西別院村’を回りR423で亀岡に戻ります、しかしこの辺りの道はダンプが多いのには閉口します。 ‘曽我部村道路元標’と’亀岡町道路元標’をGETし、亀岡駅前のミスドで休憩してから、’保津村’、’千歳村’、’千代川村道路元標’と順調にGETして行きます。
↑ ‘千代川村’から’八木町’へは苦手なR9に沿って行く事になりますが、旧道(山陰道)が残っていて殆どR9を走らずに済みました。
船井郡域に入り’八木町’、’富本村’、’新庄村’、’川邊村’をGETし日吉ダム下へ、時間は14時過ぎ、残りのコースを検討するにも微妙な時間ですが陽も長くなった事だし思いきって北桑田郡域の’五ヶ荘村’から’山国村’を回る事にします。
‘五ヶ荘村道路元標’から狭間峠を経て’山国村’へ、R477を走り周山へ。
← ‘ウッディ京北’にて、時間があれば戴いて帰りたい処ですが… よもぎと栃のあんころ餅(1ヶずつ\300)を買って我慢、少し高い様ですが風味があって美味しかったです。
周山へ自転車で来るのは3度目ですが元々土地勘の無い地域、予定では笠峠を越え’小野郷村道路元標’をGETして、するっとKANSAIが使えて近鉄と相互乗り入れしている京都市営地下鉄の国際会館か北大路へ走り抜けるつもりだったのですが、見事に反対向きに走り出していました、気が付いたのは2キロ程走ってから(^_^;) 引き返すのも何だし、以前「古典ロード」の時に走ったルートで世木ダム上流にでて、これも昔走ったR477を登り保津峡方面に抜ける事にします。 その時はR氏と当時高校生のR坊と花脊へ行ったのですがR氏は早々リタイヤして引き返し、私たちは寒い中を保津峡へ走り抜けたのですが、この時に無理をしたせいか右膝を痛めて、以来寒くなると疼くのです、歳を食ってから寒い時に関節に無理させるといけませんよ。
今日は道路元標回りの地図だけでツーリングマップルを忘れてきていて、土地勘の無い処では大縮尺でもあるのとないのと大違いです、それにヘッドランプもLEDタイプだけで、樒原(しきみがはら)へ登り昔峠おやじN氏が「木枯らし紋次郎」のエキストラをやったと云う伝説の神明峠を何もない保津峡へ下るのも不安なのでR477を山陰線八木駅へ下る事にしました。
結局はR477を八木へ走った結果、北桑田郡域の’宇津村’と’神吉村道路元標’をGETできましたが、京都市北部に一つだけ葛野郡小野郷村を残してしまいました。
走行119.75キロ
本日の収穫
【181】 京都府 南桑田郡 東別院村 (現 亀岡市)
【182】 京都府 南桑田郡 西別院村 (現 亀岡市)
【183】 京都府 南桑田郡 曽我部村 (現 亀岡市)
【184】 京都府 南桑田郡 亀岡町 (現 亀岡市)
【185】 京都府 南桑田郡 保津村 (現 亀岡市)
【186】 京都府 南桑田郡 千歳村 (現 亀岡市)
【187】 京都府 南桑田郡 千代川村 (現 亀岡市)
【188】 京都府 船井郡 八木町 (現 南丹市)
【189】 京都府 船井郡 富本村 (現 南丹市)
【190】 京都府 船井郡 新庄村 (現 南丹市)
【191】 京都府 船井郡 川邊村 (現 南丹市)
【192】 京都府 船井郡 五ヶ荘村 (現 南丹市)
【193】 京都府 北桑田郡 山国村 (現 京都市)
【194】 京都府 北桑田郡 宇津村 (現 京都市)
【195】 京都府 北桑田郡 神吉村 (現 南丹市)
花いっぱいR166旧道脇道裏道ツーリング
花いっぱいR166旧道脇道裏道ツーリング
天気がもっと良くて、櫛田川の水量が豊富なら。

R166を対岸に見下ろす疎水脇でのんびり休憩

今日の最終目的地はここ、天五さんに教えて貰った松阪ホルモン「一升びん本店」

\(^o^)/ \(^o^)/ \(^o^)/ \(^o^)/
松阪牛そのものは高くて手が出ませんが、結構リーズナブルで美味しい松阪では有名な焼肉店です。

締めは(^_^;) 以前は三交百貨店の中にあったお店、本業は製餡工場がやっているお店だそうです。 ここでお昼の地震が震度5だった事を知ります。 お陰で近鉄は10?30分の遅れが...
桜井?西峠?榛原駅?佐倉峠?新木津T?高見峠?波瀬?珍布峠?粥見?小片野?松阪駅 112.4キロ、久しぶりに’道路元標’抜きのサイクリングでした(^_^)

道路元標蒐集サイク 播但線に沿って
何もない和田山に泊まるより、せっかくここまできたのだから城崎温泉にでも泊まれば良いのですが、現在の但馬地方の中心都市だし近くに企業団地があったりして安いビジホや宿が幾つかありますからネ(^_^;) まあ一泊したお陰で随分ゆっくりできて、他にする事もないので、いつもより良く寝ていた様な...
朝7時には出発、今日はJR播但線に沿って姫路を目指します。 まずは朝来郡与布土(ようど)村道路元標、場所は特定できていなかったのですが与布土小学校正門脇に保存されていてすぐに見付ける事ができました。
↑ 円山川沿いはどこも桜が満開です、但馬竹田にて。
和田山から姫路へはR312が通じていますが播但道があるものの大型車が多いので、旧道を継いで走って行く事にします。
← 田和坂、1200年もの歴史のある生野鉱山のあった生野町も現在は朝来市となっていますが、ここが分水界となる峠で生野の町の中と云って良い場所にあります。 現在のR312の生野峠(真弓峠)の標識のある峠は朝来郡と神崎郡の境界で市川と市川の支流猪篠川との間の峠になります。 市川沿いは急峻な渓谷となってるために、この峠を越える事が生野へのルートとなっている訳で、古戦場とかもあった位ですから分水でもない生野峠が戦略上も重要な峠だった様です。 なお氷上郡との境にも生野峠と呼ばれる青垣峠があります。
生野町を後にし生野峠を越えるとR312に沿って下り基調のコースです、現在旧道に沿う様に’銀の馬車道’と云う名の案内が整備されています。 神崎郡大山村、粟賀村、鶴居村、田原村と回り柳田国男生家も保存されている神崎郡歴史民族資料館へ、ここは元の田原村域ですが、隣の八千種村道路元標が保存されています。
↑ 神崎郡歴史民族資料館となっている元神崎郡郡役所の建物、なお丸ポストは蓋がしてあって投函はできません。
姫路市域に入り、神崎郡船津村、豊富村、飾磨郡水上村と回り姫路城を東から南にまわりこんで高岡村へ、しかしここまで来るととても5万図では歯が立ちません、携帯に登録しておいた地図情報が頼りです。
結局姫路市域で日没までに10基をGETし、山陽電鉄的形駅からするっとKANSAI3Dayチケットと利用して帰途に就く事に、山陽?阪神?地下鉄?近鉄と\2060を\5000/3で帰ってきましたが、山陽?阪神は直通なものの、自動改札を何度か通らなければならないので大変です、やはり「18きっぷ」が良いですわ。
走行 105.2キロ
↑まるで墓石の様(^_^;) 10日4基、11日17基、内10基をGETした姫路市域は道路元標の宝庫なのですが車も多いし、正直云ってあまり愉しくもありません、それに詳細な市街地図を持っていないと効率よく回るのはなかなか大変です。
【164】兵庫県 朝来郡 与布土村 (現 朝来市)
【165】兵庫県 朝来郡 生野町 (現 朝来市)
【166】兵庫県 神崎郡 大山村 (現 神崎郡神河町)
【167】兵庫県 神崎郡 粟賀村 (現 神崎郡神河町)
【168】兵庫県 神崎郡 鶴居村 (現 神崎郡市川町)
【169】兵庫県 神崎郡 田原村 (現 神崎郡福崎町)
【170】兵庫県 神崎郡 八千種村 (現 神崎郡福崎町)
【171】兵庫県 神崎郡 船津村 (現 姫路市)
【172】兵庫県 神崎郡 豊富村 (現 姫路市)
【173】兵庫県 飾磨郡 水上村 (現 姫路市)
【174】兵庫県 飾磨郡 高岡村 (現 姫路市)
【175】兵庫県 飾磨郡 荒川村 (現 姫路市)
【176】兵庫県 飾磨郡 津田村 (現 姫路市)
【177】兵庫県 飾磨郡 高浜村 (現 姫路市)
【178】兵庫県 飾磨郡 妻鹿村 (現 姫路市)
【179】兵庫県 飾磨郡 糸引村 (現 姫路市)
【180】兵庫県 印南郡 的形村 (現 姫路市)
青春18きっぷサイク「道路元標を求めて」
‘青春18きっぷ’もいよいよ今日が使用期限、悩んだあげく雨で途中で切り上げて取りこぼしてしまって気になって仕方がない’餘部村’へ行く事に、もちろん餘部鉄橋もネ(^_^) でもそれだけでも勿体ないので和田山駅で途中下車し養父郡の3基をGETしてから八鹿(ようか)駅から再び輪行で餘部へ移動と云う計画です。
前回は春休みとあってそれと覚しきマニアの姿も多かったし、さすがに’青春18きっぷ’も最終日となれば利用者も少なく列車の混雑具合も平常に戻った様です。
和田山1041着、’糸井村’、’大蔵村’、’八鹿町’の3基をGETして約12キロ2駅先の八鹿1400発に乗車しなければなりませんが、いずれも場所を特定できていないのが...
’糸井村’は資料に拠ると山陰線より3?4キロ山間部に入った辺りと類推できるので県道10号を旧道沿いに遡り訪ねてみたのですが一向に見当たらず、交番で郷土歴史館を教えて貰い訪ねますが手掛かりは得られず、農協、小学校と見て回りますが見当たりません、そろそろタイムリミットなので諦めて’大蔵村’を目指し走り出し、なんとなく気配のある辻で振り返ると\(^o^)/
↑写真の右側の植え込みの中です、影の方から走ってきましたから良く見付けられたものです、しかし今回も古い大字名に惑わされてしまいました、実際の所在は山陰線から1キロ程の処でした。 既に時間は12時半です。
幸い’大蔵村’は先の郷土歴史館で場所を教えて貰っていたのですぐに判り、’八鹿町’もほぼ見当を付けていた位置に建っていて八鹿駅には余裕で到着。
真っ直ぐ餘部駅まで輪行するのも何なので、一つ手前の鎧(よろい)駅で下車、前回リタイヤした香住から走る事を思えば楽ですが、それでも100m程登らないと餘部へは越えられません。
↑片面にホームがあるだけの停留所の様な餘部駅と違って鎧駅は日本海を見下ろす雰囲気の良い駅です。
頑張って山越えしてR178を突っ走り餘部鉄橋を渡る上り普通列車を写す事ができました。
しかしKHSって本当に日本の風景に似合わない自転車ですわ(^_^;)
海側から下り普通列車を(^_^)
ところで餘部駅はこの鉄橋の横にあるので、駅へは急斜面の歩道を押し上げなければなりません。
桜井へ帰り着く事が出来る時間の列車に乗る事ができますが、慌てて戻らなければならない用件もできていないし、明日の天気もまずまず、適当な宿も取れたので、今日は和田山で一泊する事にしました。
走行 34.6キロ
【160】兵庫県 養父郡 糸井村 (現 朝来市)
【161】兵庫県 養父郡 大蔵村 (現 朝来市)
【162】兵庫県 養父郡 八鹿町 (現 養父市)
【163】兵庫県 城崎郡 餘部村 (現 香美町)
?つづく?
明石?淡路ポタ
淡路へ渡ってなんぼも走っていないのですが、次は東浦の「えびす屋」へ。
←’海鮮丼’で?す、これは9さんとレオさんが食べてました。 私はなぜか’さぬき丼セットなんてのを’戴きましたが。
今日はKHSが3台
左から私のF20-R(2006)、ら氏のF20-R(2005)ドロップ化、D女史のF20-AS S翁の手でフロントダブル化。
まさか今日は’花桟敷’に登る事になろうとは...
明石に戻ってとどめは’明石焼’
走行38.3キロ、ちゃんと’道路元標’もGETしました。
【158】兵庫県明石市
【159】兵庫県津名郡浦村(現 淡路市)